7月3日 日曜日 「美味しいコーヒーの入れ方」

 「千夏さん千夏さん。コーヒーはいかがですか?」

 「コーヒー? あんな苦い物飲んでどうするっていうんですか」

 「もー。千夏さんったらいつまでも子ども味覚ですねぇ。
  こんなんじゃいつまで経っても大人になれませんよ?」

 「コーヒー飲んだら大人になれるって、どんな簡単な成長方法だよ」

 「いいからいいから。雪女特製のコーヒーを飲んでみてくださいよ。
  癖になりますって」

 「はいはい。分かりましたよ。飲んであげます」

 リーファちゃんが入れたものじゃないから大丈夫でしょ。
 そんな軽い気持ちでOKしちゃいました。




 「じゃーん♪ 暑い梅雨のジメジメした不快感を吹っ飛ばす、アイスコーヒーでーす♪」

 「わーい……」

 「うわ。すごい棒読み」

 だってその飲み物は望んでいないんだもの。

 「えーっと、それじゃあミルク入れてください」

 「何言ってるんですか千夏さん! コーヒーにミルク入れるだなんて、邪道にも程がありますよ!!」
  ダークサイドなコーヒーですよ!!」

 「コーヒーは元々ダークっぽい色してるじゃん」

 むしろミルク入れた方がライトサイドっぽいよね。
 ジェダイの騎士風に言うと。

 「色の問題じゃありません。添加物の問題です」

 「はいはい。分かりましたってば……。
  それじゃあいただきます」

 たまに居ますよね、こういうこだわりを人に押し付ける人。
 まあそれだけ熱意があるって事なんでしょうけど……私的には美味しくいただきたいだけなのに。

 「ゴクゴクゴク……っぶふぅっ!! 冷たい!!」

 「そりゃあアイスコーヒーですもの」

 「違う! これは『アイス』なんて生易しい冷たさじゃない!!
  言うなれば『アイスガ』ですよ!!」

 「そんなファイナルファンタジー的上級魔法っぽく言われても……」

 「この尋常じゃない冷たさは何……?」

 「雪女式アイスコーヒーです。マイナス150℃まで下げたんですよ♪ 過冷却状態で」

 「私を体内から凍死させるつもりですか。
  くそぅ……道理でアイスコーヒーから白い煙がモクモクと出ていると思ったら……水分が結露してやがったんですね」

 「その時点で気付いてください」

 それをお前が言うな。



 「それで、味の方はどうです?」

 「絶望的に何も感じませんでした」

 なんていうか口の中が凍り付いて、すんげえ頭がキーンって痛くなってるんですけど?

 「それって苦くなかったって事ですよね? やったぁ!! これで千夏さんはコーヒーを克服しましたね♪」

 「待てよオイ。私の舌の細胞を殺しておいて克服も何も無いでしょう」

 今度は冷たい物が大っ嫌いになっちゃいそうですけど?

 「今度はフロートにしてみますか?」

 「アイスクリームを乗っけたら、沸騰するんじゃない?」

 「沸点は通常なので、アイスクリームの温度じゃ沸騰なんてしませんよ?」

 「うん。きちんとそういう理科の知識はあるんだね。
  じゃあさ、マイナス150℃の液体を喉に流し込んだら人がどうなるか考えてみようよ」

 「え〜っと……ときめいちゃうとか?」

 「うん。確かにキュンと来るけど。
  すんごく胸が苦しくなるけど」

 「もしかして……私に恋を?」

 「これが恋なら私は二度と恋しないよ」

 死を覚悟する恋なんて、私にゃいらない。












 7月4日 月曜日 「マッチ売りの少女」

 「お姉さんお姉さん」

 「はい? どちらさまで……」

 「マッチはいかがですか?」

 「……」

 なんて事でしょうか。
 街中で歩いてたら、マッチ売り少女に出会ってしまうだなんて。
 ……っていうか、そういう職業の人が日本に居ただなんて。そこにびっくり。


 「あの……何してるの? マッチ売りの少女ごっこ?」

 「違います。本業ですよ」

 私と同い年ぐらいに見えるって言うのに、本業としてマッチ売りしてるだなんて……不憫な。

 「……って、よく考えてみれば私も働かされてるんですよね。旅館で」

 どっこいどっこいの不憫さに思えてきましたよ。


 「お願いです。マッチを買ってください。買ってもらえないと、今日のご飯が……」

 「ううぅ……切羽詰ってるのは十分理解できるんですけど、でもそんな事にお金使ってる余裕も……」

 「今日のご飯が、パイナップル抜きの酢豚になってしまいます」

 「結局酢豚食えてるんだから問題ないじゃないか」

 むしろパイナップルがある方が私的には辛いですし。



 「お願いですぅ……マッチ買ってくださいぃ」

 「嫌です。素直にパイナップル抜き酢豚でも食ってなさい。っていうかむしろそのメニューは羨ましい」

 「このマッチはですねぇ……すっごい機能が付いてるんですよ?」

 「誰もマッチにすごい機能は求めてないと思うけどね」

 「なんとですね、このマッチは……擦ると火が付きます」

 「誰でも知ってる」

 氷は冷たい、みたいな事言ってないでくださいよ。

 「ハートに火が付きます」

 「意味わかんねぇ!! それってどういう事!?」

 「こうですね、火をジーっと見てると、心の奥底で言い表せぬ感情がメラメラと……」

 「放火魔みたいな言い回しはやめて」

 怖いな。このマッチ売りの少女。



 「あとですね、お箸が無い時は割り箸代わりになります」

 「無理! マッチ売りの大きさでは絶対に無理!!」

 「箸を噛む癖がある人は注意です。先っぽ噛んじゃったら火が付いちゃうから」

 「うん。確かに注意が必要だね。違う意味で。
  マッチを箸代わりにしてる人が居たら、絶対に近付いちゃいけないもんね」

 「どうですか? 買ってくれません?」

 「嫌ですね。なんていうか、マッチ売り特有の薄幸さが全然感じないから」

 あなた、結構楽しく生きてるでしょ?

 「お願いですよぉ……。同い年の私が、下げたくも無い頭を下げてるって言うのに……」

 「今ので本当に買う気無くしましたよ?」

 「あっ! そうだ!! このマッチの本当の効果を忘れていました!!
  このマッチを擦ると、目の前に幻覚が浮かんでですね……」

 「やばいよ! なんか幻覚ってやばい!!」

 「大丈夫です。止めようと思えばいつでも止められますよ」

 「タバコもドラッグも、大体初めはそんな事言うよね」

 完全に嘘なんですけどね。それは。




 「買ってくれません?」

 「買いませんねぇ」

 「そうですかぁ……あ〜あ、こんなにマッチ余っちゃったなぁ」

 「私にそんな事言われても……」

 「なんていうか、こんなに一杯のマッチがあったら、家1つぐらい焼き尽くせそうだなぁ」

 「え……!?」

 「例えば、必死になって頼んだのに全然買ってくれない同い年の子の後をつけて、
  その子の家に火の付いたマッチをプレゼントしちゃったりして」

 「ちょ、ちょっと!! それって脅迫ですよ!!」

 「脅迫ではなく、犯行声明です」

 余計たち悪いわ。













 7月5日 火曜日 「罰ゲームスィーツ」

 「うわぁ! 美味しそうなシュークリームですねぇ!!」

 「ホントだね。誰が置いてったんだろ?」

 食卓の上に何故か美味しそうなシュークリームが3つ置いてありました。
 多分家族のうちの誰かの物だと思うんですけど……ここに置いてあるって事は別に食べちゃってもいいって事ですよね?

 「ウサギさんウサギさん。一緒に食べませんか?」

 「え? でもいいのかな?」

 「いいんじゃないですか? これ見よがしに置いてある食べ物は、食べられても仕方ない存在なんですよ。
  言わば紛争地域に勝手に入国した若者って感じです」

 「自己責任で全部済ませるつもりなのか。
  それは人としてどうなんだ?」

 さあ? 最近の日本人のトレンドらしいのでいいんじゃないですか?

 「いただきまー……」

 「ちょっと待ちなさい千夏!! それは私のよ!!」

 「お、お母さん!?」

 突然屋根裏から現れたお母さん。
 なんで? なんでそんな所に居たの?


 「このシュークリーム、お母さんの物なんですか?」

 「ええそうです。メイドイン春歌です」

 手作りだったんですか……。
 これまた珍しい事しちゃって。

 「これ、食べたい?」

 「まあ食べたいって言えば食べたいですけど……」

 「じゃあ食べていいわよ」

 「本当ですか!? お母さんってすごい優しい!!」

 「ただしね、この3つのシュークリームの内の1つにたっぷりカラシが入っています。
  食べないように気をつけてね♪」

 「なんで!? なんでカラシなんて入れちゃってるの!?」

 「暇だったから」

 暇だったらこんなどっかのテレビ番組みたいな罰ゲームしちゃうんですか。

 「どう? 食べてみない?」

 「……まあいいですよ。でも、ちょうどここに3人いるわけだから、私とウサギさんとお母さんで罰ゲームしましょう」

 「え? なんで俺も?」

 なりゆきですよ。




 「それじゃあいっせーので食べるんですよ? 分かってますね?」

 「はいはい。分かったよ」

 「ふふふ……私の運を舐めないでよ千夏」

 「いっせーのーっせ!!」

 バクバクバクッとかぶりつく私たち。
 私の口の中にとっても甘い味が広がって……。

 「美味しいぃ♪」

 「うん、美味いな」

 「ごがはぁ!!??」

 1人、見事カラシ入りシュークリームを引き当てた人間がいるみたいです。
 言っちまえば、その人はお母さん。


 「ぐっ、ご、はぁ……っ!!」

 「お、お母さん? 大丈夫ですか……?」

 「くっ、このぅ……、なんで、私が、作ったのに」

 あははは。すげえ馬鹿っぽい。



 「も、もう1勝負!! もう一回勝負して!!」

 「私は別にいいですけど」

 「俺もいいけどね」

 「じゃあ今度はこのコロッケで」

 「わーい! コロッケだぁ♪」

 「この3つのコロッケの中の1つには、タワシが入ってます」

 「タワシ!? カラシじゃなくてタワシ!?」

 「そう、タワシ。いらなかったから」

 いらなくなったタワシを食べ物の中に混入しないでください。

 「じゃあ私はこの、妙にでかいコロッケ以外の2つから選らばせて貰います」

 「俺も。絶対にこのコロッケは危ないし」

 「ああ!? なんで!? そういう見た目で判断するのはいけない事だと思います!!」

 やっぱりこれなのか?
 分かり易すぎますよお母さん。

 「それじゃいっせーのーせっ!!」

 『バクッ』

 私の口に広がるのはサクサクした食感と、柔らかくて美味しいジャガイモの味。
 まさしくこれは本物のコロッケですよ。

 「おいしー♪」

 「うんうん、確かに美味い」

 「がっはぁ!!!!」

 またも見事お母さんが当選いたしました。
 不憫な人。



 「……もう、1勝負、お願いします」

 「お母さん……無理しない方が」

 「ふふっ、ふふふふ……これくらいじゃ私はめげないわよ。挫けないのよ」

 その根性は評価いたしますが、どうせなら別の方向に生かしてほしいんですけど?

 「今度は、この3つの餃子で勝負よ……」

 「何が入ってるの? この餃子には?」

 「黒服さんの部屋にあった、なんだか見たことの無い生き物よ」

 「バイオハザードレベルじゃないですか」

 こんな罰ゲームでなんで死を覚悟しないといけないのか。

 「今度は私が一番最初に選ばせてもらうわよ!!」

 「ああ! ずるい!!」

 「じゃあ私はこれ……ハッ!? この流れから言うと、私が選らんだ物が結局外れだったというオチに……!?
  ま、まずい!! この流れは危険すぎる!!」

 「お母さん?」

 「ちょっと待って! 今選ぶから!!
  え〜っと、これが怪しい…………」

 「……」

 「……」

 「これ、かな? いや、こっちの方が怪しい」

 「……ウサギさん」

 「……ん? なに?」

 「飽きてきたんで、あっちで一緒にテレビ見ましょうか?」

 「そうだな。しばらく時間かかりそうだし」

 「え〜っと……これ、じゃないわよね。こっちの方が緑色に近いような……?」

 頑張って餃子選びしておいてくださいなお母さん。












 7月6日 水曜日 「隔離トイレ」


 「誰かー! 誰か居ませんかー!!」

 「ん? どうしたんだ千夏?」

 「おお! ちょうどいい所に来ましたね黒服!!
  実はですね、トイレに入ってたら何故かドアが開かなくなってしまって……閉じ込められてしまったんですよ」

 「それは災難だな」

 「ホントですよ。こんなに建て付けが悪いとは思わなかったです」

 「あはは。それ、俺が作ったから」

 「あははは、そうなんですか。
  …………てめえ、覚えてやがれよ」

 能天気に笑いやがって。少しは自分の責任を感じなさいよ。


 「なんで? なんでこんな事になったの?」

 「このトイレはね、緊急時には隔離されるようになってるんだよ」

 「……だからなんで?」

 「例えばこの旅館に生物兵器が搭載されたミサイルが打ち込まれたとしたら、
  このトイレが機密性の高いシェルターとして機能するわけです」

 「へぇー。つまり、バイオハザードが起こったら、みんなしてトイレに駆け込むわけですか。
  すっごい光景ですね。とても緊急事態だとは思えない」

 「そのトイレはすごいぞ。補給なしで3ヶ月も生き延びる事が出来るんだからな」

 「そりゃすごい。でもですね、私は3ヶ月もこのトイレの中に居たくはないんですけど?
  とっとと出してください」

 「それじゃあまず水を流してみてください」

 「え? 水流したら出れるんですか?」

 黒服の言うままに、水を流すレバーを捻ってみます。

 『ジャー、ゴボゴボゴボッ』

 「水、流れましたけど?」

 「大吉です」

 「意味わかんねー!!」

 誰が水洗トイレ占いを頼んだか。
 それに、水が流れたら大吉って言うのなら、大抵のトイレで大吉を叩き出せますし。


 「でも健康運に注意。良からぬトラブルに巻き込まれてしまうかも」

 「今ちょうど、もんのすごく良からぬトラブルに巻き込まれてる最中なんですけど?」

 「ラッキーカラーは赤」

 「黒服。そんな占いどうでもいいからとっとと出せ」

 「……いや、それは出来ない」

 「ど、どうしたんですか? 急にそんな真面目な返ししちゃって……」

 「考えてみるんだ。何故、このトイレに千夏が隔離されたかを。
  何故、ドアが開かなくなってしまったのかを」

 「も、もしかして……生物兵器が!?」

 「おそらくそうだろう。このトイレの外はすでに汚染されているかもしれない」

 「そんな!! なんでこんな事に……!?」

 「十中八九アメリカ軍の攻撃だろう。彼らはきっと、内側から私たちを攻めるつもりだったんだ!!」

 「黒服さん……!!」

 それは、初めから気付いてたっちゅーの。


 「いいか千夏? 安全が確認されるまで、ここから出ようとするんじゃないぞ?
  俺が今から大気中に細菌が無いか検査してくるから」

 「そ、そんな……。
  もし黒服の言ってる事が本当だとしたら、黒服はもう汚染されてるって事じゃないですか!!」

 「……大丈夫さ」

 「黒服さん!!」

 そんな、こんな時だけカッコよく決めるだなんて、卑怯ですよ!!



 「多分、命には別状ないし」

 「へ? なんでそんな事言えるんですか?」

 「だって俺の部屋から漏れた細菌……」

 「……はい?」

 「……アメリカ軍め! 生物兵器とは何と小癪な!!」

 「ちょっと待て黒服!! 今ものすごく気にかかる事聞いた気がするんですけど!?」

 「気のせいです。大吉です」

 「意味分からん。また占いしてもらってもどうするっちゅうねん」

 「じゃあな。今からワクチン作ってくるから」

 「やっぱり最初からどんなウイルスで汚染されてるか知ってたんじゃないですか!!
  おいコラ!! やっぱりお前のせいなのかよ!!」

 「あーあー!! 聞こえませーん!!」

 「コラアァァァァ!! 人の話を聞け!!!!」

 っていうか、出してよ。








 7月7日 木曜日 「七夕」

 「はろー千夏♪ 元気?」

 「……元気ですけど、その意味の分からない陽気さは何ですか?」

 「今日は七夕よ? お祭り騒ぎしなくちゃ!!」

 「七夕がお祭り騒ぎする行事だったとは思えないんですけど?」

 「あとついでに千夏のお父さんの命日ね」

 「ついでにしちゃ駄目でしょそれ!!」

 不憫極まりない。


 「はい、千夏。その短冊にぱぱっとお願い事書いちゃって。
  笹の葉に括り付けるから」

 「この歳で天の川に願い事ですか? お気楽でいいですね」

 「…………千夏、超うぜえ」

 「うっひゃぁ!? すんごく陰気臭く言わないでくださいよ!!」

 あまりにもお母さんに似つかわしくない反論の仕方だったのでびっくりしちゃうじゃないですか。





 とりあえずお母さんに言われるまま、短冊に願い事を書きました。
 星に願えば何かが変わるとは思えませんが、取り合えず適当に書いておきました。

 「はーい♪ これから第21回短冊大喜利を始めまーす♪」

 「大喜利!? 大喜利ってなんですか!?」

 「大喜利っていうのは、笑点で主に行なわれる、血で血を洗う知能戦の事を……」

 「大喜利の意味は知ってますよ!! なんでそれを我が家の七夕でやるのかって言ってるんです!!」

 あと、別に歌丸師匠たちは血で血を洗ってないと思うんですよ。

 「なぜ大喜利をやるのかと問われれば、私はそこに大喜利があるからだと言うしかないわ」

 「答えに、なってない」

 「とにかく、大喜利を始めます。
  ちなみにこの七夕短冊大喜利で優勝した方には、笹一年分が進呈され……」

 一年分って……今日ぐらいしか使わないじゃないですか。


 「それじゃあまず千夏! 短冊の内容をどうぞ!!」

 「……『消費税値上げストップ』」

 「主婦かよお前は!! っていう突っ込みが欲しいのね。なるほど」

 「うっさい!! 別に私は願い事なんて無かったんですよ!!
  あと、ボケるつもりもね!!」

 「千夏さんには0.5枚分の座布団を差し上げます」

 「薄い座布団なんていらん!!」

 さっさと笹に括っちゃってください。


 「次はリーファちゃんの短冊をどうぞー♪」

 リーファちゃんですか。どうせ私の命をどうとか書いてあるんでしょう?

 「『ゲーム化』」

 「何が!?」

 このサイトとかですか? それはいくらなんでも無理ですよ……。

 「リーファちゃんには布団にもなる座布団を差し上げます。」

 便利なんだかそうじゃないんだか。



 「次は雪女ちゃんどうぞー♪」

 「『休みをください』」

 「あはははは。雪女ちゃんったら冗談が上手いわね♪」

 今のは心の叫びだったと思うんですよ。
 冗談で済まさないでどうにかしてあげてください。悲しすぎるから。

 「雪女ちゃんにはザ・ブトンを差し上げます」

 「ううう……ありがとうごさいますお義母さん……」

 良かったね雪女さん。
 ザ・ブトンってなんなのか全然分かんないけど。



 「加奈ちゃんのお願い事は?」

 「おっきくなりたーい♪」

 可愛らしい願いですねぇ。

 「エッフェル塔ぐらいまで」

 「大型建築物を目指してるんですか!?」

 さすが子供というべきか……。

 「さすが千夏の子供ね加奈ちゃん。座布団を3枚差し上げます」

 「え……? それってどういう意味?」





 「次はウサギさんの短冊をどうぞー♪」

 「『戦争終結』」

 「た、確かに今の私たちは、それを一番初めに願うべきだったかもしれませんね……」

 すっかり忘れてましたよ。戦時中だった事。
 多分いまだに宿泊を楽しんでるアメリカ軍のせいなんですけど。

 「つまんない。ウサギさんの座布団を全部没収で」

 「俺は座布団の財産なんて無いぞ?」

 「じゃあザ・ブトンを没収で」

 だから、ザ・ブトンって何だよ。




 「黒服さんの短冊は?」

 「『兵器削減』」

 めちゃくちゃ自分で作っておきながら何を言うか。全然説得力ないわ。
 昨日の細菌兵器事件を忘れたって言うのかよ。



 「……っていうかお母さん。お母さんの短冊には何て書いてるんですか?
  人の散々馬鹿にしたんだから見せてくださいよ」

 「いいわよー♪ 大爆笑間違いなしの私のネタを見なさい」

 「大爆笑間違いなし、ね。ぜんぜっん期待してないけど一応見てあげますよ。
  え〜っとなになに……あはっ、あは、あははははは……」

 「……千夏さん? 何が書いてあったんですか?」

 「あははは。すっげえ面白い。面白すぎて、笑いが止まらないよー」

 「そんなに面白いなら、なんで棒読みなんですか!?
  なんで顔が全然笑ってないんですか!?」

 「き、気にしないでー」

 「気になりますって千夏さん!!」






 短冊には、『笑わなかったら今晩の夕食の材料に』って書いてありました。
 なんていうか、すっげえ卑怯っぽいんですけど?








 7月8日 金曜日 「ハンバーグ争奪戦」


 「今日の夕食は何とハンバーグです」

 「おー。珍しいぐらい豪華な夕食ですねぇ」

 「でも、何故か6人分しかございません。つまり、1人分足りないのです」

 「え……なんで? 材料が足りなかったとか?」

 「食べ物がいつもおなか一杯食べられるなんて思わないように。
  いつしか食糧難になった時にそなえて今のうちから食べ物のありがたさを……」

 「本当は春歌さんが7人分を6人分で計算しちゃって……」

 「ああなるほど。よく分かりました」

 「……雪女ちゃん。後でポップコーンの刑」

 「ひぃ!? ポップコーンですか!?」

 え? 何その新世代的な刑罰は?
 もしかして炒り殺されてしまうんですか?

 「とにかく、1人分のハンバーグが足りません。と言う事で、皆さんにハンバーグの取り合いをしてもらいます」

 そんな、バトルロワイヤルの有名なセリフみたく……。


 「取り合いってもしかして力ずくでやるんですか!?
  なんで晩ご飯で流血沙汰にならなくちゃいけないんです!!」

 「はっはっはっはっ。千夏ったら面白い事言うのね。
  ご飯のために死闘だなんて、サバンナじゃあるまいし」

 サバンナは食べ物のために死闘を繰り広げてるんですか?
 初めて知りましたよ、そのサバンナ情報。


 「簡単なゲームでハンバーグを取り合ってもらうだけよ。
  その名も、『イス取りハンバーグ』」

 「名前はよく分かりませんけど、何を言いたいのかは伝わりました」

 取りあえずイス取りゲームでハンバーグの行方を決めるってことですね?





 「さあ皆さん。準備はいいですかー?」

 「すっげえやる気ないですけど、オールオッケーですよ」

 「ここで『イス取りハンバーグ』の説明をいたします。
  音楽に合わせてこの6つのイスの周りを回って、音楽が鳴り止むと同時に座ります。
  で、イスから溢れた人が今日はハンバーグ無し」

 「ママぁ……私、上手く座れるかなぁ?」

 「大丈夫ですよ加奈ちゃん。もし加奈ちゃんが食べれなくなっちゃったら、私の分けてあげますし」

 「ありがとーママ♪」

 「じゃあもし千夏が半分こしなくちゃいけなくなったら、
  俺の分の半分やるよ」

 「ウサギさん……ありがとうございます。
  やっぱりウサギさんは優しいですねぇ」

 「う、うわぁ!? こんな所でポイント稼ぎされてる!?
  ち、千夏さん!! それなら私は、ウサギさんに半分あげます!!」

 「え……? 別に俺はいらな」

 「貰ってください! 受け取ってあげて!!」

 「は、はい」

 ウサギさんが雪女さんの好意(熱意?)に押し切られてしまいましたね……。


 「じゃあ私は雪女さんに半分あげます」

 「り、リーファさん!? どうしてそんな私なんかに……?」

 「中々報われないあなたが、他人とは思えないからです」

 報われないってあれか。私の暗殺が中々上手くいかないって事なのか?


 「じゃあ俺はリーファに半分やろう」

 「黒服? なんでまた……」

 「いろいろ新兵器を試してもらってるお礼に」

 へぇー、そうですか。リーファちゃんが持ってた武器類は、黒服の方から流れて来てたんですか。
 この死の商人めが。



 「え? なになにこの流れ!? この、誰かに半分あげなきゃ人間じゃないっていう空気は!?」

 考えすぎじゃないですかね?
 まあ確かに、ここまで来てお母さんが誰にもあげないっていうのはおかしい気がしますけど。

 「わ、私は……くぅ、黒服、さんにっ……ううぅ、半分あげるもんねー……」

 「そんな泣きながら言う事なんですか」

 大の大人がハンバーグで涙腺緩めないでよ。



 「そ、それじゃあ……今から『イス取りハンバーグ』を……」

 「いや、もうハンバーグ問題は解決してませんか? やる意味ないでしょ」

 分け合う心って素晴らしいですね。








 7月9日 土曜日 「鉄棒運動」


 「……」

 「あれ? どうしたんです千夏お姉さま? 鉄棒なんてじーっと見ちゃって。
  気持ち悪い」

 「随分な言いようですね。人を頭がおかしいみたいに言っちゃって」

 「実際おかしいじゃないですか。鉄棒を放心状態で見つめてるなんて。
  奇妙極まりないです」

 「そもそもさ……なんで旅館内に鉄棒あるの? すっげえ邪魔なんですけど?」

 「温泉鉄棒です」

 「はい? 何その新日本語?」

 「温泉に入ったお客様が楽しむための遊具なのです」

 「へぇ……これまた地味な」

 「ちなみに私が考案して導入してもらいました」

 「なんで? リーファちゃんって鉄棒が好きなの?」

 「ふっふっふっふっ。月下の大車輪と呼ばれた私にそんなことを聞くだなんて、愚問ですね」

 月下の大車輪。すごそうだけど、限りなくアホっぽい。
 少なくとも自ら名乗るような名ではない。

 「暗殺者たるもの、鉄棒の1つや2つ出来なくてどうするっていうんですか」

 「暗殺者って、みんな鉄棒が得意なの?」

 「もちろんです。基礎的な筋力を鍛えるのに、これほど素晴らしい器具はございません!」

 ゴルゴ13が鉄棒してる所なんてあまり想像できないんですけど?


 「見ててくださいね千夏お姉さま。
  ……うおりゃああぁーーー!!!! 必殺逆上がり!!」

 「わー。すごいですリーファちゃん」

 逆上がりに必殺付けるのはどうかと思うけど、確かに綺麗な逆上がりでした。

 「はぁはぁはぁ……どうです、千夏お姉さまもやってみませんか?
  立派な暗殺者になれますよ?」

 「久しぶりに鉄棒やってみましょうかね……。
  立派でもなんでもない暗殺者にはなりたくないですけど」

 鉄棒に手を伸ばす私。身長より低いので楽々に掴む事が出来ます。
 運動がそんなに得意でない私ですけど、前回りぐらいは出来ます。

 「せーのぅっ……!?」

 「あはははは!! 今の時代に前回りって!!!!」

 「なっ、別にいいじゃんか!! 前回り、素敵な技じゃないか!!」

 「せめて逆上がりしてくださいよ。
  逆上がってくださいよ」

 「ちっ……見てなさいよ?」

 しっかりと逆手で鉄棒を掴む私。
 勢いをつけて、足を蹴り上げます。

 「どりゃあああぁぁ!! 必殺逆上がり!!!!」

 『ズデン!!』

 「あははははは!! 落ちてやんの!!
  これじゃあ必殺じゃないですよ。時折殺ですよ」

 「く、くそう……」

 こんなにも馬鹿にされてしまうだなんて……。
 悔しくて仕方ないです。

 「いいですか? 逆上がりって言うのはですね、こうやって自分にひきつける様にして……とりゃ!!」

 「ぬぬぬぬ……楽々と逆上がり決めやがって」

 すっげえ優越感に浸ってるリーファちゃんの笑顔がムカつきます。


 「お、覚えてなさい!! 今からこの鉄棒で練習して、一週間後には逆上がりできるようになりますからね!!」

 「へへん。まあ頑張ってみればいいですよ。多分無理だけど」

 「こんちくしょー!!!!!」








 「ふふふ……これでまた1人鉄棒にはまる者が」

 「いや、そんな草の根活動しても鉄棒は流行らないと思います」

 っていうか鉄棒を流行らせたかったのか。













過去の日記