6月5日 日曜日 「死」


 まあ人が死ぬっていうのは当たり前のことで、小学生の私でも十分理解できています。
 もう二度と会えないんだって、そういう喪失感を確かに感じています。
 だから、悲しいとかそういうんじゃなくて、ただひたすら寂しいんです。
 寂しすぎて、上手く泣くことも出来ません。

 「えーっと、私のお母さんが死にました。そりゃあもうぽっくりと。バカみたいに」

 朝の食卓に座っている家族みんなの前で、いつもの軽い調子でお母さんが言います。
 口調はふざけてるけど、酷く悪い顔色をしています。
 私なんかよりずっと長い間おばあちゃんと居たのだから、悲しいのは当たり前のはずです。
 でも、お母さんは私たちの目の前で涙を見せようとしません。

 「確かにお母さんは死んだけれども、悲しむ必要はございません。
  あの人は自分の人生を思いっきり駆け抜けました。
  死ぬほど苦しくて辛い人生を、泣き言1つ言わずに生き抜きました。
  だから、天国でゆっくり休む時期が来たのだと、そう思うことにしましょう」

 「……天国なんてあるんですか?」

 「ないよ。天国なんて、ありゃしない。
  天国って概念は、今この世に生きている人のためにあるものなの。
  気ぃ悪いじゃん。死っていう一番辛いことを経験した人間が、もう幸せも何も感じることが無いなんて。
  それって最悪のバッドエンドじゃんか。あまりにも酷すぎるじゃないか。
  だから、私たちみたいなこの世に残された人間は、天国を作りました。
  人の最後はハッピーエンドで終わるのだと、そう思うことにしました。これで少しは気分よくなるでしょ?
  本当は違うのにね。全然、違うのにね」


 人の終わりには、多分救いなんてないんでしょう。
 どんな人間も、平等にバッドエンドなんです。
 生きている間はあんなにも幸せに差があるというのに、死だけはみんな同じぐらい不幸なんです。

 「でもお母さんは天国に行きました。絶対に、あの人は救われました。
  どんな無神論者が私を諭したとしても、くそったれた宗教者がお母さんを地獄行きが当然だと言っても、
  お母さんは天国に行きました。それだけは、絶対に譲らない」

 「お母さん……言ってる事が矛盾してますよ」

 「うん、そうだね。私は天国なんて信じちゃいないけど、お母さんは天国に言ったって思ってる。
  でもそれは、大切なことなんだと思う。私の弱さから生まれたものだけど、必要なんだと思う」

 やっぱり……お母さんが一番辛いんだ。


 「さて、ここで死んだ人はきっとこう願ってますから、
  私たちはこう生きましょうねっていう何となく良い言葉を言わなくちゃいけないんだけど……正直、思いつきません」

 お母さんはきっと、真っ直ぐおばあちゃんの死と向き合おうとしているんだと思う。
 だから、都合の良い言葉で死を誤魔化さないで、自分のありのままの気持ちを伝えようとしているんだ。

 「思いつかないから……私は私の言葉で言う。お母さんなら言うはずだなんて、そんな中途半端は妄想を口にしない。
  私は、今回のお母さんの死によって、酷く傷ついた。もう死にそうなぐらい、血を流した。
  でも大丈夫。お母さんが死んでも、あの人が生きていた過去がなくなるわけじゃない。全部消えてしまったわけじゃない。
  少し時間はかかるかもしれないけど、絶対に立ち直るから。だから、みんな待ってて欲しい。
  お母さんの死は無駄にしない。お母さんの死で、私は何かを学ぶから。ちょっと前より、少しだけ強くなってるから。
  だから、みんなもそうであって欲しい。悲しむだけじゃなくて、強く生きれるようになって欲しい。
  私は……そう思ってる」

 「うん……わかりました。お母さんの言いたい事、ちゃんと理解できましたよ」

 「そっか。うん、ありがとね千夏」

 お母さんは私をぎゅっと抱きしめました。
 私を抱きしめる腕が震えているように思えるのは、私の錯覚でしょうか。

 「大丈夫ですかお母さん……?」

 「大丈夫。全然大丈夫」

 …………じゃあ、その涙は何なんですか。

 「今日は駄目だけど、明日からはきちんと笑えるようになれると思う。
  だから、今日はこれで勘弁ね」

 「はい……分かりました」









 6月6日 月曜日 「葬儀屋」


 「……お母さん? なんか家の前で人が寝そべってるんですけど?」

 「ああ、あれね。あまりに気にしないで」

 「気にしないでって言われてもですねえ……頭から血を流してぐったりしてる人が玄関前に横たわって、
  それで流れ出た自分の血でお母さんの似顔絵を描いてたりしたら、すんげえ気になるってもんなんですけど?」

 「通り魔怖いわねぇ。千夏も気をつけなさいよ?」

 それはあれか? 暗に目の前の傍若無人魔人に気をつけろと言っているのか?

 「……どうしたのアレ?」

 「いやね、人の死を食い物にしようとしているハイエナどもが……」

 「もしかして葬儀屋? おばあちゃんのお葬式をやるために来たの?」

 「らしいわね。まったく酷い話よね。私たちからお金を巻き上げようとするだなんて……」

 「まあ仕方ないとも思いますけどね。
  ……っていうかおばあちゃんの葬式ってどうやるの?」

 「アウグムビッシュム族の伝統にのっとってやろうと思ってるわ」

 「ふ〜ん……どんな風に?」

 「宇宙に打ち上げ」

 「文字通りえらくぶっ飛んだ葬儀方法ですね!?」

 「アウグムビッシュム族では宇宙に打ち上げることによって、
  神である星の民の元へと近付くことが出来るという考えによって生まれた風習で……」

 「別にいいですよ。そんな説明は」

 「そう? 残念ね。
  宗教体系まで全部語り尽くしてやろうと思っていたのに」

 「……っていうかさ、宇宙に打ち上げる伝統ってどんなんだよ。
  すげえ技術力じゃん」

 「まあね。アウグムビッシュム族を舐めるなよ。伊達にたまごっちを生み出した訳じゃないんだから」

 「嘘の栄光を勝手に作るな」

 バンダイに失礼だ。


 「じゃあさ、うちはおばあちゃんをどうやって打ち上げるの?」

 「え〜っと……元の家の跡地にあるミサイルでも使おうかなって」

 「兵器で宇宙まで飛ばすのか。おばあちゃんが浮かばれねぇ」

 「じゃあ花火にでも詰め込んで」

 「もっと浮かばれねえ」

 成仏できませんよそれ。


 「普通に埋葬するってことは出来ないんですか?」

 「でもそれは不法投棄になるからなぁ……」

 おばあちゃんは粗大ゴミかよ。
 まあ確かに機械の身体だから仕方ないのかもしれないけれど。

 「う〜ん……それじゃあ仕方ないから庭にピラミッド作ってそこに収めて置くって事で」

 「どこの王様の葬儀方法ですか!?」
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 っていうか旅館の庭にピラミッドって景観的にどうなのよ。




 6月7日 火曜日 「マスコミな人たち」

 「千夏さん千夏さん」

 「ん……? どうしたんですか雪女さん?」

 「あのですね、いろんな新聞社の人たちから取材の申し込みが来てるんですけど……」

 「……なんで?」

 「アメリカと戦争してる唯一の家庭だから」

 確かに取材する価値はありますね。
 っていうかなんで今まで放って置かれてたんだ。
 近代国家が一般家庭潰すためにガチンコ戦争してるって、かなりびっくりニュースですよ?

 「そうだ! そのマスコミの力を利用して、私たちに有利になるように情報を操作して……」

 「でもぉ、日本のマスコミは結構長いものに巻かれますよ?
  それにすぐに何かと叩きたがるし」

 妙に世間ずれした雪女だな。

 「う〜ん……確かにそうなっちゃったら怖いけど、でも上手く利用できれば……」

 「なに? なんの話?」

 「あ、お母さん」

 何故か服に土を付けたお母さんが、私たちの会話に入ってきました。
 ……もしかして、本当に庭にピラミッド作ってるんじゃないですよね?

 「我が家に取材の申し込みがあるんですって」

 「へぇー、そりゃすごい」

 「それでですね、マスコミを利用してどうにか私たちの力にしようと……」

 「ふーん……。まあやるだけやってみれば?」

 「そうですね。やってみます」

 お母さんが許してくれたので、いっちょ取材に応じてみようと思います。




 「取材をお受けしていただいてありがとうございます」

 「いえいえこちらこそ」

 私の目の前にはいかにも記者な女性。
 真面目そうな人ですね。
 まあ真面目そうじゃない人が記者やってても、なんか信憑性に疑問もっちゃうんですが。

 「私たちは『週刊パンの耳』の者です。これ、名刺です」

 「週刊パンの耳ですか……まるで料理雑誌みたいな名前ですね」

 「料理雑誌ですし」

 「おい!! 料理雑誌がなんで我が家に取材しにきてるんですか!?」

 「必殺料理、オメガティックブラストのレシピを教えてもらおうと思ってたんですけど……」

 「そっちの取材だったのか!! 日本で戦争起きてるのに、そっちを取材なんですか!?」

 平和ボケっていう次元を越えてますよね。それは。

 「是非オメガティックブラストの作り方を……」

 「帰れ」

 料理の作り方を教えてる暇なんてありません。




 「……雪女さん。あれ、なにさ」

 「ま、まさか料理雑誌の取材だとは思わなかったものですから……」

 「いくらなんでもあれはないですよ……」

 「つ、次の所はきっと大丈夫ですよ!!」

 「だといいんですけどね……」

 あんなバカっぽい会話はもうごめんですよ?




 「私たちは『月刊メトロノーム』の者ですが……」

 「へぇ〜……まるで音楽雑誌みたいな……」

 「音楽雑誌ですし」

 「帰れ!!」


 こんなんばっかしでした。





 6月8日 水曜日 「穴掘り」


 「千夏、ちょっと手伝って」

 「おおぅ、お母さん。その手に持ってるスコップは……」

 「もちろん穴を掘るための……」

 ピラミッドか。本気でピラミッドを建造しようとしているのか。

 「うっはぁ……さすがお母さん。踏みとどまると言う事を知らない女」

 「すっげえバカにしてるわよね? まあいいけども」

 「っていうかさ、ピラミッドって穴を掘る必要あったっけ?」

 「あれ? 知らないの? ピラミッドってね、地下に遺体を埋葬するものなのよ。
  上の四角すいは飾りみたいなものなのよ」

 「へぇ〜……じゃあ普通に土に埋めてもいいんじゃん」

 「だからそれは不法投棄になっちゃうんだって」

 ピラミッドを勝手に作るのは不法じゃないんですかね?
 建築法だとかそういうので。



 「さあ千夏! まるで馬車馬のごとく穴を掘りなさい!!」

 「馬車馬は穴掘りませんけども、なんとなく言いたい事は伝わりました。
  死ぬ気で働けって事ですね?」

 もうちょっと優しくしてくれてもバチはあたらないと思うんですけど?

 「ったく、何が悲しくて学校帰りの疲れた身体を引きずって穴掘りしなくちゃいけないんですか」

 「まあまあ、穴掘ってると何か良い事あるかもしれないし、楽しんでやりましょうよ」

 「良いことって?」

 「えーっと……ミミズの切断風景とか」

 「そんなの見ても気分悪いわ」

 「見たことの無い虫が湧いてくる瞬間とか」

 「悪趣味すぎますってば」

 すげえやる気なくすわ。




 『ガキッ』

 「ありゃ? 何か硬いのにあたっちゃいましたよ?」

 「もしかして水道管とか? さすが千夏。運の悪さでは世界一」

 ……人のことをなんだと思っているんですか。

 「……水道管じゃないみたいですよ。なんていうか……鉄の扉です」

 「鉄の扉?」

 旅館の地面に、何故か鉄の扉が付いてます。
 このシュールなドアの立て付け方は一体……。

 「……もしかしたら地下基地への扉かもしれないわね」

 「どこの旅館の地下にそんなぶっとんだ基地があるっていうんですか」

 「だってこの旅館って、もとは悪の秘密結社のものだったじゃない」

 そう言えばそうだった。余りにも馴染みすぎてて、その事実をすっかり忘却の彼方に葬り去ってましたよ。

 「開けてみましょうか? もしかしたら今後の闘いに役立つものが入ってるかもしれませんし」

 「え〜? それより穴掘ろうよぉ。土と戯れようよぉ」

 「趣旨変わってるじゃねえか。おばあちゃんのピラミッド作るために穴掘ってるんじゃないのかよ」

 「それに……それを開けたら大変な事が起きる気がするの。
  とても危険な匂いが……」

 「気のせいじゃないですか? 危険の匂いって、お母さんにそんな敏感に何かを感じることが出来る感受性なんてないでしょ?」

 「いいえ……確かに感じるわ。
  なんていうか、その扉の向こうには古に封印された大妖怪が口を開けて待っているような感覚が……」

 「どんだけピンポイントな感覚なんだそれは……」

 気にしすぎですよお母さ……

 「おいてめえ!! 開ける前からそれ言っちゃ駄目だろ!!」

 「ええ!?」

 ……地面にある扉から聞こえてくる声。
 もしかして、お母さんの言ってたことって大当たりだったんですか?

 「あの〜……もしかして、妖怪さん? 封印されちゃってるんですか?」

 「……イイエ。ワタシ、ヨウカイチガウヨ。タダノヤサシイオジサンダヨ♪」

 「優しいおじさんは閉じ込められてたりしない」

 「本当だってば! 信じて! 信じてくださいよ!!
  それで、この扉を開けてください!!」

 「罠じゃんか! どう考えたって罠じゃないですか!!」

 「違うってばー!!」

 誰が信じるか。



 「千夏。この人、どうしましょうか……?」

 「とりあえず土被せて放っておきましょう」

 「ああ待ってー!! ここから出してくれたら、何でも言う事聞くから!!」

 「一生奴隷として仕えるとかでもオッケイ?」

 「それはちょっと……」

 「意気地のない奴ね」

 相変わらずぶっ飛んだこと言いますねお母さん。
 妖怪よりも怖いよ。


 「よし、じゃあ埋めちゃいましょう」

 「ああ嘘です! 本当に何でもやりますから!!」

 「じゃあこれからずっと三食かっぱえびせんだけで生きなさいっていう嫌がらせもオッケイ?」

 「いや、それは勘弁……」

 「随分と意志薄弱な妖怪だな」


 とりあえず、扉にはフタをしておくことにしました。







 6月9日 木曜日 「寝不足」


 「……寝れない。どうしよう……」

 「どうしたんですかお姉さま?」

 「リーファちゃんですか……いやね、何だか今日は眠れないんですよ」

 「あ〜……そういう日、たまにありますよねぇ。
  不思議な事に全然眠くならないんですよね。あれって何が原因なんでしょうね?」

 「ホント不思議で迷惑な脳みそですよね……っていうかさ」

 「なんですか?」

 「……なんでリーファちゃんが私の部屋にいるのかな?」

 「気にしないでくださ……」

 「気にする。めっさ気になる」

 まあその理由はただ1つなんで、聞きたくは無いんですけどね。




 「うおーっ! 出せー!! っていうかお願い! 出してください!!」

 ……庭の方から、聞こえてくる声。
 間違いなく昨日の妖怪ですね。

 「……うるさいですね、あれ」

 「そうですね。やっちまいましょうか? この日本刀で」

 物騒だなリーファちゃん。
 っていうかその持ってる刀はあれか? やっぱり私を細切れにするための物なのか?

 「やっぱりあれが眠れない原因なのかなぁ?」

 「かもしれませんね。変な妖気が吹き出てるのかも」

 「妖気ですか……? でも雪女さんが近くにいても何も影響ありませんよ?」

 「あれは妖怪の内にも入らない、へっぽこモンスターですから。
  平熱が38℃だし」

 「雪女の癖に高いなそれ」

 「出してー! なんでもするから!! あっ、でも足の指舐めろとかは無しー!!」

 あれからどんな条件を出されたんだよ。


 「あ〜あ。もうちょっと厚く土かけとくべきでしたかねぇ」

 「やっぱりやっちゃいます? このバールで」

 「バールとはまたえぐい凶器をお持ちですね」

 もしかしてそれで私をこじ開けようと……?



 「それにしてもあの妖怪、一体何なんでしょうかね?」

 「悪の秘密結社の最終兵器だったんじゃないですか? よく分かりませんけど」

 「へぇ〜……最終兵器ねぇ。どんな姿してるんでしょうかね?」

 「きっと角とか生えてるんですよ」

 「ありがちなデザインだなぁ」

 「豆腐の」

 「ツノじゃないのか? カドだったのか?
  私勝手に音読みしちゃいましたよ」

 「おー。さすが活字の魔力」

 訳の分からない会話をするな私たち。



 「痛い! なんだか押し込められすぎてて腰が痛い!
  このままだと死んじゃう! 死んじゃうよ!!」

 「死んじゃうらしいですよ」

 「いいんじゃないですか? この缶きりを使う必要が無くなって」

 その缶きりはもしかして私を……って、缶きりでどうにかなっちゃう存在なんですか私は。



 結局、こんな馬鹿げた会話を午前五時まで続けるはめになりました。
 朝まで話しこむなんて、私たちって仲良し姉妹ですね。ってリーファちゃん言ってたけど、
 実際は彼女の持ってる武器類が気になって眠れなかっただけでした。








 6月10日 金曜日 「旅館経営」

 「さて、順調に貯金を食いつぶしていってる今日この頃。皆さんはどうおすごしですかね?」

 「いきなり我が家の財政の不安を明らかにして、なおかつ嫌味まで加えてくるとはすごいテクニシャンですねお母さん」

 「皆さんに今日集まってもらったのは他でもありません。毎度おなじみのお金についての話し合いです」

 やっぱりか。
 何度もやりすぎてて慣れてきましたよ。

 「このままではアメリカ軍の攻撃よりも先に栄養失調に殺されかねません。
  そこで、皆さんからどうにかお金を集めたい!! もしくはお金儲けのアイディアが欲しい!!
  そういう趣旨の家族会議です」

 兵糧攻めされたら簡単に落ちそうな要塞ですね。ここ。

 「さあ千夏ちん! 何か良いアイディア無い!?」

 「誰が千夏ちんか。
  え〜っとですね……消費者金融に借りる」

 「よし。簡単そうだしそれ採用」

 「ちょっと早まらないでくださいよ!! 一家心中コースの入り口ですよそれ!!」

 冷静に突っ込んでくれた雪女さん。
 妖怪の癖に我が家で一番良識があるように思えるのはどうしたもんかね。



 「ここは要塞って事になってますけど、元は旅館なんだからそれを活かせばいいじゃないですか!!」

 「あー、なるほど。売春宿とかね」

 「違いますよお義母さん!! なに異次元に転移してる思考してるんですか!!」

 おおう。今日は雪女さんが頑張りますねぇ。
 こんな激しい突っ込み、見たことない。

 「うっわぁ……そこまで言われると凹むわ」

 「まあ今のはお母さんが悪いですから仕方ないですよ」

 「ううぅ……じゃあさ、やっぱりこの旅館を賭場に……」

 「真面目に生きてよお義母さん!!」

 私の心からの願いをここまでストレートに言ってくれるだなんて。
 ちょっと感動。



 「というわけで、仕方ないので旅館経営します。
  アメリカ軍の防衛しながらの掛け持ちになるけど、みんな頑張るように」

 「頑張るって言われても……何すればいいんですか?」

 「えーっと……雪女ちゃんがお客に出す料理を作って……あとはみんなで適当に接客」

 「私にすごい負担掛かってませんか!?」

 「そりゃあ雪女ちゃんが発案者なんだもの。責任を取ってこれぐらいは……」

 あっぶねぇ。その理論で行くと私の案が通った時は、借金のかたに私自身を売られかねない勢いでしたよ。

 「あまりにもそれは不公平すぎます! もうちょっと仕事を分配してください!!」

 「ん〜……じゃあね、みんながご飯をお椀に盛る仕事で、雪女さんがあと他の料理を作る……」

 「さっきと大して変わってないじゃないですか!!」

 「じゃあご飯に黒ゴマをかける所まではやってあげる」

 「そんな流れ作業的な優しさはいりません!!」

 「おっ、落ち着いて雪女さん……」

 今日は本当にすごい勢いですね……。
 何かあったんでしょうか?

 「どうしたんですか雪女さん? 何か辛いことでもあったんですか?」

 「千夏さん……実は私、気付いてしまったんです」

 「気付いたって……何に?」

 「私は、私はぁ……もしかして、嫁という肩書きに騙されて、
  都合のいいお手伝いさんとしてこき使われてただけだったんじゃないかと!!」

 「気付くの遅っ!?」

 もっと早くその事に気付くべきだったと思うんですよ。


 「雪女ちゃん! なんて悲しい事を言うの!?
  私は、本当のお嫁さんのようにあなたに接してきただけなのに……」

 本当の嫁にもああいう事させるんですか。
 ひでえ奴だな。

 「そ、そうだったんですか……?」

 あ、雪女さん騙されかけてる。

 「もちろんよ! 雪女さんを、ただありのまま受け止めてあげようと思っていただけなの!!
  だから遠慮することなくあなたに色々頼みごとをしていたのに……ただそれだけだったのに……」

 「あ、あの……ごめんなさいお義母さん!! 私、お義母さんの事疑っちゃいました!
  料理作ってくれる都合のいい奴って、そう思われてるんじゃないかって……」

 あながち間違ってはなかったと思いますけどね。
 その考え方。

 「分かってくれたのね! 嬉しいわ雪女さん♪」

 「お義母さん!!」

 がっちりと抱き合う2人。
 相変わらず放って置かれたままの私たち。

 「ということで、料理の方はお願いね雪女ちゃん♪」

 「はい! どーんとお任せあれ!!」

 雪女さんの人生、それでいいんですか?





 6月11日 土曜日 「携帯電話」


 「おかーさーん」

 「ん? どうしたの千夏?」

 「携帯電話ください」

 「はい、あげる」

 「おおう。もうちょっとごねるかと思っていたのに、こんなにもあっさり携帯電話をもらえてしまうだなんて」

 「あれ? 不服だった? いつもみたいな禅問答やる?」

 私たちの普段の会話を禅問答って言うな。

 「どうしたの千夏? 急に携帯電話を欲しいだなんて言い出して」

 「いや、別にくれるならそれでいいんで、思い出したかのようなテンプレート展開にしなくてもいいですよ」

 「なになに? 援助交際で家計を助けたいから、携帯電話が相手との連絡用に必要?
  千夏ったら、なんていい子なの!!」

 「リアクションが間違ってる。援助交際しようとしている娘を誇りに思うな」

 「じゃあ何なの? ちゃんと理由あるんでしょうね?
  もしこれで友だちが持っているからなんていう小学生っぽい理由だったら……」

 「理由だったら……?」

 「携帯電話じゃなくてPHSを渡します」

 「ああっ! それは微妙に困る!!」

 本当に微妙な困り具合ですけど。


 「で、なんで欲しいの?」

 「ほら、今って一応戦時中でしょ? だから何かあったときのために、連絡手段を確保していた方がいいと思って」

 「げっ、結構真面目な理由。つまんねえ」

 「何を期待していたのか知りませんけど、とにかく携帯電話ください」

 「分かったわ。一応きちんとした理由だし、携帯電話をプレゼントしてあげる」

 「わーい♪ やったー!!」

 「じゃあ携帯電話の機種はどんなのがいい? カメラ付き携帯? それともカメ付き携帯?」

 「亀付きって何だよ。どんな新機能だそれは」

 「携帯電話の手足が引っ込む」

 「私の知ってる携帯電話には手足が無いんですけど?」

 「えー? 何言ってるの? 最新式の奴だよ?」

 「そんな最新式知らない。聞いたこと無い」

 「握力は右40kg、左50kgなの」

 「携帯電話の握力なんて興味ないです。って、その携帯って左利き?」

 「色はどんなのがいい?」

 「手足が付いてなければどれでもいいですよ」

 「私のオススメはねぇ……赤かな」

 「へぇー。なんで?」

 「機動力が3倍だから」

 「日本に居る狭い範疇の人間が言いそうな事をのたまうな」

 「でも実際は1.3倍なんだけどね♪」

 「狭い範疇の中のさらに濃い人が言いそうな事をのたまうな」

 「ストラップは何がいい?」

 「手足が付いてなくて、色が赤でなければ何でもいいです」

 「やっぱキャラ物かなぁ……モリゾーとキッコロとか」

 「すげえ微妙。キャラクターデザイン的に」

 「しかも喋るのよ? 『お前、結構ニラ臭いな』って」

 「多分モリゾーとキッコロはそんな事言わない」

 私が貰える携帯って、一体どんなものになるんですか…………。













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