8月21日 日曜日 「マッドサイエンティストの料理」


 昨日、アメリカ軍の暗号を解読して基地に潜入した私たち。
 食料庫から食べ物をくすねたり、女神さんの情報にあったジャグジーバスを見物したり、
 それに入って久しぶりのお風呂を満喫したり、テレビでDVD見たりしてました。

 信じられないほど優雅な潜入生活ですね。
 ちょっと危機感が足りなさ過ぎな気がしますけど、それでも私たちの正体がばれる気配が無いんで、気が抜けてもしょうがないと思います。

 「あー、極楽極楽。毎日こんな暮らしが出来るなら、私もアメリカ軍に入っちゃおうかしら」

 「ちょっとお母さん……ふざけた事言わないでくださいよ。
  お母さんにまで寝返られたら、私たちはどうすればいいんですか」

 「あはははは。冗談に決まってるじゃない。裏切るわけ無いって。
  アメリカのお菓子、味付けが変だもの」

 それだけがお母さんを日本に留めている理由なんですか。


 「はぁ……早くターミネーターたちのサーバーを壊して、
  そして四天王が本当にウサギさん達なのか確かめましょうよ。
  ソファにべったり寝て、ジョーズ2を見てる場合じゃないですって」

 「あははは。このサメ、すっごい人食べてる♪」

 そこは笑う所じゃないだろう雪女さん。

 「まあ確かに千夏の言うとおりなんだけどさ、この基地ってやたらめったらに広いのよね。
  だからむやみやたらに探し回ったって見つからないって」

 「でもですね!! このままぐうたらしてるのは嫌なんです!!
  もしかして……もしかしたら、ウサギさんが敵になっちゃったかも知れないんですよ!?」

 「もう千夏ったら……そんなに心配する事無いわよ。ウサギさんが、千夏を裏切るわけないでしょう?」

 「でも……でもぉ」

 「ほら、こういう言葉があるじゃない。
  『昨日の友は、今日の敵』ってね♪」

 「フォローとして失敗してるでしょその言葉は!!
  どういう思考でそのセリフをチョイスしたんだよ!!」

 「ごっめん。千夏をもうちょっと凹ませたくて」

 どこまでサドっ気出してるんだこの主婦は。

 「えーっと、こういうのだっけ?
  『昨日の卵は、今日ヒヨコ』」

 「そんな素敵な孵化は見たことが無い」

 「ヒヨコの孵化見たこと無いの? あれ、すっごい感動するわよ。
  うわっ! マジで生まれやがったよみたいな感じで」

 「話が対向車線にずれてます。いい加減にしてください」

 お母さんと会話するといつもこうなっちゃうんですよね。
 もう何かすっごく疲れますよ。


 「まあ確かにそろそろ行動を起こさないといけないかもね……。
  よしっ! いっちょやりますか!!」

 「ようやくその気になってくれたんですね!!」

 「うん! このサメが爆死する所見たらね!!」

 結局ジョーズを最後まで見るんですか。









 「あー、面白かったね。さすがサメ」

 サメが出てきたらみんな面白いんですか。
 どんな映画の見かただよ。

 「おっ、こっちとか怪しくない?」

 「確かに妙に薄暗くて怪しいですね……。
  調べて見ましょうか」

 何故か古びている扉を開き、その中に入っていく私たち一行。
 証明1つ無い真っ暗な空間をしばらく進むと、急に馴染みのある声が聞こえてきました。


 「どっちの料理ショー!!!!」

 「え? 何!? なんなの!?」

 「どうもお久しぶりです。ブラックスーツ柴又です」

 「黒服さん!? こんな所で何やってるんですか!?」

 あと、あなたの名前はブラックスーツ渋谷じゃなかったのかよ。

 「私、アメリカ軍へと寝返りました」

 「そんな!! なんでそんな事を!?」

 「餃子に酢をかけて食べるなんてっ、ありえなかったから!!」

 「雪女さんと同じ様な理由かよ!!」

 なんで我が家の家族はみんなご飯の事に対して強いこだわりを持っているんですか。
 ありえない。


 「黒服さん……本当に私たちと闘うつもり?」

 「ええ春歌さん。これは、避けられない運命なのです」

 「そう……分かったわ。じゃあ、本気であなたを倒しましょう!!」

 気合を入れて構えるお母さん。
 本気で戦闘モードに入ってしまったようです。

 「お母さん!? 本気で叩きのめすつもりですか!?
  黒服さんは仲間だったんですよ!?」

 「でも闘わなければならないのよ。なぜなら、餃子に酢は欠かせない物だから!!」

 闘うのも料理が理由なのかよ。
 なんだこの家族。




 「さあ黒服さん。精一杯戦いあいましょうか」

 「ふふふ……ええいいでしょう春歌さん。
  前から、あなたと一度拳を交えたいと思っていたのです」

 そんなキャラじゃないだろ黒服。
 いつからお前はそんなに漢になったんだ。
 とにかく、とっても大変な状態になってしまいました。












 「それじゃあ勝負方法はどうしましょうか?」

 「料理勝負で」

 「ヘタレだ!!!!」

 なんでこうもまあ我が家族はヘタレが多いのか。
 っていうか戦う根性が無いのなら、そもそも裏切るなよ。







 8月22日 月曜日 「黒服との料理対決」


 私たちは、餃子に酢をかける事を許せない黒服と闘う事になりました。
 正直、あまり乗り気じゃないんですけど?
 もう黒服なんて放っておいて先に進みませんか?

 「っていうかさ、黒服って料理出来たんだ?」

 「野菜スティックからゆで卵まで何でもござれさ」

 「野菜スティックとゆで卵の間の料理なんて、大したものないでしょうが」

 切ると茹でるぐらいしか出来てないじゃないか。


 「さて……この料理対決、誰が私たちの代表として出ましょうか?」

 「何言ってるんですかお母さん。こういう場合に役立つのは一人しかいないでしょ。
  もちろんここは雪……」

 「よし! じゃあ千夏で行きましょう!!」

 「えー!? なんで!!?? 雪女さんで行くのが普通でしょ!?」

 「それは駄目よ。だって相手は黒服さんよ?
  きっと雪女ちゃん対策を整えてあるはずだわ。そうでなければ、料理対決なんて持ちかけてこない」

 「雪女対策って一体なんですか……? 料理対決の場で妨害工作とか出来なさそうなんですけど?」

 「えーっと、部屋の温度を上げて、溶かしちゃうとか」

 「私は日なたに置いてあったポッキーじゃありません」

 ここは素直に雪だるまとかで例えておけば良かったんじゃないですかね?

 「それじゃあ……雪女さんのDNAにだけ反応して発症するウイルスを撒いてあるとか」

 「そんな危険なBC兵器を使うなんて……ありえますね。黒服さんなら」

 「失敬な事を言うな。俺は生物兵器を使う程落ちぶれちゃいない。
  たまに漏洩させちゃうけど」

 余計たちが悪いだろそれは。




 「でも私が闘うなんて無理ですよ!!
  自慢じゃないですけどね、家庭科の成績は3だったんですよ!?
  家庭科という、一番微妙で先生だって甘くつけてくれる教科で、3だったんですよ!?」

 「まあまあ、別にどこかのラブコメに出てきそうな、変な色で煙が出ているような産業廃棄物を作るわけじゃないんでしょ?
  なら大丈夫だって」

 お母さんの大丈夫の範囲が広すぎますよ。
 どれだけ懐が広いんだ。

 「嫌ですって!! 料理なんて無理!!」

 「千夏さん!! いい加減にしてください!!!!」

 「パ、雪女さん……」

 「今、またパンプキンって言おうとしたでしょ……」

 雪女さんに本気で怒られてしまいました。
 でもですね、私には本当に無理なんですよ。
 私に料理を作らせようとするのはですね、サルにバタフライを教えようとするぐらい無理なんですよ。

 「いいですか千夏さん? 人にはね、逃げてはいけない時があるんです。
  千夏さんの場合、今日がその時なんです!!」

 「内輪揉めをいさめるための料理対決が逃げてはいけない時だなんて……
  どれだけしょぼい運命なんですか」

 「それにですね、私、夫婦は互いに料理を作れた方が良いと思います!!
  だから千夏さんも料理が作れた方が……」

 「誰が夫か。誰が酔いどれ親父ってか」

 「そこまでは言ってません」

 そうでしたっけ?



 「さあ千夏!! 頑張っていきなさい!!」

 「はぁ……どうなったって知らないですよ?」

 重い足取りで決闘の場へと向かう私。
 なんでこんな役どころばかり押し付けられるんでしょうね。
 本当にトホホですよ。


 「よし千夏! 良くぞ闘う気になったな!! 褒めてやるぞ!!」

 「まあ半ば強制的だったんですけどね」

 「それではこれより勝負を始めよう。食材はここにあるから、自由に使えばいい」

 黒服が作ったらしい簡易調理場の前には、世界各国から持ち寄せられたらしい食材が、山のように積み上げられてました。
 すっごいですねぇ……ここまで用意しちゃったアメリカ軍が。
 なんでこんなに取り揃えてくれたんですか。

 「制限時間は30分! テーマは自由!! 自分の得意な料理を作ればそれでいい。
  これでいいな?」

 「得意な料理ねぇ……そんな物ないんですけど」

 「それではっ、勝負開始!!」


 料理対決開始の合図と共に、黒服は食材の山へと走り出します。
 うっわー。本気そうだよ。絶対私じゃ勝てないよ。

 「はぁ……どうしようかなぁ?」

 私に作れる料理なんて……あっ、そうだ。
 あれを作ろう。

 「千夏さん頑張ってー♪」

 「はいはい。頑張りますよ」

 応援を適当に流しながら、私は調理に取り掛かりました。
 きっと、この料理なら黒服に勝て、勝て……ないだろうなぁ。











 「調理終了ー!!」

 30分という時間はあっという間で、私が調理場で四苦八苦している間に終わってしまいました。
 黒服の方を見てみると、なにやらすごそうな料理を作ってやがります。
 あわわわ……本当に拙いかも。


 「それでは料理を審査員たちに見せよう」

 「審査員?」

 「そちらの春歌さん、雪女さん、モグラさんの三人と、ここで友だちになったアメリカ軍の青年3人だ」

 うわー、すごいですね。
 女神さんが綺麗に抜けている点が。

 「審査員たちには、自分の立場を忘れて、公平に料理の味を審査してもらいたい」

 「わっかりましたー!! 私、美味しい方に点を入れます!!」

 雪女さん……そんなに正直に生きなくてもいいじゃないですか。

 「それじゃあ、まず俺の作った料理からだ。
  俺が作ったのは……伊勢海老のぶつ切り冷パスタ!!」

 「うわー! すっげえ本気じゃん!!」

 伊勢海老が乗ったパスタですか。
 ぶつ切りっていうのが男の料理っぽさを出してていいですね。
 ……本気出すのってかっこ悪いと思うんですよ。
 特に私が相手の場合。

 「うわー♪ すっごく美味しそうですねぇ」

 「ええ本当ね。それじゃあ千夏の料理は?」

 「……はい、分かりましたよ。
  私の料理もどうぞ見てください」

 出来上がったばっかりの、湯気が出ている私の料理を審査員席まで持って行きました。
 これを見て、どうぞ驚いてください!!

 「私の作った料理はっ、『チキンラーメン』です!!」

 「インスタントジャン!!」

 おおう。ナイスツッコミですよアメリカ軍兵士Aさん。
 でもまさかあなたに突っ込まれるとは思わなかった。

 「あんなに調理場でごちゃごちゃやってたのはなんだったの!?」

 「えーっとですねお母さん。
  まあ私も複雑な料理に挑戦してみようと思ったんですけど……気付いたらチキンラーメンになってました」

 「どんな錬金術使ったのよ!?」

 なんででしょうね?
 ホントびっくりですわ。


 「さあ! 審査員のみなさんは食べ比べてください!!」

 まあ食べるまでも無いですけどね。
 自分の事ながら悲しいわもう。

 「どっちにするか決めました」

 「私も決めました」

 「食べる前から決めてました」

 「匂イデスデニ決メテマシタ」

 「生マレル前カラ決メテマシタ」

 「ツウカオ前、料理ナメテルダロ」

 うわー。こりゃもうどうしようもねー。


 「それじゃあ皆さん、美味しかった方の札を上げてください!!」

 一斉に手に持った札をあげる審査員たち。
 彼らの札に書かれていた名前は……。




 「勝者、千夏ー!!!!」

 「なんでー!!??」

 チキンラーメンに負けるって、どんなパスタ作ったんだよ黒服。











 8月23日 火曜日 「黒服の反逆理由」

 「くそっ! まさか千夏に負けるだなんて……」

 「黒服さん……私も、まさか勝てるとは思ってませんでしたよ」

 奇跡って本当にあるんですね。
 チキンラーメンに宿った奇跡だというのがありがたみを相殺してる気がしますけど。

 「黒服さん……どうして裏切ったりなんかしたんですか?
  餃子以外にも、理由あるんでしょ?」

 いくらなんでも餃子のためにこんな手のかかる事をしたのなら、バカバカしすぎます。
 きっと何か大事な理由があるに違いありません。
 えーっとほら、加奈ちゃんを人質に取られてて、仕方なくアメリカ軍に従っていたとか。

 「この基地の……ジャグジーバスが魅力的で……」

 「黒服、埋めますよ? この地下洞窟の中だけど、それよりさらに地下に埋めちゃいますよ?」

 家族愛<ジャグジーバスなのかよ。
 嫌だね。最近の人の愛情の希薄さは。


 「千夏……黒服さんを許してあげて。
  彼だってね、考えがあっての行動なのよ」

 「そんな事言ったってですねお母さん。黒服は、ジャグジーバスのために裏切ったんですよ?
  ここで甘やかしちゃいけないと思います。今後のためにも!!」

 「俺は他人に噛み付いた犬か何かか?」

 「うっせぇ。お前は黙ってろ」

 あなたの事を話しているんですから。

 「まあまあいいじゃない。人間誰だって、ダークサイドを持っているのだから。
  ジャグジーバス相手じゃ、理性を保つのは大変だったはずよ」

 「ジャグジーバスは、そんなにシスってないと思います」

 人間を何だと思ってるんですかお母さんは。


 「はぁ……分かりました。黒服さん、今回の事反省しましたか?」

 「……いや、反省なんて出来ない!!」

 「なんですって!? えらく度胸のある事言ってくれるじゃないですか!!」

 「やはり俺は……餃子に酢をかけて食べるなんて、許せない!!」

 そのこだわりも本当だったんですか。
 いい加減にしてくれ。

 「黒服さん……あのですね、料理っていうのはどう食べるかじゃなくて、
  誰と食べるかが大事なんだと思うんですよね。
  大切な家族と一緒に食べる事こそが、一番美味しい餃子の調味料なんですよ」

 「うわー。すごいですよ千夏さん。
  私に言ってくれた事を使いまわしてる」

 ちょっと黙っててください雪女さん。

 「……確かに、そうだったかもしれない。
  千夏、すまなかった。俺はなんて小さな事にこだわっていたんだろう……」

 ええ。本当に小さかったですね。





 「さて黒服さん。改心してくれたんだから、アメリカ軍の情報を教えてください。
  特に、四天王の事を」

 「四天王はそれぞれ日本の地名が名前に入っていて……」

 それは名前を聞いたときから気付いてたわ。

 「そんな事より、本当に四天王はウサギさんたちなんですか!?
  なんで、ウサギさんたちが私を裏切るんです!?」

 「……それは私の口からは言えない」

 「なんでっ!!」

 「千夏自身が真実を見つめなければ意味が無いからだ」

 「なっ……!」

 なんか、すっごくムカつきますよそれは。
 自分は天からの視点で眺めてますってか。
 ムキーッ!! 腹立つ!!


 「まあいいじゃない千夏。
  この基地を進んで行けば、いずれ全ての真実が分かるんだから」

 「ううう……でもですねぇ」

 「さあ黒服さん、私たちをターミネーターのサーバーの所まで案内して頂戴」

 「ええ分かりました。ついて来てください」

 はぁ……まあなんだかいろいろありましたけど、黒服さんを仲間に出来て良かったです。

 ……もしかして、あとの三人も食べ物が理由で裏切ったりしちゃったんですかね?
 どんだけ卑しい一家なんだよ。私たちは。



























 「ああ、春歌さん。その、サーバーの事なんですけどね」

 「ん? 何かあるの黒服さん?」

 「そのサーバーには、人の脳が使われているようですよ」

 「え……?」

 「多分、『喉を潰され目を穿たれた者』です」

 「…………」

 「……あなたの、義理の父親ですよ」








 8月24日 水曜日 「闇の中の戦場」

 「さささ、こちらです。こっちにサーバーがあります」

 「改心してからやけに腰が低くなりましたね黒服」

 正直気持ち悪いわ。


 「でも良かったわね千夏。
  黒服さんが寝返っててくれたおかげで、アメリカ軍の内情がばっちり分かるようになったんだから」

 「そんな事言わないでくださいよお母さん。
  まあ確かに結果オーライですけど……」

 「いいじゃないいいじゃない。結果さえ良ければ全てOKよ」

 こんなに楽天家な人間から生まれたにも関わらず、なんで私はこんなに悩んでばっかなんでしょうかね?
 ……ああ、こんな人から生まれたから気苦労が絶えないのか。



 「ふはははは!! 待たれいお主ら!! ここより先は通さんぞ!?」

 「え? 誰? 誰が来たの!?」

 まあ何となくこの展開で出てくる人は分かりますけどね。
 残ってる四天王の誰かなんでしょう。

 それにしても……こんな喋り方する奴いましたっけな?


 『ガシャン!!』

 「うわっ!! 何!? 急に真っ暗になりましたよ!?」

 「千夏! 気をつけなさい!! きっとこれは……誕生日のビックリパーティーの前フリよ!!」

 「ちげえよ!! そんなわけねぇだろ!! 敵の攻撃だってば!!」

 なんで敵の基地で誕生日を祝われなくちゃいけないんですか。
 しかも、今日は私の誕生日じゃないし。


 「ぎゃあああ!!!!」

 「この声はっ、モグラさん!? どうかしたんですか!?」

 真っ暗闇で、何が起こったのか全然分かりません。
 もしかしてやられてしまったのでしょうか……?

 「モグラさん!! 返事してください!!」

 「ミョ、ミョルナト〜……」

 「何があったの!?」

 とりあえず戦闘不能っぽいです。特に脳みそが。
 ……それにしても狙われすぎですよねモグラさん。
 スナイパーの時にも一番初めにやられてたし。そういうオーラがあるんでしょうか。



 「千夏! 敵は暗闇での戦いに慣れたスペシャリストよ!!
  このままこの空間で戦ったら不利に……いやぁん!!」

 「お母さん!?」

 「ムミョルナ〜……」

 「だから何なんだよその断末魔」

 今度聞こえてきたのはお母さんのやけに可愛い叫び声。
 もしかしてお母さんもやられてしまったんですか……?

 「千夏さん!! ここから逃げましょう!!
  これじゃあやられるばっかりです!!」

 「え、ええ。そうですね雪女さん。
  とにかくここから離脱して、体勢を立て直さないと……」

 「えっと出口はこっち……って、ぎゃああぁ!!」

 「雪女さんも!?」

 「ポップリナ〜……」

 やられちゃったようですね。

 「ち、千夏さんどうしよ……ひゃあぁ!!」

 「女神さん!?」

 「ションピリョ〜……」

 「いいか千夏!! こいつの正体は……ガハッ!!」

 「黒服さん!!」

 「チョッチュネ〜……」

 具志堅用高がどうした?

 「千夏!! 今こそ、空舞破天流奥義で……ガブヒュン!!」

 「師匠!!」

 「チッチキチ〜……」

 「それ、こだまひびき師匠の……」

 とにかく、私以外の全員がこの暗闇の中でやられてしまったらしいです。
 ど、どうすればいいんだろう……?


 「あわわわ……次は私の番ですよね?
  嫌です!! よく分からない攻撃で、妙な断末魔なんてあげたくありません!!」

 腕をバタバタと振って、敵に備える私。
 こうやっていればいつか敵に当るかと思ってるんですが……まあ無理ですよね。
 素直にやられて楽になってしまいましょうか。


 『ボカッ』

 「痛っ!!」

 「え? ええ?」

 どうやら当っちゃったようです。私の攻撃。
 まあだからと言って次の攻撃に備えられるかと言えばそうでも無いんですけど……。

 「きゅ〜……」

 「ええ!? もしかして倒しちゃったの!?」

 すげえな私。
 そして弱いな敵さん。









 8月25日 木曜日 「暗闇の刺客の正体」

 たった一人の刺客に、こてんぱんにやられてしまった私たち家族。
 ターミネーターのサーバーを目前にして、手痛いダメージです。

 「み、みなさん!? 大丈夫ですか!?」

 「……」

 どうやらまだダメージが回復してないみたいですね。
 真っ暗闇のままだから全然状況が分からないんですけど。
 ……もしかして死んじゃったりしてませんよね?

 「え、えーっと、取り敢えず明かりを付けないと……」

 手探りをしながら、電灯か何かのスイッチを探します。
 多分壁沿いにあると思うんですけど……。

 「ぎゃっ」

 「あ。ごめんなさい」

 誰か踏んでしまいました。
 まあ多分私たちチームの誰かだと思うんですけど……生存確認が出来て良かったと前向きに考えます。

 「むぎっ」

 「ご、ごめんなさい」

 また誰かを踏んでしまいました……。

 「がふっ」

 「ああまた……。本当にごめんなさいね」

 「ぎゃあ」

 「……いや、本当にごめんなさい。
  これでも反省してるんですよ?」

 「ぎゃっふー」

 「……」

 もうなんか、このままスイッチを見つけないと誰かを踏み殺してしまいそうですね。







 「おっ!! この感触はきっとスイッチですね!?
  ポチッとな」

 壁に見つけた突起を押し込みます。
 これできっと光が戻り……。

 『ビーッ、ビーッ!! 自爆装置、起動しました。
  繰り返します、自爆装置、起動しました。
  30分後に、爆破されます』

 「えー!!?? 自爆装置!?」

 なんでこんな部屋に、自爆装置というとっっっっても大切な機構が備え付けられているんでしょうか?
 間違って誰かが押したらどうするんですか!!
 ……例えば私とか。

 「み、みなさん!! 起きてください!!」

 自爆装置が働いたお陰か、赤い非常灯が部屋に点灯します。
 赤い光に照らされて、みんなの姿がばっちりと見えるようになってしまいました。

 「ううぅ……千夏? ああ、そっか。やったのね?
  敵を倒したのね?」

 「え、ええまあ……そうですよお母さん」

 やったっていうか、やっちまった感じなんですけどね。

 「あれ……? なんだか、すごくお腹とか足とか首が痛いんだけど?」

 「……敵にやられた時に打っちゃったんでしょう」

 お母さんの身体には、誰かに踏まれたような足跡が一杯ありました。
 ……世の中には酷い事する人も居るもんですね。

 「とにかく、はやくここから出ましょう!!」

 「え……? でもサーバーを壊さないと……」

 「大丈夫です。多分、木っ端微塵になりますから」

 この基地と一緒に。



 「ほらほら!! みんな起きた起きた!!
  いつまでも気を失ってちゃいけませんよ!!」

 床に寝そべっているみんなを叩き起こす私。
 ああ……本当にみんな気絶してたんですね。
 死んでいなくて良かったですよ。

 「黒服さんに師匠!! 一応男なんだから、そっちに寝っ転がってる雪女さんと女神さんを担いでください!!
  ついでにモグラ!! あなたはそこで鼻血垂らしてるリーファちゃんを……って、リーファちゃん!?」

 「あ……お姉さまだぁ。えへへ〜♪」

 「ちょ、リーファちゃん。なんでここにいるの?」

 「えーっとですね、あの…………私、記憶喪失なので何にも分かりません」

 さっき私の事お姉さまって呼んだじゃねえか。
 自分がリーファって名前だって知ってるし。

 「もしかして……暗闇の中で私たちを襲っていたのって……リーファちゃん?」

 「……オウ、ボンジョールノ。ワタシ、イタリア語シカワカラナイネー」

 思いっきり日本語じゃねえか。



 「まあこの事は後でゆっくり聞かせてもらいます!!
  とにかく今は逃げましょう!!」

 「え? どうしたんですかお姉さま?」

 「えーっとね、ちょっと自爆なボタンをガッツリとプッシュで」

 「え? どう言う事?」

 そう言う事ですよ。



 『自爆まで、あと30秒』

 「なっ! ちょっと早すぎ!!」

 ああ何てことでしょうか! 私の人生は、こんな所で終焉を……。



 『佐藤隆男さんの自爆、完了』

 「佐藤さんの自爆スイッチだったー!!??」

 ごめんなさい佐藤さん。
 あなたが自爆しちゃったの、私の所為です。










 ……………………佐藤さんの自爆スイッチが、何故この基地にあるんだよ。





 8月26日 金曜日 「ツン→デレ」

 「さて、リーファちゃん。そこに正座してください」

 「あ、あのですねお姉さま。これには深い訳が……」

 「いいから、正座しなさい」

 「う、うぅ……分かりました」

 私の目の前にはリーファちゃんが申し訳なさそうな顔で立っています。
 一応悪い事したという自覚はあるみたいですね。
 がっつり、叱らせてもらいます。



 「リーファちゃん、私は、すごく怒っています。
  何故だか分かりますか?」

 「うっわー。本当のお姉さんみたいな事言っちゃってる」

 姉なんだから仕方ないでしょうに。

 「リーファちゃん……」

 「わ、分かりましたよ。お姉さま……本当にごめんなさい」

 「何をごめんなさいなんですか?」

 こういう所はきっちりとさせておかないと、後々困りますからね。
 これぞ教育ってやつです。

 「千夏お姉さまの大事にしていた絵本コレクションを、ドミノ倒しの材料にしてごめんなさい」

 「そんな事どうでもいいよ!! っていうか、いつやってたんだよそれ!!」

 全然気付かなかった。

 「違うでしょうリーファちゃん!! 他に謝る事があるでしょう!?」

 「え〜っと……お姉さまの部屋の花瓶に生けられていた花を、造花に変えた事とか?」

 「地味なイタズラやめてください」

 しかも別にマイナスになってませんし。



 「後はジグソーパズルをもう二度とバラせないように接着剤でコーティングしたり、
  人生ゲームのコマの車を、ヤンキー改造したりとか……そう言ったものぐらいしか謝る事ないですけど?」

 「本当に陰湿だなリーファちゃん」

 さすがアサシン。将来が心配で仕方ない。

 「私たちを裏切って、アメリカ軍側についたでしょう!?
  しかも四天王なんていう、倒されるためにしか存在してない役職にまでついちゃって!!」

 「ああ……その事ですか。まあなんつうか、すまんね」

 グーでこめかみを殴るぞリーファちゃん。

 「で? なんで寝返ったりなんかしたんですか?
  まさかリーファちゃんもハンバーグのソースに腹が立って?
  それとも餃子の酢?」

 「なんですかその美味しそうな裏切り理由は……?」

 知りませんでございますよ。

 「私が裏切ったのは……ただ単純に、お姉さまをやっつけられるからです」

 「リーファちゃんっ! あなたって人は!!」

 相変わらず性根が腐ってやがりますね。
 さすがと言うか何と言うか。
 …………この人と一緒に家族として過ごしてきたと思うと、お腹の辺りがムカムカしますよ。

 「あっ、誤解しないでくださいねお姉さま」

 「え? 誤解?」

 何かきちんとした理由があったりするんでしょうか?
 ちょっとだけ、ホッとしたり。

 「ここで言うやっつけるっていうのは、殺すって言うのを優しく濁しただけですから」

 「やっぱりタチ悪いなお前!!!!」

 RPGで言う、『モンスターたちを倒した』にあたるわけですね。
 実際は殺したと表記した方が適切であるにも関わらず。
 ……っていうかどーでもいいよ。

 「もー怒りましたよリーファちゃん!!!!」

 今日ばっかりは、許すわけにはいきません。
 堪忍袋の緒が、分子結合解除ですよ。


 「だって! 千夏お姉さまは死ぬべきなんです!!」

 「んだとコラァ! 外出ろや!! 喧嘩殺法見せてやる!!」

 「千夏。外に出ると地表よ? ここ洞窟の中だし」

 お母さん。そんな冷静なツッコミいらない。

 「私は元々ですね、千夏お姉さまがどこかの組織の手に落ちる前に、破壊するために送り込まれたんです!!
  だからっ、今みたいにアメリカがお姉さまを奪取する前に、お姉さまをやっつけないといけないんです!!
  ちなみにここで言うやっつけるはっ、殺すの意味ぃ!!!!」

 「その解説はいちいちいらんわ!!」

 何のために言葉を濁してるんですか。

 「っていうか意味が良く分かりません!!
  私が誰かの手に渡る前に殺すって……私は兵器か何かなんですか!?」

 「兵器なんて生易しいものじゃありませんよ!!
  千夏お姉さまは例えるならば……杏仁豆腐!!」

 「へ? 杏仁豆腐?」

 「私が昔居た所では、杏仁豆腐をめぐって争いが起きました」

 「知らんがな!!」

 どれだけ杏仁豆腐が好きな人たちと一緒にいたんですか。

 「とにかく! 千夏お姉さまを早くどうにかしないと世界が大変な事になるんです!!
  ここで言うどうにかしないとっていうのは、殺さないとって意味です」

 「そ、そんな事言われたってですねぇ、黙って殺されるわけないじゃないですか!!
  嫌ですよ私は!! 良くわかんない正義に殺されるのは!!」

 「うぅ……私だって、私だってですねぇ…………お姉さまの事、殺したくないよぉ!!!!」

 「り、リーファちゃん?」

 「うわ〜ん!!!! 嫌だよぉ、殺したくないよぉ!!!
  大好きなお姉さま、殺したくないよぉ!!!」

 リーファちゃんは、急にわんわんと泣き出してしまいました。
 私は慌てふためいて、彼女の頭を撫でて落ち着かせようとする事しか出来ません。

 「うえぇ〜ん!!」

 「り、リーファちゃん。ほら落ち着いて。
  分かりやすい子ども泣きなんてみっともないですよ?」

 「お姉さまのばがぁー!!」

 ああ……余計に怒らせてしまいましたね。
 バカのカに濁点がついてしまうぐらい。

 「よしよし。リーファちゃんは良い子だよね。
  暗殺なんて初めから出来るわけなかったんだよね。
  だから、とっても辛かったんだよね」

 「うあぁ〜ん……お姉さまぁお姉さまぁ」

 はぁ……これじゃあ今日はリーファちゃんにいろいろ聞く事は出来そうにないですね。
 まあ、リーファちゃんの本当に気持ちを知れたりしたんで、ちょっと嬉しかったりするんですけどね。










 「お姉さまぁ……お姉さまのインクのフタを開けておいて、固まらせて使いものにならなくしたのもごめんさいぃ……」

 「まだ自白してなかったイタズラあったのかよ」

 っていうか嫌がらせは任務とか関係無しにリーファちゃんの趣味だろ?







 8月27日 土曜日 「地下プール」


 眩しい日差しが照りつける中、みなさまどうお過ごしですか?
 小学生だったり中学生だったりする方々は、もうすぐ夏休みが終わりますね。
 もう終わってしまった方々もいると思いますが、憂鬱にならずに頑張っていきましょう!
 ほら! もうすぐそこに秋が……


 「ってああああーーー!!!!
  夏休みの宿題、全然やってない!!!!」

 「ちょ、千夏!? いきなりどうしたの!?」

 「そうですよ! 私はこんな地下でいぐだぐだやってる訳にはいかないんですよ!!
  もっと小学生らしく夏休みを過ごさなければいけなかったんですよ!!
  それなのになんですかこの現状は!? 私の争奪戦やったり洞窟に落とされてターミネーターに追いかけられたり!!
  私っ、ウサギさんと海に行く約束もしてたのに!!
  うわーーーーーん!!!!」

 「千夏! うるさいって!! 敵に見つかっちゃうでしょ!?」

 「お母さん!! 今からでもいいから海に連れてってくださいよ!!
  じゃぶんじゃぶんと泳がせてくださいよ!!」

 「じゃぶんじゃぶんは泳いでる擬音じゃないでしょ……。
  洗濯機で洗われてるわよそれ」

 そんな細かい事はどうでもいいんですよ。
 大切なのは、私は全然夏休みを満喫していなかったと言う事なんです。


 「うわぁぁん……海行きたいよぉ」

 「あははは♪ 千夏お姉さまってば、バカみたいに泣いちゃって。
  みっともないったらありゃしない♪」

 昨日あれだけ泣いてたリーファちゃんには言われたくないですよ。

 「こんな地下洞窟に海なんてあるわけないでしょう? 我慢しなさい」

 「ううう……でもですねぇ」

 「千夏さん! あれ見てください!!」

 「どうしたんですか雪女さん? もしかして、海でもあったとか?」

 「えーっとその、なんていうか……ありました」

 「え? なにが?」

 「海が」

 雪女さんの指差す方を見ると、確かにそこには揺れる大きな水面が……。
 ……なんで?


 「ここって一体……?」

 「プール、かしらね?」

 こんな地下深くの基地にプールを作っちゃうなんて……アメリカ軍もすごい事しますね。

 「よし!! いっちょ泳ぎますか?」

 「千夏さん!? なんだかトラップっぽくありません!?」

 上着を脱いで、Tシャツと短パン姿になろうとしている私を、雪女さんが止めてきます。
 私はそれを笑いながら流しました。

 「トラップですって? まったく雪女さんは心配性ですねぇ。
  プールの形をした罠って、見たことありませんよ。
  一体どういう仕掛けがあると言うんですか?」

 「えーっとそのぉ……サメがプールに放流されてたりとか……」

 「はっはっはっは。何を言ってるんですか雪女さん。
  放流って言うのはですね、川や海に放してあげる事を言うんですよ?
  プールに入れる時に使う言葉じゃないですよ」

 「そこを否定してどうするの?」

 あれ? そういう問題じゃなかったっけ?


 「それじゃ私、泳ぎますんで。
  皆さんも一緒にいかがですか?」

 「いえ結構です」

 「同じく」×6

 皆さんつれないですねぇ。
 もういいです。私だけでも泳ぎますから。
 そして、絵日記に青色を塗ってやりますから。

 ……思えば私、夏休み中にあまり良い事やってないなぁ。



 「わ〜い♪ じゃっぶ〜ん♪」

 勢い良くプールに入る私。
 あー。やっぱり泳ぐって気持ちいいですねぇ〜。

 「リーファちゃ〜ん! 姉妹の絆を深めるために、一緒に泳ぎませんか〜?」

 「気持ちは嬉しいですけど……やっぱり遠慮します」

 「ぶー。つまんないなぁ」

 どうしてこうも皆プールに入るのを嫌がって……

 「って、きゃあ!!」

 優雅に泳いでいた私の足が、何者かに掴まれてプールの底へと引きずりこまれます。
 急な事に私は驚き、溺れそうになります。

 「だ、誰かぁ!! 助けてください!!」

 「うわぁ、本当にサメがいたよ」

 「まあ何となく分かってましたけどね」

 「お姉さま、ファイト」

 なんだこの落ち着きよう。
 私、今溺れかけてるんですよ?

 「ちょっと、ガボッ、なんでっ、そんなに落ち着いて……ゴブッ」

 「だってですねぇ、ちゃんとこの看板にサメが出るって書いてあったので……ああやっぱりって」

 「そんな看板あったんですか!? そういう事ならガボガボッ、なんで止めてくれなかったんですか!!」

 「止めたじゃないですか。サメが出るかも知れませんよーって」

 「あれ、止めたって言わないだろ!!」

 もっと必死に止めてくださいよ。命に関わる事なんだから。

 「と、とにかく助け……ガブハッ!!」

 「千夏さん!!」










 はちがつ にじゅうななにち


 ちかで、サメにかじられて、おぼれました。
 すっごくみずをのんで、はながいたかったです。









 消えゆく意識の中、これが最後の日記になるかもしれないと思って一生懸命文を考えましたけど……
 脳に酸素が行っていないためか、あまりにも小学生らしい日記になってしまいました。
 いや、今までが小学生らしく無さ過ぎただけなのか……。

 なんにせよ、これが最後の日記だったら泣きますよ。














過去の日記