3月13日 日曜日 「若者たちの霊」


 (うっわぁ……これが金縛りですか? まったく身体動かないんですけど)

 休日の醍醐味であるお昼寝をしていた私。
 あまりの不活発さにバチが当たったのか、就寝30分後に身体が動かなくなりました。
 一応、意識はあるんですけど。

 (まさかこれ霊障なんじゃ……。っていっても玲ちゃんの姿は見えないし。
  う〜ん……玲ちゃん以外の幽霊とか見ちゃったら嫌だなぁ……)

 

 「あ〜、しんど。マジ疲れた」

 「だよな〜。棟梁めっちゃ厳しいもんな〜」

 ……なんていうことでしょう。
 私の寝ている布団に、2人組の若い男が座っています。
 多分……幽霊だと思うんですけど。


 「マジ耐えらんねぇ。俺、もうこの仕事辞めるわ」

 「え〜!! 何言ってんだよお前!! お前が辞めたら俺の方に負担かかるじゃねえかよ!」

 「まあ頑張れよ。応援してるからな」

 「信じらんねぇ。ホントムカつくよお前」

 ……知りませんでした。
 幽霊って、人の上でたむろするものなんですね。
 っていうか今時な若者過ぎる気がするんですけど。いつ死んだんですか? 人んちで。


 「あの〜、すみません。そこの若者幽霊たち。そこに座られるといろいろ迷惑なんですけど……」

 「ああん? ここは公共の場だろうが!! 俺たちだって座る権利あるだろ!!」

 「ねえよ!! そんな権利お前たちにあるわけないだろ!!
  そこは公共の場じゃなくて私の部屋で、しかも私の布団の上なんですよ!!
  公園にたむろって、注意されたから逆切れ的なことしてんじゃないですよ!!」

 「あ、タケシからメール来てるよ」

 人の話聞けよ若者霊B。

 「なんて?」

 「今から特攻するから、骨拾ってくれってさ」

 「面倒だなそれ」

 「どこの時代と繋がってるんですかその携帯電話は!?」

 謎が謎を呼ぶ霊ですね。
 まあ霊っていう存在自体が謎なんですけど……。

 

 「一体何者なんですかあなた達は」

 「俺たち? 大工なんだよ。カリスマ大工。この家造ったの」

 大工にカリスマとかそういうのがあるのか知りませんが、彼らは私んちを造った幽霊らしいです。
 ……っていうかこの家、建築途中に死者が出たんですか。さすが死谷冥府郎とか言う建築家が設計したらしい家。

 「それで……なんで死んじゃったんですか?」

 この家に住んでいるわけですから、あまり聞きたくない事ですが、
 知らないままでいることにもいかないのです。
 とっとと彼らには成仏してほしいですし。

 「家を造ってた時に出されたオニギリに当たっちゃってね」

 「えー!! 食中毒!?」

 建設中の事故とかそういうのだと思ってたのに。
 というか若い人が食中毒で死ぬって……。


 「げっ、棟梁が呼んでるよ」

 「あ〜あ、またこき使われるのか……」

 どうやら棟梁さんに呼ばれたらしく、渋々ながら私の上から立ち上がる若者霊たち。
 彼らが立ち上がると私の身体も自由になりました。


 「ふあぁ……良かった。ようやく自由になれた……」

 身体を起こして周りを見渡すと、もう若者霊の姿はありませんでした。
 彼らが成仏していることを祈ります。


 「千夏さ〜ん」

 「ん? なんですか雪女さん?」

 「肩に憑いてますけど、大丈夫なんですか?」

 「憑いて!? え? ええ!?」

 成仏、してませんでした。
 とりあえず死因となったオニギリでも供えましょうかね。


 

 3月14日 月曜日 「ホワイトデー」


 「千夏〜!! 今日は、何の日でしょうかね〜♪」

 「急になんですかお母さん。
  今日は……妻子(314)の日でしょ?
  今日だけは夫が不倫相手のことを忘れて、妻子のことを大切にする日なんでしょう?」

 「違うわよ!! そんな素敵に荒んだ家庭環境の日じゃないわよ!!」

 そうなんですか。そりゃ残念。

 「今日はね、ホワイトデーなのよ!!」

 「ああ、うん。そうでしたね」

 「ホワイトデーって知ってる? 別に、街が真っ白になる日じゃないのよ?」

 「っていうかさ、なんでそんなにハイテンションなの?」

 「なんと今日は!! バレンタインデーのお返しをする日なのです……」

 「はぁ……」

 「というわけで、私からのチョコのお返しで〜す!!」

 「どうも……」

 「美味しそうなクッキーでしょ? 私が真心をこめて作ったんだから!!」

 「へぇ〜……」

 「いくつか味見してみたんだけどね、もう一口食べただけでハッピーになったのよ♪」

 「ふ〜ん……そうですか。
  …………っていうか!! そのクッキーの中になにかやばい物入ってたんじゃないですか!?
  だからそんなハイテンションなんでしょ!!」

 「違うわよ!! 変なものなんて、入れてないわよ!!」

 「じゃあなんでそんなに脳みそが快晴になってるんですか!!」

 「そういう季節だから!! 頭の中が快晴になっちゃう、そういう季節だから!!」

 どんな季節だそれは。

 

 お母さんに怪しいホワイトデークッキーを貰ってしまった私。
 処分にすごい困ります。

 「千夏さ〜ん!!」

 「なんですか雪女さん?」

 「ビバホワイトデー!! ホワイトデーですよ!!」

 「……はい」

 「うっわーテンション低っ!! すごく低っ!!」

 っていうかなんであなたはそんなに高いんですか。
 お母さんといい雪女といい……何か薬服用したんですか?


 「私に愛の詰まったチョコをくれた千夏さんに、キャンディーのプレゼントです!!」

 「わ〜い、ありがとうございますぅ」

 「このキャンディーはすごいですよぉ。たった1粒舐めただけでですね。まるで天上に昇るかのような幸福感に……」

 「やっぱなんか入ってるじゃん!! アップ系とかダウン系とか、そういった分類がされそうな薬品がはいってるじゃん!!」

 「うわあおう、千夏さん。ドラッグの専門用語をすらりと出さない方がいいですって」

 うっせえ。

 

 「千夏お姉さま……」

 「……リーファちゃん。もしかしてあなたも?」

 「はい、クッキーです。一応、チョコ貰った義理があるんで」

 「わぁ、ありがとうございます……。なんていうか、リーファちゃんのくせに普通っぽいのがすごいショックです」

 「……食べてみてください。きっと美味しいですから」

 「そ、そんなこと言っちゃってリーファちゃんったら!! どうせヒ素とか硫酸とか炭素菌とか、そういった物が混入されてるんでしょ!?」

 「……」

 「……リーファ、ちゃぁん?」

 「……うえ〜ん!! 酷いよぉお姉さまぁ!!」

 「うっひゃぁ!? ごめんねリーファちゃん!! なんだか、無神経なこと言っちゃって!!」

 「どうせ私は万年ヘボアサシンですよ!! アサシンっていうか、むしろアンシンだよねって言われるくらいのヘボさですよ!!
  そんな私の作ったクッキーなんて、ふ菓子にも劣るんですよ!!」

 「ふ、ふ菓子は結構好きですけど……っていうか本当にごめんねリーファちゃん。
  ほら、ちゃんと食べるから!!」

 リーファちゃんのクッキーを食べる私。
 口に放り投げた後に気付きましたが、これってリーファちゃんの罠なんじゃ……。

 「まずっ!! っていうかすごくまず!!」

 毒とかそういう問題じゃなくて、普通に不味かったです。

 「酷い!! 千夏お姉さま酷いよ!!」

 「いや、これは本当に不味いですよ!! フォロー効かないぐらい、本当に不味いです!!」

 「うわ〜ん!! ぐれてやるー!! ぐれた暗殺者になってやるー!!」

 訳わかんねえなそれ。


 「千夏〜」

 「ん? なんですか黒服?」

 「ホワイトデーラリアット」

 「ぐはっ!!」

 いきなりラリアットしてきやがった黒服。
 何しやがるんですか。

 「ほら、バレンタインデー時に義理パンチくれただろ?
  それのお返しに」

 「へぇ〜……それはありがたいことですねぇ」

 「いや、だからお返ししただけだから……」

 「今の攻撃、お釣りが出る気がするんですけど?
  貰いますか? お釣り分?」

 「だ、だから……」

 「ホワイトデー……ドロップキック!!」

 「ごぶはっ!!」

 ……ホワイトデーってこんなんでしたっけ?

 

 「千夏〜。カップケーキ作ったんだけど、食べる?」

 「ウサギさん……。それ、ホワイトデー?」

 「いや、別にそういうつもりで作ったんじゃないけど」

 「そっか……良かった。これ以上トラウマ増やさずにすんで」

 「なんなんだ。一体ホワイトデーに何があったんだ」

 あったんだというか、現在進行形でトラウマ生産中なんです。

 


 さて、ウサギさんのお菓子で和んだ私を待っているのは、おばあちゃんのホワイトデープレゼント。
 こういったことに疎そうなおばあちゃんですが、なんとなくお菓子とか持ってきそうです。
 ……生死に関わる物じゃなければいいなぁ。

 「千夏ちゃ〜ん」

 「来ましたねおばあちゃん」

 何故か身構えてしまう私。なんか、ありそうだし。

 「今日、ホワイトデーなんですってね」

 「ええ、そうですよ。泣く子も黙るホワイトデーです」

 「そういうことでね、私、飴を持ってきちゃいました」

 「へ、へぇ……」

 どんな飴なんでしょうか。
 すごく大きいとか。すごく辛いとか。そんなとんでもないものなんでしょうか。

 「はい、金太郎飴よ」

 「行事間違えてるよ!!」

 そっちか。飴の種類を間違えるという、基本的なボケなんですか。


 「この飴にはね、金太郎のように強い子になって欲しいという願いがこめられていて……」

 「女の子に願うことではない気がします」

 「熊に好かれるようにという願いがこめられていて……」

 「珍妙すぎる願いですね」

 「動物を従えて鬼と戦えという願いをこめて……」

 「それは別の物語ですよ!!」


 ……今日って、何の日でしたっけ?

 

 

 3月15日 火曜日 「ベッド購入」


 「千夏ちゃんのベッドってさ。もうボロボロよね」

 「なんですかおばあちゃん。ベッド批判ですか? 受けてたちますよ?」

 「なんでそんなに喧嘩腰なのよ。
  えっとね、その古いベッドじゃぐっすり眠れないんじゃない?
  新しいベッド、買ってあげようか?」

 「本当ですか!?」

 「ええ、おばあちゃんらしく、孫のために無駄遣いしたいと思います」

 無駄遣いって言わないでくださいよ。
 孫の安眠を守るための、有意義な投資だと思っててくださいよ。


 「さて、ここにベッドのカタログがあるわけなんですが……」

 「なんでそんな物持ってるんですか? おばあちゃんってベッド業者?」

 「パラパラとめくるだけでもすごい種類のベッドがあるわねえ」

 「そうですね。でもなんで、そんなにカタログ持ってるんですかね?」

 「見て見て千夏ちゃん。ウォーターベッドですって」

 「うわー、なんだかお金持ちっぽいアイテムですね」

 「千夏ちゃん、ウォーターベッドにしてみれば?」

 「いいかもしれませんね。寝た感触とか良さそうですし」

 「寝るのに飽きたらムカつく奴に投げれるしさ」

 「水風船感覚なんですか。あと寝るのに飽きたらってなに?」

 「あ〜、でもこの介護用のベッドも捨てがたいなぁ」

 「介護!? お、おばあちゃん……私はまだ介護を受ける必要がないと思うんですけど……」

 「私用にどうかなって思って」

 「もっと必要ない気がします」

 「でもいろいろな機能を搭載したベッドとかあるみたいね」

 「そうですねぇ……匂いが出る奴とか、なんか意味あるんでしょうかね」

 「変形機能搭載のベッドとかない?」

 「黒服みたいなこと言ってるんじゃないですよ。
  ベッドが何に変形するんですか」

 「敷布団とか」

 「意味あるの!?」

 なんでわざわざベッドを敷布団に変形させるんですか。

 

 「あとさ、回転するベッドとかどう?」

 「どこのラブホテルですかそれは」

 「縦回転で」

 「もう寝れないじゃないですかそれは!!」

 新しい形の拷問ですよそれは。

 「カーブ回転するベッドとか」

 「もはや訳が分かりません」

 「ナックルボール回転するベッド」

 「だからなんで野球の変化球になってるんですか!!」

 「消える魔球回転のベッド」

 「嫌ですよ!! 私、消えたくありませんよ!!」

 どんな怪奇ベッドですか。

 

 

 3月16日 水曜日 「雪女の名前」

 「雪女ちゃん」

 「なんですか? お義母さん」

 いつも通り台所で夕飯を作っているお母さんと雪女さんが世間話し始めました。
 どうせろくでもない話なんでしょうけど、どうしても聞き耳立ててしまいます。


 「今さらなんだけどさあ」

 「はい?」

 「雪女って名前、無いよね」

 本当に今さらだな。

 「はあ、でも千夏さんがそう呼ぶんで、もう仕方ないかと……」

 「千夏ってさ、名前の付け方安直よね。ウサギさんとか黒服さんとか女神さんとか」

 別にいいじゃない。っていうかお母さんたちも私に合わせてそう呼んじゃってるじゃないですか。

 「小学校であだ名をつける授業とかあったらさ、絶対にあの子1貰ってくるわよね」

 無いですよ。そんな面白授業。ゆとり教育であっても。

 「でもそんなシンプルな所が千夏さんのいい所だと思いますよ」

 そんな妙なフォローされても。

 「マジで? マジでそんなこと思ってんの? ありえないってそれは。
  そんなだから雪女さんはいつまで経っても雪女なのよ。もうすぐ春なのに」

 春になったら雪女は別の何かになるんですか?
 どんな生態してるんだよ。

 

 「雪女さんの趣味って何?」

 「趣味ですか? え〜っとですね……雪だるま、作りとか?」

 なんとなくそのまんまだな。

 「本当に? 自分が雪女だということを考慮して、キャラ作りのために言ってるんじゃないの?
  私、そういう人間すごく嫌いなんだけど。もとい、そういう妖怪すごく嫌いなんだけど」

 どれだけ疑ってるんですか。

 「うっ……ご、ごめんなさいお義母さん!! 雪だるま作りが趣味なんて嘘です!!」

 ……嘘だったのか。

 「本当はかまくら作りの方が好きなんです!!」

 たいして変わんないですよ。それ。

 「やっぱりね。私が睨んだ通りだわ」

 どこをどう睨めばかまくらの方が好きって見えてくるんですかね?

 

 「話戻るけどさあ」

 「はい」

 「雪女さんの本当の名前って何?」

 随分話が逸れてましたね。

 「えっと、私の名前はですねぇ……」

 「あ、待った!! 私が当てるから」

 名前当てるって、どれだけの確率で正解するんだか分かってるんですか?

 「え〜っと……雪女さんの名前は……トメ子!! トメ子に間違いないわ!!」

 すごいイモい名前ですね。トメ子。

 「違います」

 やっぱりそうか。

 「え〜、違うの? でも別にいいじゃん。トメ子で。
  これからはトメ子ってことにすれば、全然問題ないじゃん」

 「よくありませんよ!! 人の名前勝手に変えないでくださいよ!!」

 「トメ子のトは、とっても強いという意味で……」

 「トメ子の名前に素晴らしい意味を付けられても、全然その名は愛せません」

 「トメ子のメは、メダカっていう意味」

 なんだよとっても強いめだかって。
 メダカがどう強くなれるんですか。

 「千夏さんのネーミングセンスが悪いって言っている割には、お義母さんもまったくセンスありませんよね」

 まったく同感です。

 「トメ子さん。そっちの魚取って」

 「決定稿なんですか!? トメ子って名前!?」

 なんだか雪女さんが可哀想な状況になってますね……。

 


 「私の本当の名前はですねえ……」

 「ほら。手ぇ休めてると焦げ付いちゃうでしょ。しっかりしてよトメ子さん」

 「もう、私の名前なんてどうでもいいんですねお義母さん……」

 どうでもいいんでしょうねぇ……。


 

 3月17日 木曜日 「卒業式」


 『楽しかった、春の遠足』 『はるのえんそくー!』

 「ふあぁ……」

 不思議なもんですが、卒業式であくびして瞳を潤ませてしまうと、なんとなく恥ずかしくなりますよね。
 泣いてねえよ、みたいなそんな感じで。


 『気持ちよかった、プールの授業』 『ぷーるのじゅぎょー!』

 しっかし暇ですよホント。他人の卒業式なんてそんなもんなんですかね。


 『みんな頑張った、運動会』 『うんどーかい!』

 運動会かあ……記憶に無いのはなんででしょうかね? ズル休みした覚えはないんですけど。
 運動会なんてイベントやったなら、日記に書くはずなのに。絶対に、書くはずなのに。
 書いてないから多分無かったんですよ。多分。


 『京都独自の文化を学んだ、修学旅行』 『しゅーがくりょこう!』

 遊んでるだけでしょ。修学旅行なんて。
 体裁のいいこと言ってるんじゃないですよ。


 『必死に演技した、学芸会』 『がくげーかい!』

 ……学芸会もやった記憶ないなぁ。
 やってたら日記に書いてるはずなのに。はずなのに。


 『毎年死者が出る、牛追い祭り』 『うしおいまつり!』

 そんな素敵イベントはこの学校にありません。


 『手に汗握った、校長先生の公開手術』 『こーかいしゅじゅつ!』

 何があったんだ校長先生に。


 『ふんわりジューシーな、豚肉まん』 『ぶたにくまん!』

 もはや学校行事でもなんでもないじゃないですか!!
 なんのCMだよそれは!!


 『僕たち、私たちは、様々な経験をしてきました!!』

 ええ。それには心の底から同意いたします。

 『そして今、この学校を卒業します!』

 どうぞご勝手に。

 『先生方への感謝、恩赦、恨み、忘れません! お礼参り、楽しみにしててください!』

 なんだかさらりと恐ろしいこと言ってる。

 『皆さん、ありがとうございました!!』 『ありがとうございました!!』

 卒業おめでとうございます。
 全然祝うつもりないですけど、とりあえず拍手はしてあげますよ。

 


 …
 ……
 ………
 …………はっ!? 今私寝てました!?

 『必死に演技した、学芸会』 『がくげーかい!』

 げっ、さっきの夢だったんですか。
 そりゃそうか。あんなへんてこなイベントなんてあるわけないですしね。


 『手に汗握った、校長先生の公開手術』 『こーかいしゅじゅつ!』

 それは本当にやったんだ!?

 

 何があったんだよ。この学校は。

 

 

 3月18日 金曜日 「終業式」



 今日で3学期も終わり、この学年ともおさらばです。
 え〜っと、来年から5年生でしたっけ?
 なんにせよこのクラスとさよならできるのが嬉しいです。


 「千夏さん」

 「え? なんですか?」

 「私たち、これでバラバラになっちゃうのね」

 「はぁ、そうですね……っていうか誰?」

 「田中A子です」

 「びっくりするぐらい脇役な名前ですね!?」

 そんな名前付けた親はとんでもない奴ですね。
 虐待なんじゃないですかそれ?


 「今まで1年間、虐めててごめんなさい。
  ずっと謝りたかったのだけど、言う機会が中々なくて……」

 こんな最後の日に言われても。
 しかも脇役な人に。

 「はあ、まあいいですよ別に。あなた達イジメっ子には別に何も期待してなかったですし。
  謝ってくれただけでも儲けもんだと思っておきますよ」

 「でもね千夏ちゃん。千夏ちゃんにも悪い所はあったのよ?」

 「えー何? 急に自己責任論という名の責任転嫁?」

 少し見直したらこうですか。

 「だって千夏ちゃんって毒舌でしょ? そういう、人を傷つけることってよくないと思うんだよね」

 「まさかそういう事をイジメっ子に諭されてしまう日が来るとは思いもしませんでした」

 「それに千夏ちゃんってえぐれ胸だしさ」

 「えぐれてません。っていうか私たちの年代だとみんな同じ様なもんでしょ」

 「ハバネロの事をハネバロって言ってたし」

 「いいじゃないですかそれくらい!!」

 「隠れキリシタンだし」
 「それは本当に違います」

 なんなんでしょうかこの田中A子は。
 本当に謝りたかったのか疑問に思います。



 「でもね、そんな千夏ちゃんでももう許してあげようと思ったの。
  だって人を嫌ったままで新しい学年を迎えるなんて悲しいことでしょう?」

 「あっれー? なんだか本当に私が悪いような言い回しに、とんでもない違和感を感じるんですけどー!?」

 「だから、友情の握手しましょ」

 「なんででしょうかね? すっげえその屈託の無い笑顔が腹立ちます」

 「ほら、早く手を握って。
  握手というのは互いの利き腕を差し出すことで、相手を信頼しているということを示すもので……」

 「そんな握手の起源を説明しなくてもいいですよ。
  ……分かりました。握手してあげます」

 なぜか圧倒的にあちら側に主導権がある会話になっている気がします。
 すごい交渉術ですね。外務省に求められる人材なのではないでしょうか。


 「はい、握手」

 「えへへ、これで仲直りだね千夏ちゃん」

 「そうっすね」

 なんだか府に落ちませんけど……って!?


 「田中さん」

 「なあに千夏ちゃん?」

 「田中さんの手、なんだかべとべとしてるんですけど?」

 「あはははは!! 引っかかったな!! このゴミっ子!!」

 「なっ……!?」

 「バーカ! バーカ!! 実は私の手に、接着剤を塗っておいたんだよ!!」

 「な、なんでそんなことを!?」

 「4年生最後のイジメに決まってるでしょ!! おほほほほ!!」

 な、なんていう奴でしょうか……。







 「そういうこと聞きたいんじゃなくて、私の手と田中さんの手、くっ付いちゃってるじゃないですか。
  これ、あなたにも害があると思うんですけど?」

 「あっれー!? 予想外のハプニング!?」

 「予想しようよ。これぐらいは」

 馬鹿だコイツ。
 1年間こんな奴に虐められてたのかと思うと、すごく気が滅入ります。


 「とりあえず、終業式に行こうか? 仲良く手を繋いで」

 「全然、仲良くないですけどね」

 なんだこの不思議関係。


 3月19日 土曜日 「おばあちゃんコレクション」




 「痛ー!! 足ぶつけた!!
  誰だよ!! 私の部屋にこんな物置いたの!!」

 「どうしたの千夏ちゃん!?」

 「お、おばあちゃん!! なんかね、私の部屋にね、電信柱がね!?」

 「あ、それ私の」

 「なんでこんなもん持ってくるんですかこのやろー!!」

 どこから電信柱引っこ抜いてきたんだよ。


 「なんで? ね、なんで? もしかしてこれって嫌がらせ?」

 「違うわよ千夏ちゃん。ただ置く場所がなかったから、ちょっと部屋のスペースを借りたの」

 「それが、嫌がらせだというんです。
  というかさ、なんで電信柱なんて持ってきてるんですか?
  300文字以内で納得できるような説明が欲しいのですが?」

 「この電信柱ってさ、可愛いと思わない?」

 「素敵な感性してますね」

 「あまりにも可愛いものだから、持って来ちゃったの」

 「馬鹿じゃないですか!? 普通にこれ、器物損壊罪ですよ!!
  良識のある大人としての行動をしてください!!」

 「もー、分かったわよ。この電信柱は庭に置くことにするわね」

 「違う。私の部屋に置くなというより、引っこ抜くなと言いたいんです」

 「よいしょっと。それじゃね、千夏ちゃん」

 「今度から気をつけてくださいよ」

 まったく。おばあちゃんってたまに変なことするんだから。




 「ぎにゃー!! 砲弾が!! 巡洋艦の砲弾が私の部屋に!?」

 「千夏ちゃん!? どうかしたの!?」

 「いやですね、発射前の砲弾が何故か私の部屋に……っていうか」

 「それ、私の」

 「やっぱりですか!! なんで!? なんでなの!?」

 「その砲弾に一目惚れしちゃって……」

 「どんなセンスしてるんですか!! あと、一目惚れするのは勝手ですけど、私の部屋の中に持ってこないでよ!!」

 「だってね、こんなの物置に入れてたら危ないじゃない」

 「孫娘の部屋に置いておく方がよっぽど危険ですよ!! 暴発したらどうするんですか!!」

 「はいはい。分かりましたよー。千夏ちゃんのケチー」

 「今度変なの持ってきたら、本当に許しませんからね」

 これだけ言っとけば大丈夫……。



 「っておばあちゃん!! こいつはなんですかー!!」

 「う〜ん、なんていうか、ぱっと見ケルベロスに見えるわね」

 「架空の生物を持ってくるんじゃねえよ!!」

 「一目惚れしちゃって」

 「なんでもかんでもときめくのは止めてください!!
  そして、私の部屋に置くのは止めてってば!! なんで分かってくれないんですか!!」

 「別に千夏ちゃんの部屋に置こうと思ったわけじゃないのよ。
  ただね、いつの間にか首輪外してどっか行っちゃって……」

 「余計たち悪いよ!! ちゃんとこういうのは責任もって管理してよ!!」

 「今度から気をつけます。
  ほら、行くわよポチ」

 ケルベロスなのにポチなのか。
 すごく似合わない気がします。




 「うわあぁぁ!!」

 「千夏ちゃん!? 私、また何かやっちゃった!?」

 「な、謎の死体が私の部屋に!! お、おばあちゃん!! もしかして誰か殺し・・・…」

 「それ、私のじゃないわね」

 「余計こえー!!」


 なぜか、我が家でサスペンスが始まりました。






過去の日記