12月10日 日曜日 「シェルターの闇に潜むもの」

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 「うへっ、げほげほっ!!
  臭い! 臭すぎますよウサギさん!!」

 「我慢しろって千夏……。黒い星の民を見つけるためだろ?」

 「うう……分かってはいますが、これはもう……ダメですよ!!
  耐えきれるような代物じゃございません!!」

 黒い星の民が居ると予想される地、我が家の地下世界に潜って行った私とウサギさん。
 その勇敢な戦士たちを阻んだのは、巧妙に仕掛けられた罠でも暗闇の中鋭い眼光を放っているモンスターでもなきて、
 単なる腐臭でした。
 いや、これがね、本当にきついのよ。びっくりする。マジで。



 「はぁはぁはぁ……ううう、これ、口で息しても臭いが来ますね。
  もうマジで、死んでしまいたい」

 「おい。しっかりしろ千夏。臭いなんかで失神するのはよしてくれよ?」

 あーそれは約束できませんねえ。
 今でもちょっと気を緩めると意識が……。



 「……それにしても、このシェルターの中で放し飼いにされていたはずのトラはどこに行ったんでしょうねえ……?
  もしかしてこの腐った臭いってあのトラの?」

 「まさか。たった一匹のトラが腐ったぐらいでこの刺激臭は生まれないだろ」

 「それもそうですが……じゃあこの臭いはいったいなんだと言うのです?」

 「一番考え易いのはこのシェルターのどこかが地下のガス田と繋がってしまって、ガスが漏れだしたみたいな事だけど……」

 「う〜ん……確かにそれはありそうですが……」

 もしそうなら、こんな酷い臭いのするガス、吸い続けるのは身体に悪そうなのは気のせいですか?



 「空気〜、空気屋〜。新鮮な空気いらんかね〜」

 「……ウサギさんっ! なんか、前方に斬新なお店が!!」

 「気にしちゃダメだ千夏!! あれは、ただの幻覚だ!!」

 「チャララ〜ララ、チャララララ〜」

 「でもほら!! ラッパ吹いてる!! 明らかにチャルメラを意識した感じでラッパ吹いてる!!」

 「気にしちゃ負けなんだ千夏!! 無視しろ!!」

 「ど、どうしてですかウサギさん!? だってこんなにもつっこんでくれって言っているようなもので……」

 「その空気屋とやらの店主の顔を見てみろ!!」

 「え……? それってどういう意味……」

 暗い中、目を凝らしてその素敵なお店の店主さんの顔を見てみると、なんと……

 「……師匠だ」

 そう。もうすっかり忘れていた感じの、空舞破天流の師範代であらせられる師匠その人だったのでした。
 うん。これは関わらない方が絶対的に良い。
 ちょっと回り道していきましょう。



 こうして、師弟の感動の再会は見事回避されたのでした。
 めでたしめでたし?



 12月11日 月曜日 「師匠の店」

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 「ああっ! またですよウサギさん!! 私たちの進行方向の前方に……空気屋が待ち構えている!!」

 「チャララ〜ララ、チャラララララ〜。
  空気〜、空気安いよ〜」

 「くそうっ! 回り道して回避しているはずなのにっ!!
  なんで俺たちの進行方向に現れるんだ!?」

 「ウサギさん……ここはもう覚悟を決めて、師匠に話しかけた方がいいんじゃないですかね?」

 「マジで言っているのか千夏……? どう考えたって幸せな結末を迎えそうにない事を自分からやろうだなんて……」

 なんて言い様なんですかウサギさん。
 まあ、そんなに間違ってはいませんが。

 「はぁ……。でもしかたないよな。思い切って話しかけようか。
  そうじゃないと話が進まないっぽいし」

 「ゲームか何かのフラグスイッチみたいな存在ですね……。ウチの師匠。
  えーっと…………もしもーし。空気屋さーん」

 「オーウッ! いらっしゃいませー!!
  空気ッ! 新鮮な空気ッ!! いかがですか!? いかがですか!?」

 「う、うわっ! ちょっと怖いなっ!!
  落ち着いてくださいよ師匠!!」

 「シショウ? ソレ何ねー? わたし、ヨクわからナイねー」

 「うっわぁ……まさかそれで誤魔化されると想っているんですか……。
  子供だましも大概にしなさい」

 「いいじゃないか千夏……。放っておいてやりなさいよ。好きにやらせてあげなさいよ」

 なんですかその母親を思わせるような慈愛に満ちた発言は。
 そこまで彼を哀れんでいるのですか。



 「え、えーっとですね空気屋さん……空気屋さんって、何売っているんですか?
  って言っても、やっぱり空気に決まってますよね?」

 「そダネー。空気、いっぱイ売ってるヨねー。オニぎりも売ってルケド」

 「おにぎり!? なんでおにぎり売ってるの!?」

 「幅広い商品テンかいを心ガケテるからネー」

 「将来を見据えた空気屋なんですね……」

 そんな悪あがきしたって無駄に思えますけど。

 「このシェルター、すっごク臭いデショー?」

 「ええ、そうですねえ」

 「ダカらねー、そういう時ハねー、この新鮮な空気をビニーる袋に入れテサア、少しずつ吸いながら進んで行けバサア、
  ゼンゼン平気なんだよネー」

 「そんなわけ無いと思うんですけど……まあいいや。
  とりあえずひとつくださいな。そうしないと話進まないっぽいから」

 「ゴメンねー。もう空気、全部売れ切れチャッタんだよネー」

 「ええええ!!?? そうなの!? じゃあなんで昨日から空気空気ってラッパ鳴らしてたんですか!!
  ただ私たちの進行を邪魔していただけじゃないか!!」

 「そっちガ勝手に私をヨケて行ったダケでしょー?」

 まあ、確かにそれはそうなんですが……。
 うわ、どうしよう。今すごく師匠を殴ってやりたい。
 特に、喋り方がムカつく。鼻につく。



 12月12日 火曜日 「命を繋ぐ空気」

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 「ウサギさん!! もうこんな人と関わってられません!!
  さっさと黒い星の民のところを目指しましょう!!」

 私たちは我が家の地下シェルターにおいて珍妙な商売を行っていた師匠のおかげで、いらぬ時間を浪費してしまいました。
 この怒り、いったいどこへぶつければ良いのでしょうか?
 いや、目の前の師匠にぶつけてしまえばいいのは分かってるんですけどね……。

 「ま、待ちなされ! この先を行くのであるのならば、この酸素ボンベを買っていった方がいい!!」

 「はあ!? なんでさね!?」

 「この先には……世にも恐ろしい生物がうろうろしてるからだよ。
  想像を絶するような、邪悪を体現するかのような生物がっ!!」

 「怖い事言ってくれるじゃないですか……。でもね、その生物と酸素ボンベが何の関係があるのさ!?」

 「ここから先は……我々の住んでいた世界とは何もかも違うのだ。
  物質が完全にその形態を保持できているとは限らないし……時間も光も、物理学に従う素振りさえみせない。
  そんな最悪で決して人の住むべきところではないそこに居きる生き物は……どれも煙のような身体をしてるのだ」

 「……煙のような身体?」

 「そう! ガス状生物!!
  有機体なら触れるだけで分解され、あなたがた機械の身体を持つものさえも、呼吸器系から侵入され肉体の自由を奪う悪魔!!
  それが、この先にたんまりといるのです!!」

 「ガス状生物って……じゃあこのシェルターの中に満ちている酷い臭いって……」

 ううっ。あまり想像したくありませんねえ。


 「だからっ! 身体を乗っ取られないためにも、このボンベが必要!!
  アンダースタンド!?」

 「は、はい。分かりましたよ。
  だからそんな怖い顔しないでください」

 ああ、その事を私たちに教えてくれるために、師匠はこんなちんけな変装をして私たちに酸素ボンベを渡してくれようとしたのですね?
 なんて健気で弟子思いの師匠なのでしょうか。
 しかしですね、普通に渡せばいいでしょうが。なんでこんなまどろっこしい事しなくちゃいけないんだ。
 あと変な口調を心がけていたのを忘れてますよ。普通に喋っちゃってるじゃん。



 「まあそういう事なら、酸素ボンベもらっていってもいいですよ。
  くださいな」

 「はい、まいどありー。一本30000円となりまーす」

 「って高っ!! 何この高さっ!!」

 「うん。これは俺自身も高いと思う」

 「じゃあ安くしてくださいよ。値段設定なんて、あなたの手心ひとつで変わるでしょうが。
  なに客観視してるんだ」

 「まあ安くしてやってもいいが……それにはひとつ条件がある」

 「条件、ですか?」

 「ネコなで声で師匠大好きと言っ……ぎゃああ!!!」

 「師匠の頭にガス状生物が居ましたよ。おっぱらってあげたので感謝してください」

 「あ、ありがとうございます……」

 こうして感謝された私たちは、師匠から酸素ボンベを無料で譲ってもらう事に成功したのでした。
 ありがとう師匠。あと、ちょっと頭を凹ませちゃってごめんなさい。



 12月13日 水曜日 「闇底に響く笑い声」

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 地下シェルターの闇底へと進む事数日間。
 もういい加減帰りたくなってきた私たちの目の前に、おそろしいぐらい大きく広がった穴が現れました。
 それは何か大きな地殻変動とかそういう物が生み出したように見えました。
 まったく底が見えなくて……もしかしたらこれ以上進む事は出来ないかもしれません。

 「ウサギさん……どうしましょうかこれ?」

 「どうしましょうって言われてもなぁ……。
  黒い星の民を倒すためには、ここを降りなきゃいけないんだが……」

 「ええ……? 降りるんですかぁ? なんかすっごく怖いんですけど?
  それに師匠の言うガス状生物とかって、おそらくこっから先に居るんでしょう?
  そんな中に入っていくなんて嫌だなぁ……」

 「そんな事言ってたら先に進めないだろ?
  ほら、このロープを胴に巻いて」

 「ああ……やっぱりここでリタイアという選択肢は無いのですかウサギさん」

 まあ世界を救わなきゃどうにもならないってのは分かりますが、でもやっぱり怖いなぁ。
 だってすっごく深そうなんだもん。ロープとか切れたらどうしようとか考えると、足が震えてくるんだもん。

 「よし。じゃあ降りるとするか。
  もしかしたら降りている途中にガス生物とやらが襲ってくるかもしれないから、酸素ボンベはきちんと咥えておけよ?」

 「はーい。了解ですウサギさん」

 「それと、俺たちが持ってきたロープ、そんなに強度が強い物では無いから……降りている途中で暴れない事? OK?」

 「ちょ、ちょっとウサギさん!? なんかそれ怖い発言ですねっ!?
  ロープの強度が足りないってどういう事!?」

 「まさか酸素ボンベなんて重い物を背負って降りるなんて状況を想像しなかったからな……」

 「うわぁ……ますます降りたくなくなっちゃったよ」

 これだけテンションが下がるともうどうにも……。

 「よーし……それじゃあ行きましょうか」

 「ああ。いきなり長い距離を降りようとするなよ? 壁に足をかけながら、ゆっくりと降りていくんだ」

 「分かってます。大丈夫ですよ……多分。
  …………じゃあ行きましょう!!」

 こうして私は思い切って、暗い大穴へと降りていったのでした。




 「じゃじゃじゃじゃーん! 東酒場のモヘンジョ・ダロことホウッペニバッペムくんの、ジョークターイムッ!!!」

 「うわああぁっ!!?? ウ、ウサギさん!! なにか、何か変なのが出てきましたよ!!??」

 「お、落ち着け千夏っ!! そいつが多分ガス状生物だ!!」

 「これがっ!? これがそうなの!? なんかすごくわたあめっぽくて、めっちゃ無駄に陽気そうなコイツが!?」

 「ヘーイッ!! じゃあさっそく俺のお得意のネタから。
  むかし町で修理工をしていたジョージが、顔をすすだらけにして酒場にきたんだが……」

 「ウサギさん!? なんか急にアメリカンジョークを言い始めたよ!?」

 「うろたえるな千夏! きっとこいつはジョークで俺たちを笑わせて、酸素ボンベを口から外すのを待っているんだ!!
  そして口から俺たちの体内に入って、体の自由を奪う気だ!!」

 「な、なるほど! しかしアメリカンジョークで挑んでくるなんて勇気があるというか無謀というか……」

 「……そしたらジョージはこう言ったのさ。『おまえのワイフよりはマシだったがな』と」

 「あっちゃー!! 私たち話し合っていたから、なんか途中聞いてませんでしたね!?
  何がどういう経緯でお決まりのワイフが出てきたのか全然分からないっ!!」

 「ち、千夏! いいから! 聞こうとしなくていいから!! そのまま無視するべきだから!!」

 そ、そうは言われましてもね……異国の物であるとは言え、やっぱりジョークを言われたらそれに大して突っ込んでやるべきなんじゃないかと、
 日本のお笑いを担うものとしてはそう思ってしまうのですよ。……誰がお笑いなんて担ってるか(スキル:自分ツッコミ発動)

 「…………えー、続きましてー」

 「まだ言うつもりだよこの人っ!! すごい強い心を持ってますね!?」

 なんだかちょっとだけ尊敬するわ。



 12月14日 木曜日 「邪魔なガス」

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 「えー……次の話は俺の友達のキャシーが経験した話なんだが……」

 「……ウサギさんウサギさん。コイツ、まだ私たちにジョークを言い続けているんですけど?」

 「だから気にしちゃダメだって千夏。俺たちはこのまま穴を降り続ける事を優先しないと」

 「でもですねえ……どうしても話に聞き入ってしまうんですよ。
  すっごくつまんないんだけど」

 「そうは言うけどさ、もしかしたらラッキーパンチがあるかもしれないじゃん。
  たまにものすごく面白いジョークが飛び出るかもしれないじゃん」

 「何を言っておられるのですかウサギさん。笑いというのはですね、センスなのですよ。
  センス無き者にはですね、そのラッキーパンチすら出す事が出来ないのですよ」

 「そういう物なのか?」

 「そういう物なのです。お笑い評論家の私が言うのですから間違いないのです」

 「いつからそんな大層な肩書きを持つようになったんだ」

 「……そしたら彼女は言ったのさ。『君のワイフよりはずっとマシだろうよ』ってね」

 ほら。聞いてくださいよこのジョーク。
 どんな前フリやっても、結局はこのワイフ落ちへと繋がっていくパターンの少なさ。
 これは天丼でもなんでもないです。これじゃあ笑いの頂点は取れません。


 「続きましてー、これは私の叔父の話なんですが……」

 「……しかしウザイですね。ガス状生物だから物理的な攻撃が出来ないとはいえ……こうやって面白くも無い話を聞かせられ続けるのはちょっと苦痛です」

 「まあ確かにウザイな。すごい困るってわけじゃないんだが……」

 「どうにかこれ、追っ払う方法とか無いですかね?」

 「追っ払う方法ねえ……目玉模様の看板でも見せるとか?」

 「すずめとかそういうのじゃないんですから。
  そういうのが効くわけないでしょう」

 「やっぱそうなのかなぁ。そもそもガスに有効な物ってなんなんだ?」

 「火を付けてみたり?」

 「可燃性のガスだって決まったわけじゃないだろ……。
  それももし可燃性だったら、俺たちまで巻き込んで爆発するからな」

 「はぁ……。じゃあこのままにしとくしかな…………は、は、はくしゅんっ!!!!」

 「すると叔父は言ったのさ。『そりゃウチのワイフには敵わないけど……ぶひゃらばっ!!」

 「ああ!! ガス状生物が私のくしゃみで拡散したっ!?」

 な、なるほど! ガスであるがゆえに空気の流れに肉体の状態を左右されてしまうのですね!!
 …………難儀な体してますねホント。


 「ま、まあなんか知らないがよくやったぞ千夏!!」

 「え、ええ! これでいいのかな?」

 とにかく、私たちの降下を妨げる者は居なくなったのでした。
 あー、ホント良かった良かった。





 「…………えー、続きまして、これは私の妹の話なのですけども」

 「うわっ!! またしても復活しましたよウサギさん!! こいつ不死身なのかっ!?」

 ああ……どうしよホントこいつ。




 12月15日 金曜日 「地底に到着」

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 「そしたら彼はこう言って……」

 「ジョシュアの奴が急にそう言うもんだから、私は聞いたんですよ」

 「はーい! ものまねやりまーす!!
  もしも、暴君ネロがすし屋だったら!!」

 「あー!! うっせえなお前ら!!」

 いまだ深い穴の中に降下し続けている私たちに、とても恐ろしい現象が起こりました。
 ええ。そうなんです。意味があるのかないのかわからないジョークを言い続けていたガス状生物が……増えたのです。
 これは何かの悪夢ですか。一匹ならまだしも、3匹居るとうざったくて仕方ありません。
 気が散って仕方ないよ。


 「ウサギさん! どうしようかこれ!? すんごくくしゃみするしかないのかなっ!?」

 「別にいいから。無視していればいいだけだから」

 「でもさぁっ!! すっげえむかつくんですけど!? もはやジョークが何を言っているか聞こえないぐらいのハモリ具合なんですけど!?」

 「だから無理してジョークを聞こうとしなくていいんだってば。
  ……それはおいといて、ガスの濃度が濃くなってきたという事は、多分底に近いんだろうな」

 「という事は……黒い星の民の所まであと少しって事ですね!!」

 「そう。だから、こんなガスの事なんか無視して……」

 「ウチの芝刈り機が……」

 「子供がそういうもんだから……」

 「ワイフが……」

 「らっせえらー、らっせえらー……」

 「耳がおっきくなっちゃ……」


 「うぜえ! これはうぜえ!!」

 「でしょうウサギさん!? やっぱり我慢できないほどウザイよ!!」

 「くそう……扇風機が何か、持って来るべきだったな……」

 「そうですねえ扇風機があればこんなガスども、一気に吹き飛ばす事が出来たんですけどねえ」

 まあそうは言ってもあとの祭りでしょうか。






 「千夏!! 下を見てみろ!! 地面が見えるぞ!!」

 「あっ! 本当ですねウサギさん! やったあ!! ようやく地面に降りられる!!」

 もはやここまで深部に降りると、私たちの周りに居るガス状生物の数は恐ろしいものになっているらしく、
 彼らの声はノイズ以外の何にも聞こえなくなってしまいました。
 もしかしてまだジョークを言い続けているのでしょうか? もう私たちには全然聞こえちゃいないっていうのに……。

 「ふうっ、とーちゃくっと」

 「これだけガスが濃くなっているって事は、やっぱりこの先に……」

 「……よし! いよいよ最後ですから、気合入れてぶん殴りにいきましょう!!」

 「ああ。行こうか」

 ついに私たちは、黒い星の民の棲家へとっ!!
 …………って書くと、なんだかどこかのテレビでやってる探検隊みたいな感じに……。



 12月16日 土曜日 「ついに、黒い星の民の姿を……」

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 「ガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤ……」

 「……あーっもううるさい!! なんだこれは!? 騒音公害で訴訟が起こせるレベルですよ!?」

 そうなのです。我が家の地下シェルターに開いた大きな穴の底には……おびただしい数のガス状生物が居たのでした。
 そいつらが一斉に私たちに対して笑い話を聞かせようとするもんですから、
 こんなにも酷い騒音に悩まされるはめになってしまったのでした。
 っていうかおかげさまでジョークの内容が全然分からないし。これじゃ私たちの身体なんて乗っ取れませんよ。
 本末転倒とはまさにこの事を言うのでしょうね……。



 「ガヤガヤガヤガヤガヤガヤ……」

 「ウサギさん!! 聞こえますか!?」

 「……ああ! なんとかな!!」

 「この先に本当に黒い星の民が居るんでしょうね!? 居なかったら訴えてやる! 騒音公害含めて!!」

 「穴の底にラスボスがいないからって訴えられるような法律あったっけ?」

 えーっとほら、民事だったらどうにかなるんじゃないですかね? 多分。




 「っ!? 千夏っ!! あれを見ろ!!」

 「え……? どうしたんですかウサギさん……?」

 ウサギさんが指差した方には、べっとりとしたような印象を受ける闇と、
 その闇の中にかすかに輪郭を見せている椅子……そう、王座のような物がありました。
 そして、その王座には誰か小柄な人間が座っているようにも見えて……。

 「ま、まさかコイツが黒い星の民!? そうなんですね!?」

 「ああ、おそらくな……。こんなにもひしひしと、嫌な気配をこちらにぶち当ててくる奴なんて……ただ者では無いことは確かだろう」

 「ついに……ついにここまで……っ!! おいこら黒い星の民!! 私たちの前に、姿を現しなさい!!」

 「……」

 「ほほう! 無視でございますか!? そっちがその気なら、こちらから……」

 「うるさい。そう大声を出さぬとも聞こえるわ」

 「ッ!?」

 この空間にはガス状生物とそいつらの発する声によって生まれた騒音が満ちているのですが……
 不思議な事に、黒い星の民の声と思われるものは、一切何の音にも邪魔されず、私の耳へと届いたのでした。
 これはおそらく……黒い星の民の声が、普通の声とは違う……空気を振るわせる類の声ではない、何か超常的な『声』だったからなのでしょう。

 「な、なんでもいいから姿を現しなさいっ!! 私たちの言うとおりにしないと……ウサギさんが酷い事するよっ!!」

 「……まあいいだろう。ここまで来た事に対して敬意を払って、特別に姿を見せてやる。
  しかし、お前らの薄弱な心が持ってくれればいいのだがな」

 「え? え? それどういう事? なんかすごい化け物じみた姿してるの?」

 「いや。そうではない」

 「じゃ、じゃあさ、その姿を見たら石になるとか、発狂して死んでしまうとか、そういう類の伝説上の生き物感が溢れているの?」

 「そういうわけでもない」

 「そ、そうですか…………ああっ! ちょっと待って!! なんか心の準備が出来ないから、もうちょっとだけ時間を!!
  覚悟を決めるだけの猶予をっ!!」

 「うむ、分かった」

 「え!? 本当に待ってくれるの!?」

 何気に物分りが良いな。
 黒い星の民の奴。









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