10月17日 日曜日 「天国への階段」

 「……」

 目の前に、階段があります。
 私はそれを、ただただ見上げているだけなのです。

 ……私が今いる所は、家の屋上なんですけど。


 「これは……なに?」

 その階段は新品のタイルで出来ているみたいにぴかぴかしてて、真っ白でした。
 なんというか、上り辛そうです。
 で、肝心の階段の行き着く先なんですが、真っ直ぐ空に続いてるんですよね。
 ここからじゃ、階段の行き着く先が見えません。


 さあどうしましょう?
 どこの誰が言ったか知りませんが、
 そこに山があると登りたくなるものらしいですよ。


 「……よし!!」

 覚悟を決めました。
 ドンと来いアドベンチャーです!!


 「目指すは天国!! いざ出発〜!!」

 そうして私は、勇気ある一歩を踏み出したのです。

 

 ……5時間後。
 下にあるはずの私の家などもう見えず、地上では感じたことの無い強風が私に襲いかかります。

 数時間前、「目指すは天国」だなんてのたまった私が憎いです。
 いや、確かにある意味では天国へと近づいていってるわけなんですが。

 「か、帰ろう。
  今すぐ、帰ろう……」

 また五時間かかるのかと思うと憂鬱です。


 「ふははははは!!
  私の罠にかかったな小娘!!」

 突然、階段がそんな雄叫びをあげます。
 ……え!? 階段?


 「これは階段では無い!! 私の舌だ!!」

 何となく健康がよろしくなさそうな舌をお持ちですね。

 「お前は自ら、私の口へと入っていったのだ!!
  ははは、なんたる皮肉よ!!」

 つまりこの階段は、私の好奇心を煽って誘い込む、疑似餌だったということでしょうか。


 「な、なんなんですかあなた!? 妖怪!?」

 「ふふふふ……似たようなものだ。
  さあ、大人しく私に喰われるがいい」

 急に私の足元の階段が、粘着質な液を分泌しだします。
 私は何も出来ずに、身動きをとれなくなってしまいました。


 「ひ、一つ聞かせてください!!」

 「どうした? 時間稼ぎか?」

 「なんで、最初に一歩踏み出した時に、
  私の動きを封じなかったんですか?」

 五時間も私は一体なにをして……。


 「単なる嫌がらせ」

 性根最低だな。
 本当に。


 「それじゃ、いただきま〜す!!」

 「うわぁ!?」

 階段、もとい舌がすごい勢いで空に吸い込まれていきます。
 あっちに本体がいるってことなのでしょう。


 「だっ誰か助けて!!」

 身動きがとれないため、
 空舞破天流奥義『BREAK・break・DETH・dance』は使えません。

 ……あっ!! そうだ、私には思いつき奥義の召喚術があるじゃないですか!!


 「空舞破天流奥義『召喚術』!!」

 私はちょうど腕に付けていた腕時計を
 愛情を持って握り潰します。


 「強くてすごい奴、出てこい!!」

 激しい音と、目も開けられないぐらいの光と共に現れたのは……


 『ホワイトハウス』

 へぇ〜……最近の召喚術って建物も呼べるんだぁ。


 ……ホワイトハウスの重量を支えきれずに舌がちぎれました。
 ホワイトハウスと共に地上へと落ちゆく中、
 多分、これって外交問題に発展するよなぁなんて、考えてたり。


 その前に、地面に落ちて生き残れるか、それが問題です。


 

 10月18日 月曜日 「初めての塾」

 「千夏。今日から塾に通いなさい」

 「え!? いきなりどうしたんですかお母さん!?」

 「このまえ言ったじゃない。教育ママになるって」

 てっきりもう飽きたのかと思ってましたけど。


 「うちに塾なんかに通わせるお金の余裕あるんですか?」

 「とびきり安い所にしといたから大丈夫よ」

 安いんだ……。
 塾にただ行かせとけばいいと思ってるんでしょうかね?


 「分かりました。
  行ってきます」

 「あら、やけに物わかりがいいのね。
  もうちょっと嫌がるのかと思ったのに」

 嫌がったら止めてくれるんですか?

 


 さて、そんなこんなでお母さんから教えられた塾の場所へと向かうことおよそ10分。
 塾があるはずのそこには、どうみてもただの一軒家(しかもかなりボロ)があるだけです。
 ……個人でやってる所なんでしょうか?


 「お邪魔しま〜す」

 「あらいらっしゃい」

 おそるおそる家に入った私を出迎えてくれたのは、
 多分この塾の講師であろうおばさんでした。
 人がよさそうなおばさんで良かったです。


 「えっと、あなた千夏ちゃんね?」

 「あ、はいそうです」

 「初日じゃいろいろ分からないことばかりでしょうから、
 今日は軽く見学するだけにしましょうね」

 「はい、分かりました」

 いきなり勉強やらされなくて少しだけ安心。

 

 教室(と言ってもただの和室)では、私と同年代の子どもたちが勉強をしていました。
 今日は小テストをやっているみたいです。

 誰も騒ぐことなんて無く、静寂な空気が部屋に充満しています。
 勉強するのにはかなりいい環境なのではないでしょうか。
 ただ、悲しいことに私には勉強する気なんてこれっぽっちも無いんですけど。


 ……
 …………
 ………………

 ……暇です。
 恐ろしいぐらい暇なのです。
 っていうか、小テストの風景なんて見ててもなんの見学にもなりません。
 帰っていいですかね、ホント。

 

 「はい、そこまで〜」

 おばさん、もとい講師がテスト終了を知らせます。
 その合図を聞くと同時に教室に広がるため息やら笑い声。
 こういう風景はどこ行っても同じですね。

 

 「それでは答え合わせをしま〜す」

 またしても私には暇でしかない時間。
 帰っていいですか?

 

 「問1〜『人体の急所を5つ以上答えなさい』」

 ……え?

 「これの答えは眉間と……」

 「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!!」

 「なんですか千夏ちゃん?
  あ、もしかして私、間違ってました?」

 いや、そうじゃなくて。


 「じ、人体の急所って……どうしてそんなこと学ぶんですか?」

 「最近よく言う生きる力を養うために……」

 生きる力っていうか、闘いに生き残る力ですよね? それは。


 「それでは問2〜『銃撃を身体に受けた際の、もっとも適した応急処置を100文字以内で説明しなさい』
  この問題の模範解答ですが……」

 

 お母さん。
 ああ、お母さん。
 あなたは、私に一体何を学ばせたいのですか?
 特殊部隊の隊員にでも、したいのですかお母さん?

 

 「問3〜『図のBC兵器(生物兵器)の正しい名称を述べよ。
  また、感染した場合の症状も同じく……』」


 ここはどこ〜?
 どこの訓練所なの〜?


 

 10月19日 火曜日 「甘いケーキと苦い別れと」


 「千夏〜、ケーキ作ったんだけど、食べるか〜?」

 「はい食べます……ってウサギさんがケーキ作ったんですか!?」

 「暇だったから、料理でもしてみようと思って」

 「普通のご飯とかじゃなくて
  なんでお菓子を選んだんですか?」


 「これなら千夏も喜ぶだろ?」

 私のためにケーキを作ってくれたなんて嬉しいです……。
 まあ普通、立場は逆のはずなんですが、
 気にしない気にしない。

 

 「それじゃいただきま〜す!! あむっ、もぐもぐ」

 「ど、どう?」

 心配そうに私の表情をうかがっているウサギさんが可愛いです。


 「とっても美味しいですよ!!」

 「そうか、それはよかっ、たぁ!?」

 突如、突き飛ばされるウサギさん。

 「千夏お姉さま!!
  私もケーキ作ったんです!!
  どうぞ食べてください!!」

 突風のように急に姿を現したリーファちゃんが、
 私にケーキを差し出してきます。


 「おいお前、何するんだよ」

 「うっせえげっ歯類」

 リーファちゃんは尻餅をついていたウサギさんを一蹴。
 ……どこまで嫌いなんですか。


 「さあどうぞお姉さま!!
  ぱくっと、一口で食べちゃってください!!」

 そう言って切り分けたケーキを私に薦めるリーファちゃん。
 ……怪しいこと、この上なしです。

 

 「あ〜……私、おやつは一日一つって決めてるんですよね。
  太ったらイヤですし」

 「ロボットに、太るも太らないもないでしょう?
  気にせず、バンバン食べてください!!」

 「また、変なの入れてるんじゃないのか?」

 ウサギさんが、私が言いたかったことを代弁してくれました。


 「黙ってろ。
  小兎のリゾットにして、美味しく平らげるぞこの野郎」

 「……」

 あ、さすがにウサギさんもカチンと来たみたい。


 「兎のくせに、千夏お姉さまのご機嫌取りなんかして、
  魂胆が丸見えなんですよ!!」

 「なんだよ魂胆って?」

 「そりゃぁもちろん千夏お姉さまの美味しい所をいろいろと戴いちゃおうと……」

 「むしろいろいろ戴こうとしてるのはお前のほうだろ」

 命とか首とかですか?


 「とにかく!!
  いい加減、千夏お姉さまにベタベタするの止めなさい!!
  あんたは野良兎とでも仲良くやってればいいのよ!!」

 すみませんリーファちゃん。
 野良兎、見かけたこと無いんですけど。


 「……勝手に言ってろ」

 「ああ!! ウサギさん!!」

 怒って部屋から出ていってしまいました。


 「リーファちゃん!! ウサギさんになんてこと言うの!!」

 暗殺のターゲットとして……じゃない、姉としてきちんと言ってやらなきゃいけません。


 「……」

 「黙ってたら分からないでしょ!?」

 「……お姉さまのためです」

 「あれが私のため……?
  本気で怒りますよリーファちゃん」

 「千夏お姉さまは、兎の寿命がどれくらいか知ってますか?」

 「え……!?」

 「絶対に、お姉さまより早く、ずっとずっと早く死にますからね?
  大好きになればなるほど、別れがとても辛くなるんですからね!?」

 「……知ってますよ。そんなこと」

 諸行無常。
 何年この世界で生きてると思ってるんですか。
 どうしようも無い事とか、とても不条理な事とか、
 この世界はそんな事ばっかりだって知ってますよ。
 大好きな人と突然別れることがあることくらい、
 それがどうやったって逃れられないってことぐらい、
 ずっとずっと前から知ってますよ。


 「……あむっ」

 私は少しのため息と共に、リーファちゃんが作ったケーキを食べました。
 ここまで私のこと考えてくれてるなら、
 毒なんて入ってないでしょ……

 「……ってマズ!!!!」

 確かに毒は入っていませんでしたが、殺人級の味が私を襲います。


 「え!? 嘘!!」

 慌てるリーファちゃん。

 「も、もしかしてリーファちゃん……本気で作ってこの味なの……?」

 「……ち、違うわよ!! 計算通りに決まってるじゃない!!」

 そのまま逃げて行くリーファちゃん。
 彼女は、悪意だろうが善意だろうが、
 どっちでも人を殺せるみたいです。


 …………ぐはっ(気絶)


 

 10月20日 水曜日 「台風再び」

 「台風が、来るわ……」

 「また、野生動物放し飼いのシェルターに避難するんですか?」

 「それはできるだけ避けたいわね。
  埃っぽいし」

 虎はどうでもいいんですか。私の腕をかじる虎は。


 「まったく、なんで今年はこんなに台風がくるのかしら」

 「異常気象とか、そう言う奴なんじゃないですか?」

 「何億も貰ってるプロ野球選手がストライキを起こすような年ですものね」

 それは全然関係ないです。
 そして、妬むな。
 あれだけお金貰えるんだから、子どもだってプロ野球選手を夢みるし、親だって応援するんじゃないですか。
 アニメーターを見てくださいよ。誰があんな待遇に夢や希望を持って……。


 「……と言うことでね、今から台風対策をしようと思うのよ」

 私が高労働低賃金者を嘆いている間にそんなことが決まったらしいです。

 

 「でもちょっとやそっとの補強じゃどうにもなりませんよ?」

 自由度がレゴブロック並で、耐久度が『三匹のこぶた』のわらの家程度なんですよ?


 「さ、とにかくやるだけやってみましょう。
  はいこれ」

 「え……なにこれ?」

 手渡されたのは、ガムテープ、セロハンテープ、木工用ボンド、ご飯粒……
 などの、何故だかやけにくっ付きが悪そうな面々。

 「もちろんこれで……」

 「お母さん。家、守る気ないでしょ?」

 もうちょっと真剣になってください。


 「私たちに出来るのは、家の繋ぎ目を塞ぐことだけなのよ」

 「それにしたってこんな物で……」

 「さあ、頑張りましょう!!」

 


 ……
 ………
 …………三時間後。

 「おか〜さ〜ん」

 「な〜に〜?」

 「屋根が、屋根がですね〜」

 「飛んだわね。見事に」

 

 明日、また探しに行かなければなりません。


 

 10月21日 木曜日 「家族会議再び」


 「これより、第57回家族会議を始めます」

 お母さんが、そんなこと言います。
 57回も家族会議なんてやった記憶無いんですけど。
 前に無人島に何を持って行くかで話し合ったきりでしょ?


 「今回の議題は『明日世界が終わるとしたら、何をするか?』です」

 今回の議題もクラスメイトとの下らぬ雑談レベルなんですね。

 

 「それじゃまずは女神さんから」

 「溜まっているビデオを全部見ます」

 女神のくせにえらく普通の生活をしようとするんですね。
 地味ですよ。
 最期の時まで地味すぎですよ。


 「黒服さんは?」

 「全財産を使って東京ドームいっぱいのプリンを作ります」

 発想が小学生レベルです。


 「ウサギさんは?」

 「う〜ん……家族揃って、最期の晩餐とか?」

 あまり盛り上がらない食事になりそうですが、まあ仕方ないですよね。
 世界が終わるんですから。


 「リーファちゃんは?」

 「お姉さまに神風アタック」

 最期だから命捨てちゃうんですか。
 討ち取れたなら、幸せな最期ですね。
 あなたの気持ちのいい最期のために、命を差し出すつもりはありませんが。

 「さて、それじゃ千夏は?」

 「パンダとデスマッチ」

 「ちなみに私はね……」

 無視ですか?
 私にしては精一杯ボケたのに。


 「家族みんなの最高の思い出になる、何か大きなことをどーんとやりたいわね」

 「具体的に言うと?」

 「外国の旅館で豪遊とか」

 外国では旅館って言わないでしょうけどね。
 まあ言いたいことは分かります。

 

 「という訳で、来週ぐらいにでも外国に旅行に言って、
  ドームでプリン作って最期の晩餐しながらビデオでも見ましょうか?」

 ……え? それってつまり……。

 「お、お母さん?」

 「なに千夏? ……あ、神風アタックとパンダとのデスマッチを忘れていたわね」

 そうじゃなくて。


 「もしかしてさ……世界、滅んじゃったりするの?」

 「ええ、来週ぐらいに」

 「な、なんでですか!?」

 「そろそろ、これの使い時かなって」

 お母さんがそう言って差し出したのは、いつぞやの最終心中兵器『レトルト・ハルマゲドン』。

 

 ……やめて〜お母さん。お母さんやめて〜。

 

 

 10月22日 金曜日 「おばあちゃんという存在」

 「どうしよう……ああ困ったわ」

 家のリビングで、お母さんが頭を抱えて何か呟いています。
 とうとう借金の存在を真面目に考え出したのでしょうか?

 「どうしたのお母さん?」

 「ああ、千夏……。
  実はね、お母さんが家に来るのよ」

 お母さんのお母さんってことは……私のおばあちゃんですか!?
 オーストラリア在住で、カンガルーと闘っていて、
 オメガティックブラストという必殺技を持っているおばあちゃんですか!?


 「本当に!? 私、一度会ってみたかったんですよね」

 「あなたは、あの人の恐ろしさを知らないからそんなことが言えるのよ……」

 青ざめた顔でお母さんが言います。
 ここまで怖がるなんて、普通じゃありません。


 「おばあちゃんって、怖い人なんですか?」

 「いいえ、普段はすごく優しいのだけど……
  少しでも気に障ることがあったら……」

 お母さんは何を思い出したのか、ガタガタと震え出します。


 「今度も、山一つで済めばいいのだけど」

 うちのおばあちゃんは怒りで山を破壊できるんですか?
 どんな戦闘種族だよ。

 

 「何を隠そうこの家の地下シェルターはね、あの人から身を守るために作ったのよ」

 おばあちゃんは一体何者なんですか……?

 

 「で、そのおばあちゃんは何時来るんですか?」

 「明日らしいわ。
  くっ……もうちょっと時間があればいくらでも対策を練れるのに!!」

 苦々しく呟くお母さん。
 対策って、何をする気だったんでしょうか?
 片手に持ってる地雷が気になります。

 トラップか。そうなのか?

 

 「とにかく!! 今からでもやれることがあるはずよ!!
  千夏も手伝って!!」

 「し、親族の訪問を邪魔するために罠を仕掛けることなんて……」

 「身内だと思っちゃダメよ!!
  ゴジラがやって来るんだと思いなさい!!」

 ここまで言われるおばあちゃんは何なんでしょうか?
 余計に会ってみたくなりました。

 

 「やけに騒がしいけど……何かあったのか?」

 「あ、ウサギさん。
  実はですね……」

 「いいから、何も聞かずにウサギさんも手伝って!!」

 「え? え?」

 「敵よ!! 敵が攻めて来るのよ!!」


 ここまでテンパってるお母さんは初めて見ました。

 

 「バリケードを、家具でバリケードを作るわよ!!
  ぼさっとしてないで、早く!!」


 今日のお母さんは面白いです。

 

 

 10月23日 土曜日 「おばあちゃん襲来」

 たった一日でブービートラップだらけになったわが家。
 これもみな、まだ見ぬおばあちゃんの侵攻を防ぐためです。


 「みんな……覚悟できてるわね?
  そろそろ到着予定時間よ」

 「お、お母さん。
  さっき渡されたこの錠剤はなんですか?」

 「もうダメだと思ったら飲みなさい。
  楽に逝けるわよ」

 ……ここは本当に戦場なんですね。

 

 私たちが今いるのは、すっかり司令室へと改造されたリビングです。
 黒服が持ってきたらしい機材で、足の踏み場もありません。

 

 『ピンポ〜ン』

 突如静寂を切り裂くように鳴る玄関のチャイム。

 「黒服さん!!」

 お母さんが黒服の名を呼ぶと、

 「対メインゲート突入用指方向性地雷、イグニッション!!」

 黒服がそう答えます。
 息があってますね。二人とも。

 

 『ズドン』と玄関の方で爆発音がしました。
 多分、さっきのは地雷の遠隔爆破だったのでしょう。
 ……っていうか本気なんだ?


 「監視カメラでターゲットを確認中……判別結果でました!!」

 「やったの!?」

 「ターゲットはただの訪問販売員でした」

 「……身代わりの術か」

 いや、ただ間違えただけでしょうが。
 どうするんですか。一般人にまで被害を出して。


 「まあ訪問販売員なんてうざいだけだし、追い返す手間が省けてよかったわ」

 開き直らないでください。

 

 「今度は別の反応が玄関に接近!!」

 「よし!! それじゃあ……」

 「今度はちゃんとカメラで確認した方がいいと思いますよ」

 「そ、そうね。
  黒服さん、対象の映像を」

 「第003カメラで確認しました」

 「え〜っとどれどれ……!?
  間違いないわ!! これはお母さんよ!!」

 「本当ですか!? 私にも見せてください!!」

 どんな人か、とっても興味がありますので。


 「第003カメラ破損!!」

 「ちっ……気づかれたか」

 ああ残念。もう少しでおばあちゃんの姿を見ることが出来ると思ったのに。
 というか何で、おばあちゃんは監視カメラを壊したんでしょう?


 『ピンポ〜ン』

 再びわが家、もとい戦場に鳴り響くチャイムの音。
 多分おばあちゃんです。

 「黒服さん!!」

 「対メインゲート突入用指方向性地雷、イグニッション!!」

 『ズドン』

 またもや爆発する玄関。
 ……本気で肉親に地雷を使うなんて。


 「ターゲットの状態は!?」

 「今確認ちゅ……!? 大変です!! メインゲートがこじ開けられています!!」

 「そ、そんな!!
  50pの厚さの鉄板で作られた扉だと言うのに!!」

 台風でバラバラになってた家を、よぞくここまで強化しました。
 そして、その扉をこじ開けるおばあちゃんは何者なんですか。

 

 「ターゲット、廊下へと侵入!!」

 「トラップは!?」

 「全て正常に作動!! しかし対象の動きを封じられません!!」

 家の中に鳴り響く『ドカン』だとか『バキャ』だとかいう音が、ドンドン近づいてくる気がします。

 

 「ターゲットのいるブロックの隔壁を閉じて、濃硫酸ガスを噴射!!」

 お、お母さん……。
 ついに爆発物だけじゃなくてガスまで……。


 「ターゲット、そのまま直進して隔壁を破壊!!」

 「くそうっ!! このままじゃここに来るのも時間の問題か!!」

 お母さんが悔しそうに机を叩きます。


 「千夏、ウサギさん、リーファちゃん。
  今すぐここから退避しなさい」

 「お母さんは!?」

 「司令官が、ここを離れるわけにはいかないでしょ?」

 「お母さん……」

 いつから、そんな偉い役職になったんですか。という言葉を必死で飲み込みます。
 いや、さすがに言える雰囲気じゃなかったものですから。


 「ウサギさん。
  千夏のこと守ってあげてね」

 「ああ……分かった」

 「リーファちゃん。
  千夏をしとめる時は一撃でね」

 「はい、分かりましたお母さま」

 ちょっと、私に生きてて欲しいのか死んで欲しいのか
 どっちなんですか。

 

 「さあ!! 早く逃げ……」

 『ズドオォォン!!』

 一際大きい爆音が鳴り響き、リビングの扉が吹き飛びます。
 立ちこめる煙の向こうには、一つの人影。


 「お、お母さん……ついに、来たのね」

 お母さんが絶望的な顔で呟きます。


 「熱烈な歓迎、ありがとうね春歌ちゃん」

 おばあちゃんの声は思ったより若かったです。
 というか、なにげにお母さんの名前が明らかになってます。
 春歌って……だから私は千夏なんですね?

 

 「千夏、下がってろ。
  とてつもない、プレッシャーだ。
  ただ者じゃない」

 ウサギさんが私をかばうように、おばあちゃんの前に立ちはだかります。

 

 「ただいま。春歌ちゃん」

 「お、おかえりなさいお母さん……」


 そして煙の向こうから現れたおばあちゃんは……どう見たって、20代の女性。

 ……え!?

 「お、おばあちゃんなの!?」

 「あら、あなた千夏ちゃんね? 前に会った時は赤ちゃんだったから、全然分からなかったわ」

 ウチの家系は細胞分裂で子どもを作るんでしょうか?
 それならお母さんと歳が離れていないのも納得できるんですけど。


 「おばあちゃんは、何でそんなに若々しいの……?」

 「それは、あなたを食べるためよ?」

 答えになってません。


 「お、お母さん。いつまで滞在する予定なの?」

 「来てすぐに帰る時の話をするなんて、ずいぶん素敵な大人に育ったわね春歌ちゃん」

 「……うぅ」

 こんなに圧されているお母さんは初めて見ます。
 で、おばあちゃんは何でそんなに若いんですか?
 あれか? 富樫漫画的な武術の達人は何故か若い姿を維持してるっていうあれですか?


 「少なくとも1ヵ月くらいはいるから、よろしくね」

 「は、はい……」


 明日から、どうなるんでしょうか?


 




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