9月25日 日曜日 「千夏の帰還」


 「う〜ん……ここは何の部屋なんですかね?」

 私は見事、過去の世界から帰ってくる事が出来たわけですが……
 なんとも困った事に、今自分がどこに居るのか分からない状態になっております。
 旅館の下に出来た地下洞窟である事は間違いないんですけど……。

 「お母さんたちもどこ行ったか分かんないし……これからどうしよっかなぁ」

 確か最後にお母さんたちを見た時は、現代に蘇った大妖怪から身を守るために部屋に立て篭もって、
 そして私を穴の奥に行かせたんでしたよね。
 その穴のおかげで私は過去の世界に行ってしまったんですが……お母さんたちはどうしたんでしょうか?

 「ん……? 光?」

 薄暗いこの洞窟の中で、眩しい光を放っている一角がありました。
 何かの施設があるのかもしれません。
 ここでボーっとしているわけにもいかないので、私はその光の漏れている場所に歩いて行きました。




 「しかし割と簡単だったな。攻めて来るだろうと思った場所で待ち伏せしておけば良かったんだから」

 「ああまったくだ。サーバーもこっちに移したし、大した被害も無くあいつらを捕まえられたんだからな」

 「っ!?」

 光を放っている場所の正体は、小さな休憩所のようなアメリカ軍の施設でした。
 その中から、兵士たちらしい会話が聞こえてきます。
 捕まえられたって事は……もしかしてお母さんたちは……。

 「しかし肝心のターゲットはまだ見つかってないんだろ?
  これじゃあ何の意味もないじゃないか」

 「まあ大丈夫だろ。多分、人質を助けるために慌てて何か行動を起こすはずさ。
  公開処刑が明日だから、大層な救出作戦を練る事も出来ないだろうしな」

 「明日処刑!?」

 「なっ!? 誰だ!!」

 ああっ! やってしまいました!!
 あまりに驚いてしまったので、すんごく分かりやすい感じで声を出してしまいましたよ!!
 このドジっ子小学生!! 自分の萌え要素てんこ盛りっぷりが憎い!!

 「え、え〜っと……モ、モウ〜」

 またまたやってしまいました。
 パニックのあまり、牛の鳴き声で誤魔化そうとしてしまってます。
 普通こういう場合は猫や犬が一般的なのに。
 私は本当に何やってるんですか……。

 「なんだ、牛か……」

 牛の鳴きマネに騙された!?
 この地下洞窟には牛でも放牧されまくってるんですか?
 ……まあ何にせよ助かりました。



 (どうしよう……。明日お母さんたちが処刑されてしまうだなんて……。
  どうやって助け出せばいいんですかぁ。私なんかに、アメリカ軍をばったばったと倒す事なんて不可能ですし。
  ……そうだ。あの人たち、ここにサーバーを移したって言ってましたよね?
  それをどうにか操作して、ターミネーターをこっちの味方に付ければ……いけるかも!!)

 今後の方針が決まった私はさっそく動き出します。
 見つからないように裏口からこの施設に侵入して、奥にあるであろうサーバーを目指します。
 待っててくださいよお母さんたち。今私が、ヒーローのごとく活躍してあげますからね!!











 「不審者発見! 捕獲!!」

 「にぎゃあああーーーー!!!」

 捕まりました。侵入後3秒で。
 泣きたい。すっごく泣きたい。

 「お前はっ!! ターゲットチナツだな!?」

 「イイエチガウヨー。タダノ通リスガリノ小学生ダヨー」

 「ターゲットに間違いありません!!」

 あちゃー。
 もうどうしましょうかねこの状況。
 脳をフル活動させてもまったく良い解決方法が出てこないんですけど?
 ……はぁ、所詮私なんてこんな物ですよね。


 「よし、このまま本部に連れて行って……」

 『ドガガガガガ!!!!』

 「うがぁ!?」

 「え? なに? なんですか!?」

 突然室内に響く銃声。
 壁や床にはおびただしい数の弾痕が……。
 どうやら、マシンガンか何かで攻撃されたらしいです。

 「て、敵襲か!?」

 「いえ! どうやら配備していたターミネーターが勝手に……うぎゃああ!!」

 「ぎゃああ!!」

 ばたばたと倒れていくアメリカ兵たち。
 これはいったいどうしたと言うんでしょうか……。


 「と、とにかく逃げなくちゃ!」

 私は銃弾から逃れるため、必死になって近くの部屋へと飛び込みました。
 そこに広がっていたのは、よく分からない機器類と、謎の液体が入ったガラスの容器。
 その容器の中には……

 「ひぃ!!」

 思わず小さな悲鳴を上げて後ろに飛び退いてしまいました。
 その容器の中には、なんと人の脳みそが入っていたからです。
 まるでホルマリン漬けされているように、謎の液体に漂っていたのです。

 「な、なんなんですかこれは……?」

 (千夏……千夏……)

 「え!?」

 突然頭の中に響いてくる声。
 いったい誰が私に問いかけて来ているんでしょうか……?
 ……まさか。

 「あなた、なんですか……?」

 私は、目の前に脳に話しかけます。
 すると彼は……

 (い、いやん! そんなにジロジロ見ないでっ!!)

 「そんな、裸を見られてるが如く拒否されてもー!!??」

 まあ確かにむき出しの脳みそを見られたら恥ずかしいかもしれませんね。








 9月26日 月曜日 「救出作戦」

 「あなたっ! いったい誰なんですか!?」

 私は、目の前に居る脳みそに話しかけます。
 こんなシュールな光景、見たこと無いわ。

 (ふっふっふっふ……残念ながら、私の正体は教える事は出来ないな。
  ただ、君の手助けを陰ながらしている、足長おじさんとでも言っておこう)

 「足、無いじゃん」

 (そんな事よりも千夏よ……君の家族が、危機に瀕している。
  早く救出しに行かなければ、彼らの命は失われてしまうだろう)

 「た、確かにそうなんですけど……でも、私なんかの力で、お母さんたちを救い出すなんて不可能ですよ!
  私、ただのドジっ子だもん!!」

 (君が思っている以上にドジっ子特性は付いてないと思うが……まあいい。
  私が手助けしてあげるから何とかなる)

 「手助けって……ニューロンとシナプスの塊に、何が出来ると言うんです?」

 (結構きついこと言うね君。
  ふふふ……私を馬鹿にしないでくれよ?
  なんて言ったって私は、 ターミネーターの操作を任されているスーパーコンピューターなんだからね!!)

 「それ、本当なんですか!?」

 (ああ、もちろんだとも。脳みそ嘘吐かない)

 「脳みそしか嘘吐かないだろ。口が勝手に嘘の発言をするわけじゃあるまいし」

 (私の手にかかれば、数百のターミネーターたちに、盆踊りさせるぐらい朝飯前なのさ)

 「盆踊りの季節はもう終わってますよ」

 まあボケボケですけども、この脳みそさんはかなり役に立つ人みたいです。
 昨日のターミネーターの暴走は、きっと彼が私の事を助けようとしてやってくれたのでしょう。
 なんかどうにかなりそうな気がしてきました。


 「よし!! じゃあさっそく助けに行かないと!!
  ……で、どこにお母さんたちは居るんですか?」

 (B−65地区だ。そこに、あの子たちは閉じ込められている)

 「B−65……? それって具体的にどこらへん?」

 (分かりやすいように地上の地図で言うと、佐藤さんちのタカヨシ君の部屋の地下)

 あなたが思っている以上に分かりづらいよ。










 「あそこが捕虜の収容施設ですね……」

 脳みそさん(この呼び方はどうかと思うけど)の案内に従い、
 私はお母さんたちが収容されているアメリカ軍の施設へと辿り着きました。
 しかしこんな地下に捕虜の収容施設なんて造ってどうするつもりだったんでしょうね?
 最初から戦争をおっ始めるつもりだったんでしょうか。

 (千夏、千夏……聞こえるか?)

 「はい、聞こえてますよ脳みそさん」

 (その呼び名は止めなさい)

 「じゃあ足長おじさん(足無いけど)。
  そう言えば気になったんですけど……私たち、どうやって会話してるんですか?

 (えーっとそれは、電脳とかそう言った便利アイテムで)

 「全体的に曖昧な説明ですね……」

 (まあいいじゃないか。電子レンジの理論を知らずとも、お弁当を温める事が出来るんだ。
  それでいいじゃないか)

 「はぁ、そうですね……」

 なんか言いように誤魔化されたような。

 (それで、そっちの状況はどうなんだ?)

 「えーっとですね、今目標地点に到着しました」

 (そうか……よし、これから私がサポートするから、あそこに突入するんだ)

 「突入って、だ、大丈夫なんですか?」

 (大丈夫だとも! 私がサポートするからな!!)

 「その肝心なサポート内容を教えてください」

 (応援歌を唄う)

 「死ね。死んでしまえ」

 (冗談だ。あの施設の中に居るターミネーターたちを乗っ取って、千夏の敵を排除させる。
  だから安心して飛び込んでくれたまえ)

 「まあ、それなら大丈夫そうですね……。
  分かりました。行きましょう」

 (よし。それじゃあ1、2、3で突入するんだ。いいな?)

 「了解です」

 私は収容施設の入り口が見える場所に身を潜め、いつでも突っ込んでいけるように構えました。
 緊張のあまり心臓がバクバクです。なんか、すっごく怖い。


 (それじゃあ行くぞ? 1、2……)

 ついにカウントダウンが始まりました。
 私は3に備えて……

 (サンコーン!! なんちゃって♪)

 「とつにゅー!!!!」

 (え!? ちょ、待っ!! 今のっ、今の冗談だからっ!!!!)

 足長おじさんの言葉を良く聞いていなかった私は、全速力で収容所施設の入り口へと駆け出しました。
 もちろん躊躇う事もせずに、ドアを蹴破ります。

 「往生せえぇやあああぁぁぁ!!!!」

 (それ! それなんかヤクザっぽい!!)

 うっせえ脳みそコンピュータ。






 「あら千夏。久しぶりね。元気してた?」

 「……お母さん?」

 「あー! 千夏さんだぁ♪ どうしたんですか? そんな呆けた顔して」

 「あれだよ多分。若年性の痴呆。間違いないね。
  お姉さま、結構馬鹿っぽいし」

 雪女さんにリーファちゃんまで……っつうか、全員居ました。

 「なんで皆さん牢屋から出てくつろぎモードなんですか!?
  捕まってたんじゃなかったの!?」

 「はーはっはっはっは!!!! あれくらいで捕まる私たちだと思わない事ね!!
  見事逃げ出して、逆に見張りの兵を閉じ込めてやったわ!!」

 高笑いするお母さん。
 つまり、私がわざわざ助けに来なくても良かったって事ですね?
 ……うわぁ、やるせねぇぇぇ。



 「あ……そう言えばですね、私、ターミネーターのサーバーと名乗る人を見つけたんですけど?」

 「え? 本当に」

 「はい。それで……その人って、もしかしてお母さんの」

 「よし! これで駒が揃ったわ!!」

 「駒? 何言ってるんですかお母さん!?」

 「ふふふ……反撃の狼煙を上げるわよ。
  これから、アメリカ軍をぼっこぼこにしてやるのよ!!」

 力強く拳を振り上げるお母さん。なんでそんな気合入ってるのか、全然分かりません。

 「反撃って言ってもですね、私たちは戦力が圧倒的に枯渇していて……」

 「やったるでー!!!!」

 人の話を聞いてください。









 9月27日 火曜日 「戦死者ゼロの戦争」


 私たち対アメリカ軍レジスタンスのメンバーは私の案内で、昨日居た捕虜収容施設から、
 ターミネーターのサーバー……足長おじさんの居る建物へと移動しました。
 ここならばいろいろと作戦が立てやすいと判断したからです。


 まあそれにしても……昨日、お母さんはアメリカ軍と前面衝突すると宣言いたしました。
 はっきり言って不安で不安で仕方ないです。
 やっぱりみんなの命のためにも、お母さんを止めないといけませんよね?
 よ〜し、こうなったら力ずくでも……

 「千夏? その手に持ってるハンマーは何?」

 「え? えーっとですねぇ……お母さんの頭から釘が出てたんで、打ち込んであげようかと」

 「むしろ抜いてあげなさいよ。そういう場合は」

 ちくしょうめ。
 ゆっくりと背後から襲うつもりだったのですが、気配が読まれてばれてしまいました。
 こんな事なら遠くから攻撃できる銃器類で殺れば良かった。

 ……あれ? 目的がいつの間にかすり変わってたりしますか?


 「春歌さん。アメリカ軍と互角に渡り合う事なんて、今の私たちに出来るんですか?
  この中でまともな戦力になりそうなのは、春歌さんと千夏さんのお師匠さんぐらいなんですけど?」

 「ふっふっふ……大丈夫よ。なんて言ったって、私たちにはコイツがあるんだからね」

 雪女さんの質問に、お母さんは足長おじさん(実質脳みそ)の入った容器を叩きます。
 ちょっと酷いですよそれ。
 デリケートに扱ってください。


 「コイツがあれば、アメリカ軍のターミネーターは無力化および私たちの仲間になってくれる。
  そうすれば相手側の戦力は一般兵士だけだから、私たちと戦力は互角以下になる。
  真正面から戦っても、勝てる確率はかなりある」

 「確かにそうかも知れませんね……」

 「あなたも協力してくれるでしょう?」

 お母さんは足長おじさんに話しかけました。
 容器をバンバンと叩きながら。
 ほとんど脅しに近い気がするのは気のせいですか?

 (はっはっは! もちろん協力するともさ春歌ちゃん!!)

 「うっせぇ。馴れ馴れしいわボケ」

 (うわっ!! ローキックは止めて!! マジでひびが入るから!!)

 「お母さん!! コンピュータにローキックは厳禁ですよ!!」

 なんかお母さんは足長おじさんに辛く当たりすぎじゃないですか?
 やっぱり足長おじさんの正体ってお母さんの……

 「じゃあチョップでいい? モンゴリアンチョップしていい?」

 「技の問題じゃありません!!」

 もうどうでもいいです。



 「でも……戦力が互角程度って、いっぱい被害者が出るって事ですよね?
  そんな大戦争をこんな地下で起こしたら……地上にいったいどれだけの被害が出るか……」

 「ふむ。雪女ちゃんの言うことももちろん理解できるわ。
  だからね……戦わずに、アメリカ軍をとっちめるのよ」

 「戦わずにですか!?」

 「憲法9条国家日本を舐めるなって事よ。
  戦力が同程度であれば、いくらでも交渉のやり方があるわ。
  ふふふふ……見てなさい。目にもの見せてやる」

 お母さんが不気味に笑います。
 いったい何をするつもりなんでしょうか……。
 とっても不安なんですけど?



 「よーし。それじゃあさっそく電話しましょうか」

 「電話? 電話ってどこにですか?」

 「アメリカ軍の本拠地、ホワイトハウスに」

 何しようとしてんですか。
 あれか? クレームでもつけるのか?
 ……そんなバカな。

 「もしもし? 大統領さんいらっしゃいます?」

 「うわっ! そば屋に電話する感じで電話しちゃったよ!!
  何してんのさ!!」

 まったく持って意味が分かりません。

 「えー? 用件ですか?
  えっとですねぇ……私たち、あなたたちアメリカ合衆国を訴えます!!」

 「訴えるって、えー!!?? どういう事ですかそれは!?
  なんで急に訴訟なんて起こしてるの!?」

 「ほら、アメリカって訴訟大国だから」

 訴訟する事で戦争終わるなら、アフガニスタンなんてびっくりするほど平和的に事が終わってたでしょうに。
 ……っていうかマジで裁判するの?




 9月28日 水曜日 「裁判開始」


 「ただいまを持ちましてー!! 連邦裁判をっ、開催したいと思いまぁす!!
  それでは選手を紹介いたしましょう……燃える魂を持つ赤コーナァァー!!!!
  ヒールをやらせたら世界いちぃ!! 極悪非道の近代国家ぁ、アメリカ合衆国ぅ!!!!」

 えらく酷いこと言われてますねアメリカさん。
 さすがにこれは同情す……ることもないか。

 「続いて荒れ狂う海の色を持つ青コーナーの紹介だあぁ!!
  傍若無人!! 圧倒的不条理!! 絶対的バカバカしさ!!
  千夏チィーム!!!!」

 私んとこもえらい言われようですね。
 酷いったらありゃしないですよ。





 …………つうか、なんだこれ!?

 「お母さん!? これ、いったい何なんですか!?
  なんで、アメリカとの裁判が、どこぞの無差別格闘大会みたいに紹介されてるんです!?
  っつうか、今の実況は誰だ!!!!」

 「千夏は今日も突っ込みに大忙しねぇ。
  そんなに生き急いだら、老後に息切れしちゃうわよ?」

 「うっせえ!! よく分からない心配しなくていい!!」

 それよりも私の質問に答えてくださいよ。

 「やっぱりあれよね、マスコミの力は本当に強大なんだと思うのよね。
  例えば、アメリカとの裁判の内容を全国放送しちゃったりしたら、
  もしかしたら私たちに世論が味方してくれるかもしれない。
  そしたら、今までだんまり及び不干渉を貫いてきた日本政府も、
  私たちのために何かしてくれるかもしれない。
  そんな打算を含んだ、バラエティーショーです」

 「裁判をバラエティーにしちゃダメでしょ!?」

 「今の世の中は何でも楽しむのが主流だからねぇ」

 酷い世の中だな。






 「それではまずぅ、訴えの内容を見てみましょう!!
  千夏チームの訴えその1ぃ!!
  『家ぶっ壊したんだから、賠償金払え。現ナマで払え。もしくは食事券で払え』
  だそうです」

 思いっきりお母さんが書いた事が分かる訴えですね。
 っていうか、食事券で家の賠償金を賄うのは止めてください。
 いくらカニ食べたって、家は戻ってこないんだから。



 「訴えその2ぃ!
  『旅館チナツの地下に洞窟を掘り、旅館経営を妨害した事について、賠償金を払え。
   現ナマで払え。または金塊ではらえ。むしろ小さなメダルで払え』
  だそうです」

 おかーさーん。小さなメダルはドラクエの世界ではレアかもしれませんけどね、
 現実世界ではさほど大した物ではございません事よ?
 すごい盾も剣も、手に入れられないんですよ?



 「訴えその3!!
  『そもそもアメリカンドリームってなんやねん。全てにおいて曖昧すぎるわ。
   そこんとこどう思ってるん?』
  だそうです」

 全然ウチと関係ねー!!!!
 どうでもいいじゃないですかアメリカンドリームなんて!!!!
 しかも微妙にどこぞの方言が混じってるのは何故!?
 田舎もんの質問とでも言いたいのですか!?



 「訴えその4!!
  『アメリカンドックの見た目って、母親が作る天ぷらみたいなんじゃー』
  だそうです」

 「もうただの言いがかりだー!!」

 そして、その言いがかりの意味が良く分からない。
 アメリカンドックをジャパニーズドックとでも名称を変更しろって事ですか?
 傍若無人にも程がある。


 「最後に、『今すぐ千夏家制圧作戦を中止する事』を千夏チームは求めています。
  以上、青コーナーの訴えでした」

 うん。それが一番大切ですよね。
 っていうかぶっちゃけ、他のはあまりいらないよね。
 まあ自宅の賠償はして欲しいですけど。
 多分いまだにミサイル突き刺さってるし。


 「さあ! これらの訴えに対して、赤コーナーアメリカ側はどうするのでしょうか!!
  アメリカ合衆国専属弁護士、リチャードさんどうぞ!!!!」

 「示談でお願いします」

 「お受けします」

 「今ここにっ! 示談での解決の方向に決まりましたー!!
  明日から、さっそく話し合いですっ!!!!」

 「びっくりするほど地味な展開だー!!!!」

 いや、こじれるよりはマシだと思うんですけど、
 せっかく裁判になろうとしてたのに示談でどうにかしちゃうなんて……
 今までのネタフリを踏まえると、絶対にドロドロの裁判になるはずだったのに。
 相変わらず予想を簡単に裏切る世界ですね。





 「あとですね、アメリカンドリームと言うのは……」

 「いや、別にそれは説明しなくてもいいから」








 9月29日 木曜日 「血なまぐさい話し合い」


 泥沼化すると思っていたアメリカへの訴訟。
 しかしながら現実は斜め80℃の方向にぶっ飛んでいきまして、示談になるように話し合う事になりました。
 今までの人生経験とかで言うと、異議あり!!
 とか普通に叫ぶような裁判へと展開していくと思ってたんですけどね……
 残念というかなんと言うか……。


 「それでは、これよりアメリカ側と千夏家側の話し合いを始めたいと思います。
  皆さん、平和的に解決出来るように協力しあいましょう」

 弁護士を挟んで、うちの家族たちとアメリカのお偉いさんっぽい人々が対面します。
 うわー、なんか普通な示談風景になりそう。
 それでいいはずなのに、不満が残るのは何故でしょうか……?

 あ、言い忘れてましたけどね、今私たちが居る場所は地下洞窟のアメリカ軍の基地です。
 結局この洞窟から出れずに居るのが、なんかもう悲しすぎます。
 早く外に出たいよー。



 「千夏。何気を抜いてるの。今から血で血を洗う闘いが始まるというのにっ」

 「え? ええ!? だって示談の話し合いなんじゃ……」

 話し合いで血が流れるってどういうことですか。
 あなたの言霊には物理攻撃力でも備わってるんですか。

 「いい? 示談っていうのはね、相手を丸め込めば全てオッケーなのよ!
  だから、そのために壮絶な舌戦が繰り広げられるの。
  それはもう醜いわよ。打算と腹黒さを内包した嘘八百の悪意が世界の飲み込み、
  氷結地獄から4つの首と18の腕と84の角を持った悪魔が来襲し、
  この地上を血と臓物と汚物が散乱した暗黒へと落とすのでしょう!!」

 「お母さん!! 興奮するあまり、言ってる事が怪しい宗教家の終末思想みたいになってる!!
  正気に戻れ!!」

 やば気なベクトルを持ち出したお母さんの思考を修正するために、
 私はグーで彼女の頭を思いっきりぶん殴りました。
 ひでぶと吹っ飛んだあと、お母さんは何事も無かったかのように立ち上がります。

 「だからね、話し合いだと言って気を抜いていてはダメなの?
  分かったかしら」

 「ええ、かなり理解しました。
  気を抜けば、お母さんはおかしくなるって事が」

 今度から気をつけてくださいね。
 次はハンマーでいくので。






 「さて……それではこちら側の要求からで良いですね?
  私たちがあなた達に要求するのは主に3つ。
  即私たちへの軍事介入を止める事。
  あなたたちの侵攻によって壊された、私の実家及び旅館の修繕費を賠償する事。
  もう恋なんてしないなんて言わないよ絶対。
  OK?」

 「お母さん。最後の要求にかなりの違和感が」

 「しっ!! 千夏ったら何も分かってないわね。
  はじめに要求する時は難度の高い要求をしておいて、
  後から相手の様子を見ながら下げていく物なのっ!
  だから、無理な要求の一つや二つ入れておくべきなのよ!!」

 「もう恋なんてしないなんて言わないよ絶対が、そんなに無理な注文なんですか?」

 「だって、アメリカ人って異性を見れば誰だろうが構わずI Love Youって言ってるんでしょ?」

 「別にそんな淫乱国家ちゃうわ」

 どんな偏見に凝り固まった国際感覚してるんだよ。
 あなたの頭の中では、インド代表は頭にカレー載せた超人がスタンダードな形なんですか。
 分かりにくかったかもしれませんが、先ほどの例えはキン肉マンの超人のデザインに例えた話でして……まあいいか別に。 あまり気にしないでください。


 「さあ! この要求を呑んでくれるの!?
  それとも、離婚するのをごねる夫のように駄々をこねるの!?」

 主婦から出たその例えは生々しいんで止めてください。
 ……私のお父さんとの思い出じゃないですよね?

 「残念ながら、その要求の内私たちが呑む事が出来るのは一つだけだ。
  空爆によって破壊された家屋の修理費は、オマケを付けてくれてやる。
  しかし、他の二つについては認められん!!」

 「3つ目ぐらいは認めろよ」

 そんなに支障があるのか。

 「こっちは要求を取り下げる気は無いわよ。
  示談が無しになっても、絶対にね!!」

 はったりなのかどうなのか分かりませんが、お母さんはそう言い切ります。
 いったい何時が引き際なんでしょうか……?
 このままだと、本当に示談が無しになってしまいそうなんですけど……。




 「しかしね、こちらだって引くわけには行かないのだよ」

 「よし!! じゃあ黒ひげ危機一髪で決めよう!!」

 ……はい?

 「黒ひげさんを虚空に飛ばした方が、相手の要求を全部呑む。
  それで良いわね?」

 「ちょ、お母さん? 壮絶な舌戦が繰り広げられるんじゃなかったんですか!?
  なんで黒ひげ危機一髪? ねえ何で!?」

 「人生とはすなわち、黒ひげの如し」

 「意味分からん!!!!」

 あなたは何がしたんだ。



 「それじゃあ私から刺すわね?
  えーっと……こっちかな」

 『ポーン』

 お母さんが黒ひげの樽に剣を差し込みますと、
 そりゃあもう情けない音を出しながら黒ひげが飛び出しました。
 すげー。狙っても出来ないよこれ。ありえないねホント。

 ……どうすんのこれ?





 「…………よし。じゃあ、もう恋なんてしないなんて言わないよ絶対、っていうのは取り下げます。
  あとの二つは譲らないけど」

 「こういう時のための要求だったんですかそれは!?」






 9月30日 金曜日 「生け贄」


 アメリカ側との交渉は、夜遅くまで続きました。
 よくもまあこんなに喋れるもんだと感心するぐらい、言い争いに近い議論を繰り広げていました。
 どこかでこれに似た光景を見たなぁと思っていたんですけど、あれですね。
 ココが変だよ日本人っていうTV番組。あれの纏まりの無さにすんごく似てました。
 ……懐かしいテレビの話題でごめんなさい。



 「んはぁ…………おはようございます」

 どうやら夜を通じて行われていた議論についていけなくなった私は、
 いつの間にか寝てしまったらしいです。
 机に突っ伏して寝ていたためか、身体中に疲れが溜まったままです。
 うう……きちんとしたベッドに寝たいなぁ。



 「千夏さん、おはようございます。朝食は何にします?」

 「あぁ、雪女さん……えらくマイペースなリアクションをする人ですね。
  こんな異常事態なのに」

 ある意味尊敬しますよ。

 「私のオススメはですねぇ、バターを塗ったトーストとトマトサラダの……」

 「朝食のメニューはそっちで決めちゃってもいいですよ。
  それよりもですね、アメリカ側との示談は上手くいきましたか?」

 「さっきまで罵倒と中傷とあからさまな買収が行き交っていたんですけど、
  今ちょうどひと段落した所です。
  このまま行けば早めに何とかなるかもしれませんね」

 「そうですか。寝てて良かったです」

 そんな汚い闘いを見ずに済んだから。


 「それで……話し合いはどんな感じになったんです?
  一応まとまったんですよね?」

 「まとまったと言うよりも、飽きただけなんですけどね。
  人生ゲームに」

 「今度は人生ゲームで決着つけようとしてたんですか」

 こういうパーティーゲーム好きだなぁ、お母さんは。

 「でもあちら側の意見を聞いて、いろいろ分かった事もありましたよ。
  それだけでも結構収穫があったと思います」

 「へぇー、そうなんですか」

 「はい。例えばですねぇ、前の家に爆撃があった時、
  どう見たって日本への攻撃なのに自衛隊も何も出てこなかったでしょう?
  あれはですね、どうやらアメリカ側は事前に日本政府に連絡を入れていたらしくて……」

 「日本政府公認の爆撃だったって言うんですか!?
  何それ!? そんなに私たちって嫌われてたの!?
  国家レベルの嫌われ者だったの!?」

 そりゃーいろいろしでかした覚えはありますけどさ、
 いくらなんでもお国さまにケンカ売られるほどはっちゃけた事はございません事よ。
 ……多分。


 「なんでもですね、私たちはテロリストの汚名を着せられてたらしいです。
  だから、爆撃の正当性が出来たと」

 「テロリストだなんてそんな……。
  こんなにも地域に優しい一般家庭はそんじょそこらには存在しないというのに」

 「まあアウグムビッシュム族の方々と接触がありましたからね。
  そう思われるのも仕方ないですよ」

 だからっていきなりミサイルを撃ち込むことは無いと思うんですよね。
 おかげさまで私んちは剣山みたくなってたんだから。


 「じゃあ私たちがテロリストじゃないって事を説明すれば、この戦争も終わるんですか?」

 「向こうは攻撃する理由として私たちをテロリストだと認定しただけですので、
  別に私たちが本当にテロリストだろうがそうじゃなかろうが関係ないと思いますよ」

 「そんなぁ……」

 「あとですね、アメリカンドリームって言うのは……」

 「それは別にどうでもいい」

 全然この戦争の終結に関係ないし。






 「はぁ……一体どうすればこの戦争終わるんでしょうねぇ」

 「ふふふ……まかせなさいな千夏お姉さま。この私に、すっごい名案がございますから」

 「リ、リーファちゃん? なんなんですか急に……ちょっとびっくりしちゃったじゃん」

 「くくくく……あーはっはっはっは!!!!」

 おい。大丈夫か妹よ。

 「いいですかお姉さま!! あいつらの狙いはですね、お姉さま自身なんです!!」

 「はぁ……そういえばそんな事言われてましたね。
  すっかり忘れてたけど」

 「だからっ! お姉さまをあちらに渡せば、全てが丸く収まるわけです!!」

 「おーっ、なるほど。さすがですよリーファちゃん!!
  そんな超下劣な手段を軽々と思いついてしまうとは、
  その脳みそ腐ってんのかあああああぁあぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 前半は冷静さを保ってたんですけど、後半は押さえきれずに爆発してしまいました。
 そりゃあそうだよ。誰だってそんな事言われれば怒りますともさ!!

 「でもですね千夏お姉さま。
  これが今私たちに出来る、一番被害の少ない戦争終結の手段なんです」

 「だから私に生け贄になれって言うんですか!?
  そんなの嫌に決まってるじゃん!!」

 「でもですね、これが皆のためになるんです!!
  昔から良く言うじゃないですか。『お前はまるでサマルトリアの王子だな』って」

 「メガンテ要員って事かぁ!!!!」

 っていうかそんなことわざ存在しないだろ。




 「じゃあ千夏お姉さま……とりあえず静かにしててくださいね」

 「リ、リーファちゃん……? その手に持ってるハンマーは何?
  それでやられちゃったらさぁ、静かにどころかぐったりすると思うんだけど?」

 「うふふ♪ 目が覚めた時には全てが終わってますよ。
  安心しておやすみくださいね♪」

 「ちょっとぉ!? 何言っちゃってるの!?」

 確かにベッドでゆっくり休みたいとは思いましたけども、
 べつにそんな物理的衝撃による睡眠誘引はお呼び出ない……

 「じゃー、さようならー千夏お姉さまー♪」

 「ぎゃー!!!!」





 ぷっつりと意識を途切れさせる私。
 ああ……もうダメかも。









 10月1日 土曜日 「身代わり大作戦」

 「ううう、頭が痛い……」

 誰かに頭をハンマーで殴られたような痛みを抱えて、私は起き上がりました。
 っていうか、実際頭をハンマーで殴られたんですよね。
 リーファちゃんにゴツンと。
 ……なんて話だ。


 「あれ? ここどこだ?」

 私の目の前には真っ暗な闇。
 夜なのかと思ったんですけど、どうも違うみたいです。
 この真っ暗さは、どこかに閉じ込められてるとしか……。


 「本当に、千夏さんをこちらに渡してもらえるのですね?」

 「ええ。オマケ付けてプレゼントいたします」

 誰か知らない男の人の声と、お母さんの声が聞こえてきました。
 っていうか、なんですかその恐ろしい会話ー!?
 はっ!? そういえば!!
 昨日、リーファちゃんが私をアメリカ側に引き渡すって……。
 もしかして私が居る場所は、コンテナか何かの中なんですか!?
 そんな!! 鉄材を輸出するが如く梱包されてるだなんて!!

 「オマケ……? オマケとは何です?」

 「今なら柿の種が付いて来ます」

 しょぼすぎる。
 っていうか、なんで私にピリ辛なお菓子が付いてきてるんですか。
 アルコール類っぽいのか。

 「本当によろしいのですか? あなたの娘さんなのでしょう?」

 「平和には代えられませんわ♪」

 うわー……心底引く大衆主義してやがるよ。
 もうちょっと個人の幸せとかそういうの、大切にしてくれてもいいんじゃないですかね?
 自分の娘なんだから、最後まで守ってくださいよ……。

 「ええ、確かにそうですね。平和というのは本当に尊い物ですからね」

 本当に尊いのは幸福を感じられる平和であって、
 他者の自由が束縛された平和では無いと思うんですよね。
 平和の質にもこだわれよ。

 「それじゃあこちらがお求めの千夏になります。
  クーリングオフは利かないので、そこんとこよろしく」

 「千夏でーす☆ 好きな言葉は『トラとライオン、どっちが強いと思う?』です♪
  趣味はポエムを書く事で、特技は三点倒立な可愛い女の子ですっ☆」

 え? ええ? 私はここに確かにいるのに、なんで外から私らしき人物の声が聞こえてくるんですか!?
 っていうかこの声は……リーファちゃん!? もしかして私の身代わりになって……!?

 「あれー? なんか千夏さんじゃないっぽい気がするけど?
  写真で見た感じと、全然違うんですけど?」

 「ほら。女の子ってすぐに成長するから」

 「そうそう。昨日妖精さんのケーキ食べたら、すんごく成長しちゃったの♪」

 私の真似をするならもうちょっと上手くやってくださいよ。
 そのきしょいキャラ付けはやめなさい。不快指数が100を越えてきますから。


 「えーっと……それじゃあ取り合えず、確かに千夏さんを受け取りました。
  示談には、全面的に応じます」

 「よっしゃっ!!」

 「え……?」

 「あ、ごめんなさい。ついつい嬉しくてガッツポーズを」

 少しは感情隠せよ。こんなんだとすぐにバレてしまいますって。


 昨日はてっきり本当に私を差し出すとばかり思ってたんですけど……
 自分から身代わりになるって、リーファちゃんは何を考えているんでしょうか。
 ……もしかして、今まで酷い事してきた罪滅ぼしとか?


 「私、別にリーファちゃんの事恨んでたわけじゃないのに……」

 だから、罪滅ぼしなんてしなくても良かったんですけどね。




 「あはーん♪ これからよろしくお願いいたしますぅ♪」

 っつうかそのキャラ付けは、私に何か恨みあるでしょ?












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