1月30日 日曜日 「悪の秘密結社 最後の日」

 ウサギさんとおばあちゃんという我が家の主砲に囲まれた悪の首領。
 絶体絶命とはこのことですね。
 ……なんだか私たちが悪役みたいで嫌ですけど。


 「さあ悪の首領!! 今まで起こしてきた数々の悪行!! 全てお見通しだ!!」

 「お、お母さん。なんだか時代劇みたいになってる」

 「悪行って……お前たち一家にちょっかい出してた以外には何もしてないんだけど……」

 「え? マジですか!?」

 何て被害の小さくて、そしてすごい迷惑な秘密結社なんですか。


 「そ、そうなの……?
  え〜っと、んじゃ死刑」

 「重ッ!? ウチにちょっかい出した罪が重っ!!」

 まあ許してやろうとも思いませんけどね。

 

 「く……っ、俺はまだ野望を達成したわけじゃないんだ!!
  どこぞの一般家庭のせいで殺されてたまるかぁ!!」

 悪の首領がその身に纏っていたローブを取り去りました。
 ローブの下から出てきたのは筋肉質な人間の体。
 動物の姿を模していた怪人たちの頂点に立つのは、人間であるということなのでしょうか?


 「ちっ……大人しくしてればいいものをっ」

 ウサギさんが悪の首領を取り押さえようとします。

 「待ちなさいウサギちゃん。
  私がやるわ」

 突然横からウサギさんを制してくるおばあちゃん。
 その眼差しは今まで見たことが無いほど真剣です。

 「このままじゃ、私この1週間全然闘っていないことになるじゃない」

 真剣でそれなんですか。

 

 「お前か。お前たち一家の中で最強と呼ばれている者は」

 「そうです、最強です。ムロ最強」

 ムロって何? どこ方言?


 「悪の秘密結社最強の私にとって、相手にとって不足はない!!」

 「私もそろそろ本気出したかったし、いい運動になるわ」

 「ほざいてろ!!」

 突然悪の首領がおばあちゃんの元へ殴りかかります。

 「ふん!!」

 そのパンチを真正面から受け止めるおばあちゃん。
 受け止めたときの衝撃で、おばあちゃんの足元にひびが入り、地面がめくれ上がります。


 「うわっ、痛い!! なんていうか、手ぇ痛い♪」

 なんで痛いのに嬉しげなんですか。
 ……M?


 「ふふふ、久しぶりね。痛みを感じる程の衝撃なんて。
  あなた、本当に強いみたいね」

 「おーい。俺とのスパーリングの時は?」

 「ウサギちゃんのパンチなんて、猫パンチにも劣ってたわ」

 ウサギなのに猫パンチとはこれいかに。


 「ちっ……受け切っただと!?」

 「今度はこっちから行くわよ!!
  パワーバランス崩壊パーンチ!!」

 意気揚々と放ったおばあちゃんのパンチは、見事悪の首領のボディを捉えます。


 「腹筋シールド!!」

 「すごい!! 死ぬほどバカっぽい防御手段だ!!」

 「ふん!!」

 「ええ!? おばあちゃんのパンチを跳ね返した!?」

 すごいよ腹筋シールド。


 「すごいわ!! その技、是非会得したい!!」

 「や、止めといたほうがいいと思いますよおばあちゃん……」

 「でも困ったわね。これじゃあ攻撃が効かないも同然だわ……」

 顔、狙えばいいんじゃないですかね?


 「ふふふふ……最強と呼ばれたお前であっても、私を殺すことなどできん!!
  お前を倒し、私がこの世界の覇者となる!!」

 「あら、私がただ殴るだけしか能の無い人間だと思わないでいただきたいものね。
  久しぶりだけど、使わせてもらうわ。
  私の必殺技『オメガティックブラスト』を……」

 「え!? こんな時にカレー!?」

 「か、カレー……?
  何のことを言ってるの千夏ちゃん?」

 「え……だってお母さんがオメガティックブラストというカレーをテレビ局の人間に……」

 「アレは私がお母さんの武術を、料理に置き換えただけのものよ」

 どうやったら武術を料理に置き換えられるんですか?

 

 「ふん、オメガティックブラスなんとかなど、私に効くと思っているのか!!」

 惜しい。後は『ト』だけ言えればいいだけなのに。


 「効くか効かないかは、喰らってみれば分かるわよ!!」

 おばあちゃんが自らの両拳を合わせ、目を閉じます。

 「空舞破天流『裏』奥義……オメガティック・ブラスト!!」

 おばあちゃんの両手から迸る光の筋。まるで雷のように、眩い光があたりを照らします。
 全然、武術じゃないですね。


 「く、空舞破天流だと!?
  お、お前は一体!?」

 「細かいことはどうでもいいわ!!
  とっとと、昇天しちゃいなさい!!」

 おばあちゃんはその光輝く拳を、悪の首領にぶつけました。
 激しい爆発音と光が周囲を支配し、視覚と聴覚が一瞬機能を停止します。


 「きゃああぁぁ!!」

 次に襲ってきた衝撃波に、吹き飛ばされてしまいました。
 そんな私をウサギさんは抱きかかえて助けてくれました。

 「千夏っ!! 大丈夫か!?」

 「な、なんとか大丈夫です!!
  ……おばあちゃんは!?」


 おばあちゃんが居たほうを見ると、そこには隕石が落ちてきたのではないかと思うぐらいのクレーターが。
 本当に、武術じゃないですね。


 「やっほー、千夏ちゃん。
  大丈夫?」

 「おばあちゃん!! 無事なんですか!?」

 「ええ。久しぶりだったから、仕留められなかったけどね」

 「え!?」

 おばあちゃんの足元を見てみると、そこには悪の首領が。
 蒸発しちゃったかと思いましたが、かろうじて生きてるみたいです。


 「くっ……お前は、お前のその身体は……『最強の義体』……っ!?」

 『最強の義体』?

 「うっせ。黙れ、うっせ」

 「イタイイタイイタイ!!」

 ぐりぐりと悪の首領を踏みつけるおばあちゃん。
 それは流石に酷いです。


 「なっ、なぜお前が……っ。
  『星の民』から唯一人間に与えられた義体を持つお前がっ!!
  何故空舞破天流を……!?」

 「便利そうだったから」

 確かに全ての店を免税店に出来る奥義とかは便利そうですけど……。

 「あの武術が……なんなのか分かっているのか!?」

 「知ってるわよ。
  空を舞い、天を破る流派。つまり、神殺しの秘拳でしょ?」

 「ほ、星の民の使いであるはずのお前が……何故そんなものを?
  これは、神への裏切りではないのか!?」

 「何故って、決まってるじゃない」

 おばあちゃんが、それはもう本当に鋭い視線を悪の首領に向けています。

 「私の愛する夫にいらぬことを吹き込んで、暁だかなんだか知らない器を渡した、くそったれ星の民をぶっ殺す。
  私は、そのためだけに生きてきたんだ。
  禁忌とされている神殺しの秘拳だって、喜んで学ぶさ」

 「ふふふ……ふはははは!!!!
  そうか!! そういうことか!!
  すごい!! お前はすごいよ!!」

 「うっさいっての。じゃ、おやすみ」

 ゴス。と嫌な音が悪の首領の頭あたりから生まれます。


 「こ、殺したんですか!?」

 「いいえ、廃人にしただけよ」

 それもどうなのか。

 「さて、とにかくこれで一見落着よ!!」

 ま、まあ確かにいろいろありましたけど、
 これで悪の組織は壊滅しました。
 明日から、いつの生活に戻れるんですね!!

 「いつのも、生活に……」

 

 ……そ、それもどうかなぁ?


 

 1月31日 月曜日 「ロボットアニメ的乗り換え」


 「……あれ? 何してるんですか黒服?」

 「見て分かるだろ? トランプタワー作ってるんだよ」

 「……なんで?」

 「トランプタワーを作るという行為は、集中力を高めるのにもってこいで……」

 「いや、だからなんで集中力を……?」

 「例えばさ、すっごい大事な試験があるとするだろ。
  そしたら、絶対に失敗できないそれに備えて、心の準備が必要になるわけさ」

 「黒服は何か試験受けるんですか?」

 「え〜っと、うん。受ける受ける」

 「おい。今ちょっと嘘ついちゃったから、もうこのまま通しちゃえや。
  って考えて行動しただろ?」

 「違うの!! 本当に受けるの!!」

 「い、いや……そんなに必死にならなくても……」

 「千夏のばかちん!! ばかちなちん!!」

 「おい、いい加減にしなさい。そろそろ怒りますよ?」

 っていうか今日はキャラが安定していませんね。

 

 「さて、トランプで六本木ヒルズも出来たことだし、そろそろやるかな……」

 タワー作ってたんじゃなかったんですか。
 東京名所であることに違いは無いですが。


 「何やる気なんですか?」

 「ドリルって好き?」

 「今まで生きてきて、そんな質問初めてされました」

 「もしかしてドリルよりスコップ派?」

 「穴を掘ることにそんなにこだわり持っていませんよ」

 「じゃあドリルがいい?」

 「……さっきから話の流れが全然理解できないんですけど?」

 「だから、腕につけるパーツのこと」

 「そっかぁ、腕にドリルは、ロボットの特権ですもの……ってアホですか!?」

 「え? やっぱりスコップ?」

 違う。そんなことを言いたいんじゃありません。

 

 「っていうかさ、なんで急に機能増強しようとするんですか」

 「ほら、そろそろ新しい装備をつけてパワーアップしないと、中盤って感じしないでしょ」

 「何の意味で中盤なんですか」

 「それとも新しい機体に乗り換える派?」

 「乗り換えるってどういう意味ですか!? 身体、捨てろってか!?」

 「今ならお安くしときますよ。新しい身体」

 「誰がそんなこと…………って」

 ……ちょっと待ってくださいよ。
 もしかしたら、性的愛玩用ロボットから卒業ですか!?


 「換えたい!! 乗り換えたい!!」

 「おっ、妙に気合入ってるな」

 「乗り換える!! 何がなんでも乗り換える!!
  っていうか、早くやれ!! やれ!!」

 「ああ分かった……ってイタッ。イタッ。やめろ!! 小突くな!!」

 ちんたらやってるから悪いんですよ。


 「さて、新しい千夏の身体ですが……」

 「わ〜い!! はやく見せてください〜!!」

 「魔導学と錬金術によって生まれた基礎フレーム!!
  最強のエネルギーと言われる反物質を使用する、超次反応炉!!
  人工筋肉として使用している、伸縮性と強靭さに長ける、わずか0.3ミクロンの細さの合金ワイヤー!!
  そして身体を包む皮膚には、ありとあらゆるセンサーから身を隠すステルス機能付きの……」

 「何となく凄そうなのは分かりましたから、さっさと見せてください」

 「……分かったよ。
  まあこれほどまでに高性能な機体なんですが、すこしばかり欠点があって……」

 「欠点!? 不良品を売りつける気だったんですか!!
  この三菱!!」

 「さりげなくやばい事を口にするな。
  まあ見てもらえば分かると思うんだけど……」

 黒服が、おもむろに義体にかけられている布を取ります。


 「構造上、どうしてもこういう姿になってしまうんだ……」

 布の下から出てきたのは、どう少なく見ても3メートルはあるかというような巨人。

 


 「……乗り換える?」

 「えっと、クーリングオフで」

 


 

 2月1日 火曜日 「陶芸教室」


 「はい、今日はろくろで花瓶を作りましょう」

 60代らしき女性が、10名ちかくいる生徒たちにそう言います。
 ちなみに私もその10名ちかくいる生徒たちの1人です。


 「はあ……なんでこの歳で陶芸なんか……」

 こういったことは年齢が星条旗の星の数に近い人たちがやるもんだと思ってたんですけど?


 「楽しみね千夏!
  花瓶よ? カビンなのよ? たはー!!」

 たはーってなんですか。たはーって。


 「っていうかお母さぁん……なんでお母さんが行きたいって言ってた陶芸教室に、
  私が付き合わなきゃいけないんですかぁ……」

 「あれじゃん!! 新入生は、ドキドキしちゃうもんじゃん。
  期待と不安で脳髄が破裂しそうじゃん!!
  だから、千夏が一緒に居てくれれば心強いなぁって……」

 脳髄破裂させんなよ。


 「子供じゃないんだから、一人でどうにかしてくださいよ……」

 「若いし!! 母さんすごい若いし!!
  精神年齢12歳だし!!」

 「それは恥じろよ!! なに誇らしげにしてんですか!!」

 

 

 「きゃー見て見て!!
  ろくろ回ってるよ!! まるでこの世の移り変わりのようにぐるぐる回ってるよ!!」

 「落ち着いてよお母さん……。
  あと、そんなに上手いこと言ってないんで、自慢気な顔はやめてください」

 しかしやけにハイテンションですね……。


 「お母さんってさ、そんなに焼き物好きなの?」

 「大好きよ。サンマの蒲焼きぐらい好き!!」

 「お母さんランクの中でのサンマの位置を知らないので、
  なんともコメントできません。
  あと、焼き物ってことで蒲焼きとかけたのかも知れませんが、
  まったくもって上手くないですからね?」

 「やっぱり焼き物っていいわよね。
  土と触れ合うっていうか、戯れるっていうか、惹かれあうっていうか」

 「再婚相手にはしないでくださいね。
  いくら土に惹かれたって」

 「さあ!! 張り切って花瓶つくっちゃいましょう!!」

 「はぁ……そうですね」

 こういう機会もあまり無いですし、土いじりを楽しむことにします。

 

 

 ……1時間後、慣れないろくろを使いながらも、ようやく花瓶を作り上げました。

 「ふう……こんなもんですかね。
  お母さんは出来ました?」

 「……」

 「お母さん? 出来ましたかって……うわっ」

 お母さんのろくろの上にあるのは、凸凹になってる土くれ。
 みっともないったらありゃしないです。


 「お、お母さん……その」

 「まあこの歳になって、土遊びしてる場合じゃないものね。どーん」

 どーん。と言いながら、土くれを地面に投げ捨てるお母さん。
 そのおかげでもはや花瓶の形をなしていません。

 「お母さん……不器用すぎですよ」

 こんな人の子どもだと思うと、少し凹みます。

 

 

 2月2日 水曜日 「塩辛い塩」


 「ぶっはあぁ!!??」

 朝食時、口の中に存在していた味噌汁を吐き出すという史上稀に見る始まり方をした今日の日記。
 こんな始まり方をする時がくるだなんて、世の中どうなるか分かったもんじゃないですね。

 

 「かっらぁ!? なんだか今日の味噌汁、辛い!!」

 おそらく今回の事件の責任者であろうお母さんを睨みます。

 「私じゃないわよ。最近ご飯は全部雪女さんに作らせてるし」

 主婦としてどうなんですか。それは。


 「雪女さん!! いったい何なんですかこの味噌汁は!?
  あれですか!? 私を腎臓の病気で殺す気なんですか!?」

 「そ、そんなわけ無いじゃないですか!!」

 「でもこれは致死量の塩辛さですよ!!
  ちょっと入れすぎちゃった、てへ。なんていうレベルじゃありません!!」

 「お、おかしいですね……ちゃんと隠し味程度に入れただけなのに……」

 「雪女さんの隠し味ってのはあれですか!! チェーンソーを背中に隠しているジェイソンですか!!」

 「そ、それは武器を隠しているけど、ジェイソンっていう時点でもう危ないじゃないかよ、
  という例えですね!?」

 「なんか説明くさいぞ」

 ナイス突っ込みですウサギさん。


 「しかし、本当に今日の料理は塩辛いな……」

 「そうですよねウサギさん……。口内炎がある人には、劇物ものですよね」

 「死ぬ!! 私、死んじゃう!!」

 「おばあちゃん!?」

 世界最強らしい義体のあなたが、口内炎で死ぬな。
 というか機械の身体のくせに口内炎なんて出来るな。


 「日本人はっ!! 塩分を取りすぎだと思います!!」

 「どうした黒服。塩の結晶でも脳の血管に詰まらせたか?」

 「という訳で、普通の塩より塩辛い塩を開発いたしました」

 「あんたかよ!! このテロの原因は!!」

 「これで塩の使用量が減るので、健康になると思います。
  健康ブームに乗って大ブーム間違いなし」

 「まあ塩分の取りすぎは確かにいけないことだと思いますけど……。
  でもこれは一歩間違えたら人を殺しかねない物質ですよ」

 「ちなみにこの塩を作るのに、塩の10倍の砂糖使用します」

 「どういう原理かしらないけど、なんだかそれって余計に身体に悪くない!?」

 「でもあれよね。塩の消費量が減るなら家計も助かるわよね」

 「お母さん……ものごっつプラス思考ですね」

 「塩辛い塩の派生として、甘ったるいモナカを発明しました」

 「サクサクとした食感と薄い味が売りのモナカに甘ったるさを付け加えるなんて、
  酷い侮辱ですよ!!」

 モナカ好きな私には耐え切れません。


 「ついでに生暖かい雪見だいふくも作りました」

 「酷い!! それは酷すぎですよ黒服さん!!」

 雪女さんが怒ります。
 私は雪見だいふくはどうでもいいのでほっておきます。


 「トロトロした人参も作りました」

 「……」

 ウサギさんが睨んでます。
 やっぱりウサギさんは兎なだけあって人参が好きだったんですね。


 「パリパリしたヒキモッコロも作りました」

 「ヒキモッコロってなんですか!? 初めて聞きましたよ!!」

 「酷いわ黒服さん!! それじゃあヒキモッコロの良さが全て台無しよ!!」

 どうやらおばあちゃんの好きな物だったらしいですヒキモッコロ。
 っていうかなんだよヒキモッコロ。

 

 「……けっこう良い位だと思いますけど。このお味噌汁」

 「り、リーファちゃん!?」

 それじゃあ私を暗殺する前に病気で死んでしまいますよ?


 「ポップコーン味のコロッケも作りました」

 「もはやなんだかよく分かりませんよ!!」

 っていうか器用すぎでしょ。黒服。

 

 

 2月3日 木曜日 「節分」


 節分。それは、鬼と人の戦いの歴史。

 

 「いて。お母さん痛いって」

 「鬼はー外!!」

 「いや、だから、痛いんですけど?」

 「福はー内!!」

 「いたたた……福は内なら、普通当てないでしょ? パラパラと撒いてるだけにしてくださいよ」

 「鬼はー外!!」

 「……」

 「福はー内!!」

 「……」

 「鬼はー」

 「お母さん!! いい加減にして!!」

 「うわっ鬼が出た!!」

 「お母さんのせいで召喚されたんですよ!!
  子どもみたいなうざったいことやめてください!!」

 「鬼を払う時ぐらいは純粋な気持ちにならなくちゃ」

 「なれないよ!! そんなことされたら心に黒い染みが生まれるだけですよ!!」

 「あー大豆が美味い美味い」

 「こら、私にも食べさせてくださいよ」

 「にしてもあれよね。きっと豆まきって、昔のバレンタインデーみたいなイベントだったのよね」

 「別に大豆の売り上げをあげようなんて思って始めたわけじゃないと思いますよ?」

 「気になる子に豆をぶつけてたのね……」

 「なんか混ざってる。それにそんなことしたら険悪になるだけですよ」

 「豆で芽生える愛」

 「豆だけにね。
  こういうの最近多いですね。笑点でも見てるんですか?」

 「千夏は豆をぶつけたい相手とかいる?」

 「えっと、それは気に入らない奴ってこと?
  それとも気になってる人ってこと?」

 「鬼っぽい人のこと」

 「いないよ!! 鬼っぽい人なんて私の知り合いにいないよ!!」

 「じゃあ赤鬼っぽい人は?」

 「いない。色で鬼を分けられてもそんな人いない」

 「青は?」

 「もちろんいない」

 「黄は?」

 「存在しない。そんな色がどぎつい鬼なんて存在しないから」

 「じゃあやっぱり千夏に豆を投げるしかないわね」

 「嫌な消去法で人に豆投げないでください」

 「鬼はー外!!」

 「痛いってば」

 「福はー内!!」

 「はぁ……なんでこんな人が私の親……」

 「鬼はー……」


 「春歌ちゃん!! 食べ物を粗末にしちゃ駄目でしょ!!」

 「あ、お母さん。え〜い、鬼はー外〜!!」

 「おばあちゃんに向かってなんて命知らずな……」

 「……春歌ちゃん?」

 『パンッ!!』


 「がはぁ!?」

 「お、お母さん!?」

 「ただの豆鉄砲です。心配しないで千夏ちゃん」

 「血が出るものなの!? 豆鉄砲って血が出るものなの!?」

 「お、お母さん……お母さんの気持ち、受け取ったわ……がふっ」


 お母さん。別にその豆は愛がこもっているわけじゃないですからね?

 

 

 2月4日 金曜日 「特典というもの」


 今日、気になっていたゲームを買ったら、初回特典とか言うものが望んでもいないのに付いてきました。
 初回特典という言葉を聞くといつも思うのですが、もしこのゲームが初回しか生産されないような品なら、
 特典版が通常版になってしまうということがありえるのでしょうか?
 まあそんなどうでもいいことは置いといて、ゲームについてきたポストの処分をどうするか考えることにします。

 っていうかなんでポストだよ。

 

 家に帰ると誰が購入したのか知りませんが、真新しいソファーが届いていました。
 ソファーの初回特典として、座椅子が付いてきました。

 ソファーに特典って。しかもソファー買ったのに座椅子って。


 そのことをソファーを運んできた店員に告げると、
 「革製のソファーの、座るときに擦れてなるブリュブリュという音が気に鳴ったら座椅子座ればいいじゃないですか!!
  座っちゃえばいいじゃないですか!! っていうかそんなこと言うなら座るなよ!?
  ブリュブリュが嫌になっても、絶対に座るなよ!!」
 と逆切れしました。
 とりあえずくるぶしを蹴っておきました。

 

 その後、お母さんが家に帰ってきました。
 スーパーで夕飯の材料を買ってきたらしいです。そして、豚肉の特典として別荘を貰ったそうです。
 ありえないですね。はい。

 お母さんにそのことを突っ込んだら、タダでもらえる物なんだし別にいいじゃない、といつもの能天気さを発揮しました。
 この別荘の床にはまるで血が滴ったような染みがあるけど、別に数ヶ月前に殺人事件の現場になったわけではないので気にしなくていいそうです。
 天井から荒縄が下がっていて、まるで前住んでいた人が自殺した後のようですけど、まったく気にしなくていいそうです。
 夜になると虫たちのさえずりの他に、子どものうめき声のようなものが聞こえるそうですけど、別荘近辺で伝説になっている神隠しとはまったくもって全然関係ないらしいので、次の休みに遊びに行くそうです。
 楽しみですね。


 おばあちゃんに媚を売っておくため、お風呂に入っていたおばあちゃんの背中を流しました。
 そうしたらおばあちゃんが特典をくれました。
 もはや、特典としての意味が分かりません。

 何をくれるのかとわくわくしていたら、手渡されたのは馬用の鞭。アブノーマルっすね。
 えっと、おばあちゃんは私をどういう子にしたいのでしょうか?
 素直な疑問をおばあちゃんにぶつけてみると、鞭を打った馬のように、必死になってこの世で生きて欲しいという願いをこめたんだそうです。
 上手いですけど、もうちょっとノーマルなアイテムで例えて欲しかったです。

 


 ……っていうか、日記書き始めて36週目にして、ようやく本当の日記らしい文体になったことに驚きです。


 

 2月5日 土曜日 「痛いこと自慢大会」


 『さあ今日も始まりました。痛いこと自慢大会。
  構造改革や年金問題など、世の中には様々な痛みが溢れています。
  しかし、これら痛みを怖がっていたって何も始まらない!
  むしろ受け入れ、そして自慢することでこの世の中を明るく生きようという、
  ものすごくポジティブな大会であります!!
  さあ皆さん! 張り切って、経験した痛いことを自慢しましょう!!
  なお、この大会は、よくしみると評判の消毒薬『コンナコトナラ・ヌラナキャヨカッタ』を販売している
  健康第一製薬会社の提供でお送りしています』


 さて、どこからツッコミましょうか?

 「千夏、頑張りましょうね!」

 「お母さん……いちおう聞いておくけどさ、これって……」

 「町内会主催の大会よ」

 確か前回はガマン大会でしたよね。
 相変わらずバカ企画をやるつもりなんですか。うちの町内会は。


 「で、今回も賞金目当てなんですね?」

 「賞金を出さない町内会に存在価値は無いわ」

 お母さんにとって町内会って金づるでしか無いんですか?

 「でも痛い話なんてそんなにないですよ?」

 「アレがあるじゃない。
  去年、東京タワーの階段を、一番上から下まで転げ降りたっていう……」

 「そんなこと、したことないです」

 人の人生に勝手に伝説を作らないでください。


 「まあ適当に嘘だついてりゃいいのよ。こういうのは」

 「お願いだから、子どもの教育のためにも正々堂々生きてくれませんかね?」


 『さあ、まず1番手は千夏さんです!!』

 「うわ……私が一番最初なんですか?」

 渋々ですが、舞台に上がって痛い話をしはじめます。

 

 「昨日、爪を切ってたら深ヅメしました。痛かったです」

 『小学生らしい、簡潔かつやる気の無い話、ありがとうごさいます』

 うるさいやい。

 『さて、判定は!?』

 舞台の脇に備え付けられている審査員席に座っている人たちが、次々と番号札をかかげます。

 「合計4イタミンでした〜!
  優勝は絶望的ですが、最後まで楽しんでいってください。
  これは参加賞の『コンナコトナラ・ヌラナキャヨカッタ』です。深ヅメにどうぞ」

 死んでも塗らないですけどね。


 「千夏! あなた何やってるのよ!!
  よりにもよって深ヅメだなんて!!」

 「痛みを倍に感じる私にとっては、悶絶もんだったんですよ!?」

 『2番手は春歌さんです。どうぞ舞台へ』

 「見てなさい千夏。本当の痛い話ってのみせてあげるわ」

 いや、出来れば聞きたくないんですけど。

 

 『さあ春歌さん。あなたの痛い話とはなんですか?』

 「破瓜です」

 ……お母〜さ〜ん!?
 破瓜の意味を知らない人は、間違っても辞書で調べたりしないでください。


 『ちょっ、ちょっと春歌さん!?』

 「お母さん!! 何話す気なんですか!?」

 「あれは私が9歳だったころ……」

 「そのまま話を続けようとしないでください!!」

 っていうかお母さんのアレが9歳の時ってのが、酷くショックなんですけど。
 こんな話、聞きたくなかったですし。

 

 『こ、今回の痛いこと自慢大会の優勝者は、頭の痛い春歌さんに決定です』

 なんだか企画の趣旨が違っている気がしますが、お母さんが優勝してしまいました……。


 「3人組の男に……」

 「お、お母さん!?」

 嘘ですよね?
 優勝するために嘘をついたんですよね?
 決して、今の私より不幸な少女時代を過ごしたわけじゃないんですよね!?

 

 




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