10月10日 日曜日 「家、再建」


 虎にかじられながらも、シェルターの中で何とか台風を耐えしのぎました。
 シェルターから出てみると、家は原型を留めていませんでした。

 「あちゃ〜、派手に壊れたわねぇ……」

 「現代の建築技術ではありえないくらいの崩壊っぷりですね」

 何時代に作られた家なんですか?


 「とにかく!! みんなで手分けして飛んでいってしまった家のパーツを探しに行きましょう!!」

 本当にレゴブロックみたいですね。私たちの家は。


 そんなこんなで、家のパーツを探すために近所を歩き回ることになりました。
 ……世にも珍しい目的の散策ですね。

 「家〜、家のパーツ〜……」

 ……なんだか本当に間抜け。


 「あ!! 家の壁見っけ……!?」

 私の家の壁が、謎の集団に運ばれています。
 ……え!? 何この状況?


 「あの〜、すみません。その壁、どうするんですか?」

 「ん? 私たちの秘密基地の資材にしようかと……」

 いい年こいたおっさんが秘密基地なんて作るんですか?


 「秘密基地って……」

 「ほら、やっぱり悪の秘密結社にはさ、秘密基地が必要じゃない?」

 「悪の秘密結社!?」

 「ば、バカ!! 田中さん、それは秘密にしなきゃ……!!」

 秘密結社の存在にもびっくりですが、
 田中さんという普通っぽい名前の人がその一員だということにもびっくりなのです。


 「田中さんじゃない!! 幹部Bだよ角田さん!!」

 「コラ!! 私は幹部Cです!!」

 ……なんだかやけに自分から秘密をばらしていく秘密結社ですね。


 「あの〜、どうでもいいんで、家の壁を返してくれませんか?」

 「我々秘密結社の存在を知られたからには!!
  このまま無事に帰すことなど出来ないな!!」

 勝手にばらしたくせになんて理不尽な……。


 「さあ!! 観念して我々と一緒に来てもらおうか!?」

 「うわぁっ!? ちょっと、どこ連れてくんですか!!」

 「いい所だよ。いい所……」

 「うっわあぁ、キモッ……」

 ものすごい身の危険を感じます。


 「ふふふふ……さあ、暗がりに行こうか」

 嫌悪感を通り越して殺意が芽生えるんですが。
 とにかく、助けを呼ばなくちゃ。

 「ウサギさ〜ん!! 助けてぇ!!」

 「へへへっ、いくら助けを呼んだって、誰も来てくれないぜ?」

 「いや、来たんだけど……」

 「ウサギさん!!」

 っていうか早!?


 「お前は何者だ!!」

 「そっちから名乗れよ」

 「悪の秘密結社です」

 またばらしやがった。


 「とにかく!! 私たちの邪魔をするとタダじゃすまな……ブベフゥッ!!!!」

 吹き飛ぶ秘密結社の皆さん。
 悪役らしくて良かったですね。


 「千夏、怪我は無いか?」

 「あ、はい。大丈夫です」

 「お、お前……もしかして、正義の味方か……?」

 「正義より千夏の味方」

 う、嬉しいですね……。

 「そうか、正義の味方か……」

 いや、聞けよ。


 「お前の存在は、私たち秘密結社に害をなす……。
  これから来るであろう刺客に、気をつけるんだな!!」

 そんな、悪役っぽい捨て台詞を吐いて去っていく秘密結社の面々。
 タクシー拾って帰るのは興ざめなんですけど、まあ現実はこんな物ですよね。

 

 「……刺客、本当に来んのかな?」

 「さあ……どうなんでしょう?」


 

 10月11日 月曜日 「1番目の刺客、バット男爵現る」


 「たのもー!!」

 「ぶふぅっ!?」

 優雅な朝食時。
 納豆かけご飯から生じる粘っこい糸と格闘していた私たち一家に、
 突然そんな声がかけられます。

 ちなみに、さっきの「ぶふぅっ!?」は私が喉にご飯を詰まらせた音です。
 殺す気か。


 「えっと……どちらさんですか?」

 「悪の秘密結社より送られてきた第1の刺客、バット男爵である!!」

 相変わらず秘密結社であることを大声で叫ぶ人たちですね。

 「そのコウモリ男さんが何の用……?」

 「いや、コウモリ男じゃなくてバット男爵なんだってば」

 「グローブ伯爵が何の……」

 「バットだ、バット!! いつの間に攻守交替してるんだよ!!」

 悪の秘密結社のくせにツッコミが冴え渡りますね。


 「まあ、立ち話も何なんで、どうぞこちらに」

 「あ、どうもすみません奥さん」

 お母さん。長居させるようなことしないでください。

 「そこのお醤油取ってもらいます?」

 「あ、はいどうぞ」

 黒服。秘密結社の刺客を顎で使うな。

 「TVのリモコン取ってください」

 「はい。これですね」

 リーファちゃんも。

 「帰ってください」

 「駄目です」

 ……私の言うことは聞いてくれないんだ?


 「それで、バットさん。
  本日はどのようなご用件で?」

 「お母〜さ〜ん。用件なんて聞いてる場合じゃないよぉ〜。
  警察呼ぼうよ〜」

 「こら、お客さんに失礼でしょ」

 ウチでは怪人も客人扱いするんですか。
 どれだけ徹底したサービスを心がけているんだ。


 「実は今日ここに来たのは憎き兎野郎を絞めるためでして……」

 「あ〜、やっぱり俺なんだ?」

 やけに落ち着いてますねウサギさん。

 「そんな……ウサギさんが何かなさったんですか?」

 「我々組織に歯向かったこともあるのですが……それよりも、嫉妬してるんです」

 「嫉妬?」

 「こんなにも暖かい家庭を、同じ怪人であるにも関わらず持っているだなんて考えると……
  どうしてもこう、心の奥底から煮えたぎるというか」

 娘を売りに出そうとしたり、マッドサイエンティストだったり、暗殺者が潜んでたりしてても
 暖かい家庭に見えてしまうんでしょうか?
 それと、ウサギさんは秘密結社に改造されたけど、
 それを裏切って正義の味方になったっていう、紅いマフラーの似合うような設定はございません。


 「そう……そうだったのね。
  分かったわ。私たち一家は、あなたを家族として迎え入れましょう!!」

 「お母さん!? 何を言ってるの!?」

 これ以上ウチを無法地帯にしないでください!!

 「ほ、本当ですか……!?」

 「その代わり条件があります」

 「条件……?」

 「ウサギさんと闘って、生き残ったらウチの家族です」

 あの〜、それって彼が闘いに来たのとあまり変わって無くないですか?

 「分かりました!! やりましょう!!」

 やる気出しちゃってます。何故こんな家に居座りたいのでしょうか?


 「おいウサギ仮面!!」

 「誰がウサギ仮面だ。誰が」

 「今こそ、お前のポジションに私が居座る時だ!!」

 それはイヤだ。
 私の、この家での唯一の安らぎの場所を奪わないでください。


 「いざ尋常にしょうぶあぁっ!?」

 ウサギさんの小手投げで床に叩きつけられる怪人。
 良かったですね。怪人らしくやられて。

 どうでもいいですけど、もうちょっと派手な技で倒してくださいよウサギさん……。

 


 「そこの醤油取って」

 「かけすぎですよ黒服」

 私たちの食卓は今日も平和です。


 

 10月12日 火曜日 「あわてんぼうのサンタクロース」

 

 夕方。私にとっては日々戦場な学校から、家に帰ってきてみると、
 みんなどこかへ出かけてしまっているようでした。
 家に一人っきりだなんて、久しぶりで、
 少しばかり寂しい気がします。


 「おやつでも食べようかな……」

 そう思い立ち、キッチンの戸棚へと向かうと
 ……そこには何故か、一人の見知らぬおっさんが。


 「え……ど、どちらさま?」

 「うわぁ!? け、警察だけはご勘弁ください!!」

 「ど、泥棒ですね!?」

 こんな真っ昼間から盗みを働くだなんて!!


 「ち、違います!!
  私はサンタクロースです!!」

 「なんでサンタクロースがこんな所にいるんですか!!」

 「あわてんぼうだからぁ!!」

 「……はい?」

 「あわてんぼうのサンタクロースですからぁ!!
  間違って、この時期に来ちゃったんですぅ!!」

 自分であわてんぼうなんて言いますか普通?

 

 「服装も全然違うじゃないですか」

 「あわてんぼうですから」

 「それ言えば、何でも納得してもらえると思ってるんじゃないでしょうね?」

 なんというか、すごく駄目人間の匂いがします。

 

 「うう、分かってるさ。
  『あわてんぼう』なんていうのは、甘えてるだけだってことぐらい……」

 自称サンタクロースはショックを受けたらしく、床に座りこみました。


 「仲間うちでも、俺は呆れられてるんだ……。
  いつも、ヘマばっかして……」

 「で、ヘマやるたんびにあわてんぼうだからって言い訳してるんですね?」

 「ああ、そうなんだ。
  本当に駄目な奴だろ? 俺」

 「ええ、絶対に一緒に仕事とかしたくないタイプですね」


 「お嬢ちゃん……そこまでじゃないと思うよ?」

 うわ、自分をかばいやがった。
 駄目さに拍車がかかってますね。

 

 「俺は、ただ一生懸命にやってるだけなんだ!!
  別にヘマをしたくてしてるんじゃないんだよ!!」

 「甘いですよ自称サンタ!!」

 「!?」

 ビシッと、言ってやらねば。

 

 「一生懸命やるだけじゃ、駄目なんですよ!!
  一度やった失敗を、何度も繰り返すような人間は、
  ただ仕事を作業として何も考えずにこなしてるだけなんです!!
  成長しなきゃ、一生懸命やったって何の意味もないんですよ!!」

 「た、確かに……それは一理ある」

 おおう、大の大人を説き伏せるのは、なかなか気持ちのよいものですね。


 「だいたいあなたはですね……」

 なんていうか、少し調子に乗りすぎたみたいです。
 説教されることはあっても、することなんて殆ど無いですから気持ちよくて気持ちよくて……。


 「ううっ、うぅ……」

 あ、サンタを泣かしてしまいました。

 「とにかく、もうこんなことをしないように、しっかりと気をつけなさい!!
  気が抜けてるんですよ、気が」

 「はい……分かりました」

 小学生に泣かされているオッサンって言うのも、
 なんだかすごく悲しいですね……。


 「さあ、もう行きなさい」

 「ありがとうございました……」

 何なんだ? サンタと私のこの関係は?

 とにかく、そのままサンタを帰そうとした私の目に、
 彼の後ろのポケットからはみ出している物体が映ります。


 「ちょっと、ポケットに入ってるそれ、なんですか?」

 「こっ、これは……そのぉっ」

 ポケットから出てきたのは、多分私んちの冷蔵庫にあったであろう牛肉。


 「……」

 「……これは、何?」

 「…………あわてんぼうなもので」

 「この泥棒野郎!!!!」


 とっちめて、警察に引き渡しました。


 

 10月13日 水曜日 「寝室への道」


 「う〜ん……困ったわ」

 「どうしたんですか?
  腹立つくらいノー天気が売りのお母さんがため息なんて」

 「失礼な。私だって悩みの1つや2つぐらいあるわよ」

 借金とか借金とか借金とか肌年齢とかですか?


 「実はね、私の寝室への入り口が見つからないのよね」

 ……はい?

 「ちょっ、ちょっとお母さん。
  ちゃんと、病院で検査を受けたほうが……」

 「別に更年期障害じゃないわよ」

 「それじゃ一体……」

 「組み立て間違えたのよ。多分」

 「……何を?」

 「バラバラになった家を」

 もはやレゴブロックとか、そういうレベルじゃないですね。


 「どこか適当に穴開けたら寝室に繋がるんじゃないですか?」

 「そう思って何度かやってみたけれど、
  毎回千夏の部屋ばっかりに繋がるのよね……」

 「っていうことはアレですか?
  今私の部屋の壁は穴だらけということなんですね?」

 「風通しが良くなってよかったわね」

 「これから冬ですよ!?
  なにしてくれてんですか!!」

 「とにかく、私の寝室を探すのを手伝ってよ」

 娘の部屋はどうでもいいんですか。

 


 お母さんの寝室を見つけたらちゃんと私の部屋の壁を直してくれるという約束で
 ……いや、そもそも100%お母さんが悪いんだから、
 部屋を直してくれるのは当たり前な気がしますけど。
 ……とにかく、そういう約束でお母さんの寝室を探しています。


 「大きいわけでも無いこの家で、
  寝室を探すのに苦労するなんて思ってもみませんでしたよ」

 「でもなんだか楽しくない?
  宝探しみたいで」

 壁をブチ破りながらの探検とはなかなか豪快ですね。

 

 「本来ならこの壁の向こうに寝室があるはずなんだけど……」

 お母さんは手に持っていたロストメモリーアタックツール……もとい、ハンマーで壁を壊します。

 

 「で、壁の向こうはやっぱり千夏の部屋、と……」

 「……お母さん」

 「寝室を見つけたら直してあげるってば」

 「そうじゃなくて、
  間取り的には家の反対側にある私の部屋が、
  なんで目の前にあるんでしょうね?」

 「……あら、そういえばそうね」

 「それに、いくら離れた場所の壁を壊しても、
  結局は私の部屋に行き着くなんて、おかしくありません?」

 「確かに、これじゃまるで時空が歪んでいるみたいね」

 「なんでこんなことに……?」

 「原因は分からないけど、よかったわね千夏」

 「へ? 何が?」

 「家の中ならいつでも自室にショートカット……」

 「そんなことするわけないでしょ!!
  どれだけ面倒くさがりなんですか!!」

 

 結局、時空が歪んでいる原因、そして何よりお母さんの寝室が見つかることはありませんでした。
 お母さんの寝る場所ですが、今日はとりあえず私の部屋で一緒に寝ることになりました。


 「一緒に寝るなんて久しぶりね千夏」

 「そうですね。
  何年ぶりでしたっけ?」

 「生後1ヶ月からだから、およそ10年ぶりね」

 「それは子離れじゃなくて、育児放棄ですよ!!」

 「だって夜泣きが酷くて眠れないんだもん」

 「眠るなよ!!
  私、泣いてたんなら気にかけてよ!!」


 ……親子で一緒に寝たにも関わらず、心の距離がどんどん離れていくのは何故でしょうか?


 

 10月14日 木曜日 「花*花……懐かしい響き」


 「日々の荒んだ生活でダメージを受けた心を潤すために、
  綺麗なお花を買ってみませんか?
  きっと、あなたを癒してくれるはずですよ」

 「えっと……あの〜」

 花屋のお姉さんに捕まっちゃいました。
 それにしても小学生相手にそういう商売文句はどうなんですかね?
 まあ確かに私の心は荒んでると思いますけど。悲しいけど、荒んでますけども!!


 「お花はいいですよ〜。
  天然の癒し系ですよ〜」

 癒し系って言葉も久しぶりに聞いた気がします。


 「花とかはちょっと……。
  手入れがいろいろ大変そうだし」

 「大丈夫ですよぉ。
  キリンに比べれば、全然楽です」

 なにと比べてるんですか。なにと。

 

 「お花を育ててると、とってもいいことがあるんですよ?」

 「そう言われても……」

 「関東大震災が起こっても、生き延びることが可能です」

 花屋のくせに、人を不安がらせて購入を薦めるという商売方法を
 使用してきましたよ?
 確かそういう方法で、納豆とかワインとかヨーグルトとか売りさばいてるんですよね。
 どのテレビ番組とは言いませんが。


 「お腹が空いた時には非常食代わりになりますし」

 「非常時には、ちゃんと非常食を食べます」

 あえて花を食べる道理が分かりません。

 

 「強盗が家に押し入ってきた時は、
  薔薇のトゲで撃退できます」

 「そんなに打たれ弱い強盗なら、どんな物でも退治できますよ」

 

 「もし立てこもり事件に発展したら、
  監禁されている間のストレスを、
  花の匂いが和らげてくれます」

 「もはや根本的な解決になっていないじゃないですか」


 「……犯人も花の匂いを嗅げば改心するかも」

 「そんな素敵な心を持っている人間は犯罪なんて犯しません!!」


 「……」

 「……はあ、はあ」

 なんていうか、今までこんなにつっこんだことあったでしょうか?

 

 「金融危機が起こった時は……」

 「まだ続けるんですか!?」

 花は、諦めるという潔さは与えてくれないのでしょうか?


 

 10月15日 金曜日 「アイドルへの道 1」

 「やあ千夏ちゃん。
  久しぶりだね」

 散歩していた私に声をかけてきたのは、
 いつだったか私をアイドルにスカウトしてきた人でした。

 「本当にお久しぶりですね。
  音沙汰ないもんだから、てっきり騙されたんだと思いましたよ」

 「いやだなぁ、ちょっと身を隠し……げふんげふん。
  山にこもって君のアイドルデビューの構想を練っていただけだよ」

 「そうですかぁ。
  お山におこもりになられてたんですかぁ」

 相手の腹をさぐるような会話が続きます。

 

 「それで今日君に会いに来たのはね、
  ファーストシングルが発売されることに決まったのを知らせるためなんだ」

 「それはファーストシングルという名の人身売買とか、
  そういうものじゃないですよね?」

 「……一体どういう世界で生きていったら
  そういう風な疑いを持つんだ?」

 ほっといてください。

 

 「それで、そのファーストシングルの曲名は?」


 「その名も『恋の連立方程式』」

 「恐ろしいぐらい頭の悪そうなネーミングですね」

 「なんで!? 連立方程式だぞ?
  知的じゃん!!」

 そういう考えがバカっぽいんですってば。

 

 「この曲なら間違いなく、セミヒットできる」

 「語るだけならタダなんですから大当たりって言ってもいいじゃないですか」

 なんでいつもこんな所は控えめなんですか。


 「楽器も演奏するんだ。
  すごいだろ」

 「っていうか、私は歌が上手いわけじゃないんですけど」

 「それは大丈夫。
  君は口をパクパクさせてるだけでOKだから」

 差し替えるんですか。
 ……なんていうか、そんなことを当たり前のように言っちゃうことが
 そういう世界なんだなあって、思っちゃいます。

 

 「私、楽器もリコーダー以外は全然ダメなんですけど」

 「ギターを弾いてるマネはできるでしょ?」

 これも差し替えるんですか。

 

 「それに私、大舞台にあがると緊張しちゃって……」

 「大丈夫。楽屋に入るだけでいいから」

 ……へ?


 「ちょっと!!
  私そのものさえも差し替えるんですか!?」

 「っていうか、名前を貸してくれればそれでいいから」

 「戸籍!? 私の戸籍が目的なんですね!?」

 やっぱり、この人は怪しすぎです。

 

 

 10月16日 土曜日 「第二の刺客 チーター少佐現る」


 「千夏。あそこで冷たい物でも飲んで行かないか?」

 「ファミレスですか……いいですよ」

 ウサギさんと、ぶらぶら当てもなく散歩していた私。
 もうかれこれ1時間も歩きっぱなしなので、喉がカラカラです。


 「パフェとか頼んでいいですか?」

 「甘い物食べたら余計に喉が乾かないか?」

 「そうですか?
  私は大丈夫なほうですけど……」

 「ふははは!!!!
  待っていたぞ正義のウサギめ!!」


 「……俺も甘い物食べようかな」

 「ウサギさんって甘い物苦手でしたっけ?」

 「苦手って言うほどじゃないけど……たくさんは食べきれないな」

 「おい!! 無視するなよ!!」

 ああ、惜しい。
 このまま何も見なかったことにして、ファミレスで優雅な午後の一時を過ごすつもりだったのに……。


 「え〜っと、悪の秘密結社の方ですか?」

 「いかにも!! 私は悪の秘密結社幹部、チーター小佐である!!」

 だから、秘密結社であることを大声で言うなってば。


 「俺たち、今忙しいんで後にしてくれない?」

 「ファミレスでパフェ食べる食べないで話し合ってた人間が何を言うか!!
  暇以外の何でも無いだろう!!」

 人の会話を盗み聞くなんて非常識な怪人ですね。
 まあ怪人である時点である意味非常識なんですけど。


 「とりあえず俺たちはファミレスに入るんで、
  しばらく外で待っててくれないか?」

 「30分くらいで出てくると思いますから」

 「アホか!! それ、すごく惨めじゃないか!!」

 「そう言われても……」

 「俺も一緒に入ればいいだろう!?」

 何が悲しくて刺客と一緒にファミレスに入らないといけないんですか。


 「こんなの連れてっても空気が悪くなるだけだからなぁ……」

 「まったくその通りですね」

 「奢るけど?」

 「……」

 「……」

 

 さて、ファミレス内でパフェとチキンドリアとカニクリームコロッケを頼んだ私。
 何というか、小さな幸せを噛みしめている最中でした。

 ちなみに、幸せはカニクリームコロッケの味がします。

 

 「やっぱりタダ飯は何より美味しいですね〜ウサギさ〜ん?」

 「ほれ、口のまわりにクリームが付いてるぞ」

 「……ちょっといいですか?」

 「追加注文なら私じゃなくてウエイトレスさんに……」

 「違う。そうじゃない」

 何なんですか。一体。


 「なんで、お前たちを始末しにきた俺が、
  飯を奢っているんだ?」

 「自分が奢るって言ったんじゃないか」

 「そうですよ。だから私もカルボナーラとチョコレートケーキを追加注文したんじゃないですか」

 「っていうかお前注文しすぎだ!!」

 育ち盛りなんですよ。

 

 一時間後。
 たっぷりとファミレスメニューを堪能した私たち。
 っていうかもう刺客なんてどうでも良くなってました。

 「いや〜、本当によく食べましたね〜」

 「そうだな。家に帰ってもう眠……」

 「帰るなよ。最後まで俺を無視しようとするなよ」

 忘れてませんよ。
 これからお金を払ってくれる人なんですから。


 「さて、それじゃそろそろ出ましょう」

 「そうだな」

 「お会計の方、こちらになります〜」

 「あ、足りない……」


 ……

 ………

 …………

 「……ウサギさん」

 「……逃げるか」

 「そうですね」

 満腹の状態で走りだす私とウサギさん。
 そしてついてくる怪人。

 「待てよお前たち!!」

 「ついて来ないでください!! お金、ちゃんと払ってくださいよ!!」

 「お金貸して!! お願いだから貸して!!」

 「そんなお金持ってるわけないでしょ!!」


 走る私たちと怪人。
 なんだ。なんだんだこの状況。


 




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