3月20日 日曜日 「お母さんの真剣な話」


 「千夏。ここに座りなさい」

 「お、お母さん? どうしたんですか?
  そんないつになく真面目な顔して……」

 「今日はあなたに大切な話があります」

 「わ、分かりました……」

 見たことがないくらい真剣な眼差しに怯えながら、お母さんの前に正座します。
 怒られるような事した覚えは無いので、叱られるわけじゃないと思いますけど……。
 でも、なんだか怖いです。


 「千夏。いい? これから本当に大切な話をするからね。
  一言も聞き逃さないようにね」

 「は、はい、分かりました」

 こんなに念を押されるなんて、一体何を話そうとしてるんでしょうか?
 笑えないような、深刻な話だったら嫌だなぁ……。お金なくて、給食費払えないとか。

 「今日は……夕飯の献立について。ゴキブリ撃退作戦について。そして千夏の出生の秘密について話したいと思います」

 「何気ない世間話の中にちょっと気になる項目がありましたよー!?」

 「今日の夕飯ね、私的にはハンバーグがお勧めなんだけど、雪女ちゃんはスパゲッティが作りたいって……」

 「お母さん!? なに別にどうでもいい話をし始めてるんですか!?」

 「ほら、なんだかとっても深刻な話の前にはさ、世間話でもしてリラックスした方が話しやすい……」

 「そう思うなら最初に話すことを発表しないでくださいよ!!
  気になって仕方ないですって!!」

 「ハンバーグとスパゲッティ。千夏はどっちがいい?」

 「どっちでもいいですってば!!」

 「わ、分かったわよ。言うってば。
  えっとね……物置にゴキブリが出始めたんだけど……」

 「違いますよ!! 気になってたのはその話じゃないですよ!!
  なんで私の心の中はゴキブリの存在にウエイトを置いてるんですか!!」

 「怖いじゃない。ゴキブリ」

 「ゴキブリなんてどうでも……まあ、確かに怖いですけど。
  でも、今はそれよりも大切なことがあるでしょう!?」

 「大切なこと……ハンバーグの盛り合わせ?」

 「違うっつうの!! 私の出生について!!」

 「ああ、あったわね。そういう項目」

 お母さんが発表した議題の中で、一番重要な項目でしたよ。



 「千夏。実はあなたはね……」

 「は、はい……」

 何を言われてしまうんでしょうか。不安で不安で仕方ないです。

 「あなたは……っ!? ダメ!! 言えないわ!! 私の口からそんな残酷なこと!!」

 「え? お母さん!? 残酷なこと!?」

 「ああ神様!! なぜ私たちにこんな試練を!!」

 「何があるんですか!! 私に!!」

 「千夏。あなたは私の子どもよ。誰がなんと言おうと私の子だからね……」

 「えー!? 誰か私はこの家の子じゃないって言っちゃうんですかー!?」

 「世間に負けずに生きて行きましょう。ずっとあなたを守ってあげるからね」

 「お、お母さん……?」

 な、何なんでしょうか。私には一体どんな秘密があるんでしょうか?



 「あら、千夏ちゃんに春歌ちゃん。2人でなに話してるの?」

 「お、おばあちゃん!! 私、お母さんの子どもですよね!? 他所の子じゃないですよね!?」

 「千夏ちゃん? なに? 昼ドラごっこ?」

 「違いますよ!! わりと真剣ですよ!!」

 「言っちゃダメー!! 千夏に真実を話すのは、まだ早すぎるわ!!」

 「邪魔すんなお母さん!!」

 「え? 春歌ちゃんも昼ドラごっこ? 私も乗らなきゃいけないの?」

 「乗らないでいいです!! 本当のことを教えてください!!」

 「千夏ちゃんと春歌ちゃんは本当に親子よ。私が千夏ちゃんを取り上げたんだから、間違いないわ」

 「な、なんだぁ……。っていうかお母さん。それじゃあ一体何を言おうとしてたんですか!?」

 「ハンバーグとスパゲティどっちが……」

 「もういいですってばそれは!!」

 結局お母さんにからかわれただけなんでしょうか?







 3月21日 月曜日 「探偵ごっこ」

 「千夏ちゃ〜ん! あそぼ〜♪」

 家でゴロゴロしていた私のところに、玲ちゃんが遊びに来てくれました。

 「あ、玲ちゃん。お久しぶりですねぇ。どこか行ってたんですか? 冥界とか」

 「今日は何してあそぼっか? 私はねえ、探偵ごっこしたいんだ♪」

 「うおう、素敵な無視加減。
  それにしても探偵ごっことはまた……」

 「探偵ってカッコいいんだよ。知ってる? 探偵って」

 「知ってますよ。浮気の調査とかして、証拠の写真とって、裁判で依頼人に有利な展開に持っていく仕事をしている人ですよね。
  すごいカッコいいですよね。全然尊敬できませんけどね」

 「違うよ!! そんな荒んだ方の探偵じゃないよ!! 怪盗と闘って、迷宮入りの事件を解決して、無駄に事務所を散らかしている方の探偵だよ!!」

 「玲ちゃんも変な偏見もってますね」

 方向は逆ですが、勘違いっぷりは同じだと思います。



 「でさ、探偵ごっこってどうやるの? 探偵ごっこ初心者の私にご教授お願いいたします」

 「探偵役と犯人役に分かれて、探偵の人が犯人が起こした事件を解決するの」

 「事件起こすって……例えば?」

 「千夏ちゃんちの貯金通帳が消えてなくなるとか」

 「本当に大事件ですよ!! うちの家計をこれ以上苦しくするつもりですか!!」

 「例えばだよ。例えばそんな感じに何かやって、探偵役の子がその通帳のありかを推理したりするの」

 「へぇ〜……」

 「やってみればすぐに分かるよ。
  それじゃあまずは私が犯人役で、千夏ちゃんが探偵さんね。
  私がやった事件を見事推理してね」

 「は〜い。分かりました」



 自分の部屋で玲ちゃんの合図があるまでボーっとすること15分。
 ようやく玲ちゃんからGOサインを貰って、事件現場らしい居間へと向かいます。
 さて、一体どんな事件が起こったのでしょうか。この探偵ごっこ、結構楽しそうだったりします。


 「玲ちゃ〜ん。一体どんな事件を……ってうあぁ!?」

 「えっとね千夏ちゃん。今回は殺人事件を解決して……」

 「っていうか玲ちゃん! なんていうか、リーファちゃんが頭から血を流してぐったりしているんですけど!?」

 「これが今回の事件です」

 本当に事件っぽいのは気のせいですか?

 「さあ千夏ちゃん。リーファちゃんを殺した犯人は一体誰で、どんな目的で、どのような殺害方法を取ったのでしょうか!?」

 「いや、玲ちゃんが犯人でしょ?」

 「ブー、残念。私が部屋に入った時はすでにこうでした」

 「本当に事件じゃん!!」

 も、もしかしてリーファちゃんは家に押し入った強盗にやられたんじゃ……。
 とにかく介抱しないと……!


 「リーファちゃん! 大丈夫ですか!?」

 「千夏ちゃん駄目だよ!!」

 急に私を制してくる玲ちゃん。
 そ、そうですね。頭を強く打ったみたいだから急に動かしたら危ない……。

 「死体を動かしたら、証拠とかが無くなっちゃうかもしれないでしょ!?」

p> 「えー!? そっちの心配!?」

 何気に酷いですよ。
 一応私の妹が生死の境をさ迷っているのに。

 「お、お姉さま……」

 「リーファちゃん! 意識を取り戻したんですか!?」

 「き、気をつけて……くださ、い。犯人は、すぐ近くに……ごふっ」

 「リーファちゃん!?」

 犯人の手がかりらしいものを残して命を落としたリーファちゃん。
 その根性は買いたいですけども、自分の生命を延ばすことにエネルギーを使った方が良かったんじゃないですかね?


 「千夏ちゃん……必ず犯人を捕まえようよ。
  それがきっと、リーファちゃんの望んだことだから」

 「そうですね……。多分、本当に必要なことは病院への輸送だと思いますけど、リーファちゃんのために頑張りましょう」



 犯人捜しの一歩は、証拠品を探すことだと思います。
 まずはリーファちゃんの死体の周りに何か落ちてないか調べ……。

 「あ! こんな所に誰かのペンが!!」

 「あ、それ私の」

 「え? あ、そうなんですか……」

 落ちていたペンをポケットにしまう玲ちゃん。

 「おお! これはリーファちゃんが書いたと思わしきダイイングメッセージですよ!
  えっと、これは平仮名の……『れ』?」

 「『ね』じゃないですか? ほら、ちょっとくるんってなってるし」

 「そうですかね……?」

 「そうだって。間違いなく」

 何故かすごく自分の意見を主張する玲ちゃん。


 「……ねえ玲ちゃん。さっきから気になってたんだけどさ、なんで手に赤い液体が付いてるの?」

 「赤いインクです」

 「赤いインクなんて、普通の生活では付かないよね?」

 「それじゃあケチャップです」

 「……」

 なんていうか。

 「玲ちゃんが犯人でしょ?」

 「ふはははは!! よくぞ見抜いたな千夏くん!!
  だが詰めが甘かったようだね!!」

 そういって庭先へと飛び出して行く玲ちゃん。
 怪盗の真似事してるんでしょうか。っていうかやったことは殺人だし。

 「それではまたいつか会おう! さらばだ!!」

 さっそうと逃げ出す玲ちゃん。
 あまりの展開の早さに私はついていけてません。




 「……リーファちゃんの死体、どうしよう?」

 とりあえず、庭に穴でも掘ることにします。
 埋めるために。



 「っていうか死んでねえよ!」

 「うわぁ!? リーファちゃんがゾンビ化!?」

 まあ死んでないこと知ってましたけどね。



 3月22日 火曜日 「超能力発現」

 「よお千夏」

 「師匠? 今日はいったい……」

 「今日はお前の超能力を開発してあげようと……」

 「おばあちゃ〜ん! うちにやばめな人が来ちゃったよ〜う!!」

 「おいコラ! あの人に告げ口しちゃ駄目だって! 俺、すごいボコられるもん!!」

 もう威厳というものがまったくと言っていいほど無くなってきてますね。  師匠と呼ぶのが嫌になってきたんですけど?

 「でもなんで超能力なんですか? 今までは一応奥義という体裁を取っていたくせに」

 「なんか凄そうじゃん。スプーンとか曲げれたら」

 「スプーン曲げてるのは大抵手品の方ですからね?」

 物の見事に騙されてるんじゃないですよ。

 「じゃあ超能力の開発訓練を行いたいと思います」

 「お手柔らかにお願いいたしますね。真剣にやる気ゼロですんで」

 「まずは、伏せてある54枚のトランプを2枚ずつめくって同じ数字を当てる練習をしましょう」

 「神経衰弱ね。トランプの神経衰弱っていうゲームですよねそれは」

 「さあ千夏!! やってみろ!!」

 「はいはい。分かりましたよ。たんと遊ばせてもらいますよ」

 「違う。遊ぶんじゃなくて本気で神経衰弱やるんだ」

 注文が多い師匠だなぁ。

 「え〜っと、それじゃこれとこれ」

 「ふふふ千夏くん。ちゃんと当たるかなぁ?」

 うっぜえ。超うぜえ。

 「え〜っと、ハートの5とクラブの5…………って当たってんじゃねえかよ!!」

 「おーすげえ。まさか一発目で当たるなんて」

 「すごいよ千夏!! お前超能力の才能あるよ!!」

 「多分運が良かっただけですけどね」

 「そんなに謙遜するなって! お前エスパーだよエスパー! エスパー千夏だよ!!」

 「エスパー伊藤みたいになってるので嫌です。そのネーミングは」

 「ほれ次! 次言ってみろよ!!」 /p>

 妙にテンション上がってるなあ……。

 「え〜と、それじゃこれとこれ」

 「スペードの9とクラブの9…………うっはぁ!? また当たった!?」

 「おーすげえ。今日はなんだか運がいいみたいですねぇ」

 「運がいいなんていうレベルじゃねえよ!! これはあれですよ! 奇跡!? いや、エスパー!!」

 「だから運が良かったんですってば」

 「2連続勘で当てるなんて天文学的な確率だぞ!? 普通あたらねえって!!」

 天文学的数字って結局どれくらいの確率なんですか。そこらへんはちゃんとはっきりさせてくださいよ。

 「次はスプーン曲げやってみよ! ほら! ぐにゃぐにゃ曲げちゃって!!」

 「もうめんどくさいなあ。このスプーン曲げればいいんでしょ?   せーの、えい」

 力を入れてスプーンを握る私。  するとめきゃという音と共にスプーンの柄が曲がりました。

 「すごいよ千夏!! お前は本当にエスパーだ!!」

 「めきゃって音聞いたでしょ!? どうみても力技だったじゃないですか!!」

 この人はどこまで純粋なんでしょうか。騙され易すぎると思います。

 「もーすごいよ千夏。新人類に進化しちゃってるよ」

 「してません。機械の身体をバージョンアップすらしてません」

 「それじゃあ今度は俺にテレパシー送ってくれ! 頼む!!」

 「ねえ、いつまでこんなことに付き合えばいいんですか?」

 「お願いします新人類!!」

 その呼び名は嫌だ。

 「え〜っと、それじゃあテレパシーらしきものを送らせてもらいますよ。   受け取れるものなら受け取ってみなさい」

 「どんと来い!!」

 なんだか野球の魔球を投げるみたいになってる。

 とりあえず心の中に描いたイメージを、師匠に送っているていで瞑想します。  なんていうかこれで本当に届いちゃったら気持ち悪いことこの上ないですね。  師匠が着信拒否してくれることを祈っております。

 「おおー!! キタキタキター!! びびっとイメージキター!!」

 「えー!? 来ちゃったの!? めちゃくちゃ手え抜いていたのに!!」

 「えーっと、テレパシーの内容は……『師匠、愛してる』。なんていうこと言うんだ千夏!!   もう、すごく困っちゃうなあ♪」

 「そんなメッセージ送ってねえよ! さっさと帰れと送ったんですよ!!」

 「いや!! あのメッセージは確かにそうでした!! 間違いなくそうでした!!」

 「言い張るなよ!! ここで言い張ったら超能力じゃなくてただの思い込みじゃないですか!!」

 「違いますー!! 絶対にそうでしたー!!」

 死ぬほどウザイです。どうかこの想いを読み取ってください。  超能力でも奥義でも何でも使って。




 3月23日 水曜日 「リーファちゃんの右腕」

 「……リーファちゃん。その右手、どうしたの?」 

 「どうしたって何がです?」 

 「いや、その……右腕に、なんで壷が……」 

 「気にしないでください。別に壷の中にあった宝石を取ろうとして、手が取れなくなっちゃったわけじゃないですから」 

 今ので全て理解できました。 

 

 「っていうかさ、そんな妙なトラップどこにあったんですか?」 

 「トラップじゃないです! ただのファッションです!」 

 壷を右手にはめるファッションってなんだよ。   どんなアクセサリーだよ。 

 「ほら、右手貸してくださいよ。石鹸水塗って取りやすくしてあげますよ」 

 「別にいいですって! これ、ファッションだからぁ!!」 

 「いや、そんな意地張ってる場合じゃないと思うんですけど?   すごく日常生活に支障きたすでしょ?」 

 「別に大丈夫ですって! これで刺身食べれますし」 

 「食べてみてよ。その壷で食べてみてくださいよ」 

 本当に意地っ張りですね。 

   

 「う〜ん……全然取れないねえ」 

 「……そうですね」 

 「ハンマーで割っちゃおうか?」 

 「駄目です。お姉さまだったら力の加減とか全然出来なくて、私の腕をそりゃあもう見事に打ちそうなので嫌です」 

 「失敬な。こう見えても図工では犬小屋をのこぎりとハンマーで作ったことあるほどの匠ですよ?」 

 「……なんで犬小屋作ったんですか? 犬飼ってないのに」 

 「雰囲気で」 

 「……」 

 なにやってるんだという目は止めてください。 

 

 「ハンマーが嫌だったら手を切断するしかありませんよ?」 

 「そこまで行っちゃうんですか!?」 

 「大丈夫、心配しないでください。   手がなくなってもテレビ東京でアニメ化される際には義手になってますから」 

 「アニメ版ブリーチのことですね!? っていうかアニメ化しませんし!!」 

 夢のないことを……。 

   

 「おばあちゃんに力ずくで取ってもらいますか?」 

 「嫌です。手ぇ千切れちゃいそうですもん」 

 「そこは我慢してくださいよ! むしろ千切るぐらいの勢いでいかないといけませんって!!」 

 「いーやーでーすー!! 嫌ったら嫌なんですー!!」 

 「もうリーファちゃんったら!! わがままばっかり言って!!」 

 リーファちゃんの壷、もとい右手を掴んで引っ張る私。  こうなったら意地でも引き抜いてやりますよ。 

 「イタイイタイ!! 痛いですってばー!!」 

 力ずく効果のおかげか、キュポンという綺麗な音と共に壷が取れました。  おばあちゃん呼ぶまでもなかったですね。 

 

 「良かったねリーファちゃん。これで楽に……にぃ!?」 

 壷を取ったにも関わらず、何故かリーファちゃんの右手にはまだ壷が……。 

 「リ、リーファちゃん? なんでまだ壷が付いてるの?」 

 「え〜っとですね……実は、壷が抜けなくなったのを隠すために、右手を壷で隠してたんです」 

 「…………は!?」 

 たまにリーファちゃんって訳の分からないことをやりますね。 

 

 「何馬鹿なことやってんですか。その壷も取ってくださいよ!」 

 「あいたたたた!! 引っ張らないでー!!」 

 またしてもキュポンといい音がなって開放されるリーファちゃんの右手。  でもなぜか……。 

 「え!? また壷!?」 

 「実はこの壷を隠すために壷で……」 

 「またそれなんですか!?」 

 どっかのロシアのおもちゃですか。 

  

 ちなみに、壷は21層ありました。 

 ある意味すごいよ。 

 

 3月24日 木曜日 「喫茶店開業」

 「おはようございま〜す……って、何やってるんですか皆さん?」

 七福神に追いかけられるというめでたいんだかめでたくないんだか分からない夢から生還した私を待っていたのは、  釘やらハンマーやらノコギリやらを持った家族でした。  ま、まさかそれで私をバラすとか……。

 「朝っぱらから何物騒なこと考えてるのよ」

 「心の中を勝手に読まないでよお母さん。   ……というか、本当に何やってるんですか?」

 「リフォームよリフォーム」

 「今までの経験からいうと、リフォームっていうより改造に近いことしかやってない気がするんですけど?」

 「ふふふ、今回は違うわよ。   なんとね、この家を喫茶店にしようと思って」

 「……なんで?」

 「脱サラで、一攫千金よ!!」

 「サラリーマンじゃなかったじゃん。   じゃなくて、お母さんったらまたそんな事業に手を出そうとして!!   そんなに一家そろって首を吊りたいんですか!?」

 「死ぬ時は飛び降り自殺よ。   成功率高いそうだし」

 違う。自殺方法について異議を申し立てたい訳じゃありません。

 「ほら、千夏も手伝ってよ」

 「この不況のご時世に喫茶店なんて自殺行為ですよぉ……」

 「大丈夫、大丈夫。ちゃんと経営プランを考えてあるんだから」

 「本当ですか?   人生行き当たりばったりなお母さんが?」

 「まずね、喫茶店のテーマなんだけど……」

 少しは私に振り向いてください。

 「ずばり、まるで自宅のように安らげる空間!!   これが喫茶店『チナツ』のテーマです」

 「なんにでも私の名前つけるのはやめてください」

 「RPGの主人公の名前も大体チナツよ?」

 「使いすぎだよ私の名前!!   ネーミングに困ったら私なの!?」

 もしかして私の名前がチナツなのも……。  ってそんなことはどうでもよくて。

 「自宅みたいに安らげるって、具体的にはどんなことするんですか?」

 「ずばり、メイド喫茶」

 「自宅にメイド囲ってる人間なんていねえよ!!   少なくとも、喫茶店に来るような庶民にはね!!」

 「それはあれよ。ロールプレイ?」

 安らぎでもなんでもないじゃん。

 「なんでまたそんな珍妙なことを……」

 「流行ってるらしいじゃん」

 「一部でね」

 「という訳で、千夏には毒舌メイドとして働いてもらうことになりました」

 「妙な個性がついたメイドなんてごめんです」

 「ちなみにリーファちゃんはドジっ子メイドで」

 ドジっ子っていうか、私の暗殺にしくじってるだけでしょうが。

 「ウサギさんが武術メイド」

 いつからメイドは格闘技を修得するようになったんですか?

 「雪女ちゃんが低体温メイド」

 「新しい!! それは新しいですね!!   今までに無い萌えの形ですね!!」

 「黒服さんは黒服メイドで……」

 「えー!? 黒服にも着せるんですか!? きしょいことこの上なしじゃないですか!!」

 「私は性で差別しません!!」

 立派なことを言うもんだと思いましたが、よくよく考えてみると立派な人は自宅をメイド喫茶にしないですよね。

 「今すぐこの一攫千金プランを白紙に戻してください」

 「千夏。これはある意味戦争なのよ。退くわけにはいかないのよ」

 「討ち死に覚悟の戦争はいやー!!!!」

 喫茶店チナツ。開店は来週月曜日からだそうです。




 3月25日 金曜日 「家長選挙」

 「今から家長選抜選挙を行いたいと思います!」

 「おばあちゃん!」

 「千夏ちゃんの異議を認めません。それではまず投票の方法の説明を……」

 「違います!! 異議があるんじゃありません!! 質問の挙手ですよこれは!!」

 「では質問をどうぞ千夏ちゃん」

 「家長って、こんな形で決めるものなんですか!?」

 「うちの場合では去年まで実力主義でしたが、今年から選挙制にしたいと思いました!!」

 「理由は!? 納得できるような理由は!?」

 「なんとなく」

 すっげえおばあちゃんらしい。

 「千夏ちゃんも家長に立候補する?」

 「小学生が家長ってのはちょっとどうなのかと思いますよ?   ……っていうか、立候補している人いるんですか?」

 「春歌ちゃんと女神さんとリーファちゃんが今のところ立候補しているわね」

 「よりによって最悪な人たちが!!」

 これはちょっと我が家のピンチですよ。

 「私も立候補したいです」

 「おーやる気満々ね千夏ちゃん」

 あのお三方の誰が家長になっても、未来に絶望する結果になりそうですから。

 「それでは今から立候補者の選挙演説を始たいと思います」

 家族全員を居間に集めて、おばあちゃんが高らかに宣言します。  しかし一般家庭で選挙なんて普通やりませんよね。さすが我が家。

 「まず始めの立候補者は春歌ちゃん」

 「はいどーもー♪」

 軽いです。軽すぎですよお母さん。

 「私が見事家長に当選したあかつきには……消費税をこれ以上UPさせません!!」

 「我が家の家長にそんな権力ないでしょう!?」

 「あるよ! 都知事とガチンコで話し合うぐらいの権力はあるよ!!」

 ねえよ。あったとしても消費税の問題はどうにもならないよ。

 「あと家の掃除は3日に1回でいいことにします」

 「それってお母さんが楽するだけじゃないですか!!」

 「違いますー! 失業者問題とかそういうの考えての政策ですー!」

 なんで我が家の規則が政策に直結してるんですか。

 「続いての立候補者はリーファちゃんです」

 「どうもー♪」

 軽いよ。軽すぎなんだってば。

 「私が家長になったら、家の防犯設備を全て取り除きます」

 私の部屋に忍び込みやすいようにですか?

 「ついでに姉妹は相部屋とします」

 侵入する手間を省くためか? そうなのか?

 「あとウサギは兎小屋に入れます」

 助けにこれないようにってことですね。

 「どうか私に清き一票を……」

 「清き一票をどす黒い人に投票するわけないでしょ!!   あんた、なに考えてんだよ!?」

 「千夏お姉さまの命のことを毎日考えてますー!!」

 「奪うことをだろ!? 私の命を護ることじゃなくて、奪うこと考えてるんでしょ!?」

 私を暗殺するために家長なんかに立候補しないでくださいよ。

 「続いて女神さんでーす」

 「やっほー♪」

 だから、軽いんですよ。うちの家長ってそんなにお気楽な称号なの?

 「私が家長になったら、今まで日の当らなかった者たちにスポットライトを当てまくりたいと思います」

 それは家長の権限でどうにかなるものなんですか?

 「例えばキムチちゃんとか」

 もう誰も覚えてません。

 「無人島にいた海賊とか」

 本当に覚えてません。

 「ウエイトリフティングが趣味の鈴木おじいさんとか」

 居たようないなかったような……。

 「最強のコーンポタージュ作りに燃える宇宙人とか」

 「そいつは本当にいねえ」

 「最後に千夏ちゃんでーす」

 「……どうも」

 こういう形で皆の前で発言するなんて、けっこう恥ずかしいですね。

 「それではどうぞ!」

 「え〜っとですね、私が家長になったら……お母さんに、ちゃんと家事させます」

 「酷っ!?」

 うるさいお母さん。

 「リーファちゃんを、地下牢に拘束します」

 「外道!?」

 正当な理由に基づいてですよリーファちゃん。

 「女神さんは、ほっておきます」

 「悪魔!?」

 まあこれはどうしようもないことだと……。

 「あと、庭先に埋めてある地雷を今年中に完全撤去します」

 「なんだか本当に政治家の演説みたいになってる」

 仕方ないでしょうウサギさん。

 さて、立候補者の演説も家族全員による投票も終わり、残すところ投票用紙の開票のみになりました。  結果を待っているだけってのがなんだかもどかしいですが、天命に任せてじっと待っていたいと思います。  ……っていうか、私以外の人間が家長になっちゃったら結構きつい展開になるので、結構深刻な待ち時間だったりします。

 「今から、開票結果の発表を行いまーす!!」

 おばあちゃんによる結果発表が今行われようとしています。  さあ、一体どうなるのか……。

 「今年度の家長は、投票数の約8割を獲得した……」

 8割も!? 我が家は8人しか居ませんから……6.4票を獲得したってことに……え? それって7票ってことですよね?  立候補者4人も居たのに、その人たちも当選者に投票したってことですよね?

 「家長は、私に決まりましたー!!」

 「おばあちゃん!? 立候補してなかったんじゃ……!?」

 「そういうの、あまり関係ないから」

 それじゃあなんだったんだあの演説は。

 「っていうかお母さんたち!! おばあちゃんに投票したんですか!?」

 「だってあの腕力には敵わないし……」

 結局腕力なんですか。なんだよこの家。





 3月26日 土曜日 「すき焼き争奪戦」

 「今日はすき焼きだあぁ!!」

 「……だから?」

 夕飯前に叫ぶの止めてくれませんかお母さん。  対応するのもなんだか疲れるんで。

 「肉と野菜の死闘の末に生まれた嗜好の一品。それがすき焼きなのですよ」

 「肉と野菜は喧嘩しない」

 「みんな大好きなすき焼き。でもただすき焼きを食すだけではつまらないと思います」

 「私は食事風景にエンターテイメントを求めていませんけど?」

 「というわけで!! すき焼き争奪戦、正確に言うと、肉の争奪戦を行いたいと思います!!」

 「……お母さん? さっきから結構突っ走りすぎですよ?」

 「今から私が出す問題に答えられた方には、すき焼きの肉を一枚増量!!」

 「答えられなかったら?」

 「シイタケを増量」

 うわぁ微妙。シイタケよりネギの方がいいんですけど?

 「さあみんなー! 準備はいいですかー?」

 テレビのクイズ番組やバラエティ番組でよく使われているフリップボードを手に持って、居間に集合させられている家族一同。  他人から見たら、どんな家族に映るんでしょうか?

 「第1問! 私のバストサイズは何センチでしょうか?」

 心底興味ねえよ。  って言ってたら私のすき焼きがシイタケだらけになってしまうので、一応目測で書きたいと思います。

 「さあ、答えをどうぞ!!」

 以下フリップボード。  私『75p』 ウサギさん『79p』 リーファちゃん『100p』 おばあちゃん『4p』  雪女さん『大きい』 黒服『83p』 女神さん『5m』

 おい、リーファちゃんにおばあちゃんに雪女、そして女神。考える気初めから無いでしょう?  どう見たら100cmなんだよ。どうみたら4pなんだよ。大きいって漠然としすぎですよ。  5mって化け物でしょ。

 「正解は千夏とウサギさん以外の5人で」

 「えー!? なにそれ!? 大きく見積もられればそれでいいの!? っていうか黒服のは? 結構普通じゃん!!」

 「黒服さんのは普通に正解です。他の人たちは言われて嬉しかったからです」

 おい。第1問目でクイズの意味がなくなりましたよ?

 「あれ? おばあちゃんの答えは?」

 「お母さん怖いから」

 なんでクイズにまで力関係が…………。

 「それでは第二問! ウサギさんのバストサイズは何センチでしょうか?」

 何なんですか。なんでそんな部位に注目してるクイズなんですか。

 「さあ答えをどうぞ!!」

 今度こそは肉をゲットしないと…………。

 以下フリップボード。  私『92p』 ウサギさん『96p』 リーファちゃん『36℃』 おばあちゃん『2p』  雪女さん『羨ましい』 黒服『96.3p』 女神さん『90p』

 「……リーファちゃん? その単位は何?」

 「体温です」

 わけわかんねえ。  他の人たちもいろいろ言いたいことあるけど。

 「正解は96.3pで、ウサギさんと黒服さんとお母さんと雪女ちゃんでーす」

 96.3pもあるんですか……っていうか、なんで黒服は誤差無く当てられてるの? さっきのお母さんの場合といい?

 「あの、お母さん……雪女さんの答えは……」

 「正直な気持ちが伝わってきて、大変良いと思いました」

 なるほど。クイズやる気ないんですね。

 「第3問! お母さんのバストサイズは何センチでしょうか?」

 本当にその問題だけで通す気なんですか。今日は胸祭りか。

 「さあ、答えをどうぞ!!」

 以下フリップボード。  私『85p』 ウサギさん『87p』 リーファちゃん『神』 おばあちゃん『85p』  雪女さん『尊敬してます』 黒服『85.7p』 女神さん『私はあなたの奴隷です』

 「うわあぁ!? なんだかみんな敬服しちゃってる!?」

 「正解はウサギさん以外の方々でーす♪」

 いいのか。それでいいんですか。  っていうかまた黒服はピンポイントで当てただろ?  そのデータはどこから出てきたんだ?

 「ラスト一問! 千夏のバストサイズは何センチでしょうか?」

 ああ、やっぱりきましたよ。  皆さん。お願いだから、あら可哀想っていう目で私の胸を見ないでください。  っていうか今までの人たちと比べないでください。私まだ成長期に入ってないんで。

 以下フリップボード。  私『計ったことありません』 ウサギさん『そんな胸でも好きだから』 リーファちゃん『えぐれ』 おばあちゃん『可愛いお胸ね♪』  雪女さん『見てると自信がつきます』 黒服『68.2p』 女神さん『マイナスの概念を世に知らしめるもの』

 みんな何だか好き勝手なこと言いやがって。ウサギさんの答えもなんだか悲しくなっちゃいますよ……。  つうかリーファちゃん殺す。

 「千夏以外全員正解でーす♪」

 「お母さん!! いい加減にしなさい!!」

 …………っていうか黒服はまたしてもピンポイント爆撃を成功させていました。  ねえ、なんで、知ってるの?






過去の日記