10月22日 日曜日 「女神さんのビンタ」

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 「女神さーん。持ってきましたよー。雪女さんの影を」

 「もう……待ちくたびれましたよ千夏さん。
  またもこのまま出番がなくなるのかと思って……っていうかなにそれ!?
  そのぶよんぶよんの物体はなに!?」

 「雪女さんの影です。太らせて身動きを取れなくしたの」

 「太らせてその行動を抑制するだなんて……さすが千夏さんですね。
  常人じゃあ決して思いつきませんよ」

 「いやぁ、そんな誉めないでくださいよ。
  まあこれもですね、常に戦術を頭の中で巡らしている私だからできた事ですけどね!」

 「いつからそんな知的キャラを気取りだしたんだよ千夏」

 こういうのはあまり気にしないでくださいウサギさん。


 「女神さん! さっそくこの雪女さんの影を元に戻してください!!
  女神さんの存在意義の9割の仕事をどんとしてください!!」

 「私の存在意義の9割がそれなんですか……?」

 だって、こういう事ぐらいにしか役に立たないし。

 「じゃあですね、とりあえずこの海の中にその影さんを投げ込んでください」

 「へ? わざわざそんな事しなくちゃいけないの?」

 「ええ。なんていっても女神ですから」

 その無駄に自信を持って言い切った言葉にはなんの説得力もないのですが………まあ仕方ない。
 今は彼女の言うとおりにしておきましょう。



 「えーい」

 『ドボンッ』

 「おお……やっぱり太っているだけあってよく沈みますね。
  浮力より質量が勝ったようです」

 「じゃじゃーん! それでは第一問!!」

 「へ? 第一問? 金の影か銀の影かとかそういう陳腐な質問だけじゃないの?」

 「それだけだと飽きるから、ちょっとエンターテインメント性を持たせてみた」

 そのエンターテインメント性をいったい誰が求めたんだ。

 「今から私が雪女さんの事についていくつか質問しますので、その答えを言ってください。
  全問正解すれば雪女さんは元の姿に戻ります」

 「失敗したらどうなるんですか? まさかもう二度と元の姿には……」

 「間違えたら、私がビンタします」

 「なんで?」

 「千夏さんを叩いてみたいから」

 つまりまったく必要のないビンタだということですね。
 ふざけるな。



 「では第一問!!」

 いや、出来ればそういうの元のそっけない奴に戻して欲しいんですけど。

 「雪女さんの性別は女性である。○か×か!!」

 「は? いやいやいや、そりゃ○に決まっているでしょ?」

 「えーい! バチーン!!」

 「痛っ!? え!? ビンタ!? ……もしかしてそれって、雪女さんが男だったって事!? マジですか!?」

 「いえ。今のビンタは私がただ叩きたかったから叩いただけなのです」

 「なるほどね。マジ殺すぞくそ女神」

 つうかなんで今日はそんなに強気なんだ。
 いつも私の事見てビクビクしてる癖に。



 10月23日 月曜日 「雪女さんの復活」

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 「それでは雪女さんクイズの続きをしましょう」

 「っていう事はさ、先ほどの質問、『雪女さんは女であるか否か』は、女で正解だったという事なんですね?」

 「そうですね。結果的にはそうなります」

 なんだ結果的って。

 「じゃあさ、なんで私女神さんにビンタされてしまったのかな? そこんところ、本当に詳しく聞きたいのですけど?」

 「それでは第二問!!」

 「オイ!!」

 そういう逃げ方あるか!!


 「雪女さんが毎日やっていた美容健康法は次のどれでしょうか?
  1、キンキン冷え冷え液体窒素化粧水。
  2、なんかこービタミンとかいっぱいはいってそうなサプリ(中国産)」

 「うーん……悩みますね。1番は確かになんとなく雪女っぽいですし、
  2番はいろんな意味で雪女さんっぽいですし。
  あー、どっちかなあ。悩むなあ」

 「ビュン! さあどうぞ!! ビュンビュン!! 選んでくださいな!!」

 「どうでも良い事ですけどさ、ビンタの素振りをしながら答えを要求するのはやめてくれますか?」

 「答えは!? ビュン! 答えはどれでしょう!? ビュンビュン!!」

 「えーっとですね…………2番!! なぜならば、雪女さんにそんな雪女っぽい事は似合わないから!!」

 「バチーン!! 正解!!」

 「いってぇ!! てめえなにし……って正解かよ!! また正解なのに叩かれたんですか私は!!
  いったいどういうつもりだ女神さん!!」

 「ぼ、暴力反対!! 誰か!! この映像を取って!! 言論の弾圧だ!!」

 「誰が言論の弾圧ですか!! むしろ暴力の駆逐でしょうに!! 何やってくれてるの!!
  本当に許しませんよ私は!!!!」

 「それでは第三問!!」

 ちょっと、殴られかけてもまだそのクイズ続けるんですか。
 どんな強靭な職業意識だ。その崇高たる意志は他の所に使え。


 「雪女さんは、千夏さんの事が好きだったでしょーか!! ○か×か!!」

 「なっ……なんですかその質問は!!」

 「とても大切な質問ですよこれは。相手が自分の事をどう思っていたのか詳しく知る……それは、とても難しいことなのですから。
  それにこの質問の答えを言うのには、すごい勇気が要ります!!」

 「まあそうかもしれませんけど……」

 「なにせ、自分が好かれていると答えて、実のところなんとも思われていなかったら、すごい凹む!!
  自分の自信過剰さに、泣きたくなる!!」

 「そういう事別に説明しなくてもいいでしょうが」

 「さらに! 謙遜して嫌われていると答えて、実際答えがそうであった時も凹みます!!
  泣きたくなるね!! 絶対に正解の喜びを噛み締めることなんて出来ないね!!」

 「なんなんだいったい……」

 「さあ!! どっち!?」

 「うぬぬぬぬ…………もはや選ぶ権利なんて無い気がするのですが……。
  ○ですよちくしょう!! 雪女さんは私の事が好きだったんですよ!! 多分!!
  すっごく酷いこといっぱいしてきたけども!! でもアイツ多分Mだし! ちょうど良かったんじゃない!?」

 「そんな言い訳を前面に押し出さなくても……。ほろりと泣けてきますね」

 うっせえ。



 「それで正解は!? もし私の事嫌いとかだったら雪女さんに酷いことする!! 両手の全ての指をささくれだらけにする!!」

 「酷い拷問ですねそれは。…………では答えをお教えしましょう」

 「答えは!?」

 「バチーン!! 正解です!! おめでとう!! 雪女さんは元の姿に戻ります!!」

 「わーい! やったあ! ってやっぱり殺すぞテメェ!! いちいちビンタやめなさい!!」

 「だってこういう時ぐらいしか叩かせてくれないじゃん!!」

 こういう時だって叩かせてやんねえよ。
 なんにせよ、雪女さんの復活が確定しました。





 10月24日 火曜日 「帰ってきた雪女さん」


 「全問正解おめでとうございます千夏さん!! 約束通り、雪女さんを元に戻して差し上げましょう!!」

 「約束通りなら3度ほど頬を思いっきりひっぱたかれた私はどうなるというのですか」

 約束ぐらい守りやがれこのクソ女神。
 まあいいです。女神さんの出す意味不明な問題群をすべて正解し、
 雪女さんを影から元に戻す事ができるのですから。
 頬を叩かれた事など水に流してやります。
 ……いや、やっぱりあとで一発ぐらい殴るかも。

 「ちちんぷいぷいちちんぷーい♪
  影から元の人の姿に戻れー♪」

 「そんな適当すぎる呪文で戻るのですか。
  ありがたみもなんもねえ」

 「はい千夏さん。雪女さん、もとに戻りましたよ」

 あんだけ捕獲するのに手間取った割には電子レンジ並みのお手軽さですね……。



 「うう〜ん……ここはいったい……」

 「雪女さん!? 元に戻ったのですか!? 元のバカでどうしようもない雪女さんに戻ったのですか!?」

 「な!? なんですかその目覚め早々にくれた仕打ちは!!」

 「雪女さん。10+12は?」

 「へ? 22でしょう?」

 「おお。そのなんの臆面もなく普通に正解を答える空気の読めなさ。
  確かに元の雪女さんみたいですね」

 「今私、すごくバカにされましたよね?」

 気のせいです。






 「ええっとつまり千夏さんのお話を全て信じるのであれば……私は黒い星の民に捕まり、改造人間にされて千夏さんたちを襲っていたと」

 「ちょっとばかり御幣がありますけども、でもまあそういう事です」

 「ああ! なんとおそろしい!! よりにもよって千夏さんに逆らうなんて!!
  私、よくそんな事できましたね!?」

 「おお。いいですよ雪女さん。その可哀相になるぐらいの隷属っぷりはまさに雪女さんです。
  そういうところを見ると、本当に雪女さんが帰ってきたというような気になります」

 「やっぱりバカにしてますよね?」

 「それで事は本題に入りたいのですが……雪女さん、他の方々がどうなったかなんて知りませんか?
  影であった頃の記憶が少しは残っていたとか、そういう都合の良い感じに」

 「うーん……残念ですけど何も覚えていませんねえ」

 「そうですかあ。少しはみんなの居場所とか、黒い星の民についての情報とかが分かればいいと思ったんですけどねえ……」

 「…………あっ! そうだ!! ひとつだけ覚えている事があります!!
  明確に、きっちりと、記憶に残っている事があります!!」

 「本当ですか雪女さん!? それなに!? なんなんですか!?」

 「私…………自動ドアに引っかかりました!!」

 「まったくどうでもいい事覚えてましたねー!! やっぱりやくたたねー!!」

 まあそこも雪女さんらしいですよ。




 10月25日 水曜日 「影捜索再び」

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 「よーし! 雪女さんも手に入れた事ですし、他のみんなを元に戻すために出発しましょうか!!」

 「千夏さん。私は物扱いなのですか」

 お荷物扱いよりは全然いいじゃないですか。

 「私の理想としては加奈ちゃんの影を見つけて、そいでもってここからとんずらってのが好ましいのですが」

 「あれ!? リーファさんはどうするんですか!?
  あと黒服さんは!?」

 「自称暗殺者とスパイなんてどうでもいいです。
  むしろ影としての方が有意義な人生を送れるんじゃないですかね?
  良かったじゃないですか。私たちと一緒に居ても幸福にはなれないだろうし」

 「ちょっと酷すぎですよ千夏さん!!」

 冗談なんだからそんか怒らないでくださいよ。
 まあ少しは本気でそう考えた所はありますけど……。




 「でさ、次の影はどこに居るんだろうね?
  雪女さんの時みたいに適当にふらついていれば出てくるかな?」

 「人をRPGのモンスターみたいに言わないでくださいよ……」

 「お困りな時は、これを使ってみたらいかが?」

 「わっ! びっくりした!!」

 急に私たちの話に割って入ってきたのは、いつの間にか私たちから別行動をとっていた大妖怪さんでした。
 なんでもずっと女神さんの居る海の部屋にいて、世間話していたらしいです。
 物好きですね。っていうかすっかり私たちのパーティーに馴染んでますね。
 あんた、一応敵側の最終兵器なんでしょうが。

 「これって……パソコンですか大妖怪さん?」

 「そう、パソコン。この文明の機器さえあれば、大抵の事はどうにでもなります」

 「おお……これが近代文明脳ですか。っていうかむしろ古い方の考え方なのか。
  パソコンは別に魔法の箱じゃないですよ。グーグル検索したって、人の居場所なんて分からないですよ」

 「それぐらい知ってるっての。グーグル検索では人の家を真上から見る事が出来ても、その姿までは見る事ができない事ぐらい」

 「グーグルアースの事ね。なんか嫌な言い方してますねあなた」

 「だから、ここの掲示板を使えばいいと思う」

 「掲示板…………? ここってまさか」

 「そう。出会い系掲示板」

 「そんな捜索方法があるかー!!」

 さすが現代脳。人との出会いをなんだと思っているんだ。




 10月26日 木曜日 「出会い系大作戦」
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 「さて……これで準備は全て整いましたね」

 「千夏…………ちょっと聞いていいか?」

 「なんですかウサギさん? ウサギさんからの質問ならば、銀行の暗証番号でも教えちゃいますよ」

 「いや、それは教えるよ。もし俺々詐欺とかにあったらどうするんだ」

 「大丈夫です。50円程度しか入っていませんし」

 「引き落としの手数料で吹き飛びそうな貯金だな。
  まあそれはいいとして……本当にさ、あの作戦でいくのか?」

 「ええ、名付けて『出会い系掲示板で運命の出会い作戦』!! 間違いなく成功しますよこれは」

 「あんなに昨日は大妖怪の提案に突っ込んでいたのに」

 「一晩寝て考えたらですね、中々悪くない作戦だなと思ったんですよ。
  自分の間違いは素直に反省すべきだと思いますね。
  そういう切り替えこそが、人間を大きくすると思うのですよ」

 「へえ。そうなんだ」

 「あとね、雪女さんが囮になるって言う所に魅力を感じたのです」

 「分かりやすい酷さだな千夏」

 あの人も役に立てると喜んでいたんだからいいじゃないですか。




 さて、私たちは昨日大妖怪さんが提案してくれた作戦を実行に移す事にしました。
 雪女さんを屋敷の目立つ所に待ち合わせさせ、影をおびき出すのです。
 こんなんで引っかかってくれるのであれば嬉しいですが……まああまり期待しない事にします。
 ああ、ちなみにですね、私たちは影に気付かれないように遠くから雪女さんを見張っております。
 一応、囮と言っても安全には気を使ってやるのです。

 「さて……本当に雪女さんの所に来ますかね。影さんは」

 「どうだろうなあ……。掲示板には何て書いたんだ?」

 「えっとですね、『私の首を掻き切ってくれる人大募集♪』みたいな書き込みをしました」

 「なんだか連続殺人犯が寄ってきそうな書き込みだな。
  そして一般人は普通に引く書き込みだな」

 「一般人が来てもらっても困りますからね」

 「一般人はこの屋敷の中までわざわざ入ってこないと思うけどね」

 そりゃそうか。

 「ちなみにですね、掲示板上では雪女さんはFカップという事になってます」

 「ここではあまり関係ないだろ。胸の大きさは」

 「いやいやいや、少しでも見栄えが良い方が喜ぶかもしれないじゃないですか。影が」

 「影が影がって言っているけどさ、その影ってもともと俺たちの家族の誰かなんだろ?
  今残っているのって、リーファか加奈ちゃんか黒服だけじゃないか。
  とてもじゃないけどその餌に引っかかるとは思えない」

 「黒服が引っかかりそうじゃん。一応男だし。
  まああいつスパイなんで、もしかしたら影なんかにはされてないかもしれないけれど」

 「じゃあまったく意味がないじゃないか」

 「あとですね、お金持ちのセレブで人妻って設定にもしておきました」

 「なんで?」

 「暇な人妻がお金を恵んでくれるんじゃないかという、淡い期待をターゲットに抱かせるためですよ」

 「もうなんだかスパムメールの内容だな」

 引っかかる奴の気が知れませんけど、まあとりあえず書いておいて損は無いでしょう。
 さて、問題は本当にこの罠に相手が引っかかってくれるかという事なんですけど…………。



 「きゃー!!」

 「雪女さん!? どうしたんですか!?」

 急に叫び声をあげた雪女さんの元に、私たちは急ぎます。
 雪女さんは、地面に座り込んでいました。一体何があったというのでしょうか。もしかして……本当に影が!?

 「大丈夫ですか雪女さん!? どうしたの!? 撃たれた!? 頭とか撃たれた!?」

 「撃たれてません!! そんな事されたら死んでいるに決まっているじゃないですか!!」

 「じゃあ心臓!? 心臓撃たれた!?」

 「だから撃たれていませんってば!! しかもなんでそんな急所ばっかりなんですか!!
  そんなに撃たれて欲しいの!?」

 そういうわけではないけれど。そういうわけでは、ないのだけれど。


 「どうしたんですか!? 何かあったんでしょう!?」

 「え、ええ……急に私の前に人が現れて……」

 「人が!? それで、どうしたの!?」

 「お前のかーちゃんでーべそって言われて……そして、すぐに姿を消してしまったんです……」

 「……」

 「……」

 「ああっ!! な、なんですか千夏さんとウサギさん! その冷たい視線は!!
  私が嘘言っているんじゃないかと、そう思っているんですね!?」

 「……」

 「……」

 「そ、それとも頭を壊してしまったと思われているんですか!? 違いますよ!!
  本当に人が目の前にすっと現れてですね、おまえのかーちゃんでーべそって……!!」

 「……」

 「……」

 「お、お願いですから、何か言ってください……」


 ………………。




 10月27日 金曜日 「目撃情報 その2」
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 「さて、とりあえず影をどうやっておびき出すかの作戦会議を始めましょうか……。
  昨日の出会い系大作戦は大失敗に終わってしまいましたからね。あと、多大な犠牲を出してしまいましたし」

 「多大な犠牲ってなんですか千夏さん?」

 「雪女さんの脳みそが壊れた」

 「壊れてませんよ!! 断じて壊れていない!!」

 「じゃあさ、昨日見たらしい謎の人影はなんなのさ?
  しかもその影は雪女さんのお母さんの身体的特徴を非難したわけでしょう?
  そしてその後すっと消えたわけでしょう? そんな事あるわけないじゃないですか」

 「身体的特徴を非難したってですね、ただお前のかーちゃんでべそって言われただけですよ。
  あとそれと、別に私のお母さんはでべそではありません!!」

 「別に私は雪女さんのお母さんのおへそについて、なんの興味もありません」

 「私もですよ!! 私も別に、自分のお母さんのおへそについての説明を千夏さんにしたくはなかった!!」

 「まあ別にいいじゃないか。おへそ議論は」

 「そんなの最初からしてないですよウサギさん!!」

 う〜ん……どうも雪女さんは自分の言っている事を信じてもらえていない事がすっごく気に入らないみたいですね。
 まあ気持ちはわかりますが、仕方ないと思って諦めてくださいよ。
 だって話が話だし。信じろといわれても。



 「まあそんなどうでもいい事は放っておいてさ、さっさと作戦会議しましょうよ」

 「どうでもよくないですってばあ……」

 「私はね、やっぱり適当な罠をしかけていれば引っかかってくれると思うんですよね。
  エサはパンくずとかで」

 「そんな鶏みたく」

 「少なくともリーファちゃんは絶対に引っかかる!! これだけは確信を持って言える!!」

 「千夏ってさ、基本的に自分以外の人間の事をバカだと思っているよね?
  やめといた方が良いと思うぞその思想」

 うるさいやい。大昔からツッコミはボケより頭が良いって決まっているようなもんなんですよ。
 だから必然的に、ボケだらけの家族の中では私が一番頭が良いんですよ。多分。


 「雪女さんは何かいいアイディアとかある?」

 「ええっと…………罠はともかく、お母さんの事をでべそだと言われても凹まない精神力が必要だと思います」

 「まだ言ってるのかよテメー!! それに普通の人はへコまねーよ! でべそ程度じゃ!!」

 「え!? うそ!! 私、あの日は夕ご飯も食べられなかったのに!!」

 「弱っ!! あまりにも打たれ弱すぎでしょう雪女さん!! 直接自分の事言われているわけじゃないのに!!」

 「だからこそ辛いという所がありましてねぇ……」

 もういいですってば。しゃべららないでください。




 「まったく……。普通に考えて、お前のカーチャンでべそーって言って消える幽霊なんているわけないじゃないですか。
  そいつが影なわけないし……。まったく、何を言っているんだか」

 「お前のカーチャンでーべそー」

 「…………」

 「お前のカーチャンでーべそー」

 「………………なんか出たー!!??」

 「どうしたんですか千夏さん!?」

 「え!? あ、あのですね、雪女さんが言っていたような人が急に現れて…………
  ってあれ!? どこ言ったんですかあの人は!?」

 「へぇ……。それで、どうしたんですか?」

 「い、いやね。本当にお前のカーチャンでべそーって……」

 「……」

 「……」

 「いや、だから、本当に私の目の前に現れて……」

 「……」

 「……」

 「な、何か喋りなさいよウサギさん! 雪女さん!!」

 嘘じゃないってば。本当なんだってば!!




 10月28日 土曜日 「リーファちゃんの影 確定」

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 「これは……影法師のしわざに違いないです!!」

 「……お前のカーチャンでーべそって言ったのがか?」

 「私は冗談で言っているんじゃないんですよウサギさん!! 本気で言っているのです!!」

 「……へぇ」

 あ、なんかそのリアクションムカつく。

 「この一連の騒ぎはですね……おそらく敵の策略なんですよ!!
  私たちを混乱と恐怖の渦に巻き込むための、敵の謀略なんですよ!!」

 「……へぇ」

 だからムカつくんですってばその反応。
 やめてください。




 「きっとこれはリーファちゃんの影法師だね。あいつのしわざに違いない」

 「なんの根拠があってそんな事を」

 「だってリーファちゃんですよ!?
  こういうコソコソした心理攻撃に一番長けているのは、彼女しか居ませんよ!!」

 「そこまで自信を持って言われると、ああそうなのかと頷くしかない」

 「まだ信じてないんですね? ウサギさんはリーファちゃんの心理攻撃の恐ろしさを知らなすぎるから悠長に構えていられるんです。
  あの子は本当に恐ろしいですよ。まさに悪魔の子ですよ。
  横断歩道をよたよた歩いているおばあさんをおぶってあげて目的地とは反対方向に連れて行くぐらい悪魔の子ですよ」

 「良い奴なのか悪い奴なのか分からないじゃないか。それは」

 「何を言っているのですか! 親切心を装って相手を困らせているんですよ!?
  相手も手伝って貰っているから強く訂正できないし……。
  それを分かった上でやっている策略家なんです!! ああ、なんとおそろしや!!」

 「でもさ、例えば本当にリーファの奴の所為だったとして…………この行動に何か意味があるのか?
  お前のカーチャンでーべそって言うだけなんだろ?」

 「きっとですね……この言葉にはすごく深い意味があると思うんですよ。
  そう……私たちの考えの遥か上を行くような伏線が仕込まれているはずなんです……」

 「俺には他人の母親をとぼしているだけにしか思えないのだけど」

 私もそうとしか思えませんけど。
 うう……やっぱりこういうのは考えたら負けなのでしょうか。
 リーファちゃんの策略にみすみすはまっていっているみたいで嫌だなぁ。




 「でさ、そのリーファはいったいどうやっておびき出すんだ?」

 「まあワンパク暗殺者のリーファちゃんの事ですからね……。
  きっと彼女の影も勝手にしゃしゃり出てくると思うんで、しばらく待っていればあちらから来ると思いますけど」

 「暗殺者としてどうなんだその気質は」

 「まあいいじゃないですか。あの子の影なんて、ぱぱっと終わらす事ができそうで…………」

 「おまえのカーチャン、でーべーそー」

 「ああっ!? また出た!?」

 「なっ……本当に居たのか!?」

 「だから言ったじゃないですかウサギさん!! まあいいです! とにかく今はコイツを捕まえましょう!!」

 「おう! おい待て……って、いない?」

 「なんですって!? 本当に消えてしまったんですか!?」

 「らしいな……」

 「そんなぁ……」

 ちくしょう……。目の前に姿を映しながら、捕まえる事が出来なかったなんて……。

 「おのれリーファちゃん。次目にした時は必ず……」

 「お前のカーチャン、でーべそー」

 「……」

 「お前のカーチャン、でーべそー」

 「てめえちょっとまてやこら!! そこ動くな!!」

 「ち、千夏! 深追いはよせ!! それ、どう見ても罠だから!!」

 うるさいってんですよウサギさん。これはですね、誇りの問題なんですよ。
 私は絶対に、アイツを捕まえて粛清してやらねばならないのですよ!!








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