5月22日 日曜日 「喫茶店の新メニュー」


 「メイド喫茶がマンネリ化してきました。
  もっと新鮮味をお客様に感じさせるようにしたいのですが、なにかいいアイディアありませんか?」

 夕飯時、ししゃもを食べてたお母さんが急にそんな事を言いました。
 私はあまりメイド喫茶『チナツ』に興味ないんで、反応しないことにします。

 「リーファちゃん、お醤油取って」

 「普通のお醤油と千夏お姉さま用のお醤油、どちらがいいですか?」

 「私専用のお醤油って?」

 「変な薬物が入ってます」

 「普通のお醤油で」

 「はいどうぞ」

 「リーファちゃんって最近正直だよね。どうかしたの?」

 「嘘吐くと鼻が伸びるんで」

 「ピノキオってるねリーファちゃん」

 「こら! お醤油とかピノキオとか年金問題とかはどうでもいいでしょ!!
  今はメイド喫茶の問題が大事なの!!」

 確かにお醤油とかピノキオとかはどうでもいいかもしれませんが、年金問題は結構深刻じゃありません?


 「新しいメニューとか作ってみたらどうかしら? 何かのサービス付きの料理を加えてみたり」

 おばあちゃんが珍しくきちんと脳みそを使った発言しました。
 腕力が具現化した人に似つかわしくないアイディアですね。

 「うん、それはいいアイディアね。みんなで考えてみましょう!!」

 「このデザートのプリン美味しいです。これってやっぱりウサギさんが作ったんですか?」

 「うん、まあね。ついでに俺の分も食べるか?」

 「わ〜いありがとうございます♪」

 「えー、いいなー」

 「はいはい、加奈ちゃんにも分けてあげますから」

 「コラコラ!! プリンとか食料の奪い合いとか金魚すくいで手に入れた金魚の扱いとかはどうでもいいでしょ!!」

 確かに金魚の扱いはどうでもいいですね。

 「千夏! 新しい料理のいいアイディアない!? 無かったら来月のお小遣い無し!!」

 「そんなの横暴だ!」

 「うるさいわね! 働かざる者食うべからずよ!!」

 小学生にしてはびっくりするぐらい働いてる気がするんですけどね。

 「え〜っと、え〜っと……鯛の生け作りとかは?」

 「喫茶店でそんなの頼む奴はいないでしょ。なに考えてるのよ。
  幼稚園からやり直してきなさい」

 「ちょっとしたボケでここまで貶されてしまうとは全然思ってもみませんでした」

 「ママは幼稚園に行くの? じゃーカナと同じだね〜♪」

 「加奈ちゃん……そういうわけじゃなくてね?」

 「次! リーファちゃん!! 何かいいメニュー無い!?
  何も思いつかなかったらウサギさんと相部屋にします!!」

 「それはあんまりです!!」

 そこまで嫌いなのかリーファちゃん。

 「え〜っとですね……千夏お姉さまの竜田揚げとか」

 「千夏は生臭くてお客に出せたもんじゃないので却下」

 そういう問題でもないだろう。
 っていうか私は生臭いんですか。チョーショック。


 「じゃあ雪女さん! カキ氷とかそういう関連のこと言ったら力いっぱい抓る!!」

 「シャーベット……ってああ!!」

 思いっきり言いましたね。氷関係。

 「イタイイタイイタイイタイ痛いですお義母さま!! 許して!!」

 「発案者のお母さん! 何かいいアイディアあるのよね!? 自分で言い出したんだから、何かあるのよね!?」

 「チキンナゲット」

 「思いのほか普通だー!!!!」

 頭を抱えて叫ぶお母さん。何だか今日はやけに切羽詰ってる感じですね。
 見てるのが辛いですよ。


 「まあまあ、そんなに慌てたって仕方ないじゃんか。
  地道に誠意を持って経営していけば、自然とお客さんも増えるだろうさ」

 「ウサギさん……駄目なのよ。それじゃあ駄目なのよ」

 「駄目? 駄目って何が?」

 「実はね、近くの遊園地に私たちのライバル店が……」

 遊園地内にメイド喫茶を作るんですか。
 狙いどころが分からん。

 「へぇ〜、変な事する人がいるもんですね。
  で、その喫茶店の名前は?」

 「喫茶店『悪の秘密結社R』って言うらしいの」

 「びっくりするぐらい馴染みのある名前ですね」

 もしかして復活したんですか?
 それで今度は経営勝負?






 5月23日 月曜日 「ライバル店視察」


 「千夏お姉さま。散歩にでも行きましょうか?」

 「どこの暗闇に連れ込むつもりですかリーファちゃん?」

 「なんて失礼な。人を強姦魔みたいな言い方して」

 強姦魔より性質の悪い暗殺者だろうが。

 「あのですね、偵察を頼まれたんです。あなたのお母さんに」

 「偵察? どこを偵察するって言うんですか?」

 「ほら、昨日話しをしていた、喫茶店『ターゲット』のライバル店ですよ」

 「喫茶店『チナツ』ね。
  リーファちゃんの頭の中で勝手に
  『千夏』=『目標』と便利な携帯電話のごとく自動変換しないでください。
  すげえ気ぃ悪いわ」

 「まあまあ、とにかく一緒に行きましょうよ。で、何かあったら都会の死角に入り込みましょう」

 「やっぱりソレが目的なんじゃないか」

 まあ暇だから行きますけどね。





 「えーあそこに見えますのが、喫茶店『ターゲット』のライバル店になる予定の喫茶店『悪の秘密結社R』です」

 「ターゲットじゃねえっつってんだろ」

 それと、その観光案内的な紹介はなんなんだよ。

 「今はまだ開店の準備をしている段階みたいですね。
  工事の人たちが一杯出入りしてますし」

 こんな状態の店を偵察したって何の意味も無いんじゃないでしょうか?
 そう思うのは私だけ?

 「さて、それじゃあ破壊工作しましょうか?」

 「破壊工作!? そんな話聞いてませんよ!?」

 「何を言ってるのですか千夏お姉さま。
  私たちに課せられた任務は敵の偵察、そして可能であるのなら敵戦力の破壊と……」

 「そんな工作員的な任務を授けられた覚えが無い」

 「まあそんな事どうでもいいです。
  さっさとぶっ壊しに行きましょう」

 「リーファちゃん生き生きしてるね。
  正直怖いわ」

 「それじゃあこのロケットランチャーで遠距離爆撃を……」

 「コラ! 何やってるんだお前達!!」

 「うわぁ!? どこかのおじさんに見つかってしまいましたよ!?」

 「お姉さま! 息の根を止めちゃってください!!」

 「無理ですよ! 私、ロボット三原則に縛られてるから攻撃できな……」

 「カボチャだと思って攻撃するんです! それならきっと大丈夫!! プラシーボ効果です!!」

 「カボチャに殴りかかるような人間になりたくは無いよ」

 「皆の者−!! であえー! であえー!!」

 「ああ!! お姉さまがグダグダやってるから味方を呼ばれてしまったじゃないですか!!」

 どうでもいいですけど、時代劇的な味方の呼び方ですね。



 「お前たち何者だ!?」

 「くっ……囲まれてしまいましたね。どうやって突破しましょうかお姉さま?」

 「ねぇ、なんで私たちはライバル店見に来ただけでこんなに殺気だった人たちに囲まれなくちゃいけないんですかね?」

 「きっと彼らはあの店に何か見られたくない秘密があるんですよ。
  やっぱり腐っても悪の秘密結社って事ですよ」

 「いや、店にロケットランチャー撃ち込もうとしてたからだろ」

 見知らぬおっさんにもっともなこと言われてしまいましたね。


 「千夏お姉さま。右の敵は任せます」

 「た、闘う気なんですね? 分かりました。私は右をどうにかしますから、リーファちゃんは……」

 「千夏お姉さまが作った人垣の穴から逃げます」

 「おい! 思いっきり私を見捨てるつもりかよ!! リーファちゃんも頑張って左の方をどうにかしてよ!!」

 「私、こういう腕力勝負は苦手なんですよね。やっぱり暗殺者は影からスマートに敵を討たないと」

 そんな闇の仕事の誇りはどうでもいい。

 「うらあああ!! 往生しろやあああ!!!!」

 「うわぁ!! 敵が襲ってきたー!!」

 こんな所でやられてしまうんですか!? それは嫌だー!!

 「あれ? 千夏? こんな所でなにしてるんだ?」

 「え? ウサギさん!?」

 「なに!? ウサギだと!? あの、破壊神ウサギだとぉ!?」

 酷い言われようだなウサギさん。

 「無理矢理ハバネロを口に叩き込まれるぞー! 逃げろー!!」

 なんだかよく分からない感じに逃げていく敵たち。
 おそらく以前悪の秘密結社と戦った時に、下っ端たちにもウサギさんの武勇伝が伝わっていたんだと思いますが……ハバネロは無いだろ。

 「ありがとうございますウサギさん……おかげで助かりましたよ」

 「うん、まあ、なんだかよく分からないけど良かったよ」

 「でも……ウサギさんはどうしてこんな場所に?」

 「千夏のお母さんに喫茶店『悪の秘密結社R』ぶっ潰して来いって言われて来た」

 私たちは偵察部隊で、ウサギさんは主力部隊なんですか。
 どういう家族の役割分担だ。

 「それで……本当にあの店潰すんですか?」

 「いや、まだ何も悪い事やってないのにそれは酷い気が……」

 まあそうですよね。

 「帰ろっか?」

 「そうですね、帰りましょう」

 お母さんの兵隊にさせられるのはごめんですしね。




 「…………リーファちゃん? その手に持ってるスイッチは何?」

 「さっきのドサクサに紛れてですね、あのお店に爆弾を仕掛けまして」

 「はい、没収」

 「あー! なにするんですか!!」

 いくら相手が悪の秘密結社だからと言って、爆破するなんて間違ってると思います。
 こういう所はきちんとしておかないと、いい大人になれません。


 ポチッ

 「あ、押しちゃった」




 ……まあなんていうか、いい大人もたまにはこういうミスしますよね。
 燃え盛る喫茶店『悪の秘密結社R』を見ながら、そう思いました。









 5月24日 火曜日 「表彰」


 「第12回、功労賞の授与を行います。では千夏さん、前にどうぞ」

 私、今日は何故か表彰されちゃってます。
 なんでやねん。なんでこんな事になってるねん。
 と思わず関西弁を基礎言語にしてしまう程ビックリしてます。

 「おかーさーん? このやけに気合の入った表彰式は何なんですか?
  着た事なんて見たこと無いスーツまで着ちゃって……」

 「えー千夏殿。貴殿は見事我が喫茶店チナツの敵対組織である『悪の秘密結社R』を経営不能に陥れました。
  その活躍を評して貴殿にこの勲章を贈与……」

 「いりません。ものごっついりません」

 「副賞の悪の秘密結社Rの壁だった物をどうぞ」

 「いらないってば!! こんなの見るたんびに、罪悪感に押しつぶされそうですよ!!」

 昨日は絶対的に私が悪かったし。

 「そもそも何なんですかこの表彰式は!?」

 「我が家の役に立った人に贈られる、大して名誉じゃない賞です」

 価値が無い事を自分で言うな。
 これを貰った私はどう反応すればいいんですか。

 「今までこの家に居てこんなもの貰った覚えないんですけど?」

 「そりゃあ千夏が今までこの家の役に立って無かったからじゃない。
  良かったわね千夏。11年生きてきてようやくあなたは認められたのよ」

 「今まで認められていなかったということが思いのほかショックですよ。
  っていうか私以外にも誰かにあげたことあるの!?」

 「ええもちろん。第1回の受賞者はガンジーです」

 「我が家関係ないじゃん。インド人ぐらいしか馴染みないじゃん」

 「ガンジーさんには生前すごくお世話になりまして……」

 「え? 知り合い!?」

 「よくおでんを1つオマケしてもらったのよ」

 「ごめん。何だか早とちりしてたみたい。
  おでん屋さんのガンジーさんだったんですね。そういう人が居たって言いたいんですよね?」

 「ええ、そのおでん屋を全国チェーン店にしようと頑張った結果、彼はインド建国の父と呼ばれるようになったのよ」

 「えー!? 歴史の教科書に載ってる方の本物のガンジーだったの!?」

 っていうか嘘でしょ?
 おでん屋の全国チェーン店化の夢がどうやったらインド建国に繋がるんだ。

 「ちなみに受賞をガンジー本人に伝えたのだけど、賞を受け取りに来てくれなかったの。
  酷い人よね」

 当然だろ。



 「ちなみに2人目の受賞者は孫悟空さん」

 「坊さんのお供の猿に賞をあげるな」

 「違う違う。かめはめ波を出す方」

 「ドラゴン的なボールな人!?」

 「+Zよ」

 「ああ、大人になったバージョンなんだ。そんな事はどうでもいいな」

 っていうかこの場合は鳥山明を表彰すべきじゃないですかね?
 まあそれ以前にどう我が家に貢献したのかと問いただしたいんですけど。

 「この人も授賞式に来なかったのよね」

 「当たり前すぎてどうしようも無いですけどね」

 「副賞は金斗雲だったのに」

 「Zになったら普通に空飛んでましたし、いらないんじゃないですか?」

 そういう問題でも無いですけどね。



 「3人目の受賞者はね……」

 「もういいですよ。お母さんが勝手に有名人を表彰してるってだけなんだもん」

 「なんと3人目は檜山さん」

 「誰だよ」

 「『3チャンネルに変えたら承知しねえぞ!』が口癖の檜山さん」

 知らない。そんな檜山さん知らない。

 「どんな職業の人だったんですか?」

 「サラリーマン」

 一般人じゃん。びっくりするほど普通の人じゃん。

 「その人はなんで我が家の功労賞に表彰されたの?」

 「顔に似合わず毛深かったから」

 「突っ込みを放棄します。手に余りますので」

 ろくでもない賞なんだって事は充分わかりましたから満足ですよ。


 「4人目の受賞者はジョーズ2……」

 「人ですら無いの!?」








 5月25日 水曜日 「ど忘れ」


 「大変よ千夏!!」

 「なんですって!? 蛇口からうどんが!? それは大変ですねお母さん!!」

 「違うわよ! そんなお昼時に優しい蛇口なんてあるわけ無いじゃない!!」

 そりゃ残念。

 「あれよあれ! えーっと……なんだっけ?」

 「あーど忘れですか? よくありますよね。慌ててる時に限って」

 「えーっと、ほら、なんていうか……黒い奴」

 「ゴキブリ?」

 「そうじゃなくて……ネチネチしてそうな感じの」

 「お母さんの腹の中?」

 「私の腹の中が黒くてネチネチしてるって、どれだけ健康害してるのよ」

 腹黒って言いたかったんですけどね。

 「う〜ん……思い出せない」

 「じゃあ後にしたらどうですか? そのうち思い出すでしょ」

 「まあそうね。忘れちゃったんだからそんなに大変な事じゃなかったんだろうし」

 「そうですよ。お母さんの第一声が『大変』だった時って、そんなに大変じゃない事が多いですもん」

 「そうね。全然大変じゃない事ばっかりだもんね。あははは♪」

 自覚できるなら自重しなさい。





 で、それから4時間後。

 「千夏!! 思い出したわ!!」

 「うっわぁお母さん!? 人がお風呂に入ってる時になんですか!!!!」

 「あ、おばーちゃんだ♪」

 「あら加奈ちゃん。ちゃんと身体洗いなさいよ? 汚い子は生ゴミ処理機に叩き込むからね?」

 「コラ。お母さんなら本当にやりかねないこと言うな」

 加奈ちゃんが怯えるでしょうが。


 「まあ加奈ちゃんの処理施設行きは置いといて」

 「怖いよ。そんな施設聞いたこと無いよ」

 「今日の夕方に言った事を思い出したの!!」

 「ああ……ど忘れした奴ですか。
  嬉しいのは分かりますけど、わざわざお風呂場にまで来なくても……」

 「人類の存亡に関わる事態だからこうまでしているのよ!!」

 「ゴジラでも上陸したとか?」

 「ゴジラ程度じゃ東京を火の海にすることぐらいしか出来ないわよ」

 「十分大惨事じゃん」

 「実はねぇ……近いうちに戦争が起こるのよ!!」

 「……え?」

 平和ボケしまくってる私には、あまりにも現実感の無い危機なんですけど?

 「どの国とどの国が戦争するんですか?」

 やっぱり中東とかそういう危険地帯が……。

 「えーっと……その、う〜んと……」

 「……もしかしてまたど忘れ?」

 「大丈夫! すぐに思い出すから!! もう喉で折り返してるから!!」

 「折り返しちゃ駄目でしょ。ちゃんと口の方まで来ないと」

 「う〜んとね、ゴジラが日本に攻めてきて……」

 「ちょっと待った。私が言った事が混ざっちゃってる。さっき否定したばっかりなのに」

 「あーもう!! 千夏が変な事ばかり言うからこんがらがっちゃったじゃないの!!
  もう知らない!!」

 逆切れしてお風呂場から去っていくお母さん。
 相変わらずぶっ飛んでるなぁ。


 「……加奈ちゃん? なんでそんな泡だらけなの?」

 「カナ、生ゴミになりたくないー」

 「あの人の言う事は八割方嘘ですから、あまり気にしないでいいからね?」

 ろくでもない大人が近くにいると子育てに苦労しますね。




 「あ、おばあちゃん。なんか戦争が起こるらしいんですけど……」

 お風呂から上がって牛乳を飲んでいる私。
 ちょうど近くにおばあちゃんが居たので、事の真実を確かめることにします。
 まあお母さんが言ってたことなので限りなく嘘に近いんですけど。

 「ええ、そうらしいわね」

 「え!? 本当に戦争が起こるんですか!?」

 嫌な世の中ですねぇ……。
 やっぱり対テロ戦争とかそういうのなんですかね。

 「どことどこが戦争するんですか?」

 「アメリカと我が家が」

 「ふーん…………ってオイ!! 大国と一般家庭が戦争ですか!?」

 「一緒に頑張ろうね千夏ちゃん♪」

 どう頑張ればいいんですか?





 5月26日 木曜日 「ミサイル襲来」



 「千夏! 大変よ!!」

 「え? どうかしたんですかお母さん?」

 学校からの帰宅路でお母さんに会いました。
 珍しい所で会うもんだと思っていたのですけど……。

 「我が家がね、アメリカ軍の攻撃を受けたのよ!!」

 「ええ!? っていうかマジで戦争が始まってるんですか!?」

 何が悲しくて大国と一般家庭が戦争してるんだよ。

 「攻撃って一体!?」

 「弾道ミサイルとかの、精密爆撃を受けたの……」

 「そんな……みんなは大丈夫なんですか?」

 「ええ、なんと運がいいことにね、落ちてきたミサイル全てが不発弾だったの♪
  いやー、日頃の行いが良いとこういう事があるのね」

 「はい!? 撃ち込まれたミサイル全部が不発弾なんですか!?」

 運がいいとかそういうレベルじゃないだろそれは。

 「まあ大事に至らなくて良かったですよ……」

 「いや、それがね?」

 「え? なにかあるんですか?」

 みんな無事だったんじゃ…………












 明日からどう暮らせば?






 5月27日 金曜日 「引越し計画」

 「ハチドリ」

 「リンボーダンス」

 「スンバラバ」

 「おばあちゃん、なにそれ?」

 「アラビア語で『テレビ神奈川』を表す言葉よ」

 「嘘つけ」

 「え〜っと……バリケード」

 「え? 続けちゃうのお母さん?」

 「ドリア。こういうの気にしてたらきりが無いでしょ?」

 「間違いをほったらかしにしておく方がきりがないですよ」

 「アンコウ」

 「ウンバラバ」

 「おばあちゃん!! なんですかウンバラバって!!」

 「ラテン語で『テレビ東京』を意味する……」

 「嘘ばっかり言わないでよ!!」

 っていうかなんでテレビ局ばかりなんだよ。



 さて、今は夕食時なんですけども、私たち家族はしりとりしてます。
 なんでそんな事してるかと言いますとね、昨日の爆撃のおかげで家が全壊しちゃって、
 テレビやなんかが全部ダメになっちゃったのでやる事が無いんですよ。
 ちなみに今日の夕食は缶詰でした。ええ、キッチンも破壊されましたからね。

 「いや〜、しかしこうやって焚き木で光を得るっていうのも、なんだかキャンプみたいで楽しいわね♪」

 「お母さんのそのポジティブシンキングが羨ましい」

 「でもあれね、こういう機会が無ければ近代文明のありがたさも分からなかったでしょうね」

 「出来れば戦争という状態でなければよかったんですけどね」

 「いや〜、アメリカ合衆国バンザイね♪」

 ミサイル打ち込まれておいてそりゃあ無いだろ。


 「ウサギさん……これからどうしたらいいんでしょうか?」

 「さあ……。なんどもこの家壊れてるけど、今回は今までに無いほどの崩壊ぶりだからなぁ」

 「不発ミサイルもまだ撤去できてませんしね」

 「確か黒服の奴が信管抜いてるらしいから、もうすぐ何とかなると思う」

 「はあ……それまでは何も出来ないですねぇ……」

 これじゃあリラックスして寝ることなんて出来ないじゃないですか。
 自分の家なのに。



 「あ! そういえば地下シェルターに行けばいいんじゃないですか!?
  こういう時こそ使うべきだと思うんですよ!!」

 「あーそりゃ駄目ね」

 「え……? どういう事ですかお母さん?」

 「近頃のバンカーミサイルってすごいわね。爆発しないでもシェルターをめちゃくちゃに出来るんだから♪」

 「何のためのシェルターだったんですか。もうちょっと頑丈に作ってよ」

 っていうか本当にどうやって暮らしていけばいいんですか。
 はぁ……先が思いやられる。




 「……よし! こうなったら引越ししましょう!!」

 「いや、引越しって言われても……いいんですかお母さん?
  お父さんの思い出があるから家を捨てずにいたんでしょ?」

 「まあこんな状況でそんなこと言ってられないし、戦略的撤退だと思えばオールオッケー。
  多分アメリカの第二次攻撃がもうすぐ来ると思うし、ぐずぐずしてるわけにもいかないわ」

 「第二次攻撃って……そんなに切羽詰まった状態だったんですか我が家は」

 のんきにしりとりなんてしてた私たちは何だったのさ。


 「でもどこに引越すんですか?」

 「うふふ、実はね、すごくいい場所があるの。
  私の田舎なんだけど……」

 「へぇ〜……どこ?」

 「ムツゴロウ王国」

 「その衝撃的な告白に絶望しました」

 どこ出身なんだよお前は。

 「まあそれは冗談で、本当に行く所はアウグムビッシュム族の集落なの」

 「アウグム!? うっわーなんだかろくな事が起きない感じがビンビンと伝わってきますよ!?」

 今までの経験から言わせてもらうと。

 「ふ〜ん……で、その集落ってどこにあるんだ?」

 ウサギさんが私の動揺を気にせず話を続けようとします。
 少しは私を気にしてあげて。

 「世田谷」

 「ええ!? 世田谷に集落があるんですか!?」

 もう訳が分からない。




 5月28日 土曜日 「大移動」


 「さーてみなさん! 荷物持ちましたか? 今から大移動を始めますよー!!
  しっかりこの春歌さんの後ろを付いてきてくださいねー!!」

 「私たちはアフリカの草食動物かよ」

 「戸締りはきちんと確認しましたかー?」

 「戸締り必要ないじゃん。家がびっくりするぐらい素敵に崩壊してるんだから」

 「おやつは300円分までですよー? あと豆腐はおやつに含まれませんからねー」

 「遠足かよ。あと、豆腐をおやつに含む奴なんていない」

 「千夏。その調子で突っ込んでると世田谷まで持たないわよ」

 世田谷までこの調子で行くんですか…………。
 わかりました。これからは無視することにします。


 「さあみんな! 行きましょうか!!」

 「待ってくださいお母さん!! 女神さんが見当たりません!!」

 「彼女は先のミサイル攻撃で二階級特進しました」

 「戦死!?」

 確か全員無事だって言ってませんでしたか?

 「というのは冗談で、彼女のステルス性能を生かした極秘潜入任務についてもらっているので、別行動なの」

 「極秘潜入任務って何ですか?」

 「おもちゃのカンヅメの中身の調査」

 「何だそれ!? そんなの興味な……いや、ちょっとは興味ありますけど、こんな時期に調べるものじゃないでしょ!!」

 「何言ってるのよ! 私たちは生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされてるのよ!?
  おもちゃのカンヅメの中身を知らないままヴァルハラに行くつもり!?」

 「おおう、そんなに力説されるとは思ってもみませんでした」

 そこまで必死ならもう何も言いません。
 疲れるだけだし。



 「さあ! もう何も無いわね!? それじゃ行きましょう!!」

 「ちょっと待ってください」

 「もー!! なんなのリーファちゃん!?」

 「家に刺さってる核弾頭はそのままにしておくんですか?
  このまま放置しているわけにはいかないと思うんですけど」

 お、リーファちゃんが珍しく人のためになること言ってる。
 ちょっとびっくり。

 「リサイクル業者に引き取ってもらう事になっているから大丈夫です」

 多分リサイクル業者の手に余る代物だと思うんですけど……?



 「という事でもう大丈夫でしょう? 早く行くわよ!!」

 「ちょっと待った」

 「今度はウサギさんなの!?」

 「俺が持たされてるこの大きな荷物さ、なんだかさっきからもぞもぞ動いてるんだけど?」

 「ああ、それね。あまり気にしないで」

 「気になる。すんごく気になる。心なしか荒い息遣いが聞こえるし」

 「詳しくは言えないけれど、それは対アメリカ用の最終兵器と言っておきましょう」

 対アメリカ用の最終兵器……訴訟とかですかね?

 「あ、言い忘れてたけど火を吐くから気をつけてね」

 「本当に何を入れてるんだよ!?」

 多分気にしない方がいいと思うんですよ……。



 「さあ! もう万事オッケーよね!? もう何も無いわよね!?」

 「春歌ちゃん。ちょっと聞きたい事があるんだけど……」

 「お母さんまで!? もうなんなのよー?」

 「あと1時間ぐらいで毎週見てる時代劇が始まるんだけどさ、それ見てから出発していい?」

 「もー!! なに悠長なこと言ってんのよ!!
  こうしている間にも刻一刻とアメリカ軍がですねぇ……」

 「健ちゃんが出るのよ。松平さんちの」

 ミーハーっぽいなぁ。

 「え、マジで? じゃあ見ていく」

 「ちょっとお母さん!? 何つられちゃってるんですか!!」

 「いいじゃんちょっとぐらい。そんな生き死にがかかってるわけじゃあるまいし」

 いや、かかってるでしょ?





 結局世田谷に着いたのはそれから4時間後の事でした。

 「……お母さん。そのアウグムなんとかの集落はどこに?」

 「あれ? 久しぶりに来たもんだから街並みがいろいろ変わっちゃってるなぁ……」

 「…………」

 今日は、世田谷で野宿です。
 本当にアフリカの草食動物かよ。












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