8月1日 日曜日 「浴衣」


 「千夏〜、ちょっと来て〜」

 扇風機の前で涼んでいた私を、お母さんが呼びます。

 「なに〜?」

 本当は行きたくなんて無いんだけど、
 フラフラとお母さんの所に向かいます。


 「ちょっと布地を選んでもらおうと思って」

 そう言ってお母さんはいくつかの布を差し出します。


 「え? それ何に使うの?」

 「千夏に今度ある納涼大会のために
  浴衣を作ってあげようと思ってね」

 「え? 本当に!?」

 「ええ、もちろん……ってなんでそんな怪しんでいる眼で見ているの?」

 なにか裏があると思ってるんで。


 「とにかくこの中から好きな生地を選んで欲しいの」

 「はい、分かりました」

 まあ、作ってくれるっていうんだから素直に喜んでおきます。

 

 「まず、エントリーナンバー1。
  バカには見えない布ー!!」

 「ちょっと待ってくださいよ!!」

 「え? 何? もしかして千夏はこの布見えないの?」

 バカにしたような顔で言ってきます。
 っていうかこんなおとぎ話的なフェイクに引っかかってたまるか。


 「そんな布あるわけないでしょ!!!
  なに私に路上ストリップショーさせようとしてるんですか!!」

 「涼しいわよ?」

 「なんも着てねえからだろ!!!」

 

 「それじゃエントリーナンバー2。
  特殊汎用パワードスーツにも使用されている布ー!!」

 お母さんはなんだか緑っぽい布を取り出しました。

 「特殊汎用パワードスーツって……」

 なんでそんなものを浴衣に使用するんですか。

 「通気性が良く、水中、雪山、果ては宇宙でも適応できる素材なの」

 本当にすごいですねそれ。
 浴衣に使うにはもったいなさ過ぎですけど。

 「でもどこで使われているものなんですか?」

 「ガチャピンというパワードスーツに……」

 ガチャピン―――――!!!???

 

 「さあ、それでは最後です。
  エントリーナンバー3。
  風鈴をあしらった、面白くもなんとも無い普通の布ー!!」

 それを初めに持って来い。

 「じゃあ、それで」

 「ええ!? おもしろく無っ!?」

 なんで浴衣を面白く作る必要があるんですか。

 「まあ分かったわ。
  不本意だけどこれで作りましょう」

 「お願いしますね」

 

 何だかんだあったけど、
 お母さんが私の為に何か作ってくれることなんてほとんど無いので、
 けっこう嬉しかったりします。
 楽しみだなぁ……。

 

 


 夕方。
 また私はお母さんに呼ばれました。

 「どうしたのお母さん?」

 「いやね、もう出来ちゃったから」

 早いなオイ。
 これを職業にしたほうが借金を返しやすいんじゃないんですか?


 「はい千夏。
  私からのプレゼントよ」


 「わあ〜、ありがとうお母さ……」

 

 私がお母さんから受け取ったのは、
 フリフリのメイド服。


 「……ってアホかぁ!!」

 メイド服を床に叩きつけます。

 「千夏!! 何てことするの!! お母さんが夜なべして作ったのよ?」

 半日かからずに作ってたじゃんか。


 「風鈴模様の布地は!? 納涼大会のための浴衣はどうなったの!?」

 「浴衣を作ってたら自然に……」

 どれだけ不器用なんですか。
 ある意味で器用なんですけど。


 「こんな服で納涼大会に行けって言うんですか!?」

 「メイド服はどこでも映えるのよ!!!」

 「しるかあぁぁぁ!!!!」


 楽しみにしてたのにぃ……。


 

 8月2日 月曜日 「コタツの反乱」


 「この家は我々が占拠した!!
  大人しくしてないとこいつが火を吹くぜ!!」

 そんな声が家中に響き渡り、私を夢の世界から連れ戻します。

 「な、なにごと!?」

 脳裏には、結構前に家に籠城しやがったテロリストの姿が浮かびます。

 「千夏!! 大変よ!!」

 「お、お母さん!!
  もしかしてまたテロリストが……」

 「コタツが反乱を起こしたのよ!!」


 ……はい!?

 


 少しばかり機能停止した頭でリビングに歩いてくと、ホントにいました。
 その……コタツが。

 

 「こら!! これ以上近づくな!!
  言うことを聞かなければこいつがどうなっても知らないぞ!!」

 「助けて千夏お姉さま!!」

 なぜかコタツに捕まってるリーファちゃんが助けを求めてきます。

 ちなみにウサギさんはと言いますと、別に気にすることなく新聞を読んでました。
 ウサギさんはリーファちゃんがどうなろうと知ったこっちゃないみたいです。
 私と同意見ですね。


 「私たちコタツの要求はただ一つ!!
  夏場にも私たちに出番を……」

 それじゃ私は二度寝してきますんで。


 「お姉さま!? ちょっと見捨てないでよ!!
  ……っていうか熱!!
  それと同時にコタツ独特の臭いがきつ!!」


 はあ……一応妹なんだし助けてあげますか。


 「空舞破天流奥義、BREAK・break・DEATH・dance!!」


 「ひでぶ!!」


 ……今気づいたわけじゃないですが、
 もしかして私って人間を除くと世界一強いんじゃないですかね?
 まあそもそも人間以外のものと戦うことなんて普通無いんですけど。


 「千夏……」

 お母さんが覇気の無い声で私の名を呼びます。

 「何? お母さん」

 「今年はちゃんと冬を越せるかしらね……?」

 

 ……はっ!?
 あれってもしかしなくてもウチのコタツ?


 「ご、ごめんなさい!!
  死んじゃ駄目ですよ!!」

 「もう駄目だよパトラッシュ……」

 前に私が言った記憶があるボケが、彼の最期の言葉でした……。


 戦いは哀しみしか生みません。
 今日起こった戦いは、ウチの唯一の暖房器具を失うという結果に終わりました。


 ……っていうかなんで夏に冬の心配で絶望感にさいなまれなきゃいけないんですか。

 8月3日 火曜日 「庭の木」

 「千夏、最近雨降ってないから、
  庭の木に水まいたほうがいいんじゃないか?」

 家でゴロゴロテレビを見ていた私に、
 ウサギさんがそう声をかけます。


 「ウサギさんがやって〜……」

 自分でも呆れるくらい、今どきの小学生っぽい不活発さです。


 「なに言ってるんだよ。
  あの木の世話は自分が必ずするって言ってたじゃないか」


 へ?
 そんなこと言いましたっけ?


 「そんな、犬猫じゃあるまいし、
  何で私がそんなことを……」

 「この木が枯れるまで大切な人と一緒にいられるからなんだろ?」

 「初めて聞いたけど……」


 「……いいから、木に水をあげろ」

 いつもと違って少し怖い表情をしているウサギさんに背中を押され、
 夏の日差しが降り注いでいる庭に放り出されました。

 ただ立っているだけで汗が出てきます。


 「え〜っと、蛇口は……」

 すっかり暖められているホース片手に蛇口を探します。


 「蛇口みっけ……」

 蛇口はいつぞやに籠城してきた、
 アウグムビッシュム族のテロリストが埋葬されている場所の近くにありました。
 なんだか近づきたくないんですけど……。

 

 ちょっと腰が引け気味ながらも、蛇口をひねり、
 口から水を吐き出しているホースを持って
 くだんの木の所へと向かいます。


 「た〜んと召し上がれ〜」

 そんなこと言って水をあげます。
 心なしか潤って元気になった気がします。


 「……忘れててごめんね」

 なんだかこの木にとても申し訳なくなりました。

 「本当に、ごめん」


 あなたを忘れて

 ごめん。


 

 8月4日 水曜日 「不条理な世界」


 この世界は地獄だ。

 全てが不条理で、正義なんてありゃしない。

 美しいもの、正しいもの、愛されるもの。

 全てがこの世界に殺される。


 永遠なんて存在しない。

 全てが瞬きで、

 そして一瞬こそが全て。

 

 大切なものなんてすぐに消えていく。

 だから人は必死で抱きしめる。

 抱きしめることが、

 時には大切なものを傷つける原因になることすら知らずに。


 結局、人が最期まで手にしていられる物なんて何も無いのだ。

 全て

 消えていくのだ。

 

 

 「……お母さん」

 「なに? 千夏」

 「私の部屋!!!! 借金取りに差し出したでしょ!!!」

 「この世は不条理よね」

 「っていうか非常識だよ!!!」


 今日からどこで寝ればいいんですか?


 

 8月5日 木曜日 「ウサギさんの部屋」

 

 なんだか体中が痛いです。
 ええ、原因は分かってますとも。
 昨日、私の部屋を差し押さえられて、リビングのソファーで寝たからですよ。

 「というわけで、部屋に泊めてください。ウサギさん」

 「まあ別に俺は構わないけどな」

 わりとすんなりOKをもらってしまいました。


 「千夏お姉さま!!
  その方はこう見えても男性なんですよ!?」

 どこで話を聞いていたのか分かりませんが、
 リーファちゃんが話に加わってきます。


 「俺はなにもしないぞ」

 「そんな言葉、信じられません!!
  男はみんな獣なんですよ!?」

 まあ確かにウサギさんはもともと獣なわけですが。


 「というわけで私と一緒に寝ましょうお姉さま」

 心なしか身の危険がさらに高まったのは気のせいでしょうか?


 「えっと……気持ちは嬉しいんだけどね」

 なんとか丁重にお断りしようとしますが

 「さあどうぞ私のベッドを使ってください!!
  この安眠枕もどうぞ。
  よく眠れますよ〜。もう目覚めないかと思うくらい」

 全然聞いてくれません。
 っていうか今、やばめなことをサラリと言いましたよね?


 「おい、千夏が嫌がってるだろ」

 さすがウサギさん。
 暴走気味のリーファちゃんを止めようとしてくれます。


 「うるさい!!
  何なんですかあなたは!?
  いつも私の邪魔ばかりして!!」

 少し気になるのですが、リーファちゃんの言う『邪魔』ってのは、
 『私の首を討ち取ること』の邪魔って意味なんでしょうか?


 「何なんですかと言われても……」

 「あなたは千夏お姉さまの何なんですかって意味です!!」

 ……それは私も興味ある質問ですね。


 「俺は千夏の……」

 「お姉さまの!?」

 私の?


 「……」

 「……」

 ……。

 「……」

 「……早く言えっての!!
  この、ゲブッ!!
  ブヒャン!!」

 なぜかリーファちゃんはウサギさんにボディブローを食らって倒れました。

 戦闘用ボディのウサギさんに殴られたとなると、
 しばらく意識が戻ってくることは無いでしょう。

 

 「あのウサギさん?
  何でリーファちゃんを……」

 「まあ気にするな」

 「え? あの……」

 「気にするな」

 「は、はい」


 ウサギさんの顔が紅くなってる気がするんですけど
 ……私の思い過ごでしょうか?


 そんなに答えるの恥ずかしかったんですか?


 

 8月6日 金曜日 「赤と青」

 

 「千夏。赤と青、どっちが好き?」

 日々お母さんから繰り出される『毎食そうめんメニュー攻撃』によって
 グロッキーになり寝そべってる私に、黒服が話しかけてきます。


 「う〜ん、赤と青なら……赤かな」

 「そうか、分かった」


 ……って

 「ちょっと待ったー!!」

 「ん? やっぱり青がいいのか?」

 「そうじゃなくて!!
  なんですか、そのテーブルにある時計つきの複雑にコードが絡まってる物体は!?」

 「時限爆弾です」

 ああ、やっぱりね。
 そうだと思いましたよ。


 「な、なんでそんな物がウチのリビングに……」

 「さあ? いつの間にか置いてあったんだ」

 だからって解体しますかね?


 「聞かなくても分かるけどさ、
  さっき聞いた赤と青ではどっちがいいかってのは……」

 「あと一歩のところで行き詰まっちゃってさ」

 だから私に最後の決断を委ねたんですか?
 自分で言うのもなんだけど運はまったく無いですよ。
 あんたなんかに出会ってるんだから。


 「しかし困ったなあ……」

 「警察に連絡しましょうよ」

 それが最もベターな選択だと思います。


 「でも爆発まで1分切ってるし」

 ……さあ逃げよう。
 こんな奴置いてさっさと逃げよう。


 「千夏、どうかしたの?」

 こんな大変な時にノーテンキな声でお母さんが話しかけてきます。
 事情を知らない人は本当にいいですね。


 「お母さん!! 早く逃げよう!!」

 「え? どうしたの?」

 説明してる暇なんて無いんですよ!!


 「赤と青、どっちが好きですか?」

 なに聞いてるんだ黒服ー!!

 「紫が好きね」

 答えるなよ!!
 しかも二択の中に入ってないし!!

 「じゃあ二つ同時に切ろう」

 赤と青を混ぜるなー!!

 

 

 

 

 「でね、今日の夕ご飯はソーメンチャンプルー(沖縄料理)にしようと思ってるんだけど……」

 「お母さん、あんた大物だよ……」

 本当に、お母さんのノーテンキさと運はすごいですね。
 腹が立つくらい、すごいですよ。


 

 8月7日 土曜日 「夏休みの宿題」


 「ねえねえ千夏ちゃん。
  夏休みの宿題のさ、自由研究は何にするつもり?」

 私の背後にいつの間にかいた玲ちゃんが、そんなことを聞いてきます。

 「えっと、別に決めてないけど……」

 「よかった!!
  それなら私と同じ昆虫採集にしない?」

 っていうか玲ちゃん。
 あなた夏休みの宿題をやる気なんですか?
 多分、というか絶対に受け取ってもらえないと思うんですけど。


 「昆虫採集かあ……いいねそれ」

 まあ玲ちゃんに手伝ってもらえるので私はお得なんですけど。


 「それじゃ山へ出発〜!」

 

 「はあ〜……やっぱり山の空気は美味しいね。
  なんだか元気が出てくるみたい」

 「ねえ玲ちゃん
  ……かなり奥のほうに入っちゃってる気がするんだけど大丈夫?」

 「大丈夫大丈夫」

 「気のせいならいいんだけどさ、この山に入る時に『まだあなたは生きている。人生これからだ』
  だなんて書かれている、自殺防止用の看板を見なかった?」

 「え? あれってそういう意味の看板だったの?
  てっきり今月の標語か何かだと……」

 どんな標語だよ……。


 「でもさ、こんな綺麗な山なんだし、自殺者なんていないと思うけど」

 「……いや、私はさっきからちらほらと見えてるんですけど」

 私はロボットのくせに霊感が強いみたいです。


 「え〜、そんなの全然見えないよ?」

 こっちは幽霊のくせに霊感ゼロなんですね。
 うらやましい限りですよコンチクショウ。


 「とにかく、早く虫を捕って帰ろう?」

 「そうだね。
  目指せカブトムシ!!」

 真っ昼間だからカブトムシはいないと思うんですけど……。
 まあ水をさすのも悪いので黙っておきます。

 

 それから一時間。
 私と玲ちゃんは手分けして虫を捕まえました。

 まあ私は時折視界に入ってくる『透けた人』にびびりまくってたので、
 昆虫採集どころじゃ無かったんですけど。

 

 「千夏ちゃ〜ん!!
  大物はっけ〜ん!!」

 玲ちゃんの大声が聞こえます。
 まさか本当にカブトムシを見つけちゃったのでしょうか?


 「山の神を見つけました」

 「山の神です」

 えええええ――――!!!???
 山の神!?


 「玲ちゃん、さ。
  それはただの山に住んでいるおじさんなんだと思うけど……」

 玲ちゃんの姿を見ることは出来ているみたいですけど。

 「えー絶対に山の神だよ」

 どこから出てくるんだその自信。


 「ねえ千夏ちゃん。山の神の生態の研究日記ってさ、絶対に5をもらえるよね?」

 もらえないよ。
 絶対。

 「それじゃ帰ろうか?」

 「え!? その人持って帰るの?」

 「ちゃんと世話するから!!」

 そんな子犬飼う風に言われても。

 「まあ……勝手にしたらいいよ」

 「わ〜い、やったねゴン太!!」


 ……ああ、毛むくじゃら繋がりね。


 


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