8月27日 日曜日 「妹さんの接客術」



 「お客様、どうぞ兄が仕事を終えるまでこちらでお待ちくださいませませませ」

 「はあ……分かりました。遠慮なくくつろがせていただきます。
  あとどうでも良いことですが、ませが多すぎですよ」

 「これは冥王星の方言です」

 「えらく面倒な方言使ってるんですねあなたたち」

 冥王星捜索団だかなんだか知らない方たちにウサギさんがたの捜索を頼んだ私は、
 妹さんに導かれるまま彼らの家にお邪魔しました。
 どうも兄の方が依頼の品を探し、その間ヒマしているお客さんを妹の方がもてなすシステムらしいです。


 「……お客さんは手品とかお好きですか?」

 「いや、別に」

 「……」

 「……」

 「……」

 「……」

 「……」

 「……分かりました。好きですよ、手品」

 「そうですかあ。良かったあ。
  じゃあ今から手品を見せますね」

 手品はどうか知りませんが、妹さんの場の盛り上げ能力には著しい欠陥が有ることがネタが割れましたね。
 こんなんで大丈夫なんですか。この待ち時間。



 「ほら〜、耳がおっきくなっちゃったあ」

 「想像以上にダメダメでしたね。もはや逆に関心してしまう。
  とっくにブーム過ぎてるでしょうがそれ」

 「え!? そうなんですか!?
  ……やっぱり地球の時間の流れは早いわあ」

 「あんまりそれは関係ないと思いますけどね」

 「じゃあダジャレとか好きじゃありませんかお客様?」

 「別に」

 「……」

 「……」

 「……」

 「……」

 「……」

 「……あー、もう分かりましたよ!! 好きですよダジャレ!!」

 「本当ですかあ? それは良かったあ」

 なんでこの短時間に私のプロフィールに好きな物が2つ追加されなくちゃいけないんですか。
 私に対してどういう影響力を持ってるんだ。

 「じゃあ今からダジャレを言いますね」

 「そうやって前置きされると笑える物も笑えないのですが?」

 「ネコが悲鳴をあげたってさ。『キャット』ね……」

 「……予想以上につまんねえな」

 「……そう、ワイフが言ったとさ」

 「無理やりアメリカンジョークに変えられても。
  しかも面白さは何も変わってないし」

 「マクドナルド州では大うけだったんですよ」

 「ケンタッキー州はあってもマクドナルド州はねえだろ」

 「えっとじゃあ……ヤンバルクイナとか好きですかお客様?」

 「誰かー!! この亜空間から助けてくれー!!」

 というかヤンバルクイナで何をする気なんだこの人は。



 「これが私たちのペットのぴーちゃんです」

 「ヤンバルクイナ飼うなよ!! 天然記念物だぞ!?」

 ホント無法地帯だな冥王星は。


 8月28日 月曜日 「激動の再会」


 「お待たせしましたお客様!! ようやくあなたのお仲間を見つけましたよ!!」

 「おお!! よくぞ帰ってきてくれましたねお兄さんの方!!
  私はもうこの気まずい空間に満ちた未知の気体のせいで死にそうでしたよ!!
  割と真面目に、死を覚悟しましたよ!!」

 気まずさで死ぬなんて滅多に無い事ですがね。
 なぜだかここではそれがありえそうでした。

 「妹よ。きちんとお客様をもてなしていたかね?」

 「ええもちろんです。お客さまったら、大爆笑に次ぐ大爆笑で、見ているこっちが恥ずかしいぐらいに楽しんでくれました」

 「いけしゃあしゃあと嘘つくなや」

 この女ただもんじゃねえな。
 ストレスで人を殺せる女ですよ。コイツは。


 「……そうだ!! こんなバカ女に怒っている場合じゃないんです!! 私の仲間が見つかったというのは本当ですか!?」

 「ええもちろん!! もちろんですとも!! 私を誰とお思いですか!? 冥王星捜索団の一員ですよ!?
  どこにでも居るような、素敵なナイスガイなんかじゃありませんよ!?」

 「ナイスガイの方を否定しちゃっていいんですか?」

 まったくそれはあなたの評価をプラスに持っていってないでしょうが。
 謙遜? そういうものなの?

 「それでは感動のご対面です。どうぞ千夏さん、こちらへ」

 「どこの人情を売り物にしているテレビ番組ですかそれは……。
  まあ良いです。見つけてくれたのなら文句は言いませんよ。このごっこ遊びにも付き合ってあげます」

 「千夏さん。彼らに会ったらまずなんと伝えたいですか?」

 「いらねえだろ。この妙なインタビューは。さっさと会わせてくださいよ」

 「こっちにも段取りってモノがあるんです!! それをきちんと守ってください!!」

 「くそう……妹だけじゃなく、この兄の方もめんどくさい奴だったか」

 お前ら一家、本当に最悪だな。通常時だったらまったく関わり合いになりたくなんてありませんよ。

 「えっとですね、まず会ったら…………待たせたな、とでも言いたいと思います」

 「なんとも男前なセリフですねぇ」

 まあこんな状況でなければ言う事の無いセリフですしね。とりあえず言っておこうかなって。




 「ではとうとう千夏さんのお友達の登場の瞬間です!! どうぞ、暖かい拍手でお迎えください!!」

 「結婚式かそのセリフは」

 私のツッコミを無視する形で、暗転する世界。誰だよ証明操作してる奴は。
 そしてしばらくの静寂の後、いかにもって感じの幕が開きました。
 その幕の向こうにはやはりウサギさんたちが…………



 「エントリーナンバー1、江戸川ウサギさんでーす!!」

 「どうもー!! 江戸川ウサギでーす!!
  いやー、もう最近はすっかり夏の日差しに陰りが見えてきたわけですが…………」

 「ウサギさんの代わりになんか変な落語家が出てきたー!!??」

 期待はずれとか、そういうレベルじゃねぇ!!!!




 8月29日 火曜日 「お怒り」


 「いいですか? あなたたち一応プロなんでしょう? モノ探しで飯を食ってるわけでしょう?」

 「はぁ……まあそういう形にはなっていますけども」

 「ならさ、なんだよあの仕事は!? 全然人違いじゃん!! 江戸川ウサギって誰だよ!?」

 「1980年から東京で修行を積んでいる落語家でして、前職はサラリーマンだったという珍しい過去をお持ちの……」

 「別に落語家のプロフィールなんてどうでも良いよ!! 脱サラ落語家なんかに、なんの興味も無い!!」

 「彼も一応頑張ってるんですよ!? 嫁と子供を置いて冥王星まできているんですから!!」

 そもそもなんで落語家が冥王星なんかにいるんですか。
 ここには需要があるのか? 落語の。



 「あの千夏さん……」

 「ん? なんですか? なんか文句あるの?」

 「いや、その……そろそろ足が痛くなってきたんですけど。やっぱり正座はきついかなぁって。
  物理的意味合いだけじゃなくて、小学生に正座させられているという精神的苦痛もかねて」

 「その立場でよくそんな事が言えるね……」

 「せ、せめて妹だけでも!! 妹だけでも足を崩す事を許してあげてください!!」

 「お、お兄ちゃん!! いいんだよ私は!! お兄ちゃんと一緒に痛い思いするから!!」

 「そ、そんなこといけないに決まっているじゃないか!! お前を、お前をこんな目に合わせ続けるなんて、俺に出来るわけないじゃないか!!」

 「お兄ちゃん!!」

 「妹よ!!」

 ばかばかしいぐらいにガシッと抱き合う兄弟たち。なんだこの三文芝居。

 「いっとっけど私は許しませんからね。まだ正座してなさい」

 「……鬼」

 「ああんっ!? なんつったこの女!!」

 「や、やめてくださいー!! 妹に手を上げないでー!!」

 もうなんかすごく腹立つなぁ……。




 「ち、千夏さん。ちょっと聞いてください。
  あなた達のお仲間の事なんですけど……どうも、この冥王星には到着してないらしいんです」

 「え……? それ、本当なんですか?」

 「ええ。誰も目撃者がいなかったので間違いないでしょう」

 「じゃあそれを言えよ!! なんでその情報を教えないで落語家なんて連れてくるんだよ!!」

 「だって怒られるかと思って!!」

 「見ず知らずの落語家を連れてこられる方が怒るに決まっているでしょうが!!」

 でもその情報が本当だとすると、ウサギさんたちはいったい……もしかして、本当に航行途中で遭難しちゃったとか?

 「ううう……じゃあこれからどうすれば……」

 「大丈夫ですよ千夏さん!! 私に任せてください!!」

 「お兄さんの方……。私を励ましてくれるんですか……?」

 「ええ! 大丈夫です!! 仕事先と下宿先なら私が探してあげますから!!」

 「第二の人生について悩んでいるわけじゃないよ!! というか勝手に冥王星に移住させるな!!」

 はぁ……本当にこのまま冥王星で暮らす事になったらどうしよう?





 8月30日 水曜日 「身の上話」


 「まあね、私たちもなにも好き好んでこの星に居るわけじゃないんですよ。
  だってここって、割と住民税高いし」

 「知りませんよバカ兄妹のお兄さんの方。まったく興味ない身の上話やめてくれませんか?」

 「これもみな……ウチの両親が悪いんです」

 「私の話を聞けよ!! 無視して身の上話続けるな!!」

 「私たちの父は……酷いギャンブラーだったんです」

 「……」

 身の上話をしてる暇があるならウサギさんたちを探しに行って欲しいのですが……そんな事聞いてくれないのでしょうね。


 「本当に酷いんですよウチの父親は!!
  酒を飲んでは暴れ、CCレモンを飲んでは暴れ、ダイエットコカ・コーラを飲んだらバク宙するような父親だったんですから!!」

 「なんでダイエットコカ・コーラ飲んだらバク宙するの!? 意味分かんないんですけど!?」

 「身体が身軽になったような気がしたからだそうです」

 「プラシーボ効果もはだはだしいな!!」

 なんというか、元気なお父さんですね。



 「そんな父親ですから……やはり借金を重ねてしまうんです」

 「あまりバク宙と借金には相互関係はなさそうですけどね」

 「でも母は父を見捨てたりしませんでした!!
  多大な借金に絶望するどころか、逆に生きる希望に向かって突き進んだんです!!
  その時の母はまさに輝いていましたよ!!」

 「……その希望って何?」

 「某テレビ局主催の……『SASUKE』という肉体派ゲームの賞金です」

 「なんてものに希望を持ってしまったんですかあなたのお母さんは!!
  真面目に働けよ!!」

 「父と母は働く事が嫌いだったんです」

 いくら希望を捨てなかったといっても、その時点でかなりのダメ人間でしょうが。
 本当に酷い両親だ。


 「私たちのために『SASUKE』に意気揚々と出場した母だったのですが……ロープを使って向こう側に渡るという関門で起きた事故で帰らぬ人に……」

 「微妙に笑えない最期ですねそれは」

 前例がありそうなだけに。


 「それからが大変ですよ。父は蒸発し、借金は全て私が肩代わり。
  妹はそのショックでコイケヤのポテトチップスは偽物だと暴言を吐く始末。
  本当に一度は自殺を考えました」

 「最後の妹さんの奴はなんだ?」

 「でも私は思ったんです!! 確かに私の周りでは酷い事が次々と起きた。
  希望なんて何一つ見つからなかった。家族の絆なんて、とうの昔に消えてしまった!!
  ……でも、地球なんてちっぽけな場所じゃなくて、そう例えば宇宙のような広大な空間ならば、希望が見つかるのではないか!!
  家族の絆を、再び取り戻す事が出来るのではないか!! そう思って、私たちはここに居るわけなのです」

 「へぇ……」

 「もしかしたら探し屋をしている私自身が、一番幸福という物を見つけてもらいたいのかもしれませんね……」

 「……………で、オチは?」

 「ただいま捜索中です」

 殴るぞマジで。




 8月31日 木曜日 「捜索費用」


 「そういうわけなんでー!!」

 「うわぁっびっくりした!! なんだよお兄さんの方!! 食べていた柿の種こぼしちゃう所だったじゃないか!!」

 「千夏さん……のんびり他人んちで柿の種をむさぼっている場合じゃないですよ」

 「誰もむさぼってはいねえよ。私はただこうやってどうやってウサギさんたちを探そうか悩んでいるんですから。
  というかさ、あなたがきっちり見つけてくれれば私も悩む必要なんて無いんですよ。
  新聞の広告欄ででも呼びかけようかななんていう事を考えずに済むんですよ。
  仕事ぐらいきっちり果たせやダメ人間」

 「……そうです。そのことについて少しばかりお話があるのです」

 「え、なに? もしかしてギブアップとか? 家焼くぞお前」

 「そんな怖い脅し文句使うなお客様!! 私だってね、いつまでもお客様を神扱いしませんからね!!
  怒るときは本当に怒るから!!」

 神扱いなんてされた事無いですけどねぇ。それに、私は一応本当の神様だし。
 むしろ神扱いしろよ。


 「で、なんですか……? ちゃんと実のある話なのでしょうね?」

 「ええ、もちろんです。無駄話で時間を潰している場合ではないですからね」

 「まったくだ」

 じゃあ昨日のはなんなんだ。

 「実はですね……人探しの最終手段を使おうと思っているんです」

 「人探しの最終手段……? はっ!! 目撃ドキュン!?」

 「違います」

 そうか。それは残念だ。

 「妹の力を使おうと思っているのです」

 「妹さんの力……? 何か特別な力があるのですか? あのコミュニケーション能力が著しく低い女に」

 「あの子はただちょっと繊細なだけなの!!」

 ホント便利な言葉ですよね……。繊細ってさ。
 世界で一番弱さを覆い隠している言葉だと思いますよ。
 ある意味で心のモザイクだ。



 「実は今まで隠していたんですけど……妹には霊能力があるのです」

 「隠していたっていうか、別に探した覚えもないですけど……よりにもよって霊能力ですか」

 「ええ。なんと彼女は幽霊を見たり未知の生命体と交信したりできるんですよ」

 「幽霊を見るぐらいならなぜか私にも出来ますけど……未知の生命体と交信ですか。
  変な電波を受信しなさっているんですねぇ。同情します」

 「アンテナを頭に刺しているあなたに言われたくはありません」

 私のコレはチャームポイントなんですよ。観光資源なんですよ。
 大阪の通天閣と同じようなものなのです。

 「それで、その妹さんの交信能力ならウサギさんたちを見つける事が出来るの? どういう原理で?」

 「あなた方地球の人は知らないでしょうけど……この冥王星の衛星軌道上には、数え切れないぐらいの人工衛星が飛んでいるのです」

 「え? そうなんですか!? でも一体誰がそんな物を飛ばして……」

 「3丁目に住んでいる人工衛星職人の田村さんです」

 「誰やねんその近所に住んでるびっくりおじさんは」

 そしてそんなびっくりおじさんの手によって飛ばされている人工衛星はなんやねん。
 地球のNASAが泣くわ。

 「人工衛星ってさ、そんなに気軽に飛ばせる物なの?」

 「冥王星では楽なんですよ。凧揚げの感覚で飛ばせるんです」

 「正月の遊戯並みなんですか……。
  で、その人工衛星と妹さんになんの関係が?」

 「妹の力を使ってその衛星にリンクしましてですね、内蔵されているカメラで冥王星を見るんです。
  つまり宇宙の視点からこの星を探索するわけですよ。
  これなら人の住んでいない地域であっても探す事が出来ますし、わざわざその血に出向かなくても良いというメリットがあるのです」

 「衛星を使っての探索ですか……良さそうですねそれ。もはや霊能力の域ではない気がしますけどね」

 「よくわからない力は全て霊能力なのです」

 霊能力という言葉ほど都合の良い物はないですねぇ。
 まるで心の……いや、もういいです。この喩えは。



 「っていうか最初に使いなさいよ。そんな便利な力」

 「いえ……実はこれにはちょっとした問題がありまして。まあぶっちゃけますと、費用がかかるんですよ」

 「霊能力に何の費用が必要か」

 「お金を貰うとやる気が出てパワーがアップします」

 「数々の霊能力者たちがのらりくらりと適当な言い訳を抜かす事を、さらりと言いのけやがりましたね!!
  すっげえ正直!!」

 「だからどうか千夏さんに費用の前払いをお願いしたいのですけど……」

 「……まあ確かにタダでやってもらうのか悪いかもしれませんね。黒い星の民を倒すための必要経費だと割り切る事にします。
  で、おいくらなのですか。その費用とやらは」

 「300万です」

 「……」

 どうしよう。こんなに堂々と法外な値段を言ってこられると、怒るに怒れ…………








 「ふざけんなやー!! 燃やすぞお前ら!!」

 「ぎゃー!! お客様が破壊神にー!!」

 怒れるわ。やっぱり。




 9月1日 金曜日 「就職案内」


 「とにかく、お金を払ってくれないと私たちは仕事しませんからね!!」

 「最初にまともに仕事出来なかった奴が何を抜かしますかね……。
  その職業意識を悔い改めなさい」

 有限会社冥王星捜索団のお兄さんの方に、300万というお金を要求されてしまった私。
 霊感商法の世界ではスタンダードなお値段かもしれませんが、こちとら良識ある一般社会に生きている身。
 決して払おうなんて気は起きません。だって300万ですぜ?

 「300万300万300万!!」

 「ちくしょう……本当にむかつく。というか私がそんなお金を持っているように見えるんですか?」

 「いえ。全然持っていないように見えます」

 「またもやむかつく。じゃあそんなお金要求しないで下さいよ!! もうちょっと払える感じの値段にしなさい!!」

 「大丈夫です千夏さん。こういう時のために、千夏さんでも楽にお金を稼げるアルバイトをいくつか探しておきましたから」

 「客のアルバイト探している暇があったらウサギさんたちを探せよ。
  無駄な事に労力を使うな」

 「さあ! このアルバイトの中からどうぞ好きなものをお選びください!!」

 どんな形の職業斡旋だよ。怪しい匂いがしてたまらないです。
 やっぱりこの人たち、カタギじゃないですね。



 「えっとなになに……日雇い塗装業? 嫌ですよこんなの。なんか汚れそうだし、力仕事だし」

 「何を言ってるんですか千夏さん!! この世界の仕事っていうのはね、みんななにかしら汚れるものなんですよ!!
  そうやって皆お金を稼いでいるのです!! それぐらいも知らないのですか!?」

 「小学生にそれを言われても」

 「小学生のうちから仕事に対する意識を高めて置かないとダメなんです!!
  こんな事言いたくないですけどね、千夏さんって、傍から見てると将来絶対にニートになってそうですよ!!」

 「失礼な!! 私はニートなんかになりません!! 悪くても家事手伝いです!!」

 「それは紛れも無くただのニートですよ!! なんですか家事手伝いって!! どういう誤魔化し方ですか!!」

 「知らないですよ。それは今現在その名称を使っている女性たちに言ってください」

 「とにかく、そんな気持ちで働いちゃダメなんです」

 「はぁ……でもなぁ、やっぱり汚れるのは嫌だなぁ。
  そうだ、何か屋内で出来る職業とか無いですか? パソコンをカチカチと叩く系の」

 「なんのスキルも無い人が何を言うのですか……。それにですね、パソコンをカチカチとやる人は心が汚れていくんですよ。
  だから楽な仕事なんて何一つ無いんです」

 「そうなんですか…………っていうかさぁっ!! なんで私が働かなくちゃいけないのさ!!」

 「お金が無いのでしょう!? 働かない者にお金はまわってきませんよ!!」

 「じゃあ株やる!! 株で稼ぐ!!」

 「資金力も先見の目も無い素人に、株の神が微笑むかぁ!!!」

 ちくしょうめ……。法外な金額を要求してるのはそっちのくせに、いちいち私の考えを否定しやがって……。
 真人間ぶるんじゃないってんですよ。この悪徳業者め。



 「はぁ……じゃあもう誰かに保険金かけて突き落とすしかないかなぁ」

 「いきなりそっち方面に飛ぶのですか千夏さんは。
  ほら、このお仕事とかどうですか? 千夏さんって昔メイド喫茶で働いていたのでしょう?
  前の経験を生かして良い働きが出来ると思うのですが」

 「え? なになに……お城でのメイド業務? すげえ、本当にメイドが職業としてなりたってる所があったとわ」

 「冥王星ですからね」

 「はぁ……まあ他の奴に比べたらまだマシですかね。
  で、お城ってどこ?」

 「ええっと黒い星の民さんちのお城だから4丁目の……」

 「え!? 黒い星の民!? そいつのお城なの!?」

 …………ウサギさんたちを見つける前に最終決戦突入って事ですか? 何かの悪夢かそれは。




 9月2日 土曜日 「偽名」


 「なんの因果か黒い星の民の所に働きに来てしまうとは……」

 本当に人生という物は分かりませんねぇ。
 だから生きるのが面白いって言う人がいますけど、私はちょっとめまいがします。

 「ほらほら、ボーっとしてないでいきましょうよ。
  早く体売ってお金稼がないと」

 「嫌な言い方するなや。別に体を売るつもりはありませんよ。ただ、労働力を売るだけで」

 「いざ社会の歯車に」

 「メイドはちゃんと歯車になってるんですか妹さん?」

 ……そう。なぜか冥王星探索団の妹さんが私についてきてるんです。
 なんでも社会勉強のためだとかそいういう理由で。
 アホかと思います。コイツの期限をとるために300万稼がないといけないというのに。


 「……まあこれはチャンスなのかもしれませんね。正体を隠して忍び込んで黒い星の民に近付けば……もしかしたら倒せるかもしれないから」

 「暗殺ですね?」

 「まあそういう感じですね。無理だったらお金稼ぐだけでもいいし」

 「どっちに転んでもウハウハって事ですよね」

 「……っつうかさ、マジで妹さんも私と一緒に働く気なの?」

 「ええ。昨日千夏さんとお兄ちゃんの会話を聞いてて思ったんです……。
  やっぱり、家事手伝いのままじゃいけないって」

 「あ。自覚あったんだ。かなりパラサイトシングルだったっていう自覚あったんだ」

 「だから働きます!! 私、真面目にメイドとして働きます!!」

 「メイドという職業が果たしてその社会復帰に適している職なのか分かりませんが、とにかくその心意気は素敵です。
  一緒に頑張りましょうね」

 「ええ! 頑張りましょう!!」

 こうしてお城の前で大声でくっちゃべっていた私たちは、意気揚々とお城の中に入っていったのでした。




 とりあえず面接を受けるために、休憩部屋みたいな所に私たちは通されました。
 面接かぁ……。ボロ出さないように気をつけないとなあ。

 「いいですか妹さん……? 私の名前は千夏ですけども、でもここでは偽名を使いますからね?
  本名なんて言うんじゃないですよ?」

 「……どうしてですか?」

 「そりゃあなた、もしこの城の中に黒い星の民が居たら、すぐにばれてしまうからに決まってるじゃないですか。
  ついでに私、変装もしますんで、絶対にその事にも触れちゃだめですよ?」

 「へぇ……。いろいろ大変なんですねぇ」

 「なんて他人事な……。一応、全宇宙の運命がかかっているというのに」

 「じゃあとにかく、千夏さんの名前を出さなければいいのですね?
  ではなんとお呼びすればいいのでしょう?」

 「ええっと……そうですねぇ」

 「チャンバラさんとか?」

 「なんだそのアバンギャルドな名前は。何人だ」

 「チーパラさんとか?」

 「何かの踊りの名称に聞こえてくるから嫌です」

 「それでは面接を行います。どうぞお入りください」

 「ああ!? もう始まっちゃうんですか!? えーっと、名前は、名前は……」

 「行きましょうチーパラさん!!」

 「それで決定なのか!?」

 も、もうちょっと良い奴をお願いしたいのですが……?









過去の日記