2月13日 日曜日 「バレンタインデー前日」


 明日がバレンタインというどうしようもないイベントのため、
 チョコ作ってます。めちゃくちゃ苦労しながら。


 「千夏さ〜ん? 私も手伝いましょうか?」

 「凍るからいいです。雪女がチョコ作ると、せっかく溶かしたのに凍るからいいです」

 「偏見だ!! 雪女だってチョコ作れますよ!!」

 そう言われてもですね……。


 「あ、そっか。そうですもんね。
  チョコあげる人に手伝ってもらっちゃいけないですもんね」

 「いや、別に雪女さんにはあげる予定ないんですけど」

 「またまたぁ。そんなに一生懸命になって否定しないでもいいですよぉ」

 「いや、マジで、あげる気ない……」

 「もう千夏さんったらっ!! 分かりましたよ!! そういうことにしときますよ!!」

 聞けよ。人の話。
 ……何故か雪女の分も作ることになりました。

 


 「あれ? なにやってるんですかお姉さま」

 「あ、リーファちゃん。今ね、チョコ作ってるんですよ」

 「へぇ〜、誰かを毒殺するんですか?」

 リーファちゃんにとってチョコって必ず毒を入れるものなんですか?


 「リーファちゃんはチョコとか作ったことあります?」

 「ありますよ」

 「へぇ〜……意外。誰にあげたんですか?」

 「時の大統領とか、大企業の社長とか」

 「ああ、うん。毒殺のそれじゃなくて。
  青酸カリじゃなくて愛が入ったやつ」

 「う〜ん……無いですねぇ」

 「そっかぁ……じゃあもらったことは?」

 「ありますよ」

 「へぇ、本当に!?」

 「ええ、ヒ素がたっぷりとまぶしてあったやつでしてね……」

 「えっとね、だから、そういうんじゃなくて。
  劇物じゃなくて愛が入ったやつのことでして……」

 何となく可哀想になったので、リーファちゃんの分も作ってあげることにします。

 

 

 「あら千夏ちゃん。何作ってるの〜?」

 「あ、おばあちゃん。
  実はですね。今チョコを作ってまして……」

 「へぇ〜、すごいわね。何か乙女って感じね。乙女乙女」

 「バカにしてる? それちょっとバカにしちゃってる?」

 「でも懐かしいわねぇ愛しい人に贈り物なんて。
  私なんてもう何年も人に愛のプレゼントしてないわぁ……」

 「おじいちゃんとかには、何かあげたことあるんですか?」

 「あげたわよ。貝がらとか」

 「貝がらとはまたちょっとロマンチックな……。
  あれですか? 二枚貝の片方をあげて、私にぴったりと合うのはあなただけなんて言っちゃったんですか?」

 「いや、お金の代わりにね?」

 「貝がらがお金っていつの時代の話ですか!?」

 しかもプレゼントにお金をあげるってのもどうなんですか。


 「あ〜、それにプレゼントもあまり貰ったこと無かったなぁ」

 「ふ〜ん……おじいちゃんから何か大切なものとか貰わなかったんですか?」

 「仕事が忙しい人でねぇ……私に全然なにもしてくれなかったのよ。
  まあそれも私のためだったんだけどね。でも若い頃の私はその想いに気付かないで……少し、寂しかったな」

 「おばあちゃんでもいっちょまえに恋愛してたんですね」

 「殴るよ? 可愛い孫でも殴るよ?」

 そ、そんなに怒らないでくださいよ。

 「千夏ちゃん、プレゼントっていうのは大切よ。
  自分の気持ちとかそういうの、すごく簡単に伝えることが出来るからね。
  まあ簡単すぎて心からの想いじゃなくても愛を伝えられちゃったりするんだけど。
  そういうのでしか愛を確認できなかった昔の私は本当に駄目だったけどね……」

 おばあちゃんは少し寂しそうです。
 チョコ、おばあちゃんの分も作ってあげようかな……。

 


 「あっらぁ、千夏さん!! 奇遇ですね!!
  たまたま通りがかっちゃいましたよ!!」

 「……女神、さん」

 「あれぇ? 何作ってるんですか!?」

 ……また一つ追加することになりそうです。


 

 2月14日 月曜日 「バレンタインデーとかそういうの」


 「ハッピーバレンタイン!!
  地獄に落ちろチョコレート会社!!」

 「うわぁお、千夏ったら朝からハイテンションね!」

 「そりゃあもうね!!
  徹夜しちゃいましたからね!!
  たかがチョコレート作るためにね!!」

 「よかれと思ってチョコレートを作ることを薦めたのだけど、まさか精神に負担がかかることになるとは思わなかったわ」

 ボウガンの矢が刺さった鴨を見るような目で見ないでください。


 「そんなことよりバレンタインですよ!!
  ほれお母さん!! チョコあげる!!」

 「うわぁ、あまりにもストレートかつ簡潔すぎて、感動も何もないわぁ。
  もうちょっと恥じらいとかそういう演出ないの?」

 「ねえよ!! お母さん相手に出す恥じらいなんてねえよ!!
  よーし!! この調子でどんどん渡すぞぉ!!」

 「ち、千夏? そのうざったいぐらいのハイテンションさのまま行くの?」

 「てやんでい!! あったりまえだろ!!」

 「キャラが!! キャラが大変なことになってるわよ!?」

 知ったこっちゃありません。

 


 「雪女さん!!」

 「千夏さん? どうかしたんですか?」

 「好きじゃないけどチョコあげます!!」

 「うっひゃあ、喜んでいいやら悲しんでいいやら!!」

 「それじゃ私はまだチョコ渡さないといけないんで、グッバイ!!」

 「ちょっと待ってください千夏さん!!
  これは私からのバレンタインチョコ……」

 「ありがとうございます!!
  バレンタインチョコ作ってる時に、甘い香り嗅ぎすぎてまったく食べたくないですけど、もらっておきます」

 「泣きますよ!? 私泣いちゃいますよ!?」

 そう言われても困るのです。

 


 「はい、リーファちゃんにバレンタインチョコレート!!」

 「……あ、ありがとうございます」

 「何そのつまらない反応!? すげえおもんない。
  おもしろリアクションしてよ。芸人魂に火をつけて」

 「お、お姉さま? なんだかちょっと変じゃないですか?」

 「変ってか!? この私が変ってか!?」

 「びっくりするぐらいに変です」

 「ありゃ、こりゃ一本取られましたな」

 「取られてませんよ!! 私、大して上手いこと言ってませんよ!!」

 「あははははは!!!! おかしい! こりゃおかしい!!」

 「お、お姉さまが壊れた……」

 失敬な。

 

 「はぁはぁはぁ……つ、疲れた」

 さすがに身体がむやみやたらに高かったテンションについていけなかったらしく、普通の状態に戻ってしまいました。

 「あ、女神さん……チョコレートあげます」

 「……ちょうど休憩中の時にもらってしまったのですか、私は」

 「はぁ、しんど……。ちょっと横にならせてもらいますね……」

 「千夏さん!? 私とは絡んでくれないんですか!?」

 「おやすみなさい……」

 「千夏さん!! 起きてくださいよ!!」

 うっせえ。

 


 さて、1時間ほど寝て体力を回復しました。
 さっさと渡さないと学校に遅刻してしまいます。

 「黒服ー!!」

 「え? なになに?」

 「義理パンチ!!」

 「痛え!! 義理なうえにチョコじゃなくてパンチだなんて!!」

 「よし!! 次はウサギさんだ!!」

 「これだけ!? 俺ってこれだけ!?」

 いいじゃん別に。

 

 「ウサギさーん!! もう大好き!! チョコあげる!!」

 「かつてないほど積極だな。すごくびっくりです」

 まあバレンタインですし。

 「実はさ、俺からもバレンタインのプレゼントあるんだよね」

 「え?」

 「はい、チョコレートケーキ。こういう時ぐらい趣味を活かさないとなって思って」

 「わぁ!! ありがとうございますウサギさん!!
  ただのチョコを渡した私は、劣等感に押しつぶされそうですよ!!」

 「うへぇ!? ご、ごめん!? なんか、ごめんなさい!?」

 「いいんですよ別に。私はチョコレートを溶かしてまた固めるだけで精一杯なだけだったんですから!!
  精一杯だったんですから!!」

 「ああ、うん。なんかごめん!!」

 なんて言ってても本当はすごく嬉しいんですけどね。

 


 「はい、おばあちゃんにチョコレートのプレゼントです」

 「あら、ありがとう千夏ちゃん」

 「いえいえ。どういたしましてですよ」

 「こんな素敵なプレゼントをくれるなんて……千夏ちゃんは本当にいい孫ねぇ」

 「にへへ……そうですかね?」

 「ご褒美にぎゅーってしてあげようか? ぎゅーって」

 「いや、別にそこまで子どもじゃないんでいいです。
  それにおばあちゃんの抱擁だといろいろ折れそうだし」

 「はい、ぎゅー」

 「聞けよ!! 人の話聞け……がふぅっ!?」

 やっぱりというかなんと言うか、おばあちゃんの抱擁はそれはそれはすごい圧迫感でした。


 「お、おばあちゃん……ギブアップ……」

 「千夏ちゃん。あなたは本当に自慢の孫よ。
  例え血が繋がっていなくても、春歌ちゃんと同じぐらい愛してるわ」

 「お……ばあ……ちゃん……マジで、死……」

 「これから多分いろいろ大変なことがあると思うけど、私が守ってあげるから。
  そのためにこの身体を求めたんだから。そのために、生きてきたのだから」

 「………………ごふっ」

 「だからね、千夏ちゃん……。千夏ちゃん? ちょっと、聞いてる?
  結構いい話しようと思ってたんだけど、泣いちゃうような話しようと思ってたんだけど、聞いてるの?」

 「……」

 「…………え〜っと、ねんね〜ころりよ〜……」

 子守唄で誤魔化すなよ。
 と、夢の中で突っ込みました。


 おかげさまで今日は学校にいけませんでしたよ。

 

 

 2月15日 火曜日 「家事やらぬ主婦」


 「おかーさーん!!」

 「どうしたの千夏? 今、ビデオの爪を折るのに四苦八苦してるんだけど?」

 「暇なんですね。それじゃちょっと来なさいよ」

 「もーなによー。今ビデオの爪折らなかったら、間違えて上書きしちゃうかもしれないってのに。
  一分一秒無駄にできない状況だっていうのに」

 「もーじゃないでしょ!! なんですかこの廊下は!?
  なんでこんなにべとついてるの!? まるでウチがゴキブリホイホイになった感じですよ!!」

 「何か変なのぶちまけちゃったから。緑色っぽいの」

 「ぶちまけるなよ!! そしてぶちまけちゃったなら掃除しなさいよ!!」

 「掃除ってさ、実は面倒なのよ?」

 「面倒なのは知ってます。知っててやれと言ってるのです」

 「あなた母親をなんだと思ってるのよ!!
  家政婦なんかじゃないのよ!!」

 「そういういっちょまえなセリフは、家事をちゃんとやってる人間にしか言う権利ないですよ!!」

 「ふーんだ。どうせ私はぐうたら美女な母親ですよ〜だ」

 「さりげなく自己陶酔な形容詞をつけないでください。
  っていうか自覚してるんだったら、もうちょっと頑張ってくれませんかね?」

 「っていうかさ、別に掃除しなくても死にはしないわけだしさ。
  もうちょっと前向きに考えなくちゃいけないと思うのよね」

 「廊下になんだか変な色のキノコ生えてる気がするんですけど、これは確実に生命に関わることなんじゃないですかね?」

 「大丈夫。きっと食べれる」

 「食べれるとかそういうんじゃなくて、生えてること自体が問題なんです」

 「もうなんなのよ!! そんなにガミガミ文句言わなくてもいいじゃん!!
  ガミガミ大魔神かよ!!」

 「私はただちゃんと掃除しなさいって言ってるだけですよ!!」

 「しますー!! 明日しようと思ってたんですー!!」

 「ガキっぽいこと言って……な、何歳なんですか……この馬鹿マザー……っ!!」

 「21歳ですー!!」

 「前の自己申告より若くなってるじゃねえか!!」

 「ヤンママだもーん!!」

 「どうみたってヤンキーじゃないじゃん!!」

 「ヤンバルのヤンです」

 「ヤングのほうじゃないのかよ。なんだよヤンバルって」


 ちなみにヤンバルっていうのは、沖縄島の北部山地の通称のことだそうです。

 ……わけわかんねえ。

 

 

 2月16日 水曜日 「我が家の夕食風景」


 「ねえ千夏。鳥そぼろ弁当と、鳥ボロボロ弁当どっちがいい?」

 「迷うことなく前者ですが、なんでそんなこと聞くんですか?」

 「今日の夕食は弁当屋さんので済ませちゃおうかなんていう、非常に合理的な考えによるものです」

 「昨日といい今日といい、またしても主婦の勤めを破棄するつもりなんですか。
  っていうか雪女さんは!? お母さんがいつもこき使っている雪女さんはどうしたんですか!?」

 「どうもインフルエンザらしくて」

 「え? ああ……そうなんですか」

 あのへっぽこ妖怪ならウイルスに負けても仕方ない気がします。


 「それならさ、たまにはお母さんが作りなさいよ!!
  っていうか『たまには』って言われてる時点でおかしいと思ってくださいよ!!
  少しは主婦の自覚を……」

 「ウサギさんはからあげ弁当とカラミティ弁当どっちがいい?」

 「無視かよ!! そしてカラミティ弁当ってなんだよ!!」

 「からあげ弁当で」

 「ウサギさ〜ん……なんでそんないつも通りなんですかぁ……」

 「千夏。何を言っても無駄だって……」

 ああ、諦めの境地なんですね。

 

 「お母さんは白いご飯と白っぽいご飯どっちがいい?」

 おばあちゃんにはいい物食べさせない気なんですか。
 それにしても何だか嫌ですね、白っぽいご飯。

 「特上寿司で」

 お母さんに負けずに高いやつを何の気兼ねも無く頼むおばあちゃん。
 すごいです。その図太さは尊敬にあたいします。

 「お母さん。もう一度聞くわよ?
  白いご飯と、ご飯っぽいご飯。どっちがいいの?」

 何だか怪しさが増してますよ。ご飯っぽいって本当は何なんですか?

 「鯛の生け作りで」

 「くっ……お母さん!! 気を使って安いの頼んでよ!!」

 「春歌ちゃん。私ね、母子の間には何の遠慮もいらないという信念が……」

 「お母さんが遠慮してなくてもっ、私は遠慮し続けてきたわよ!?
  最後に残った餃子とか、いつもお母さんにあげてたもん!!」

 言ってることがみみっちいですが、まあ親子の喧嘩なんてこんな理由でしょう。

 「あら、別に遠慮せずに食べれば良かったのに」

 「だってぶつじゃん!! 最後の餃子食べちゃったらぶつじゃん!!」

 「だってこの世は弱肉強食じゃない。私はその摂理をあなたに教えるために……」

 「自然界での弱肉強食は種族間の問題であって、同族間では普通通用しないのよ!!」

 「人間は唯一同種族で争える生き物なのよ。ああ、なんて世知辛い……」

 「関係ないから!! 世知辛い世の中と親子での闘いはまったく関係ないから!!」

 


 「……っていうかさ、早く弁当買ってきてくださいよ」

 「待ちなさい千夏。今日という今日はお母さんをイワすから」

 「ふふふ……いい度胸ね春歌ちゃん。イワしてみれるもんならイワしてみなさい」

 …………イワすってどこ方言?

 

 

 2月17日 木曜日 「ドミノ倒し」


 「今日の授業は、ドミノ倒しです」

 わーい。ゆとり教育が変な方向に行ってるー。

 「ドミノ倒しはいいですよ〜。
  誰か間違って倒しちゃって、クラス内の雰囲気が悪くなるのもたまらないイベントです」

 失敗するのありきで考えないでくださいよ。


 「先生ー。ホントの所、なんでこんな授業をやろうと思ったんですか?」

 撲殺女王こと美雪さんが尋ねます。
 頭のおかしい先生にそんなこと聞けるなんて、さすがアネゴです。

 「昨日の晩飯の揚げ豆腐見てたらさ、何だかドミノみたいだなーって思って」

 恐ろしく単純な理由ですね。
 その理論で言ったら角砂糖を見たらサイコロ振りたいみたいな……。


 「さあ!! みんなでこの教室をドミノで埋め尽くしましょう!!
  で、一瞬で無に帰しましょう!!」

 とうわけで、何が楽しいのかドミノ並べをすることになりました。
 あ〜めんどくさ。

 

 「山本くん!! 何してるの!! そんな並べ方したら上手く並べられないでしょ!!」

 「ご、ごめん……」

 あ〜あ、居ますよね。こういう妙に手際の悪い奴。まったく困ったもんです。

 「おい千夏!! もうちょっと丁寧にやれよ!!」

 ……私も手際の悪い奴に含まれていたみたいです。


 「きゃ〜!! 橋田の奴が倒しやがった!!」

 「おいお前!! こんな所に邪魔になりそうなもん置いとくなよ!!」

 「どーん!! ほら、どーん!!」

 「うっぎゃぁ!! 土本が壊れたー!!」

 「死ね!! みんな死ね!!」

 「おう、やったろうやないけぇ!!」

 「アネゴ!? アネゴがついに本気モードに!?」

 ……なぜか教室が戦場になってしまっています。

 

 「ふぅ……人間はなんて悲しい生き物なんでしょうか」

 コツ(私の足がドミノに当たる音)、パタパタパタパタ……(ドミノが倒れる音)


 「「千夏ー!!」」

 や、やばい。殺され……。

 「これがドミノの醍醐味です」

 黙れ馬鹿教師。


 

 2月18日 金曜日 「体育倉庫」

 

 「ひゃっほー。
  千夏ちゃん元気?」

 「あ、玲ちゃん。
  お久しぶりですねえ。
  私は元気ですよぉ」

 たとえ今、体育倉庫に閉じこめられているとしてもね。

 

 「今日はいい天気だね。
  こんな日は広い草原とかを思う存分走り回りたくならない?」

 「えっとぉ、それは当てつけ?
  外に出られない私への当てつけなの?」

 「でさ、今日は何して遊ぼっか?」

 「遊ぶも何も、この状態で何しようっていうんですか」

 「そう言えば……なんで千夏ちゃんは両手首を縄跳びの紐で縛ってるの?」

 「『縛ってるの?』って、自分でこんなことしたと思ってるんですか?」

 「違うの?」

 「違います。断じて違います。
  私は自分を自分で縛るなんていう無駄な器用さは持ち合わせておりません」

 「それにしてもさぁ、体育倉庫っていろんなものがあって面白いよね」

 「そうですね。
  でもそんなことより私の両手を解放してもらえるとすごくうれしいんですけど」

 「あっ! 見て見て!!
  これってどんなスポーツに使う道具なんだろうね?」

 私の身の回りにいる人たちは、どうも私に対する注意力が足りない気がします。
 もっと私の言動に耳を傾けてください。


 「それはですね。バスケットボールというこの世でもっとも恐ろしいスポーツのために使うボールです」

 「へぇ……どんなスポーツなの?」

 「ボールを持って3歩進んだら死刑」

 「すっごいシビアだね!?」

 「そんなことどうでもいいですから助けてくださいよ〜……」

 「ねえねえ千夏ちゃん。それじゃあこのラケットは?」

 「それは卓球という格闘技に使うためのラケットです。
  そいつで迫りくる亀を叩きまくるんです」

 「亀? なんで亀?」

 「亀が嫌ならキノコでも可」

 「マリオ? マリオなの?」

 「玲ちゃ〜ん、いい加減私を解放してくださいよ〜」

 「え〜? こんなレア状況、100年に一度お目にかかれるかどうかなのに?」

 「100年後に期待して、今日の所は解放してあげてください」

 「仕方ないなぁ……。手を私のほうに向けて。縄解いてあげるから」

 「ありがとう玲ちゃん!! この御恩は決して忘れませんよ!!」

 私は両手を玲ちゃんに差し出します。
 これでようやく自由の身に!!
 体育倉庫の鍵という難関がありますが、まあそれは空舞破天流奥義でなんとかしちゃいましょう。


 「……あれ?」

 「どうしたんですか玲ちゃん。さっさと解いてくださいよ」

 「いやね、何故か私、この紐に触れられないの。
  不思議な事に通り抜けちゃって」

 …………そういや玲ちゃんは霊体でしたね。

 

 


 「あ、見てみて。体育倉庫の窓に映る月が綺麗だね」

 「もう夜かぁ……」

 誰か、助けて。

 


 

 2月19日 土曜日 「古本回収」


 「どうもー!! 古本の回収に来ましたー!!」

 「どっわぁ!? 何なんですかあなた!! 勝手に人の部屋に入ってこないでくださいよ!!」

 「どうもー!! 古本の回収です!!」

 「聞いてないですよそんな話!! あっ、コラ!! 勝手に人の部屋の本を回収しようとしないでください!!」

 「えっと、春歌さんに連絡を受けまして……」

 やっぱりというかなんて言うか、お母さんの仕業なんですか。

 「お母さんが許しても私が許しませよ!! 帰れ!! ゴーホーム!!」

 「はいはい、帰りますよ。本を全部運び出したら」

 「ちょっと!! 本当にやめてくださいよ!! 本は知的財産なんですよ? 大切な知識の宝庫なんですよ!?」

 「ライトノベルに知識も何も無いでしょう」

 「うっわぁ、すごい偏見だぁ」

 そんな酷いこと言いながら私の小説類を箱に詰めるの止めてください。


 「あー!! それ駄目!! その漫画せっかく全巻集めたのに!!」

 「いいじゃないですかもう。読み返したりしないでしょ?」

 「読み返しますってば!! 読み返して、にひひと笑いますってば!!」

 「これってギャグ漫画じゃないでしょ?」

 「じゃあよよよと泣きます!! 泣くから勘弁して!!」

 「料理漫画ですよ」

 「それじゃオムレツをご馳走しますから!!」

 「卵嫌いなんで」

 なんだこの馬鹿会話。

 


 「それじゃこれを……」

 「何してるんですかあなた!! それ大切な画集じゃないですか!! 1冊3000円ぐらいするんですよ!?」

 「いらないでしょ?」

 「いりますってば!! 絵を描くとき参考にするんですよ!!」

 「この画集が活かされているように思えない」

 「てんめぇ、ぶん殴るぞ?」

 


 「それじゃこのエロ本を……」

 「この部屋に存在しない物を回収しようとするなぁ!!」

 「あるでしょ? 1冊ぐらい」

 「無いよ。一応私女の子ですよ? 小学生ですよ?」

 「ちっ、つまんねぇ」

 マジで殴りたい。マジでマジで。

 

 「どうせならこのお母さんが通販で購入しやがった百科事典を持っていってください」

 「え〜、それ重いから嫌だ」

 回収が仕事なんでしょ。なんだよ重いからって。

 「お、この本も持っていきますね」

 「うわー!! 止めて!! 私のコレクションである絵本を持って行くのは止めて!!」

 「絵本なんてまた子どもっぽいものを……」

 「いいじゃん子どもだし!! それに絵本はいいものですよ!! 多種多様な絵が美しいじゃないですか!! 単純かつ深いテーマが素敵じゃないですか!! だから持っていかないでー!!」

 「おや? この本は……」

 「あ、それは持っていっていいですよ」

 回収業者が手に持ってるのはずっと前にもらったアウグムビッシュム族の絵本でした。
 あれは気味が悪いので、回収していってもらっても全然構いません。


 「いや、これはいいや」

 「なんで!? 他の本はバンバン持って行ってるくせに!!」

 「だってこれ伏線だし」

 「ふ、伏線?」

 不思議会話をしないでください。お願いだから。

 

 「さて、それじゃ持って行きますね」

 「ひ、酷い……」

 こんなに悲しいことはありません。お母さん、許すまじ。


 「どうもー!! 電化製品の回収会社でーす!!」

 また突然尋ねてきたおっさん。

 「おかーん!! またかぁ!!」


 




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