7月24日 日曜日 「一緒にダイエット」

 「千夏さ、最近太ったんじゃない?」

 「いきなり何を言い出すんですかお母さん。
  私はロボットですよ? そうプクプク太るわけないじゃないですか」

 「いいや太ったね。なんていうかこうぼちゃっとしてるもん。
  あーもう見るに耐えないわ。
  惨めよね。生きてるのが恥ずかしい」

 「すっげえ言い草だな。どんな恨みが私にあるんだ」

 「だからさ、ダイエットしない?
  私と一緒に」

 「あー。何となく理由が分かりましたよ。
  要するに独りでダイエットするのが耐えられないんですね?
  だから私を巻き込もうと」

 「千夏太ってる。すっげえ太ってる」

 嘘だと分かっていてもかなりムカつくんで、それを言うのはやめなさい。


 「でもなんでまたダイエットなんて……。
  体重の増加を確認してしまったんですか?」

 「まあね……お風呂場に体重計が置いてあったからつい……」

 「なんて無謀な事を。いっそ知らなければ幸せなままだったのに」

 「真実がどうしても知りたかったのよ……。
  無知な人間では居たくなかったの!!」

 カッコ良い事言ったって、結局体重を量って傷ついただけでしょうに。

 「千夏も一緒にダイエットしようよー。
  これから水着シーズンだよ? くびれが何より必要な期間だよ?」

 「いーよ別に。ダイエットすれば体重が減る身体じゃないし」

 「……千夏、明日から旅館『チナツ』南極支店へ移動」

 「わーい♪ ダイエットしてスリムになるぞー♪」

 地球の氷結地獄に送り込むのは止めてください。







 「で、どんなダイエットをやるんですか?
  リンゴダイエット?」

 「何年前のダイエットよ。今はね、もっと進んだ減量方法が流行ってるんだから」

 「へぇー。そうなんですか。さすが主婦。女性週刊誌の知識だけは賢者レベル」

 「ちなみに昨日からご飯を節制してるから、堪忍袋の緒が切れやすい状態なの。
  気をつけてね」

 ……刺激しすぎちゃやばいってことでしょうか。


 「今日試すダイエットはー……ほうれん草ダイエットです!!」

 「リンゴと何が違う?」

 「リンゴダイエットはリンゴしか食べちゃ駄目だけど、ほうれん草ダイエットはカワハギが食べ放題です」

 「なんでカワハギだけ許されてるんですか。
  どんな特例があるんだよ」

 ちなみにカワハギって言うのはお魚の種類ですよ。
 覚えておいてください。




 「で、ひたすらほうれん草とカワハギを食べるのがダイエットなんですか?」

 「いいえ。ほうれん草とカワハギを食べた分運動するのがダイエットです」

 「じゃあ別にほうれん草とカワハギじゃなくてもいいじゃん!!
  普通に何か食べてその分動けば良いだけじゃないか!!」

 「それじゃあ駄目なの!! ほうれん草とカワハギの化学反応が脂肪の燃焼に役立つの!!」

 「どんな化学反応だそれはー!!」

 ここまでガセっぽいダイエットも珍しい。


 「お母さん……やっぱりダイエットって言うのはですね、地道にコツコツと運動するしか無いと思うんですよね。
  楽にやろうと思うこと事態が間違っているんですよ」

 「ちくしょう! いっちょまえに説教しやがって!!
  覚えてろよ!! ほうれん草&カワハギダイエットで絶対に痩せてやるからな!!!!」

 「はぁ……まあ頑張ればいいんじゃないですか?
  普通にやってれば痩せれると思うし」

 一応運動するらしいですからね。







 「ちなみに運動の種類は?」

 「シンクロナイズドスイミング」

 「そりゃ痩せるわ!!」

 水中のマラソンじゃないですか。







 7月25日 月曜日 「夏の新メニュー」


 「……」

 「今日も今日とて元気が無いですね雪女さん。
  やっぱり夏だから? 夏だから何かが溶け出しちゃってるんですか?」

 「人をアイスクリームか何かみたいに言わないでくださいよ……。
  ビタミンが不足してるだけです」

 妖怪の癖に普通に夏バテなんですか。
 相変わらずスペックが人間並みな雪女ですね……。

 「ああそうだ……千夏さん、実はですね、今私は旅館の夏季限定メニューを作ってる最中なんです」

 「へぇー……飲食店の定番的なイベントですねぇ。
  何だか本当にウチが商売してるっぽい」

 「今まで冗談だと思ってたんですか」

 実際、存在自体が冗談みたいな経営者だったし……。

 「それでですね、その新メニューの試食を千夏さんにお願いしようかな
  ……って思ったり思わなかったりもうどうでもいいやー」

 「本当に夏バテにやられてますね。最後の方がグダグダになってる」

 「どうします? 食べますか?
  まあ私は別に食べてもらわなくてもどうでもいいですけど」

 やる気とかそういうのが全部流れちゃってますね。
 やっぱり何かが溶けてるんじゃ?


 「うーん……なんていうか、私の人生の中で試食と名の付く料理を食べて幸せになった経験が無いものですから……
  正直乗り気じゃないです」

 「でも先に食べたリーファちゃんとか黒服さんとかは美味しいって言ってくれましたよ?」

 「本当に?」

 「はい。あまりにも美味しすぎて頬を引きつらせてました」

 その時点で苦笑いだったと言う事に気付きなさい。
 もう少し人の心情を酌む努力をしてくださいよ。


 「やっぱりいらないです」

 「えー!? ここまで説明させたんだから食べてくださいよー!!
  絶対に美味しいですって!!」

 「引いたらやる気出す人なんですかあなたは。
  さっきまであんなにテンション低かったのに」

 「マジで美味しいですって!! どれだけ美味しいかって言うと、遠い親戚の人が持ってくる儲け話ぐらい美味しいです!!」

 「それ、ネズミ講なんじゃない?」

 信用なら無いという点を明確に現している例えですね。




 「それでは夏の新作メニュー第1弾、【新】冷やし中華☆」

 勝手に試食会に連れ込みやがって……。


 「新? 何が新しい冷やし中華なんですか?」

 「発想の逆転から生まれた傑作です」

 「発想の逆転ってそれは……」

 「つまり、熱い冷やし中華です」

 「そんな事だろうと思ったよ!!」

 発想が小学生レベルです。


 「だってほら! 夏には熱いものを食べるのが良いって聞くから!!」

 「熱いもの食べたきゃ鍋でも家族でつつきますよ!!
  っていうか冷やし中華を熱くしちゃったら、酢がむせるじゃん!!」

 「そ、そうか……。そんな構造的欠陥が……」

 冷やし中華を温めてる時点で気づけ。



 「気を取り直して、夏の新作メニュー第3弾……」

 「あれ? 第3弾? 第2弾はどうしたんですか?」

 「第2弾は先ほどの指摘で欠陥が判明いたしまして……」

 「同じ様な事をもう1つやってたの!?」

 一体何を温めたんでしょうか……。


 「第3弾、夏の海鮮パスタです」

 「おーっ。割と普通」

 「ふふふっ。舐めないでくださいよ。
  このパスタに使われている海鮮素材はですね、なんとバミューダトライアングルの深海から取り寄せた一級品なんです!!
  そんじょそこらの海鮮たちとは格が違うんですよ!!」

 「別に、普通で良かったのに」

 普通っていうのはマイナス点じゃなくて及第点の事だと思うんですよね。
 そういうむやみやたらに奇抜な個性の付け方はやめてください。

 「……この海老って食べれるの?」

 「図鑑には載ってないですけど食べれます」

 それを信じろと?

 「不可思議な生き物を食べる根性はありません。よってギブアップ」

 「そんな事言ったらお百姓さんが悲しみますよ……」

 バミューダトライアングルの深海で謎の生命体を取ってくるお百姓さんっていうのもすごいですね。





 「それでは夏の新メニュー第5弾!!」

 「あれ? また第4弾が抜けてますけど?」

 「先ほどの指摘によって欠陥が……」

 「また変な生き物を材料にしてたのか!?」

 そういうパターンで数増やす戦法とってたんですね……。


 「新メニュー第5弾、すいかアイスクリーム!!」

 「おー。それは何となく美味しそうですね」

 「でも本当はすいかじゃない」

 「じゃあなに使ってるの!?」

 だから、そういう個性はいらないんですってば。








 7月26日 火曜日 「花火」


 「……何このひょろひょろっとした紙の束は?」

 「線香花火に決まってるじゃないですか。
  あ。もしかして千夏お姉さまぐらいの貧乏になると線香花火をも知らないんですね……。
  ごめんなさいお姉さま。私の常識で物を言ってしまって……」

 「ちょっとリーファちゃん。今のすっげえ傷ついた」

 ただちょっと聞いただけでここまで口撃されるとは思ってもみませんでしたよ。
 ひっどいよ本当。


 「なんでこんなに線香花火があるんですか?」

 「花火しようと思ってたに決まってるじゃないですか」

 「でもなんで線香花火だけ? もうちょっと派手な花火あってもいいでしょうに」

 「いやね、実は今日の夜に、寝ているお姉さまの顔の上で線香花火しようと思ってまして」

 「ほほう。そうやって私にぽとりと火種を落とすわけですか。
  ふざけるな」

 地味かつ恐ろしい襲撃をするな。
 線香花火の使い方が間違いまくってます。



 「じゃあこの花火没収」

 「そんな! 酷いですよお姉さま!!」

 「仕方ないじゃん。武器だし」

 「キィー!! こうなったら寝ているお姉さまのおでこでネズミ花火してやる!!」

 そういう犯行予告はしないでください。
 地味に怖くて寝れなくなるから。



 とりあえず線香花火を試してみたくて、庭で火をつけてみました。
 ぱちぱちぱちと弾ける火花を見ると、風流だと思えます。

 「いいですかリーファちゃん。花火っていうのはですね、人に向けて使う物ではないんです。
  こうやって庭先で火をつけて、しんみりと楽しむものなんですよ」

 「そんなぁ。それじゃあ誰にもダメージ与えられないじゃないですか」

 「君は花火と言うものを根本的に間違っている」

 日本の伝統武器とでも思っているのか。



 「ほら、リーファちゃんもやってみてくださいよ。
  そうすれば線香花火の素晴らしさが分かるから」

 「肉を切れない刃に存在価値は無いのに……」

 「いいからやれ。
  そして線香花火の本当の存在理由を知れ」

 「はいは〜い。分かりましたよ」

 文句を垂れながら線香花火に火をつけるリーファちゃん。
 この線香花火で日本の心を理解して、暗殺者から足を洗ってくれる事を願います。



 「へぇ……確かに綺麗ですね」

 「そうでしょう? こんな綺麗な物を武器にしようとするなんて愚かな事だって、そう思うでしょう?」

 「そうですね。こんなに綺麗なのに……人を殺す道具にしちゃいけませんよね」

 こうやって花火を見て感動しているリーファちゃんを見ると、やっぱり女の子なんだなぁって思います。
 根は悪い子じゃないんですよね。


 「……っていうか、線香花火で殺されるかもしれなかったんですか私は」

 「古来中国に伝わる『花火神拳』を使えば不可能じゃないんです」

 どこのボーボボさんに出てきそうな神拳なんですか。
 とりあえず深く追求するのは止めておきます。


 「とにかく、花火を人を傷つける事に使わない事。分かった?」

 「はい。分かりました。
  もう二度と花火を武器にしません」

 「よしよし。いい子ですね」

 これで少しは安眠できそうです。












 「ねぇリーファちゃん。なんでこんなに山盛りの爆竹が……」

 「ああ、それは今日寝ているお姉さまの頭に乗っけて使おうかと……」

 いい加減にしなさい。









 7月27日 水曜日 「花嫁争奪戦 開会式」


 「誰か!! 誰か助けて!!」

 「どうしたの千夏?」

 「お母さんですか!?
  あのですねっ、朝起きたら目の前が真っ暗で、手が動かなくてっ!!
  何が起こってるの!?」

 「今ね、千夏は目隠しされてて縛られてるの。
  だから動けなくて当然なのよ」

 「へぇー。誰がこんな事した?」

 「私」

 「こぉんのクソ母親がぁ!!!!」

 寝てる子供を縛り上げる母親がどこに居るんですか!?



 「まあ今日は千夏に大人しくしていてもらわないと色々困るのよ。
  だから我慢してて」

 「そんな理由がどこにあるかぁ!!
  さっさと私を自由にしてください!!」

 「いいから黙ってなさい」

 「ごぶふっ!!」

 無抵抗の人間のお腹を攻撃するのは卑怯だと思うんですよ……。



 『さー皆さん!! 今日は集まっていただいてありがとうございます!!』

 拡声器によって増幅されたお母さんの声が聞こえてきます。
 複数の対象に向かって話しているんでしょうけど……なんで?

 「本日は旅館『チナツ』特別イベントを行ないたいと思います。
  皆さんで、このイベントをより良い物にしていきましょう」

 へぇー。特別イベントですか。
 どうせろくでもない物なんでしょ。

 『と言うわけで本日より、【夏季、千夏争奪世界大会】を開催いたしまーす♪』

 「えええええええええぇぇぇ!!??」

 本当にろくでもないイベントでしたよ!?

 「ちょっとお母さん!! 私の争奪世界大会って何!? しかも夏季!?」

 「1年に2回、夏と冬に行なわれる伝統行事で、優勝者には千夏が差し上げられるのです」

 「私は今まで生きてきて、争奪された覚えがない」

 「そりゃあそうよ。なんて言ったって、私が11年連続の優勝者だったんだから」

 っていうか、そもそも私は物じゃないだろ。



 『それでは、前回優勝者の私から千夏を大会委員会に返還いたします』

 「甲子園の優勝旗みたいな事やるなー」

 『さて、それでは今回の出場チームの入場です』

 さっきから大勢の見知らぬ人の声とかがあちらこちらから聞こえてくるんですけど、
 もしかして結構大きな所でこんなイベントしちゃってます?
 ドーム球場とかそういう場所で?

 『参加チーム1組目、アメリカ兵士チーム!
  長い間日本で観光を楽しんでしまった彼らは、果たして真の実力を出せるのでしょうか?
  世界屈指の軍事大国の意地を見せてもらいたいものです』

 「おかーん。なんでアメリカ軍が私を争奪しようとしてるのー?」

 『参加チーム2組目、中国チーム!』

 まるで風に吹かれる柳のごとく無視するな。

 『なんていうかもう日本といろいろギスギスしてる感が溢れまくってる中国チームですが、
  日中友好のためにも今回の大会を楽しんでいってもらいたいです。
  あっ、ちなみに中国の審判は厳しくいかせてもらいます。個人的感情で』

 「ちっとは歯に衣を着せろ」

 『参加チーム3組目、インドチーム!
  カレーが三度の飯より好きそうなチームです』

 「完全に偏見レベルの解説じゃん。あと、カレーは三度の飯です」

 ……っていうかさ、なんで世界各国の人々が私の争奪戦に参加してるの?
 なんですかこのモテモテぶりは。人生の全ての恋愛運を使い切ってる?





 『……以上64チームに、私たち【旅館チナツチーム】を加えた65チームで
  【夏季、千夏争奪戦】を行ないます!!
  皆さん、頑張っていきましょう!!』

 「っていうかすんなり話を進めてんじゃねー!!!!!!」

 とっとと開放しろよ!!!!









 7月28日 木曜日 「花嫁争奪戦 2日目」

 「ねぇーおかーさーん」

 「なあに千夏?」

 「いい加減さぁ、私を解放してくれませんかね?
  昨日からずっと縛られたまんまなんですけど?」

 「いいじゃない別に。ウサギさんとか雪女ちゃんに世話してもらってるんだし、困る事なんてないでしょ」

 「困るよ。めちゃくちゃ」

 自由に動く事を許されて無いんですよ?
 どれだけそれがストレスに感じると思ってるんですか。




 『さあ!! これから第1回戦を行ないます!!
  第1回戦の対戦内容は、100メートル雑巾がけ競争です!!!!』

 「なんで? なんで私を争奪するのに雑巾がけなの?」

 「掃除が上手い人に、悪い人は居ないから」

 じゃあダスキンは正義の集団かよ。


 『各国の代表は、位置についてください。
  今回の上位32チームが二回戦へと進む事が出来ます。
  みんな頑張ってくださーい♪』

 「お母さんお母さん……私たちの代表はどうするんですか?
  こんな所で負けてもらったらすんごく困るんですけど」

 「雑巾がけ競争には、リーファちゃんに出てもらおうと思ってるの」

 「リーファちゃん!? よりにもよって!?」

 わざと負けそうで心配です。


 「ふっふっふ。心配しないでくださいお姉さま。
  私、本気で闘いますから」

 「り、リーファちゃん? 真剣に闘ってくれるんですか?
  ……それは嬉しいですけど、でもなんで私のために……?」

 「お姉さまのためじゃありません。私には、個人的な負けられない理由があるんです」

 「個人的な理由……?」

 なんでしょうかその言い方は。
 もしかしてこの大会にリーファちゃんのライバルが居て、負けたくないとか?
 そんな熱い設定がリーファちゃんに……。

 「掃除好きとして、この勝負は負けられない」

 「しょせんへっぽこアサシンはこの程度か」

 さっきお母さんが言ってた掃除が上手い人には悪い人が居ないっていう迷信、否定されましたね。
 リーファちゃんは少なくとも頭が悪いです。




 『走者、全員位置につきました』

 「がんばれーリーファちゃーん」

 負けられると私がすごく困るから。
 だから勝ってください。

 『それではこれから、第一回戦を行ないます!
  位置について、よーい……どん!!』

 小学校の運動会みたいになってます。
 人の人生賭けてるわりには軽いな。


 「うおおおおおりゃああああぁぁぁ!!!!」

 『走者、一斉にスタートしました!! 中でもダントツに早いのは旅館チナツチームのリーファ走者!!
  ぶっちぎりで一位です!!』

 「おお! いいぞリーファちゃん!!
  初めて私の役に立ってる!!!!」

 「ははははは!! 私に敵おうなんざ、10年早いんだよぉ!!!!」

 威張る内容が微妙ですが、まあいいですよ。
 このまま突っ走ってください。



 「ようし!! これでゴーるびょぶぼわぁ!?」

 「リーファちゃん!?」

 雑巾がけの時に良くやる、なぜか雑巾の摩擦力が上がって足を滑らせるというあれが、リーファちゃんに起こりました。
 おかげでリーファちゃんは地面に顔をぶつける事に……。
 うっわぁ……すっごく悲惨。

 「……」

 「リーファちゃん! まだ試合は終わっていませんよ!!
  さあ立ち上がって!!」

 「……もう嫌。すっごく恥ずかしくて顔上げられない」

 「そんな女の子みたいな事言ってないでっ、さっさとゴールしなさいよ!!」

 『アメリカ代表、ただいま一着でゴールイン! 続いてカナダ代表もゴールイン!!』

 「リーファちゃん!! 早く!!」

 「掃除マスターとして恥ずかしいよ私……」

 「そんな称号どうでもいいからゴールしろっての!!!!」

 一度挫折すると弱い人って居ますけど、まさかリーファちゃんがそういうタイプだったとは……。
 案外繊細なんですね。
 そんな繊細さ、いらないけど。


 『中国代表、21位。ウルグアイ代表、22位でゴールしました』

 「リーファちゃん!! 早く走ってよ!!」

 32チームしか勝ちあがれないんですよ!?
 もう10チームも無いじゃないですか!!

 「もういいや別に……」

 「くっ……!!」

 どうやったらリーファちゃんのやる気を出させる事が……。







 「……リーファちゃん。32位内に入れたら、命あげます」

 「うおりゃああああ!!!!」

 『旅館チナツチーム、28位でゴールイン!!』

 なんて現金な……。
 とりあえず一回戦を勝ち抜けてよかったです。

 ……どうやってさっきの発言を誤魔化しましょうか。










 7月29日 金曜日 「花嫁争奪戦 3日目」


 「お姉さま〜。命は? お姉さまの命は?」

 「あはは。何を言ってるんですかリーファちゃん。
  私はあの時ですね、命じゃなくて猪木って言ったんですよ。『イノキ』」

 「そんな!! しゃくれを貰ったって嬉しくないですよ!!」

 「しゃくれとは失礼な。立派なプロレスラーですよ」

 まあさすがに猪木もあげらないですけど。





 『さあ! 千夏争奪戦、第二回戦を行ないます!!
  二回戦の競技内容は『ざるソバ競争』です!!
  今日は32チームから16チームまでふるい落とされます!!』

 「まだ続けるんですかこの大会……。
  っていうか、ざるソバ競争って何?」

 「よくドラマやマンガなどでそば屋さんがやる、
  片手にざるソバを積み重ねて自転車に乗るあれです」

 「だから、なんでそれが私の争奪戦の競技になってるんですか」

 「ソバを上手く運べる人に悪い人は居ないのよ」

 その理論で行くと、全国のそば屋さんは店屋物戦隊として悪と闘う事になるじゃないですか。


 「で、今度の私たちの代表は誰なんですか?
  あのお蕎麦の山って、結構重いですし……大変なんじゃないですかね?」

 「ふふふ。こういう仕事は、ウサギさんに任せました。
  なんのために今までずっと料理を客室に運ばせてたと思ってるのよ」

 「まさかウサギさんも、こういう事のために働かされてたとは思っても見なかったでしょうね」

 っていうか昨日の雑巾がけ競争といい、私たちに都合の良い様な種目ばっかりですね。
 さすが大会主催者。えこひいきを忘れない。




 『それでは各チーム代表、スタートラインに立ってください。
  係員から貰ったソバを落とさないように気をつけてくださいね』

 「ああ……世界中の人々が日本ソバを片手に走る準備をしているという面白風景が私の目の前に……。
  世も末って感じがしまくりですねぇ……」

 「日本もついにここまで国際社会に認められるとは思っても見なかったわね」

 認められてるっていうか、無理矢理参加させられてるっていうか……。
 とりあえず、世界にソバというものが走るときに持つものと思われない事を祈ります。





 『これより、千夏争奪戦第二回戦を行ないます。
  位置について……よーい、どん!!』

 だから、この運動会みたいなスタートの合図はどうにかならないんですか。

 「ウサギさーん!! 頑張ってー!!!!」

 「おうよ! まあ任せとけ!!」

 高く積み上げられたざるソバを物ともせず、ウサギさんはものすごい速度で走り出しました。
 すごいですよ! さすが戦闘用義体!!
 ……まあソバを運ぶのに戦闘用は関係ないと思いますけど。



 「ウサギさんウサギさん! ちょっと!!」

 「ちょ、なんだよ!?」

 「え? お母さん? なんでウサギさんを呼び止めるんですか!!
  せっかく一位でゴールできそうなのに!!」

 どこまで私をピンチに追い込めば気が済むんですか。


 「薬味! 薬味を持ち忘れてる!!」

 「どうでも良いだろそういうのはー!!!!」

 「馬鹿!! ネギの無いソバなんて、接着剤の入ってないガンプラと同じよ!!」

 「今のガンプラは接着剤なんていらないよ!!」

 「え……? そうなの?」

 こんな所でジェネレーションギャップを経験して、信じられないっていう顔するの止めてください。



 「とにかくウサギさん!! 薬味を置いてゴールしても認めないわよ!!
  さっさと戻ってきなさい!!」

 「ちょっと酷いですよお母さん!!」

 仕方なくウサギさんはスタートラインまで薬味を取りに戻ってきました。
 すごいタイムロスじゃないですか。
 みんなざるソバの扱いに戸惑ってるからまだゴールされてないけど……痛い失敗です。




 『今一位でサウジアラビア代表がゴール!!』

 「ああ!? ゴールされてる!?」

 なんて酷いんでしょうかこの展開。
 たった16チームしか勝ちあがれないのに……。

 『次々とざるソバを持って各国代表がゴールしていきます。
  残る枠はわずか3つ!!』

 「3つですって!? もう絶望的じゃないですか!!」

 いくらウサギさんが早いとしても、もう16位以内にゴールするなんて不可能です!!
 このまま、私はどっか知らない人に貰われてしまうんですか!?







 「あれ? スタートラインに、こんなにも一杯薬味が落ちてる……?」

 『…………。
  えー、ゴールした皆さん。至急、薬味を取りに戻ってください。
  薬味無いと失格ですよ』

 わらわらとゴールに戻ってくる皆さん。
 わーいやったぁ。お母さんのトンデモルールのお陰で助かったぞぉ。




 「あっ、ついでにワサビも忘れないでね。
  ワサビが無いソバなんて、タチコマの出てこない攻殻機動隊みたいな物なんだから」

 映画2作品では思いっきり出てきませんよ。
 なんにせよ、良かったですよ。









 7月30日 土曜日 「花嫁争奪戦 4日目」


 「おかあさーん。あのですねー。
  私、夏休みの宿題をやりたいんですけどー?
  この縄、解いてくれませんかね?」

 「ねぇ千夏。今日のお昼ご飯もそうめんでいい?」

 「どこまで私を置いてけぼりにすれば気がすむんですか!!」

 っていうかさ、もう手の感覚が無くなって来てるんですよね。
 これ、結構やばくない?


 『それでは本日もー、千夏争奪戦第3回戦を行ないたいと思いまーす!
  今日勝ち抜けるのは8チームのみ。このベスト8で、決勝トーナメントを行ないます。
  皆さん、頑張ってくださいねー♪』

 おかーさーん。
 腕がー。腕がねー?

 『今日の競技は……えーっと、『徒競走』です!!』

 「なんだかそれ普通じゃないですか?」

 昨日まで雑巾がけだとかソバ運びとかやらせてた癖に、急にただの陸上競技になっちゃいましたよ。
 あれか? 飽きたのか?

 『えーっと、じゃあ千夏のダメだしのために、コース上に地雷を設置する事にしました。
  みなさん、踏まないように走ってくださいね』

 「ちょっとお母さん!?」

 何さらっと私の責任にしてるんですか!
 確実に大惨事じゃないか!!

 「地雷、一杯余ってたから使う機会が出来て良かったわ」

 「お母さん……あなたって人は、もうその腹黒さは戦犯レベルですね」

 「後はいつ元の家から持ってきた核弾頭を使うかね」

 やめてー。
 それだけはやめてー。






 『さあ皆さん、遺書を書いてスタートラインに立ってください』

 「ああ……数分前までただの徒競走の選手だった方々が、命を投げ捨てる英雄に見えてきましたよ」

 私のせいじゃないよね? お母さんが全部悪いんだよね?

 「あ、そうだ……。私たちの代表は誰なんですか?
  私的にはお母さん自身に走って欲しいんですけど?」

 「私たちの代表走者は、加奈ちゃんにやってもらいます」

 「なんですって!? あんた何考えてるんですか!!!!
  あんな小さい子を、危険に晒す気かよ!!!!」

 ふざけんじゃねえっつうんですよ。
 そこまで鬼畜だったとは思いませんでした。

 「地雷の怖さを知らないからこそ、思い切った走行が出来ると思うのよね。
  つまり、幼い加奈ちゃんこそが適任」

 「そんな屁理屈ありますか!! いいから、さっさと加奈ちゃんの選手登録を取り消しなさい!!」

 「ほら見て見て。加奈ちゃん、あんなに手を振っちゃって……」

 「良く分かってないからでしょ!?」

 加奈ちゃんの笑顔が悲しく見えてきますよ……。




 『えー、それでは、これより第3回戦を行ないます。
  皆さん位置について……よーい、ドン!!』

 「加奈ちゃん!!!!」

 非情にもスタートの合図がされてしまいました。
 一斉に選手たちが走り出します。
 子供だから速度は遅いんですが、加奈ちゃんも一緒にとてとてと走りだしちゃいました。
 ああ……もう怖くて見てられません。



 『ドギャアアァァン!! ベギョオオオオン!!!!』

 鳴り響く爆発音……。
 ああ、誰かが犠牲になってしまったのですね。
 加奈ちゃんが踏んじゃったんじゃないかと思うと目を開けられないですが、
 音だけはビリビリと響いて来ます。
 加奈ちゃん……大丈夫ですよね?




 『旅館チナツチーム代表、加奈選手。
  今一位でゴールイン!!!!』

 「えー!!??」

 マジですか!? 地雷を踏まなかっただけでもすごいのに、なおかつ一位!?

 「お、お母さん? これって……」

 「ふっふっふ。
  いい? 私が埋めた地雷っていうのはね、成人男性ぐらいの重量がなくちゃ、
  踏んでも何も怒らない奴だったのよ。
  つまり!! 小さい加奈ちゃんがいくら地雷を踏んでも爆発しないの!!」

 「なんて狡賢さ!!!!」

 ある意味で尊敬しますよ。
 その卑怯極まりなさは。
















過去の日記