5月7日 日曜日 「家庭菜園」

 「うーん。今年は家庭菜園にチャレンジしてみようかなぁ?」

 「そのセリフを一年の3分の1が終わったこの時期言うとはさすがですね雪女さん。
  季節外れ度が冬の焼きそば並みです」

 「別に焼きそばは夏限定の物だと決まっているわけじゃないでしょう……」

 でもやっぱり夏の趣がある食べ物だと思うんだよね。
 海とか祭りの場で食べると美味しいじゃないですか。



 「千夏さんは家庭菜園をやるとしたら何を育てたいですか?」

 「家庭菜園ねえ……」

 「私のいち押しはトマトとかスイカだったりするんですけど」

 「今の時期からじゃ夏に間に合わないでしょ。そのラインナップじゃ」

 「確かにそうですね」

 「私だったら夏に間に合うように……」

 「何を育てるんですか?」

 「兵隊を育てる」

 「夏までに兵隊を!? そりゃまた急ですね……じゃなくて!!
  兵隊ってどうして!?」

 「そりゃあなた、ヤクザどもとの対決を夏までに終わらせるつもりだからですよ」

 「まだ続いてたんですかあの闘争」

 放って置いたら戦いが無くなるのなら、みんな世界中の紛争をシカトしますっての。


 「だからですね、優秀な兵隊が欲しいのです」

 「ずいぶんと本気で戦争するつもりなんですね……。アメリカ軍とは家族だけで戦ったのに」

 「あれは後手に回ってたから仕方なかったのです。
  でも、今は違う!! 体勢を整える時間がある!!
  先手で攻撃することが十分可能!!」

 「ええ……? 先手打つつもりなんですか?
  正当防衛にもならないんじゃ……」

 「某ジョージ大統領もよく言ってるじゃないですか。
  殺せる時に殺しとけって」

 「言ってない! そんな事言ってませんよ千夏さん!!
  態度ではそんな事を表現していたりするけども、口には出してません!!」

 「空爆は口ほどにものを言うって奴ですね」

 「そんな物騒なことわざ作らないでください」

 「よし決めた!! 今年の夏には兵隊作るぞ!! めざせ千人!!」

 「いったいどうやって作るって言うんですか……そんな人数の兵士」

 「とりあえずホウセンカの種を庭にばらまいてみる」

 「……へ?」

 「ほら、サイバイマン方式で兵士が出てくるかもしれないじゃない」

 「なるほど。本気で頑張るつもりは毛頭ないわけですね?」

 だって面倒じゃーん。




 5月8日 月曜日 「オマケ」

 「はい千夏さんどうぞ〜。
  これ、差し上げます」

 「……雪女さん? なんですかこれ?」

 「オマケです。夕ご飯を残さず食べた千夏さんに、プレゼントをあげようかと思いまして」

 「まさか我が家の中でそういうファーストフード店的なキャンペーンを見ることが出来るとは。
  っていうかオマケってなんやねん」

 「うずらの卵です」

 「いらねえ!! 死ぬほどいらねえオマケだ!!」

 「何を言ってるのですか千夏さん!? 暖めれば孵化するかもしれないんですよ!?」

 その売り文句にあまり魅力を感じませんよ私は。




 「どうしてこんな事思いついたの?」

 「それはですね、いつも頑張っている千夏さんに楽しんでもらおうと思いましてね、素敵なプレゼントを差し上げたくなったのです」

 「なんだかその私の事を下に見てる思考がムカつくんですけどね」

 いつもは私より精神年齢低いくせに。


 「でも嬉しいでしょう?」

 「まあ貰えるものは貰っておきますけど。
  うずらの卵、食べる以外に利用方法見つからないですけど」

 「ああ……こうして罪無き命が失われていくわけですね」

 「そんな事言うなら何も口にするなやこの狂動物愛護者」

 自然に生きている生き物に、罪を背負った者なんて居ないんですよ。




 「ちなみにですね、オマケは数種類用意してあります。
  全部集めてくださいね♪」

 「数種類って……どこのマクドナルドですか。
  というかそもそもどんな事すればオマケ貰えるんですか?」

 「ええっと……トイレの後水を流したり」

 「それは人として当然の行為だ!!
  というか、そんな事言われたら私が普段水を流さない人みたいじゃん!!」

 「よくシェイクしたコーラを何の躊躇も無く蓋を開けてみたり」

 「勇気の度合いが小さい」

 「あずきバーに力任せに歯を突き立ててみるとか」

 「確かにあれはすごく固いですけど!!」

 オマケを貰える理由がよく分かんねえよ。




 5月9日 火曜日 「昆虫博士」

 「アリっていったい何が楽しくて生きてるんだろうねぇ……?」

 「……どちらさまですか? 私んちの前でアリの行列を見てる怪しいおじさんは」

 「ああ、すまないね……私、実はこういう者なんだ……」

 「名刺、ですか?
  どれどれ……昆虫博士、田圃虫太郎!?」

 「はっはっは。驚くのも無理はない。
  虫太郎という名前で虫博士だなんて、あまりにもそれらしすぎると思っているのだろう?」

 「いえ。昆虫博士という職業が実在していた事に驚いていたのです」

 「なんだそっちか……そっちに驚いていたのか……」

 「ええ。私の中で昆虫学者というのは、一日中虫取りしてそうな人ぐらいのイメージしかありませんから」

 「そうだよね……しょせん、そんな風にしか思われてないよね……」

 「……ちょっとおじさん。なんだかさっきからネガティブすぎやしないかい?」

 「ああ……それはきっとありの行列を見ていたからだろうね。
  アリの行列を見ると何故か悲しくなるんだ」

 「じゃあ見なきゃいいじゃないですか」

 「でもこれが仕事だからね……」

 大人ってのは面倒な人間ですねえ。
 やりたくない事しなきゃ生きられないなんて、アリんこなんかよりずっと不幸せだよ。




 「というか気になったんですけど、昆虫博士の仕事って、アリの行列を見る事なの?」

 「正確に言うと、そのアリの行列が行き着くであろうアリの巣を見つけ、薬品の類を流し込む仕事ね」

 「それってただの駆除業者じゃねえか!!
  何が昆虫博士だ!!」

 「相手を殺すには、十分な知識が必要なんだよね……」

 「おっそろしい博士だな。そりゃアリを見れば悲しくもなるわ。今から殺すんだもんね」

 「はあ……本当にアリは健気だなぁ。
  女王アリのために死ぬ気で働いて、そして朽ち果てていくだけだと言うのに……こうしてきびきびとせわしく動いている。
  彼らにとっては何が幸せなのだろう? 何が楽しい事なんだろう?
  私には彼らがとうしてここまでして生きているのか不思議だよ。死ねば楽になれると言うのに……」

 「幸せや楽しさを感じなきゃ生きていけないのは人間だけなんですよ。きっと」

 「なるほど。そういう考え方もあるね。
  じゃあ彼らは人間よりもずっとずっと強いわけか。
  その強さが羨ましいよ。尊敬さえしてやまない……」

 「確かに、アリはすごいかもしれませんねえ……」

 「……」

 「……」

 「……さて」

 「さて?」

 「そろそろ巣穴に薬品を流し込むとするかな」

 「あっれー!? アリの事尊敬してやまないんじゃなかったのー!?」

 「私、時給計算の給与形態じゃないから」

 「つまりさっさと終わらせたいわけだな!?」

 なんて昆虫博士だ。



 5月10日 水曜日 「楽しくて明るい職場です」

 「ええっと、時給柿の種っと」

 「千夏お姉さま……? いったい何を書いてらっしゃるんですか?」

 「おっ。良いところにきましたねリーファちゃん。
  暇なのであれば手伝ってくださいよ」

 「今からジャムの瓶と対決しなくてはいけないので手伝えません」

 「素敵な感じに暇じゃねえか。手伝え」

 「何を言ってるのですかお姉さま!?
  ジャムの瓶と言えば、世界三大開けにくいモノに分類される一品ですよ!?
  それに闘いを挑もうとしている私の決意をわかってくれないのですか!?」

 「わかんないです。
  リーファちゃんのその無駄なやる気も分からないけど、三大開けにくいモノって言うのが一番分からないです」

 「つまりですね、『ジャムの瓶』、『油で滑るコンビニ弁当のソースの袋』、『ラムネ』。
  この3つに戦いを挑み、戦士になろうとしているのですよ!!」

 「そんな事に人生の限りある時間を使うのはもったいないですよ。
  というか最後のラムネは開け方を知らないだけなんじゃ……?」

 この現代っ子め。



 「で、私がジャムと戦って戦士になろうとしている間、千夏お姉さまは何をちまちまやってるつもりなんですか?」

 「嫌味な言い方だけど、全然嫌味に聞こえませんね。比べられたモノがモノだけに。
  えっとですね、私が書いていたのは求人広告です」

 「求人広告? 何のですか?」

 「ヤクザと戦うための兵隊のものに決まってるじゃないですか」

 「まだ兵隊集め諦めてなかったんですか!?
  というか兵隊の時給が柿の種って!!」

 「美味しいじゃん。柿の種」

 「いくら美味しくても命はかけれないと思いますよ?」

 「とにかくこれでひとりでも多くの人材を集めたいのです! きっと、きっと誰が来てくれるさ!!」

 「ふぅ……『きっと』、か…………おそらくこういう儚い望みの言葉があるせいで、人は無意味な事に可能性と時間を失っていくのでしょうね……」

 今この家で一番無意味な事に命使っているお前に言われたくはないわ。




 5月11日 木曜日 「集まってきた人」

 「全体前ならえー!! これより、第一次選抜戦を始めます!!
  整列したまま、動かないように! 一切の私語を認めません!!」

 「「イエッサー!!!!」」

 「な、何やってるんですかお姉さま!?
  家の庭で屈強な男たちを引き連れて!?」

 「ふふふ……リーファちゃんには紹介しておいてあげましょう。
  彼らはですね、昨日私が書いた求人広告を見て集まって勇士たちです!!」

 「ええー!? あんなんで本当に来ちゃったの!?
  柿の種!? あれにつられて!?」

 「それと三食昼寝付きという好条件で」

 「例え契約上そうなっていたとしても、昼寝する余裕なんて前線の兵士に無いはずなのに」

 そこらへんはサービス残業みたいなものだと思って欲しいです。



 「それで、いったい何人応募してきたんですか?」

 「500人程ですね」

 「500人も!? そんなに命知らずが来ちゃうものなの!?」

 「ふふふ……まあ私ほどのカリスマの持ち主であれば不思議では無いって事ですよ」

 「サイトが一日200ヒット超えたぐらいで嬉しくなる程度の人間が何を言うですかね……」

 関係ないじゃん!! 別にそんなの、関係ない事じゃん!!




 「よし! それでは今から選抜試験を行います!!」

 「選抜試験って……ずいぶん本格的にやるんですねお姉さま」

 「まあね。遊びじゃないから」

 「一番遊びっぽい雰囲気を醸し出しているのはお姉さまなのに……。
  ちなみに、この試験ではどれぐらいの人を落とすつもりなんですか?」

 「4人ほどを」

 「500人中496人は受かるんですか!? 緩い!! なんて緩い選抜だ!!」

 「まあ欲しいのはひとりの英雄じゃなくて100人の凡夫ですからね。
  数が多ければいいんですよ」

 「なんと酷い事をさらりと言ってのけるのでしょうかこの人は……」

 「さあ! 選抜試験は縄跳び10回です!! 思いっきり飛んじゃいなさい!!」



 〜2時間後〜




 「一次試験突破者は…………21人ですねお姉さま」

 「弱!? なんて足腰弱いの現代人!!!」

 100人の凡夫にも満たなかったのですか……。



 5月12日 金曜日 「牛丼を求めて」

 「牛丼っていうのあったよね」

 「ああ。ありましたね玲ちゃん。
  というかですね、真夜中に人の枕元に立った第一声がそれか」

 あまりな寝起きに寿命が削られっぱなしなんですけどー?

 「千夏ちゃんは牛丼の味覚えてる?」

 「いえ……最近まったく食べなくなっちゃいましたからねえ」

 「そうか……千夏ちゃんも忘れちゃったか……。
  私もね、実は牛丼の味を忘れちゃったんだ……」

 「別にそこまでセンチメンタルになるほどの事じゃあないでしょうが。
  豚丼でいいじゃん。豚丼で」

 「バカッ! 千夏ちゃんのバカッ!!
  牛丼には、決して豚丼では味わえないものが在ることを知らないの!?」

 「悪性プリオンとか?」

 「BSEなんて味わいません!!
  牛丼にあって他の料理に無いもの……それは愛!!」

 「数ある料理の中で牛丼にしか愛が入ってないなんて軽く人類に絶望しそうな事を言わないでください」

 「私は……そんな牛丼が恋しい!!」

 夜中に人を叩き起こして語った主張がそれですか。
 なんて迷惑な幽霊だ。迷惑じゃない幽霊を私は知らないけど。



 「それで事は相談なんだけどさ」

 「ようやくここから本題なんですか」

 「私と一緒に、牛丼を探しにいかない?」

 「いきません」

 「ええ!? なんで!?」

 「眠いから!! 何より今眠いから!!」

 「そんな!! 食欲より睡眠欲が勝っているというの!?」

 常識が勝っているだけだと思うんだ。

 「というか牛丼を探しにってどういう事ですか。
  いったい何処へ飛び立とうとしてるんだ」

 「とりあえずね、アメリカに渡ってみようかなって」

 「動機はチンケなくせに行動力は風来坊並みだな。
  っていうかひとりで行ってくださいよ……。私が付いていく意味ないし」

 「でも良く言うじゃない。旅は道連れ」

 「その言葉を考えた人も、まさか牛丼のためにアメリカに渡ろうとしている子に口にされるとは思ってなかったでしょうね」

 果たしてそれは本望なのでしょうか。



 「アメリカでお肉手に入れたらさ、千夏ちゃんにも分けてあげるから。背骨とかを」

 「そんな危険部位いらねえよ!!」

 そういえば輸入再禁止になってけっこう経ちますが、日本にちょっとだけ入ってきたお肉たちは今どういう状態になってるのでしょうね?
 私の予想では、本命が腐りかけている。大穴でどっかの業者が勝手に売りさばいてる。
 なんですけど……今の日本じゃ大穴がおおいにありえそうなのは気のせいですか?





 5月13日 土曜日 「ビデオテープ」

 「ねえねえリーファちゃん♪ これ見てコレ♪」

 「なんですかお姉さま……? 妙に上機嫌な顔しちゃって」

 「いいからいいから。何も言わずこのビデオを見てくださいよ」

 「ビデオ……? もしかして、呪いのビデオとか?」

 「まあ似たようなもんです」

 「似たようなもの!? じゃあ見ませんわよそんなもの!!」

 「大丈夫。きっと天国に行けるから」

 「天国に行ってる時点で大丈夫じゃねえ!!」

 「ま、冗談はこれくらいにしといて」

 「別にそんな軽快な姉妹トークなんていらないのですが?」

 たまにはいいじゃないですか。たまには。
 いつもそれをやるのは私も嫌だけど。


 「これはですね、防犯カメラのビデオなのです」

 「防犯カメラ!? どこのですか!?」

 「私んちの」

 「そんなもの、本当にあったんだ……」

 「もちろんありますとも。近頃はうんと物騒になってきたからね」

 「でも……なんで私にそれを見せようというのですか?」

 「いやぁ。このビデオに面白いものが映ってましてねぇ。それをリーファちゃんにも見ていただきたいtなと」

 「そ、そうですか……」

 「はいどうぞどうぞ。ここに座ってくださいな」

 「ありがとうございます……」

 私はリーファちゃんをむりやりテレビの前のソファに座らせます。
 彼女がきちんと座った事を確認すると、私はビデオテープをデッキに差込み、再生を始めました。


 「よーく見てくださいリーファちゃん。本当に面白い物が見れるから」

 「なんだか怖いですね……」

 テレビに映し出された光景はとある部屋の前の映像。
 日時は深夜なのか、全体的に暗いです。
 そしてただドアを映し出しいるだけの映像が続く事10分。ついに、決定的な変化が訪れます。

 「これは……人影!?」

 「そう! 人影!! なんとですね、私の部屋の前を謎の人影がうろうろしてるのです!!
  これは怖い! 本当に怖い!!」

 「た、確かに怖いですね……」

 「これはあれに違いありませんよ。巷で噂のスパイに違いありませんよ!!」

 「別に巷で噂されてませんけどね。というか、そんなものを何故私に……」

 「暗殺者という視点から、何か気付いちゃうんじゃないかなぁと思いまして。
  ほら、スパイと暗殺者ってちょっと雰囲気似てるじゃん」

 「全然違うものですよ……? 仕事内容は」

 「それに防犯カメラに映るというようなヘッポコ具合も似てる」

 「だから私なの!? ヘッポコだから私に見せたって言うのですか!?」

 「8割方その理由です。女神さんとどっちにするか迷ったんですけどね」

 「失礼にも程があるよ!!」

 「それで、何か分かった事はありませんか? なんでもいいんで教えてください」

 「ええっと…………音が録音されてませんね」

 「そりゃ防犯カメラだからな。さすがヘッポコ」

 「うわーん!!!!」



 というか本当はリーファちゃんが犯人であると仮定して、自供を促すために見せたのですが……考え違いでしたね。









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