10月9日 日曜日 「リーファちゃん奪還」

 「ハンシーンがー!! トラがー!!!!」

 「千夏!? 大丈夫なの!?」

 「はっ!! お母さん!?」

 しましまのおじさんたちに胴上げされるという、
 苦痛なんだかめでたいんだか良く分からない幻覚を見ていた私。
 そんな良い感じにトリップした私は、
 ここに来る途中で別れたお母さんと師匠さん黒服さんによって現実に引き戻されました。

 「お、お母さん……ネズミが、クマが、トラがぁ……」

 「あらあら千夏ったら。動物さんに一杯囲まれた素敵な夢を見ていたのね♪」

 「違いますよ。素敵なんかじゃないですよあの夢は」

 クマに囲まれて素敵だと思える人間は、金太郎かムツゴロウさんしか居ません。


 「アイタタタ……。あれ? なんかすっごくほっぺたが痛いんですけど?
  まるでザリガニに挟まれたがごとくキリキリ痛いんですけど?」

 「その痛みを正確に例えるならば、タラバガニのハサミに挟まれたような痛みよ。
  そこんとこ、気をつけるように」

 「実際、タラバガニに挟まれてたんですか私!?」

 「千夏ったら、なかなか起きないものだから」

 「だからってうら若き乙女の頬にタラバガニは無いでしょう!!」

 「じゃあ上海ガニが良かったって言うの!?」

 「そういう問題じゃねえよ!!」

 というよりも、カニを食わせろ。




 「はっ!! そうだ!! ウサギさんはどうしたんですか!?
  あの大妖怪も!!」

 「ウサギさん……?
  私たちがここに来た時には、千夏と雪女ちゃんと加奈ちゃんがぐっすり寝ているだけで、
  他の人なんて居なかったのだけど?」

 「そんな……女神さんが、華麗にスルーされてる」

 そんないつも通りの事はどうでも良くて。

 「とにかく! ウサギさんを探さないと!!」

 「まあ待ちなさい。今私たちがすべき事は、それじゃあ無いわよ」

 「なに言ってるんですか! このままだとウサギさんがぁ!!」

 「安心しなさいよ千夏。ウサギさんがそう簡単に負けるわけ無いでしょう?
  あの妖怪だって簡単にボッコボコにしちゃうんだって」

 「……そうですけど」

 私が心配してるのはそういう事じゃなくて、
 ウサギさんが変わってしまいそうで怖いんですよ。
 肉体の記憶に引きずられる形で、今までのウサギさんが消えてしまったら……。



 「さあ! 早くリーファちゃんを救出して、アメリカ軍を降伏させてやりましょう!!」

 「は、はい……」

 私は渋々ながらも立ち上がり、リーファちゃんを救出する事にしました。
 そう言えばウサギさんに土下座していたお偉いさんの姿が見えませんね……。
 あの人、どさくさに紛れて逃げちゃったんでしょうか。






 「リーファちゃん! どこに居るんですかー!?」

 アメリカ軍の基地に攻め込む私たち。
 護衛しているはずの兵士たちはみんなウサギさんの手によって気絶させられていますし、
 ターミネーターはすっかりその存在を忘れていた足長おじさんのおかげか、
 機能停止してただの鉄のオブジェとなっていました。
 こうなってはさすがのアメリカ軍も形無しです。

 「リーファちゃん!? 居るなら返事してー!!」

 「お姉さまーーー!! ここですー!!」

 「千夏さん! あっちの方からリーファさんの声が聞こえてきましたよ!!」

 「あら雪女ちゃん? 私はあっちの方から聞こえた気がするんですけど?」

 「じゃあそちらです。すみませんでした」

 「雪女さん!! もうちょっと自分の意見を持ってよ!!」

 こういう大切な場面で気を使ってどうするんですか。
 一刻も早くリーファちゃんを助けないといけないんだから、自分が正しいと思う方向を指し示してくださいよ。
 これでお母さんが間違ってたら目も当てられません。


 「あれー? カナはこっちから聞こえたよー?」

 「じゃあ加奈ちゃんの言う方に行きましょう。決定」

 「ちょ、千夏!? 少しは議論してくれないの!?」

 「加奈ちゃんの言うことはいつも正しいのです。
  親の私が保証します」

 「その歳で親バカかよ!!」

 いいじゃんか別に。





 「リーファちゃん!? ここに居るんですか!?」

 私たちは、リーファちゃんの声が聞こえてきたらしい部屋にたどり着きました。
 そのえらく頑丈そうな扉を、お母さんの主婦パンチ+でぶち破ります。

 「お姉さま!! 助けて!!」

 「リーファちゃん!!」

 部屋の中に居たリーファちゃんは、とある人の手によって捕まっていました。
 その人は……

 「あなたはっ、シャークアルバイト店員!!??」

 「違う!! シャーク派遣社員だ!!」

 そういえばそういう役職でしたね。
 きれいさっぱい忘れてましたよ。

 「なんでシャーク派遣社員がリーファちゃんを……。
  モグラさんの言葉に改心したんじゃないんですか?」

 「俺はやはり……お前たちを許すわけにはいかない!!
  俺たちの志しを殺した、お前らを許せない!!」

 「愚かな人。あなたの言う志しが……秘密結社が他者の力によって壊されたのは、
  その志しが時代に求められていなかったからよ。
  あなたたちの野望が、この世界に必要とされていなかったからなのよ」

 「お母さん、そんな逆なでするような事を言ったらリーファちゃんが……」

 「ち、ちくしょうめ!!」

 怒りに耐えられなくなったのか、シャークさんはリーファちゃんを掴み、
 大口を開けてごっくんと……。

 「食べたー!!??」

 「ゴクッ……ふはは、ふはははは!!! どうだぁ!!
  ざまあ見やがれぇ!!!」

 「リーファちゃん!!」

 なんてことでしょうか。
 リーファちゃんがシャーク派遣社員にお召し上がれてしまいました。
 ああ……私の身代わりになったばっかりにそんな……。



 「どうだっ! 大切な仲間たちを失った俺の気持ちっ、少しは思い知ったか!!」

 「なんて身勝手な事ばかり言って……。
  あなたという人は、本当にどうしようも無いですね」

 「なんだとっ!?」

 「あなたも傷ついた人だから、誰かに優しくしろなんて言いませんけど……
  でも、だからって悪い事していいはずありませんよ。
  そんな事ばっかりやってるから、私たちはあなたたち秘密結社と戦ったんですよ。
  身勝手な想いばかり突きつけるから、皆反発するんですよ」

 「な、なにぃ!?」

 「あなたたちはっ、世界を改革できるような器じゃなかったって事です!!」

 私はその心からの叫びと共に、シャーク派遣社員の懐へともぐりこみました。
 そしてそのまま、拳を叩き込みます。

 「空舞破天流奥義!!」

 おじいちゃんが考えて、おばあちゃんが組み立てたらしい武術。
 それを、私は振るいます。

 「BREAK・break・DEATH・dance!!!!」

 「ごぶはぁっ!!!」

 私の奥義を喰らい、吹き飛ぶシャーク派遣社員。
 私の怒りの鉄拳は、彼を昏倒させる事が出来ました。



 「千夏……良くやったわ」

 「お母ぁさん……でもリーファちゃんがぁ」

 「大丈夫よ。ほら、赤ずきんちゃんの話知ってる?」

 「へ? ええまあ……あの狼におばあちゃんが食べられちゃうって話ですよね?」

 「そう。助けに来た狩人が狼の腹を裂いたら、赤ずきんちゃんとおばあちゃんが無傷で出てきたって話」

 「……」

 「……」

 「……」

 「……」

 「…………まさか」

 「雪女ちゃん、そっちにあるハサミ取って」

 「えー!? 本気ですかお母さん!?」




 その後、とても口では言えない展開になりましたけど、事情により割愛させて頂きます。
 ……もうお肉食べれない。





 10月10日 月曜日 「大地震の原因」

 「うっ……ここは……」

 「あ、シャークさん。目を覚ましたんですね」

 もう二度と起きないかと思ってましたよ。

 「俺は……そうか、お前に負けたのか」

 「シャークさん。起き上がろうとしないと方がいいと思いますよ」

 「ああ……怪我してるんだもんな。
  へへ、すごいぜお前の拳。俺を簡単にのしちまうだなんて……本当にすげえ小学生だぜ」

 「まああなたの負っているダメージは私の空舞破天流だけじゃないんですけど……
  まあいいです。とにかく、安静にしておいてください」

 「ふふふふ……あーっはっはっはっは!!
  けっさくだ!! この程度の障害に潰されてしまう野望をっ、私は生きがいにしていたというのかっ!!」

 「そんなに笑うと内臓が飛び出ますよ」

 「内臓?」

 「別に、なんでもないです」

 お腹の縫い傷に気付いてないなら、それはそれで良いんだと思います。





 リーファちゃんを救出するためにシャーク派遣社員のお腹を開いた私たち。
 その素人手術の執刀を任されたお母さんは、ありえないぐらいの手際の良さでシャークさんの腹を捌いていました。
 お母さんいわく、魚を下ろすのは主婦の仕事だとかなんだとか。
 魚扱いの怪人さんが可哀想です。

 その見事な手術によって、リーファちゃんはシャークさんのお腹から救い出されました。
 心なしか右手のほうが溶けてた気がしますけど、まあ無事だったんだからそれでいいですよね。
 あははは。良かった良かった。


 「さて……これからどうしましょうか?」

 「とりあえずアメリカ軍の部隊長とか司令官とか偉い人をとっ捕まえて、降伏させましょう。
  そうしなければこの戦争終わらないし」

 「でもお母さん。人質なんて取っちゃったら、アメリカ本国が本格的に攻めてくるんじゃ……」

 「まあそれもありえるけど……今私たちに出来る事は、こっちに居る部隊をどうにかするだけだから」

 「そうですね……結局その場しのぎしか出来ないんですね」

 はぁ……戦争ってなかなか終わらないものなんですね。
 こんな事ばっかりやってるから、ぐだぐだと人が死に続けるんですよ。
 本当に嫌な世の中。



 「国防省の偉い奴なら……そっちのロッカーの中に居るぜ。
  俺が閉じ込めてやったからな」

 「え!? なんでシャークさんがそんな事……」

 しかも微妙にイジメ臭い事。

 「へへっ、俺たちを利用するだけ利用して切り捨てるつもりだったらしくてよ……
  少しばかりムカついたから、ボッコボコにしてやったんだ」

 「そうですか……ありがとうございますね、シャークさん」

 「へへっ、敵なんかにお礼なんて言うんじゃねえよ……」

 いい人なんだかそうじゃないんだか分からない人だなぁ。





 「千夏ー。お偉いさん、捕まえたわよー。
  気絶してるみたいだから降伏させるのはちょっと先になるけど」

 「そうですか。それじゃあそろそろこの洞窟から出ましょう。
  ずっとここに居たからどうも外の空気が恋しくて…………」

 『ドドドドドド!!!!』

 「うわぁ!? また大地震!?」

 私たちを再び襲う大地震。
 立っているのもやっとのぐらいの揺れでした。

 「お……、おさまった?」

 「らしいわね……30秒ぐらいの地震かしら?」

 「ナマズだ……ナマズの力だ……」

 「シャークさん? なに古代の日本人っぽい事言ってるんですか。
  ナマズだなんて……」

 「いや、違うんだ……悪の秘密結社最終兵器、ナマズ社長補佐の力が大地震を起こしているんだ……」

 「ナマズ社長補佐!? なんですかその新手の怪人は!!」

 「局地的な大地震を起こす能力を持った怪人なんだ……。
  そいつが、この地震を起こして洞窟を潰そうとして……」

 「洞窟を潰す!? なんでそんな事!!」

 「おそらく、前の秘密結社首領に命令されての事だろうと思う。
  早く、あいつを止めないとここが潰れてしまう……」

 この地下洞窟が潰れてしまったら、上にある建物やなんかも埋没してしまうじゃないですか!!
 そうなったら最悪の大惨事ですよ!!



 「そのナマズ社長補佐はどこに居るんですか!?」

 「ここのずっと真下……マントルの近くに居る……」

 「マントル!? えらく深い所じゃないですか!! そんな所にどうやって行けば……」

 このまま潰されるのを待つだなんてそんな事いやですよ!!


 「はーっはっはっはっはっは!!!!
  そんな時こそ俺を頼りなさい!!」

 「あっ、あなたはっ!!」

 この大ピンチに颯爽と現れた一つの影。
 彼の正体は……

 「我が名は、リビングデッドモグラ!!
  死の底より蘇った、正義のヒーローなり!!」

 「えー!? なにそれー!?
  なんでモグラさんが生き返ってるの!?
  シャークさんとウサギさんの戦いを止めるために死んだんじゃなかったの!?」

 「ハロウィンが近いという事で、蘇ってまいりました」

 かなり季節感溢れた蘇生の方法ですね。

 「モグラ……お前、生き返ったのか」

 「よぉシャーク。相変わらず馬鹿やったみたいじゃねえか。
  まあその事をとっちめるのは後で良いか。
  千夏さんっ! 俺がマントル付近まで穴を掘ってやるから、ナマズ社長補佐を止めてやってください!!」

 「え、ええ分かりました……」

 なんだかよく分からないけど、私たちはさらに地下にもぐる事になってしまいました。







 10月11日 火曜日 「マントル突入」

 「この穴がナマズ社長補佐がいるマントルへと続いている穴です。
  私が昨日から徹夜で掘り続けました」

 「おーすごいですねぇモグラさん。
  なんというか、ようやくモグラさんの力が大活躍したって感じですね」

 「そんな。今まで役に立っていなかったみたいに」

 「……正直微妙な存在でしたよ」

 あまりこれは言いたくなかったんですけどね。





 ナマズ社長補佐とかいう怪人が地震を起こしているらしい事を知らされた私たち。
 このままだと地下洞窟が崩落して地上と地下に尋常じゃない被害をもたらす事になるので、
 そのナマズ怪人をやっつける事にしました。
 でもまあだからってマントルに潜るなんて……もうちょっとスマートな解決方法は無いんですかね?

 「それでは、これからナマズ怪人を退治するために穴の中へ入っていくメンバーを決めたいと思います。
  それ以外の人は、地上で潜った人のサポートをする事。
  分かった?」

 お母さんが我が家のリーダーらしく(?)仕切り始めました。
 やっぱり全員で潜るのは危険ですからね。
 何かあった時に引き上げるためにも、メンバーを選りすぐった方がいいですよね。


 「それじゃあ穴に潜ってナマズを倒す人だけど……」

 「どうせまたアミダクジなんかで決めるんでしょう?
  これだからお母さんは……」

 「戦闘力を考慮して、お師匠さんと私とリーファちゃんで行きたいと思います。
  途中地殻変動が起きて穴が潰れちゃったり閉じ込められちゃったらいけないから、
  モグラさんも一緒に来てもらいましょう」

 「うわー!! お母さんにしてはすごくまともな人選!?」

 「千夏……私だってね、ボケていい時と悪い時の区別ぐらいつくわよ」

 「今までも結構ボケるべきではない場面がありましたよね?」

 その時だって嬉々としてボケ通した気がするんですけど?




 「それじゃあこの4人で潜るから。
  何か合図があったらすぐに引き上げるのよ?」

 「はーい。分かりましたー」

 私たちはお母さんたち潜行班にしっかりとロープをくくりつけ、それを命綱として持ちました。
 っていうかマントルまで届くんですかね?
 そこんとこが心配なんですけど。

 「それじゃあ行ってきます」

 「がんばってくださいねー」

 私はここでゆったりと休ませてもらいますよ。





 お母さんたちが地下に潜行しだしてから2時間後。
 今まで何事も無く順調だったのですが、急にお母さんたちに繋がっている命綱が暴れだしました。
 いったい何が!?

 「お母さん!? どうかしたんですか!?」

 私はお母さんに持たされた無線機に話しかけます。
 すると、雑音混じりですが向こうの音が聞こえてきました。

 「ザザ……ガガガッ……ザ……るのよ」

 「お母さん!? もう一度お願いします!!
  聞こえませんでした!!」

 「ザザザッ……ザ……まるで……これは……」

 「お母さん!? 何が見えたんですか!!!!」

 「…………カニ道楽……プツッ」

 「おかあさーん!!??」

 その言葉を最後に、連絡が途切れてしまいました。
 お母さんたちの身に、いったいに何があったのでしょうか!?




 ……カニ道楽?





 10月12日 水曜日 「救出大作戦」


 あらすじ:マントルに続いている穴に入っていったお母さんたちが、カニ道楽を見たらしいです。
      ……なんじゃそりゃ。

 「お母さん!! お母さん!!」

 ずっと無線機でお母さんたちを呼び続けますが、まったく返答はありませんでした。
 私の脳裏に、最悪の光景が浮かびます。
 もしかしお母さんたちはカニ道楽のあのでっかいカニに、酷い事されてるんじゃ……
 …………まさかね。

 「千夏さん!! 早くロープを引っ張りましょう!!」

 「ゆ、雪女さん……そうですよね。ここでパニックになったらいけないですよね」

 この地上に残されているメンバーで、お母さんたちに繋がっているロープを引っ張ります。
 もちろん人力だけではどうにもならないので、ワイヤーなどを巻き上げる巻き上げ機も使いました。

 「くっ……やっぱりすぐには引き戻せませんね……。
  なんかもどかしいです」

 「千夏さん……。
  お義母さんたちは、結構奥まで行ってたんでしょうね。
  だからロープを巻き上げる距離も長くて……」

 「お母さん……」

 あんな人ですけども、やっぱり何かあったかと思うとすんごく心配です。
 大丈夫かなぁ……。




 「千夏さん!! ロープに付いた赤いテープが穴から出てきましたよ!!」

 「そんな掃除機のコードみたいな……っていうことは、お母さんたちが近いって事ですか!?」

 「もしくは元お義母さんですね」

 「その表記は怖い」

 明らかに死を意識してるでしょ?

 「ああっ!! ついに先端が!!」

 「これはっ!?」

 なんと、穴から出てきたロープには地下潜行班の姿はありませんでした。
 お母さんも師匠もリーファちゃんもモグラさんも、ロープの先に繋がっていません!!

 「もしかして……途中で切れたんですか!?」

 そうなったら本当に大惨事ですよ。
 マントルまで直結している穴に落下し続けるって……助かる見込み、全然ないじゃないですか。

 「まだそうと決まったわけじゃないですよ千夏さん。
  もしかしたら途中で引っかかってるかもしれません。
  ほら、缶に入ったコーンポタージュのコーンみたいにへばり付いて」

 「生存者をそのしぶとい粒に例えるのはどうかと思うんですよね」

 「とにかく、お義母さんたちは生きてるかもしれないって事です!!」

 「……確かにそうですね。まだ諦めちゃダメですよね」

 そうです。こういう時こそ希望を持たないと。



 「……それじゃあ、私がこの穴の中に入ってお母さんたちを探してきます」

 「千夏さん!? それは危険です!!」

 「でも、誰かが行かないといけないし……それに、私みたいな小柄な人の方が狭い穴の中で機敏に動けるし」

 「そうかもしれませんけど……」

 「じゃあ雪女さんが行ってくれるんですか?」

 「すみませんね千夏さん。前に痛めた内臓が麗しくなくて……無理すると血が口から垂れてくるんですよね」

 「うん。すごく分かりやすい言い訳ありがとう。
  まあ初めから雪女さんには期待してなかったですから、別にどうでもいいですけどね」

 私は自分の胴にロープを巻きます。
 いつの間にか居なくなっていた女神さんは元より、
 雪女さんも黒服さんも加奈ちゃんも戦闘やなんかに向いているとは思えません。
 まだ空舞破天流を会得している私の方が一番強いですね。
 もしかしたらナマズ怪人と戦うかもしれない事を考えると、私以外の人たちは置いていく事にします。



 「ママー。カナも行きたいー」

 「加奈ちゃん……私はね、遊びに行くんじゃないんだよ?
  すっごく危険で怖い所に行くの。だから、絶対にダメ」

 「でもー」

 「加奈ちゃんはここで私の帰りを待ってて。
  お願い」

 「うぅー」

 納得はしていないようでしたが、加奈ちゃんは何とか了承してくれました。
 私の事を心配してくれての行動なら、素直に嬉しいです。



 「よし!! それじゃあ行ってきます!!
  私が合図をしたら引き上げてくださいね!!」

 「千夏さんお気をつけて……。
  怪我したら何にもならないんですからね」

 「人命の救助を優先するんだ。怪人の事は後回しでいい」

 「雪女さんに黒服さん……分かりました。
  しっかりと心に留めておきます」


 私は気を引き締めてマントルへと続く穴へ入って来ました。






 「カニ道楽がーーー」

 「千夏さん!? 潜行直後でいきなり何を見たんですか!?」

 秘密ですよ。






 10月13日 木曜日 「地震の原因」

 お母さんたちを救うためにマントルへと続いている穴に潜っていった私。
 命綱一本に守られて降りていくというのかかなり怖いですけども、
 もしかしたらお母さんたちが酷い目にあっているんじゃないかと思うと、
 自然と降りるスピードも速くなっていきます。

 おそらくお母さんたちが消息を絶った地点。
 そこに、ようやく私も達する事ができました。
 今までと同じただの穴の風景に見えますけども……

 「千夏さん。聞こえますかー?」

 無線機を通じて、地上にいる雪女さんの声が聞こえてきました。

 「ああ、雪女さんですか。ちゃんと聞こえてますよー」

 「そうですかぁ。今お義母さんたちが居なくなったあたりの深度ですよね?
  何か変わった所あります?」

 「いいえ……お母さんたちの姿も、何かの痕跡もありません」

 「そうですかぁ……」

 「……ところで雪女さん。私が穴に入ってから結構時間経ってる気がするんですけど、
  今までどうして連絡取ってくれなかったんですか?
  結構寂しかったんですけど?」

 「えーっと、それはですねぇ……私たちにも結構やる事がありましてーーー」

 「ゆきおんなさーん! 早くしないと、でぃかぷりお沈んじゃうよー?」

 「え!? ああ!? カナさん!?」

 「……なるほど。3時間超大作の映画を見ていたわけですね。
  私は命賭けてマントルに突入しようとしている時に」

 「べ、別に遊びじゃないですよ!!
  このタイタニックが終わったら『ザ・コア』っていう映画を観て、
  マントル突入のシミュレーションをしようと思って……」

 「当てになるかいそんなもん」

 結局ただ映画観たいだけじゃないですか。



 「それじゃあ私はこのままマントルへと向かう事にします。
  何かあったら連絡しますので」

 「はい分かりましたー。私たちも感動の場面になったら連絡します」

 「その報告はいらねえ」

 遊びでやってんじゃないっての。


 マントルへと潜っていく事3時間。
 なにやら周囲が暑くなってきました。
 おそらく地殻に近づいているからなんでしょうけど、風の通り道が全然無いので最悪の環境です。

 「へっくしゅん!!」

 「え!? くしゃみ!?」

 突然穴の先から聞こえてくる何者かのくしゃみ。
 その少し後に、突風とも言える衝撃波が私を襲いました。

 「うわああぁああぁぁ!!??
  なに!? 一体何が……」

 「千夏さん!? どうしたんですか!?」

 「ゆ、雪女さん……あのですね、くしゃみが私を襲って……」

 「花粉症ですか?」

 「こんな地下に花粉が舞ってるわけねーだろがい。
  ばかちんが」

 「そ、それよりですね! 今ここで地震が起きたんです!!」

 「え!? またですか!?」

 「ええ。それでかなりの部分が崩落して……黒服さんがその下敷きに」

 「加奈ちゃんは無事なんですよね?」

 「え、ええ」

 「じゃあいいです」

 「なんか酷いですよそれー!?
  私が潰れちゃってもそう言われそうで怖いです!!」

 まあ多分本当に言っちゃうと思いますけどね。


 「でもなんで急に地震が……」

 「へっくしゅん!!!」

 再び襲い掛かるくしゃみっぽい衝撃波。

 「ああ!! また地震が……」

 そして行われる雪女さんの地震報告。
 …………まさか。



 「雪女さん……あのですね、どうやらナマズ怪人は風邪をひいてるらしいんですけど……」

 「はい? なんですかそれ?」

 なんなんでしょうね?
 とりあえずルルをください。風邪薬のルル。






 10月14日 金曜日 「ナマズ怪人とのファーストコンタクト」


 「もしもーし……誰か居ませんかー?」

 おそらく穴の終着点……つまり、ナマズ社長補佐が居るであろう空間へとたどり着いた私。
 その手には風邪薬のルルがしっかりと握られています。
 ……いやね、ナマズさんの風邪を治すためにね。

 「あれ……? 誰も居ないんですかね?」

 少なくともお母さんたちが落ちてきているんじゃないかと思ってたんですけど……
 私の呼び声に応えてくれる人は居ません。
 おかしいなぁ……確かにこの穴は一本道だったはずだったから、
 途中で他の所に迷い込むなんて事できないはずだけど……。

 「誰かー……」

 「千夏っ!」

 「え!?」

 今確かにお母さんの声が聞こえたような……。

 「お母さん!? どこに居るんですか!?」

 「しっ! 馬鹿っ!! 声が大きいっての!!」

 「そういうお母さんも声が大きい……」

 「いいから! 黙って聞きなさい!! 正座して聞きなさい!!」

 「今宙ぶらりんの状態なんで正座は出来なかったりするんですけど?」

 「心で正座しなさい」

 また難解な注文を……。




 「千夏……今私はね、ナマズ怪人の腹の中に居るの」

 「ナマズ怪人の……!? 大丈夫なんですか!?」

 「静かにしてなさいっての!! ナマズ怪人が起きたらどうするのよ!!」

 「ご、ごめんなさい……」

 「とにかくね、私たちはあいつに食べられてしまったの。
  こう、カメレオンが蝿を食べるかのごとく」

 その例えは別にいりませんよ。

 「まあ今は一応無事なんだけど、私たちだっていつまで持つか分からないわ。
  だから、千夏に助けて欲しいの……」

 「シャークさんの腹を掻っ捌いたみたいにしろって事ですか?
  私は別に良いんですけど……その、ナマズ社長補佐の姿がまったく見えないんですが?
  これじゃ切りようが無いです」

 「それはね、ナマズ社長補佐がここの地層に擬態して……」

 『びぃっえっくしゅん!!!!』

 「うわぁ!?」

 急に地下の空間に響くくしゃみ。
 耳をつんざく様なそれは、まさしくナマズ社長補佐の物でした。



 「あーもう。季節の変わり目はこれだから嫌なのよねぇ。
  少し薄着で寝たら、すぐに風邪ひいちゃうんだもん。
  ご飯食べないといけないのは分かるんだけど、コンビニに行くのも面倒だしねぇ……。
  あーあ。一人暮らしの風邪ってなんでこうも悲しいのかしら」

 「あ、あああ、ああああ……」

 「ん? あらあら、お客さん?」

 「出たー!!!!」

 私の目の前に、ナマズ社長補佐が現れました。
 その大きさはまるで何かの特撮物の怪獣で……こんなの、まともに殴り合って勝てるわけがありません。

 「あわわわ……ど、どうすれば……」

 「あれ? もしかして敵? そういう事?」

 ナマズ怪人の方はまだ事態を把握していないようです。
 い、今がチャンスなのでしょうか?

 「えーっと、えーっと……し、新聞の勧誘の者で〜す……」

 しまった!!
 よりにもよって新聞の勧誘を装うだなんて!!
 新聞の勧誘員ほど主婦に煙たがられている存在は無いのにっ、
 ついついノリでこんな事をっ!!
 あのでっかい体躯で追い返されたらどうしよう……。


 「あら、新聞の人?
  へぇ〜……お茶でも飲んで行きます?」

 乗り切った!?
 どうやら怪人さんは寂しさのあまり新聞勧誘員でも話し相手になって欲しかったらしいですね。
 まあ当然ですけど。こんな所に誰か来るわけないし。





 「粗茶ですがどうぞ」

 「はぁ、どうもです」

 本当にお茶を出されてしまったじゃないですか。
 しかもナマズ怪人の大きさの関係ですっごいでかい湯のみを。
 この湯のみ……私の身長よりもでかいんですけど?
 どうやって飲めばいいんですか。

 「それであなたはどのような新聞を取り扱っているのですか?」

 「え!? ええっとですね……」

 やっべえ。そういえばそういう設定だった。
 もし私の嘘がばれたらどうなっちゃうんでしょうか?
 自分を退治しに来た刺客だと言うのが知られてしまったら……ブルブルッ。
 きっとお母さんたちみたいに食べられてしまいますよ。
 ここは何としても嘘を付き通せねば。

 「え〜っとですねぇ……ホンニャラビ新聞というのを取っていただきたくて、
  今日はここまでやってきました」

 マントルの近くまでやってくるような勧誘員なんて居るはずないですけどね。

 「へぇ。ホンニャラビ。
  あまり聞いた事の無い新聞なんですけど?」

 「えーっとですね、タイでは大人気の新聞なんです」

 「タイ? 日本の新聞じゃないんですか?」

 「え、ええ。その新聞の中でも一押しは四コマ漫画でしてね……」

 「新聞の癖して四コマ漫画が売りなんですか?」

 「よ、四コマ漫画だからと言ってばかにしてはいけませんよ!!
  いいですか? 私たちホンニャラビ新聞はオマケ程度の扱いだった四コマを全面的に押し出す事で、
  業界に新風を吹き込んだんですから!!」

 「そうだったんですかぁ。業界に新風を。
  例えばどんな事やったんです?」

 「えーっと、四コマ漫画一つで一面を使ったり……」

 「四コマ漫画で!?」

 「はいそうです……。四コマ漫画で……」

 うわぁ、なんか早くも嘘が限界に来てる感じなんですけど?
 四コマ漫画で一面使う新聞ってなんだよ。
 原稿落としちゃったから仕方なく穴埋めしたのかよ。


 「それはすごいですねぇ」

 信じちゃったー!!??

 「え、ええ……すごいでしょう?」

 どんだけ純粋なんですかこのナマズさんは。

 「後はどんな特別な新聞なんですか?」

 「えっとですねぇ……天気予報に2ページ使ってます。
  それと、毎回袋とじのグラビラが付いてきます」

 「それは凄いですね!! 話、もっと聞かせてください!!」

 もう勘弁してください……。
 嘘つくの、結構辛いんですけど………………。











 10月15日 土曜日 「殺害シチュー」

 「ええっとですねぇ、私たちの新聞はすっごくページが厚くてですねぇ、
  ギネスで世界一厚い新聞だと認定されているんです」

 「へぇー。そうなんですかぁ」

 「ええ、あまりにも厚すぎて広辞苑と勘違いする人が続出しちゃいまして、訴訟が起こされた事もあります。
  ついでにですね、アメリカでは防弾チョッキの代わりとしてしようされる事があり……」

 ナマズ社長補佐に嘘の売り込みを始める事数時間。
 いい加減辛いのですけども、このまま会話を止めるわけにはいきません。
 どうにかお母さんたちを助けて、そしてこの大怪人を倒す方法を考えているのですけど……
 全然思い浮かびません。本当にどうしよう。


 「それでそれで? どうなってるんですか?」

 「えーと、えーっと……」

 なんて好奇心に溢れる怪人なんですか。
 人がどれだけ嘘を吐くのを苦労しているかっ!!
 くっ……この状況をどうにかしないと。

 「ごほごほごほっ!」

 「あの……さっきから咳きが辛そうですけど、大丈夫ですか?」

 「え、ええ……やっぱり季節の変わり目に薄着しちゃいけませんよね」

 「このマントルに近い場所でもそれが関係あるのか良く分かりませんけど。
  ……でも辛いなら寝ていたらどうですか」

 「でもねぇ……」

 「そうだ! 私がご飯作ってあげますよ!! すんごく元気になるやつ!!」

 「本当ですか? それはありがたいんですけども……」

 何とかして時間稼がないと……。
 そのためには、苦手な料理だって頑張りますよ。





 「ええっとシチューの作り方は……」

 「大丈夫ですか?」

 「え、ええ。大丈夫です。大丈夫……」

 なんか久しぶりすぎて勝手が分からないっていうか……。

 (……はっ! そうだ!! この料理に毒かなんか盛ってやれば、直接戦わずに倒す事ができるかもしれません!!
  すごいよ私!! もう天才かも!!)

 「うふ、うふふふ……」

 「どうしたんですか?」

 「いえ! なんでもないです!!」

 やっべえ。顔にめちゃくちゃ表れてたじゃないですか。
 もう少しでばれる所だった……。

 (えっと毒……毒と)

 とりあえず周りを探してみましたが、毒になりそうな物は見つかりません。
 まあそうですよね。キッチンにそうそう毒物になりそうな物が置いてあるわけありません。
 取りあえずコショウと一味唐辛子をたくさん入れておく事にします。
 ほら、なんていうか、気持ち的に。



 「次は……この風邪薬のルルを入れて……。
  ってなんだか健康にしようとしてるみたいですね」

 飲みすぎれば毒という言葉を信じたいと思います。
 その他に私は、ジャガイモの芽とかわざと焦がして発がん性物質を入れたり……
 姑の嫌がらせレベルの毒を入れていきました。
 どうしよう。全然倒せそうにない。


 「はいどうぞ〜。千夏特性シチューモドキですよー」

 「わぁすごぉい♪ ……でもなんでモドキなんですか?」

 「シチューの作り方を良く分からない人間が作った、
  本当にこれがシチューなのかどうか分からない料理だから、
  シチューモドキです」

 「それはなんて食べるのが怖い料理なんでしょうか」

 「でもあれですよ。健康になれると思いますよ。
  スパイスが一杯入ってますし」

 スパイスすぎて普通の人の口には合わないと思いますけど。



 「それじゃあいただきまーす」

 「どうぞどうぞ。たんと召し上がってください。
  魂に染み入るように、飲み込んじゃってください」

 「もぐもぐもぐ…………げほげほっ!!」

 「やったか!?」

 私の料理を食べて咳き込みまくるナマズ怪人。
 しかしあれですね、料理が下手で助かったというか、ようやく役に立った技能だと言うか。

 「ごほごほっ!! ……はぁ、変なところに入っちゃいました」

 「味じゃないのか!? 味でそうなったんじゃないのか!?」

 「味ですか? すっごく美味しいシチューですよ?」

 「そんなっ!! 奇跡的な化学変化を起こしてしまうだなんて!!」

 私の才能が怖いです。
 っていうかこの場面ではそんな才能なんていらなかった。




 「でもコショウが利きすぎてて……ハックシュン!!」

 ナマズ怪人が大きなくしゃみをしました。
 それは大地を揺るがし、空気を激震させます。
 おそらく地上ではまたもや大地震が……。

 「きゃあああ!!」

 「うわあああ!?」

 「ええ!? お母さん!!??」

 なんとっ、ナマズさんの大クシャミの勢いのせいで、
 ナマズ怪人に食べられていたお母さんたちが飛び出してきました!!
 どこの童話だこの展開は。

 「千夏! 良くやったわ!!」

 「ああ……死ぬかと思った」

 「……いや、私はもう実際死んで……」

 「お母さんに師匠にモグラさん!! 良くぞご無事でっ!!」

 紆余曲折ありましたが、なんとかお母さんたちを救う事が出来ました。
 よし!! これから私たちの反撃が始まるのです!!







 「あっ、ご飯粒出ちゃった。パクリ」

 「きゃー!!」

 「また食べられちゃった!!??」

 それはご飯粒じゃないんですよナマズさん。










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