6月19日 日曜日 「熱湯風呂」


 「あっちぃぃぃぃ!!!!」

 「なに!? どうしたの千夏!?」

 「お母さん! 風呂がすげえ熱い!!
  どれほど熱いかというと、少年ガンガンぐらい熱い!!」

 「それって熱いじゃなくて厚いじゃないの?」

 お風呂とは違って冷静な突っ込みですね。
 すごく温度差を感じる。

 「っていうか何でこんなに熱いんですか。
  たまにやる家事ぐらいきちんとやってよ」

 「いやね、これはあれなの。ダイエット、みたいな」

 「随分とあやふやな言い訳だな。もうちょっと自信もって嘘つけよ」

 「本当なんだってば。熱湯に入ることによって新陳代謝を活発にしてエネルギー消費を増やし……」

 「へぇ〜……本当は?」

 「普通にボーっとしてた」

 「お母さん!!」

 その潔さがムカつく。



 「もういいです。水でお湯を薄めますから」

 「ちょっと!! それもったいないわよ!! 味が薄まっちゃう!!」

 「味!? 味って何の!?」

 「えーっと……ダシとか」

 「ダシ入ってるの? このお風呂」

 「トロのダシ入りよ」

 「トロ!? なんでそんな高級素材をお風呂に突っ込んでるんですか!?」

 「温泉の素だから」

 「あー登呂ね。トロって言っても温泉地の方のね」

 紛らわしいなぁ。

 「……でも別にいいじゃないですか。温泉の素なんだから薄まっても」

 「効果が少なくなっちゃうでしょ! 肩こりを治す効果が薄まったらどうするの!!
  五十肩が三十肩になっちゃうかもしれないでしょ!?」

 「別に五十肩は状態の酷さに応じて数字が上がって行くわけじゃないですからね!?」

 最高が百肩なんですか?


 「とにかく、私が入るまで薄めちゃ駄目です」

 「なんで?」

 「私、実は肩が凝っていて……」

 「歳だね歳。あはははは!!」

 「……今日晩ご飯無しね」

 「うっわぁ!? ごめんさい!!」

 たった一言でこんなに怒るなんて……。


 「っていうかさ、お母さんが入った後ならいいんでしょ?
  それじゃあさっさとお風呂に入っちゃってくださいよ」

 「一番風呂は身体に悪いって言うしぃ……」

 「本当は熱いお風呂に入りたくないだけなんでしょ?
  この根性なし」

 「言ったな!? ガッツだけなら誰にも負けない春歌ちんに向かって、そんな事言っちゃいましたね!?
  入ってやろうじゃないか。こうジャブンと、半身浴してやろうじゃないか!!」

 「どうせなら全身浸かってよ。なんで半身だけに遠慮してるんだよ」

 私の突っ込みを聞かずに服を脱いでいくお母さん。
 マジで入るつもりらしいです。この熱湯風呂に。


 「……それじゃ行くわよ?」

 「どうぞ。少年ガンガンの間違った方向性と闘ってきてください」

 「それは厚さね。私が闘うのは熱さだから」

 「細かいことはどうでもいいですから、さっさと入ってください」

 私がお風呂入れないじゃないですか。


 「そーっと……つぁっ、あっちぃぃぃぃ!!!!」

 お風呂に片足つけただけでもんどり打つお母さん。
 ざまあみろってんだ。

 「うああ! 切ない! 何だかこの痛みが切ない!!」

 「ほら! だから言ったじゃないですか!! 水で薄めるべきだったんですよ!!」

 「いや! 我慢すれば大丈夫かも!!」

 「我慢する必要がある時点でももう大丈夫じゃないんですよ!
  そういう所に気付いてください!!」

 「もし。もう一回挑戦」

 何なんだ。そのチャレンジャー魂は。

 「うっぎあぁあぁぁ!! 無理! これは無理!!」

 「だから言ってるじゃないですかぁ……」

 「はぁはぁはぁ……もう一回♪」

 「なんで!? なんでちょっと熱さが嬉しくなってるの!?」

 もしかして私のM気質はお母さん譲りなんですか……?
 そんな遺伝子いらねえ。







 6月20日 月曜日 「算数の授業」

 「今日の算数の時間は、ラブラブ10代カップルが若気の至りで結婚して幸せになれる確率をみんなで計算しましょう」

 いきなり何なんですかこのトンデモ授業。

 「先生。なんでそんな事計算しなくちゃいけないんですか?」

 「妹が結婚したからです。10代で。私はまだ独身なのに」

 家の中での怨恨を学校に持ち込まないでくださいよ。

 「それじゃあ皆さん頑張ってくださいね。
  私、わら人形を木に打ち付けに行ってきますから」

 「いってらっしゃい先生。どうぞお元気で」

 もう帰ってこなくていいです。




 さて、予想できない形で自習となってしまった今日の授業。
 正直勉強する気なんて全然起きません。
 算数なんて足し算と引き算が別れば〜、というありがちな言い訳が頭によぎりまくってます。

 「おい千夏」

 「留守です。海外に旅行中です」

 「その誤魔化し方は無いだろ!?」

 いや、どうしても無視したくてですね……。

 「それで……なんですかクラスメイトA」

 「役名で呼ぶな。お前、俺たちの分の自習問題もやってくれるよな?」

 「うっはー! なんですかその疑問文っぽいけど拒否権の無い事実上の命令形は!!」

 「うっせえ。とにかくちゃんとやってろよ」

 「うぅ……酷い」

 なんて理不尽な要求なんですかぁ。
 これだからイジメっ子は……。



 「ううう……なんで私が他人の問題まで解かなくちゃいけないんですか。
  せっかくの自習なのに」

 ぶちぶち文句言ってても仕方ないので、一問一問真面目に取り組む事にします。


 「え〜っとなになに……? ラブラブ10代カップルが若気の至りで……これはまあ後回しにしておいて」

 絶対解けないし。

 「えっとこれは……『62×45×124÷4……っていう問題が出たらどうする?』
  なんだこの問題!? 問題が出たらどうするかって聞いてどうするの!?」

 別に問題の答えを求めなくてもいいんですか?
 とりあえず計算するとだけ書いておきます。


 「『摂取カロリーを1日3000カロリーに抑えなさい』
  カロリー計算しろってことなんですか!?」

 いちいち食事のカロリーを求めるのが面倒なので、
 『トマトだけ食ってればなんとかなるんじゃない?』
 って書いておきます。


 「『合コンで意中の人を落とすための仕草を3つ書きなさい』
  なるほど、これはある意味で『計算的な行動』が求められますね。
  算数、関係ないじゃん」

 金、土地、権力と書いておきますね。
 ある意味で三種の神器なり。


 「『アイスを一気に食べて頭がキーンってなる確率を求めなさい』ですか。
  個人差があるでしょ、これ」

 私の場合を書くしかありませんね。
 100%っと。


 「『コンビニの店員が肉まんとアンマンを間違えて渡す確率を求めなさい』
  ……そんな事経験したことないですよ」

 コンビニの店員がお母さんなら、絶対に間違えるとだけ書いておきますね。


 この調子ですらすらと問題を解いていく私。
 もしかして算数って意外と簡単かもしれませんね。





 「んなわけないかぁ……」

 こんなに無駄な自習時間は初めてですよ。










 6月21日 火曜日 「ポスト」


 「お嬢さんお嬢さん」

 「はい? なんですかおじいさん」

 街中を歩いていたら見知らぬおじいさんに話しかけられてしましました。
 これってナンパ? そうだったら嫌だなぁ……。


 「口開けてもらえるかな?」

 「口? なんでそんな……むがっ!?」

 「速達でお願いします」

 「げほっ! ごほっごほっ!! 何するんですか!!」

 急に私の口に封筒を押し込んでくるおじいさん。
 なんだこれは? 新しい形の通り魔か?


 「ついポストだと思って」

 「お嬢さんって最初言ったじゃん!! それでポストと間違えたってありえないでしょ!!」

 「速達でお願いします」

 「人の話を聞け!!」

 そういうのは郵便局でやってくださいよ。


 「ああ……もしかして切手が足りなかったとか」

 「違う。そういうんじゃなくてねおじいさん」

 ボケ老人の相手しないといけないのかよ。
 なんて日だ。

 「おじいさん。あっちの方に郵便局があるから……」

 「飯はまだかのう……?」

 「そんなテンプレート的なボケセリフ吐いてんじゃねえ。
  いいから話を聞きなさい」

 「速達でお願いします」

 「もがっ!! だから口に突っ込むなってば!!」

 そして天丼(繰り返しボケ)は止めろ。

 「いいおじいさん? ちゃんと私の話を聞いてくださいね?
  今度何か舐めた真似しくさってくれたら、すねにローキック決めますからね?」

 「はいはい分かってますとも」

 「その朗らかな笑顔が不安」

 「飯はまだ……」

 『ビュッ!!』

 「……中々鋭いローキックをお持ちじゃのう」

 「素振りだけで理解してくれて嬉しいです。
  とにかくいいですか? あちらに郵便局がありますから、そこで封筒を出してきてください。
  私の口に突っ込むのは止めろ」

 「一緒に行ってくれんか?」

 「嫌です。こんなじいさんの孫だって思われたくないもん」

 「都会の者は冷たいのぉ……」

 「そらいきなり口に封筒を突っ込まれたら数少ない親切心が消し飛ぶわ」

 とっとと行きなさいっての。




 一応おじいさんが郵便局から出てくるまで見守ってあげる事にします。
 何だかんだで不安なので。

 「お嬢さんや」

 「あ……おじいさん。ちゃんと出来ましたか?」

 「ああもちろんだとも。ちゃんと受け付けのお嬢さんの口に入れてきたとも」

 「ひっどい事しましたね。よく殴られずに済んだもんです」

 私が受付の人だったら、郵便局に置いてある秤で頭殴っちゃいますよ。

 「お嬢さんには本当にお世話になったから、お小遣いをあげようかねぇ?」

 「そんなー結構ですよぉ、って言うのが普通だけど、
  あんだけ面倒かけさせられたんだから幾らか貰っておいても良いと思ってしまいますよ」

 「はい。五百円」

 「札じゃないんですか。すっげえ残念……モガッ!」

 私の口に五百円玉を突っ込んでくるおじいさん。

 「ペッ! ペペッ!! 何するんですかいきなり!!」

 「ああすまん。貯金箱かと思って……」

 「お嬢さんってちゃんと確認してたじゃんか!!」

 とりあえず、ローキック確定で。








 6月22日 水曜日 「天気予報当て」


 「千夏お姉さま。ゲームしましょうか?」

 「う〜ん……まあいいですよリーファちゃん。
  雨降ってて外に遊びにいけませんし」

 「よっしゃ」

 「なに? なにその怪しいガッツポーズ?
  何だかカモが掛かったみたいな感じに取れるんですけど?」

 「気のせいです」

 「本当に?」

 「4割方気のせいです」

 「ほとんど考えどおりってことじゃないですかそれ」

 何だかすごく怪しいなぁ……。


 「で、どんなゲームやるんですか?
  テレビゲーム?」

 「もうお姉さまったら相変わらずインドアな小学生ですねぇ」

 「くっ……現代っ子って言ってくださいよ」

 「今からやるゲームはですね、クイズです」

 「思いっきりインドアじゃん。私を馬鹿にする権利なんてどこにもないんじゃん。
  で、クイズの問題は?」

 「今日から一週間の天気を予想して、多く予想を当てた方の勝ちというクイズです」

 「結果が分かるまでにえらく時間がかかりそうな問題ですね。
  素直になぞなぞとか出そうよ」

 「じゃあ私から予想しますね。
  明日は……」

 私を置いていかないでよ。
 っていうかさ、今梅雨なんだから雨って予想すれば大体当たるでしょうが。

 「明日は台風で」

 「台風!? そんな兆候全然ありませんよ!?」

 新聞の天気図とかちゃんと見ようよ。

 「急に台風が出現するんです。多分」

 「もうちょっと現実味のある予想しなさいよ!
  そんな怪奇現象が起こるわけないでしょ!!」

 「信じれば必ず……」

 「信じただけで気象をコントロールできるのかよ。
  どこの魔法使いだお前は」

 「さ、千夏お姉さまは?」

 「え〜っと……雨で」

 ここは勝ちにいきます。



 「じゃあ2日目は……」

 「ねぇリーファちゃん。これって楽しいの?」

 「2日目は大福で」

 「急におやつの予想してるんじゃないですよ!!」

 「いや、大福が降ってくるんです。空から」

 「何ですかその悪夢」

 「そうなったらいいな〜って思いません?」

 「そんな幼児期な想像した事無い」

 「じゃあ千夏お姉さまは?」

 「雨で」

 勝つ気満々ですよ。



 「3日目は……」

 「楽しいか? 本当に楽しいのか?」

 「血の雨が降ります」

 「大惨劇じゃん! なにが起こるんだよ!!」

 「牛追い祭りがこの旅館で開催されて……」

 「どこの国だ」

 「祭りの後はみんなでステーキパーティーですよ。
  素敵だと思いません?」

 「あまりそうは思えないなぁ……」

 「で、千夏お姉さまは?」

 「雨」

 負けるのは嫌なので。



 「4日目は……」

 「飽きた。飽きたよリーファちゃん」

 「地震が起こっててんやわんや」

 「天気関係ないじゃん!!」

 「それで雪女さんがびっくりして捻挫します」

 「え? そこまで含めて予想するの?」

 「千夏お姉さ……」

 「雨」

 言うまでもなく。





 とりあえず予想の結果


 ・5日目

 リーファ【サボテン】

 千夏【雨】


 ・6日目

 リーファ【カンボジア】

 千夏【たまには晴れ】


 ・7日目

 リーファ【偏頭痛】

 千夏【やっぱ雨】






 ……多分私の勝ちでしょ?






 6月23日 木曜日 「旅館ボウリング」

 「ねえ千夏! 聞いて聞いて!!」

 「お母さん……? 急になんですか?」

 「今ね、旅館に来たお客様に喜んでいただけるような遊戯を企画してたんだけど……」

 企画ばっかりじゃなくてさ、いい加減本営業してほしいんですけど?
 このまま準備ばかりしてると雪女さんが過労死しますよ?

 「旅館ボウリングってのはどう? 面白そうじゃない?」

 「ボウリング?」

 「そう、ボウリング。温泉卓球に対抗して旅館ボウリング!」

 「温泉卓球に対抗する理由がイマイチ分からない」

 「旅館のね、長い廊下でね、こうガーッてボウリングするの!!」

 「すんげえ迷惑じゃん。他のお客さまに」

 「料理を運んでいる従業員を倒したら5ポイント」

 「私たちはピン扱いなんですか!?」

 すんげえ嫌なルールだな。

 「ヤクザなお客さんを倒したらー4ポイント」

 「ポイントだけじゃなくて何かを失っちゃいそうですけどね」

 「これ、すんごく面白そうだって思わない?」

 「う〜ん……どうだろうなぁ」

 「取り合えずやってみましょうよ。そしたら楽しさが分かるかも」

 「それもそうですね」

 お母さんの提案通り、一度やってみる事にします。





 「よし。じゃあまず私からやるわね」

 「本気で廊下でボウリングしちゃうんですね。床が傷つかないか心配なんですけど?」

 「うちの旅館の床はそんなに軟弱な子じゃないわ。ガッツがあるもの」

 「床にガッツが……」

 「第一投目、いきまーす!!」

 『ガツッ!!』

 「ガッツっていうか、すんげえガツッってぶつかりましたよね!?
  床凹みますよ!?」

 お母さんが力いっぱい投げたボールはすんごいスピードで廊下を突き進み、ピンへと向かいます。
 こんなに本気でやらなくてもいいでしょうに。

 「千夏お姉さま〜? 死ぬほど美味しい、っていうかマジで死んじゃう大福があるんですけど食べません……がぁ!?」

 廊下を大福を持って歩いていたリーファちゃんが、お母さんのボールに跳ね飛ばされてしまいました。
 さっきのたまっていた事を考えるとそうなってざまあ見ろって感じですけど。


 「やりぃ! 5ポイント!!」

 「お母さん。少しは気にしようよ」

 「さあ、次は千夏の番よ」

 「……わかりました。一応やってみます」

 なんていうかやるのが怖いボウリングですねぇ。

 「えーい」

 『ガッ!』

 うわ。やっぱりどうあっても廊下に傷つけちゃうじゃないですか。
 こんなゲーム続けてたら床がどうなっちゃうか……。


 「は、春歌さん。この旅館の名物料理間違い無しな一品を開発しまし……だぁ!?」

 ふらついた足取りでこっちに向かってきた雪女さんを跳ね飛ばした私のボール。
 うっわー。5ポイントゲットしてしまいましたよ。

 「雪女さん! 大丈夫ですか!?」

 「イタタタ……こんな所で何やってるんですかぁ! ……は!? 新メニューってどんなものだっけ!?
  ああああ!!!! 頭打っちゃって忘れてしまったじゃないですか!!」

 「ご、ごめんなさい雪女さん」

 それにしてもフロッピーディスク並みの記憶喪失率ですね。


 「さあ! 第二投目言ってみようか?」

 「お母さん。もう止めようよ。危なすぎだってコレ」

 「えーい!!」

 『ガギャン!!』

 すっげー音鳴ったじゃないですか。
 今のは結構やばいと思うんですけど?


 「春歌さん? 頼まれた通り電子レンジを生卵の爆発にも耐えられるように改造したけ……どっ!?」

 「黒服さんゲット!!」

 「お母さん! やりすぎ!! もう狙ってやってるとしか思えないんですけど?」

 「狙ってるもの」

 「わざとだったの!?」

 すっごい腕ですね。
 プロ並みですよ。ボウリング暗殺っていう職があったら。







 6月24日 金曜日 「雪女に絵本」

 『ドカーン!!!!』

 「うっわぁ!? なんですか!?」

 ぐっすりと寝ていた私を、突拍子も無い爆音が襲います。
 時計を確認してみると午前3時……。おいコラ。誰の仕業だ。


 「はっ、もしかしてアメリカの爆撃がまたもや……?」

 そういう事になったら警報が鳴る仕組みになってるはずなんだけど……っていうことはこの爆発は?
 とりあえず爆心地に行ってみることにします。




 「げほっ! げほげほっ!! 何ですかこの煙は!?」

 「ち、千夏さ〜ん……」

 「雪女さん!? 厨房なんかで何してるんですか!?」

 「旅館の、新メニューを作っていたら……」

 こんな夜遅くまで頑張ってたんですか。
 そろそろマジで死にますよ?

 「もしかしてガス爆発おこしちゃったんですか?
  疲れてるのに火を扱ったら駄目ですって」

 「いえ……紫の液体と青い液体を混ぜたら急に爆発を……」

 「どこのアニメちっくな魔法薬の合成を行なってたんだよ」

 そもそも液体を混ぜたら爆発するって、どんなものを混ぜてたんですか。
 混ぜるな危険にも程がある。


 「もうさっさと寝てくださいよ。今何時だと思ってるんですか」

 「駄目です! そんな事やったらお義母さんに鞭で!! 鞭でお尻を!!」

 どんなプレイをさせられてたんだ。今まで。

 「お願いですから……この作りかけの料理を完成させてから眠らせてください。
  お願いですぅ……」

 「雪女さん。あなた、結構心蝕まれてますよ。
  頑張りすぎは身体の毒ですって」

 無理矢理雪女さんを寝室に引きずっていく私。
 雪女さんは必死になって抵抗してますけど、全然抗う力になっていません。
 小学生の私に力負けするなんて、かなり疲れてるみたいですね。



 「あああ……心配ですよぉ。お義母さんに何か言われないか心配で、全然眠れませんよぉ」

 「いいからとっとと寝てくださいよ」

 「そうだ! 千夏さん、添い寝してくださいよ!」

 「一生目ェ開けとけ」

 「うっわぁごめんなさい!! ちょっと調子乗りすぎました!!」

 なにやら泣きそうになりながら土下座してくる雪女さん。
 なんていうか、奴隷根性が身に染み付いちゃってますね。


 「え〜っと……それじゃあ絵本よんでください」

 「お前は何歳児だ」

 「いいじゃないですかそれぐらい!! いつも加奈ちゃんにはやってあげてる癖に!!」

 「加奈ちゃんは子どもだからね」

 「私も心は子どもです!」

 それは胸張って言う事ではない。





 「え〜っと、それじゃあ読みますよ」

 「どうぞ。バッチコーイです」

 「その掛け声はおかしい。
  え〜っと……昔々ある所におじいさんとおばあさんが居ました」

 「へぇー」

 「ある日おじいさんはいつもの様に山に芝刈りに。
  おばあさんは川に洗濯しにいきました」

 「ほぉー」

 「おばあさんが川で洗濯していると、川上の方から大きな桃がどんぶらこどんぶらこと……」

 「みょーん」

 「相づちウザイ」

 「ひっ! ごめんなさい!! 私、やる事なくて暇で……」

 「そんなに暇なら自分で読んでくださいよ」

 「駄目です! ここは千夏さんが私のために読んでくれるから、愛を感じるんじゃないですか!
  自分で読んじゃったら全然意味がないです!!」

 「愛、フルーツジュースの果汁並みのパーセンテージですけどね」

 「あーあー! 今の聞こえませんでした」

 相変わらず自分に都合のいい雪女ですね。


 「続きを読みますよ? おばあさんはその大きな桃を家に持ち帰ると包丁で……」

 「…………ぐぅ〜」

 「雪女さん!? さっきまで会話しておいてもう寝ちゃったんですか!?」

 すっげえタイミングで寝る人ですね。

 「まあそれだけ疲れてたってことなんでしょうね」

 今までずっと私たちのために頑張ってきたんだから仕方ないと思うことにします。

 「じゃあおやすみなさい雪女さん」

 「むにゃむにゃ……千夏さん、ペタンコな胸、かわいい♪」

 「どんな夢見てるんじゃー!!!!」

 「うっ、うわぁ!? あれ!? 千夏さんとのお風呂は!?」

 完璧に夢ですね。











 6月25日 土曜日 「旅館の、初めてのお客」

 「今日はいよいよ我が旅館チナツの営業開始日です!!」

 「なんでこんなに遅いんだか。今まで何やってたんですか」

 お母さんに呼び出されて、何故か玄関の方で突っ立たされてる私たち一家。
 どこの社長気取りなんですかっての。

 「みなさん、お客様に粗相の無いようにお願いします!」

 「一番粗相しそうなお母さんにそんな事言われてもなぁ」

 「千夏。グダグダ言ってるとこの世に生まれ出でたことを後悔させるわよ」

 「な、何をするつもりなんですか……!?」

 具体的に罰の内容聞くより数倍怖いですよ。


 「とりあえず、お客様をお出迎えする心得をいくつか言いますので、皆さん復唱してください」

 「「は〜い」」

 「1つ! お客様にローキックしない!!」

 「しないよ! 普通はそんな失礼な事、言われなくてもしない!!」

 「でもほら、つい友だち感覚でローキック決めちゃう人居るじゃない?」

 「居ない。おばあちゃんだったらやってたかもしれないけど、今居るメンバーではそんな事する人いない」

 「はい。とにかく復唱して」

 「「1つ! お客様にローキックしない!!」」

 何だか嫌だなぁ。こんな文を復唱するなんて。

 「2つ! お客様にチョークスリーパーを決めない!!」

 「だから決めないってば! なんで私たちはそんなに武闘派なんですか!!」

 「つい友だち感覚で……」

 どんな友だちなんだそれは。

 「はい。いいから復唱しなさい」

 「「2つ! お客様にチョークスリーパーを決めない!!」

 何なんですか。この変なセリフを大声で叫んでる集団は。
 恥ずかしくて仕方ないですよ。

 「3つ! ポテトチップスの袋を開けない状態で粉々に潰して、細かくしてから食べない!!」

 「旅館、関係ねぇー!!」

 「粉食べてどうするってのよ。ねぇ?」

 「少しは同感できますけど、本当にどうでも良い事ですよね、それ」

 「はい、復唱」

 「「3つ! ポテトチップスの袋、開けな、粉……食べない!!」」

 あまりにも長すぎて、皆の声が揃わなくて変になっちゃったじゃないですか。
 ポテトチップスを食べちゃいけなくなっちゃってるし。


 「4つ! マヨネーズのフタを開けたままにしない!!」

 「食事の場で注意すればいいじゃないですかそれ!!」

 「はいはい。復唱復唱」

 「「4つ! マヨネーズのフタを開けたままにしない!!」

 ねー? 従業員の心得は?



 「5つ! ガンダムSeedの文句を言わない!!」

 「6つ! サンドイッチセットに使われているパセリを食べなかったからと言って、最後まで食べなさいよって言わない!!」

 「7つ! 酔ったら乗らない!!」

 「8つ! ガンダムSeedデスティニーの文句を言わない!!」

 いくつか被ってますよお母さん。
 っていうか本当に全然関係無いですね。





 「さあ! 初めてのお客さんよ! 精一杯おもてなししましょう!!」

 皆に気合を入れるお母さん。
 まあ精一杯やってみる事にします。

 「アメリカ軍の御一行さまの到着で〜す♪」

 「いらっしゃいませ……ってアメリカ!?」

 なんで思いっきり戦争中な方々を泊めなくちゃいけないんですか!?

 「オーウ、ゲイシャゲイシャ」

 「こらメリケン野郎。いかにも的なセリフ言うな」

 「こら千夏。彼らはちゃんとしたお客様なのよ? ちゃんとおもてなししないと……」

 「ねぇお母さん。もしかしてさ、思いっきり堂々と潜入されてない?
  私たちのアジトに」

 「こちらがお部屋になっておりま〜す♪」

 「お母さん!! 話を聞いてってば!!」

 こんなに潜入が簡単な基地があっていいものか?














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