8月20日 日曜日 「なんだかモンスター系の映画でよくある光景」


 「見て千夏! あの窓の外!!」

 「なんですかお母さん! クロマティから逃げるためにさっさとこの車両の連結器を外さないといけないのにっ!!
  窓なんか見てる場合ですか!!」

 「いいから見てみなさいよ!! ほら、冥王星が見えるわよ!!」

 「え!? マジっすか!?」

 車両の窓を覗いて見ると、確かにお母さんの言ったとおり、冥王星らしき星が地表の模様さえ伺えるような距離で見る事が出来ました。
 うわぁ……やっぱり生で見ると迫力が違いますねえ。って、動物園でライオンを見たときにも言いそうな言葉しか出てきませんでしたが、本当に素晴らしく美しかったですよ。



 「冥王星は目前よ!! ここからでも十分泳いでいけるわ!!」

 「いや……大気圏突入とか大丈夫なんですか?」

 「冥王星って大気あるの?」

 「……さあ?」

 よくよく考えてみればまったく冥王星についての知識なんてありませんでしたね。
 私が知っているのは氷の星らしいって事だけですし……。

 「でもさ、例え大気が無かったとしてもさ、着陸とかどうするの?
  宇宙から地表に落ちてくるって、普通に隕石並みな扱いなんですけど?
  軽く死ねる事うけあいなんですけど?」

 「ほら、途中で傘とか開いてさ、それの抵抗でふわふわと……」

 「大気が無いのなら抵抗も何も無いじゃないか」

 というかそもそもそんなファンシーな方法でどうにかなるかい。
 乙女はとっとと卒業してなさいっての。




 「とにかく今はこの車両で脱出しましょう。その後でどうするか決めれば良いわ」

 「なんて行き当たりばったりな」

 でもまあこのままクロマティの襲来を待つのも嫌なので、とりあえず連結器は外したいと思います。

 『ガギョンッ!!』

 「やった! はずれましたよお母さん!!」

 「ええ。これでちょっとだけ安心できたわね……」

 『ドゴンッ』

 「っ!? 何の音ですか今のは!?」

 「車両の屋根から聞こえてきたみたいね……。
  まるで、かなりの重量がある者が屋根に飛び移ったみたいな音だったけど」

 「はははは……嫌な事を想像させる事を言わないでくださいよお母さん。
  それじゃまるでこの上にクロマティが居るみたいじゃないですか……」

 「そうね。そんな事あるわけないわよね。
  脱出できたと思ったらじつは宇宙船にひっついて来てたなんて、エイリアンとかで使い古された展開だもんね」

 ……ものごっつありえそうじゃないですか。この流れは。

 「ど、どうしましょうか……?」

 「とりあえず車両の進行方向を冥王星に向けてみました」

 冥王星に墜落するのが先か、屋根の上のクロマティにやられちゃうのが先か……どっちも助かる見込みが見当たらないのですが?





 8月21日 月曜日 「冥王星到着」



 『ドッガーン!!!!』

 「きゃああああ!!」

 私が乗っていた銀河鉄道の車両を襲う衝撃。
 それは一瞬確かに死んだような気にさせるほど大きな物でした。
 ええ、冥王星の地表にぶつかったのです。普通ならとっくに死んでます。

 「あいたたたた……す、すごいよ。
  私、まだ生きてる。奇跡だこりゃ……」

 「ええ……本当に奇跡ね。
  まさかこのいざという時のために胸に忍ばせておいたマクドナルドのクーポン券が役に立つなんて」

 「そんな素敵な能力はクーポン券なんざには無いですよ。
  どんなドナルドマジックだ」

 「でも良かったわね千夏! 紆余曲折あったけど、これで冥王星に到着できたわ!!」

 「紆余曲折ありすぎて途中で諦めかけましたけどね。
  というか、この車両にくっついていたと思わしきクロマティはどうしたんでしょうか……?」

 「重力加速度に逆らう事無く落ちてきたからねえ……おそらくミンチ?」

 それは敵ながら悲惨な最期ですね。
 というかほんまもんのクロマティだったのか、今はただそれだけが気になります。
 真相は今やミンチに…………。




 「よし千夏! とにかくさっさとここから出て黒い星の民と決着をつけましょう!!」

 「え、ええ。そうですね。早くこの無駄に長い因縁にケリをつけましょう」

 弱点らしい核弾頭50個は遥か宇宙ですが……まあ仕方ありませんか。
 自らの肉体と知恵と勇気と、口先と悪知恵とイカサマと乙女心と民事訴訟の力だけを頼ってやるしかありませんね。
 おや? 割と私の力となりそうな物は多かったですね。役に立つかは置いといて。




 「ふっふっふっふ……俺がこのままお前たちをマスターの所に行かせると思うか?」

 「だ、誰ですか!?」

 地面にぶつかった衝撃でぐしゃぐしゃな車両内に響く不気味な声。
 もしかしてコイツは……

 「あなた、クロマティさんですか!?」

 「クロマティ? ああそうか、銀河鉄道の車掌にはそう見えたのか。
  私は黒い星の民より産み落とされし生体兵器!! 見る者の一番恐ろしい存在に姿を変える異形なり!!」

 「なんですって!?」

 確か同じように黒い星の民が作ったらしい大妖怪は見た人間の一番油断するものに姿を変える事が出来るらしいですが、コイツは逆なのですか。
 ……っていうか、誰だよ。クロマティが一番怖かった奴は。
 映画版クロマティ高校の関係者か?




 「で、でも、いくら妖怪だからといっても宇宙からの落下で生き延びるなんて、そんな事……」

 「ふはははは!!
  いざという時のために懐に忍ばせていたコイツのおかげで命拾いしたぜ!!」

 「……コイツってなに?」

 「ケンタッキー・フライド・チキンのクーポン券」

 「クーポン券すげえ!!」

 カーネルマジックなんて聞いた事無いんですけど?
 とりあえず今度からきちんとクーポン券の類は所持しておく事にします。




 8月22日 火曜日 「クーポン戦争」


 ファーストフード店のクーポン券で生き延びるような人生をここらでまじめに考えた方が良い二人と共に、生き残ってしまった私。
 どこから襲ってくるのかまったく分からない敵を警戒して、とりあえず物陰に隠れてました。

 「あ……」

 「ど、どうしたんですかお母さん? 何かあったの!?
  例えば敵が近寄ってくるような気配を感じたとか………?」

 「マクドナルドのクーポン券、期日が昨日までだったわ。もったいない」

 「心底どうでも良いプチ情報ありがとうございます」

 もったいない事しましたね。
 まあ今私が置かれている状況を考えると、心底どうでも良いのですが。

 「なんだと!? 期限が切れた……?
  わはははは!! こりゃ愉快だ!!」

 そしてまったくその姿を現さない妨害者は妙なツボにはまったらしく大笑いしてるし。
 今のどこが笑えたんですか。



 「クーポン券の期限が切れたという事はつまり、その魔力も切れたという事では無いか!!
  もうこれで怖い物など無くなった!! クーポン券の無いお前たちなど、夏の羽虫にも劣るわ!!」

 クーポン券なんぞが私の戦力の大部分を占めていたのですか。普通にショックだ。
 というかクーポン券に左右される私たちの命はなんなんだ。


 「そういうあなたこそクーポン券の期限は大丈夫なのかしら!?
  いざとなった時に働かないなんて事があれば大変よ!!」

 「ふん! 心配に及ばぬわ! 私が持っているクーポン券は、来月の20日まで使用可だからな!!」

 「な、なんですって!? まだ1ヶ月近くも余裕があるなんて……カーネルのクーポン券は化け物かっ!?」

 「いや、ただのクーポン券なんじゃない?」

 「どうしましょう千夏……。このままでは相手に攻め入られるわ。
  もし仮に倒す事が出来たとしても、多くのダメージを受けそうね……。
  黒い星の民と戦う前の消耗は出来るだけ少なくしたいわ」

 「じゃあどうするの?」

 「ここはアイツの力を越える程のクーポン……そう、禁断のホットペッパーを使用して……」

 「そうだ。この車両に穴を開けまして、そこから外に逃げましょう。
  退散こそが最大の勝利法ですよ」

 「あれ!? ロッテリア並みに無視された!?」

 お母さんがくだらない事ばかり口走ってるからでしょうが。
 あと、その喩えはどうかと思うよ。雰囲気はよく伝わってくるけど。



 8月23日 水曜日 「私は今暇が怖い、怖い、時間をよこせ」


 「千夏……私ね、あのクロマティもどきを倒す方法を思いついたの」

 「そんなのどうでも良いからこのスプーンで壁を掘って!! 穴を開けて、逃げたすの!!」

 「ねえ千夏……ちょっと聞いてちょうだい?」

 「イヤだね! なぜならば、クーポン券なんかで人は救われないから!
  そんなのでどうにかなるような状況じゃないですから!!」

 「クーポンを笑うといずれクーポンに泣く事になるわよ!!」

 「なんねえよ!!」

 さも当たり前のようなことわざ風味でクーポンを使われても困るわ。



 「で、なんなんですかそのクロマティもどきを倒すための方法って?
 きちんと実現可能な作戦なんでしょうね?」

 「ええもちろんですとも。
  その倒す方法というのはね……」

 「倒す方法というのは?」

 「まんじゅうが怖い作戦よ!!」

 「……あの有名な落語がどうかしましたか?」

 「ほら、クロマティもどきってさ、見る人によって姿を変えるのでしょう? 見た人が一番怖い物の姿に化けるのでしょう?
  だからその習性を逆に利用して、本当は怖くないものに化けさせれば……絶対に勝てる!!」

 「いや……あれって別にクロマティもどきの意思で姿を変えてるんじゃないんじゃないの?
  見る人の深層心理に作用してとか、そういう原理なんじゃ……」

 「あー、まんじゅうが怖い! めっちゃ怖い!!
  どれぐらい怖いかというと、夏休みが後一週間も無く終わってしまうという現実よりも怖い!!」

 いや、だから無駄でしょうってば。
 しかも何ですかその今見ている閲覧者の何割かは確実に心を抉られる喩えは。
 辛い現実を思い出させてやるなよ。




 「まんじゅうが怖いなーっもう!!」

 「お母さん……やっぱりそれってあまり意味がないんじゃ……」

 「ほら! 千夏もクロマティもどきに聞こえるように大声出して!!
  まんじゅうが怖いなー、さん、はい!!」

 「繰り返せって!? 嫌だよそんなの!!」

 「生きたくないのあなた!?」

 もはやそこまで重要な事態なのですか。まんじゅうは。
 なんで私たちはそんな食べ物関連に命を左右されるんだ。



 「あっ、やっぱりイチゴ大福の方が良かった?」

 「そういう問題でもありません」




 8月24日 木曜日 「車両からの脱出」


 「まんじゅうがー! まんじゅうが怖いよー!!」

 「お母さん……まだそれ続けるんですか?」

 「だってもしかしたら敵がまんじゅうになって現れてくれるじゃない!!
  そうしたら敵も倒せるしお腹も膨れるし言うことなしじゃない!!」

 「例えまんじゅうの姿で現れてもそれを食う勇気はないですよ私は……」

 子供の頃に読んだ、豆に化けたやまんばを和尚が餅にくるんで食べた的な昔話より衝撃的な思考ですね。
 普通に引きますから。


 「とにかく私は勝つためならなんでもしなきゃいけないの。
  こんな所でぐずついている場合じゃないからね」

 「ええそうですよね。ぐずぐずしてる場合じゃないですよね。
  あまりにも余計な事に時間を費やして、
  冥王星上で冥王星が惑星で無くなった瞬間に立ち会ったとか、そういう意味の無い歴史的瞬間に立ち会わなくても良いですよね」

 なんだか無駄に思い出に残る記念日になってしまいました。




 「よし、じゃあ今度は現金が怖いと叫んでみましょうか?」

 「それはまた斬新な偽札ですね」

 「現金こわ……」

 「うるせー! さっきからなんなんだまんじゅうとか現金とか!!
  お前ら戦う気あるのか!?」

 「うわ……普通に敵さんに怒られちゃいましたよ」

 「……仕方ない。真っ正面からやり合うしかないわね」

 「出ていっても大丈夫なんですか……?」

 「向こうから攻めてこないって事はおそらく狙撃とかそういう待ち伏せな能力の持ち主なんでしょうけど……このままじゃらちがあかないしね。
  いい千夏? 私がここから出たら、すぐに車両の出口から外に出るのよ?」

 「お、お母さん!? もしかして私のために犠牲に!?」

 「犠牲なんて味気ない呼び方しないで……。
  これはそう、メガンテと呼んだ方が相応しいわ……」

 「お母さんが思っているより世間の評価ではメガンテはさほど優雅な言葉じゃありませんからね?」

 むしろダサいです。

 「さあいきなさい千夏!! あなただけが人類の希望なのよ!!」

 「そんな無理やり盛り上げようなんてしなくていいですよ!!
  じゃあお母さん、死なないようにお気をつけて!!」

 私は躊躇する事無く車両から飛び出していきました。
 ええ、まったく後ろを振り返らずに、お母さんを置いていきました。
 だってさ、そうしろって言うから。だから仕方なく。



 「お母さん……どうかご無事で……」

 「ぎにゃ〜!!!! ……………………とんこつ〜」

 「何を見たのお母さん!?」

 後ろを振り返りたいけど……でもやっぱりいいや。ろくな事にならないし放っておこう。


 8月25日 金曜日 「なんか変な登場曲」


 私は今お母さんを見捨て……いえ、犠牲にして……これも違うか。
 えーっと、お母さんのメガンテで私は助かりました。
 そいでもって何が悲しくてか、ひとりで冥王星を走っているのでした。

 「はあはあはあ……やっぱり冥王星って空気薄いなあ。
  てっいうか、寒すぎだなあ。さすが氷の塊」

 まるで惑星で無くなった冥王星の心境を現しているような環境ですねえ。
 うん、なんとも切ない。


 「ウサギさーん!! 雪女さーん!! 加奈ちゃーん!!
  あとその他の割とどうでも良い人たちー!! 生きてますかー!?」

 「……」

 「あまりにも到着が遅かったものだから怒ってシカト……なんてわけじゃないか」

 本当にここは冥王星で、そしてウサギさんたちはここに来ているというのでしょうか?
 なんていうかまったく……そんな痕跡が見えないのですが?

 「ま、まさかここに来る途中で何か宇宙船のトラブルに巻き込まれたとか……?」

 それは十分ありえます。
 なんて言ったってウサギさんたちが乗っていった宇宙船の開発者は裏切り者らしい黒服さん。
 わざとマシントラブルを起こすぐらいどうって事無いはずです。

 「まさかそんな……ウサギさーん!!」






 「朝から能天気なめざましテレビを消そうと思ったよ〜♪
  でもリモコンが見つからないんだ〜♪ いったいどこに置いたっけな〜?」

 「……なんだこの歌?」

 「そう言えばリコーダーに付いてる掃除するための棒はどこに行ったっけなぁ〜? たぶん友達の三郎くんを刺した時に無くしたんだろうなぁ〜♪」

 刺すのに使うなよ。あの棒を。

 「あんなに熱かった若かりし頃の想いはどこへ行ったのかな〜?
  ああ、多分それは子どもの頃の自分と共に置いてきてしまったんだ〜♪ へいっ!」

 へいっ! じゃねえだろ。
 思い出したかのようにロマンティックな歌詞を混ぜるな。

 「そんな無くしたモノをー、小さいモノから大きなモノまで見つけるのがー、俺たちの仕事〜♪」

 大きなモノはあまり無くさないだろ。

 「俺たちはそうっ! 有限会社っ、冥王星探索団!!
  3食かき氷でも文句を言わないスタッフ募・集・中♪」

 「なんか変なの出たー!?」

 というか探し物を職業にしてる人たちが社員を探しててどうするんだ。あてにならねえ。







 8月26日 土曜日 「ヒトサガシ」


 「いらっしゃいませー!!」

 「あの……あなたたちいったい何者なんですか?
  訳の分からないテーマソング垂れ流して登場して」

 「いらっしゃいませー!!」

 「いやだから……そもそも私はあなたたちの店ののれんをくぐった覚えなど無いのですが?」

 「冥王星の地にあなたが降りたその瞬間……そう! その時こそが我ら有限会社冥王星探索団に入店の瞬間だったのです!!」

 冥王星全土を自分の土地だと抜かしているのですかこの方々は。
 月の土地を勝手に販売してる奴らより身の程を知らねえな。



 「えっとそれで……あなたたちは何なのさ?」

 「私たちは冥王星でモノ探しを生業にしている者です!!」

 「そーです!!」

 この男女の二人組さんがモノ探しを商売にね……。
 なんて、将来の展望が望めない事を職業にしているのでしょうか。
 地球でもモノ探しで食っていこうとしたら微妙だと言うのに。よりにもよって冥王星でとは。


 「あなた! 何かお探しですね!?」

 「ええまあ……そうですけど」

 「では私たちがお手伝いしましょう!! なに、今ならお客様第100号記念でお安くしますよ!!」

 「わー♪ なんてお得なのかしらお兄ちゃん」

 「あんたら兄弟だったんですか……。っていうかこんな場所で100人も客いたの!?
  そこにびっくりですよ!!」

 「少なくとも私には100人に見えたのです」

 「なんか含みのあるあやふやな返答ですね……」

 もしかして頭が可哀想な人?




 「さあさあさあ!! とにかく探して欲しいものを言ってみちゃいなさいよ!!
  ドーンと解決してあげるからさ!!」

 「その無駄に高いテンションは止めてよ。
  ええっとじゃあ……私の仲間を、先に到着しているウサギさんたちを探して欲しいのですが……」

 「ふむふむ、なるほどな。そんなの簡単だぜ!! この星で人間なんざ、数えるぐらいしかいないからな!!」

 冥王星に数えられる程人がいるのもおかしいでしょうに。

 「よし! じゃあ待ってな!! すぐに見つけてやるからよ!!」

 「えっと……具体的にはどのような方法で見つけるのですか?」

 「この星は割と小さいからな。すれ違う人にこういう人知りませんかって聞けば…………」

 「すれ違えるぐらいの人口はあるの!?」

 なんかどっかの寂れた村みたいに思えてきた。この冥王星が。








過去の日記