5月28日 日曜日 「勝利」

 「さて……もうそろそろ遊びは終わりにしましょうか。ハルカーニュさん」

 「もちろん構わないともさ。
  義理とは言え妹と永遠の別れをすまさないといけないのは悲しいが……それも宿命だからな」

 「あらあら。大した自信じゃないですか。
  私に負けるという結果などありえないとでも思っているのですか?」

 「思っているのではなく、確信してるのよ。
  私は、あなたに必ず勝てるっ!!
  何故ならば……私にはこのお守りがあるから!!」

 ハルカーニュさんが私に掲げて見せた物は、銀色に輝く十字架のネックレスでした。
 キリスト教を信仰してるんですかこの人は。



 「どう!? 驚いた!?」

 「驚いたというか意外だったというか……。
  神様なんて信じなさそうな顔してたから」

 「何を言ってるの……?
  いい? このお守りさえあれば私は死なないのよ!!
  なんていったってね、間一髪の所でこの十字架が攻撃を受け止めてくれるもの!! こう映画やアニメの如くっ!!」

 「こいつのお陰で助かったゼ、みたいな奴ですか!? 何戦う前から奇跡を当てにしてるんだ!!
  そんな奴に勝利の女神は微笑みませんよ!!」

 「微笑みますー! 勝利の女神はいつも薄ら笑いを浮かべるんですー!!」

 「やな女神だな」

 「うおおお!! やったるぞー!!
  私は絶対勝つもんねー!!」

 「くっ……良く分からない方法で自己暗示してくれちゃって。
  まあ良いですよ。私も覚悟が出来ましたっ!! いざ闘おうじゃないですか!!」

 「「最初はグー!!!!」」

 この一回戦が大事なんです。ほとんどこれで決まるんです。

 「「じゃんけんぽーんっ!!!!」」

 後出しもフェイントもなく、私とハルカーニュさんは同時に手を出します。
 ハルカーニュさんの手の形はパー。
 そして私は…………チョキ!!!!

 「よっしゃあああ!!」

 私はすぐに自分の横に用意されていた日本刀を掴みます。
 目の前のハルカーニュさんはすでに兜を頭に被り防御体制をとっていたのですが、そんなの関係ありません。
 この日本刀で、兜ごとぶった斬るっ!!

 「どりゃあああ!!」

 『ガギンッ!!』

 「なっ!? 弾かれた!?」

 「あはははは!! 素人が日本刀を使って兜を叩き割れるわけないだろう!!
  しかも、小学校の女の子がなっ!!」

 「くっ……」

 なんて事でしょうか。一撃で蹴りをつけられると思っていたのに……。
 パワーがあって一撃一撃が重い分、長期戦になればあちらが有利だと言うのに!!




 「よーし! 第二回戦行くぞー!!
  じゃんけん…………」

 「……?」

 勝利の笑みを浮かべていたハルカーニュさんが、急にその動きを止めます。
 いったいどうしたというのでしょうか?



 「パタリ」

 「あっれー!? ハルカーニュさんが頭から血を出して倒れた!?
  なんで!? もしかして私の攻撃が兜内に届いたの!?」

 「いえこれは……もしものために兜の中に入れてあった十字架のお守りが、千夏の攻撃の衝撃で彼女の脳天に刺さったのね」

 「アホだ!! この人、救いが無いくらいアホだ!!」

 とにかく、勝ててラッキーでした。




 5月29日 月曜日 「騒動の理由」


 「千夏……よくやったわね」

 「お母さん……。ええ。なんだか良く分からないけど、私勝ちましたよ。
  でも……」

 「どうしたの千夏? 嬉しくないの?」

 「私はここに来るまでに、あまりにも多くの物を犠牲にしてしまいました。
  その犠牲を具体的な名称でいうと、女神さんと雪女さんとリーファちゃんです……」

 「大丈夫。あの子ら生きてるから」

 「そうですか。生きてるんですか…………って、ええっ!? それ本当!?」

 「本当よ。私が今まで嘘をついた事がある?」

 「それはもう山ほど。
  というかどうして死んでないの!? 私、彼女たちの脈が無いのをきちんと確認したのですけど!?」

 「殺される直前に変わり身の術を使って、本物と入れ替えたのよ。
  ドッペルゲンガーとね」

 「ドッペルゲンガー!? でもあれって死んじゃうと……」

 「そう! ドッペルゲンガーが死んだ人間は、『この世で唯一の自分』になる!
  つまり、神の領域へと踏み込んだという事!! 雪女ちゃんたちは、千夏のように神様(仮)になったのよ!!」

 「なんて最悪なメンツの神様たちだ!!」

 こんな神様たちが居る世界なのであれば、戦争が無くならないのも納得が行きます。

 「彼女たちは神様になってもらうしか無かったのよ。
  何故ならば神様を殺せるのは……同じ神様か、ウサギさんや私のお母さんのように特別な身体を持ったものだけだから……」

 「神様を殺すって、それって……」

 「そうよ千夏。あなたが思っている通り。あいつの……黒い星の民の、アジトをついに発見したの!!
  ついに全ての因縁に決着をつける時が来たのよ!! その最終決戦のために、戦闘要員が欲しかったの」

 「だから雪女さんたちがあんな目に会っても助けてくれなかったんですか……。なんて酷い人。
  …………それで、そのすべての原因となった黒い星の民は、一体どこに居るのですか? アジト見つけたんでしょ?」

 「ふふふふ……聞いたら驚くわよ。まさかこんな所に拠点を構えているとは思わなかったわ。
  あいつはね、実は……」

 まあ今までの人生経験上から言うと、きっと大して遠く無い所に拠点があって、あら、こんな所に居たなんて!! というような展開なのでしょうね。
 手に取るように分かりますよ。

 「実は……」

 「はいはい。実は実は?」








 「あいつは、冥王星に居たのよ!!」

 「普通に遠い!! どうやってそこまで行けばいいんですか!?」

 「ネコバスに乗って」

 「ネコバス!? その歳になってネコバスなんか信じてんのか!?」

 あなた、お風呂場でまっくろくろすけを呼んだ事あるでしょう?





 5月30日 火曜日 「気絶祭り」


 「うう……ここはどこですか? なぜ私はこんな所に……」

 「雪女さんっ!! ようやく目覚めたのですね!? いやー、心配しましたよ!!
  叩いたり引っ張ったりねじ込んでみたりしたけどまったく目を覚まさなかったから、もうダメかと思いました!!」

 「そうですか。私、そんなに気を失っていたのですか……。
  …………ねじ込んだり? 何を!? どこに!?」

 「わさびを。眼孔に」

 「うっわぁっ!! そう言えば目がすっごく痛い!!
  鬼や! 千夏さんは鬼の子や!!」

 私はお母さんの子ですよ。
 まあ鬼の子と意味が変わらぬ気がしますけど。

 「そうだ!! 聞いてくださいよ雪女さん!!
  あのですね、お母さんが生きてたんです!! あの人がこの騒動の黒幕だったんですよ!!」

 「千夏さんのお母さん……? それってつまり、春歌さん!?
  『生涯暴君』と背中に刻んでありそうなお義母さんが生きていた!?」

 「さすがにそんな残念な入れ墨はしてないと思いますけど、その春歌さんです」

 「…………バタン」

 「雪女さん!?」

 何故か雪女さんがぽっくり倒れてしまいました。
 いったいお母さんという単語からどういう未来を予想したのでしょうね?
 まあ想像はつくのですが……。




 「うああ……ここはどこ?」

 「あ! 女神さんも気がついたんですね!? 良かったあ!!」

 というかこの人もドッペルゲンガーを殺されたんですよね……?
 もともと神様だったくせに、ドッペルゲンガーが居たのでしょうか?
 やっぱり半端者だったという事ですか……。




 「どうして私は生きてるんですか?
  私は確か千夏さんたちを先にいかせるために自ら犠牲に……」

 「うん。無駄な犠牲になってくれたよね。
  あのですね、まあいろいろ要約しますと…………女神さんは私のお母さんの策略で殺されかけて、そのお母さんの手によって助けられたのです」

 「お母さんって……千夏さんのお母さん!?
  『レンジで3分』と背中に刻んでありそうな春歌さんっ!?」

 「そんな冷凍食品みたいな表示はされてないと思いますが」

 「う〜ん……めまいが」

 「女神さん!?」

 なんて事でしょうか。女神さんまで気を失ってしまったじゃかいか。
 すごいなお母さん。その名だけで2人の女を昏倒させてますよ。
 すごい言霊パワーです。




 「うう〜ん……」

 「あ! リーファちゃん!!
  良かったです。あのですね……」

 「うあ、お姉さまのお母さんの匂いがする……パタリ」

 「匂いだけで気絶!?」

 お母さんもすごいけど、お母さんの匂いを嗅ぎ分けたリーファちゃんもすごい。



 5月31日 水曜日 「久しぶりの帰宅」

 「おおっ! 久しぶりの我が家よ!! 相変わらずボロっちいわね!!」

 「自分の家に酷い事言わないでくださいよ」

 見事お母さんの手のひらの上で転がされ、ヤクザたちを壊滅させて神様(仮)という妙な肩書きを持ったメンバーが増えた私たちは、
 無事に家へと帰ってくる事が出来ました。
 ここは喜ぶべきなんでしょうけど、何事も無かったかのように私たちと一緒に家に帰っているお母さんの存在が、その喜びに水を差している気がします。



p> 「やっぱり我が家が一番ねえ。みんな、そう思わない?」

 「……」

 「……」

 「……」

 すげえ。意識を取り戻してから、女神さんと雪女さんとリーファちゃんがずっと無口だ。
 何か別な方向性を持ったカリスマ性がお母さんにあるような気がしてきますね。ここまで来ると。



 「おうおかえり。ヤクザを倒すのに大分時間がかかってたな」

 「黒服さん……何普通に出迎えなんてやっちゃってるんですか。
  あなた、私たちが闘っている間何やってたんですか!?」

 「留守番してた」

 「悪びれもなくそれを言うかね!?」

 もうちょっとすまなそうにしろ。

 「あなたねっ、家族全員が命を賭けて闘っているんだから、あなたもその闘いに参加しなさいよ!!!!
  黒服さんが家でゆっくり休んでる間にね、女神さんなんて犬死にしてたんだよ!?」

 「犬死には余計ですよ千夏さんっ!!」

 しかし事実だしなあ。




 「いや、俺には俺の仕事があったんだよ」

 「例えば?」

 「夏祭りに向けて、ひよこをピンク色にしたり」

 「あれ、黒服さんがやってたんですか!?」

 非道にも程がある。そして、暇人にも程があります。

 「結局サボっていただけじゃないか……」

 「あと、夏祭りに向けて一等が入っていないくじ引きのクジを作ってた」

 「なんでそんな内職ちっくな事しかやってないんだお前は」

 本当にダメな人だな。





 「まあいいじゃないの千夏。黒服さんはこれからいっぱい頑張ってもらわないといけないんだから」

 「頑張るって……何をですか?」

 「もちろん、私たちが冥王星に行くための宇宙船作りに決まっているじゃない!!」

 「なるほど!! 確かに黒服さん程の天才バカならそんな宇宙船を造れるかも!!」

 「新しい単語だな。天才バカ」

 決して尊敬する事が出来ない天才という意味だとでも思っていてください。


 「まあそれぐらいならお安いご用さ。
  というか、すでに3年前に開発済みだったりする」

 「本当ですか!? それってマジすごいじゃないですか!!」

 やばいですね……。黒服さんの事、本当に尊敬してしまいそうです。
 本当に、不服だけど。

 「で、その宇宙船はどこに!?」

 「カラーひよこを仕入れるための資金を調達するために売り払った」

 「やっぱバカだこの人!!!!」

 とりあえず死ね。死んでしまえ。



 6月1日 木曜日 「帰って来たお母さんが身に付けたモノ」

 「ふう……。やっぱり家で食べる食事は美味しいわね。
  この雪女ちゃんの料理を食べると、この家に帰ってきたって気がするわ」

 「……」

 すげえ。褒められたのにずっと無言だよ。
 いったいどれだけ気を滅入らせているというのですか雪女さん。


 まあそれは置いといて。


 「お母さん……本当に何ひとつ謝罪する事なく家に帰ってきたんですね。
  気にしてなさすぎです」

 「何言ってるのよあれぐらいの試練。
  私なんてね、単独行動をとっている間に大変な思いをいっぱいしたもの!
  それにくらべればあんなもの……ごま塩程度よ!!」

 「その喩えが良く分からん。
  大変な思いって例えばなんですか? 聞かせてもらおうじゃないですか」

 「ええっとねえ……チベット辺りで、物の心の声を聞く事が出来るおじさんに弟子入りして……」

 「何してるんだあんたはっ!?」

 「えーっと、修行?」

 何になりたいんですかあんたは。



 「それで、物の声は聞こえるようになったんですか?」

 「ええ。なんとかね」

 「嘘つけや。そんなわけないでしょうが」

 「本当なんだってば!! じゃあこの私が使っているお箸の声を聞いてあげるわっ!!」

 「どうぞご勝手に」

 「ぬぬぬぬ……わかったわ!! このお箸は、実はバツイチなのよ!!」

 「お箸がバツイチってなんですかそれ!?
  いつ結婚したの!? そしていつ離婚したの!?」

 「数ヶ月前に片割れが紛失してしまい、しょうがないから似た柄の奴と組まされて使われているのよ」

 「そういう意味でバツイチか。
  うん。お母さん、嘘ついてるだろ?」

 やっぱダメだなこの人。


 6月2日 金曜日 「戦う理由とか」

 「千夏……話があります。こちらに座りなさい」

 「なんですかお母さん……?
  はっ!? まさか、今までの事をついに謝るとか!?」

 「いいえ。誰が謝るものか」

 「なんだその頑なさは」

 その意志の強さは別な所に生かしてください。お願いだから。


 「千夏に話したい事……それは、これから起こりうるであろう最終戦争についてです」

 「どうでも良いけどウチ、戦争しすぎですよ」

 どんな紛争地域にもその悲惨さは負けてないね。自信を持って言えるよ。


 「今までの戦争と一緒にしてもらっては困るわねっ!! なんて言ったって次の相手は神様なのだから!!」

 「一応私も雪女さんたちも神様になっちゃったんですが……?」

 最近神様という立場の威厳が我が家の味噌汁より薄くなっていってるのは気のせいでしょうか?
 いや、おそらく気のせいではない。

 「ふんっ! 千夏たちなんてね、神様としてはまだひよっこよ!!
  数独の神様ぐらいひよっこ!!」

 「神様の世界での数独の神様の位置なんて知らないけども、まあ言いたい事は分かりました」

 「それに比べてあいつは……あの黒い星の民は……LDの神様ぐらいの大御所なのよ!?」

 「だからその位置関係は分からないんだって」

 というか数ある神様の中で、LDの神様って結構な位置にいるんですか。
 現世ではすでにレアメディアになっている癖に。



 「というか気になったんだけど、なんで私たちはあの黒い星の民と闘わないといけないの?」

 「それはもちろん復讐のためです。
  私のお母さんとかお父さんとか、その他大勢の人たちは、あいつに人生を殺されてきたんだからね」

 「復讐ねえ……なんとも非生産的な。
  黒い星の民の事なんて放っておいて、私たちは私たちなりの人生を歩めばいいんじゃないですか?
  憎しみに囚われて生きるなんて、惨めだと思います」

 「人間には絶対に見て見ぬふり出来ない事があるの。
  日本人の特筆すべき厄介事スルー能力だってどうにもできないぐらいのモノがあるの。
  私の場合それがあいつ。そのままに何かしてられない」

 「はあ。そんなものですか……」

 「それに早くあの黒い星の民を倒さないと世界が滅んじゃうし」

 「…………それは初耳な衝撃事実だなあ。
  本当に滅ぶの!? どうして!?」

 「あいつはその時間空間内で唯一の神になろうとしているのよ。
  だから他の星の民……神様たちを殺したの。神様を自分ひとりにするために。
  神様がひとりだけになると、世界の法則のバランスが崩れて……」

 「世界のバランスが崩れて……それでどうなるんですか!?」

 「世界中の口に入れたらパチパチなる飴が、核兵器並みの破壊力を持つに至ります」

 「日本壊滅確定ですね!?」

 パチパチ飴に滅ぼされる世界なんて嫌だ。





 「まあ本当は人間が、命あるもの全てが反物質に変換されるだけだけど」

 「……」

 反物質ってあれですよね?
 数グラムで核に匹敵するぐらいのエネルギーを発すると言われる奴ですよね?
 もっと救いがないじゃないか。



 6月3日 土曜日 「宇宙船の今」

 「……何やってるの黒服さん? ちまちまと変な事やって」

 「内職です」

 「へぇ……それはまたマッドサイエンティストにしては地味な生活してますね」

 「お前は俺の事を何だと思っているんだ」

 「てっきり常に人類を一度や二度滅ぼしてしまうような事を考えているのだと思っていました」

 「そんな事考えるのは週に2回と決めてるんですー!!」

 なんだその健康的なノルマ。
 というかわざわざ思考にまでスケジュール作るなよ。




 「…………でもなんで内職なんてしてるの?」

 「カラーひよこのひよこを仕入れるために売り払った宇宙船を買い戻すために、お金をためているんだ」

 「……一から作り直せば?」

 「作り直すのに5兆かかるから」

 「すっごい国家予算ですね!? というか、前は一体どこからそんなお金出してもらったの!?」

 「えーっと……マクドナルド?」

 「いくらマクドナルドが全国にチェーン展開しているからといって、それだけのお金は出せないだろ……」

 「とにかくだな、作り直せないわけだから買い戻すしかないんだ。
  中古扱いだからきっと安くなっているだろう」

 「いや、冥王星に行ける宇宙船なんて他に無いわけですから、そうそう安くはならないんじゃ……。
  というかそもそもあれを売った所ってどんな所なんですか? 物好きなお金持ちとか? それともどっかの政府?」

 「大崎漁港」

 「漁港に売ったの!? なんで!?」

 「漁船が欲しかったらしいから」

 「冥王星まで行ける船を漁船扱い!?」

 すごいなぁ大崎漁港。そしてそこに売り払った黒服さんも。

 「ちなみに大崎漁港の収益率は宇宙船のお陰で20%アップして……」

 「知らんがな」

 「主な収益はクジラで……」

 「それは違法だがな」










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