5月29日 日曜日 「アウグムビッシュム族の集落」

 「さて、ついにアウグムビッシュム族の集落、レストラン『世田谷』に来たわけですが……」

 「世田谷ってレストランの名前だったのかよ!
  っていうかレストランが集落って何なんですかお母さん!?」

 「人の目を欺くためにこのような体裁を取っているのです」

 「さすがテロ集団。考える事が超法規的」

 「ここに居る従業員はみなアウグムビッシュム族の人でね、和気藹々と親族経営しているの♪」

 「へぇー親族経営。なんとなく時代から取り残されて売り上げが伸びてないみたいに思ってしまうのは偏見ですか?」

 「とりあえずあなた達はここで待ってなさい。
  今から世田谷の人たちと話して、私たちをかくまってもらえないか頼んでみるから」

 「世田谷の人たちに頼むってのも変な言い回しですよね」

 さて、無事お母さんの田舎(と言い張っている地域)に辿り着きました。
 っていうか出発する前に受け入れ先に連絡ぐらいしてくれませんかね。
 もし断られたらどうするっていうんですか。


 「おばあちゃん……本当にここがお母さんの田舎なんですか?」

 「んー、厳密に言うと違うわね。アウグムビッシュム族って遊牧民みたいな所があるから、一定の場所に留まっていないの。
  だから田舎とか故郷って言うのは、仲間たちが居る場所って事なのよね」

 「へぇ〜、さすがゲリラ組織。アジトを転々としてるわけですね」

 「千夏ちゃん。あなたアウグムビッシュム族に結構変な偏見持ってるわよね?」

 そうですかね?


 「みんな〜!」

 お母さんがレストラン世田谷の入り口から手を振ってきます。
 どうやら交渉が終了したみたいですね。

 「どうでしたかお母さん?」

 「あはは、『一族を捨てた人間が今さら帰ってきてんじゃねえよ。しかもアメリカ軍の攻撃対象連れて』なんて言われちゃった♪」

 「思いっきり拒否られてるじゃないですか!!」

 すんげえ嫌われっぷりだな。

 「っていうか一族を捨てたって何!? そんな事したんですかお母さん!?」

 「いやー、あなたのお父さんと結婚する時に駆け落ちっぽいな事しちゃって」

 「ぽいって何だよ。駆け落ちっぽい事って」

 「『私たちの愛は誰にも止められないわ』と書いた手紙を残して集落から去ったの。
  う〜ん……ちゃんと最後に(笑)を付けておいたのに通じなかったみたいね」

 「冗談だったのかよ。駆け落ち」

 っていうかもう最悪な状態じゃないですか。

 「というわけで、私たち一家は物の見事に路頭に迷いました。てへ♪」

 「てへ♪ じゃないですよ!! これからどうするんですか!!」

 「う〜んと……雪女ちゃん!」

 「は、はい? なんですかお義母さん?」

 「千夏と結婚させてあげるから、雪女ちゃんの実家に同居させなさい」

 すげえ。政略結婚だ。

 「あの〜……もう春なので、私の家は溶けて消えちゃってると思うんですけど」

 どこに住んでたんだお前は。

 「え? それじゃあ夏の間は雪女ってどこに住んでるの?」

 「人の家に居候してるんです。ラブコメ的展開で侵入して」

 え……それって今雪女さんが私んちに居ついているの同じ事なんじゃ……。
 それってつまり……。

 「そっかぁ。それじゃあどうしようも無いわね」

 「お母さん。パラサイトが、我が家にパラサイトが」

 「ああもう! どうすればいいのかしら!!」

 目先の問題を重視してるあまり、大変なことを見逃してますよ。





 「しかし災難だったよな」

 「ああ、再結成してすぐにアジトを爆破されたんだもんな」

 「酷い話だよな。カタギに生きようとしていただけなのに」

 「あれもみんな破壊神ウサギが悪いんだよ。マジで悪魔だよ」

 「でも今度はきっと大丈夫だな。喫茶店じゃなくて旅館に方向を転換したんだから」

 「ああ。あいつらに目を付けられることも無いだろう」

 「よっしゃー頑張るぞ! 悪の秘密結社再建のために!!」

 「おう! 我ら悪の秘密結社のために!!」




 「……あの歩いてる2人、どうやら先日ぶっ潰した悪の秘密結社の人たちみたいね」

 「そうですね。今度は旅館を経営するみたいですね」

 「旅館って事は……泊まる場所があるって事よね」

 「…………お母さん?」

 「ウサギさん、おばあちゃん。やっちまいなさい」

 「今度は彼らの旅館を占領するつもりですか!?」

 なんていうか酷すぎませんかね?






 チナツハ リョカンヲ テニイレタ



 こうして私たちは寝床を確保しました。
 倒した悪の秘密結社の人々は、かなりの勢いで号泣してました。
 なんていうか罪悪感が……。





 5月30日 月曜日 「役割分担」


 「というわけで新しい領土を手に入れたわけですが……」

 「お母さん。奪ったと言ったほうがぴったりな気がしますよ?」

 「アメリカ軍の侵攻に対するために、要塞化しようと思います。
  みんな、手伝うように」

 「けっこうこの旅館って広いですよ? 私たち家族だけじゃキツイと思うんですけど」

 「労働力なら捕虜の悪の秘密結社の皆さんがいるから」

 生け捕りにしてこき使うなんてまさに非人道的。
 そりゃアメリカも対テロ戦争とかいちゃもん付けて攻めてくるわ。

 「作業に入る前に、戦争時に置けるそれぞれの役割を決めておきたいと思います。
  急な戦闘時に混乱しないようにね」

 なんていうか本当に戦争してるんですね。
 いっそ冗談であれば良かったのに。

 「えーっと、まず私だけども、司令官になります」

 「お母さん! 異議あり!!」

 「えー!? なんで? ぴったりじゃん!!」

 「お母さんにいろいろ任せちゃうと、死期が早まる気がします!!」

 「私、将棋とか得意よ?」

 近代戦闘において将棋の戦法はあまり関係ないと思います。

 「とにかく不安で不安でしょうがないので、止めてください」

 「えー……じゃあ誰が司令官をやるっていうのよ。他に適任者居る?」

 「えーっと……おばあちゃんとか。戦闘とかに詳しそうじゃないですか」

 「駄目よ駄目。おばあちゃんの知ってる戦法なんて、正面突破しかないんだもの」

 どこまで豪快なんだおばあちゃん。
 まあ今まで正面突破で勝ってこれた故なんでしょうけど。

 「じゃあウサギさんとか」

 「貴重な戦闘要員を司令室に置いておく訳にはいかないわ。
  前線に出てもらわなきゃすごく困るもの」

 「うう……それじゃあ……」

 「諦めろ千夏。司令官になれる適任者なんて誰も居ないんだよ」

 「ウサギさんっ……でもっ、お母さんに任せるのは何だかやばい気がするんですよぉ!!」

 「何て失礼な。ちゃんと頑張るっていうのに」

 いくら頑張ってもお母さんはお母さんだしなぁ……。



 「さて、先ほども言ったかもしれないけど、おばあちゃんとウサギさんは戦闘要員の要としてめちゃくちゃ闘ってもらいます」

 「いくらなんでも2人だけじゃどうにもならないんじゃないですか?」

 「そこは気合でなんとか」

 精神論かよ。

 「まあ足りない分は悪の秘密結社の戦闘員でまかなうってことで」

 「戦闘にまでこき使うつもりですか!?」

 酷いにも程があるわ。


 「で、雪女さんは食料調達。リーファちゃんは後方援護として活動してもらいます」

 「リーファちゃんの援護なんて当てに出来ない気がするんですけど?」

 「信じれば救われるなり」

 またも精神論かよ。
 あと、リーファちゃんを信じてもどうにもならない気がするんですけど。


 「黒服さんは兵器調達及び本拠地の改造を担当してもらいます。
  で、加奈ちゃんは……」

 「加奈ちゃんにまで何かさせる気ですか!? こんな小さな子に何か出来るわけないでしょう!?」

 「甘いわね千夏。今は戦時中なのよ? 子どもにだって、必死になってもらいます」

 うう……嫌な時代ですね。

 「加奈ちゃんは肩叩き係で」

 「えー!? なにそののほほん係は!?」

 「戦闘に疲れたみんなの肩を叩く係です」

 癒し系すぎて逆に力抜けるわ。



 「で、最後は千夏なんだけど」

 「私は出来るなら朝刊を取りに行く係がいいんですけど」

 「戦場カメラマンで」

 「めっちゃ死にポジションじゃないですか!!
  武器も持たずに戦場に出向くなんてどうかしてますって!!」

 「確かにカメラは武器にはならない。でもね、後の世にありのままの真実を伝える鋭い刃にはなりえるのよ」

 「おい。カッコつけてる場合じゃない。っていうか戦場カメラマンなんて必要なくないですか?」

 「えーっと、それじゃあ戦場ツッコミで」

 「訳わかんないですよ!! どういうポジションだよそれは!!」

 「その名の通り、戦場で突っ込みをするの」

 「どうせならその名を通らないで欲しかった」

 「例えば……『お前、何死んでんだよ!!』とかね」

 「不謹慎にも程があるだろ」

 「『お前の銃、みんなよりちっさくねえ?』とかね」

 「それふかわりょうのネタじゃん。突っ込みじゃないじゃん」

 「とにかくそういう事でお願いします」

 「嫌ですって!!」







 5月31日 火曜日 「旅館改造」

 捕虜な秘密結社戦闘員をこき使うこと24時間。
 見事旅館が基地に様変わりしました。
 その弊害で、廊下には作業に燃え尽きた人々が横たわってたりするんですけど。
 どこの戦場風景だよここは。あ、本当に戦場でしたっけ。


 「さて……表向きはただの旅館。しかしその実態は日本を守る秘密基地!
  旅館『チナツ』完成です!!」

 「おおーい、お母さん。その名前は何だ」

 「この旅館の名前よ。素敵でしょ?」

 「一応私の名前だから素敵じゃないとは口が裂けても言えなかったりしますけれど、
  人の名前を何にでもつけるのなんて止めてくださいってば!!」

 「とりあえず千夏にもこの旅館の便利な機能をお教えいたしますね♪」

 「旅館に機能ってなんだよ。訳わかんない」

 「まずこのボタンを押すとね……」

 「ねぇ。私を置いていかないで」

 「旅館のいたる所に仕掛けられているこのボタンを押すと、証明が赤色になって、非常電源に切り替わった雰囲気になります」

 「雰囲気だけかよ! 何の意味も無いじゃん!!」

 「切羽詰った感が楽しめるじゃない」

 戦時中にそれを楽しむ奴はいないだろ。

 「それでこのいたる所仕掛けられている紐なんだけど……」

 「ボタンとか紐とかさ、いたる所にあるのは住居としておかしいと思うんですけど?」

 「この紐を引くと爆発音と煙が家の中に充満して、爆撃を受けた風になります」

 「紛らわしいじゃん! 本当に爆撃受けた時、すごく困る事になるじゃんか!!」

 「切羽詰った感が……」

 「そんなもの楽しまなくていい!!」

 こんな無駄改造のために捕虜たちをこき使ったのか。
 彼ら浮かばれなさ過ぎですよ。



 「さて、これが本当の目玉。っていうか今までのは単なる前菜よ」

 「えらくぶっ飛んだ前菜でしたね。こんなのレストランで出されたら胃が拒絶するわ」

 「このいたる所に仕掛けられている招き猫を……」

 「招き猫をいたる所に仕掛けるな。どれだけ招きたいんだよ」

 「招き猫の手をこう捻ると、にゃーって鳴きます」

 「今までの仕掛けの中で一番しょぼい!! どういう時に使うんだよ!!」

 「癒されたい時とかに……」

 余計寂しいわ。

 「これが目玉ってどういうことですか?
  私たちにあれだけ労働させといてこれだけっていうのなら怒りますよ?」

 「にゃーって鳴いて、ついでに非情警報が発令されます」

 「そっちが一番大事じゃん!!」

 「いやいや、にゃーに比べたら警報なんて漬物みたいなものよ」

 漬物よりは大事だと思いますよ。

 「警報が発令されたらどうなるんですか?」

 「みんなてんやわんやします」

 「いや、落ち着いて対処してよ」

 「とにかく、何か不審なことなどがあったら落ち着いて招き猫の手を捻るように」

 「落ち着いて手を捻るとは妙な警報の出し方ですね」

 「……千夏。これからきっと戦闘が激しくなると思うわ。
  でもね、家族みんなで力を合わせればきっとアメリカなんかには負けはしないわ」

 「そう……ですかね?」

 「何がなんでも生き残ってね。千夏が死んじゃったら私……」

 「お、お母さん……」

 急にそんな事言い出すなんて、お母さんらしくないですね。
 ちょっと不安になってしまうじゃないですか。

 「とにかくこれからもよろしくね♪ 戦場突っ込みとか」

 「死んで欲しくないって言っておきながらその役割を背負わすのはどうかと思うんですけど!?」





 なんにせよ、これで戦争の準備が整ってしまいました。
 これから戦いの日々が続くと思うと不安で不安で仕方ありませんが、家族と共に頑張っていきたいと思います。





 6月1日 水曜日 「常時警報発令中」

 旅館を基地に改造したのはいいんですけど……物凄く暇なのはどうなんでしょうね?
 ミサイルの精密爆撃以来アメリカ軍の攻撃来てませんし……本当に戦争やってるんでしょうか?

 「あ〜……なんか気ぃ抜けますね。あんなに必死になって改装作業やらなくても良かったんじゃないですかね?
  そんなに急がなくても良かったのかも」

 「そうやって油断してる時間が一番危ないんだよ」

 「……そう言うウサギさんだってめっちゃくつろいでるじゃないですか。
  たいして興味ない天気予報を寝そべって見ちゃってるし」

 「まあね。実際暇だからね」

 やっぱり。

 「でもまあ平和が一番だしな」

 「そうですね。何も無い事が一番……」

 『ジリリリリリリリリリ!!!!』

 突如家に鳴り響く警報音。
 もしかしてアメリカ軍が攻めてきたんでしょうか!?

 「お、お母さん! 警報が!!」

 「てんやわんやてんやわんや……」

 「うっわー! 本当にてんやわんやしてる人初めて見た!!」

 「千夏! 突っ込みしてないで落ち着きなさい!!」

 いや、今さっきてんやわんやしてた人に言われても。

 「とにかく、何があったのか確認しましょう!!」

 「そうですね、一体誰が警報を……」

 「はーい♪ 私が招き猫の手首を捻りました♪」

 「雪女さんが!? 何かあったんですか!?」

 「頼んでいたピザが来たので、皆さんにお知らせしようかと」

 「ピザ到着のお知らせだったんですか!?」

 警報の使い方間違ってますよ。



 「雪女さん。今度やったら熱湯風呂に叩き込みますから」

 「私好きですよ? 熱湯風呂」

 本当にお前は雪女なのかよ。

 「とにかくイタズラしないこと。分かった?」

 「でも早くピザ食べないと美味しさが半減しちゃうじゃないですか……」

 「うっさい。今度やったら身体削ってカキ氷にしちゃいますよ」

 「私小学生の時の夢はカキ氷になることだったんですよね〜♪」

 小学校行ってたのかよ。




 「はぁ……雪女さんにも困ったもんですね。
  ウサギさん、没収したピザ食べます?」

 「食べる食べる。
  まあさ、何事も無かったから良かったじゃないか」

 「そうですね。そう思うことにすればいいんですよね。
  ……いつ見てもアンチョビって不思議物体だなぁ」

 「アンチョビって言うのは……」

 『ジリリリリリリリリリ!!!!』

 ウサギさんがアンチョビについてのトリビアを発表しようと思っていた(多分)その時、またしても警報が鳴り響きました。

 「う、うわぁ!? 今度こそ空襲ですか!?」

 「てんやわんやてんや……」

 「おかん! 司令官ならもっと落ち着いてよ!!」

 「卓球部ならカットぐらいお手の物的な発想止めてよね!!」

 例えがよう分からん。

 「で、今度は一体誰が!?」

 「はい、私です。私が招き猫の首を捻りました」

 リーファちゃんが手を上げて言います。
 っていうか首を捻っても警報鳴るんですね。図が怖いけど。

 「リーファちゃん!? 一体どうしたんですか!?」

 「ゴキブリが出たのを皆さんに伝えたくて……」

 「ゴキブリの為に警報鳴らしたんですか!?」

 「だって大変じゃないですか。ゴキブリ出たんですよ? ある意味バイオハザード」

 「だからと言ってゴキブリごときに……いや、まあ確かに大変ですけども、警報鳴らす程じゃないでしょう!?
  リーファちゃんのおかげでお母さんなんててんやわんやになって大変なんですからね!!」

 「ごめんなさい。今度はゴキブリ見ても見なかったことにします」

 「いや、別に報告はしてもいいけれど」

 やさぐれるのは止めてよ。




 「まったくもう皆警報を何だと思って……」

 「まあ何も無くて良かったじゃないか。
  それで、アンチョビなんだけど……」

 『ジリリリリリリリリリ!!!!』

 「またですか!?」

 しかも再びアンチョビトリビアを邪魔して。

 「あたふたあたふた……」

 「お母さん。いい加減慣れろ」

 しかもバージョンを変えてるし。

 「今度は誰だ!!」

 「はい、私よ」

 そう言って手を上げたのはおばあちゃん。
 何故でしょうか? すんごく嫌な予感がします。

 「……一応聞きますけど、なんで警報を鳴らしたの?」

 「お風呂の用意が出来たから、みんな入るようにって……」

 「やっぱりか! やっぱりそういうことなのか!?」

 期待を裏切らないボケっぷり。

 「あと、アメリカの諜報部員がこの家を見張ってたから、撃退しときました。
  さ、みんなお風呂に入って」

 「ちょっと? 今すごく大事なこと言いましたよね?」

 「コオロギの育て方10条のこと?」

 「違う。そんな言葉出てこなかった」

 「まあ別にいいじゃない。はい、さっさとお風呂に入る」


 諜報部員が居たってことは……偵察してたってことですよね?
 それってもうすぐ攻めてくるってことじゃ……。

 「もしかしたら、もうすぐ戦闘が……」

 『ジリリリリリリリリリ!!!!』

 「今度は誰だ!!」

 「ご、ごめんなさい千夏さん。この猫見てると手を捻りたくなって……」

 「雪女さん、削るぞ」





 6月2日 木曜日 「第二次攻撃」


 『ジリリリリリリリリリ!!!!』

 我が家に鳴り響く警報。
 なんていうか、もうこれで50回目ぐらいなので鳴れてしまいました。

 「は〜あ。またかよ。いい加減にしろっての」

 みんなとにかく招き猫を捻りすぎなんですよ。
 ゴキブリ出たとか毛虫出たとか幽霊出たとか。
 ……最後のは結構大問題ですけど。


 「今度は誰ですかー? 一発ぐらい殴らせろ」

 「はい。俺です」

 「黒服さん? 黒服さんが警報鳴らすなんて初めてじゃないですか?」

 「うむ、初体験」

 どうでもいいわそんなの。

 「で、どうしたのさ。どんなボケが私を待ってるのさ」

 「ミサイルっぽいのがこの家に向かってるだけです。
  大した面白エピソードじゃなくて残念」

 「面白エピソードじゃなくても衝撃エピソードじゃないですか!!!!」

 「そうだね。あと五分ぐらいで到着する予定だし、結構慌てふためくべき」

 じゃあなんでそんなに落ち着いてるんだ。

 「そ、そうだ!! お母さんに、司令官に報告しなくちゃ!!」

 「今彼女は慌てふためきすぎて疲れてぐったりしてます」

 ホント役たたねえな。


 「じゃあどうするんですか!? このままじゃあ前回の二の舞ですよ!?
  っていうか多分今度は不発しないだろうし、ここら辺一体巻き込んで爆発しますよ!?」

 「大丈夫。迎撃機能を発動させましたから」

 「迎撃機能? ICBMとか?」

 「あなたのおばあちゃんを打ち上げました」

 「人間ロケット!?」

 それでどうにかなるのかよ。


 「あの人の戦闘力なら超高速で向かってくるミサイルを打ち落とすぐらいわけないはずです」

 「無茶言うねえ。っていうか多分ミサイルの中には核弾頭がありますよね? どうするんですかそれ」

 「おばあさんならきっと気合で核攻撃を跳ね返して……」

 どんな化け物だと思ってるんですか。

 「おばあちゃん……大丈夫ですかね…………」

 私にはここから無事を祈る事しか出来ないのがもどかしいです。















 …………なんだかすごいビジョンが見えましたよ!?







 6月3日 金曜日 「おばあちゃんの腰痛」

 「いった〜……腰痛い」

 「どうしたんですかおばあちゃん?」

 「いやね、なんだか腰が痛くて」

 「そりゃあ昨日あんだけはっちゃければね」

 「何のこと?」

 「別に」

 あれは多分私の妄想ですよね。
 いくらおばあちゃんでも素手でミサイルと格闘するだなんて……。


 「っていうことで千夏ちゃん。私の腰揉んで?」

 「そういう事は肩叩き係の加奈ちゃんにやらせてくださいよ。
  私は戦場突っ込みで忙しいのです」

 「まだ戦場で突っ込んでないじゃない」

 あったりまえですけどね。
 誰がやるか。


 「いいからお願い〜。お小遣いあげるからぁ」

 「それなら了解です」

 がめついとか言うな。


 「それじゃ行きますよー?」

 「はいどうぞ」

 「てーい!! ってうおー! 硬い!! おばあちゃんの身体硬い!!」

 「そんな事無いわよ。柔軟ではマイナス10センチ以上を記録して……」

 「いや、関節がじゃなくて、肉体が物理的に硬いんです」

 「ああ、機械の身体だから」

 さすがミサイルと格闘するだけありますね。


 「うおおおおお!!!!」

 「すごい。こんなに気合の入ったマッサージは見たこと無い」

 「だっておばあちゃん本当に硬いんだもん! 信じらんねぇ!!」

 「はあ〜、しかしこうして孫に身体をマッサージしてもらうと、歳をとったって気がしてくるわね〜……」

 「実際歳とってますけどね」

 「まだまだ現役だと思ってたんだけどなあ」

 「十分兵器としては現役ですけどね。っていうか現代兵器を上回ってますからね」

 「……千夏ちゃん。さっきから何だかちくちくとくるんだけど?」

 戦場突っ込みをやってみようかと。




 「はぁはぁはぁ……疲れた。もう駄目」

 「そんなマッサージぐらいでへたついちゃって……」

 「なんていうか岩盤と闘ってる感じだったんですけど」

 「もっと鍛錬しなきゃいけないわね。私が稽古付けてあげようか?」

 「普通に死んでしまいそうなので遠慮しておきます」

 「そう、それは残念」

 「……おばあちゃん? なんか心底疲れてる感じするんですけど大丈夫ですか?」

 「やっぱりヘッドバッドで核弾頭を叩き割るのは疲れたみたい」

 ホントにやってたのか。
 私の妄想じゃなかったのか。

 「じゃあね千夏ちゃん。私、もう寝るから」

 「ああ、はい。分かりました」

 「あ〜眠い眠い」

 ……いくらおばあちゃんと言っても年寄りであることには変わりないので、ちょっとだけ心配です。
 だから、後で精の付きそうな食べ物でも差し入れに行ってみようと思いました。





 6月4日 土曜日 「母と娘」


 「やっほー。お母さん元気? お見舞いに来たんだけど」

 「春歌ちゃんったら……元気ならこうやって寝込んでると思う?」

 「ほら、ズル休みってこともあるし」

 「春歌ちゃんじゃないんだしそんな事しないわよ」

 「あれ? 私、そんな事したっけ?」

 「いつだったか、幽霊に憑かれて肩が重いから学校休むって言い張ってたじゃない」

 「いや、あの時は本当に霊に憑かれてたんだってば」

 「どんな霊に?」

 「えーっと……遊園地のマスコット着ぐるみのバイトしてたんだけど、
  あまりの通気性の悪さに窒息死してしまった男の人(21歳)の霊だった」

 「現実感をつけようと頑張っているのは認めてあげるけど、限りなく嘘っぽいわね」

 「本当だってばー!! 娘のこと信用しなさいよねー!!」

 「はいはい。分かりましたって」

 「…………でさ、身体の調子とかどう?」

 「う〜ん……なんていうか、けっこうきついわね。
  なんかダルダルって感じ」

 「そっか……」

 「まあ何千年も生きてきたんだしね。こうなっちゃうのはしょうがないのかも。
  身体に結構ガタきてるみたいだし」

 「……お母さんはさ、ずっと私を守ってて、それで幸せだった?」

 「どうしたの急に? そんな事聞いちゃって」

 「んーとさ、気になって」

 「幸せとかそう言う事はよく分からなかったけど、後悔したことは無かったわよ」

 「そう……」

 「春歌ちゃんこそ、器のせいで無理矢理生き永らえさせ続けて辛くなかった?
  自分と同い年だった子が大人になって死んでいって……そしてその人の子どもも大人になって死んで。
  それを何十回も見続けて、辛くなかった?」

 「辛くなかったと言えば嘘になるけどさ……多分、私が長い間生き続けてきたのは、
  ここ十年近くのためにあったんだろうなぁって、そう思えるようになったから大丈夫」

 「ここ十年って……千夏ちゃん?」

 「そう。私の人生はあの子を産むためにあったのです。胸を張ってそう言えるね」

 「そっか……春歌ちゃんは本当にお母さんになっちゃったのね。
  何だか寂しいわ」

 「まあね……。でもさ、今度は千夏に器が受け継がれちゃった。あの子が、ずっと生きなくちゃいけなくなっちゃった」

 「……ごめんね春歌ちゃん。全部、私の所為なのよね。私が星の民と……」

 「別にそれは恨んでないよ。お母さんが浮気しなければ、私はお父さんともお母さんとも出会ってないんだし」

 「……浮気じゃないわよ」

 「今さらなにを」

 「うふふ、確かにそうかも」

 「あははは」

 「……ああ、身体重いわぁ」

 「ふーん」

 「ふーんって……マッサージしてくれないの?」

 「お母さんの身体って岩盤みたいなんだもん」

 「昨日も言われたわ。
  あ〜あ……時間って嫌ねぇ。どんな存在でも等しく殺していくのだから」

 「そうだね…………」

 「……春歌ちゃん、私、ね、もう……」

 「うん。分かってる。分かってるから。だから言わなくていいよ」

 「そう。それならいいわ」

 「……」

 「……私、ね。春歌ちゃんと千夏ちゃんに会えて、本当に良かった。
  生きてて良かったって、そう思った」

 「……そう」

 「本当ならあなたのお父さんとも一緒に暮らしたかったんだけど……あの人は、私が壊しちゃったから」

 「……そうだね」

 「……ねぇ春歌ちゃん。私、あなたにとっていい母親だった? 辛い思い、一杯させなかった?」

 「辛かったよ。一杯辛かった。だけど、悪い事だけじゃなかった。不幸だけじゃなかった」

 「ふふ……そう。ありがとう、春歌ちゃん」

 「どう、いたしまして」

 「もしかして、春歌ちゃん泣いてる?」

 「何言ってんだよバカ。泣いてるの、お母さんじゃん」

 「あら、本当ね。全然、気付かなかったわ……」

 「うぅっ……おかあ、さぁん」

 「私、もう休むわね。疲れちゃったから。
  今までずっと闘い続けてきて、疲れちゃったから。だからもう……」

 「うん。分かった。分かったからぁ……」

 「ごめんね。春歌ちゃんと千夏ちゃんの事、最後まで守れなかった。
  自分の罪、最後まで償えなかった」

 「大丈夫。大丈夫だよ。
  おばあちゃんの弟子のウサギさんも居るしさ、黒服さんも、雪女さんも、リーファちゃんもそして加奈ちゃんも。
  あはは、ついでに、女神までついてる」

 「ええ、そうね。みんな居るのだから、大丈夫よね」

 「うん、大丈夫です。すんごく大丈夫なのです」

 「そっか……心配することなんて、何も無いのよね」

 「そうだよ。だから……だからっ、ゆっくり、休んでいいから」

 「ええ……おやすみなさい、春歌ちゃん。千夏ちゃん達によろしくね」

 「おやすみなさいお母さん。
  ……それと、お疲れ様」

 「……」



 「……うあああああああぁぁん!!!! お母、さぁんっ!!!!
  うっ、ぐぅっ……ああああああぁぁん!!!!」
















過去の日記