4月23日 日曜日 「100」

 「わーい! めでたい!! 本当にめでたい!!」

 「なんですか雪女さん……今日は日曜日ですよ? 朝っぱらから大きな声を出さないでよ」

 「でも本当にめでたいんですよ!?」

 「……何が?」

 「なんと! 今週で千夏さんの日記が100週を超えるのです!!」

 「そういやそうでしたね。おやすみなさい」

 「ちょっと千夏さーん!? なんで寝ちゃうの!?」

 「というかですね……私はそもそも何故雪女さんがこんなに張り切っているのかが分からないんですよ。
  ぶっちゃけ、全然関係ないじゃないか」

 「でも一応私も日記の登場人物としてですねぇ……」

 「チェックしてんのかよ。なんかすっごく書く気がなくなったわ。
  家族にチェックされている日記ほどモチベーションの下がる事柄は無いねぇ」

 「ちょ、ちょっと千夏さん! 何言ってくれてるんですか!!」

 もうどうでもいいよー。どうでも良いから寝かせてよー。
 二度寝だけが私の幸福なんだよー。




 「それではですね、これから千夏さんに質問したいと思います。正直にお答えください」

 「んだよ。どこのインタビュアーごっこだよ。いいから自分の仕事してろっての」

 「まあまあそう言わずに。
  えーっと、それでは千夏さん。日記、100週目おめでとうございます」

 「どうもです」

 「この喜びを誰に伝えたいですか?」

 「地獄に居るお母さんに……」

 「春歌さんって地獄行きなんですか!?」

 どう頑張っても天国にはあがれないでしょうに。

 「ま、まあ良いです……。それはともかく、今は一体どういうお気持ちでしょうか?」

 「そうですねぇ……マージャンでタンヤオ逃げ切りした時のような気持ちです」

 「分かりません。全然分かりません」

 「ボンチーしまくってでも逃げて良かったなぁって」

 「だから分からないんですってば」

 ドラが絡んでたらもっと良かったんだけどねって話ですよ。




 「良ければこれからの目標などをお聞かせ願いたいのですが?」

 「110週目を目標に頑張りたいです」

 「随分近い目標ですね!?」

 「何言ってるんですか雪女さん。10週って言ったら70日ですよ?
  今まで書いた700日の10分の1ですよ?」

 「うう……。そう言われたら確かに遠い目標かも」

 「という事で110週目を目標に頑張りたいと思います」

 「でもこういう場合はですね、もうちょっと派手な事言ったりするもんじゃないんですか?
  200週とか300週とか」

 「私は無理な事は言わない」

 「暗に200週の間に日記が終ると言っているようなものですねぇ……」

 大変なんですってば。毎日更新は。
 でもまあ、これからも頑張っていきますよ。




 4月24日 月曜日 「鉄棒の名前」

 「ねえウサギさん。鉄棒ってあるじゃないですか。鉄棒」

 「確かにあるね。小学校とかにはいっぱい。中学校ぐらいになると極端にその姿を消すけど」

 「そう。その鉄棒なんですけど……あんまりですよね」

 「何が?」

 「ネーミングが。鉄の棒だから鉄棒って……これじゃあ冷えたご飯だから冷や飯と同じレベルじゃないですか」

 「ものの本質を表していて良いと思うんだけどな」

 「でもそれじゃあ可哀想すぎる気がします。
  というわけで、誰に頼まれたわけでもないのに鉄棒に新ネーミングを付ける事にしました?」

 「どうしてそんな事今さら言うのさ?」

 「最近流行りの言葉狩りで」

 「そんなのを流行りと認めるな」

 「じゃあまずは第一候補なんですけど、体操棒というのはどうでしょうか?」

 「あまりにも普通すぎてびっくりだよ。
  千夏なら『田中さん』とかそういう名前付けると思ってたのに」

 「それは第三候補でした」

 「候補に入ってたのかよ。田中さん」

 「田村さんとどっちにしようか迷ったんですけどね」

 「しりませんそんな事は」

 「良いと思わない? 体操棒。
  ものの本質を見事に表していて」

 「その理由で体操棒を押したのなら、鉄棒のままでいいじゃないか」

 「人はずっと鉄棒のままじゃ居られないのです」

 「よく分かんない。それ」

 「じゃあ第二候補ですけど、『アイアンボー』というのはどうでしょうか?」

 「何故か間抜けに思える名前だな。
  しかも棒の所もきちんと英語にしてやれよ。
  なんか鉄の弓っぽく聞こえる。意味変わってるじゃないか」

 「ものの本質を見事に射ぬいている名前だと思ってるんですけどね」

 「弓矢だけに射ぬいてるってか。
  上手いとか以前に、棒じゃなかったのかよ」

 「第三候補なんですけど……」

 「田中さんでしょ?」

 「いえ。田所さんになりました」

 「ここ数分の間に伏兵が!?」





 ……こういう意味の無い事を話して1日を過ごしたりしてます。
 ああ、なんと素晴らしき日々。


 4月25日 火曜日 「ファッションなメガネ」

 「えへへ〜♪ 千夏お姉さま、これ見てくださいよ」

 「え……? ああ、ずいぶんと肉付き良くなったねリーファちゃん」

 「誰が腹部を見ろと言ったんですか! しかも別に太ってません!!」

 「そうですか。それじゃあその腹は生まれついての物ですか。少し安心しました」

 「ぐぬぬぬ……わずか短時間でご機嫌だった私の脳を憎悪に支配させるとは……。
  さすが千夏お姉さま。言葉の暴力では誰にも負けない女」

 その称号はいらないです。


 「というか、どうしてリーファちゃんはメガネなんてかけてるの? 目、悪かったっけ?」

 「おおっ! よくぞ気づいてくれましたお姉さま!!
  そうです、これですよ!! これを自慢したくて仕方なかったんですよ!!」

 「ここまで堂々と自慢する事を宣言されたら何にも言えませんね」

 「えへへ〜、可愛いでしょう? ファッションのためのメガネなんですよー」

 「ああ。確かにそういうのあるね。
  てっきり頭と一緒に目も悪くしたのかと思っちゃった」

 「失礼ポイント1追加ですよお姉さま」

 勝手に変な物をカウントしてるんじゃありません。



 「これからの時代はやっぱりメガネが来ると思うんですよね。大流行すると思うんですよね」

 「そんなメガネ屋が毎年プッシュしてる感じの事を言われましてもねえ。
  一度も大流行の兆しを見た覚えが無いよ」

 「海の向こうではマサイの戦士たちの間で大流行中なのですよ!?」

 「マサイは別にメガネいらないだろ。視力がすっごく良いって有名なんだし」

 「そんなメガネとゆえんの無い生活をしていたからこそ、大流行してるのですよ。
  最先端のファッションとして。時に武器として」

 「使い方間違ってるじゃないか。なんだよ、武器としてメガネを使うって」

 「メガネに猛毒を塗って敵の身体に打ち込むのです」

 「矢に毒を塗って打ち込めよ。メガネである意味は何だ?」

 「弓矢と同じで、『弦(つる)』があるからね♪」

 「……リーファちゃん。自己満足な大喜利ポイント1追加ですよ」

 「勝手にそんなものをカウントしないでください」

 よく言いますねホント。



 4月26日 水曜日 「牛乳屋さんの珈琲牛乳とカフェオレと」

 「千夏さん。牛乳屋さんの珈琲牛乳ってあるじゃないですか?」

 「うん。確かにそういうのあるね雪女さん」

 「私、考えてみたんですけど……牛乳屋さんの珈琲牛乳と、コーヒー専門店のカフェオレ、どっちが美味しいんですかね!?」

 「……知りませんよそんな事」

 「気になりませんか!? だって、意味的には同じようなものですよ!?
  はっきり白黒つけなくちゃいくないと思うんですよ!!」

 「白黒と言われましてもね、そもそも渦中のコーヒー牛乳とカフェオレが白と黒の中間の色をしてますし」

 「そんな上手い事言ってる場合じゃないです!!
  このままだと暴動が起きますよ!!」

 「何の暴動だよ」

 「もちろんコーヒー牛乳派とカフェオレ派とチャー派に決まってるじゃないですか」

 「なんか変なの混ざってますよ?」

 確かそれってタイだかどこかの飲み物ですよね?
 なんでこの論争に加わってるんだ。




 「はあ……本当に気になるなあ。
  これじゃあ夜眠れませんよ」

 「それなら昼寝れば?」

 「簡単に言ってくれますね千夏さん……。
  私にはですね、さぼる事の許されない家事という仕事があるのですよ!
  千夏さんのようなのんらりくらりとした生き方が出来るような立場に無いのです!!」

 「そんな大層な事言うのであれば、コーヒー牛乳如きで悩むなよ」

 とてもじゃないけどコーヒー牛乳のせいで夜眠れなくなってる人間に説教されたくない。
 説教されても素直に聞けない。




 「なんにしたって今の私の知的探求心は収まりがつかないのです。
  本当にこの胸の高鳴りをどうしたら……?」

 「トリビアの種にでも送れば?」

 「そんな事でタモリさんの手を煩わせたくありません」

 「雪女さんにとってタモリさんってどんな存在やねん。
 それがダメなら、自分で飲み比べして勝敗をつければ良いじゃないですか。
  というか最初からそうしろよ」

 「それは私も考えたんですけど……少しばかり問題がありまして」

 「え? なんですかその問題って?」

 「私、あまりコーヒーの類が好きじゃ無いんですよね」

 「え? じゃあ今まで何の意味があってコーヒー牛乳にこだわって……」

 ここまでの脱力感、なかなか感じた事は無い。
 さすが雪女さん。



 4月27日 木曜日 「造り人たち」

 「この世で一番初めにフグを食べた人の断末魔は、『こんなはずではー』だったに違いありませんね」

 「いきなり何を抜かしやがるのですかリーファちゃん」


 「納豆を最初に食べた人は、『ありと言えばあり』とでも言ったのでしょうね」

 「大絶賛というわけでもない評価がリアリティ溢れてますね」

 「世界で一番初めに梅干しを作った人は、『我は唾液の海を渡りし者なり』とでも言い残したんでしょうね」

 「なんで梅干し作った人だけかっこいい……と言う程でもない格言ちっくなんだ」

 「私、梅干し好きなんで」

 「そんな所にひいき目があっただなんて」



 「あとあと、傘を作った人は、『小雨なら立ち向かえる』と言ったに違いありません」

 「その自信はなにさ?」

 「カブトムシを作った人はきっと『子供に大人気間違いない』と言ってるはずですし、
  ジーンズを作った人は『もう太れねえ』とぼやいていたはずなんです」

 「そうですかね? というかカブトムシを作った人ってなんだ?」

 「私たちの周りにあるもの全てに生みの親が居て、彼らには彼らなりの人生があったと思うと、なんだか不思議ですよね……」

 「まあね。よく目を凝らして見てみれば、私たちの世界はいろんな人たちが生み出した物に囲まれて生きているんですよね。
  幾万のクリエイターたちがこの世界を作ったのだと考えると、感慨深いものがあります」

 「だから今日ぐらいは、そのクリエイターたちの事を考えて過ごそうじゃありませんかお姉さま。
  いつも私たちは彼らの事を忘れて生きているのですから」

 「それもそうですね。リーファちゃんもたまには趣のある事を言うじゃないですか」

 「黄色い点字タイルを作った人はこう言ったに違いない……『私は目の見えぬ人には優しいが、雨の日の慌て者には厳しい』と」

 「確かにあれ、雨の日は滑るけども! 走ってたりなんかしたら転んじゃうけども!!
  そんな事を言う人によって作られただなんて考えたくない!!」

 とてもじゃないがバリアフリーの心意気を感じない。



 4月28日 金曜日 「説明書」

 「ねえウサギさん。アメリカって訴訟大国なんですよね?」

 「よくそう言われてるね」

 「訴えられないために、電化製品などには分厚い取り扱い説明書が付属しているんですよね」

 「そうみたいね。アメリカに行った事無いからよくわかんないけど」

 「そうですか……それじゃあ多分、アメリカのタンスの説明書には、タンスの角に小指をぶつけて遊ばないでくださいと書かれているんでしょうね」

 「なんだよそのドM遊戯は。というかアメリカのタンスってなにさ?
  タンスはアメリカでもスタンダードな物なのか?」

 「アメリカのタンスは桐の代わりに自由の女神で出来ています」

 「勝手にあの青銅の塊を溶かすな」

 「はあ……しかし考えてみるとすごく生きづらい世界なんでしょうねえ」

 「そうか?」

 「だってですね、おもちゃひとつとっても膨大な注意書きが付いてくるんですよ!?
  そしてその注意書きの一番最後に、『この説明書で人を撲殺しないでください』って書かれてるんですよ!?」

 「そんなに分厚くなってるのか。その説明書は」

 「あと、防弾チョッキとしてしようしないでくださいって書かれているかもしれません。
  銃弾が跳ね返って危ないから」

 「防弾チョッキとしては十分すぎる性能持ってるのかよ。さすがアメリカの説明書だな」

 ええ。さすがアメリカですね。




 「そういうわけだからですね、私たちのこの家にも説明書をつけたいと思うのですが」

 「どういう思考ルーチンでそこに行き着いたんだよ。
  っていうかこの家の説明書?」

 「そう。訴えられた時のために」

 「誰が一体この家に関して訴訟を起こすというんだ」

 「ウチに住んでいる誰かが」

 「それは……確かに十分ありえるかも」

 「でしょう?」

 特に不満を持っていそうな雪女さんあたりが……。

 「どんな注意書き作る気なの?」

 「不注意に寝返りをうってはいけません。とか」

 「え……? どうして寝返りうったらいけないんだ?」

 「崩れるから」

 「そうだったのか!?」

 今度寝返りを試してみたら良いと思いますよ。




 4月29日 土曜日 「マーライオンな商売」

 「じゃじゃーん!! 良い物作ったんだ! 見てくれ!!」

 「今時じゃじゃーんは無いだろ黒服さん……。それに、黒服さんが作ったものに良い物なんてない」

 「お前だって結構使ってるじゃないかじゃじゃーんって」

 「もうその時の私じゃないんですよ。成長したのです」

 「じゃじゃーんって言わなくなったぐらいの成長なんて大した事無さそうだな」

 うるさいやい。

 「で、その良い物ってなんですか……? 電子レンジレベルの画期的な発明なんでしょうね?」

 「おおもちろん。電子レンジを越えたね。もうこれは、マリファナレベルだね」

 「害悪極まりねえじゃないか」

 「それでは紹介しよう!! 家庭型マーライオンの登場です!!」

 黒服さんが紹介したのは、口から水を吐いているライオンの像。
 いや、下半身が魚の物であったので本当のライオンというわけではないでしょうが。



 「……何これ?」

 「家庭型マーライオンです」

 「答えになってないですな」

 「シンガポールの有名観光資源であるマーライオン。それが一般家庭でも楽しめるのです」

 「マーライオンを一般家庭で楽しむ理由が分からないのですけどー?」

 「そこはほら、魂で感じ取ってくれよ」

 何が悲しくてマーライオンを楽しむ理由を探すために魂を駆使しなきゃいけないのですか。




 「黒服さんの事だからさ、そのマーライオンって変な機能が付いてたりするんでしょ?
  今度は何つけたの? 原爆? それとも中性子爆弾?」

 「口から吐いて飛び散った水を、ふきんで綺麗にする機能がついてます」

 「なんて便利な機能が!! というか、水を気にするなら吐くなよ!!」

 「こういう痒いところに手が届く機能があるからこそ、家庭用の名称を名乗る事が出来るのです!!」

 「良く分からないけどすごい自信だな……」

 「これ売れる! 絶対売れるって!!」

 「私にはその売れる要素がまったく見えてこないのですけどね……。
  いったいどういう層がマーライオンを欲しがるのですか」

 「口から水を出す石像が欲しい層に決まってるじゃないか」

 「そんな奴らがこの日本に存在しているのですか!?」

 ここまでコアな範囲の人間を狙った商売も珍しい。



 「とりあえず試しに100体作ってみたんだが……仕舞う場所が無いから、ここに置かせてくれ」

 「100体!? そいつの製造費は一体どこから出てきたというのですか!?」

 「女神の奴が持ってきた1億円から……」

 「えー!? あの1億円使っちゃったの!? どうするのさ!! ヤクザさんたちに返せなくなっちゃったじゃん!!」

 「大丈夫!! マーライオンが大売れすればすぐに返せるさ!!」

 「ああ……何故だろうか? 黒服さんに、株や投資などで失敗しているようなおじさんの姿が重なって見える……」

 これはもうダメかもしれませんね。









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