10月23日 日曜日 「VSカニ」

 「ぎにゃー!!!! お母さん助けてー!!!!」

 「あら、どうしたの千夏? すごい形相で部屋から降りてきたりなんかして。
  まるで化け物が出たみたいに……」

 「化け物じゃないですけどっ、カニが出たんですよ!! 部屋に!!」

 「部屋にカニ? 千夏の部屋はどれだけ潮騒の香りがするって言うのよ」

 「知らないよ!! 起きてみたら、目の前にでっかいカニが居たんだよ!!
  そして、そいつはハサミで私の鼻を……っ!!」

 「それはまた貴重な経験をしたわね。
  鼻をカニに挟まれるなんて経験、そんじょそこらのベタな漫画でも出来ないわよ」

 「ぜんっぜん嬉しくない」

 どれだけ痛いか分かってないでしょ?
 あいつら、結構力強いんですよ?



 「とにかくっ! あのカニをどうにかしてくださいよ!!
  っていうか何で私の部屋にカニが湧くの!?
  どういう原理で自然発生するの!?」

 「さぁ……? もしかしたらどこかの家庭が夕飯にカニ鍋を食べようとしていたのだけど、
  日常の家事をこなしている間に新鮮な生きたカニから目を離してしまって、
  思わず逃がしてしまう事になってしまったのかもね♪」

 「なんだよその事細やかに説明されたカニの存在理由は!!
  まるで見たかのように……っていうか、あんたが原因かっ!!
  あんたがカニを逃がしたのか!?」

 「はて……? 何のことやら」

 「とぼけるなー!!!!」

 あんなでっかい恐ろしい奴を放し飼いにするなんて、何考えてるんですかー!!






 「まあとにかく落ち着きなさい。今夜はカニ鍋よ?」

 「ええ。そうらしいですね。私の鼻を挟んだカニが食卓に並ぶみたいですね」

 あいつに復讐できるかと思うとすっごく嬉しいですよ。

 「だから、夕食まであのカニさんを見張っててくれない?」

 「えー!? 嫌ですよー!!」

 「もしやってくれたら、一番美味しい所をあげるから」

 「くっ……」

 カニかぁ……美味しいだろうなぁ。
 お腹一杯食べたいなぁ……。

 「…………分かりました。見張ります」

 「やったぁ! ありがとね千夏」

 ちくしょう……ご飯で釣るなんて卑怯ですよぉ。




 (たすけてー)

 「さあこっち見ろやカニッ!! さっさとそのパソコンから離れなさい!!」

 お母さんに散々文句言った後にカニのいる私の部屋へと戻ってきてみますと、
 カニさんは足長おじさんの脳が入ったパソコンの上でくつろいでました。
 こりゃあ酷い。

 (いやぁ! カニの奴が!! ぶくぶくと泡をっ!!
  精密機械である俺に泡をっ!!)

 「ちょ、ちょっとの間我慢しといてください!!
  今すぐ退治してあげますから!!」

 さすがに可哀想なので、助けてあげる事にします。
 しかし相手は戦闘能力に長けているカニ……こちからから仕掛けるわけにも……。

 「そうだっ!! 確かここに、リーファちゃんが持ち込んだマシンガンが……」

 (マシンガンでカニを仕留めるつもりなのか!?
  流れ弾が俺に当たったらどうするんだ!?)

 「そん時はドンマイって事で……」

 (ちょっと待てよ!! どんまいじゃ済まされねえって!!
  っていうかカニを殺るのにマシンガンはやりすぎだろ!?)

 「でも素手で触るのも嫌なんで……」

 (そこはちょっとだけ我慢してよ!!)

 うるさいですね。乙女にとっては節足動物のような異形の存在は天敵なんですよ。
 やすやすと触れるわけ無いじゃないですか。

 (マシンガンはっ! マシンガンだけは勘弁っ!!)

 「むーっ。仕方ないですねぇ……」

 えーっと、何か他に武器は……おっ。ありましたありました。


 (……それは何ですか千夏さん?)

 「ボウガンです」

 (もうちょっと威力が低めの奴でお願いします)

 そんな、わがままな。






 「千夏ー。カニさんはどう? ちゃんと見張ってる?」

 「えーっと……ですね。こうなっちゃいました」

 「え? ……なんでカニさんが焼き蟹になってるの?
  カニ鍋にするはずだったのに、なんでその前に焼かれちゃってるの?」

 「火炎放射器がですね……」

 「火炎放射器!?」

 食べれるんだから別にいいじゃないですか。
 あんまり、気にしないでください。








 10月24日 月曜日 「トイレでの会談」

 拝啓皆様。
 この過ごしやすい秋の日々、どうお過ごしでしょうか。
 私? 私ですか?
 えーっと、私はですねぇ……。

 「千夏ー!! 出て来いやー!!」

 「……」

 クラスメイト、もといイジメっ子と一緒に廊下を走っております。
 いやね、ただ単に追いかけられているだけなんだけどね。
 ……なんで追いかけられてるんでしょね。

 「はあはあはあ……ちくしょう! わんぱく小学生どもが!!
  走り回る元気ありすぎですよ!! 現代っ子らしく教室でじっとしてればいいのにっ!!」

 もういい加減疲れてきたんですけど……。
 どこか身を隠せる場所は……あそこだ!!

 私は近くにあった女子トイレへと入っていきました。
 そして、個室に入って鍵をかけます。
 こうすれば少しは時間を隠せるでしょう。




 「あー疲れた。もうこんな生活嫌だよ……」

 「大変そうですけど、どうかしたんですか?」

 私が個室内で愚痴ると、何故か隣の方から居酒屋で一緒になったサラリーマンの馴れ合い的な言葉が聞こえてきました。
 なんですか。この少し心安らぐ素敵な交流は。

 「ええ。まあいろいろとありまして……」

 しまった。私も中年サラリーマン的な感じで答えてしまった。
 このままだといつビールを注がれるか分かったもんじゃない展開ですね。

 「……もしかして、誰かから逃げているとか?」

 「ありゃ? 分かっちゃいましたか?」

 「ええ。何だか誰かを探すような声が聞こえてきましたので」

 確かに。トイレの外からイジメっ子たちの罵声の様な物が聞こえてきました。
 いい加減諦めてくださいよ。最近の子は忍耐力が無いって言う癖に、
 なんでこんな事に関しては粘っこさを発揮するんですか。

 「本当に大変そうですねぇ……」

 「あなた、この辛さを分かってくれますか……嬉しいですよホント」

 「いやぁ、私も同じような立場なもので」

 「そうなんですか?」

 どこのどなたか知りませんが、隣のトイレに入ってる人は私と同じ境遇のようです。
 なんだか親近感が湧きますね。
 同じ穴のムジナって言うのはこういう事を言うのかもしれません。
 というよりも、同じトイレのムジナって言った方が良いのかもしれませんけど。




 「私、よく変な奴に付け狙われてましてね」

 「え!? もしかしてそれってストーカーですか!?」

 「そんなものですよ。しかも性質が悪い事にね、相手は私の命を狙ってるんですよ」

 「命!? それってかなり危ない方のストーカーじゃないですか!!
  警察に言った方がいいですよ!!」

 「警察はダメなんです」

 「どうして!? もしかして、相手は警察の偉い人の息子とかそういう関係で!?」

 「いいえ……相手はですね、素手で戦車を叩き割れるんです」

 「へぇ…………それは確かに警察では無理ですね。自衛隊でも危ないですし」

 っていうか、素手で戦車を叩き割れる人はウチの死んだおばあちゃんぐらいしか知らなかったんですけど、
 他にも出来る人居たんですね。
 世の中って広いなぁ。


 「私、捕まっちゃったら多分叩き割られてしまうんでしょうね。
  ゲンコツせんべいみたいに」

 「それは悲惨極まりないですね……」

 「ええ。よりにもよって叩き割られる死に方というのはないですよね。
  酷い話ですよ」

 「頑張ってくださいね。私、陰ながら応援していますので」

 「陰ながらですか」

 「いくらなんでも戦車を叩き割る相手に真正面から立ち向かう勇気はありませんよ」

 というか私だってイジメやなんかで大変なんだから、
 他人のために勇気を使ってる余裕なんて無いんです。
 応援だけで勘弁してください。




 「もし良かったらそのストーカーの特徴を教えてくれませんか?
  見かけたら通報するぐらいの事はできますので」

 「えっとですね……アイツの特徴的な所は……耳!! 耳がすっごい特徴的なんです!!」

 「へぇー。どんな風に特徴的なんですか?」

 「実は相手はウサ耳でしてね……」

 「へぇ……ウサ耳…………」

 なんていうか、そんな人私の身の回りでは一人しか知らなかったりするんですけど?
 …………もしかして、ストーカーってウサギさん?
 でもウサギさんがそんなことするわけ……って、ああ!!

 「あなた!! もしかして大妖怪!?」

 ウサギさんが追っている人物というのは、あのにっくき大妖怪しか思いつきません!!
 ここに隠れてたんですか!!




 「…………ナンノコトカナー?」

 「微妙な感じで誤魔化すなよ」







 10月25日 火曜日 「大妖怪の生息地」

 「ウサギさん。大妖怪、見つかりましたか?」

 算数の授業の分からなった所を聞くという名目で、私は今職員室に居ます。
 本当の理由はウサギさんに会うため。
 昨日見た大妖怪の事が気になったんです。

 「いや……この学校の中をくまなく探してるんだけどな……。
  なかなか見つからないんだよ」

 「そうですか……。私もですね、昨日大妖怪らしき人物がトイレに入っていたのを見つけたんですけども、
  逃げられてしましたよ」

 「やっぱり相手は強力な幻術を使うからな。自分の姿を隠す事ぐらい朝飯前らしい。
  探索技術が素人の俺たちに、やすやすと見つかる奴じゃないって事か」

 「そうなんですかねぇ……」

 この学校に今も大妖怪が居ると思うと、安心して授業を受ける事が出来ませんよ。
 あまりにも不安すぎて、国語の授業の時とかにぐっすり寝てしまいます。
 …………あまり関係ないですか。




 「そうだ!! 私と一緒に、何となく妖怪が隠れていそうな場所をピックアップしていきませんか?
  そこを中心的に張り込めば、いつかきっと見つける事が出来るかも!!!」

 「うん……確かにそうかもな。いいアイディアかもしれない」

 「そうですよね!!」

 まあぶっちゃけあまり意味が無いと思いますけど、ウサギさんと一緒に居れる時間が大切だったりするので
 あまり気にしないです。



 「っていうか、大妖怪の行きそうな場所ってどこなんだ?」

 「さあ……? 妖怪の生態なんて良く分からないですし。
  ……そうだっ!! 雪女さんが行きそうな所を上げていけばいいんじゃないですか!?」

 「例えば?」

 「棚と壁の隙間とか」

 「居ないだろ。そんな所に妖怪は」

 「でも雪女さんはよく挟まってますよ?」

 「……なんで?」

 知りませんよ。趣味なんじゃないですか?


 「……まあ、一応棚と壁の隙間も調べてみるよ」

 「そうしてください」

 「じゃあ次はどこかある?」

 「んー…………冷蔵庫の下の方とか」

 「ゴキブリかよ。千夏にとっての妖怪って」

 「でも実際雪女さんは……」

 「なんで?」

 知らないですってば。



 「他には何かある? ゴキブリじゃなくて普通の人間が隠れられそうな所」

 「ゴキブリホイホ…………えっとですね、他に隠れられる所は……」

 「今ゴキブリホイホイって言おうとしただろ?
  やっぱりゴキブリだと思ってたんだろ?」

 「そんな事ないですよ。断言します」

 「どうどうと嘘をつけるその度胸は何だ」

 「えーっとですねぇ……体育倉庫とかどうでしょうか?
  あそこにはあまり人が入らないですし、隠れるのにはちょうどいいと思うんですけど」

 「なるほど。確かにそこには居るかもしれない。さっそく探してみるよ。
  ありがとうな千夏」

 「お役に立てて嬉しいです」

 大妖怪が見つかって、この学校が平和になる事を心の底から祈っておりますよ。
 期待のあまり、社会の時間にぐっすり寝てしまうぐらいにね。



 ………………あまり関係ないですか。






 10月26日 水曜日 「騒音」

 『ドガガガガガッッッッ!!!!』

 「……」

  『ドガガガガガッッッッ!!!!』

 「……」

 『ドガガガガガッッッ……』

 「……あーっもう!! うっさい!! 何なんですかこの音はっ!?」

 学校から帰ってきてゆったりとテレビを見ようと思っていた私。
 思う存分その憩いの時間を楽しもうと思っていたのですけども、
 何故か家の中には爆音と表現してもいい騒音が満ちておりました。
 これじゃあ全然くつろげない。
 別に興味の無いニュースを見ながらポテチ食べる楽しさが半減します。



 「お母さん!! 何この音!? 洗濯機か何か!?」

 「ウチの洗濯機は岩盤を削岩機で削るような音はしないわよ」

 「じゃあ何なんですかこの騒音の原因は」

 「改装作業してるのよ。ウチの」

 「ああ。そういう事なんですか……」

 確かにこのままミサイルが突き刺さったままで居るわけにはいかないと思いますけど……
 それでも、なんとかもうちょっと音を控えて貰えませんかね?
 家族内で騒音裁判起こしたくないんですよね。




 「まあ一週間ぐらいで終わると思うから、それまで我慢してちょうだい」

 「一週間もかかるんですか……はぁ、気が滅入るなぁ」

 まあやらないわけにはいかない工事ですし、文句は言わない事にします。
 煮干しでも食べて、カルシウムでも補給しとかないといけませんね。
 多分、この一週間は我慢し続けなければいけないだろうし。




 『ドガガガガガガッッッッ!!!!』

 「我慢我慢……」

 『ドガガガガガガッッッッ!!!!』

 「我慢、我慢……」

 『ドガガガガガガッッッッ!!!!』

 「……」

 あーあ。こんな時にバズーカか何かあったらなぁ。
 いろいろ吹き飛ばして、スッキリしちゃうのに。
 例えばリーファちゃんとか、吹き飛ばして……

 ……はっ!? 今すっごく暗黒面的な思考に囚われてましたよね!?
 早くもカルシウムが切れ気味になってましたよね!?
 この調子で大丈夫なんでしょうか……。




 『ドガガガガガガッッッッ!!!!』

 「あーもうっ……本当にこの調子で一週間過ごさなきゃいけないんですか?
  もう嫌だよぉ……。頭ん中に反響してるこの音をどうにかしてよぉ」

 『ドッガンドッガンドッガン!!!!』

 「あー。なんか騒音にリズム感が生まれたように聞こえる。
  こりゃダメだー。もう末期だー」

 『ドッガガドッガガドッガガ!!!!』

 「おうこりゃ拙い。リズムにバリエーションが増えた感じに聞こえる。
  そんなわけないのにね。私の頭、どうしちゃったんだろうね」

 『ドッガガッガドッガガッガコンニチワードッガガッガ!!!!』

 「あああ!! 気のせいか騒音の中にこんにちはと聞こえてた気がするー!!
  どうしよう!! 私、もうダメだ!!」

 「ち、千夏お姉さま……? 何頭抱えて叫んでるんですか?」

 「ああ……リーファちゃん。あのですね、騒音にこんにちはされてしまいましたんです」

 「……頭、大丈夫ですか?」

 多分ダメです。






 10月27日 木曜日 「我が家の自動販売機」

 「……」

 「オハヨウゴザイマス」

 「……」

 「オハヨウゴザイマス」

 「……」

 「オハヨウゴザイマス」

 「……」

 「千夏さん? どうしたんですか? そんな所に突っ立っちゃって」

 「ああ、雪女さんですか。いや、あのですね、改装中の我が家に変な物を見つけてしまいまして
  ……対処に困ってるんです」

 「変な物」

 「これですよ」

 「オハヨウゴザイマス」

 「まあ。なんて素敵な自動販売機」

 「もうちょっと疑問持とうよ!! そして頑張って突っ込もうよ!!
  例えボケ担当の雪女さんだとしても!!」

 えらく簡単に受け入れてしまう人ですね。
 そういう柔軟性は素直に評価いたしますけども。



 「でも自販機なんてよく見るものじゃないですか。
  別に変じゃないと思います」

 「現実逃避してるだけかと思ったら、本当におかしな所に気付いてなかったんですか。
  あのですね、自販機をよく見かけるのは、それが街中の歩道だからでしょ?
  家の中に自販機があるのはおかしいでしょ?」

 「そうですか? でも病院とかの中にも自販機が……」

 「ウチは一般家庭ですよ!? そんなお客さんがいっぱい来るような所じゃないのに、
  自販機を備え付けるというのがおかしいんですっ!!」

 「これも改装の一つじゃないんですか?」

 「どういう改装なんですかこれは……。
  ウチをコンビニでもするつもり?」

 「ああ! それ良いじゃないですか。メイド喫茶と旅館の次はコンビニなわけですね」

 「ちょっと乗り気にならないでよ」

 また家を改装して商売始めるつもりなんですか……。
 ああいうのってギャンブルみたいな危険性を孕んでいるから、あんまりやって欲しくないんですよ。
 一歩間違えば一家心中コースだし。




 「所で……その自販機、どんなジュースを売ってるんですか?」

 「そういう所気にしちゃうんだ? もっと他にいろいろ言うべき場所があると思うのに?」

 「やっぱりお金を払う物ですから。商品に気を使って欲しいんですよ。
  当たり前の消費者の気持ちです」

 「そこまで力説されてしまうと何も言えなくなってしまいますけど……」

 さすが主婦妖怪というかなんというか。

 「それで、商品はどんな物があるんです?」

 「えーっと……コーンポタージュとかおしることか、飲みにくい奴が一通り揃ってますね」

 「へぇ。変わった品揃えですね」

 「変わったっていうか、夏にが絶対に飲みたくない物が多すぎですけどね」

 「でもこのウチらしい自動販売機だと思いますよ?」

 「嫌なこの家らしさだな」

 「あれ……? なんでしょうかこのジュース?
  見たこと無いラベルですけど」

 「あ……本当ですね。すっごい珍しいそうです」

 全身真っ黒の缶。ジュースの品名も何も描かれていないそれは、不気味以外の何物でもありませんでした。
 こんなの一体誰が飲みたいと思うんですか。
 どう見たってやばすぎですよ。



 「私……飲んで見たいかも」

 「雪女さん!? なんでこんな所でチャレンジング魂を!?」

 「だって……真っ黒なんですよ? どう考えても怪しいじゃないですか。
  いい事になるわけ全然無いじゃないですか。
  だからこそ……冒険心が刺激されるんです」

 「そんなキャラじゃないじゃん!! 危ない事があったら木の陰から見守るような存在じゃんか雪女さんは!!」

 「私を馬鹿にしないでください。こう見えても……簿記3級ですよ?」

 「知らんがな」

 こんな所で資格を披露されても。
 というか資格持ってたんかい。



 「私……買ってみます!!」

 「そんな勇気とお金はもっと他の所に使いなさいよ……」

 何故かやる気になった雪女さんは、150円を自動販売機に入れてしまいました。
 なんていうかお祭りとか映画館仕様の値段設定がすごくムカつきます。

 「ゴクゴクゴク……」

 「雪女さん……大丈夫ですか? 毒だったり、そういう物じゃないんですか?」

 「……なんていうか、この味は……ライ麦パンのような味が」

 「ジュースとしては全然美味しくない部類の味でしょそれは」

 「……僅かに感じるストロベリーの甘さが…………ウッ!!」

 「雪女さん!? どうしたんですか!? やっぱり毒が入ってたとか!?
  でも安心してくださいねっ!! 葬式は密葬でやってあげますから!!」

 「少し苦しんだだけで葬式の話が出てしまうなんて、まったく愛を感じな……うわぁー!!」

 「きゃああ!!」

 黒いジュースを飲んだ雪女さんから、何故かよく分からないオーラが出て吹き飛ばされてしまいました。
 何の力を引き出されてしまったんですか雪女さん。



 「雪女さん!? その金色のオーラは何!?」
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 「……ふはははは!!! どうやら最強の戦闘種族に進化してしまったらしいですね。
  身体中に力が溢れてきますよ」

 「どんなサイヤ人だよあんたは」

 「今なら地球だって割る事が出来そうな気がします」

 「ゆ、雪女さん!? 早まらないでくださいね!?」

 「あーっはっはっはっは!! 力を使いたくて我慢できないぜ!!」

 あのジュースには戦闘本能を刺激する何かがあるのか、雪女さんは迷うことなく地球に鉄拳を打ち込みました。
 雪女さんの拳で廊下の板が捲れ、爆発したような衝撃が家を揺らします。
 改装途中だと言うのに、なんて事してくれるんですか。

 「雪女さん!! やめなさいって!!」

 「俺を止めれるもんなら止めてみやがれぇ!!」

 「無理ですよ。なんか強そうだし」

 「やる前から諦めるなよなぁ!!」

 なんか無駄に熱い人になっちゃいましたね。
 あの黒いジュースは面倒くさい効能を持っているという事だけは良く分かりました。


 「よし! 今からこの力で世界を征服して……」

 なにやら物騒な野望を口にした雪女さんのオーラが、急に霞んで消えてなくなりました。
 ジュースの効果はすぐに消えてしまうらしいですね。

 「……あれ? 私、何かすごい事してませんでしたか?」

 「まあすごいと言えばすごかったですけど、すんごく迷惑な事をしでかしては居ました」

 「そんな……私、おしとやかで通してたのに」

 「そういう印象はあまり持ってませんでしたよ。
  まあそんな事は置いといて、この自販機は封印させてもらいますね」

 お母さんやリーファちゃんみたいな人たちが飲んだら本当に大変な事になりそうなので。






 10月28日 金曜日 「箸の使い方」

 それは、今日の夕食での事でした。


 「……千夏ってさ、結構箸の使い方悪いよね」

 お母さんにそんな事を言われてしまいました。

 「なんですかいきなり」

 「いや……その湯豆腐を崩しまくっている千夏の箸使いを見たらこう言い表せぬ感情が溢れてきてね」

 「いいじゃないですか別に。放って置いてくださいよ」

 「いいや。放っておけないね。母親として、あなたの箸使いは放っておけないね」

 なんでこういうどうでもいい事だけ親としての使命感に燃えるんですか。
 もうちょっと他の部分で親らしく振舞ってくださいよ。



 「別にいいじゃないですか。箸の使い方なんて。こうやってきちんと食べれているんだし」

 「ちゃんと食べれている? 何言ってんのよ! あなたの湯豆腐さんを見てみなさい!!
  まるで高層マンションの屋上から飛び降りた人みたいにぐちゃぐちゃになってるでしょ!!
  そんな食べ方してたら、絶対に美味しくないね!!」

 「食事時にそんなグロテスクな表現をされる方が美味しく食べれませんよ」

 「とにかくっ! あなたの食べ方は湯豆腐さんに失礼だわ!!
  あなたの湯豆腐は、そんな風に食べられるために生まれてきたんじゃないと嘆いているわ!!」

 「湯豆腐の気持ちを代弁されても……」

 「私が箸の使い方を一から教えてあげる。そうして千夏を、世界一の箸マスターに育ててあげるわ」

 「そんな児童向けアニメに出てきそうな微妙なラインの称号は、目的としていりません」

 「箸マスターになったら、飛んでいる蝿を箸で挟むことができるのよ?」

 「それは箸マスターとは言わない。どこかの剣豪だ」







 「それではこれから、千夏の箸使い訓練プログラムを開始いたします」

 「えー。なんか本腰入れてるのが信じられない。
  もうちょっと手抜きで行こうよ」

 「ここで手を抜いたらダメでしょ。私はやる時はいつでも本気なんだからね!」

 「長所だと思ってたんですけど、それって実は短所だったんですね。
  今、すっごくそれを実感してる」

 「この育成プログラムは、足長おじさんのスーパーコンピュータっぷりを使って作られた物です。
  シミュレーションの結果では、たった3時間であなたを箸マスターにする事が出来るわ!!」

 「スーパーコンピュータを無駄遣いしないでください。
  っていうか、3時間もやるんですか……」

 はやくもギブアップしたくて堪りませんよ。


 「さあ! ではこの大豆100個を、隣の皿に全て移し変えてください!
  もちろん箸を使ってね」

 「うわぁー。思ったより地味。大豆という所が、地味さに拍車を掛けている」

 「文句言わずにやるの!!」

 「はいはい……。ったく、こんな事させて楽しいんですかね……」



 案の定、これから行われる訓練はすんごく地味で楽しくない物で、
 おそらく見ている皆さんはもっと楽しくないだろう事が簡単に予想できました。
 なので、これからはダイジェストでお送りいたします。


 訓練プログラム2:腕力UP

 「千夏ー!! 手があがってないわよ!! しっかりしなさい!!」

 「箸使いを直すのにっ、なんで手に錘を付ける必要があるんですか!?」



 訓練プログラム3:俊敏性UP

 「さあ! この至る所から飛んでくるバレーボールを全て避けるのよ!!」

 「どこのバラエティ番組の罰ゲームなんですかこれはっ!!」



 訓練プログラム4:忍耐力UP

 「このあっついおでんを……」

 「意味ないじゃん!! おでん食べても箸使いには意味あるわけないじゃん!!」







 訓練プログラム終了:

 「よく地獄の訓練に耐え切ったわね千夏。これであなたは箸マスターを名乗る事ができるわ!!
  免許皆伝よ!!」

 「一生名乗りませんけどね。箸マスターなんて」

 なんていうかすごく無駄な3時間を過ごした感じです。
 こんな技術、別に要らない……


 「ああー! 千夏お姉さま危ない!!
  私が思わず手を滑らせて引き金を引いてしまった銃から打ち出された弾が、
  千夏お姉さまを襲うっ!!」

 「すごい説明口調な攻撃説明だー!! ってうわーっ!!」

 私の方に飛んでくる銃弾。明らかに事故じゃないそれは、私を死に追いやる凶弾に……。

 『ガキィン!!』

 「…………あれ?」

 「そんなっ!? 千夏お姉さまが箸で、銃弾を掴んでいる!!」

 「思わず掴んじゃいました」

 なるほど。箸マスターともなれば、飛んでくる銃弾を箸で掴むことぐらい朝飯前って事ですね。
 さすが箸マスター。さすが日本の誇る箸。




 「…………って、んなわけあるかぁ!!!!」

 なんにせよ助かって良かったです。







 10月29日 土曜日 「コレクター同士の舌戦」

 「千夏さ〜ん」

 「ん? どうかしたんですか雪女さん」

 「えへへー♪ 見てくださいよコレ。可愛いと思いませんか?」

 「……何これ?」

 「携帯用の鳥居ですっ!」

 「わー。なんて斬新な言葉ぁ」

 なんだよ携帯用の鳥居って。
 鳥居を携帯してどうするんだ。


 「……なんなんですかそれ?」

 「だから、携帯用の鳥居です」

 「基本的な部分がずれてるんですよね。
  なんで、鳥居を携帯する必要があるのかな?」

 「携帯用の神社だけじゃ心もとないからだと思いますよ?」

 「携帯用の神社ってあるんですか!?」

 なんなんだ? どういう感じのシリーズなんだ?
 流行ってるの?




 「最近ね、ミニチュアサイズの建物が流行してるんです」

 「へー。そんな流行初めて聞きましたよ」

 「流行って言ってもマイブームですから」

 「ああ、なるほどね……。しかしまた奇妙なマイブームを始めましたね」

 「すごいでしょー? 集めたくなるでしょー?」

 「……ええ。そうですね」

 「うわー。相槌なのが丸分かりー」

 「一応興味を示しただけマシだと思ってくださいよ。
  それはさておき、一体どこでそんなものを買ってるんですか。
  はっきり言わせて貰いますと、無駄遣い以外のなんでもないと思います」

 「相変わらず手厳しいですねぇ千夏さんは……」

 「だってこんな役に立たない物集めてどうするんですか。
  あれですか? ジオラマみたいな感じで街作って、そこを踏み潰して歩いてゴジラごっこするんですか?
  そういう事は東映の人がやるだけで十分だと思います」

 「すっごい言い方しますね……。
  千夏さんだって絵本集めてたじゃないですか。
  絵本なんて役に立たない物の代名詞でしょ?」

 「別に代名詞じゃないですよ。
  それに、石油燃料が無くなったら燃料として使えますし。
  私は未来を見越したコレクションをしているんです」

 「燃やしちゃうんですか。自分のコレクションなのに」

 もしもの時はって事ですよ。





 「まあ千夏さんさんの言いたい事は分かります。
  でもですね、これはちゃんと役に立ちますよ」

 「へぇー。鈍器とか? そういう感じで使うの?」

 「違いますよ! そんなサスペンスまがいの感じで使用しませんっ!!」

 そりゃ残念。

 「急に神様に拝みたくなったときとか、必要になるじゃないですか。
  携帯用の神社と鳥居」

 「あなたは急に神様に拝みたくなったりするんですか。
  妖怪の癖して」

 「週3の割合で」

 「結構多いな」

 信心深い妖怪って初めて聞きましたよ。
 妖怪と神様は敵対してるもんだとばかり思ってた。





 「どうです? 千夏さん。やっぱりこの鳥居はすごいでしょう?」

 「全然ダメですね。これなら私の絵本たちの方がもっとすごいです」

 「えー? どこがー? あんなの、ただの幼児向けの本じゃないですか」

 「馬鹿言っちゃいけませんよ。いいですか?
  絵本って言うのはですね、絵と簡潔な文で世界観を表現する一種の芸術作品なんです。
  簡素かつ深いテーマは、万人に染み渡るメッセージとして読者に届き、
  そして突き詰めていけば哲学に似た思想を展開できるんですよ。
  言ってしまえば、絵本というのは思想と倫理と道徳の宝箱でして、それが他者に与える影響は……」

 「へいへいー。すごいですねー」

 「ちょっと雪女さんっ!! 私の話をちゃんと聞いてくださいよ!!
  私はちゃんと我慢して、雪女さんの話を聞いてあげたんですよ!?」

 「だってですねー。千夏さんの話長いんですもん。
  小料理屋で一緒に居た友人の料理が先に着て、
  食べ始めている相手を見ながら自分の料理を待っている時間よりも長いです」

 「その説明が一番長ったらしいわ」

 「そんな事ないですっ!!」

 「いいやっ!! すっごく長いねっ!!」

 くだらない事でケンカしあう私たち。
 元はといえば雪女さんが悪いんです。


 「それにですねー。どうせ千夏さんの絵本の話なんて聞いても何かが得られるわけでもないしー」

 「そんな事言ったら、あなたのミニチュア神社の話だって何も得られませんよ!!」

 「何を言ってるんですか!! 神を尊く思う気持ちを理解する事が出来たはずです!!」

 「いいや! そんな事無いねっ!! っていうか私、神様嫌いだしっ!!」

 「なんで!? なんで神様嫌いなんですか!?」

 「ニーチェさんに殺されたからだよ!!」

 「ニーチェさん酷い!!」

 なんか話が変な方向に飛んできちゃいましたね……。









過去の日記