2月27日 日曜日 「パーティーの準備。そして忘却」


 「……お母さん? 何やってんの?」

 「3月2日のパーティーの準備よ」

 「へぇ〜……確か3月2日って、私の誕生日でしたよね」

 「そうよ。だからね、千夏には秘密にして準備を進めてたの」

 「へぇ、私には秘密にして」

 「そう。千夏には秘密にして」

 「……」

 「……」

 「……お母さん」

 「またやってもうたぁ!!!!!!」

 手に持っていた道具を地面に叩きつけて、お母さんが叫びます。
 怖い。怖いですよおかあさん。


 「なんなの私!? あれ? あれなの? 嘘をつけないピュアな心の持ち主なの?
  そんなピュアいらなかったのに!! ピュアよりも、若さが欲しかったのに!!」

 確か9月10日にも同じ様なことやりましたよね。
 本当に学習能力の無い人間です……。


 「え〜っと……それで千夏さん」

 「はい……。なんとなく言いたいこと分かりますけど、一応聞いておきます」

 「忘れてください。今から五分前の記憶を、全て抹消してください。
  あとそれと、去年私が痴漢と間違えて一般人を背負い投げした面白エピソードも忘れてください」

 「勝手なこと言わないでくださいよ。しかも、自分に都合の悪い記憶までついでに消そうとして……」

 「ロストメモリーアタックツール!!」

 「懐かしい!! 懐かしいけど前以上の禍々しさのあるカナヅチですね!!」

 「さあ、これで光に還りなさい」

 「今さらガオガイガーはないと思うんですよお母さん」

 ゴルディオン……もとい、ハンマーを持ってにじり寄ってくるお母さん。
 この展開はサスペンス劇場のそれですか!?


 「忘れるから!! 努力して自分で忘れますから!!」

 「記憶って努力すれば忘れられるものなの?」

 「ぶ、物理衝撃による忘却よりは身体に優しいです……」

 「アタッカー、振りかぶって……」

 「野球みたいな解説つけないでください!!」

 「アタック!!」

 「ごぶはぁっ!!!!」

 

 

 

 ……ううっ。なんだか頭が痛いです。一体何があったと言うのでしょうか?


 「お、お母さん……。なんだか頭が痛くて……」

 「そりゃあ大変だぁ(棒読み)」

 「……なんだかムカつく。
  ってあれ? お母さん何やってるんですか?」

 「えっとね、実は3月2日の千夏の誕生日の……」

 「……お、お母さん?」

 「またかよ!! このお茶目さんがぁ!!」

 「どうしたんですかお母さん!!」

 「ち、千夏……。もう1回忘れて……」

 な、なんでしょうか……?
 すごく、嫌な予感がします。

 

 

 2月28日 月曜日 「人形劇」

 

 「さあみんな、集まれー♪」

 「……お母さん?」

 「集まれー♪」

 「どうしたんですか……そんなみょうちくりんなカッコして」

 今日のお母さんの出で立ちは、髪を後ろで縛ってかわいい兎がプリントされたピンクのエプロンを装着しているという、まるで保母さんみたいな格好です。


 「可愛い子供たち、集まれー♪」

 「なになに? 今日はそういう遊びなの?
  嫌ですよ私。そんなことやりたくありません。
  そもそもお母さんみたいに人格に問題のある人が、保母さんの役を演じるということ自体に問題が……」

 「いいから集まれつってんだろ!!」

 「はい!!」

 キレないでよ保母さん。

 

 「さあ、今日はみんなが待ちに待った人形劇の日ですよ〜」

 「みんなって言っても私しかいないし。
  そして待ちに待った覚えないし」

 「今日の劇はなんとぉ……『カチカチ山のたぬきさん』で〜す♪
  はい、拍手〜」

 古典的復讐劇をチョイスするなんて、さすがお母さんですね。

 

 「は〜い、注目〜! 役者さん達の登場ですよ〜」

 そう言って両手を前に突き出すお母さん。その手にはたぬきと兎の人形が。
 本気で人形劇をやる気みたいです。その突発的衝動の原因は分かりませんが。

 

 「むか〜しむかし、ある所にたぬきさんと兎さんが住んでいました」

 あれ? おじいさんとおばあさんも出てくるんじゃなかったっけ?

 

 「たぬきさんはいつもイタズラばかりしてるので、兎さんは懲らしめることにしました」

 「お母さん。なんだか兎さんがアメリカ合衆国みたいになってる。
  破天荒すぎる正義の行使ですよ」

 面倒だからって省いちゃいけない所もある気がします。


 「話の腰を折らないでよもう……。
  ちゃんと動機を示してやればいいんでしょ?」

 「ええ、まあそんなとこです……」

 「たぬきはツインタワービルにつっこみました」

 「不謹慎にもほどがあるよお母さん!!」

 ますます兎がアメリカ合衆国っぽいですし。


 「いいのよ別に。
  何年経っても腫れ物触るような態度してるより、パロっちゃって悲しみを受け入れた方が、
  断然前向きだと思うわよ。
  きっとこれが被害者たちの魂を沈めることに……」

 パロディ人形劇で鎮魂されてしまう人たちが可愛そうです。


 「兎さんはまず、タヌキさんに薪運びを手伝わせました」

 薪運びを手伝ってくれるタヌキはそんなに悪い奴じゃない気がするんですけど?

 「薪を背負っているタヌキさんが山道を歩き出すと、兎さんは後ろにまわって薪に……」

 確か火をつけるんですよね。
 火打ち石で火をつけようとした時の音がカチカチって鳴るからカチカチ山ってごまかしたんでしたっけ?


 「薪を、火炎放射機で燃やしました」

 「薪背負わせなくても別によかったんじゃ!?
  火炎放射機の火力なら可燃物いらなかったでしょ!?」

 しかも後ろから焼き尽くすとはえげつないことしますね。

 「タヌキさんの遺体は泥船に乗せ、湖の真ん中で沈んでいくように計算しました」

 泥船をそんな風に使うなんて、どんだけ知能犯なんですか。


 「これが、『連続小動物殺焼事件』の真相です」

 「タイトル変わってますし。というか劇のジャンルすら原型を止めてませんし。
  手にはめた人形は全然使ってないですし。子供なめるのもいい加減にしてください。こんなんじゃ誰も喜びません」

 「……パペットマペット♪」

 「それか!! それをやるための人形か!!」

 

 

 3月1日 火曜日 「謎のインタビュー」

 「千夏さん!! 今回明るみになった汚職事件について、何かコメントをお願いします!!」

 「……あなた、誰?」

 「毎月新聞の井上といいます」

 「新聞が月刊じゃいけないでしょ。
  どこのローカル広報紙だよ」


 「千夏さん、そんなことよりも今回の汚職事件について何かコメントを!!」

 「いや、私なんかにコメント求められても心底困るんですけど」

 「政界のご意見番として一言どうぞ」

 「この世界で一番政界から遠い人間が私ですよ?」

 「一般ピープルとしての意見が聞きたいんです」

 さっきはご意見番としてって言ったくせに……。


 「え〜っと、一言でいいんですね……。
  なんていうか、やな世の中になりましたね」

 「ありがとうございます千夏さん!!」

 「たったこれだけで感謝されてしまうとは想像だにしませんでした」


 「では最近数多く起こっている自然災害について、千夏さんの意見をお聞かせください」

 「ありえないでしょ。たかが小学生にそれ聞くのは」

 そういったのは専門家に任せてくださいよ。

 「動く大陸間プレートの異名を持つ千夏さんにお聞きしたいんです」

 「そんな異名は持ってないですし、そもそも大陸間プレートは普通に動いてるものです」

 「プレート千夏さん、何か一言!」

 プロレスラーみたいな名前になってしまったじゃないですか。


 「え〜っとそうですねえ……。
  これじゃ安心して眠れませんね」

 「的確な評論、ありがとうございます!!」

 どこがどう的確で、そして評論の形を成しているのかお聞きしたいです。

 

 「それでは楽天イーグルスの今年の活躍について……」

 「野球、全然知らないんでどうでもいいです」

 「ありがとうございました!!
  非常に説得力のあるコメントで……」

 「ちょっと待ちなさいよあんた!!
  さっきからなんなのそれは!?
  なんの意味があるインタビューなの!?」

 「実は〆切に間に合いそうにないものですから、有名な先生とかに聞きに行く時間が無いんですよね」

 「だから私で済ませてしまおうと?」

 「ぶっちゃけそうです。ぶっちゃけなくてもそうです」

 「あなたね、仕事嘗めるのもいい加減にしなさいよ。
  こんなごまかしでどうにかなると思ってるんですか?
  元々あなたが100%悪いんですから、素直に上司の人に謝ってですね……」

 「以上、熊の置物愛好会会長、ベアー千夏さんのインタビューでした」

 「今のはあんたへの説教ですよ!!」

 あと熊の置物を愛した覚えはありません。

 

 

 3月2日 水曜日 「私の誕生日」

 「HAPPY BIRTHDAY千夏!!」

 「……お母さん、朝からうるさい」

 「今日はなんと、千夏の誕生日です」

 「ええ、知っていますよ」

 なんでこんなにお母さんがハイテンションなのか全然分かりませんけど。

 「今日で千夏は11歳になるのよ!?
  すっげえ微妙な歳!! あははは!!」

 「私が11歳であることのどこに笑える要素があるんですか」

 「とにかく!! 学校から帰ってきたらお誕生日会やってあげるから、楽しみにして待ってなさい!! ひゃっほ〜い!!」

 「お母さん、もしかして寝てない?」


 さて、もう隠す気もなくなったらしい誕生日パーティー。
 一応こう見えても楽しみにしているわけで。
 学校で逆さまな状態でつるし上げられたとしても、にやつきを抑えることなんて出来ませんでした。
 はたから見たら、そりゃあもう気味悪かったと思います。

 

 「ただいま〜」

 「……ああ、おかえりなさい千夏。
  ついでに、お誕生日おめでとう」

 少しばかりわくわくしていた私を待っていたのは、朝とは全然大違いなテンションのお母さんでした。
 多分、私を待っていた間に気力を全て使いきりやがったんだと思います。

 

 「千夏ちゃ〜ん。早くこっち来なさい。
  バースデイパーティーの準備出来てるんだから」

 やる気のないお母さんの代わりに案内してくれたのはおばあちゃん。
 私はおばあちゃんに誘われるままみんなが待っているらしい居間へと向かいます。


 『HAPPY BIRTHDAY千夏』と可愛らしいフォントでかかれた横断幕がある居間。手に花束やらプレゼントの箱やらを抱えた家族一同。
 これがパーティーだ!! っていうぐらい宴会色に仕上がってました。


 「これから! 第11回千夏の誕生日パーティー、略して『チナビティー』を開催したいと思います!!」

 「ありがとうございますみなさん!!」

 司会の立場らしい雪女が変なこと言ってましたけど、あえてここは無視の方向で。

 

 「ほら千夏さん!! バースデイケーキですよ!!
  ローソクに火を付けてフーってやりましょう!!」

 「うわぁ!! すごく豪華なケーキですね雪女さん!!
  いったい誰が作ったんですか!?」

 「わが家の甘物担当ウサギさんです!!」

 「勝手に俺をそんなポジションにするな」

 「そんなどうでもいいことは放っておいて、早くフーってやりましょうよ!!
  そして人生の儚さを学びましょうよ!!」

 別に誕生日のロウソク消しにはそんな深い意味はありませんよ。


 「はい、千夏ちゃん。ロウソクに火をつけてあげたわよ。人にロウを垂らしても大丈夫なやつを」

 「そのどんな使用目的なのか聞きたくないロウソクなんてどうでもいいですが、ありがとうおばあちゃん」

 「ロウソクを吹き消す時にはね、願い事するんですって。
  そうすると望みが叶うんだそうよ」

 「へぇ〜……願い事ですかぁ」

 学校ではいじめられてるけど、家の中では結構幸せだったりするんであまり願い事なんてないんですよね。
 まあせっかくなんだし、いじめが無くなるようにお願いすることにします。


 「えっとそれじゃあ……」

 ケーキの前に立ち、大きく息を吸い込みます。
 やっぱり一度に全部消したほうが気持ちがいいですもんね。

 それじゃ、いっせえのっ……。


 「フー!!」

 「わ〜い!! 私、誕生日おめでとう!!
  ……って何勝手に吹き消しちゃってるんですかお母さん!!」

 「ごめ〜ん☆ つい楽しそうで♪」

 こんなイタズラの時だけテンション復活させてんじゃないですよ。

 「まったくもう……それじゃ改めて」

 「フー!!」

 「ハッピー!! ハッピーバースデイ私!!
  っていうか何やってんだよ女神さん!!」

 「スポットライトが!! こんなことしたらスポットライトが当たるかなって!!」

 もはや怒りより哀れみの感情しか湧いてきませんよ。

 

 

 ○今日もらったプレゼント一覧

 ・兎のぬいぐるみ

 ・メイド服

 ・歳の数のラフレシア

 ・抗ヒスタミン剤

 ・ミニ四駆のギア

 ・機動戦士ガンダム0083 GP-03デンドロビウムのプラモデル

 ・パン酵母

 

 ……大半のプレゼントに愛が感じられないのは気のせいでしょうか?
 ちなみに一番もらって嬉しかったのは、ガンダムのプラモデルでした。
 黒服がくれた物っていうのが気に食わないんですけど。ごめん、ウサギさん。


 

 

 3月3日 木曜日 「ナゾナゾ怪人」

 

 「こんにちは!! なぞなぞ大好きな1億3000万のみんな!!」

 「……え〜っと、どちらさまで……」

 「道行く人に難解ななぞなぞを出してはその安眠を妨げる悪者、ナゾナゾ怪人さ!!」

 無駄に爽やかな口調なのがムカつくんですけど?


 「さあ! 君も僕のなぞなぞで悩み、そして衰弱したまえ!!」

 「そこまで言うからにはなぞなぞに自信があるんでしょうね。
  ちょうど暇ですし、受けてたってやろうじゃないですか」

 「それじゃあ第1問! 菅原さんのお嫁さんの名前はなんでしょうか?」

 「しょなっぱらから内輪ネタクイズかよ!!」

 分かるわけないじゃないですか。
 誰だよ菅原さんって。


 「答えはジェニファーさんでした」

 「国際結婚だったんですか。
  心底興味ねえ」


 「続いて第2問!
  菅原さんの持っていた財産はなんだったでしょう?」

 「だから知らないってば!!
  なぞなぞの形にすらなっていませんよそれは!!」

 「答えはライブドアの株でした」

 消える時は恐ろしく綺麗に消えてしまいそうな財産ですね。

 

 「では波に乗って第3問!
  菅原さんの趣味はなんでしょうか?」

 「ヒントの欠片すら問題文から感じとれないんですけど?
  それってなぞなぞとしてどうよ?」

 「答えはカブトガニ漁です」

 「それは犯罪ですから。法に触れまくりですから」

 「ついに第4問目! 切っても切っても切れない物ってな〜んだ?」

 「急に普通のなぞなぞになった!?」

 ストレートのあとのチェンジアップですか?
 え、え〜っと……ここは落ち着いて。


 「答えは指切りです!!」

 「答えは椎茸です」

 「はあ? なんでですか!?」

 「『切手も』切れないなまくらな物だから、椎茸です」

 「この世にある大抵の物は切手を切れないじゃないですか」

 「さあ第5問! 菅原さんにかけられている保険金の額はいくらでしょう?」

 「え〜っと、に、2千万?」

 「2億でした」

 すごいな菅原さん。


 「それでは最終問題である第6問!!
  先月の27日、ライブドアがいろいろやらかしたおかげで損した菅原さんはお昼すぎに趣味のカブトガニ漁に出かけました。
  午後8時頃になっても帰ってこない菅原さんを心配した家族は、カブトガニの漁場に出向きます。
  するとそこには漁に夢中になるあまり波に巻き込まれて溺れてしまったらしい菅原さんの遺体が。
  警察は当初事故として捜査していましたが、菅原さんの右手には何故か金髪の長い髪の毛が。
  さて、菅原さんは誰に、そして何の目的のために殺されてしまったのでしょうか?」

 これはもしかして、今までのなぞなぞモドキがヒントになってるんじゃありませんか!?
 そうだとしたら答えは簡単です!!

 「犯人はジェニファーさんで、動機は2億円の保険金のためです!!」

 「きっとこれで間違いありません」

 「ブー!! 答えは椎茸が犯人で、動機は切手が切れなかったからです」

 「そっちが伏線だったんですか!?」

 っていうかそれは伏線になりきれてません。

 

 

 3月4日 金曜日 「吹雪な日」

 

 「……助けて。まじ、誰か助けて」

 私、遭難しようとしています。学校へ登校しようとしていただけなのに。
 大雪で、死にそうになっています。

 「が、学校ってどっちの方向でしたっけ?
  もう自分がどこにいるのかさえ分からないんですけど」

 立っては滑って、また立って滑ってを繰り返したので、私の膝はボロボロです。
 もう歩く気力すらありません。
 こんな死に方まったくもって望まないんですけど。

 

 「よう千夏。寒そうだな。こっち入っていかないか?」

 「……え?」

 ずるずるとホフク前進しながら進む私に、声がかけられます。
 声の主の方を向いてみると、そこには一つのかまくらが。
 かまくらの中には私の師匠がいて、鍋食ってました。
 なんだ。この能天気さは。

 「あの……なにしてんですか?」

 「対寒冷用空舞破天流奥義、かまくらで……」

 「便利そうですねその奥義。
  傍目から見てるとただかまくらでくつろいでるだけに見えるんですけど」

 「まあ実際くつろいでるだけだし」

 ぶっちゃけちゃった。


 「それよりも千夏。ここに入っていかないか? 温かいぞぉ、鍋とか」

 「そうしたいのは山々なんですけど、私学校行かないといけないんですよね……」

 「そんな真面目人間じゃないだろお前」

 「今日の給食にはバナナが出るんです」

 「安っ!? お前のやる気の上がり方安!!」

 いいじゃんか別に。

 

 「それじゃさよなら師匠。思う存分雪と戯れていなさいな」

 私は冷たい身体に鞭打って、なんとか立ち上がりました。
 吹雪なんかに負けてたまるかぁ!! いざ、行かん!!

 

 

 「よお千夏」

 「雪の日はやっぱりお鍋ですよねぇ」

 「どうしたんだお前? 体中に汚れた雪くっつけて」

 「いやぁ、別になんでもないですよ。
  スリップしたトラックに突っ込まれて積もった雪にダイブしたなんてこと、一切ありませんよ。
  何とか生きてたけど、死ぬほど身体中が痛くてどうしようもないとか、そんなことありませんよ」

 「うん。なんとなく理由が分かりました」

 それより早くお鍋ご馳走してください。
 このままだと、確実に凍死しますから。

 

 

 3月5日 土曜日 「犯罪のない社会作り」


 「ちょっと前までさ、10代半ばの子供たちの犯罪が問題になってたじゃない?」

 「お母さん? 急に何を言い出して……」

 「でさ、その前はカルト宗教に入ってた人たちがいろいろ言われてたのよ。
  オウム真理教とかそういう関連でね」

 「はぁ……私は産まれて間もなかったので全然知らないんですけど」

 「でね、今の時代は大人になりきれなかった大人たちが問題になってるのよ。
  性犯罪とか誘拐とかそういうので」

 「そうですね。結構報道されてますよね。私も気をつけなくちゃと思いますよ」

 「ははははっ!! でもさ、こういうのって流行があると思わない?
  急に現れだすなんてことないはずなのにね」

 今、なんで笑ったんですか。
 あれか? 私を狙う人間なんていないっていうんですか?
 私、結構変な人にモテるんですよ? 全然嬉しくないけど。


 「つまり何が言いたいんですかお母さん?」

 「だからさ、次に流行る犯罪を予想すれば、いくらでも安全対策が立てられるってことよ!!
  やっぱり犯罪に対してはアグレッシブにならなきゃ!! いつまでも専守防衛ではいけないのよ!!」

 「流行って言ったって、実際はマスコミが報道してる犯罪に偏りがあるだけなんじゃないですか?
  そもそも毎日起こっている犯罪の数から言って、全ての犯罪を報道することなんて無理な話ですし」

 「私はねぇ、今度の犯罪ブームはぁ……」

 聞けよ、人の話。
 そしてそんな迷惑な予想するな。


 「主婦層の間で巻き起こる、夫殺しが大流行」

 「インフルエンザみたいなノリでとんでもないこと言わないでくれますか?」

 「ほら、やっぱり主婦ってのはストレスが溜まるわけじゃない?
  そういったことが要因となって、ついカッとなって……」

 「主婦であるはずなのに能天気を絵に描いたような母親しか知らないので、あまり現実味が持てません」

 「誰よ。そんなのほほんさんは?」

 あなたのことです。


 「えっと、それじゃあ老人たちが自分の孫を殺す犯罪が大ブームに!!」

 「だから、えげつないんですってば。
  なんでおじいちゃんおばあちゃんが愛する孫を殺さなきゃいけないんですか」

 「正月にお年玉を貰いに来る時しか会わない孫に苛立って」

 「そんなことで殺してるんだったら、私はおばあちゃんにどれだけ殺されなくちゃいけないんですか。
  今同居するまでは、全然顔も知らなかったんですよ?」

 「ありえなくも無いわよね。こんな時代だし」

 「こんな時代だからってそんな想像するお母さんの頭がありえないですけどね」

 頭まで本当にのほほんさんなんですね。

 「で、お母さん。その妄想犯罪から安全を守るためにはどうしたらいいんですか?
  お母さんとおばあちゃんを牢獄に閉じ込めるぐらいしか思いつかないんですけど?」

 「もう、千夏ったら極端な子ねぇ。変な法律を作ろうとしている頭の痛い政治家みたいよ?」

 うっわぁ、すごい馬鹿にされてる。


 「やっぱりあれよ、そういった予備軍にはストレスを溜めないような社会作りをしなくちゃいけないのよ。
  犯罪を防ぐには、法律よりも社会をどうにかしなくちゃ」

 「はぁ……それってどんな社会ですか?」

 「三日間カレーライスがメニューでも怒らない社会とか」

 「お母さんが楽になるだけじゃん。しかもそのカレーってレトルトでしょ? 昨日みたいに」

 「倒した熊を担いでいても通報されない社会とか」

 「それはおばあちゃんのためですね。っていうか熊を担ぐお年よりはうちのおばあちゃんだけですよ」

 「そんな素敵な社会にいつか……」

 なりません。

 

 




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