10月31日 日曜日 「ウサギさんの修行」


 家の庭の方で、『ドカン』だの『メキャ』だの物騒な音が鳴り響いています。
 おかげさまで私の朝の目覚めはまたしても最悪のものになりました。

 「うう……一体なんの音?」

 ベッドから這い出し、庭へとフラフラ歩いている間も爆音に似た音が鳴っています。

 「あら、あなた。今日は早いわね」

 途中、人んちのキッチンで勝手に朝食を作っている雪女を無視して、
 リビングの方から庭へ出ました。


 「ほほほほ、ウサギちゃん!! そんな攻撃じゃ、かすりもしないわよ!!」

 「ちゃん付けは止めろって言ってるだろ!!」

 「その程度の実力のあなたには、ちゃんが似合ってるわよ、ちゃんが」

 「こんの、化け物ババアがぁっ!!」

 ……庭では、人智を超えた戦いが行われていました。
 時々巻き起こる爆煙と衝撃破が、家を揺らしています。


 「あ、あの〜……二人とも何やってるんですか?」

 「あ、千夏ちゃん。おはよう」

 「お、おはようおばあちゃん……」

 おばあちゃんはウサギさんの攻撃をかわしたりガードしたりしながら返事します。
 本当に何者なんですか、あなたは?


 「ウサギちゃんがね、私に稽古をつけて欲しいって土下座して頼み込むものだから、
  仕方なく付き合ってあげているの」

 「おい!! 俺は土下座した覚えは無いぞ!!」

 「え!? さっき、地面に顔を付けてたじゃない」

 「あれは、あんたが本気でボディーブロー喰らわしたからだろ!!」

 おばあちゃんは、ウサギさんをダウンさせたみたいです……。


 「これならどうだぁ!!」

 「全然駄目ね」

 ウサギさんが放った渾身のパンチを、真正面から受け止めるおばあちゃん。
 おばあちゃんの足元はパンチの衝撃を受けてか、50cmほど凹みます。
 それでも無傷なおばあちゃんですが、もう驚きません。
 たぶん、おばあちゃんは超生命体か何かなんですよ。


 「今までその義体の性能に頼って闘ってきたんでしょう?
  だから、あなたの技は力任せなのよ。全然キレというものがないわ」

 「くそ……」

 なんだかすごいトークが繰り広げられています。
 私には、全然入り込む隙がありません。

 「あなた〜、朝ごはんが出来たわよ〜」

 雪女がそんなこと言ってますし、私はリビングに帰って朝食を取ることにします。


 「ウサギさん、何だかよく分からないけど、頑張ってくださいね」

 「……」

 よほど悔しいのか、唇を噛み締めるだけで返事をしてくれませんでした。
 挫折は、人を大きくするらしいです。
 自分に、負けないでください。頑張れウサギさん。

 


 「はい、今日の朝食はモナカアイスで〜す」

 「っていうか何でウチに居座ってるんですか!?」

 さっきから、あなたの出てくる所だけ雰囲気の温度が違う気がします。
 ……雪女だからですか?


 

 11月1日 「走れメロスごっこ」

 「千夏お姉さま、私と遊びませんか?」

 リーファちゃんがそんなこと言ってきます。

 「別にいいですよ。
  スローイングナイフとか、手榴弾とかが飛んでこない遊びなら」

 いや〜あの時は死にかけたなあ。


 「あれは確実じゃないんでもうやりませんよぉ」

 じゃあなんだ。
 今度のは確実に殺れるんですか?

 

 「『走れメロスごっこ』をやりましょう!!」

 「走れメロス……ってあの?」

 友達を人質にして、妹の結婚式に行って戻ってくるって話ですよね。
 簡単に言うと。

 

 「どういう遊びなの?」

 「人質役の人は、この時限爆弾を身体につけます」

 「ば、爆弾!?」

 「無理矢理外そうとしたら爆発するこの爆弾を、停止させるために、
  隣町に置いてきた鍵を日没までに取ってくる遊びです」

 うわ〜すげえデンジャラス。

 「ちなみに人質役は誰が?」

 「それはもちろん千夏お姉さまが……」

 確かに、確実に私をしとめられますね。


 「丁重にお断りします」

 「そんな!! 人を信じるためのゲームですよ!?」

 「じゃあリーファちゃんが人質役になってくれますか?」

 「……も、もちろんできますとも。
  な、なんて言ったって、千夏お姉さまを信じていますからねっ……!!」

 そう言う割に身体が震えてるんですけど。

 


 「それじゃ行ってきますんで」

 リーファちゃんを救うために隣町まで行く私の所持品は、
 鍵の置いてある場所が表示されるGPSと、連絡用の携帯電話。

 「で、できるだけ早く帰ってきてくださいね!!」

 「はいはい。まあ私を信じて待っててくださいよ」

 「千夏お姉さまを信じて千夏お姉さまを信じて千夏お姉さまを……」

 まるで自分に言い聞かせてるみたいですね。

 


 隣町へと出発して1時間後。
 隣町って、砂漠ありましたっけ?

 まずいです。
 完全に迷ってしまったみたいです。
 GPSの示す通りに歩いてただけなのに……どうやったら外国に、もしくは鳥取砂丘に着けるんですか。

 

 「まずいなぁ……これじゃリーファちゃんの爆死を防ぐことができないかも……」


 もう諦めてしまいましょうか?


 『き〜ら〜き〜ら〜ひ〜か〜る〜♪』

 連絡用の携帯電話から、着信音である『きらきら星』が流れます。
 多分、このままだと本当にお星さまになってしまうリーファちゃんからでしょう。


 「はいもしもし〜」

 『お姉さまお姉さまお姉さま!!
  今どこに居るんですか! 鍵はどうしたんですか!
  一体今まで何してたんですか!!』

 おお〜、見事にテンパってますね。
 自分の命がかかってるんだから当たり前でしょうけど。


 「えっと、今は鳥取に居て、鍵はまだ……」

 『鳥取!? なんで鳥取なんかに居るんですか!?』

 「もしかしたら中国大陸のほうかもしれないけど」

 『はあ!? 全然わけが分かりませんよ!!』

 そう言われても……。


 『とにかく、鍵を早く持ってきてください!!』

 「そうしたいのは山々なんだけど、
  GPSで見る限り、移動してるみたいなんだよね。鍵が」

 『そ、そんな……』

 「鳥がくわえて飛んでるのかもね」

 『……すごい、他人ごとですね』

 まあ他人ごとですし。


 『う……ううぅ……』

 「り、リーファちゃん!? もしかして泣いてるんですか!?」

 『泣いてませんよ!! お姉さまのバカァ!!』

 泣いてるじゃないですか。
 思いっきり。


 「分かりました。すぐに助けてあげますから、そこで待っててください」

 『そんなこと言ったって……鍵、無いんでしょ?』

 「まあ私に任せてくださいよ。日が沈むまでには帰ってきますから」

 『うん……』

 いつになく弱気なリーファちゃんは、どこか新鮮ですね。
 ようやく、本当に妹っぽく感じました。

 

 さきほどの電話から一時間後、日が沈むギリギリの所でなんとか帰宅できました。

 「つ、疲れた……」

 「お姉さま!! 助けに来てくれるって信じてました!!」

 「はいはい、今助けてあげますから」

 「え……でもどうやって!?」

 「自称嫁の雪女さん〜。こっち来て〜」

 「おかえりなさい。お風呂にします? それとも食事?
  もしかして……私?」

 「心底どうでもいいギャグはやらなくていいんです。
  さっさと来てください」

 「ううぅ……冷たい」

 雪女のあなたに言われたくないです。


 「雪女さん。このリーファちゃんについてる爆弾を、カチコチに凍らせてください」

 「……ああ!! その方法があった!!」

 爆弾処理の時は、爆弾を丸ごと液体窒素で凍らせて、
 それから解体すれば、爆発する危険性は無いと聞きました。

 ……まあガセでも、リーファちゃんが吹き飛ぶだけですし。

 

 


 「千夏お姉さま……おかげで助かりました」

 「この恩は一生忘れないでくださいね」

 「それじゃお姉さま、これを」

 「え……?」

 リーファちゃんが手渡してきたのは、先ほど外した爆弾。

 「り、リーファちゃん?」

 「攻守交替です」

 「……で、でも」

 「私のこと、信じてもらえますよね?
  あれだけ、私のこと心配させといて、ねぇ?」

 

 「……私、太宰治ってあまり好きじゃないんですよね」

 「逃げるなよ!!」

 走れ、地の彼方まで。


 

 11月2日 火曜日 「肩こり」

 『ボキッ』 『ミシッ』 『メキョッ』

 これらの音が、私の体から鳴り響きます。
 ……オイルでもさした方がいいんですかね?

 

 「あら、あなた。肩こりなの?」

 傍にいた雪女がそんなこといいます。

 「肩こりっていうか、金属疲労って感じですけど」

 「私がマッサージしてあげましょうか?」

 「え……でも肩こりは冷やしちゃいけないって言うし……」

 「まあまあ、私たちの仲なんだから遠慮しないで」

 遠慮なんかじゃなくて、ただ単に私の身体を心配してのことなんですけど。


 「うわっ! 冷たっ!! 雪女の手ぇ冷たっ!!」

 「そんな大げさな」

 「な、なんていうか、生命力が奪われていく冷たさなんですけど……」

 「気のせいですってば」

 

 その後、30分ほど雪女のマッサージを受けましたが、
 体が軽くなるどころか、余計に調子が悪くなってしまいました。

 悪意が無いぶんリーファちゃんよりやっかいです。

 


 「千夏ちゃん? どうかしたの?」

 「お、おばあちゃん……。実は、酷い肩こりで……。
  ついでに身体も冷えてまして」

 「それならこのおばあちゃんに任せなさい。
  おばあちゃんの知恵袋で一発完治よ」

 おばあちゃんに知恵袋なんてあったんですか?
 放射能袋とかならありそうでしたけど。


 「とりあえず、この名も知らぬ薬草を煎じたお茶を飲んでみて」

 「名も知らぬって……大丈夫なんですか?」

 「……大丈夫よ。私を信じて」

 『……』の間が気になるんですけど。


 「いただきます……うえ、まず」

 「良薬は口に苦しっていうじゃない。
  いい薬って証拠よ」

 一般的に、人間の舌は毒物を苦く感じるですけど……。

 

 「どう? 身体が温まってきて、汗をかいてきたでしょ?」

 「なんていうか、この汗はイヤな汗な気がします」


 「さあ、次は肩こりね」

 おばあちゃんが私を押し倒します。
 これは、マウントポジションというやつではないでしょうか?


 「おばあちゃん!! ギブアップ!!」

 「まだ何もしてないわよ?」

 「いや、なんとなくこれから起こるであろうことが想像できるので、
  先にギブアップしておこうかと……」

 「もう千夏ちゃんったら。心配しなくても大丈夫よ。
  なんていったって私、オーストラリアでは名の知れたマッサージ師だったんだから」

 おばあちゃんの謎の経歴が一つ明らかになったところで、
 私の肩に手が置かれます。
 本気になれば、熊を素手で殺せるであろう手が、
 私の激痛ポイントに触れていると考えただけで、寒気がしてきます。


 「お、おばあちゃん……ちなみにさ、どんな種類のマッサージなの?」

 最近はいろいろな種類のマッサージがあると聞きますし……。


 「握力で、無理矢理やわらかくするマッサージ」

 「お、おばあちゃん!! ギブアッ……ぎにゃ〜!!!!」

 

 おばあちゃんのおかげで、確かに肩のこりがなくなりました。

 肩に、新しい関節が出来ましたけど。


 

 11月3日 水曜日 「おばあちゃんと買い物」


 いつも通りボーっとテレビを見ていたら、おばあちゃんが話かけてきました。

 「千夏ちゃん、私と買い物に行かない?
  おばあちゃんらしく、いろいろ買ってあげるわよ?」

 「本当ですか!?
  是非行きたいです!!」

 子どもらしく、素直に物に釣られてしまいました。

 


 「千夏ちゃんは何か欲しい物とかある?」

 「う〜ん……マンションとか」

 「マンションはデパートには売って無いわねえ」

 売ってたら買ってくれたんですか?

 さて、私とおばあちゃんは近くのデパートに来たわけですが、
 よくよく考えてみると、ものすごく欲しい物があるわけでも無かったので、何を買ってもらうか迷ってしまいました。
 だから、さっきみたいなボケをかましたのです。
 本気じゃなかったんですよ。一応、言っときますけど。

 

 「それじゃあ千夏ちゃん服でも見に行きましょうか?
  可愛い服、見立ててあげるわよ」

 「本当ですか!?」

 服なんて、滅多に買ってもらったことないんで、
 とてもうれしいです。

 


 「千夏ちゃん、どうこれ? 試着してみない?」

 「あの〜……おばあちゃん、一つ聞いてもいいですか?」

 「ん? どうかした?」

 「その服、何ですか?」

 「巫女服です」

 「世代の差なんていう次元じゃないズレっぷりですよ!?」

 っていうか何でデパートにこんな物が置いてあるんですか。


 「可愛いじゃないの」

 「そういう問題じゃないんですってば!!」

 お母さんはやけにメイド服をプッシュしてたけど、おばあちゃんの場合は巫女服なんですか。
 血は争えないのですね……。


 「とにかく、そういうのは嫌です」

 「最近の子の感性は分からないわ……」

 多分、おばあちゃんと同年代の人でも分かりあえないと思いますよ。

 

 「じゃあこれなんて……」

 「何? これは……?」

 「防弾チョッキ」

 「ここは日本ですよ!?」

 どれだけ危険な所に住んでいると……いや、確かに私の身の回りには危険がいっぱいですが。

 「よく似合うと思ったのに」

 「防弾チョッキが似合っても嬉しくありません」


 「店員さんは巫女服と防弾チョッキ、どっちがいいと思う?」

 ちょっと、その二択で決定なんですか?


 「そうですねぇ……二つとも組み合わせてみたらいかがですか?」

 防弾チョッキを着込んだ巫女さんって何なんだよ。

 「じゃあ二つともください」

 「おばあちゃんー!?」


 買ってもらって何ですが、着る機会は無いと思います。

 

 

 11月4日 木曜日 「新聞販売員との戦い」

 

 「新聞、要りませんか?」

 「要りませんねぇ」

 「今なら洗剤つけますし」

 「前々から思ってたんですが、新聞と洗剤に何の関係があるんですか?
  スポンサー関係?」

 「今ならゴルフクラブもつけます」

 「ますます関係が分からなくなってきましたね……」

 「新聞を読んでいたほうが、就職等に有利ですよ?」

 「小学生にその売り文句はどうかと……」

 「博学になればみんなから尊敬されます」

 「新聞に載っていることっていうのは、所詮一般常識どまりだと思うんですけど」

 「新聞読めば、頭が良くなります」

 「知識があれば頭いいなんて、そんな安直な」

 「要りませんか?」

 「要りませんねぇ」

 「荷物を送る時に、ダンボールに詰めて衝撃吸収剤として使えます」

 「もはや新聞紙としての機能を売るのは諦めたんですか」

 「焼き芋を焼く時の燃料にも……」

 「あ〜、秋ですものねぇ」

 「そうそう、秋ですからね。だから焼き芋を焼くためにも……」

 「ただ、こんな住宅街の庭で焼き芋を焼くなんて、非常識極まりないんですけどね。
  飛び火したらどうするんだっていう」

 「そんなこと気にしなくても……」

 「社会に深く関わる新聞を売ってる人間が、言うセリフですかね」

 「ダメですよね、やっぱり」

 「ダメです」

 「要りませんか? 新聞」

 「要りませんねぇ」

 「今ならビール券もつけますし」

 「さっきから思ってたんですけれど、せめて小学生が興味を持つものを持ってきてくださいよ」

 「1年なんて言いませんから、せめて3ヶ月だけ」

 「その売り文句よく聞きますけど、こちらとしては0ヶ月から3ヶ月に増えてるだけなんですよね。
  減ってるのお前視点じゃねぇかよってことで」

 「私も生活がかかっているんです」

 「あなた以上に、新聞を取ることは私たちの生活がかかってるんですよ」

 「子どもがお腹をすかせて……」

 「私んちは、駄目母親と超人おばあちゃんとイージス艦並みの戦力なウサギさんと
  暗殺者な妹と絶対零度押しかけ女房と存在感虚無女神がお腹空かせてるんですよ」

 「……」

 「……」

 「……ごめんなさい」

 勝ちました。
 ……何故か虚しいですけど。


 

 11月5日 金曜日 「カレーが入ってそうなアレ」


 「ゲホゲホッ、うう……埃っぽい」

 私が今いるのは家の物置です。
 これから来るであろう本格的な寒さに備えて、
 石油ストーブを引っ張り出そうとしてるのです。


 「う〜ん……いろいろ訳の分からない物があふれていて、
  ストーブが見あたらないです」


 全然整理されていないその光景は、
 お母さんの性格をよく表していると思いますね。

 

 「ん? なんですかこれ?」

 私が見つけたのは、よくレストランなんかでカレーが入ってそうなランプみたいなアレ。
 ……お母さんがどっかの店からちょろまかしたのでしょうか?


 「うわぁ……すごい汚い」

 汚れた表面をそばにあった雑巾で拭くと、突然謎の煙が吹き出しました。


 「え!? な、何これ!?」

 「じゃ〜ん!! どうも、カレーのアレに住んでる魔人っす」

 やけに口調が軽い魔人ですね。
 っていうか住み込んでるくせに、カレーのアレの正式名称を知らないんですか。


 「三つだけ、あなたの願いを何でも叶えてあげるっす」

 今までの経験からいうと、この類は決していい方向へと向いていかない気がします。

 

 「あれ? 嬉しそうじゃないっすね?」

 「まあいろいろあるんですよ」

 とりあえず願い事を叶えてくれるっていうんだから、
 遠慮せずに自分の欲望を吐き出したいと思います。


 「一生遊んで暮らせるだけのお金が欲しいです」

 「現代っ子らしいっすね」

 今の子どもなら、ブランド物のバッグとか頼むんじゃないですか?
 残念ながら、私は興味ありませんけど。
 興味持てるほど、ウチには余裕ないですし。

 

 「よし、それじゃあ……ビビンバー!!」

 いきなりなんですか?
 っていうかそれ呪文?

 

 「はいどうぞ。一生遊べるカネです」

 「わあ素敵。この洗練されたフォルムと、機能性を重視した造り、
  青銅の持つ重厚さがたまらないわぁ。
  そして何よりこの音色が……ってこれはお寺の鐘じゃないですか!!!!」

 「すごいノリツッコミっすね」

 ほっといてください。
 しかしまあベタな間違いしやがって……。

 

 「二つ目の願いは何にするっすか?」

 「え!? さっきのもカウントされるんですか!?
  あれはリコールでしょ!!」

 「そういう規則なんで」

 存在自体がルール違反のくせに……。


 「さあ、早く二つ目の願いを」

 「えっとそれじゃあ……私の家を素敵な家に造り変えてください」

 つぎはぎと地雷だらけな家はもうこりごりなんで。


 「どんな家がお好みですか?」

 わざわざ家の好みまで聞いてくるなんて、かゆい所にまで手が届く魔人ですね。
 その気の利く心は、何故先ほどは働かなかったのですか?


 「プール付きの洋風大豪邸って感じでお願いします」

 「すごい家の発想力が貧弱で助かります」

 仕方ないじゃないですか。
 大豪邸なんて見たことないんですもん。

 

 「それじゃあ……チゲチゲ、チゲ鍋ー!!」

 だから、その奇妙な雄叫びは何なんですか?

 

 変な呪文ですが、眩しい光と共に、
 文字どおりの大豪邸が私の前に現れました。

 「わあすごい!!
  今度はちゃんと大豪邸の形してるじゃないですか!!」

 「そうでしょう?
  なんていったってこの大豪邸を建てるには、20億円ぐらい必要なんですからね」

 「あれ? でもプールが見あたらないんですけど?」

 「家の中に入ってみれば分かりますよ」

 家の中にプールがあるってことなんでしょうか?


 「……っていうか、なんだか家の中ボロくないですか?」

 壁が剥がれてたり、ひびが入ってたり……。
 私んちの方がまだマシですよ。これじゃ。


 「本当に20億円も使ってあるんですか?」

 「手抜き工事ですので」

 「手抜き工事!?
  なんでそんなこと!?」

 「安く仕上げて、余ったお金を別の用途に……」

 「プールっていうか、それはプール金でしょ!?」

 外務省か、お前は。

 

 「さあ、三つ目の願いを……」

 「どうか、お国に帰ってください」

 結果的にマイナスになる願いはいりません。

 

 

 11月6日 土曜日 「うさんくさが香る黒服」

 「コンビニとか自動販売機で売られているお茶が、なぜ家で入れるお茶より美味しいか知ってますか?」

 「知りません。っていうか、黒服。私、二度寝したいんですけど部屋行っていいですか?」

 「それは香料を入れて、つまり香りを人工的に付加してあるので、美味しく感じているんだそうです」

 「二度寝……」

 「この事実は、味覚というものが舌だけでなく、嗅覚からも情報を得ているということを表しています」

 「ねえ……」

 「そういうことで、私はこんなものを発明しました。
  ふりかけ感覚で料理に匂いを付加できる、『香りかけ』です!!」

 徹底的に私の意志は無視するつもりなんですね。
 それにしても『香りかけ』って、いまいちちゃんと香れてないみたいですね。


 「さあ、これがその香りかけをかけたご飯です。
  きっと普通のご飯より美味しいはずですよ」

 「はあ……それじゃいただきます」

 何個か並んだ白いご飯の中から、適当なものを選んで口に入れます。

 「あむ…………っぶふぅっ!! なんですかこの香り!?」

 「スギの香りです」

 「そういうのはお風呂の入浴剤だけにしてくださいよ!!」

 「和の心を大切にしました」

 「こんな香りのするご飯を食べると、心が荒みますよ」

 


 「さあ、次のご飯を食べてみてください。
  今度は自信作です」

 「……食べる前に聞いておきますけど、何の香りなんですか?」

 「プリンの香り……」

 「白いご飯には、全然合わない気がします!!」

 「美味しいじゃないですか。プリン」

 「甘い香りのするご飯なんて、主食として食べたくないですよ」

 っていうか、なんでこんな訳の分からない香りばっかりチョイスするんですか?
 普通に『松茸の香り』とかそういうものにすれば、美味しそうに食べられるはずなのに。

 

 「はい、これは絶対にいけますって」

 「本当ですか……?」

 「本当本当。黒服、嘘吐かない」

 「その言葉自体が嘘でしょう」

 今まで散々酷い目にあってますからね。


 「いただきま〜す。あむ……ぶっ!! 何ですかこれ!?」

 「駄目ですか?」

 「全然駄目です!! こんな香りじゃ食欲なんて湧いてこない……」

 「松茸の、匂いなんですけど」

 「……」


 ……
 ………
 …………


 「お、美味しいですね。このご飯」

 「日本人は、嗅覚以上にブランドが味を良くするみたいですね」


 か、返す言葉もありません……。

 


 




過去の日記