7月17日 日曜日 「テレビの直し方」


 『ガガッ、ガッ、ザーーーー』

 「……」

 「……」

 「……」

 「……千夏」

 「はい? なんですかお母さん?」

 「テレビ、砂嵐のバーゲンセールしてるけどさ、どうして?」

 「異常気象だからじゃないですか?」

 「へぇ〜……それじゃあさ、このテレビにくっきりと刻まれている拳の後は何?」

 「歴戦の印じゃないですか。きっとこのテレビは数多くの戦場を駆けた英雄だったんですよ。
  多分その拳はゲリラであった敵の大将と一騎打ちした時に付いた傷なんでしょう。
  誇り高い男と男の戦いっていうのは素晴らしいですね」

 「男じゃないじゃん。テレビじゃん」

 「確かに」

 「……千夏」

 「だからなんですかってば?」

 「テレビ壊したでしょ」

 「あうあうあう何言ってるんですかお母さんったらもう本当にどうしようもないっていうかというよりも私がそんなことするわけないでしょうに人のこと信用してないったらありゃしないですよもう」

 「そこまで動揺されるともう追求できないわ」

 じゃあ追求しないでくださいよ。

 「で、なんでテレビにゲンコツ食らわしたの?」

 「やっぱり追求するんですね……。
  ええっとですね、今日はテレビの調子が朝から悪かったんですよ」

 「ふ〜ん。それで?」

 「こうちまちまとノイズが入るものですから……だから、古来から日本に伝わる伝統的な修理方法を」

 「殴ったのね」

 「ええ。3Rも戦いました」

 「ちょっと、それは殴りすぎ」

 「それでですね、向こう側のセコンドがタオルを投げてきまして……一応そこで戦いを終了したんです」

 「本気でボクシングしてたのね。そりゃあ壊れるわ」

 「いや。まだここではテレビさんは息絶えて無かったんですよ」

 「そうなの?」

 「はい。楽しそうにめざましテレビを映してました」

 「ちょっと待って。今日日曜日よ?
  なにか時空が歪んじゃってない?」

 「パンチドランカーってたんじゃないですかね?
  とにかく、テレビは何の問題も無く番組を映し出していたわけですよ」

 「そんだけ殴っといてよくもまあ何の問題も無いって言えるわね。
  その図太さにびっくりするわ」

 「え〜っと……確かに何の問題も無かったんですけど、突然リーファちゃんが部屋に乱入してきまして……」

 「なんで?」

 「不思議な事にですね、リーファちゃんが冷蔵庫にしまっておいたプリンが、突然消えてしまったんですって。
  だから八つ当たりを私にですね……」

 「食べたのね」

 「美味しかったです。
  で、リーファちゃんの放った凶弾が見事にテレビに当りまして……」

 「殉職したのね……」

 「はい。というわけで、私は悪くありません」

 「千夏……最後に言い残す事あるかしら?」

 「うっひゃぁ!? お母さん!? その手に持ってるヤスリはなんですか!?」

 「これで削り殺してやろうかと」

 「そんな地味に恐ろしい殺害方法を思いつかないでくださいよ!!
  謝りますから!! 地面とおでこがくっ付くぐらい土下座しますから!!」

 「シュシュッ。シュシュシュッ」

 「な、何やってるのお母さん……?」

 「素振り」

 ヤスリがけの素振りなんて初めて見ましたよ。
 っていうか怖いからやめてください。



 「それじゃあ観念して私に削られなさい!!」

 「うわぁあぁん!! ごめんなさいぃー!!」

 お母さんから逃げようとした私は、いまだ砂嵐しか映していないボロテレビに突っ込んでしまいました。
 おでこを思いっきり画面にぶつけちゃって、すんごく痛いです。


 『ガギュ、ガガギ、ザ……明日も見てくれるかな? いいともー♪』

 「ほらお母さん!! テレビ直りましたよ!!」

 「なんで今日笑っていいともの平日放送やってるのよ!!
  完全に壊れてるじゃない!!」

 っていうかどう壊れたらこんな事になるんだろう?








 7月18日 月曜日 「お掃除の鬼」

 「うおりゃあああああぁぁぁぁ!!!!」

 「え? 何!? 何なの!?」

 「どおりゃっせえええぇぇぇぇいい!!!!」

 朝っぱらからありえないぐらい大きな声が響いています。
 なんだ? 誰が朝っぱらから何かと闘ってるんだ?


 「だ、誰ですか!! こんなに大きな声だして!!」

 「あ、千夏お姉さま。おはようございます」

 「リーファちゃんだったの!?」

 声の主を確かめるために私の部屋から廊下に出てみると、何故か雑巾がけをしているリーファちゃんが居ました。
 ……さっきの声はリーファちゃんの声だったのでしょうか?

 「なに朝から大きな声出してるの? もしかして神経衰弱させて私をやっちまおうと?」

 「あはははは。なに疑心暗鬼しちゃってるんですかお姉さま。
  そんな簡単に殺せるなら最初からやってますよ」

 ああ、うん。そうですね。なんていうか、それ聞いても嬉しくないですけど。

 「それで……一体なにやってるんですか?」

 「見て分かりません? 廊下の雑巾がけですよ」

 「へぇ……リーファちゃんの雑巾がけはあんなに声出さないと出来ないものなんですか」

 「声出すと力が入るじゃないですか。
  ほら、私が千夏お姉さまを襲う時もいつも叫んでるでしょ」

 ああ、うん。なるほどね。すっげえ分かりやすい例えですね。




 「っていうかどうしたの? 急に雑巾がけなんて。
  今までたいした働きをしない居候アサシンだったのに」

 「あのですね、あなたのお母さんに命令されちゃったんですよ。
  あなた、今日からこの旅館の掃除係ねって」

 「へぇ〜……リーファちゃんが掃除係ですかぁ。
  でもその命令を素直に聞いたんですか? 捻くれ者のリーファちゃんが?」

 「私、掃除が好きなんですよ。暗殺者だから」

 よー分からん。




 「千夏お姉さまもやります? 掃除は気持ちいいですよ」

 「いや、別にいいです」

 「仕方ないですねぇ。お姉さまには特別にチリトリ係をさせてあげます」

 「聞いてよ人の話」

 っていうか本当に楽しそうに話しますね。
 こんなリーファちゃん見たことない。

 「チリトリって言っても馬鹿にしちゃいけませんよ?
  チリトリを極めるには、長い修行の時が必要なんですから」

 「たかがチリトリにそんな……」

 「たかがチリトリ!? はんっ!! これだから素人が!!」

 素人って……。

 「いいですか? 素人はチリトリでゴミを取るとき、どうしてもチリトリと床の間に細かいゴミを残してしまいがちなんです!!
  私から言わせれば、それはもうナンセンスですよ。死すべき恥です」

 「そんな侍ちっくな思い詰め方するんですか。チリトリで上手くゴミを取れなかっただけで」

 「まずですね、こうホウキの動きに合わせてチリトリを動かして、ホウキとチリトリの衝突による埃の舞い散りを防ぎ……」

 「うっわー。興味無いのにレクチャー始まっちゃいましたよ。
  道歩いてたら高機能電卓付き手帳を売り付けられようとした時の事を思い出す」

 「お姉さま!! ちゃんと聞かないと死にますよ!!」

 「え!? 死ぬの!?」

 「取りきれなかったゴミに殺されます!!」

 んなわけないだろ。





 「……ということです。チリトリの使い方は理解しましたね?」

 「はい。だいぶ前からチリトリの使い方ぐらい知ってましたけどね」

 「ではこのチリトリを預けます」

 「へぇー。中々年季の入ったチリトリですね」

 「MYチリトリですので」

 「その単語新しいね。人生において初めて聞いたわ」

 「このチリトリはお姉さまの命を守る盾です。大事に使ってくださいね」

 「よーわからん例えですけど分かりました。頑張ります」

 っていうか、なんで私がリーファちゃんの仕事を手伝わなくちゃいけないのか。
 何だかんだで乗せられるのに弱いんですよね、私。


 「さあ行きますよお姉さま!! 私のホウキが掃くゴミを、そのチリトリで上手くキャッチしてください!!」

 「そのテンションが分からん。掃除する時の物じゃない気がする」

 「うおりゃあああぁぁぁ!!!!」

 「ちょ、リーファちゃん!! なんでそんなに勢いが強いの!!」

 明らかに掃除用の物じゃない力の入れようでホウキを振るうリーファちゃん。
 こんなんじゃあ上手くゴミを取ることなんで出来ないですよ。

 「あああ!! 何してるんですか!! チリトリと床の間にゴミが!! ゴミが!!」

 「うっせえ!! リーファちゃんが悪いんでしょうが!! あんなに強い力でホウキ掃いて!!」

 「プロならばあれぐらいの勢いは緩和できるものなのです」

 「バレーボールのレシーブみたいに言うな」

 「さあ! 次行きますよ!!」

 何なんですか。このスポ根的な練習風景は……。


 「おっ、中々才能ありますよお姉さま」

 「チリトリの?」

 「いえ、レシーブの」

 レシーブだろうがチリトリだろうがその才能は微妙ですよ。








 7月17日 火曜日 「洗濯当番」

 「じゃぶじゃぶじゃぶ〜♪」

 「あれ? 何やってるの加奈ちゃん?」

 「あ、ママ〜♪ あのね、今洗濯してるの」

 「洗濯? なんでまた加奈ちゃんが……」

 「ママのママにねぇ、頼まれたの♪」

 「お母さんに!? なんてことしてるんですかあの人は!!
  こんな子供に洗濯させるだなんて!!」

 手足があれば何でも労働力にしちまう人間ですね。
 人としてそれはどうなのか。

 「でも洗濯楽しいよー?」

 「加奈ちゃん……なんて薄幸そうなセリフを吐くんですか。
  ちょっと涙ぐんじゃいますよ」

 「ほらー。アワアワがブクブク♪」

 「本当ですね。アワアワがブクブクですね……」

 母さん泣きそうだよ。
 不憫すぎて。




 「でも大変でしょう? 旅館の洗濯物って、一杯あるから」

 「うん。一杯一杯だよー。
  でもね、面白い物も一杯あるよー」

 「面白い洗濯物って何?」

 「ほら、水着ー♪」

 「へぇー。旅館でスクール水着の洗濯物が出るとは珍しい」

 どこの誰だよ。
 人の旅館で妙なプレイした奴は。


 「後ねー、ワンちゃんもたまに来るのー♪」

 「ワンちゃんって……もしかして犬が?」

 「うん♪」

 「へ、へぇー……それじゃあ加奈ちゃんは、そのワンちゃんを綺麗にしてあげたんだ?」

 「うん♪ 洗剤一杯かけてあげたー」

 そりゃ災難でしたね犬さん。
 ご無事をお祈りしております。


 「ほら見てー♪ フライパンも来てるー♪」

 「ねぇ加奈ちゃん。それってただ調理場の洗い物もこっちに来ちゃってるだけなんじゃないかな?
  そういったものはきちんと返した方がいいと思うよ」

 「えー? そうなのー? じゃあこれはー?」

 「ふむふむ、炊飯器ですか。間違いなく調理場担当の物ですね。
  送り返しちゃいなさい」

 「じゃあこれは?」

 「人生ゲームですか。おもちゃ箱にポイしなさい」

 「これはこれはー?」

 「土偶ですか。っていうか誰だよ。こんなの持ってきてる奴は」

 なんでもかんでも洗濯係に任せるのは間違ってるでしょ。




 「加奈ちゃん……シーツとか服以外は断った方がいいよ。
  っていうか断るべきだよ」

 「そうなの?」

 「土偶を洗うのは洗濯って言わないし。
  だからきちんと次からはこんなの洗えませんって言おうね?」

 「でもカナ、土偶とか洗うの楽しいよ?」

 「……ねぇ加奈ちゃん。ママね、加奈ちゃんの感性がよく分からないよ」

 何だかこれからの育児がかなり不安なんですけど?



 「はーい加奈ちゃん!! 洗濯物持ってきたわよー♪」

 「お母さん!? あなただったんですね!! 加奈ちゃんにいろいろ雑用を押し付けてたのは!!」

 どうりで変な物まで洗わされてたんですね。
 お母さん天然っていうかボケてるし。

 「ありゃ、千夏。何なに? 手伝ってくれるの?」

 「違いますよ!! 加奈ちゃんまで働かせるのは止めてください!!」

 「何言ってるのよ。この家では働かざる者メーベ乗れずっていう家訓が……」

 「食うべからずでしょ。風の谷のナウシカの乗り物乗れなくても別にいいし」

 「本当に? 気持ち良さそうじゃないアレ?」

 「話が逸れてる逸れてる」

 話の逸らし方は相変わらず天下一品ですね。
 絶対加奈ちゃんはこんな性格の子にしない。













 7月20日 水曜日 「夏休み突入」


 見事、明日から夏休みです。
 なんていうかここ最近は学校に関しての記憶が無かったりするんですけども、とにかく長かったです。
 ビバ夏休みぃ♪

 「はーいみなさん。これから夏休みの正しい過ごし方を教えまーす。
  よく聞くように」

 毎年毎年、同じ様な事を先生から聞かされるんですけど、正直聞いちゃいないですよね。
 もうウキウキ気分のおかげで。

 「まず1つ。必ず海に行く時は大人と一緒に行く事。
  子供だけで海に行くのは絶対だめ」

 まあなんとテンプレート的な注意なんでしょう……。
 もうちょっと捻って欲しいものです。

 「なんで子供だけで海に行ったら駄目なんですかー?」

 誰ですか。下らないこと聞いてる奴は。
 さっさと先生の話を聞き流して、ビバ夏休みライフに突入したいんですけど。

 「子供だけで海に入ったら、化学反応によって燃えます。
  だから駄目なの」

 先生の奴、すっげえ口から出任せな説明しやがった。
 なんかあの人もさっさとこのホームルーム終わらせたいんじゃないですかね?


 「2つ目は夜更かしせずに規則正しい生活を心がける事。
  つまりとっとと寝なさいって事ね」

 「なんで早く寝ないといけないんですかー?」

 いー加減にしてください。
 そういう揚げ足取り的な笑いは今いらないんですよ。
 早く家に返してください。
 ウサギさんと一杯遊びたいんだから。

 「早く寝ないと、伸びるから」

 「何が?」

 「えーっと、小指が」

 本当にやる気ないな、この先生は。
 変なことで突っかかってくる小学生がうざったい気持ちは分からないでもないですが、
 もうちょっと真面目に対応して欲しいです。



 「3つ目。0時を超えたらご飯を与えない」

 ちょっと、それってどこかで聞いたことある掟なんですけど?
 もしかしてグレムリン?

 「ご飯食べさせちゃったら、変な化け物に進化します」

 しねえよ。どんな小学生だよそれは。




 「あと省略。
  それでは皆さん! 楽しい夏休みを過ごしてください!!」

 「すっげえ投げやりだけど、とにかくわーい♪ 夏休みだー♪」

 これで1ヵ月近くはイジメられないし、遊び放題です。
 もうウハハーって感じですよ。




 「あ、言い忘れてたけど、夏休みの宿題を1つでも忘れてきた人は極刑です」

 「きょ、極刑!?」

 「具体的に言うと、プールの底で安眠」

 ……去年、思いっきり宿題を忘れてた私には、おっそろしい宣告ですね。
 今年こそは全部きちんと提出しないと……。

 「プールの底で安眠ってどういう意味ですかー?」

 「ちょっと!! そういうのは具体的に聞いちゃ駄目でしょ!!
  ニュアンスで大体意味が分かるってば!!」

 「ヒント:永眠」

 答えじゃないかそれは。










 7月21日 木曜日 「ウサギさんのお仕事」

 「ウサギさーん♪ 遊びましょー♪」

 夏休みという素敵期間は、やっぱり遊び呆けるしかないでしょう。
 遊園地行ったり海に行ったり山にキャンプしに行ったり……あーもう楽しみで仕方ありません。

 「……ねぇ千夏。今のさ、俺の状況見て言ってるの?」

 「へ? 何か問題でも」

 「俺、埋もれてるじゃん。宿泊客に持っていく料理たちに、埋もれてる状態じゃん」

 確かに、今のウサギさんは料理の山に埋もれちゃって、耳しか見えてない状態ですね。
 っていうかそんなにたくさん運ぼうとするから……。

 「ウサギさん……大丈夫?」

 「最初にそう心配して欲しかった……。
  なんていうか、全然動けません」

 「そんな!! 戦闘用義体の意地を見てせくださいよ!!
  そしてさっさと仕事終わらして遊びに行きましょう!!」

 「ちょっと千夏……じゃあ手伝って」

 あらら……まともに突っ込まれてしまいましたよ。


 「ウサギさんっていつもこんなに一杯料理は込んでるんですか?」

 「まあ今日は特に多いけどさ、大体こんなもんだよ」

 「へぇー。本当にこき使われちゃってますねぇ」

 不憫で不憫で仕方ありません。

 「っていうかさ、千夏って結構働いてないよね」

 「な、なにを言うんですか!! 私はいつだって一生懸命働いてますよ!!」

 「そ、そう? 何だか他の奴らに比べて余裕ありそうだったから」

 「まったくもう。ウサギさんったら失礼な人ですねぇ……。
  私がどれだけこの旅館のために尽くしているか……」

 「へぇ……千夏も頑張ってるんだ?」

 「ええもちろんですよ。例えばですね……」

 「例えば?」

 「…………庭の木に水やったり」

 「いや、それって結構楽なんじゃない?」

 「そ、そんな事ないですよ!! 一つ一つの木々全てに愛情を持って水やりをしてるんですから!!
  この愛は誰にも負けません!! 地球を救っちゃうぐらいすごい愛ですよ!!」

 「分かった分かった。とにかく、余裕があるなら手伝ってくれ」

 「だから、余裕は別に無い……」

 楽してると思われてしまったじゃないですか……。




 「この料理はそっちの部屋に持って行くこと。
  落とさないように気をつけてね」

 「はい分かりました。で、ウサギさんは?」

 「この料理の山を捌いてきます」

 「そんなこんなにたくさん!! 私にもっと仕事を分けてくださいよ!!
  そうしたら早く終わるでしょう?」

 「でもさすがにこの量は……」

 「大丈夫ですって!! 任せてください!!」

 このまま怠け者のレッテルを貼られるのは我慢なら無いので、頑張らせていただきますよ。

 「じゃあ10人分お願い」

 「はい分かりましっ……た!!」

 ウサギさんから渡された料理の重さに言葉が途切れる私。
 これ、本当に重いや……。

 「大丈夫か?」

 「大丈夫といえば大丈夫ですけど、大丈夫じゃないです」

 「駄目なんじゃん」

 いいから。いいから気にしないで。

 「そ、それじゃあ行ってきますね……」

 「まあ……無理しないようにな」

 ははは。それは今まさに無理をしている人間に言ってもどうしようも無いんですよ。






 「はぁはぁはぁ……4歩目でもうきつい」

 これじゃあお客のもとへと運ぶ事なんて出来そうもありませんよ。
 やっぱり欲張らないで1つずつ分けて運ぶべきだったかも。

 「千夏さーん♪ 私ね、休みもらったんですよー♪
  だから一緒に遊園地とか海とか山とかに行きませんかー♪」

 「ゆ、雪女さん……そんな能天気な事言ってないで、私の状況見て欲しいです」

 「あれ? 千夏さんって料理に埋もれるのが趣味だったんですか?」

 どんな趣味だそれは。

 「雪女さん、お願いです……手伝ってください」

 「えー!? 嫌ですよ!! ようやく日頃の奴隷生活から抜け出せたのに!!
  もう働きたくないんです!!」

 「雪女さんって今日も綺麗ですねー」

 「本当ですか? やっぱり冷蔵庫の結露パックが効いたのかしら?」

 「だから、手伝ってくださ……」

 「嫌です。めっさ嫌です」

 「……雪女さん、愛してますよ」

 「いやーん♪ 千夏さんったらなんてこと言うんですかー♪ もうっ☆」

 「だから、手伝……」

 「嫌です」

 すっげえ頑な。






 「……千夏、大丈夫か?」

 「ああ……ウサギさんですか。
  どうしたんです?」

 「いや、もう俺の分は配り終えたからさ……」

 「そうですか。私はもう動けませんよ。まだ2つしか部屋に運んでないのに……あはは」

 「じゃあ残りは俺がやっとくからさ、ゆっくり休めよ。
  夏休みなんだし」

 「ううう……ウサギさんは本当に働き者ですねぇ。
  あなたは労働者の鏡ですよ」

 「まあ慣れてるからね」

 もうウサギさんの手を煩わせる事はしないです。
 私、明日からきっちりと働きますよ。せっかくの夏休みだけど。








 「でも海には一回ぐらいは行きませんか?」

 「あははは。暇見つけて行きますって」





 7月22日 金曜日 「当選報告」

 「おめでとうございます!! あなたは懸賞商品の特別賞が当りました!!」

 「本当ですかぁ? それはすごぉい!」

 そんな電話がかかってきました。
 どう考えても詐欺っぽいですが、暇なので相手をすることにします。


 「で、どんな商品が当ったんですか?」

 「車が当たりました」

 「へぇ〜」

 まあどうせ嘘なんでしょうけど。

 「出来れば早く取りに来て欲しいのですが」

 「そう言われても、私も忙しいですし……。
  主に家族の扱いが」

 「そうですかぁ……大変ですねぇ」

 「ええ。そうなんですよ」

 ってあっぶねぇ。
 思いっきり親しげに愚痴りそうになっちゃいましたよ。
 妙に新密度をあげちゃうとなりゆきで断れなくなっちゃうんですよね。
 こういう類の奴は。


 「でもですね、やっぱり早めに取りに来てもらわないと困るんですよね」

 「別に車が腐るわけじゃあるまいし」

 「レッドサターン号もお腹を空かせてますので早く……」

 「車って馬車のことなんですか!?」

 そりゃあもしかしたら腐るかもしれませんね。
 絶対に取りに行きたくないんですけど。

 「では住所を教えていただけませんか? レッドサターン号を連れていきますので」

 そんな事されたら迷惑でしょうに。
 というかこうやって個人情報を手に入れるんですね。
 くっ、油断なら無い奴!!



 「私たちの家ではペットはちょっと……」

 大きな旅館なので本当は関係ないですが、ここら辺は嘘を吐かせていただきます。
 嘘も弁慶。

 「方便でしょそれは」

 「え? ええ!? 今、心読みました!?」

 「馬だなんて思わずに、勝手に動く軽自動車と思えばいいんじゃないでしょうかね?」

 「ちょ、すんなりと無視するなよ」

 心が読める詐欺師との舌戦は、かなり不利かもしれませんね。
 さっさと電話を切るべきでしょうか。

 「排気ガスも出ませんし、地球に優しいですよ。
  すっげえ臭いけど」

 「ある意味で環境破壊じゃん」

 「馬の糞は肥料になります。すっげえ臭いけど」

 「臭さを推すな」

 「それに競走馬としてダービーに出せば、一攫千金を掴むことが出来るかもしれません」

 「う……っ、それは確かに魅力的な……」

 「12歳だけど」

 「引退させろや」

 本当にいらないです。






 7月23日 土曜日 「しゃっくり死」

 「しゃっくりを100回続けたら死ぬってよく言うだろ?
  あれって何死って言われるんだろうな」

 「よくは言いませんけど、確かにそんな迷信はありますね」

 っていうかいきなり何を言い出すんですかこの黒服は。

 「ショック死だろうか?」

 「私的には衰弱死を推しますけどね」

 「なるほどね。確かにしゃっくり百回は衰弱して死んでもおかしくないぐらいの疲れを与えそうだからな」

 「死んだらおかしいですけどね。しゃっくり百回で。
  っていうかどういう原理でしゃっくり百回で命を落とすんですか」

 「きっと百の衝撃が体内に蓄積され、体の内側から破壊するんじゃないだろうか?」

 「北斗の拳みたいな原理だな。多分そんな事起こりえないと思いますよ」

 「そういうわけで、実は千夏が寝ている間に新機能を付けてあげました」

 「へ!? 新機能!? また何か変な改造したんですか!?」

 いい加減人権侵害で訴えるぞ。
 いや、ロボ権侵害か?


 「その名も、『しゃっくりデスカウンター』!!」

 「すっごく嫌な予感のする名称ですね。あまり聞きたくないんですけど?」

 「続けて100回しゃっくりすると爆発して死ぬ機能です」

 「なに付けてるんだよてめえ!!」

 「まあいいじゃないか。しゃっくりが100回続くことなんてあまり無いんだし」

 「そんな機能が付いてるってだけで気が滅入りますよ。
  いいからとっとと外せ。危険極まりない」

 「そのしゃっくりデスカウンターは千夏の中心部に組み込んであるので、軽々と分解できる物じゃありません。
  諦めろ」

 「私の中心部がしゃっくり100回で死ぬ機構だっていうのが酷く悲しいんですけど?
  どんなロボットなんだよ私は」

 「性的愛玩用ロボット」

 「自分でさえも忘れていた名称を思い出させるな」

 本来の使用目的に使われていないのがすっごい救いですよ。



 「黒服。とにかくそんな物を……ひっく!」

 「……」

 「……」

 「……それ、しゃっくり」

 「まっさかぁ! そんなタイミング良く、ひぇっく!!」

 「しゃっくりだな」

 なに落ち着き払っちゃってるんですか。
 私にしてみたら死ぬか生きるかの瀬戸際だっていうのに。

 「黒服! ひっく! どうにかしなさいよ!! ひっく!!」

 「落ち着けよ。まだ4回じゃん」

 「決めた。しゃっくり100回する前に、絶対あなたを殺す。ひぇっく!!」

 「水飲むと良いらしいぞ。多分効かないけど」

 「こら!! ひっく! こういうのは気の持ちようが大切なんでしょ!! ひっく!!
  やる前に言うなよ!! ひっく!!」

 「お前も大変だな」

 黒服の所為でな。





 ちなみにカウントは93で止まりました。
 やっべえ。何の変哲も無い日常で死に掛けちゃいましたよ。















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