10月30日 日曜日 「ハロウィン前夜」

 それはお母さんとサザエさんを見て、ああ、休日ももう終わりねぇと和んでいた時の事でした。

 「きゃー! きゃー!!」

 「ん……? なんだろあの悲鳴」

 「雪女ちゃんの物みたいね。ゴキブリでも出たのかしら」

 「へぇー。まああの人の事はどうでもいいですけどね」

 「あなたたち、まだケンカしてたの?
  いい加減に仲直りしなさいよ」

 「嫌ですよーだ。だってですね、私の絵本コレクションを馬鹿にしたんですよ?
  小さい鳥居を集めてる癖に」

 「あなただって雪女さんのコレクションを馬鹿にしてるじゃない。
  これじゃあ五十歩百歩よ」

 「例え五十歩の差でも、私の方が正しいんですよ」

 「また屁理屈を……」

 人の人生には、決して曲げてはいけない信念という物があるのです。




 「きゃーきゃー!! ハッピーハロウィン!! ハッピーハロウィン!!」

 よく訳の分からない奇声をあげながら、雪女さんが居間に突入してきました。
 どうしたんですか一体。頭をどこかにぶつけたんですか。

 「どうしたの雪女ちゃん?」

 「ハロウィンがーハロウィンがー」

 「カボチャ祭りは明日だったと思うけど、それがどうかした?」

 カボチャ祭りって言い方はどうなんですかお母さん。
 ハロウィンって、外国のお盆みたいな物でしょ?

 「あわ、あわわわ……わ、私、とんでもない物を見つけてしまいました」

 「とんでもない物……? 何?」

 「死体ですよ死体!! 死体を見つけちゃったんです!!」

 「死体ですって!? なんでそんなサスペンス的な事やっちゃってるんですか!!」

 これ以上面倒を持ち込まないで欲しいんですけど?


 「宝物を埋めようとしてこの家の庭を掘ってたらですね、埋められている白骨死体が……」

 「宝物を埋めようと地面を掘るって、あなたは犬か何かですか」

 えらく原始的な本能に従って動いてる人ですね。

 「でもウチの庭に何で死体が……」

 「お母さん。忘れちゃったんですか?
  私たちの庭には以前立てこもりしたアウグムビッシュム族のテロリストの死体が埋まってたじゃないですか」

 「そう言えばそんな事もあったわねぇ。懐かしいわぁ」

 「まるでいい思い出でしたねって感じに語るのは止めてくれますか?
  死体の遺棄は明らかに刑法違反だから」

 「それを雪女ちゃんは掘り起こしてしまったわけね。
  カボチャ祭りの前になんて事を……」

 「え!? ハロウィン前に掘り起こしちゃダメなんですか!?」

 ハロウィン前だろうがなんだろうが、死体を掘り起こしちゃダメでしょ。

 「ハロウィン前に掘り起こされた死体はね、ハロウィンの時にゾンビとして復活するのよ!!
  そして、掘り起こした者を襲うのよ!!」

 「そ、そうだったんですかー!?」

 そんなバイオハザード聞いた事ありませんよ。
 やっぱり雪女さんは日本の妖怪のだから、海外の祭り事に詳しくないですかね。
 思いっきり信じてるみたいだし。



 「どどどど、どうしましょうか!? 私、ゾンビ怖いです!!」

 妖怪の癖してゾンビ怖いんですかあなたは。

 「ゾンビにしない方法はいくつかあるわ」

 「本当ですか!? それってどうやるんです!?」

 「まず三回まわってワンって鳴いてみて」

 「くるくるくるワンッ!!」

 「躊躇い無さすぎ!!」

 どれだけ怖いんだよ。

 「これでオッケーですか!? 大丈夫ですか!?」

 「まだよ。今のは魔よけのまじないだもの。まだ供養が済んでないわ」

 「供養はどうやってやるんです!?」

 「まずね、これから一ヶ月間私の代わりに全ての家事をやって……」

 お母さん。雪女さんに嘘ついて楽する気満々じゃないですか。
 そんな事やってると本当に死体に呪われてしまいますよ。





 10月31日 月曜日 「ハロウィン大戦」

 「はーい♪ これが今日の晩ご飯よー♪
  たーんと食べなさいねー」

 「わーい♪ 生きてて唯一の楽しみである夕食だー!!
  もうこのために生きてるって言っても過言ではないね!!」

 「千夏ったらもう。えらく寂しい人生送ってるのね♪」

 気にしないであげてください。

 「おーっ。なんだか今日の晩ご飯はとっても美味しそうですねぇ。
  っていうかカボチャが多い気がするんですけど、気のせいですか?」

 「まあね。だって今日はカボチャ祭りだし」

 「うん。だからね、お母さんは基本的にハロウィンの事を間違った感じに解釈してるんですってば。
  別にハロウィンはカボチャを全面的にフューチャーしてる祭りじゃないんですよ」

 「見て見てー♪ これが自信作のカボチャご飯よ?
  美味しそうでしょー?」

 「もうちょっと私の方を振り返ってくれ」

 「しかしですね、別にカボチャ祭りはこれだけじゃ終わらないのです」

 「へぇー。まだ何かやるんですか? 思いっきり勘違いしたまま」

 「じゃーん!! ハロウィン特別仕様お箸ー!!
  このお箸でハロウィン料理を食べる事によって、美味しさと楽しさが300倍にも膨れ上がるのでーす!!」

 「ハロウィン特別仕様お箸って何ですか? カボチャで作られたお箸とか?」

 「骨で作られたお箸です」

 「こんな所だけホラーにするなよ!!」

 そここそカボチャを推すべきでしょうが。
 何本来のハロウィンに沿っちゃってるの。
 まあ本当のハロウィンでも骨で食器を作る事はしないでしょうけど。





 「っていうかそもそもハロウィンって何すればいいの?
  そこんとこ分かんないから、私はカボチャ料理を作る事しかしなかったんだけど」

 「分かんないなら無理してハロウィンに便乗しようとするなよ。
  日本人なら日本人らしく、10月の終わりをしみじみと感じていればいいじゃないですか」

 「流行に乗り遅れる事なんて、そんな恥ずかしい事できる訳ないじゃない」

 「別にこういう祭りは流行りとかそういうのでやるもんじゃないでしょ」

 お母さんは本当に典型的な日本人だなぁ。
 祭り好きにも程がある。

 「でさ、実際ハロウィンって何やるの?」

 「えーっとですね、お化けとかモンスターの仮装とかしたりして、他人の家にお菓子とかを貰いに行ったりするんです」

 「へぇー、なるほど。つまりギブミーチョコレートを現代に蘇させる行事なのね。
  すごい卑しい祭りだわ」

 「その言い方はどうかと思うよ」

 「よし!! じゃあやってみるか!!」

 「えー!! 本気でやるんですか!?」

 なんでこんな時の行動力はすごいんだか。




 「じゃあまずは仮装してみようか?」

 「私、コスプレ用の衣装はお母さんに貰ったメイド服ぐらいしかありませんよ?」

 「雪女ちゃんの身ぐるみ剥げば?」

 「結構力技な仮装ですね」

 まあ本物の雪女さんの服なら臨場感は出るでしょうね。
 彼女、すっごく可哀想だけど。





 「よし!! これでコスプレは完了ね!! じゃあ次は見知らぬ他人の家にお菓子を貰いに行きましょうか!!」

 「えー……本気でやるんですかぁ? 私、すんごく嫌なんですけどぉ?」

 「なんで? すっごく楽しそうじゃない」

 「だってですねぇ、ここは日本ですよ? ハロウィンがさほど浸透していないこの地で
  お菓子を貰おうとするだなんて……恥ずかしいにも程があります」

 「恥ずかしがってたらお腹は一杯にならないのよ!!」

 「もしかして食費を浮かせるためにお菓子を私に貰ってこさせようとしてるんですか?
  どれだけ卑しいんだあなたは」

 私の親として恥ずかしいです。


 「じゃあまずは練習してみようか? お菓子をきちんと貰えるかどうかの」

 「はぁ……なんでそこまで気合入ってるのかなぁ……」

 「さあ! 私をお菓子を持っている都合のいいおばさんだと思ってお菓子をねだりなさい!!
  土下座してでも、お菓子を得なさい!!」

 「土下座までしなくちゃいけないんですか私は」

 「これは千夏とおばさんとの戦いなのだからね。気を抜いたら死ぬわよ」

 死なないよ。



 この後、いろいろお菓子を貰うための手段をレクチャーしてもらったのですが、
 どれも役に立ちそうな物ではありませんでした。
 とりあえずひとつだけ言わせてもらいますと、力ずくでお菓子を貰うのは強盗だと思います。




 「さあ!! ついにお菓子貰いの旅に出発しましょうか!!」

 「分かりました。一応頑張ってきます」

 「いっぱいお菓子貰ってきてね☆」

 「……」

 こんなにテンションが下がりまくったハロウィンはいまだかつて経験した事無いですね。
 とりあえず行ってきます。





 「とりっくおあとりーと。お菓子くださーい!」

 「帰れクソガキ!!」

 「……」



 「とりっくおあとりーと。お菓子くださーい!」

 「ウチは新聞は要りません!!」

 「……」



 「とりっくおあとりーと。お菓子くださーい!」

 「その服、脱いでくれるならあげてもいいよ」

 「死ねや!!」




 あんなに練習したのに、お菓子は全然貰えませんでした。
 とりあえず悔しかったので、お菓子をくれなかった家全ての窓にダチョウの卵を投擲してやりました。
 ざまあみろ。






 11月1日 火曜日 「トラップ仕掛け」


 「千夏さん千夏さん」

 「なんですかウサギさん? 私にさん付けだなんて余所余所しい。
  いくら学校だからってそれは無いと思います。
  その他人行儀が少し寂しいですよ」

 「うん。まあそれはどうでもいいんだけどさ、何やってるの?」

 「何やってる様に見えます?」

 「学校の廊下にガムテープを貼り付けているように見えます」

 「大正解!! 聡明なウサギさんにはガムテープ一年分を贈呈いたします」

 「要りません。そもそもガムテープなんて一年に半ロールぐらいしか使わないじゃないか」

 「でも引越しの時とかはよく使いますよ? それこそ一年分くらい」

 「まあ確かにね。でもその時ぐらいしか使い道ないよね」

 「後は台風で壊れた家を修繕する時とかにも大活躍です」

 「それは千夏の家だけだから」

 ちょっと傷つきますけど真実でしょうね。



 「それでさ、何でガムテープを廊下に貼ってるの?
  そういう悪戯なら、俺は注意しないといけないんだけど?
  一応先生だから」

 「これはですね、大妖怪を捕まえるためのトラップなのです!!」

 「このガムテープが?」

 「そうです! その接着面を上に向けたガムテープトラップを仕掛けておけばですね、
  寝ている間に大妖怪が引っ掛かって一件落着という、素敵な計算があるのです!!」

 「ゴキブリホイホイの原理か。多分ね、それは効果無いと思うんだよね」

 「でも信じることも大切だと思います」

 「信じていれば大妖怪はゴキブリになってくれるのか?」

 もしかしたらね。




 「千夏が俺の手伝いをしてくれるのは嬉しいんだけどさ、
  別にこうやって張り切って大妖怪を捕まえようとしなくていいから」

 「え!? なんですかそれは!! ウサギさんは大妖怪を本腰入れて探してないんですか!?」

 「そういう訳じゃないけど、こういうのって危険だろ?
  もし本当に大妖怪が罠に引っ掛かってたら、千夏があいつと遭遇してしまう事になるじゃないか。
  それは、本当に危ないんだよ」

 「大妖怪はゴキブリじゃないんでガムテープトラップにはかからないと思いますよ?」

 「じゃあさっきの問答はなに!?」

 ちょっとした戯れです。


 「ウサギさんの気持ちは分かりますけどね、私だっていろいろ考えた上での事なんですよ。
  どれだけ危険な目に会うかもしれないって分かっていても、それでもウサギさんの手伝いをしたかったんですよ。
  別に、お遊びでやってるわけじゃありませんっ!!」

 「じゃあさっきのガムテープは?」

 「悲惨な学校生活の息抜きです」

 「やっぱり悪戯だったんじゃないか」

 こういう悪いと分かっていてもやっちゃう息抜きが人生においては必要だと思うんですよね。
 特に私みたいに大多数の世間から虐められてる人は。





 「まあこんなどうでもいいガムテープばかり貼っていた訳じゃございませんよ。
  ちゃんとね、大妖怪を捕まえられそうな罠も仕掛けてたんですから」

 「一体いつの間に……っていうかよくそんな暇あったね」

 「暇な時間だけなら誰にも負けませんよ!!」

 「全然自慢にならないな」

 「確かにそれは自慢になりませんけど、仕掛けたトラップは超一流の物ですよ。
  以前サバイバル戦闘を教えてくれる塾で習ったものを使ってるんです」

 「へぇ……それはまた物騒な」

 「ウサギさんにそのトラップたちを見せてあげます。付いてきてください」

 私はウサギさんをトラップを仕掛けた場所へと連れて行く事にしました。
 褒められたかった事もありますし、それに間違ってウサギさんが罠に引っ掛かってもらったらすごく困るので。




 「えーっと、ここら辺に罠を仕掛けたはずなんですけどねー」

 「ずいぶん大雑把だなぁ。ちゃんとした場所は覚えてなかったのか?」

 「そういう訳じゃないんですよ。……なんていうか、罠が無くなっちゃったみたいですね」

 「罠が無くなった? 千夏の仕掛ける罠っていうのはこう簡単に無くなる物なのか?」

 「ここに仕掛けた罠は毒まんじゅうなんですよ。
  リーファちゃんから貰った痺れ薬が大量に入っているお饅頭を、ここに自然な感じに置いておいたんです」

 「饅頭が学校の廊下に置かれている事は、あまり自然な感じじゃないけどな」

 「う〜ん……本当にどこに行っちゃったんでしょうかね? もしかして饅頭が歩いたとか?」

 「そんなメルヘンな饅頭聞いた事無い……」


 「きゃあああ!!! 生徒たちがばったりと廊下に倒れて痙攣してるー!!!
  誰かー!! 誰か救急車をー!!!!」



 「……」

 「……」

 「……食べちゃったみたいね。お饅頭」

 「……そうみたいですね」

 「大惨事みたいだけど、どうしようか?」

 やっぱり私の責任なんでしょうか……。






 11月2日 水曜日 「襲いくる雷」


 学校から帰る時、急に雷が落ち始めました。
 遠くから唸るような雷音が聞こえてきます。
 それは大太鼓の音の様に身体を不気味に震わせる物でした。


 『ゴロゴロゴロ……ドッガーン!!!』

 「うわぁ……なんだか急に天気が悪くなっちゃいましたねぇウサギさん」

 「そうだな……。千夏は傘とか持ってきたか?」

 「いいえ。てっきり晴れるとばかり思ってたもんですから……」

 「置き傘とかしてないの?」

 「学校での置き傘は、盗難してくれと張り紙貼ってるような物ですからね。
  やるわけないですよ」

 「確かに」

 偏見かもしれませんが、学校での傘の盗難率はコンビニの傘立てと同じくらいあると思います。
 多分。



 『ゴロゴロ……ドッガーン!!!』

 「雷が大盤振る舞いされてますね。これはちょっとばかり歩いて帰るの怖いんですけど」

 「確かに。それに千夏は金属だからなぁ」

 「う〜……早く帰らないと雨降りそうだし、かといってこの空の状態で外にでるのは危険だし……。
  私は一体どうすれば……」

 「家の人に迎えに来てもらえば? 車とかだったら雷は危なくないだろうし」

 「ウチに車あったっけ?」

 「黒服さんに言えば何か調達してくれるんじゃない?」

 思考歩行戦車とか寄こしてきそうですよあの人は。
 まあこのままで居るわけにはいかないので、家に電話して来てもらう事にしました。






 「あー、久しぶりに公衆電話使いましたよ。
  携帯電話くらい持たしてくれてもいいのに」

 「家の人は何だって?」

 「ちょうど下僕……いやいや、雪女さんに繋がりまして、今から手の空いてる人をここに向かわせるそうです」

 「さらりと雪女の彼女の事を酷い名称で言ったよね。
  心の中ではそう呼んでるの?」

 「おほほほほ……何のことかしら?」

 ついつい口が滑っただけですよ。

 とにかく、私は学校で家族を待ち続ける事になりました。






 『ゴロゴロゴロ、ドッガーン!!!』

 「わぁ〜……今のはかなり近い場所に落ちた感じがしましたね」

 「ああ、本当だな。こりゃ本当に外に出るのは危ないかもしれない」

 「雨降ってきちゃいましたけど、学校で待ってて正解でしたね」

 もしかしたら、外を出歩いてたら雷に撃たれちゃうかもしれないですもん。


 『プルルルル! プルルルルル!!』

 「あれ……? さっき私が家に電話を掛けた公衆電話が鳴ってますよ?
  誰が公衆電話なんかに電話を……」

 少し気になってしまったので、つられるまま受話器を取ってしまいました。

 「はいもしもし?」

 「あ……ああ、ぁ……」

 受話器から聞こえてくるのは気味の悪いうめき声。
 もしかして幽霊か何かの声!? いや、それともただの悪戯ですか!?

 「ち、千夏さん……です、か?」

 「え……? その声は下僕……雪女さん!?
  どうしたんです? 雪女から幽霊に転職したんですか?」

 「妖怪は世襲制なので、雪女から幽霊なんかに転職出来ませんよ……。
  っていうか私、結構酷いこと言われましたね……」

 世襲制っていうか血筋でしょ?

 「そんな、事より……私、千夏、さんの所に……行けなくなっちゃいました……」

 「え!? どうかしたんですか!?
  その声……もしかして怪我したとか!?」

 「は、はい……実は……」

 「実は!? 歩いてる途中に暴漢に襲われたとか!?
  何かのテロに巻き込まれたとか!?」

 「実はですね……雷に撃たれてしまいまして……」

 「雪女さん、さっきの雷に撃たれたんですか!?」

 どれだけ運が悪いっていうんですか……。


 「だから……私は行けません……。
  リーファちゃんをそちらに向かわせたので……安心して……がくっ」

 「雪女さーん!!!!」

 彼女は気を失ってしまったようです。




 「どうしたんだ?」

 「ウサギさん……あのですね、雪女さんが雷に撃たれてしまったらしいです」

 「大丈夫なのかそれ?」

 「なんとか生きてるみたいですけど……でもつくづく運が無い人ですよね」

 「確かにな……。ついてないにも程があるな」

 人生において雷に撃たれる確率なんて、一体どれほどの物だというのでしょうか?
 何もそんな事経験しなくてもいいのにね……。




 『ゴロゴロゴロ、ドッガーン!!!』

 「うわぁ……また近いですよ……」

 「雪女の奴に追撃されてなければいいんだけどな」

 「それはいくらなんでも不幸すぎるでしょ。可哀想すぎて泣けてきますよ」

 『プルルルル!! プルルルルル!!』

 「あれ……? またさっきの公衆電話が……」

 よく電話が掛かってくる公衆電話ですねぇ。

 「はいもしもし?」

 「……ち、千夏、お姉さま……」

 「え!? もしかしてその声ってリーファちゃん!?
  一体どうしたっていうんですか!?」

 「実はですね、お姉さまに傘を持って行きたかったんですけど……でも、その……」

 「その?」

 「雷に、撃たれてしまいまして……」

 「あなたもなんですか!?」

 さっきの雷はリーファちゃんに落ちたんですね。
 気のせいか、ウチの家族の運気がものすごい勢いで下がり続けている感じがするんですけど?

 「傘は……春歌さんに任せた、ので……なんの心配もいらない……」

 「いいですかリーファちゃん? お笑い用語にですね、テンドンという言葉があるのですが……」

 「それでは……ガクッ」

 「リーファちゃーん!!!!」

 なんて事でしょうか。
 リーファちゃんまで雷に撃たれてしまうだなんて。
 今度はお母さんが来るらしいんですけど……多分、撃たれますね。





 『ゴロゴロ、ドッガッガガーン!!!!』

 「ああ……きっとこの雷でお母さんが……」

 「不吉な事は言うもんじゃないだろ」

 「でもですね、2度ある事は3度……」

 「はーい千夏! 待った?」

 「お母さん!?」

 学校の玄関で待っていた私に声をかけてきたのは、なんとお母さんでした。
 これはびっくりです。
 今までの人生経験上、お母さんも雷に撃たれてしまうのだろうとばかり思ってましたから。
 まあよくよく考えてみれば、1日に3人も雷に撃たれる事なんて殆どありませんもんね。

 「はぁー良かったですよお母さん。無事にここに辿りつけて」

 「あなたの学校への道すじはどれだけ危険だっていうのよ。
  どこの無法地帯だ」

 「まあ確かにそうなんですけど……でも、雷が危険だから。
  てっきり撃たれちゃったかと思いまして」

 「雷? そう言えば落ちてきたけど……」

 「ええ!? 雷がお母さんに落ちてきたんですか!? じゃあなんでこうしてここに……」

 「途中まで一緒に居た女神さんを盾にした」

 「なんて非道な防御方法なんですか!!」

 っていうか、女神さんの姿が見えないって事は……置いてきたんですか。道端に。この雨の中。
 その豪快さはどうにかした方がいいと思います。









 11月3日 木曜日 「文化の日」

 「千夏。今日は何の日だか知ってるかしら?」

 「今日? 今日はですね、えーっと……ポエムの日」

 「そんなメルヘンな日が祝日になるかいっ!!
  正解はね、文化の日なの」

 「今私はすっごいツッコミを見た」

 「だからね、文化の日っていう事で、私たちは文化の大切さと楽しみを噛み締めなきゃいけないと思うのよね」

 「海の日だったら海に遊びに行くんですか? 私の記憶ではそんな素敵な行楽を行った覚えが無いんですけど」

 「というわけで、今日は一杯文化活動をしましょー!!」

 またえらく曖昧な物ですね。
 文化活動って。



 「お母さんが訳が分からない感じにやる気になっているのは理解しましたけど、具体的に何するんですか?」

 「えーっと、だから、文化活動をします」

 「全体的に分かり辛い。だからその文化活動ってなんですか」

 「自分の思い思いの文化活動をやればいいんだと思う!
  そこには間違いなんてありはしないんだと思う!!」

 「基本的にノープランの人ですね……。
  まあ分かりました。そこまで言うんだったら、私は私なりの文化活動をやらせていただきます」

 「頑張れ千夏!!」

 「そんなに応援されても」

 今日のお母さんのテンションはおかしいですね。
 何か変なキノコでも食べたんでしょうか。




 「それじゃあ文化活動を始めましょうかね。
  ピコピコピコと…………」

 「って千夏ー!! 何やってるのよ!!」

 「ゲームです」

 「文化の日にやる事がそれかいっ!! 私は、文化活動をしましょうって言ったでしょう!?」

 「これも立派な文化じゃないですか。サブカルチャー」

 「サブが付いてるんだからそれはカルチャーと言わないの!!
  文化と認められていないの!!」

 「そうだったんですか!? てっきり超絶文化のノリで親しまれていると思っていたのに……」

 「何よ超絶って」

 「だからですね、スーパーのノリでサブと頭に付いていたのかと」

 「そんな単純な」

 まあ別にいいじゃないですか。

 「とにかくそんな文化活動禁止ー!!」

 「横暴だ!! ゲームを文化と認めろー!!」

 「そんな抗議活動してる場合じゃないの。1日しかない文化の日なんだから、大切にしなきゃ」

 「だから具体的に何をすれば良いって言うんですか」

 「えーっとねぇ……俳句でも作ればいいんじゃない?」

 俳句ですかぁ……。ベタというか何と言うか。


 「目に付いた風景を素材として、俳句を詠むの。うん。いい考えだと思わない?
  すごい文化活動っぽい」

 「何が哀しくて親子で俳句を詠まなけりゃならないんだか……」

 「じゃあまず私から行くわね? えーっと……『古池や〜……』」

 「ちょっとストップ!!」

 「え? なに!? かなり良いで出しだったのに!!
  古池やなんて単語、そうそう出てこないのに!!」

 「お母さんさっき目に付いた光景から俳句を作るって言ってたよね!?
  私たちの家、古池なんて代物無いんですけど?」

 「あれ? そうだった? でもほら、千夏が小さかった頃とか良く出してたじゃない。
  私と一緒に水遊びしたりとか」

 「それはビニールプールでしょ!? 普通の人は、アレを池とは呼ばない!!」

 「似てるじゃん」

 「全然似てない!! だからさっきの俳句はダメー!!」

 「そんながんじがらめのルールじゃ、誰も楽しめないと思う」

 制限つきの俳句を提案したのはあなたでしょうが。






 「じゃあ仕切りなおしね。えーっとそれじゃあ……『ブルガリア ああブルガリ……』」

 「再度ストップ!!」

 「もう!! 今度は何なのよ千夏!!」

 「えー!? 言われなきゃわかんないの!? 今、明らかにおかしい単語を口にしたよね!?」

 「……はて?」

 「ブルガリアってなんだよ!!」

 「国の名前よ?」

 「そうじゃなくて!! どうやったらこの家からブルガリアが見えるんだよ!!
  そこがおかしいでしょうが!!」

 「想いを遠きブルガリアへと飛ばせば、心の中に素晴らしい大地が広がるわ……。
  ああ、なんて素敵なブルガリア。スィートヨーグルト……」

 「そんな屁理屈がオッケーなら何でも良い事になっちゃうじゃないですか。
  さっきの古池だって、遠き地に想いを馳せたとか何とか言って」

 「ああ。その手があったわね。じゃあさっきのもそれで」

 「ダメに決まってるでしょ!! なに便乗してさっきの俳句を再利用しようとしてるんですか!!」

 「もーっ! 千夏は厳しいなぁ。一端の歌人かお前は」

 「歌人じゃないですけど、明らかにおかしい俳句に文句つける事ぐらいは出来ます」

 「へーんだ。分かった振りしちゃってさ。
  じゃあ千夏がやってごらんなさいよ。私が判定してあげるから」

 「分かりましたよ。えーっと、じゃあですね…………『洗濯機 ああ洗濯機……』」

 「ブブー!! それはダメでーす!!」

 「ちょ、何でですか!?」

 「ウチに洗濯機無いからー」

 「そうなの!? どうしてそんな事にっ!!」

 「お金無かったから」

 「うわー。切ねー」


 じゃあ今までどうやって洗濯を……。









 11月4日 金曜日 「呪いのゲーム」

 「千夏お姉さま〜。私と遊びませんかー?」

 「あら、リーファちゃんですか。何ですか急に?」

 「ちょっと面白いゲームが手に入ったんで、お姉さまを誘ってあげようかと」

 「まるでスネ夫みたいな言い回しですね。
  まあいいですよ。久しぶりに姉妹のコミュニケーションをしようじゃありませんか。
  で、ゲームって何?」

 「黒ひげ危機一髪です」

 「最近の子は黒ひげ危機一髪ぐらいじゃハラハラしませんよ?」

 「まあまあ。やってみれば楽しいですって。
  すんごくハマリますって。しばらく放っておいたらめちゃくちゃ絡み合ってる紐を
  丁寧に解きほぐすぐらいはまりますって!!」

 「地味すぎるだろ。その嗜好は」

 リーファちゃんはそういうのが好きだったんですか。
 見かけによりませんね。




 「で、これが黒ひげ危機一髪です」

 「知ってますよ。黒ひげぐらい」

 「この樽にプラスティックの剣を突き刺していくゲームなんです。
  当たりの場所に差してしまうとこの黒ひげがびょーんと飛び出すんです」

 「ルールも知ってます」

 「じゃあ黒ひげを飛ばしてしまった人が負けというルールでやりましょうか?」

 「はいいいですよ……って、ちょっと気になった事があるんですけどいいですか?」

 「何です? 別にこれは盗品じゃありませんよ?」

 「そんな心配してねえよ。っていうかなんだ?
  そんな事聞かれると思っていたという事は、何か後ろめたい事でもあるんですか?」

 「あはははは……そんな事あるわけないじゃないですか。
  私が盗人に見えます?」

 「盗みよりはるかに悪質な行為をしてきた所を見てきましたからね。
  その事に関しては何も言えないですよ」

 「妹の事を信じないなんて酷いですお姉さま……」

 普段から信じてもらえるような行動しないから悪いんでしょうが。
 まあそれはどうでもいいとして。


 「この黒ひげの人形って……雪女さんに似てませんか?
  和服っぽい衣装を着ている所とか」

 「おっ、さすがお姉さま。目の付け所が違いますね。
  そのとおり、この人形は雪女さんをモチーフに作ってあるんです」

 「へぇー。なんでそんな事を?」

 「身近な人が樽に入って剣を刺されてると想像すると、緊迫感が増すじゃないですか」

 「陰湿すぎる思考だな」

 正直怖いわ。




 「じゃあまずお姉さまからどうぞ」

 「分かりました。それじゃあ……ここがいいかな」

 私は自分が選んだ穴に、プラスティックの剣を挿入します。
 すると……

 『ポーン』

 「うわぁ!! 一発目でやっちゃった!!」

 「すごいですよお姉さま!! 一撃で雪女さんを仕留めるだなんてっ!!
  暗殺者の素質があるんじゃないですか!?」

 「そんな素質いらんわ!!」

 黒ひげ、もとい雪女さんを飛ばしただけでアサシン呼ばわりは止めてください。



 「きゃあああ!! 整理していた物置の荷物が崩れて私の上にー!!!」

 『ドッガラガッシャーン!!!』

 「……なに? あの声は?」

 「多分雪女さんの声ですね。きっと荷物か何かの下敷きになってしまったんでしょう。
  よっしゃ! 効果あった!」

 「なんですかその不審なガッツポーズは!!」

 「い、いえ! なんでもありません!! 決してこの黒ひげ危機一髪は呪いのアイテムで、
  不幸を起こしてやりたい人物に似た人形をセットして飛ばす事が出来れば、
  すんご〜く痛い不幸を食らわしてやれるとか、そういった事なんて全然ありません!!」

 「自白、ありがとうございます」

 っていうかなんて代物を持っていたんですか。
 恐ろしいにも程があります。


 「じゃあ今度はこの人形でやりましょうか?」

 「っておーい!! その人形、なんだか私に似ていませんか!?」

 「気のせいですよ気のせい。ではセットしますね」

 「やりませんからね! 絶対このゲームやりませんからね!!」

 「ふふふふ……一度セットしてしまえば、このゲームは止められないんですよ。
  呪いを発動させようとしている本人、つまり私がゲームに負けない限りね」

 「なんて事を……」

 「さあ! ゲームの始まりですよ!! 私から行きますからね!!」





 『ポーン』

 「ああっ!? 一撃目で飛ばしちゃった!?」

 「さすが我が妹」

 この一発で当ててしまう運はどうなんですかね。
 私たち姉妹は。






 11月5日 土曜日 「危険なリサイクル」

 『シュゴーーーーー……』

 「……おかーさーん!!」

 「なあに? どうかしたの千夏?」

 「黒服さんがまた変な音出してるー!! いい加減改装やめてって言ってよー!!!」

 「改装しないわけにはいかないでしょ?
  それとも千夏は次に震度2の地震が来たら倒壊してしまう家に住んでいたいの?」

 「え!? ウチ、そんなに危機的状況だったんですか!?」

 恐ろしく危険な家にのんびりと住んでいた私たちは一体なんなんですか。
 せめて改装中は借り宿舎とか、そういう対策してくださいよ。


 「……でもいくらなんでもうるさすぎー!!
  シュゴーだなんて、まるで火炎放射器使ってるみたいじゃないですか!!」

 「ああ、その音だったのね。それは私のコンロの音よ」

 「あの音ってコンロだったの!? どんなコンロ使ってるんだよ!!」

 「フライパンが一瞬で消し炭になる火力を持つコンロ」

 一体なんの料理を作ろうとしているんですか。あなたって人は。




 「実はねぇ、アメリカ軍が置いていった火炎放射器を再利用して使ってるの」

 「へぇー。貧乏人の知恵ですねぇ」

 「火炎放射器をコンロにするなんて、普通の人だったら思いつかないでしょ?」

 「普通の人だったら火炎放射器に触れる機会がまず無いですからね」

 「他にもねぇ、いろいろアメリカ軍から貰ったんだぁ。
  おかげですっごく助かってるよ」

 「へぇ……例えば?」

 「まずねぇ、新車が手に入りました!」

 「本当ですか!? 車なんてすごいじゃないですか!!」

 「装甲車だけどね」

 「装甲車じゃちょっとスーパーに買い物に行く時には使えませんね。
  っていうか全然使えませんね」

 貰い損でしょそれは。

 「使えるわよ。めちゃくちゃ大助かりよ」

 「例えば?」

 「また戦争が起こった時とかに」

 「それ、本来の使い方じゃないですか!! リサイクルでも何でもない!!
  あともう一つ言わせて貰うならば、絶対にそれを使う日が来て欲しくありません!!」

 「じゃあ文鎮とかに良いんじゃない? 重そうだし」

 「どこの誰が装甲車を使って習字しようとするんですか。
  重すぎて半紙が千切れるよ」

 「和のたしなみ」

 「そんな兵器的な和はありません!!」

 日本人として哀しくなるわ。



 「後はねぇ、アメリカ軍が置いていった核兵器で……」

 「核兵器!? そんなもん置いていったんですか!?」

 それってかなり深刻な大問題じゃないですか。
 私たちを倒すために核兵器の使用も考えていたって事ですよね?
 いくらなんでも恐ろしすぎます……。

 というよりも、そんな物を日本に置いて帰るなよ。


 「そ、その核兵器、一体どうしたんですか!?」

 「核兵器を使って発電をしてます」

 「原子力発電!? そんなの素人がやっちゃダメでしょ!!」

 「でも、一杯電力が手に入るのよ?」

 「そりゃそうだろうよ! なんて言ったって原子力なんだからねっ!!」

 知らず知らずのうちに、我が家が核汚染の危機に……。
 これは私たちだけの問題じゃなくて日本全体の問題だと思うんですけどー?




 「後ね、アメリカ軍が置いていったウイルス兵器を使って……」

 「聞きたくないよー。絶対に聞きたくないー!!」

 そういうリサイクルは止めてください。









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