6月12日 日曜日 「食材の調達」


 「千夏ー! これ見て見て♪」

 「うわっ! すごくでっかい魚じゃないですか!! なにこれ? 鯛?」

 「そう鯛。海の叶姉妹と呼ばれるほどセレブな高級魚よ」

 「その言い回しは上手いのかどうか微妙なラインですね。
  ……もしかして! 今日の夕食って鯛料理ですか!?」

 「これは私たちが食べるんじゃないわよ。お客様に出す物なの」

 「お客様……? 誰か来客してましたっけ?」

 「もー、千夏ったら相変わらずボケボケね♪
  旅館のお客様に決まってるじゃない」

 「あー、あれね。本当に営業しちゃったんだ?」

 「今日は試験運営って事になってるけどね」

 「ふ〜ん……じゃあ、お母さんの後ろにある一杯の荷物って……」

 「ぜーんぶ食材よ♪ しかも最上級の」

 またも変なところにお金かけやがって……。
 舌の肥えた人がこんな旅館になんか泊まりにくるわけが無いんだから、適当な物見繕っとけば良いだけなのに。


 「それにしても食材多すぎじゃないですか? そんなに人が一杯来てるとは思えないんですけど?」

 「料理のメニューも試行錯誤するつもりだからさ、多めに用意したの。
  雪女ちゃん用のドーピングまで準備してあるわ♪」

 「クスリ使うぐらい働かせる気なのか。こき使うにも程がありますよ?」

 「でさ〜、今日ね、市場に食材を買いに行ったら、すっごく面白い物がたくさん並んでたのよ」

 「面白い物?」

 「じゃーん♪ まな板まで切れる包丁ー!!」

 「うっわー。物の見事に引っかかってるー」

 「これ、すごいのよ? なんてたってね……まな板まで切れちゃうんだから!!」

 「商品の名前聞いた時点で分かりましたよ。その無駄機能は」

 いちいちまな板まで切ったら料理にならないだろ。

 「後はねー」

 「まだ何か買ってきたんですか」

 「火炎放射器でも焦げ付かない中華なべ!!」

 「どんな火力で料理するつもりだったんですか」

 「なんとこの鍋のすごい所はねぇ……」

 「焦げ付かないんでしょ? いちいち説明しなくて良いよ」

 「これを買ったら包丁が付いてくるの♪」

 「じゃあさっきのまな板まで切れる包丁いらないじゃん。買ったの無意味じゃん」

 「後はねー、面白い食材も仕入れてきたんだー♪」

 「そうですか。私はたった今、我が家の家計が苦しくなっている理由が分かったんですけど、発表してもいいですか?」

 「ほら見て、マンドラゴラ」

 「どこでそんなの仕入れてるんですか!?」

 っていうかどんな料理を作る気なんだ。







 6月13日 月曜日 「新メニュー」


 「ち、千夏さん……」

 「ゆ、雪女さん!? 一体どうしたんですか!? なんか、身体が溶けてますよ!?」

 「溶けてません。ただの冷や汗です」

 「雪女が冷や汗とはまたぴったりな表現……」

 「……」

 「あれ? ツッコミは?」

 「身体がガタガタなんでそんな気力ないです」

 「そんなになるまで一体何をやってたんですか?」

 「お義母さんに旅館のメニューを作るように言われて……それで、ずっと厨房に篭りっきりで」

 本当に奴隷扱いですね。



 「そ、それでですね……この渾身の料理を千夏さんに食べていただきたくて……」

 「へぇー。美味しいんですか? その料理」

 「血反吐つきながら作りました」

 「なんか血液が入ってるみたいな言い方が嫌ですね……」

 「まずは〜……第一品目『ようかん』」

 「いきなりデザートかよ。料理の出す順番も考えてください」

 「このぉ、でざぁとのぉ、すぅんごぉい所はぁでしゅねぇ……」

 「本格的に脳がやばいですよ雪女さん」

 「一見ようかんの様に見えますが、本当はロウで作られてます」

 「それってただのイミテーションじゃないですか!!
  定食屋のディスプレイに飾ってある奴でしょ!?」

 「歯ごたえが凄いんですよ」

 「そりゃそうだろうね」

 ロウだし。



 「第二品目は……ビーフシチューです!!」

 「日本的な旅館で出すメニューじゃないですね。絶対ボツ喰らいますよ?」

 「このビーフシチューの凄い所はですねぇ……なんと牛肉を使って無いんです!!」

 「ビーフシチューじゃないじゃん。なんかの肉使ってるシチューじゃん」

 「ちなみに使っている肉は、倫理上教える事が出来ません」

 「え……倫理に引っかかる肉……?」

 「さ、どうぞお食べください」

 お断りだ。




 「第3品目は山菜で作った前菜です」

 「前菜なら最初に出せ」

 「この山菜の凄いところはですねぇ……」

 「さっきから言おうと思ってたんですけど、料理の凄い所は美味しい事だけでいいと思うんですよ」

 「使われている山菜が、山で取れた物じゃございません」

 「山菜じゃないじゃん。否山菜じゃん」

 「さあ! 食べてみてください!!」

 「まあさっきの2つよりはマシですかね……それじゃ、頂きます」

 「どうぞ」

 「もぐもぐも……ごふぅっ!!??」

 「千夏さん!? 美味しすぎて吹いちゃいましたか!?」

 「吹かねえよ! 美味しかったら『ごふぅっ』なんて素敵な感じで吹かないよ!!」

 「もしかしてお野菜嫌いだったんですか?」

 「食材っていうか……なんか味が濃いんですけど?」

 「え? そうですか?
  ぱくっ…………うん、美味しい」

 「……雪女さん。疲労のあまり舌がおかしくなってますよ」

 「またまたぁ、千夏さんったらぁ。アリクイじゃあるまいし」

 「その例えの意味が分からん」

 舌どころか脳みそが狂ってるんですね……。


 「雪女さん、ゆっくりと身体を休めてください。今日の家事は私が手伝いますから」

 「え……でも働かないとお義母さんにお仕置きされて……ぶるぶる」

 身体の隋まで奴隷気質が染み込んでますね。
 不憫にも程がある。












 6月14日 火曜日 「リモコン」


 「ウサギさーん。リモコン取ってください」

 「リモコンってテレビの? それともエアコン? 冷蔵庫?」

 「ちょっと聞き間違いかもしれませんけど、今冷蔵庫って言いました?」

 「言ったけど……どうかした?」

 「冷蔵庫のリモコンって何だよ。何をどう操作するんだよ」

 「え〜っと……動くんじゃない? 冷蔵庫が」

 「怖いな。動く冷蔵庫は」

 「引越しの時とか便利じゃん」

 「そうですね。結構重いですからね。冷蔵庫って。
  ……なんてどうでも良くて、テレビのリモコンください」

 「はいよ」

 「ありがとうございます。ポチッとな。
  ……あれ?」

 リモコンの8のボタンを押しても、テレビのチャンネルが変わってくれません。
 これはどうしたんでしょうか? もしかして電池切れ?


 「あっ、ごめん。それは天井のリモコンだったや」

 「天井のリモコン!?」

 初めて聞いたんですけど。その面白リモコン。


 「これを押すとどうなるんですか?」

 「天井が開くらしいよ」

 どこのドーム球場ですか。そのギミックは。

 「……何のためにそんな機能が?」

 「換気する時とかに……」

 「思い切った感じの換気ですね」

 誰が作ったんだよ。
 ……まあ多分黒服の奴なんでしょうけど。



 「テレビのリモコンください。8チャンみたいんです、8チャン」

 「え〜っと……これかな?」

 「ありがとうございます。
  ポチッとな」

 …………いくらボタンを押しても、またもやテレビは無反応。

 「ウサギさん……」

 「え〜っと……あ、ごめん。それは廊下のリモコンだったや」

 「廊下!? 廊下のリモコンって!?」

 「ボタンを押すと、歩くとすごく軋むようになるらしい」

 「まったくいらない機構ですね。古びた家みたいな感じになるだけじゃん」

 「だね。全然いらないよな」

 「……テレビのリモコンは?」

 「さっきから探してるんだけど……多分この中にあると思う」

 ウサギさんがリモコンの山を指差します。
 ありえないぐらいたくさんのリモコンがそこに……なんで、我が家にはこんなにリモコンがあるんですか?


 「え〜っと……これは電子レンジのリモコンで、これは保温ポットのリモコンで、これが弁当箱のリモコンだから……」

 「すげー。すんごく突っ込みたい。でも我慢します。多分きりがないし」

 「これかな……? あっ、違った。これはコンパスのリモコンだった」

 我慢……我慢ですよ私。

 「これは……違うか。物干し竿のリモコンか」

 1つ突っ込んだら最後までやらなくちゃいけないですし、絶対に……。

 「う〜ん……これは春歌さんのリモコンだし」

 「お母さんのリモコンってなに!?」

 ああ……やっぱり私には無視しておく事なんて出来ないんですよ。




 ……それにしても、お母さんのリモコンって本当に何?







 6月15日 水曜日 「生活の知恵」


 「ねー、千夏お姉さま。機械が反乱を起こした時に役立つ裏技知りませんか?」

 「そんなどこかのSF映画的展開でしか役立たない裏技なんて知らない」

 「そっかぁ……やっぱり武力行使しかないのかな?」

 何と闘ってたんだリーファちゃん。


 「でもあれですよね……こういう困った事を知識で解決してくれる人が傍に居たら、きっとすごい役立つんでしょうね。
  村の長老みたいなポジションの人が」

 「そうですね……。
  我が家で言ったらおばあちゃんがそのポジションに近かったような気がしますけど……
  あの人は全部腕力で解決してましたからそういうタイプじゃなかったですね」

 「そういう博識者が1人居れば、機械帝国の反乱に手こずる事も無かったのに……」

 「ねぇリーファちゃん。あなたに一体何の事件が降りかかったんですか?」

 「やっぱりそういうのって、伊東家で学ぶしかないのかなぁ……」

 「伊東家でも、機械帝国の反乱は止められないと思いますけどね」

 当然ですが。


 「あ。もしかしたら春歌ちんなら何か知ってるかもしれない。一応あの人主婦だし、生活の知恵とか持ってるかも」

 「一応リーファちゃんの母親って事にもなってるんで、お母さんの事を春歌ちんと呼ぶな」

 「細かい事気にしないでくださいよ、ちなっちん」

 「なんだそれは!? 私か!? 私の事なのか!?」

 「ちなみに『チナッチン』とは、古代アラビア語で『貧相たる者』という意味で……」

 「嘘吐くな。そしてどうせ嘘吐くならもっと良い意味を持たせろ」

 貧相ってどういう事だこのやろう。





 「春歌ち〜ん!」

 「本当にそういう風に呼んでるんですか!?」

 「HEY! なんだいリーフェルノ?」

 「お母さん!? 何便乗して変なあだ名で呼び返してるの!?」

 そんなに仲良かったでしたっけ? あなた達。


 「機械帝国の反乱を止める方法を教えてください」

 「ここから東に10qの所にあるほこらに、全ての金属をいとも容易く斬る剣があると聞いた事がある。
  それならば奴らを止める事が出来るかもしれん」

 「東のほこら……ありがとうございます!! これで村が救われます!!」

 どこの馬鹿RPGの会話だよ。
 リーファちゃんに任せていてらどうにも進まない感じがしたので、私が本題を切り出す事にします。


 「お母さんって、何か生活の知恵を持って……るわけないか。どう見たって本能で生きている人だし」

 ここまで来たのは無駄足でしたね。

 「随分と失礼なこと言うわね。今日のあなたのご飯、しゃもじにこびりついたご飯粒にするわよ?」

 「それは嫌です。マジごめんなさい」

 「私だってね、一応主婦なんだから生活の知恵ぐらい持ってるっての」

 「へぇ〜……例えばどんなの?」

 「千夏の強制フリーズさせる裏技」

 「怖っ!? そんな裏技が存在してたんですか!?」

 私、全然知りませんでしたよ?

 「春歌ちん! お願いです!! その裏技教えてください!!」

 「食いついてんじゃねーよ!!」

 リーファちゃんなんかに強制フリーズの方法を知られてしまったら、何されるか分からないですよ……。


 「っていうかさ、それは別に生活の知恵じゃないじゃん」

 「他には……雪女ちゃんを手懐ける方法とか」

 確かに生活には役に立つかもしれませんけど……犬や猫と勘違いしてませんか? あの雪女さんを。



 「もういいです。お母さんに期待した私が馬鹿でした」

 「ウサギさんを柔らかくする方法とか……」

 分からん。
 どこが柔らかくなるんだ。どうやって柔らかくなるんだ。
 そしてそれに何の意味があるんだ。
 全然分かりません。






 「……取り合えず教えてください」

 一応、ウサギさんの事だし知っておこっかなー……なんて。









 6月16日 木曜日 「わたあめ欲す」


 「うわぁ!! なぜかすんごくわたあめが食べた〜い!!
  大して美味しいわけじゃないのに、何故か祭りの出店で買ってしまうあの砂糖菓子を食したい!!」

 「きゅ、急に何を言い出すんですか千夏さん……」

 「あーもうどうしよう。わたあめ食べないと身体がバラバラになってしまいます」

 「千夏さんって結構よく分からない比喩を使いますね。
  わたあめでバラバラって……」

 「雪女さぁん……わたあめ買ってきてくださいよぉ」

 「わたあめってどこで売ってるんですか?」

 「……わたあめ屋とかで」

 「そんな専門店的なお店知りません」

 「じゃあ作って」

 「そんな無茶苦茶な……」

 「あたあめの作れない雪女なんて、ウチには要りませんよ。
  出て行ってもらいます」

 「そこまで重要視されてるんですか!? わたあめが!」

 たかが砂糖菓子。されど砂糖菓子なんですよ。

 「わたあめなんて、それ用の機械があれば誰でも作れる気しますけど……」

 「わたあめ機かあ……。そんなのこの旅館にあったかなあ?」

 とりあえず物置でも探ってみますか。





 「わたあめ機……わたあめ機……これはたこ焼き用の鉄板。……やっぱりないなぁ」

 旅館の物置をくまなく探してますが、わたあめ機の影すら見つかりません。

 「やっぱりないんですかね? そんな応用性の低い調理器具なんて」

 まあ確かにそうかもしれませんね。
 たこ焼き機はさっきからやけに見つかってますけど。
 これで……5個目。


 「早くここから出ましょうよぉ」

 「雪女さん? もしかして物置が怖いんですか?」

 「だって……なんだか暗くて気味悪いじゃないですか……」

 「妖怪の癖に一般人的な、むしろうら若き乙女ですよ的な恐がり方しやがって……」

 「千夏さんは怖くないんですか?」

 「う〜ん……別になんともないです。
  目に見えない何かより、目に見えるマシンガン持ったリーファちゃんのほうが怖いですもん」

 「それはそうかも知れませんけど……っ!?
  ち、千夏さん!?」

 「はい? どうかしたんですか?」

 「なんか今、人の声がしませんでしたか!?
  『助けて』って、聞こえませんでしたか!?」

 「勝手に変な電波受信しないでください。
  怖がってるから、物音がそういう風に聞こえちゃっただけでしょ?」

 「違います!! 今絶対に聞こえました!!」

 「聞こえてませんってば。『なんかここ蒸し暑い』っていうのは聞こえてきますけど」

 「私より日常的な霊の声を聞いちゃってるじゃないですか!!」

 「気にしないでよ」

 「千夏さんは気にしてくださいよ!!」

 こんなのいちいち気にしてたら玲ちゃんと遊べないっての。



 「あっ、わたあめ機ありました」

 「そうですか……じゃあさっそく作っちゃいましょうか?」

 「……」

 「……あれ? どうしたんですか千夏さん?」

 「わたあめより……焼き芋の方が食べたい気が……」

 「千夏さん!? なんですかそれ!!」

 「いや、だって食べたくなっちゃったんだから仕方ない……」

 「駄目です! 絶対にわたあめ食べてください!!
  甘いだけで何の工夫もない、ふわふわしてるだけが取り得の砂糖菓子を食してください!!」

 「うっわー。すっごい意固地になっちゃってる」

 もしかしてこれって私のせい?






 6月17日 金曜日 「親子の絆の深め方」


 「千夏。爪切ってあげようか?」

 「別にいいです。っていうか急になんですかお母さん」

 「いやね、こういうのって何となく親子っぽいでしょ?
  だからやってあげようかなぁって」

 「今さら親子の絆を深めようとしないでいいですよ。
  息子を無理矢理キャッチボールに誘う父親か」

 っていうかその絆の深め方は幼児向けだと思います。
 私はもう11歳ですよ?

 「ねーいいじゃない。切らせてよ。パチパチさせてよ」

 「嫌です。死と紙一重な爪切りをお母さんに任せることなんてできません!」

 「爪きりって、そんなに危険度のあるものだったかしら……?」

 「爪のピンク色の部分まで切られた場面を想像してくださいよ!!
  ああなんと恐ろしいことか。ホラー映画の10倍怖いです」

 「安上がりね。夏とか涼しく過ごせて」

 「そうですね。クーラー要らずで、ここら辺一帯では省エネの千夏ちゃんって呼ばれて……るわけないだろ!」

 思い切ってノリツッコミしてしまったじゃないですか。
 この恥ずかしさの責任を取ってください。

 「でも大丈夫よ。私ね、手先とか器用だから」

 「うん。器用に肉に食い込んできそうです。わざと」

 「失礼な! 私の事を娘をわざと深爪させて楽しむサドな親だと思っているの!?」

 うん。




 「じゃあ耳掻きでいいや。あれやらせて」

 「嫌です。なんつうかすごい怖いもん。
  お母さんだったら、耳掻きの途中でくしゃみしちゃって耳の奥にブスッとか……マジでやりそうだもん」

 「そんなベタベタなコントやるわけないでしょ?」

 「いーや。絶対にやりますね。お母さんなら。
  じゃあ今から想像してみてくださいよ。私の耳掃除している所」

 「う〜んと…………へっくし」

 「ほらくしゃみした!! 想像しただけでくしゃみしちゃってるじゃないですか!!」

 「違う違う。今のは花粉症」

 「随分と時期外れですね!!」

 「いいからやらせてよ。耳掻……へっくし」

 「くしゃみする気満々じゃねえかよ」

 絶対に耳は渡さない。



 「それじゃあ髪を切ってあげる。これって仲良し親子って感じしない?」

 「嫌だ。変な感じにカットされるのが火を見るより明らかだもん」

 「そんな事無いってば。私を信用してよねー」

 「じゃあさ、私の髪をカットしている所を想像してくださいよ」

 「またそのイメージトレーニング? まったくいい加減にしなさいよね。
  え〜っと…………あっ、やば」

 「ほら! イメージトレーニングでもなんかミスしてるじゃん!!」

 「今のはあれよ。ハサミが料理用の奴だっただけよ」

 「すんげえ大ボケかましてるじゃないですか! そんな奴に任せられるか!!
  一応髪は女の命なんですからね!!」

 「随分と細い命ね」

 「そうそう。あまりの細さに死神さえ掴み損ねる命……って、なに言わせるんですか!?」

 「いろんな意味でびっくりするわ。今日の千夏は。
  なんか張り切ってるね?」

 そんな暖かい目で見られても困るんですけど。




 「じゃあ将来の夢について語り合いましょうか?」

 それは何となく男の子っぽい話題ですよ?

 「千夏は将来何になりたい? ソフトボールとか?」

 「なんですかその幼少の頃ならいいかねないトンデモ目標は」

 「あれ? もしかしてバッドの方だった?」

 「スポーツ用品にはなりたくありません」

 「じゃあ角砂糖とか?」

 「そのチョイスはどっから来てるんですか! 共通性が見出せない!!」

 「私が子どもの頃になりたかったものだけど?」

 「……ああ、そうですか」

 すっげえ納得できたわ。







 6月10日 土曜日 「朝食」


 「ふあぁ……おはようございますお母さん」

 「おはよう千夏」

 「朝ごは……」

 「休みの日の朝食ぐらい、自分で作れやああああ!!!!」

 「うええ!? 『朝ごはん』という単語を言いかけただけでこの仕打ちですか!?」

 昨日あれだけ親睦を深めようとしていたとは思えない切れっぷりですね。
 正直引くわ。


 「お、お母さん? 一体どうしたんですか?」

 「昨日のキャッチボールのせいで筋肉痛してるのよね。
  だから動きたくないの」

 「キャッチボールなんてしてないじゃん。
  必死になって親子の絆を深めようとはしていたけれど」

 「会話のキャッチボールで」

 「なるほど。脳みその筋肉痛ですか。
  さすがお母さん」

 常々脳みその使い方が人とは違うなって思ってたんですよ。


 「というわけで、今日の朝食は自分で作りなさい」

 「はいはい。分かりましたよ」

 と一応言っておきましたけど、雪女さんにでも作ってもらう事にします。
 ご飯作る事があの人の秀でた点ですからね。

 「あっ、ちなみに雪女さんは居ないからね」

 「え!? どうしてですか!?」

 「監禁……ゴフゴフッ。旅館の料理開発のためにカンヅメしてるから」

 まだこき使われてるんですか。
 大変だな雪女さんも。



 「え〜っと……適当にハムエッグでも作りましょうかね」

 私の料理レベルじゃそれがいい所ですし。

 「ハム〜。ハムはどこだ〜?」

 「ママ〜。お腹空いた〜」

 「加奈ちゃん? 一緒に朝ごはん食べます?」

 「食べる食べるー」

 「ええっと、それじゃあ2人分……」

 ……なんて事でしょうか。ハムエッグの材料が1人分しかありません。
 半分こするには量が少ないし……。

 「ママ? どうかしたの?」

 「い、いえ。なんでもありませんですよ」

 これはあれですね? 私の母性愛が試されてるんですね?

 「か、加奈ちゃん。つかぬ事をお聞きしますが、ハムとか卵とか嫌いだったりする?」

 「大好きー♪」

 「そうですか。そうですか……」

 食えないの決定ですか。




 「くそう……何か、何か食べるものは……?」

 加奈ちゃんにハムエッグを食べさせてあげた私は、自分の朝食となるものを探している途中です。
 しかしなんでウチの冷蔵庫にはこんなに物が少ないんですか……。
 さっきから塩しか見つかりませんし。
 ……なんで塩?

 「千夏? どうした?」

 「ウ、ウサギさん!! あのですね、何か食べる物持ってませんか!?」

 「出会っていきなり食べ物を求められるとは……ちょっとショック」

 私は今腹が減って死にそうなんですよ。
 結構追い詰められてるんです。

 「うう……お願いです。何か食べる物を……」

 「食べ物なんていつも持ち歩いているわけじゃ……セロリとか食べる?」

 「セロリ!? なんでセロリなんか持ってるんですか!?」

 「なんでだろね? 胸の谷間に挟まってた」

 どんな嫌みったらしいポケットなんだよ。
 しかもセロリ貰っても嬉しくないし。

 「もっと腹に溜まるものください。ハンバーグとかステーキとか」

 「朝からそういうの食べるのかよ」

 「願いです。願望なのです。
  っていうかこのままだとマッチを擦って妄想に身体を委ねかねませんよ?」

 「マッチ売りの少女か。そこまで追い詰められてるのか」

 ああ……栄養不足で幻覚が……。













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