・エピローグ&プロローグ 「未確定の未来は希望のように振る舞う」

 災害に晒された地域の復興は、まず運輸の方を無理やり稼働させるのだなと、皇火は学んだ。無理やりにでも血液を動かしてやる事で、正常に世の中を成り立たせようとしているのかもしれない。いまだ完全に修復が終わっていないロビーに、簡易的なシートで外との仕切りを作っている所を見ると、余計にそう思える。
 あの戦いから一週間後、人々の生活は無情にも何事も無かったかのように振る舞った。大規模な被害があった空港も、3日後には通常業務をし始めた。幸いだったのは滑走路に深刻なダメージが無かったために、飛行機を飛び立たせるという目的に関しては何の支障も無かった事だろう。
 政府は一連の災害は急発達した台風という事にして、無理やり現行の法律でも被害者の救済を可能にさせた。最終的な死傷者は6人。重傷者54人、軽症者142人。倒壊建築物47棟。決して軽くは無い傷を、この時代に残した。未来から虚映ゴーストを送り込んだ奴らは、この結果に満足して笑っているのだろうか。それとも苦々しく舌打ちしているのだろうか。未来の敵の事を考えれば沸々と湧いてくる怒りを、どう処理して良いのか皇火には分からなかった。

 皇火は業務を再開した空港に居た。彼に付き合う形で、七切と月歌と駿姫も一緒に来てくれた。あれだけ文句を言ったにも関わらず、錠華は姿を現さなかった。今となっては緋鳥とカナカを助けるために空港まで付いてきてくれた事が、何かの奇跡のようにさえ思える。
「じゃあチェックインしたから、もう行くね」
 出発ロビーの手荷物検査場の前に立って、空乃 緋鳥が笑って言った。彼女のアメリカ行きの飛行機の便の再出発は今日この日まで伸びてしまったのだった。だからこうしてきちんと最後の別れが言えるのだと思うと、皇火は誰に感謝すれば良いのか迷った。
「緋鳥、向こうでも元気でな。ちゃんと健康に良い物を食べるんだぞ」
「うん、ナナお姉ちゃん。多分お母さんは料理出来るから大丈夫だと思うけど……でもお姉ちゃんの料理、もう食べれないと思うと寂しいよ」
 保護者のような七切の物言いに心から感謝するように、緋鳥は微笑んだ。
「緋鳥さん。メール送るわ。必ず返信ちょうだい」
「分かったよ月ちゃん。あなたの友達であれて本当に良かった。ありがとう」
「バカね、それは私のセリフよ」
 緋鳥と月歌は互いに抱き合う。それは友情をひとつひとつ確認していくための儀式のように思えた。
「緋鳥先輩、私がアメリカに遠征する事があったら……その時は、一緒に遊びまわりましょう! アメリカの遊園地は、きっとエキサイティングなものですよ!」
「うん、姫ちゃん、また会おう! でも私そういう絶叫マシン苦手だから……お手柔らかにね」
 駿姫は過去よりも未来の事を語った。それはとても希望溢れる言葉だ。多分別れにこそ、未来を語るのが相応しい。
「皇火……」
 今この間際になって、彼女にどう言葉をかけてやればいいのか皇火は迷った。最後の別れになってしまうかもしれないこの時に相応しい言葉は何なのか。
 しばらく考えて、駿姫のように未来を語る事にした。これから歩んでいく未来が、夢溢れるものであるように。そんな願いを込めて、希望を口にした。
「お前は信じる事が出来ないかもしれないが……未来は可能性に満ち溢れているんだ。俺とおまえが結婚する未来というのが、当たり前のように語られるんだぜ。つまり、ここで終わりじゃない。この別れが、全てを終わらせてしまうわけじゃないんだ。未来はまだ未確定だから、だからこそどんな未来だって描いて行ける。信じてくれ。俺たちは終わりじゃない。こんな別れでは、まだ絆を切り裂けない」
 緋鳥は皇火の背後に視線を向けた。皆から少し離れるようにしている一人の少女が居た。輪に入ろうとする事無く、ただこちらをじっと見ているだけの少女。一週間前に人を救うために戦った女の子、天戸 叶火。至る所に包帯をきつく結んでいる彼女だったが、自分の足でしっかり立つ事はできるようだった。
 カナカは緋鳥の視線に気づき、照れくさそうに視線を外した。それを見て緋鳥は少し笑って、そして目線を皇火に向けなおした。
「うん、信じる。皇火の言う未来……私も信じるよ」
 皇火も緋鳥に笑い返してやった。これでお別れだ。しかし、ただ一時の。


***

 緋鳥が旅立った翌日のお昼休み。皇火たちは学校の図書館に居た。主に皇火が昨日緋鳥の見送りに来なかった錠華を怒りに来たのだが、皇火に用があったらしい七切が来て、月歌が来て、そして駿姫が楽しげな雰囲気を察してやってきた。何だかんだで全員が集ってきてしまっていた。それらの喧騒を、カナカは少し離れた位置から見ていた。彼女らの会話が、カナカの方まで聞こえてくる。
「皇火。今日先生から遅刻してきたと聞いたが……どうしたんだ? やはり緋鳥の事がショックで……」
 七切が可哀想な物を見る目で心配そうに語り掛けてくる。心外すぎた皇火は、怒り混じりに否定した。
「違うよ。普通に寝過ごしたんだよ。目覚まし4つに増やしたんだが……ダメだな。どうにも起きられない」
「あなたね……そんな事誇らしげに言うものじゃないでしょう。少しは反省したらどうなの?」
 呆れた顔で月歌は言った。皇火から出た反論は大層情けないものだった。
「なんとなく最近分かった事がある。俺は、朝早く起きるの無理だ! だからいっそぐっすり昼まで寝てた方が、学校の勉強にも身が入ると思うんだよな」
「さすがですね皇火先輩! 切り替えの早さと思い切りの良さが一流です!!」
 駿姫は皇火の事を持ち上げたが、他の者たちは彼の物言いにあきれ果てた。
「じゃあ私が……」
 ふと、皇火の弱音を聞いた七切が、ならば自分が朝起こしてあげようかと口にしようと試みた。だがそれが言葉の形になる前に、七切は自分の心を押しとどめた。自分が緋鳥の場所に代わりとして入り込む事に、躊躇してしまったのだ。
 すると、ポンと軽く背中を叩かれた。そのささやかな感触に後ろを振り返ってみると、優しげに微笑むカナカの姿があった。彼女はこっそりと七切にだけ聞こえるように口を開く。
「あなたたちはひとつひとつ、空乃 緋鳥が行ってきた彼への愛を学んでいく必要がある。最初は物まねにすぎないけども、いつかそれがきっと本物になるから」
 背中を押すように、カナカは七切に当てた手にぐっと力を込める。その実感のある力を背に受けて、七切は少し考えて頷いた。そして、皇火に向き直り勇気を持って言う。
「皇火。それなら私が、明日から起こしに行ってあげるわ。そうすれば、遅刻する事も無くなるでしょう?」
「なっ……そ、それなら! 私も起こしに行ってあげるわ! 感謝しなさい!」
 月歌も張り合うようにそう主張してきた。それに触発されたらしく、駿姫も楽しそうに発言する。
「私も起こしてあげたいです! 皇火先輩の家行ったことないから!!」
「なにそれ。君ら俺んちなんだと思ってんの」
 もはや収集が付かなくなってきた会合は随分と騒がしくなってきた。カナカは彼らを優しく見つめ、そして笑ってしまった。これはこれで十分幸せそうだ。
「君は私たちの事を見てどう思う?」
 いつの間にかカナカの傍へとやってきた錠華が、彼女に語り掛けた。その質問の意図が分からず、カナカは錠華を見つめ返す。
「君は未来のために戦い続けたわけだけど、それを邪魔したのは皇火の緋鳥からの自立だった。君が力を取り戻せなかったのは、私たちが自分の未来へ進むのを怖がったためだった。つまりは個人の成長と、そして逆方向の後退が君を窮地に追い込んだ事になる。
さぞ呆れただろうな。そんな私たちを笑うかい? それとも罵るかい?」
「どちらもしませんよ」
 カナカは満面の笑みを見せて言う。
「私も同じような愚かさを持っていた。これも血の繋がりなんでしょうか?」
「どうなんだろうな? まあどっちにしても、お前はよく似てると思うよ。ここに居る全員にな」
 ありがとうママと、カナカは言葉を返した。錠華は照れたように顔を背け、そして未だうるさく騒ぎ立てている皇火たちの所へと歩いて行った。カナカはそれをしばし見送って、そして誰にも気づかれないように図書館の出口へ向かって歩き出した。
「じゃあ、行ってきます」
 カナカは誰にも聞こえないようにそう別れの言葉を言って、この場から立ち去った。



 彼女はビルの屋上で夜色に塗れた眼下の街並みを見ていた。煌めく明かりのひとつひとつが、人の生きている証のように輝く。自分の守るべき物はこれらなのだと、そう体感として存在する。夜風が吹き、少女の衣装を揺らす。メディアなどで広められ、夜を飛び交う魔法少女と呼ばれたその姿。現実は夢物語のように綺麗で華麗では無かったが、それでもその魔法少女という言葉にそれほどの現実との差異は無いと今更になって思う。人の希望を体現するのが魔法であるならば、それを行使する者に自分はなるべきだと、少女は心に決めていた。
 チリンと、小さく音が鳴る。彼女のツインテールの片方には、緋鳥が以前つけていたリボンが強く結ばれている。ひとつだけ、母から貰った物が増えた。
「グオオオオオッッ!!」
「ガアアアアッッ!!」
 醜い叫びが夜の世界に木霊する。敵である虚映ゴーストは、どうも複数を持ってして魔法少女との戦闘を優位にする事に方向転換したらしかった。少女は呆れ果てた。敵が2つになれば勝てると思われた事が腹立たしかった。
 カナカは人の営みの見える夜景から怪物たちに視線を移し替える。いきり立つ彼らの視線をまっすぐ受け止めて、睨みかえしてやった。
「お前たちに痛みで教えてやる。お前らが戦う相手は、ただ一人の少女なんかじゃない。5人の母と1人の父親の、未来の輝きが相手なのだ。そう易々と、勝てると思うなよ」
 にっこり笑ってやって、カナカは腰のバックルに手をかけた。
 こうして、天戸 叶火の、孤独では無い戦いが始まった。



・未来未確定少女カナカ 完


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