10月2日 日曜日 「奇襲大作戦」

 「お母さん!!」

 「あら千夏。ようやくロッカーから出てきたのね。
  ちょっと遅すぎよ?」

 「私が閉じ込められていた所はロッカーだったんですか!?
  そういうイジメちっくな事やめて!!」

 学校での嫌な記憶を呼び起こされまくりですから。

 「お母さん! リーファちゃんは!? リーファちゃんはどこに行ったの!?」

 「えーっと……近くの川に洗濯しに」

 「昔話的な嘘を吐いてんじゃねえよ。
  そもそも、この地下洞窟に川なんて存在しないでしょ」

 「あるわよ? 近くに水道管をぶった切って作った滝が……」

 知らない所で大惨事が起きてたんですね。
 水道局の人、早く修理に来てください。


 「そうじゃなくて……リーファちゃんは、本当はどこに行ったの!?」

 「あの子はアメリカさんに嫁いでいきました」

 「やっぱり差し出しちゃったんですか!!」

 なんて事を……。
 うううこれからどうすれば……。

 「千夏ったら……そんなに妹に先を越されたのがショックだったの?
  大丈夫よ。今の世の中、結婚しない主義の人も少なくはない……」

 「違う! 私の婚姻の絶望性に困ってるんじゃない!!
  アメリカ側に引き渡された、リーファちゃんの事を心配してるんです!!
  酷いですよお母さん!! いくら血が繋がってないからって、リーファちゃんをあんな目にっ!!」

 「あの身代わり作戦はね、リーファちゃんが発案した物だったのよ。
  あの子が、自分から言い出した事なの……」

 「え……? リーファちゃんが? なんで、そんな事……」

 「一度、自由の女神を生で見たかったんですって」

 「観光感覚だったのかよ!!」

 そういうのはツアーで見知らぬおじさんおばさん達と行きなさい。
 黒づくめの、怪しい政府機関と一緒に行くものではないです。



 「もしくは、よっぽど千夏の事を守りたかったのね……」

 「リーファちゃぁん……」

 お母さんのその言葉に、私は思わず涙ぐんでしまいます。
 本当に、リーファちゃんは私の事を思ってやってくれたのでしょうか?
 今ではそれを確認するすべが無いのが哀しいです……。

 「リーファちゃん、大丈夫かな……」

 私の頭の中では、彼女の姿がスライドショーのごとく浮かんできます。
 笑いながら日本刀を振り回すリーファちゃん。
 怒りながらマシンガンを乱射するリーファちゃん。
 恥ずかしがりながら火炎放射器で紅蓮地獄を作り出しているリーファちゃん。
 ……そして、泣きながらバールで頭をこじ開けようとしてくるリーファちゃん。

 何故かリーファちゃんの思い出はなにやら危なっかしい凶器とセットになってるのが気がかりですが、
 それでも私には大切な妹だったんです!
 それを、こんな形で失ってしまうだなんて!!

 「お母さん! どうにかならないの!?
  どうにかして、リーファちゃんを取り戻せないの!?」

 お母さんにすがり付く私。
 そんな私の頭をを、お母さんは優しく撫でてくれました。


 「千夏……私を、諸葛孔明2005と呼ばれた私を舐めないで欲しいわね。
  もちろん、何も考えなしに家族を手放したわけではないわ」

 「そんなリバイバルブームに乗じて出されたような称号は信用なりませんが、
  その言葉は本当なんですかお母さん!?」

 「ええもちろんよ。
  そもそも、リーファちゃんを差し出したって、少し調べたら千夏じゃないって分かっちゃうだろうしね。
  あれで戦争が終わるとは思っていないわ」

 「じゃあなんでリーファちゃんを……」

 「あの子も一応全身義体だから調べられる前にばれる事は無いだろうし、時間稼ぎにはなるかなって」

 「時間稼ぎって何の?」

 「ふふふ、いいかしら千夏? アメリカさんはね、今回の示談を全面的に呑んで、
  この地下洞窟から部隊の撤退を始めたわ。
  しかも、裁判やなんかの騒ぎで全国にここの存在が知られてしまったから大慌てでね。
  やっぱり、同盟国に占領部隊を置いていれば反感を買っちゃうから」

 「それで? それがどうかしたんですか?」

 「それが、あんまりにも急いで撤退しようとしてるものだから、部隊の内部はしっちゃかめっちゃかになってるのよね。
  見つかったらまずい兵器を一目散に本国に送り帰そうとした結果、
  駐留しているアメリカ軍の戦闘能力は格段に低くなってるわ。
  もちろん、基地を防衛する能力も」

 「っていう事は!」

 「そう! この機に乗じて攻め込みます!!」

 「……っていうかお母さん。そんな事しちゃっていいの?
  なんだか、せっかく結ばれた停戦条約を一方的に破ってる気がするんだけど?」

 「別に、示談には応じたけども、和平条約なんて結んでないもの。
  契約していない契約なんて、うまい棒の栄養素みたいなものよ」

 ほとんど期待するなって例えですかそれは。
 まあアメリカさんも、私達の事をただの家庭だと思ってたからこそ、
 そういう戦争終結の約束をしなかったんでしょうね。



 「でもリーファちゃんはどうするんです?」

 「あの子はまだアメリカに送られて無いわ。
  まだこの地下洞窟に居るから、兵士達をなぎ払うついでに助ければいい。
  うんっ、なんて完璧な作戦なのかしら!!
  本当にサイコーよね!!」

 「ずるがしこいですねぇ、ホント。
  でもすっごくお母さんらしいですよ」

 「ありがとう。そんなに褒めてもらったら、お母さん嬉しくて今晩の夕食をカニカマボコにしちゃいそう♪」

 「うちにとっては、カニの模造品でさえ高級食材なんですか」

 まあ気持ちは分からないでもないです。
 だってカニだし。カニって名前がついてるし。







 10月3日 月曜日 「作戦開始」


 「さてそれでは、これから撤退中のアメリカ軍をジャイアンにとっちめられたのび太のごとく
  めっためたにしたいと思います」

 「そのあまり深刻ではなさそうな例えはいかほどのものでしょうか軍師どの」

 「千夏一等兵。私語は慎みなさい」

 今のは私語じゃなくてツッコミですよお母さん。


 さて、私たち一家、じゃなくて部隊は、作戦会議を開いていました。
 作戦とは、もちろんアメリカ軍に打ち勝つためのものです。
 ちなみにですね、私たちの部隊の構成は、
 お母さんと雪女さんと女神さんと黒服と加奈ちゃんと、そいでついでに師匠です。
 ああ、あと私も含まれちゃってます。
 アメリカさんたちが狙っている私を思いっきり前線に立たせるのはどうなんでしょうね?
 もうちょっと大事にして欲しいです。



 「いいですか? この作戦は速さと隊員どうしの連携が何より大事になってきます。
  ひとりが気を抜いてヘマをすれば、全体の危機に繋がります。
  何も無い所でコケるという、ドジッ子スキルを発動するたびに、一人の仲間が死んでいくと思いなさい」

 足のもつれで人が死んでしまうんですか……。

 「だから皆さん。靴紐はちゃんと結んでください。
  踵のほうを踏み潰して靴を履いてるなんてヤンキーファッションは、言語道断です」

 「お母さん。衣服の乱れについての論議はいいですから、
  早く作戦内容を教えてください」

 「おっと……そうだったわね。うっかり風紀委員だった頃の血が騒ぎ始めちゃったわ」

 「へぇ〜、風紀委員だったんですかぁ」

 心底興味ねぇ。




 「それじゃあ作戦内容を言うわね。
  まず、アメリカ軍の移動手段を断ちます!
  輸送車と上に繋がっているエレベーター。それらも爆破します!!
  これであいつらはここに閉じ込められる事になるの」

 「ふむふむ。なるほど」

 「次に食料庫および武器庫を破壊。
  そうすれば彼らは空腹と戦力の低下から、戦う気力を失うはずです。
  そうなったらこっちのもの。あとは圧倒的に武力で勝っている私たちが攻め込んで、司令部を落として終わり。
  人的被害もまったくでず、無駄な血が流れない素敵な作戦!!
  どうかしら!?」

 「うん。確かに理想的な作戦かもしれませんね。
  それで、役割分担は?」

 「えーっと……アミダくじで決めよっか?」

 「そこんとこはもうちょっとこだわろうよ!!
  一番大切な所でしょ!?」

 「じゃあ王様ゲームで決めよっか?」

 「ちょっと! ランダム性が何も変わってない!!」

 「それじゃあこの割り箸引いてー」

 本気で王様ゲームやっちゃう気なんですか。
 どこかの飲み会のノリで戦争するのはどうかと思うんですよ。


 「それじゃあ王様の命令行きまーす♪」

 「お母さんは割り箸引かないでも王様なんだ?」

 「そりゃあまあ諸葛孔明象牙色バージョンだからね」

 「お菓子のオマケのはずれっぽい感じの諸葛孔明ですね」

 「えーっと、じゃあねぇ……1番と3番が、輸送車の爆破担当ね」

 ホントに王様ゲームで役割分担始めちゃったよ。














 「さて皆さん。担当も決まった事だし、いよいよ攻め込む準備をしましょう」

 「分かりました。ちょっと怖いですけど、頑張りましょう」

 ちなみに私の担当はもう少しで延滞料金払わされる事になってしまいそうなレンタルビデオを返す仕事です。
 ……足手まといならはっきりとそう言ってくれても構わないのに。

 「それじゃあ、いざ行かん!!!!」

 そうして、私たちは戦闘行動を開始したのです。






 『ズドドドドォォン!!!!!』

 「うわぁ!? 何これ!? 地震!!??」

 「千夏! 伏せなさい!!」

 急に地下洞窟内に鳴り響く爆発音と激しい振動。
 それのせいか、洞窟の天井がバラバラに砕け落ちてきます。

 「きゃあああ!!!!」

 私たちに、避けられないぐらいの大きい岩が降り注いで………………


 「へへめけ〜」

 「お母さん!! こんなタイミングでそんな訳わかんない事言っちゃうと、
  それが人生最後の言葉になっちゃますよ!
  もうちょとマシな事言って!!」

 「千夏だって、人生最後の言葉がツッコミになっちゃうわよ」

 確かに。
 っていうか、そういうこと言ってる場合じゃなくて。








 10月4日 火曜日 「千夏家分断」

 「あいたたた……」

 昨日、地下洞窟の天井が崩落するという大惨事に巻き込まれた私は、
 奇跡的ながらも生き残っておりました。
 目の前には奈良の大仏ほどの大きさの岩が、地面にめり込んでいる光景が広がっていました。
 うわぁ……あともうちょっとでスクラップになってましたよ。
 それで、産業廃棄物として処理施設行き決定でしたよ。

 ……少しだけ余裕があるように思えるのは気のせいですよ?

 「……はっ! そうだ!!
  み、みなさん!! 生きてますか!?」

 「ち、千夏さ〜ん……助けてぇ」

 「雪女さん!?」

 私のすぐ傍から、雪女さんのうめき声が聞こえてきました。
 どうやら瓦礫の中に埋まってしまったらしいです。

 「やりましたね雪女さん。そういう声の出し方、妖怪っぽいですよ。
  これで雪女さんも一人前の妖怪に……」

 「私、死に掛けてるんですけどー?
  流れ出てる血が、そんな事言ってる場合じゃないって突っ込んでるんですけどー?」

 この災厄をポジティブに考えてみただけですよ。
 あまり気にしないでください。

 「それじゃあ今から掘り出しますから、少し待っててくださいね!」

 「ええ、いつまでも待ってますよー。
  ああっ! でもできるだけ早い方が私にはとっても都合が良くて……
  どう都合がいいかって言うと、酸素の供給になにより必要な血液がですね、
  大地に還る量が少なくて済むというか……」

 「そんだけ喋れれば一時間ぐらいは持ちそうですね」

 長期スパンで掘らせてもらいます。



 「千夏さん! 大丈夫でしたか?」

 「ママー!!」

 「女神さんに加奈ちゃん!! 2人とも無事だったんですね!!」

 「ええ、降ってくる岩にも無視されて、かすり傷ひとつありません!!」

 女神さん。なんかもう神がかってますね。
 ああ、そういえば神様なんでしたっけ。

 「加奈ちゃんも怪我ない?」

 「うん! ぼうさいずきんかぶってたから大丈夫だったー♪」

 「そうですかぁ。さすが私の娘ですね。危機に瀕した際の状況判断がすごく適切です♪」

 まあ多分、防災頭巾かぶっててもどうにもならなかったんでしょうけどね。
 あれだけ大きな岩に直撃したら。
 加奈ちゃんの運が良くて本当に良かったですよ。


 「千夏さ〜ん……私を忘れないで〜」

 「なにこの声? おばけさん?」

 「妖怪以上おばけ未満ですよ加奈ちゃん。
  2人とも、死に掛けの雪女さんを掘り出すのを手伝ってください!!」

 「分かりました千夏さん!
  学園時代は穴掘りの女神を恐れられたこの私の力、あなたにお貸しします!!」

 「加奈も手伝うー」

 「ありがとう2人とも!!」

 突っ込んでる暇もないので普通に流します。







 加奈ちゃんと女神さんに手伝ってもらって、なんとか雪女さんを掘り起こす事が出来ました。
 雪女さんはなんかぐったりしてますけど、一応生きてます。
 本当に奇跡的な生還ですね。

 「雪女さん、怪我大丈夫ですか?」

 「ええなんとか……腕を動かすたびに、お腹の中から何か出てきそうなぐらいの激痛がするだけで、
  すっごく元気です」

 「そうですか。本当に元気そうで良かった」

 状況が状況なので、多少の怪我は放っておく事にします。
 なんか内臓をダメにしてそうな気配がするけど。
 どうせ治療なんて出来ないしね。



 「……そうだ、お母さんや黒服さんたちは!?
  さっきから見当たらないんですけど?」

 「そこら辺に埋まってるんじゃないですかね?」

 「女神さん。おっそろしいことをさらりと言わないの」

 もし本当だったらどうするんですか。

 「千夏〜……」

 「お母さん!? どこにいるんですか!?」

 「ここよここ〜……」

 お母さんの声は、ちょうど私が腰掛けていた辺りから聞こえてきました。
 本当に埋まってたみたいです。
 ……そういえば、お母さんって過去の世界でも埋まってませんでしたっけ?
 地面の中が本当に好きな人ですね。

 
 「お母さん!! 大丈夫!?」

 「いい千夏? 私の話を良く聞いて……」

 「お母さん?」

 「私ね、どうやら地下坑道というか下水道というか、そういう所に落ちちゃったみたいなの。
  だから、全然平気。黒服さんとお師匠さんも居るしね」

 「地下坑道……そんなものがこの下にあったんですか……」

 「それで、別に大した怪我もしてないしさ、私たちの救出より先にアメリカ軍の方をどうにかしてほしいの」

 「え!? でもそれは……っ!」

 「多分あっちもこの大崩落でてんやわんやになってるから、ますます攻め込みにくくなってるはずよ。
  今が本当にチャンスなの。
  こんなチャンス、しあわせの靴をはぐれメタルから入手するぐらいの確率しかないのよ!?」

 「お母さん、今ドラクエか何かやってるのか?」

 例えがゲームにはまっている語彙の少ない人みたいになってますよ。


 「とにかく、私たちは放っておきなさい!!
  この地下坑道を辿って、私たちは外に出るから!!
  今、あなただけが、アメリカ軍をやっつける事が出来るのよ!?」

 「わ、分かりました……私、がんばります!!」

 「よく言ったわ!! それでこそ私の娘!!
  頑張ってきなさい!!」

 こうして、私たちはお母さんたちを抜かしたメンバーで戦う事になったしまいました。
 正直不安で胸がいっぱいですけども、お母さんに全てを任されたんだから頑張りますよ!!





 「よし。じゃあ二回戦はじめよっか?」

 「春歌さ〜ん、大富豪強すぎですよぉ〜」

 「お前ら!! その中で何やってるんだ!?」

 遊んでるだけなんじゃないだろうな!!??





 10月5日 水曜日 「妖怪対ウサギさん」

 「皆の者ー! いざ、突撃じゃー!!」

 「わー、千夏さん! なんか、すっごく戦争っぽくなってきましたね!!」

 「そうでも無いと思いますよ雪女さん。
  だって、女子供が爆弾抱えてる混沌とした光景が広がってるんだもん」

 ある意味で悲しい戦争図ですけど。



 お母さんからアメリカ軍掃討作戦を任された私は、
 輸送機やら武器庫やら食料庫やらを爆破するための爆弾を小脇に抱えて走っています。
 後ろには私たち部隊のメンバーの、昨日の怪我でなんだか顔色の悪い雪女さんと、
 気のせいか足音さえ薄く聞こえるぐらい存在感の無い女神さんと、
 爆弾をクマのヌイグルミのごとく愛でている加奈ちゃんが居ます。

 すげーメンバーですね。この人たちでアメリカ軍と渡り合おうとしている現実に、軽くめまいがします。

 「と、とにかく、皆さん急ぎましょう! この機会を逃せば、もうアメリカ軍を倒せないかもしれません!!
  私たちに残された、唯一のチャンスなのです!! 絶対に物にしましょう!!」

 「はい分かりました千夏さん!! 頑張りましょう!!
  足に地面をつける時に伝わる衝撃で、意識を失いそうになったりしてますけど、
  私、すんごく頑張りますから!!」

 「その意気ですよ雪女さん!! もうこの際だから綺麗に散りましょう!!」

 「散るのは嫌です!! まだ生きたい!!」

 そりゃそうだろうね。
 後で病院に連れて行ってあげるから今は我慢してください。




 「それにしてもさっきからアメリカ軍兵士の姿が見えませんね……。
  もしかしてみんな基地に避難してしまったんでしょうか?」

 「いえ……千夏さん、あれを見てください」

 女神さんが指した方向には、地面に倒れている男の姿がありました。
 彼の着ている軍服から、その人がアメリカ軍所属の兵士である事が一目で分かります。

 「大崩落の際に石にでも頭をぶつけちゃったんでしょうかね……?」

 「私も初めはそう思ったんだけど……。
  見て、あっちにもそっちにも、同じように兵士が倒れてる」

 確かに、ちょっと異常なぐらいの数のアメリカ軍兵士たちが、
 地面に突っ伏しています。

 「確かにこれはおかしいですね……。
  これが全部落石による気絶だったら、あの人たち運が悪すぎです」

 「見てください。彼の弁慶に、酷い殴られた痕が……。
  これはきっと、誰かが私たちより先にここに来て、彼らをやっつけて行ったのよ!!」

 誰か知りませんが、弁慶を殴って気絶させるだなんて、結構酷いことしますよね。
 どれだけ強く弁慶の泣き所を殴ったら、気絶するって言うんですか。

 「でも一体誰がこんな事を……」

 「それはきっと先に進めば分かると思いますよ。
  ほら、気絶したアメリカ軍兵士たちは、基地の方へ続いているでしょう?
  この人たちを倒した者は、きっとあちらへ向かって行ったんです」

 「なるほど……とにかく進むしかないって事ですね。
  よし! 行きましょう!!」

 私たちは、再び走り出しました。









 「ごめんなさい。ほんとにごめんなさい」

 「……」

 「マジごめんなさい。今まで調子に乗ってました。
  死ぬほどごめんなさい」

 「……」

 「こ、この光景は一体……?」

 アメリカ軍の基地にたどり着いた私たちの目の前に広がっているのは、アメリカ側のお偉いさんが、
 ウサギさんに対して土下座をしているという風景。
 示談交渉の時にはあんなに偉そうだった彼の、あまりにも綺麗な土下座っぷりに、私たちはポカンとするだけです。

 「う、ウサギさん……? なんでこんな所に……」

 「……千夏、リーファはそっちの部屋に居る。
  さっさと回収して、ここから出ろ」

 「ウサギさん? 何を言って……」

 「いいから、早くここを離れろ。
  あいつが来る」

 「だからっ! いったいここで何が起こって……」

 「あーっはっはっはっはっはっはっはっは!!!!!!
  見つけたぞお前らぁっ!!!!」

 「ええ!?」

 やけに邪悪な高笑いが周囲に木霊します。
 誰がこんな腹黒笑いを出来るのだろうと思ってその方向を見ると……見覚えのある少女の姿が。
 あの人はまさか……。

 「うらぁ!! 積年の恨み、晴らしてやるぞぉこのアウグムビッシュム族があぁ!!!!」

 「だ、大妖怪だぁ!!」

 何てことでしょうか。
 そう言えばコイツの存在を忘れていました。
 あまりこの人が戦っている所を見たことが無いんですけど、きっと強いんだと思います。
 確か、私をでこぴんで気絶させましたしね。

 ……私が弱いからじゃないですよね?


 「おらおらおらぁ!!!! お前ら全員ぶっ殺してやるからなっ!!
  ぎったんぎったんにして、魚の餌にしてやるからなっ!!!!」

 「あわわわわ……ど、どうすれば」

 「だから早く行けと言ったのに……」

 「ウサギさん、あいつが来る事分かってたんですか!?」

 「……いいから、どっかに隠れてろ。
  俺があいつを仕留めるから」

 久しぶりにあったウサギさんは、雰囲気が全然違ってました。
 ……私が過去の世界に行ったときに会った、ウサギさん(似)にそっくりです。


 「私を封印した罰、その身に受けて貰うぞぉ!!!!」

 「うっさい。お前を封印したのは、アウグムビッシュム族のお情けだったんだよ。
  本来なら、バラバラにされてもおかしくない存在だったんだからな。
  お前ら、妖怪は」

 「言ってくれんじゃないかウサ耳ヤロウ」

 「妖怪変化が、黙ってろ」

 現存する最強義体のウサギさんと、
 古代から生き続けた大妖怪。

 恐ろしい闘いが、今始まりました。








 10月6日 木曜日 「大妖怪の必殺技」

 「……」

 「……」

 「……」

 「……」

 私の目の前で、ウサギさんと大妖怪さんがにらみ合ってます。
 余計なボケを少しでも口にしたら八つ裂きにされそうなこの雰囲気……
 私の人生にはまったく不必要な空気だと思うんですけど?

 「病院が飛んだって……ビョイーン」

 「雪女さん!? いきなり何!?」

 「いえ、この空気に耐えられなくて」

 「だからって妙なダジャレを言わないで……」

 「ひでぶがぁっ!!??」

 「雪女さん!?」

 雪女さんが、えらい勢いで吹き飛びました。
 もしかしてこれはアレですか?
 あまりにもこの場の空気に合わないものだから、空気の手によってはじき出されちゃったんですか!?
 おそるべし空気……。おそるべしエアー……。

 「変なこと言って場を白けさせるな」

 「う、ウサギさん!? ウサギさんが今のやったんですか!?」

 そんな……基本的にツッコミ気質なウサギさんですけど、
 今まで物理的なツッコミをしたことなんてありません。
 力、強すぎますから。

 そんなウサギさんが、雪女さんに暴力を振るうなんて……。
 やっぱりこのウサギさんはなんだか普通と違う気がします。

 「ウサギさん……いったいどうしたって言うんですか……」

 「千夏。いいから、ここから離れるんだ。
  今の俺は、リミッターを外している。
  手加減なんて、出来ない」

 「り、リミッター!?」

 「こいつら妖怪や、黒幕共と戦うには、力を全て解放する必要があったんだ。
  だからもう……俺は、止まれない!」

 「ウサギさん……」

 私たちと別行動している間に、ウサギさんには何があったのでしょうか……?
 あんなに優しかったウサギさんが、こんなにも厳しい目つきをするだなんて……。

 「ウサギさんっ、いったい何があったと言うんです!!」

 「……いつか話す」

 ウサギさん……。




 「グダグダ言ってるんじゃねえよお前ら!!
  余所見してっと、ギッタギタにやってやるぞ!!」

 今まで放って置かれていた大妖怪さんが酷く怒っています。
 うわぁ、すごぉい……。
 なんか、怒りのあまり身体から蒸気みたいなものが噴出してるし。

 「ふふふふ……お前たちをようやく殺せると思ってこっちはウキウキウォッチングなんだ。
  邪魔してくれるなよ?」

 「お前の後ろにいる奴は誰だ? 誰が、お前をこっちに寄越した?
  誰が、お前の封印を解いた?」

 「さーて、忘れちゃいましたねー!!
  私を倒せば、教えてあげなくもないですけどー?」

 なんとも嫌な言い方をする大妖怪。
 お前、絶対に友達いないだろ?

 「じゃあ思う存分力づくで行かせてもらう」

 「やってみろクソ野郎!!」

 そう大妖怪が罵倒すると同時に、ウサギさんの姿が消えました。
 一瞬の間も無くウサギさんは大妖怪の背後に現れました。
 そして、そのまま右ストレートを叩き込みます。

 「ぐがぁ!?」

 「もう一度!!」

 パンチの威力に吹き飛ぶ大妖怪。
 それを追撃する形で、ウサギさんは左ストレートを食らわせました。

 「ぐっ!!」

 「ちっ! ガードしたか!!」

 大妖怪は飛ばされながらもその身を両腕でガードします。
 致命傷を与える事は出来なかったみたいです。

 「ふふふ……」

 「よくガードしたな。大したもんだ」

 「妖怪を舐めてたら、毎夜毎夜枕元に立たれるぜ。
  油断しない事だな」

 妖怪と戦うのはごめんしたいですね。
 怖くて仕方ないよ。枕元に居座られるのは。


 「そろそろ大妖怪の闘いを見せてやろうか?
  食らえ!! 代幻視眼!!!」

 「!!??」

 「この技は、大妖怪の姿が人間の一番油断する姿に映るという能力を利用した物なのだ!!
  相手に、恐ろしい幻覚を見せる、最終兵器なのさ!!」

 「すごい丁寧な説明ありがとうございます!!」

 痒いところまで手が届く妖怪ですね。





 「食らえ!! 大幻覚!!」

 あまりセンスの無い技名を叫んだあと、大妖怪の目が輝きました!!
 そして周囲の風景がゆがみだしたかと思うと、それは異世界の光景に……






 「ようこそ♪ ここはネズミーランド♪
  夢と希望の楽園だよ☆」

 「なんか変な幻覚出てきたー!!」

 どうなるんですかこの勝負。





 10月7日 金曜日 「幻の世界」

 あらすじ:大妖怪の幻術で、変なところに迷い込んでしまいました。


 「ようこそ♪ ここはネズミーランド♪ 夢と希望の楽園だよ☆
  僕はここのマスコットのミルキーだよ♪」

 「なんか下手したら抹殺されそうなテーマパークが出てきたー!!!!」

 お、落ち着きなさい私。
 これは、大妖怪の幻術なんです。
 幻であって、現実に存在している物では無いんです。
 だから、何も恐れる事は……

 「ここにはたくさんの楽しいアトラクションがあるんだよ☆
  例えばこの『ガブリの海賊』とかがオススメだなぁ♪」

 「え……カリブ……?」

 「ううん。ガブリ」

 微妙にやばい所突いてるー!!!
 いいのか? それは大丈夫なのか!?
 名前的に、大丈夫なんですかー!?


 「さあ! 乗ってみようよ!!」

 「いやぁ……なんか嫌だなぁ。こういうのは」

 「なんでだい? すっごく楽しいよ?」

 「本物の奴なら乗ってみたいんですけど……ガブリじゃね」

 すっげえ不安が付きまとうんですよね。

 「いいから乗ってみなって。ほら。ほらほら!」

 「うっわぁ!? なんか妙に強い力!?」

 マスコットとしてどうかと思う力で私をカリブの……おおっと危ない。
 ガブリの海賊へと乗せようとしてきます。
 やめてー。本当にやめてー。


 「それでは、いってらっしゃー♪」

 「きゃあああ!! 助けてぇ!!!」

 ガブリの海賊に乗せられた私は、そのままなぜか大きな口を空けている漆黒の穴へと向かっていきます。

 「ねえ! あれ何!? あのすんごく黒い穴、なんなの!?」

 「ブラックホールっぽい物です」

 「ブラックホール!? 一度入ったら二度と出て来れないって言うあれ!?」

 「というよりも、重力によって押しつぶされて、粒子レベルでバラバラにされるアレです」

 「余計に生きる望みが無くなったー!!!!」

 そのままブラックホールに吸い込まれて、私は……






 「はっ!! 私は!?」

 目を覚ますと、見知らぬ建物の内部に居ました。
 その建物の中にあるインテリアから、ここがお城の中だという事が分かります。

 「ここは一体……」

 「ツンデレラ城にようこそ☆」

 「うわぁ!? また出たなこのミルキーお化け!!!!」

 「ここはね、かの有名なツンデレラ城なんだ☆
  君だって、ここではお姫様になれるよ♪」

 「いや、っていうか……何なんですかこれは!!!
  私、てっきり死んだとばかり……」

 「じゃあこのガラスの靴を履いて、この階段を駆け降りよう☆」

 「え? え? 急に何を……?」

 私の足に嵌められる、ガラスの靴という名の足枷。

 「ちょっと、これじゃ上手く歩けな……」

 「はいどうぞー♪ お姫様気分をたんと味わってくださいねー♪」

 「うわっ! 背中押さないで……ぎゃー!!!!」

 階段を駆け降りるというよりは、転がり落ちる私。
 激しい痛みに襲われて、私は気を失いました。






 「うぅ……い、生きてる?」

 「ブーさんさのナニィハントにようこそ☆」

 「またこの展開なんですかー!!??」

 なんて恐ろしい幻術なんでしょう。
 このままだと、確実に心をすり減らして死んでしまいます。
 どうにか、どうにかここから逃げ出さないと……。


 「このアトラクションはクマのブーさんが……」

 「うがーうがー(棒読み)」

 「なんか後ろに獣いるから!! これから起こるであろう大惨事が簡単に予想できるから!!!!」

 食われるんだろうね。
 私。







 10月8日 土曜日 「大妖怪の本気」

 あらすじ:大妖怪の幻術の所為で、妙なテーマパークで遊んでいます。
      何度か死んだ気分です。



 「はぁはぁはぁ……なんて場所なんですか。
  何度も辛い経験を味あわせるだなんて……どこかのスタンド能力にあった気がしますよ?」

 「ふふふ……私の力、とくと味わったようだな」

 「あなたは大妖怪さん!!」

 私の目の前に、大妖怪が現れます。
 すっげえ笑みしてるのがすんごく腹立つ。

 「さて……今度はどんな酷い目に合わせてやろうかな?」

 「こ、この鬼!! 悪魔!! 妖怪!!!」

 「最後のは本当だけどな」

 確かにそうでしたね。

 「しかしお前は意外と精神力がある奴だな。
  普通の人間なら、一日たりともこの空間で正気を保っていられないはずなのに」

 「まあ理不尽かつ辛い目にはあってきましたからね。
  これぐらいの幻術、私にとってはお昼の優雅なティータイムですよ」

 「ほほう。かなり余裕じゃないか。それならもっと辛いやつをやってやろうか?」

 「も、もっと辛いやつ!?」

 「そうだ。もうカレーが食いたくなくなるぐらい辛いやつだ」

 「『からい』だったのか。勝手に『つらい』の方だと思ってましたよ」

 っていうかカレー関係の幻術って何なんですか?
 もしかして大きなカレー鍋で煮られるとか?
 確かにピリピリして痛そうだけど……。

 「あー!? お前、カレー地獄を馬鹿にした感じで想像してたな!?
  すごいんだぞカレーは!!!!
  考えてみろっ、激熱激辛の灼熱カレーが、口だけじゃなくて目や鼻や耳に入り込むんだぞ!?
  そしてそのままじっくりコトコト煮られちゃうんだぞ!?
  その時の辛さと言ったらっ、朝起きた瞬間に足を攣るがごとく!!!!」

 「あなた、もしかしてカレー地獄を経験済みだったりするんですか?」

 どういう状況でそんな悪夢を経験するはめになったんだよ。

 「ああー!! もう思い出しただけでおそろしか!!!!
  鳥肌立ちまくり!!! お前っ、よくもやってくれたな!!
  よくも地味な精神的ダメージを与えてくれたなっ!!」

 「あなたが勝手にダメージ受けただけじゃないですか。
  その微妙に繊細な心は自分でどうにかしてください」

 妖怪の癖に心が弱いっていうのはどういう事なんですか。




 「よーし。それじゃあ阪神タイガース地獄にしちゃおっかなー?
  阪神ファンにもっみくちゃにされる小学生という、
  残虐な経験を味合わせてやる!!!!」

 確かにそれは辛そうですけど、残虐とまで言えるかどうか……。

 「食らえ!! 阪神タイガー……ぶびょはぁっ!!!」

 私にかかっている幻術を強化しようとする大妖怪さんが、吹っ飛んで地面に叩きつけられます。
 大妖怪さんの居た場所には、ウサギさんの姿が……。

 「ウ、ウサギさん!?」

 「ちぃ!! お前も幻術を乗り切ったと言うのか!!」

 「幻術専用のプロテクトぐらい、この身体に積んでいる」

 「ちっ……アウグムビッシュム族の遺産めっ!!
  日本の奴らに組みなおされた、リサイクル品の癖に偉そうにしやがって!!」

 「さっさと本気を出さないと、お前を殺してしまうぞ?」

 「言ってろ!!」

 大妖怪さんは立ち上がり、その身に纏わせていた幻術を解きます。
 それはつまり少女の姿から、大妖怪の本当の姿になるという事でして…………
 私とウサギさんの目の前には、おぞましい一匹の化け物がそびえ立っていました。
 それはまるで狐のようなフォルムで……大きさは、3トンクラスのトラック並みです。



 「ガハハハハッ!! 私の幻術は、ただの幻では無くて現実世界にも影響を与えるビジョンなのだ!!
  神の積み木の欠片なのさ!!」

 「なに……神様の力だと? やはりお前、あの時の黒い神の手先だったか」

 「あの時のって……なんでウサギさんが過去の事件の事知ってるんですか!?」

 「……それは」

 「どうせその肉体に記憶のバックアップデータが残ってたんだろう。
  何かの拍子でそのメモリーにアクセス出来るようになったわけだな。
  人格変異はその副作用か」

 「うるさい。黙れ狐野郎」

 「くくくく……黙って欲しかったら、腕ずくで口を塞いでみな!!!!」

 大妖怪が、そう言い切ると同時に、2人がぶつかり合いました。
 2人を中心に巻き上がる砂埃と衝撃破が、私を襲います。

 「きゃあああ!!!」

 堪え切れず飛ばされてしまう私。
 このまま地面に尻餅付いてしまうかと思っていましたが、それは杞憂に終わりました。

 「大丈夫かい?」

 「あいたたた……どなたか知りませんが、ありがとうございます。
  あなたが抱えてくれたおかげで、私は助かり……」

 ゆっくりと目を開けてみると、私の目の前に助けてくれた人の顔が。
 その人は縦じまの服を着ている、誰がどう見たって阪神タイガースのファンのおじさん。

 「いやはや。阪神優勝はおめでたいね」

 「うわー!! 幻術がまだ生きてた!?」

 このあと、100を越える阪神ファンにもみくちゃにされちゃいましたとさ。











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