9月12日 日曜日 「魔法の粉」

 

 「お嬢ちゃんお嬢ちゃん、良いものあるんだけどさ、
  見ていかないかい?」

 散歩中の私を、ものすごく怪しい文句で呼び止めるおじさんがいます。

 こういう類の人はやばい人か、はたまたすごくやばい人のどっちかしか無いので、
 無視します。


 「実は私は魔法使いでね」

 うわあ……頭の方が重点的にやばい人だったみたいです。


 「かわいい君に、特別に魔法のアイテムを分けてあげようと思って」

 そんなことを口走っておじさんはポケットから革袋を取り出しました。

 「これは魔法の粉です!!」

 魔法の粉、って聞くと真っ先に思い浮かぶのは覚醒剤方面なんですけど。

 

 「これを振りかけるとアラ不思議。
  好きなものに変身出来るんです」

 「へえ〜……」

 一応相づち。


 「どうぞお試しあれ」

 おじさんは私に魔法の粉入りの革袋を渡しました。


 「え〜っと、それじゃあ……」

 さすがにこんな怪しい物、自分に試す気なんてないので、
 おじさんに向かって粉を振りかけます。


 「カラスになあれ〜」

 こんな間抜けなセリフをこの年で言うことになろうとは。
 そして粉を振りかけた目の前のおじさんは……


 「ね? 本物でしょ?」

 「カラスじゃなくてガラスになってるじゃないですか!!」

 透明なおじさんが気持ち悪いです。

 「う〜ん……日本語入力だったからじゃない?」

 ベーシックは英語で作られてるんだ?
 この魔法の粉は。

 「イギリス生まれだから」

 心を読むな。

 

 「気に入らなかった?」

 「気に入らないというより、気持ち悪かったです」

 「そんなあなたにはこれを!!」

 今度はなんですか。

 「魔法のホウキです」

 「おお!! それは素晴らしいですね!!」

 一度空を飛んでみたかったんです。


 「自動的に家を掃除してくれます」

 「えー!? そういう能力!?」

 便利なことには変わりまりませんが……
 ちょっと残念。

 

 ちなみに、家にホウキを持ち帰って使ってみると、
 何故か私がホウキに掃除されました。

 ……そういえば私、『ゴミ』って呼ばれてたんですっけ?


 もう誰も憶えてないよ。


 

 9月13日 月曜日 「ソバの出前」


 「ああ、困った。
  本当に困った」

 さて、皆さんに質問ですが、
 道ばたでそんなことをわざと聞こえるように言っている男性を見かけたら、
 どうします?

 私ですか?
 私はもちろん都会の人付き合いの希薄さに育てられた被害者として無視を……

 「お嬢ちゃん。
  ちょっといいかい?」

 「ダメです。何がなんでもダメなんです」

 「出会って間もないのにすごい拒絶!?」

 だって、関わるとろくなことに
 なりそうにないんだもん。


 「実は今、ソバの出前をしてる所なんだけどね」

 私の意思は関係なしに巻き込んでいくんですね。
 もういいよ。諦めましたよ。

 おじさんは確かにソバ屋とかラーメン屋の出前の人でした。
 傍らにあるスクーターも、出前用の改造がされています。

 ほら、あの後ろのほうにラーメンとか入れるやつ。
 それが付いてるんですよ。

 

 「それで道に迷ってしまって、困ってるんだ」

 「ふ〜ん、プロにあるまじき失敗ですね」

 「お嬢ちゃん……けっこう厳しいね」

 だってそうじゃないですか。

 

 「いったい何処に届けるんですか?
  知ってるところだったら道順を教えてあげますよ」

 「鈴木さんちです」

 「またえらくベタな名字を……」

 まあベタなわりにはそんなにたくさん会ったことがあるってわけじゃないんですけど。

 

 「ウエイトリフティングが趣味の鈴木さんだけど」

 「そんなプチ鈴木情報を教えられても誰だか分からないです」

 「今年、還暦を迎えた鈴木さん」

 「還暦なのにウエイトリフティングが趣味なんですか!?
  それってちょっとした有名おじいちゃんレベルじゃないですか!!」

 心あたりは全然無いんですけど。

 

 「血のつながっていない孫が三人いる鈴木さん」

 「なんだか複雑な家庭なんですね……」

 「血のつながっていない犬を二匹飼っている鈴木さん」

 「犬とはどうなっても血はつながらないでしょ」

 

 「やっぱり分からないかい?」

 「ええ、全然。
  もうちょっと個人を特定できる情報はないんですか?」

 「う〜ん……あとは三丁目に住んでいることしか」

 「その情報で、ものすごく範囲が狭まりましたよね?」

 最初からそれを言ってください。


 「三丁目の鈴木さんだと確か……」

 「アリゾナの三丁目に住んでいる鈴木さん」

 「分かるわけないだろ!!
  っていうか日本にいる限り会えないよ!!!!」


 アリゾナも三丁目と表記するのかは謎です。

 

 9月14日 火曜日 「コメの力」


 「日本には米が余っています」

 「そうらしいですね」

 いきなりどうしたんだ黒服。

 「この余剰な米をうまく活用することこそ、
  これからくる厳しい現実を生き抜くすべなのです」

 「厳しい現実って?」

 「……構造改革の痛みとか」

 本当かよ。

 

 「とにかく、そういうことなので、
  新世代的な米の利用法を考えてみました」

 「わ〜い、楽しみ〜」

 「……やけに棒読みだな」

 だって心がこもって無いんですもん。


 「まず米の利用法その1〜
  『米爆弾』」

 いきなり兵器利用ですか?
 というか米爆弾って……。


 「詳細をお願いします」

 「米を爆弾にします」

 名前通りですね。

 「そんなのじゃ、人に対してまったく効果なんて無いんじゃ……」

 「ふっふっふっ……ただのお米だと思ったら大間違い」

 「普通のお米じゃないんですか!?」

 「触れるとあらゆる生命が死に絶えるお米です」

 もはや米じゃないじゃねえか。


 「そんなバイオハザード級の主食を
  どこの農家が出荷してるんですか」


 「続いてお米の利用法その2〜」

 シカトですか。
 そうですか。


 「『未来から来たお米型ロボット』的利用」

 「もはや米は食べ物っていう概念すら
  視界の端にも存在しないんですね」

 「なんでも願いを叶えてくれるお米です」

 「それはお米とは言いません。
  ドラえもんです」

 「飽きたらパエリアに使用出来ます」

 「こんな所だけ米ぶっちゃったよ!!
  しかもなんだか残酷だし!!」

 

 「お米利用法その3〜」

 まだ続くんですか。


 「『ムエタイ選手コマチ・アキタ』」

 ついにスポーツ選手に進化ですか。


 「タイ米がライバルです」

 タイはムエタイの本場だからやっぱり強いんですか?
 米なのに。

 


 ……私は、米は食べるのが一番だと思います。


 「それならこのパエリアをどうぞ」

 「え……それって」

 9月15日 水曜日 「木に吊るされて」


 まあアレなんですよ。
 空舞破天流奥義をいくつ伝授されたって、
 両手両足を荒縄で縛られたらどうにもならないんですよ。
 その状態のまま樹につるされればなおさらなのです。

 

 「誰か助けて〜」

 もうかれこれ1時間もこうしてるので覇気がありません。

 なんだか鮮度が落ちた魚みたいですね。


 イジメられ慣れてるからかかなり冷静ですね。私。
 欲しくないアビリティです。

 

 「あなた、そんなところで何をしているの?」

 私のこの状況を見かけて誰かが話しかけてくれたみたいです。


 「見て分かりますでしょ。
  木に吊るされてるんで……」

 まあね、少しはおかしいと思ったんですよ。
 だってね、声が私のすぐ横から聞こえてくるんですもん。
 私、木に吊るされてるのにですよ?


 「あら、それなら私と同じね」

 目の前には20代くらいの女性が一人。
 ちなみに彼女もこの木につるされてます。
 私と違って、ロープの結び目が首の方なんですけど。

 

 ……霊ですね。
 しかも自殺者の霊ですよ。

 

 「最近は天気がよく変わりますよね。
  晴れだと思ってたらいつの間にか曇りになってるんですもの」

 あり得ないことにこの霊、世間話を始めましたよ。

 「でもすごいですよねオリンピック。
  若い人を見直しました」

 ネタが少し古いのは、やはり時間差があるんでしょうか?
 あっちの世界とこっちの世界は。

 「助けて〜……」

 「昨日のドラマ見ました?」

 

 害は無いようですが、ただひたすら話しかけてきます。
 ……なんていうか、すごく苦痛。

 

 「千夏ちゃん!! 助けにきたよ!!」

 「玲ちゃん!?」

 え!? 同族対決?

 「あなた!! 早く千夏ちゃんから離れなさい!!
  さもないとこの『ゴーストホイホイ』が火を吹くよ!!」

 なんなんですか。
 その珍妙な殺虫剤は。

 あ、……玲ちゃん。私、何となくオチが分かっちゃいました。


 「そもそも長嶋ジャパンってネーミングは……」

 おいお前も、のんきに日本野球の批判してる場合じないだろ。


 「私の言うことなんか聞く気がないってことね。
  分かったわ。それじゃこれでもくらいなさい!!」

 「玲ちゃんダメー!!
  それ使ったら玲ちゃんも!!」

 「いいのよ千夏ちゃん。あなたのためなら私……」

 玲ちゃん、まさかあなた自分が幽霊だということを……

 「殺虫剤の化学成分アレルギーくらい我慢するわ」

 「違います!! アレルギーどころの騒ぎじゃ無いんですって!!」


 「喰らいなさい!!
  私の愛と怒りと悲しみを!!!!」

 いいんですか?
 玲ちゃんの愛と怒りと悲しみがそんな不可解な品物で。


 「玲ちゃんー!!」


 それが、彼女との別れでした。


 ……っていうか、別にあの霊が居なくなったからって、
 私が木に吊るされたままっていう状況が変わることなんて無いんですけど。


 「助けて〜……」

 玲ちゃん、あなたはなんのために……。

 

 

 9月16日 木曜日 「玲ちゃん、再降臨」

 昨日、玲ちゃんは私を救うために
 ……いや、本当は全然救われなかったんだけど
 ……とにかく、すごく頑張ってくれました。

 その代償に玲ちゃんは……。
 このままだとあまりにも不憫なので、慰霊碑でも作ってあげようと思います。


 庭に転がっていた適当な大きさの石に、
 筆で文字を書きます。


 『玲ちゃん ここに眠る』


 ……そういえば玲ちゃんの名字、知りませんでしたね。

 いや、名字だけじゃなくて、
 玲ちゃんのことは何も知らなかったです。
 死んでいることを気づかせないように、
 玲ちゃんのことを聞くのを控えていたんですけど……
 もっと、話しておくべきだったかもしれません。

 

 「玲ちゃん……安らかに眠ってね」

 「え〜、まだ夕方だよ?
  もう寝ちゃうの?」

 「早寝早起きは健康にいいんですよ」

 「そっかあ、それじゃあ健康のために一眠りしようかな」

 「まあ健康って言ったって、玲ちゃんには関係な……」

 「ん? どうしたの?
  千夏ちゃん」

 

 「って玲ちゃんー!!!!」

 「そうですよ。
  『振り向けばいつも後ろに』がキャッチコピーな玲ちゃんですよ」

 そのキャッチコピーは怖いです。

 

 「玲ちゃん!!
  消えちゃったんじゃないの!?」

 「そんな、デビット・カッパーフィールドじゃないんだから、
  そう簡単に消えるわけないじゃない」

 デビット・カッパーフィールドは消えるより消すことのほうが多い気がしますけど。
 って、そんなことはどうでも良くて。


 「本当に大丈夫なの?」

 「全然健康だよ?
  むしろ前より体が軽いくらい」

 「へぇ〜、体が軽い……んだ」

 気のせいかもしれませんが、
 前に比べて玲ちゃんが『薄く』なってる気がします。

 

 「まあ、その、無事でよかったよ……」


 玲ちゃんが成仏する日は近いかもしれません。


 

 9月17日 金曜日 「レトルトハルマゲドン」


 『3分で作れる終末戦争』

 こんなふざけたネーミングのレトルトパックがあっていいのでしょうか?
 っていうか何故ウチのキッチンにこんな物が?

 ……前から思ってたんですが、私の家に無造作に置かれている物は
 ほとんど危険物体Xですよね。

 

 さて、このレトルトハルマゲドンをどうしましょうか?
 無駄にあり余ってる好奇心が疼きまくってるんですけど。

 

 「え〜っと、とりあえず作り方だけでも見てみようかな」

 これだけで好奇心が静まってくれればいいんですけど。

 

 〇『終末戦争の作り方』

 

 『このパックに熱湯に入れて3分待つ』


 出来上がる物の重さに反比例してお手軽すぎです。
 マラソンの授業の時の「一緒に走ろうぜ」という誓いよりも軽いです。

 


 さて、困ったことに私の好奇心は静まってくれませんでした。
 というかむしろレベルアップ?
 そもそも終末戦争って何が起こるんだろう?

 ……いっそのこと作ってしまいましょうか?

 

 「千夏!! それに触れたらダメよ!!」

 「お、お母さん!?」

 どこからか飛び出してきたお母さんが叫びます。
 もしかしてこれ、お母さんの持ち物なんでしょうか?
 てっきり黒服やリーファちゃんなどの危ない人の物だと思っていたのに……。
 まあ落ち着いて考えてみれば、お母さんも十分危ない人なんですが。

 

 「お母さん、何故こんな物が家に?」

 「レトルトなんだから、
  もしもの時のためのストックに決まってるじゃない」

 「もしもの時?」

 「一家心中を決意した時とか……」

 「全世界を巻き込む気なんですかー!?」


 使われたらたまったもんじゃないので、
 こっそりと床下に隠させてもらいました。


 ……っていうか私が好奇心に負けて作らないか、
 それだけが心配です。

 世界、滅ぼしちゃったらごめんなさい。

 9月18日 土曜日 「れでぃおな時間 とりろじー」


 母「さあ、今日も始まりました、『千夏の朝まで生ハムメロン』のお時間です!!」

 千夏「もはやラジオの文字すら消えてなくなりましたね」

 今日はお母さんが司会なんだ?


 母「今日のプログラムは、特別企画として、『おもしろ検索キーワードを晒しまくろう』です!!」

 千夏「なんですか? その企画は」

 母「よく他のサイトで見かける、検索エンジンで尋ねて来た方が入力したキーワードを晒して、
   いじろうという企画です」

 千夏「ああ……確かによくありますね」

 私、ああいうのあまり好きじゃないんですけど。
 お笑い芸人で言うと、素人いじりみたいなものじゃないですか。

 ……いや、べつに私はお笑い芸人じゃないですけど。
 でも、こんなサイトを経営してる身とすれば、プライドがありまして……。


 母「それではまず、一番検索数が多いキーワードから」

 まずは普通なやつからですか。

 母「一番検索数が多かったキーワードは……」

 なんなんでしょうかね? 少しドキドキします。


 母「『ビバ、無職者生活』です」

 千夏「嘘つくな!! そんな妙な諦めな言葉は、一度たりとももサイト内で使ったことないですよ!!!」

 母「世知辛い世の中を表していますね」

 千夏「っていうかそんなキーワードで検索する奴いないでしょう」

 ちなみに、本当にそのキーワードで検索してみると、
 とても悲しいものが見えだすので、止めておきましょう。

 

 母「さて、ここからはおもしろキーワードを発表させていただきます」

 千夏「本格的にいじりだすんですね?」

 さっきのは、さすがにつっこみ辛いものでしたし。


 母「おもしろキーワードその1〜
   『日記』」

 千夏「いや、別におもしろくないじゃないですか」

 母「あははっ、日記サイトだと思って入って来てるのよ?」

 千夏「日記サイトだよ!! 誰がなんと言おうと、ここは日記サイトだよ!!」

 

 母「おもしろキーワードその2〜
   『へっへっへ、助けを呼んでも、誰も来てくれないぜ?』です」

 千夏「確かにおもしろキーワードですけど!! そんな言葉、使ったことありません!!」

 しかも長いし。

 母「みんな、ヒーローを求めているということでしょうか」

 千夏「さっきから、検索キーワードと社会の問題点を重ね合わせるのは、
    止めたほうがいいんじゃないですか?」

 それに悪役のセリフじゃないですか。

 

 母「おもしろキーワードその3〜
   『まてぇい!! その手を離せ、悪党め!!』です」

 千夏「さっきのだ!? さっきのキーワードの続きなんだ!?」

 

 そんなサイトをよろしくお願いします。


 




過去の日記