11月13日 日曜日 「お母さんの釣果」

 「いや〜。大漁大漁」

 「どうしたんですかお母さん? そんなにホクホク顔で。
  めちゃくちゃ嬉しそうじゃないですか。
  何か良いことあったりしたの?」

 「えへへ〜♪ 実はねぇ、今日は釣りに行ってたんだぁ」

 「へぇー。釣りですかぁ。そんな趣味がお母さんにあったなんて初めて知りました」

 「まあね。今日が初めてだったし」

 「今日釣りデビューだったんですか?
  なんでまた急に釣りなんてしようと思って……」

 「お母さんの釣竿を物置で見つけちゃってさあ。何となくやってみたくなっちゃったの」

 「ああ……おばあちゃんの釣竿ですか」

 そういえばそういうの置いてありましたね。
 おばあちゃんはアレで戦艦大和をサルベージしちゃってたけど。
 ……なんにせよ、いい思い出だと思います。



 「それで、そんなに嬉しそうな顔してるって事は収穫あったんでしょう?」

 「ええもちろん!! 2、3日分の食材を見事確保する出来ました!!
  これで私たちはまた生き延びたわ!!」

 「へぇー。すごいじゃないですか。ビギナーズラックって奴ですか」

 「うふふふ……今日の夕飯楽しみにしてなさい。
  海の幸づくしを経験してあげるわ」

 「海の幸ですかぁ。それは楽しみですねぇ。で、どんな海の幸を獲ってきたんですか?」

 「じゃじゃ〜ん! まずは前菜となりそうな食材!!
  エチゼンクラゲ〜!!!」

 「クラゲ!? クラゲ食べるの!?」

 「この漁師たちに忌み嫌われているエチゼンクラゲ。
  しかしっ! 彼らはは良質なゼラチン質であり……」

 「それ、本当に食べれるの?」

 「どこかの地方ではこれをきちんとした食材として利用しようとする試みが実際に行われているのよ。
  だから、食えない事も無い事も無い」

 「まどろっこしい言い方だなぁ……。とりあえず食べる事は出来るんですね?」

 「すんごく不味いらしいけどね」

 それを食べる前に聞いちゃったら夕飯の楽しみが激減してるんですけど……。




 「そして今回の大収穫!! じゃーん!! この大きな魚でーす!!」

 「へぇー。これは確かに大きいですねぇ。ぷっくり膨らんでて、食べる所が多そうな……ってオイ!!
  これ、なんていうかフグに見えるんですけど!? 猛毒たっぷりのお魚さんに見えるんですけど!?」

 「あはははは。何を言ってるのかしら千夏は。
  これはフグじゃなくてフクよ」

 「フグの本場の南風泊の言葉で言ったって騙されませんよ!!
  これ、フグじゃん!!」

 「ええそうですよ。フグですよ。何か問題でも?」

 「開き直ったー!!??」

 なんか腹立つな。そのしたり顔。



 「でも大丈夫よ。上手く調理すれば何とかなると思うし」

 「何言ってるんですかお母さん!! 素人の調理でどうにかなるわけないでしょ!!
  一家全員が中毒症状を起こす風景が簡単に想像できるよ!!」

 「大丈夫大丈夫。気合で何とかなる」

 「フグを捌いている料理人は全員気合でどうにかしてると思ってるんですか!?
  そんな感情的な物でどうこうなる毒じゃないよ!!」

 「でも食べたいじゃん!! フグだよ!? すっごく美味しいって噂のフグですよ!?
  今食べなくていつ食べるかね!?」

 「毒入りのフグは今食べなくてもいいです!! そんなに生き急ぐなよ!!」

 「ちっ……そこまで言われたら仕方ないけど……」

 「そんなに残念な顔しないの!! いつか食べる機会ぐらいありますって。
  希望を持って生きてください」

 「はーあ。楽しみだったのになぁ……」

 楽しみかどうか知りませんけど、食い物一つに命を賭ける行為は止めてくださいよ。
 あなただけではなく私たち一家にまで被害が及ぶんですから。





 「仕方ないからこのフグは毒薬としてストックしておこうかな。
  ちょうど足りなかったし」

 足りなくなったって、今まで何に使ってたんですか。
 すっげえ気になるんですけど。







 11月14日 月曜日 「いろんな意味で間違い電話」

 『プルルルルル!! プルルルルルルル!!!!』

 「あら……我が家に電話が来るとは珍しいですね」

 『プルルルルル!! プルルルルルルル!!!!』

 「はいはい。今取りますってば」

 私の家の電話にしては珍しく普通の呼び出し音で鳴り響く電話。
 そのうるさい受話器を、私はいやいやながらも取りました。
 どうせろくでもない電話だという事は分かってるんですけどね。
 だって、今までまともな内容の電話が来た事無いんだもん。


 「はいもしもし」

 「間違い電話です」

 「……はい?」

 「だからこの電話は、間違い電話なんです」

 「はぁ……そうですか」

 向こうから間違いだと言ってくるなんて、今までに無い斬新な間違い電話ですね。
 なるほどね。うん。なるほど。間違い電話なわけですか。

 ……十中八九イタズラ電話ですね。


 「イタズラですか? 私、そんな物に付き合える程の暇は無いんですけど?」

 「パンはパンでも、食べられないパンはなーんだ?」

 いきなりなぞなぞ出してくるのかよ。しかも古典的な奴。答えがいくつかある奴。
 なんなんだコイツは。

 「あなた、どちら様です?」

 「私は、えーっと……クイズマン、いや、なぞなぞマスターじゃ!!」

 「名前固まってないじゃん。設定を今考えましたよって感じが溢れてるじゃん」

 「さあ! 私のなぞなぞに答えたまえ!!」

 「なんで私が答えなくちゃいけないんですか。なぞなぞに答えたら何かメリットでもあると言うんですか?」

 「なぞなぞを解くと少しだけ幸せな気持ちになれます」

 「知るかいんなもん」

 なぞなぞ解いたぐらいで幸せを感じられる程私の人生は荒んでませんよ。



 「さあ!! 答えて見なさい!!」

 「だからなんで私が……」

 「さあさあさあ!!」

 うっざいなぁ……。

 「パンはパンでも食べられないパンは…………毒入りのパンです」

 「そりゃあ確かに食べられないけども。でもね、一応これってなぞなぞだから。
  なんか上手い具合に掛かってないとダメなのよ。分かった?
  君ぐらいの年頃だと捻くれた思考をしたがるけどさ、でもそんなのって良くないと思う。
  人生素直に生きなくちゃね」

 なんでイタズラ電話なんかに諭されなくちゃいけないんだ。

 「それにしてもなんでよりにもよって答えが毒入りのパンなんだよ。
  もうちょっと他の言い回しの物でも良かったじゃないか。鉄で作られたパンとか」

 「毒入りのパン問題は我が家にとっては深刻な問題となっているんですよ。
  それこそ社会問題、じゃなくて家族問題として家庭内新聞の一面を飾るぐらいにね」

 今日の朝に出たパンに昨日のフグが入っておりまして、それを食べた雪女さんが昏倒するという事件が起きたのですが、
 大しておもしろいもんでは無かったので日記には書きませんでした。
 いや、本当につまらなかったからね。
 雪女さんは生死の境をさまよっていたけど。



 「君の家はいろいろと大変なんだねぇ……」

 「イタズラ電話が趣味のお前の精神状態よりはマシですよ。
  それで、なぞなぞの答えはなんだったんですか?」

 「答えは『パンツ』です」

 「数ある答えの中から一番低俗な物を選んだな」

 さすがイタズラ電話のセンスですね。
 卑猥な香りが漂います。




 「第二問ー!!」

 「まだやる気なんですか……。いい加減にしてくださいよホント。
  逆探知して住所を特定して、ウチにありあまっている兵器の何かを撃ち込んでやりますよ?」

 「そんな脅迫初めて聞いた」

 「脅迫じゃなくて爆撃予告です」

 多分我が家の科学力なら出来ると思うんですよね。
 よく使い方は分からないんですけど。

 「それでは第二問。上は洪水、下は大火事、これなーんだ?」

 「これまた分かりやすいなぞなぞを……」

 分かり安すぎて逆に答えを疑ってしまうじゃないですか。

 「さて、なーんだ?」

 「えーっとですね、じゃあ地球」

 「地球!? どうして!?」

 「海の下で、地球の核が燃え盛っているから」

 「なるほどね。確かに正解っぽいね。でも残念でしたー!! はずれでーす!!」

 「別に悔しくもなんともないですが」

 「答えはお風呂でしたー!」

 「でも今のお風呂って、風呂釜の下で火を焚いてる物ってすくないですよね。
  みんなガスとか電気になってるし。だからそのなぞなぞはすでに時代遅れの物だと思うんです」

 「まあ確かに……。ウチももう五右衛門風呂じゃないしなぁ……」

 「だからそのなぞなぞを出しちゃダメだと思うんですよ。
  以後、気をつけるように」

 「はい。ごめんなさいでした」

 なんか良く分からない間にイタズラ電話を謝らせてしまいましたね。



 「それでは第三問ー!!」

 「まだやるのかよ。っていうか電話代はそっち持ちなんだけど良いんですか?
  かなり高額になってると思うんですけど」

 「借金してでもこのなぞなぞはやり遂げます」

 「どれだけこのイタズラ電話に人生を賭けてるって言うんですか。
  その意気込みとは逆に哀しくなるわ」

 「第三問!! 私の名前はなーんだ!!」

 「知らないってのそんなの。それと同時に興味もない」

 「まあまあ。そう言わずに」

 どういうなだめ方だよそれは。



 「……山田太郎」

 「そんな履歴書の記入例な名前なわけないでしょ!!」

 「じゃあえにくす」

 「ドラクエかよ!! いや、むしろドラクエの関連記事かよ!!」

 「じゃあ本当の答えは何なんですか? さっさと教えてくださいよ」

 もうこの電話切りたくて仕方ないので。

 「私の名前は…………分かりません」

 「へ!? 分からない!?」

 「実は記憶喪失でして、そもそもあなたに電話したのは私の事を尋ねたかったからなんです。
  ついついなぞなぞ出しちゃったけど」

 「訳わかんないよ!! 記憶喪失だったら警察にでも行きなさい!!
  私に電話されても困る!!」

 「ヒント:私は結構男前」

 「知るか!! ヒント教えてもらっても分かるか!!」

 「なぞなぞマスターなのに解けませんか……?」

 「いつ私はお前からその称号を受け継いだんだ」

 いいからもう警察行けよ。




 11月15日 火曜日 「温泉の素」

 「千夏ー。これ見て見て〜♪」

 「なんですかお母さん。妙に楽しそうな顔して。
  へらへら笑ってると、馬鹿さ加減が3割り増しな顔に見えますよ」

 「へーへっへっへ。私はそんな毒舌には負けたりしないのだ。
  なぜならっ!! すっごく機嫌が良いから!!」

 「なんかヤバイ薬でも服用しちゃったんですか?
  すっごく気味悪いんですけど」

 「実はねー。スーパーでこんなに試供品貰ってきちゃったんだー♪
  タダだよタダ。なんて素敵な世の中なんだろうね♪」

 「無料のサンプル貰っただけでこんなに幸せそうな顔が出来るだなんて、
  ある意味うらやましいですよ……。
  ……っていうかそれって温泉の素ですよね?」

 「そう! 一般家庭の狭い湯船でさえ、一瞬ではるか遠いリゾート地の温泉に進化する事が出来るアイテム!!
  その名も温泉の素!! 人類史上最大の発明品です!!」

 「いくらなんでも温泉の素を買いかぶりすぎでしょ。
  温泉の素が人類史上最大の発明品だったら、私は人類の未来に対して希望が持てませんよ」

 ゴミ問題とかエネルギー問題とか、温泉の素じゃあ解決できないですしねぇ。

 「っていうか温泉の素を出してくるって事は、今日は湯船に湯を張るんですね。
  いつもシャワーだけが許可されていたのに」

 「まーね。何だか最近本格的に寒くなってきたし、ちょうど良い頃合いだと思って」

 「確かに身体の芯まで暖まるには湯船が一番ですからねぇ」

 「そうでしょー。それでさ、今日はどの温泉の素を使いたい?
  いっぱい貰ってきちゃってさぁ、どれを使うか迷ってるの」

 「へぇー、確かにいっぱい種類がありますねぇ。
  あー! これとかいいんじゃないですか? 錠剤タイプの温泉の素!!」

 「ふむふむ。湯船に落としたら泡がぶくぶくと出てくる奴ね。
  別名入れ歯洗浄薬タイプの温泉の素ね」

 「その別名はいらないでしょ。お風呂に入る私たちが入れ歯扱いされてるみたいでなんだか嫌な感じになってきた」

 「これなんてどう?」

 「あー。粉状の奴ですね。オーソドックスと言えばそうですけど、でもなんだか面白みが無いと思います」

 「別名ジュースの粉タイプ」

 「違うってば。確かに駄菓子屋とかで売られてる奴に似てるけども」

 「このタイプ、いろいろな種類があるのよー。結構面白いんだから。
  例えばこれはねぇ…………なんとストロベリー味!!」

 「それ、本物のジュースの粉じゃん!! 何お風呂の素の中に紛れ込ませているんですか!!
  そしてそれをなに普通に使おうとしているんですか!!」

 「え? これジュースなの?」

 「当たり前でしょ!? どこの世界にストロベリー味の温泉があるんですか!!
  イチゴの国か!? そういうメルヘンな国に行けば入れるのか!?」

 「ああ、なるほど。イチゴの国ね。そこの温泉なわけか……」

 「だから違うってば!! 今のはただの例え!! そんな物あるはずないよって言いたかったんです!!」

 「紛らわしい事言わないで頂戴よ……」

 なんで私がダメな事言ったって感じで責められなくちゃいけないんですか。
 すっごく腹立つ。





 「じゃあこのメロン味もスイカ味もカボチャ味もジュースだったのか……」

 「半分以上がジュースの粉じゃないですかお母さん……。
  しかもカボチャ味って何? 私たちをポタージュにでもする気だったんですか?」

 「もしかしてこのカレー味も……」

 「それはルーだよ!! ただのカレールー!! 温泉の素なんかじゃ決して無い!!」

 「酷いわ……。せっかく温泉の素がいっぱい手に入ったと思ったのに、殆どジュースとスープの素だったなんて……」

 「何で私に言われるまで気付かなかったんですか。お店の人に貰うときに何か言われなかったのか。
  新商品のジュースですよーとか」

 「手当たり次第に貰ってたから……」

 「さすが貧乏主婦。節操なしにも程がある」

 いくらなんでも何でもかんでも貰うのは間違ってると思うんですよね。
 ちゃんと必要な物だけ貰ってきてよ。



 「それで、残ってる温泉の素はどれくらいあるんですか?」

 「この2つだけね」

 「10個以上あると思ってたのにそれだけ!?」

 本当にいっぱいのジュースを貰ってきたんですね……。
 まあ私にとってはおやつのお供が増えたので嬉しい限りですが。

 「残った温泉の素は……電気風呂の素でしょ、それと……」

 「ちょっと待った。電気風呂の素って何?」

 「そりゃあもちろんお風呂に入れたらビリビリと身体をほぐす電気風呂になる素でしょうが」

 「原理が分からないよ!! なんで粉状の素を入れただけでお風呂が電気風呂になるの!?
  どういう事!?」

 「きっとこの中には電気がたくさん入ってるのよ」

 「小学生が思いつきそうな、電池の中には缶詰のごとく電気がたくさん詰められているみたいな発想はやめなさいよ。
  あんたいくつなんだよ」

 電池は化学変化で電気作ってるだけですからね?
 そこらへんちゃんと理解してるんですよね?

 「じゃあよくある口の中ではじけ飛ぶキャンディーの原理でぱちぱちさせてるんじゃない?」

 「それはそれで嫌でしょ……。全然電気じゃないし」

 なんか騙されてるんじゃないでしょうね……。



 「もう一つは野生動物が入る秘境の温泉ですって」

 「へぇ〜。具体的にどこの温泉だか全然分からないですけど、でも気持ち良さそうですね」

 「湯船に入れたら野生動物が湧き出てくるんですって」

 「それは怖いよ!! っていうかなんで温泉の素で野生動物を召還してるんですか!!
  そもそも野生動物って!?」

 「クマとかじゃない? よく分からないけど」

 「絶対に使えないじゃないか!! 怖すぎてお風呂に入れない!!」

 「大丈夫よ。多分ニホンザルどまりだと思うから」

 「それでも怖いっての」

 どこをどう頑張っても安らげないお風呂になりますよ。






 11月16日 水曜日 「夢占い」

 「ウサギさんウサギさ〜ん♪ あ〜そびっましょ〜」

 「あのさ、一応俺、今仕事中なんだけど? 昨日やったテストの採点をしてるんだけど?」

 「実はですねぇ、今日はこんな本を図書室で見つけてきたんですよ」

 「聞かないのか。俺の話を聞いてくれないのか」

 そんな事を言ったってきちんと私の相手をしてくれるウサギさんが好きですよ。


 「あー。そのテストですか。難しかったですよねぇ」

 「いや、そうでも無かったぞ。平均点高かったし」

 「あ……そうなんだ? 出来ないのは私だけだったんだ?
  ……えーと、まあその、遊びましょうよウサギさん」

 「急に元気が無くなっちゃったな」

 そりゃそんな事聞けばなくなりもしますっての。



 「実はですね、図書室でこんな本を見つけたんです」

 「それはさっき聞いたけど……何の本?」

 「夢占いの本です」

 「夢占いかぁ……」

 「将来の夢を語り合う事でその人の深層心理を解析する占いなのです」

 「えー!? そっちの夢なの!? 寝ている時に見る夢の方じゃなかったの!?」

 「ええ、違います。起きている時にしっかりと見る青臭い青春妄想の事です」

 「なんか嫌な言い方だなそれ」

 「というわけで、ウサギさんの将来の夢はなんですか?
  私がしっかり鑑定してあげます」

 「いきなり夢って言われてもなぁ……えーっと」

 「思いつかないならセロハンテープになる事で占いましょうか?」

 「勝手に俺の夢を決めるなよ!! しかもセロハンテープって!!」

 「ガムテープの方が良かったですか?」

 「そいういう問題じゃない。俺、ガムテープとかセロハンテープになるのだけは嫌だわ」

 「世界のセロハンテープたちに失礼ですよ!!」

 「世界のセロハンテープたちは失礼だとかそんな事は思わないと思う」

 分かりませんよ? 近頃ではカッターをダメな使い方しただけで精霊が文句を言ってくるような世の中ですからね。
 どこからクレームが飛んでくるか分かりません。



 「じゃあ兎になることにしましょうか?」

 「出戻りかよ。人間に生まれ変わったのにまた兎に戻らなくちゃいけないのかよ」

 「嫌ですか?」

 「嫌っていうわけじゃないけど、そうする意味が分からない」

 「むー。ウサギさんって結構わがままですねぇ……」

 「自分の将来の夢だからね。そりゃあわがままにもなるさ」

 確かにそれはそうかもしれませんが、これじゃあいつまでたっても占えない気がします。






 「じゃあ普通の夢占いに切り替えますか……」

 「普通の奴もあったのかよ。なんでそれを初めに持ってきてくれなかったんだ」

 「だって普通すぎると退屈じゃないですか」

 「君の価値観がたまに分からない」

 よく他人に言われます。


 「じゃあウサギさん。昨日見た夢を教えてください」

 「昨日見た夢? えーっとなぁ……確か俺は道を歩いてたんだよ」

 「へぇー。道を歩いていたんですか。国道何号?」

 「知らないよそんなの」

 「あ、県道の方ですか?」

 「いや、だから知らないってば。
  とにかく、その道を歩いて居たら、道にそって生えてる木が紅葉に染まってて、すっごく綺麗だったんだ」

 「へぇー。まるで夢のようでしたか?」

 「まあ実際夢だったからね。
  それで、その道を歩いていると小さなそば屋を見つけたんだよ」

 「ふむふむ」

 「そのそば屋で蕎麦が食べたくなって、その店に入ったんだ。
  それで月見ソバを頼んで食べようとしたら、七味唐辛子を思いっきりかけてしまって辛かったという夢」

 「……えらく日常的な夢を見るんですねウサギさん」

 「いっておくけど昨晩はこうだったってだけだからな?
  いつもこんな夢見てるわけじゃないから」

 言い訳がましいのが気になりますけど……まあいいです。



 「よし! 材料は出揃いました!! 今から私が占ってあげますよ!!」

 「よし任した」

 「ウサギさんの深層心理はですねぇ……ずばり、紅葉が見たい!!」

 「えー!?」

 「そしてなんと月見ソバも食べたいんですっ!! この欲張りさんめっ!!」

 「ちょっと待てよ千夏!! それ、夢から深層心理を暴くって言うか、夢そのものを発言しているだけだと思う!!
  いくらなんでもそのまますぎるだろっ!!」

 「でもこの夢占いの本に書いてあるしなぁ」

 「その本、全然役に立たないな」

 「まあ占いなんてしょせん遊びのような物ですからね。
  細かい事を気にしちゃだめですよ」

 「それを占った本人が言うかね」

 それはなんかもうすみません。






 「じゃあ白昼夢占いでもしますか?」

 「え? なにそれ?」

 「その名の通り白昼夢で占うんです。
  ウサギさん、最近見た白昼夢はなんですか?」

 「そんな幻覚見たこと無い」

 そりゃあ残念。





 11月17日 木曜日 「靴の中のトラップ」

 「いったあーーーーい!!! おい!! 誰だこんな事した奴は!!??」

 「千夏お姉さま? どうかしたんですか!?」

 「どうかしたじゃねえよ!! ……はっ!!
  お前か!? リーファちゃんがこれをやったのか!?」

 「ちょ、いきなり掴みかからないで!! お姉さまがご乱心じゃー!!」

 どこの殿さまだ私は。


 「いいから白状しなさい!! あんただろ!? あんたがこんな事したんだろ!?」

 「だから一体何のことなんですか……。
  それが良く分からないのにうんと頷けませんよ……」

 「私がですねっ、学校に行くために靴を履いたらですねっ、
  靴の中に画鋲が仕込まれてたんですよっ!!」

 「あらあら。それは大変ですねぇ」

 「その他人事な発言っ!! やっぱりあなたですかリーファちゃん!!」

 「言いがかりですよそれは!! なんで私が千夏お姉さまの靴に画鋲を仕込まないといけないんですか!!」

 「今更何言ってるんですか!! 散々罠とか仕掛けてたくせに!!」

 「私だったらもっと上手く、尚且つ威力の高い罠を仕掛けますよ!!
  例えば発火装置とか地雷とかそんな物をっ!!」

 「うん! 確かに!!」

 「すごい勢いで納得しましたね……」

 言われてみればそうだったからですよ。





 「それにしても一体誰がこんな酷い事をしたんでしょうか?
  むむむ……すっごく腹が立ちます」

 「千夏お姉さまを恨んでいる人の犯行じゃないですか?」

 「それじゃあ雪女さんかなぁ?」

 「まず初めに家族の名が挙がるんですね。自分を恨んでいるであろう人の候補に」

 「かなしい家族関係ですね。我ながら。
  でも雪女さんはこんな事しないと思います」

 「信頼してるんですね」

 「あの人はそんな度胸ないと思います。だってチキンで有名な雪女ですよ?」

 「雪女って妖怪は怖がりなんですか……?」

 少なくともウチの雪女は臆病だと思います。




 「しかしこんな陰湿な事誰が……?」

 「こういう場合はですね、一番ありえない人間が犯人だと相場が決まってるんですよ」

 「一番ありえない人間……? それって誰ですか?」

 「えーっと、加奈ちゃんとか」

 「加奈ちゃんがこんな事するわけないじゃないですか!!
  だって加奈ちゃんは天使のように純粋な子ですよ!?
  リーファちゃんのような血に塗れたアサシンと一緒にしないでください!!」

 「うわー。小学生でありながらすでに親バカになってるよ。
  これじゃあ将来が心配だぁ。しまも私の事すっごく嫌な感じに言われてるし」

 日ごろの行いの所為ですよ。


 「じゃあその裏をかいて一番ありえる人間って事なんじゃないですか?」

 「一番ありえる人間……?」

 「春歌さんとか」

 「あー。ありえるありえる」

 「一応あなたの母親なのに」

 だからこその疑いなんですよ。





 「お母さん!!」

 「何よ千夏。まだ学校行ってなかったの? もしかして学校をズル休みする気なんじゃないでしょうね?
  そんな事お天道様が許しても私が許さないわよ!! 給食費、なんのために払っていると思ってるの!!」

 「うるさいうるさいうるさーい!! お母さん!! 私の靴の中に画鋲を入れたでしょ!?
  この少女漫画的湾曲思考を持つダメ母親めっ!!」

 「おーっ。朝っぱらから自分の娘にここまで罵倒されるとは思ってもみなかったわ」

 「えらく冷静ですね……」

 「まあねリーファちゃん。だって千夏のヒステリーには慣れているもの」

 本人を目の前にヒステリーとか止めてください。そして冷静に対応しようとしないでください。
 なんかむかつくから。

 「それでどうしたの千夏? 優しいお母さんに全て話してごらんなさい?」

 「全部私は言い切りましたよ!! お母さんが私の靴に画鋲入れたんでしょ!?」

 「私がそんな事するわけないでしょう?
  もし私がやるのだったら、画鋲なんて甘ったるい物なんて入れないで毒ガエルやオニカサゴを靴に仕込むわね」

 「うわー!! リーファちゃんよりなんだか陰湿だっ!!
  明日から靴の中身を見てから足を通す事が習慣づくぐらい衝撃的だっ!!」

 さすがお母さんですね。
 こんな僅かな時間に私に靴に対してのトラウマを植えつけるだなんて。
 非道っぷりが素晴らしいです。



 「だから私はそんなしみったれた事やってないわよ。
  犯人扱いはやめてちょうだい」

 「たとえ犯人じゃなくても今のうちにしかるべき国家権力に引き渡した方が良いと思うのは気のせいですかね?」

 「春歌さんが犯人じゃないとすると……一体誰が犯人なんでしょうか?
  やっぱり加奈ちゃんとか?」

 「あなたは加奈ちゃんに何か恨みでもあるんですか?」

 そんなに犯人に仕立てようとして……。
 なんだかやっぱりリーファちゃんが怪しくなってきましたよ?




 「あれー? ママがいるー」

 「あ、加奈ちゃん。……そうだ、加奈ちゃんさ、ママの靴に画鋲を入れた人知らない?」

 「がびょー? しらなーい」

 「そうだよねぇ。やっぱり知らないかぁ……。変なこと聞いてごめんね」

 「あー! でももしかしたら……」

 「え? 加奈ちゃん何か知ってるの!?」

 「えーと、えーと、昨日カナががびょーで遊んでいたら……」

 加奈ちゃんは1人で画鋲使って遊ぶ子なんですか。
 なんだかちょっと哀しい子どもに育ってしまいましたね。
 教育方針変えなくちゃ……。

 「がびょーで遊んでいたらね、がびょーのせいれーが出てきて……」

 「画鋲の精霊!?」

 またあいつらの仕業だったんですか。






 「びっくりしてがびょーを振り撒いちゃった。
  もしかしたらその時に入っちゃったのかも」

 「そうだったんですか…………って、ええ!!??
  加奈ちゃんの所為だったの!?」

 リーファちゃんの推理が当たってしまいました……。



 ちなみに、ちゃんと後で加奈ちゃんを叱っておきました。







 11月18日 金曜日 「掃除機の中身」

 「千夏!! たまには部屋の掃除をしなさい!!」

 「えー? 面倒だからお母さんがやってくださいよ。
  一応主婦なんだし」

 「面倒って、あなたの部屋でしょうが!! 自分でやらなくちゃいけないの!!」

 「だからいいですってば。自分の部屋なんだから、多少汚れてたって平気です」

 「もー!! そんな事ばっかり言ってるといずれゴミの家なんかに住む事になるのよ!?
  近所の人から煙たがられて、ダメ人間の烙印を押されるのよ!?」

 「近所の人って言ったって、この家の周囲は遊園地に囲まれてるからなぁ……」

 「ごちゃごちゃ言ってないでさっさと掃除するの!! この部屋を今日中に綺麗に出来なかったら晩御飯抜き!!」

 「そ、そんなぁ……」

 母親らしい横暴な理論のおかげで、私は自室を掃除する事になってしまいました。
 あーあ。こりゃ面倒だ。



 「仕方ないですね……一応掃除機でもかけておきますか」

 私は渋々ながらも掃除の準備をします。
 しかし掃除機っていう物は便利ですよね。楽々に部屋を綺麗に出来るんだから。
 文明万歳ですよ。

 「コンセントを差し込んでっと。よし! いざ、掃除開始なり!!」

 妙なテンションで私は掃除機のスイッチを入れます。
 こんな風に楽しまなくちゃなってられないですよ。

 『ガガッ、ガガッガガガッガガガッ!!!!』

 「う、うわっ!? 掃除機から恐ろしい音が!?
  何が起こったんですか!?」

 私は急いで掃除機のスイッチを切ります。
 もしかしてこの掃除機、壊れてしまったのでしょうか?
 せっかく私が掃除をやる気になったばかりだというのに……。



 「もしかして何か変なの吸い込んじゃったのかな?」

 掃除機から、吸い込んだゴミを収納しているパックを取り出しました。
 多分この中から嫌な音が鳴ったと思うんですけどね。

 「…………なんだこれ? 500円玉?」

 ゴミのパックの中から出てきたのは、大量の小銭。
 どうやら私の前にこの掃除機を使っていた人が吸い込んだらしいですね。
 っていうかざっと見ただけで数千円分ぐらいありそうなんですけど?
 我が家の貴重な財源がこういう形で失われていたのかと思うとぞっとします。
 というか、吸い込んだ奴は何で気付かなかったんだ。

 「誰ですかこんなもの吸い込んだ人は……。まあ十中八九お母さんなんでしょうけどね。
  他人には節約しろと言ってるくせに自分はこんなにもったいない事して……ホント呆れますよ。
  …………あれ? まだ何か入ってる」

 本当は嫌ですけど、私は掃除機のパックの中に手を突っ込んで中に見えた物を引きずり出します。
 それはなんていうか、ぺらぺらな物体で、妙に湿っている物でした。
 そうまるで、ベーコンのような物でした。

 というかベーコンでした。

 「なんで!? なんでベーコンが丸々一枚掃除機に入ってるの!?
  何があってこういう状況に陥ったの!?」

 私はベーコンさんに問いかけますが、ぺらぺらの彼は答えてくれません。
 答えてもらっても困るけど。



 「……やっぱりウチの掃除機らしい感じですね。入ってるものが混沌としてます。
  もしかしてまだ何か変なものがあるんじゃ……」

 私は試しにパックを逆さまにして、中に入っている物を外に出してみました。
 そうしてみると、一番初めに飛び出してきたのは何故か生卵がみっつでした。

 「なんで!? なんで卵が吸い込まれているの!?
  っていうか掃除機の吸い込み口じゃ卵は吸い取れないじゃん!!
  どうやって中に入ったの!?」

 さっきのベーコンの存在といい、もしかしてベーコンエッグでも作ろうと思っていたんでしょうか?
 掃除機を使って。


 ……まさかね。




 「千夏ー。掃除終わったー?
  …………って何してるのよ!! 掃除機の中身をぶちまけてたりして!!」

 「え!? あ、あ、お母さん!! 実はですねっ、掃除機からベーコンエッグがっ!!」

 「ベーコンエッグバーガーなんてどうでもいいわ!!
  なんで掃除しなさいって言ってるのにさらに汚してるのよ!!」

 「勝手にバーガーまで付け加えないでくださいよ」

 まだ掃除機の中にはハンバーグとパンは無いんだから。








 11月19日 土曜日 「ガリバー体験」

 「ううぅん……」

 布団の中でゆっくりと目を開ける私。
 夢から覚めた直後に見た物は私の部屋の天井。
 やっぱりというか当然というか、ここは私の部屋でした。

 「え〜っと、今日は土曜日かぁ……。
  休みだし、どこか行こうかなぁ……。
  でも寒いし、家の中で一日中ゴロゴロしてようかなぁ?」

 休みの日の朝は、こういった計画を立てるのがとても面白いですよね。
 まあ大抵の計画は実行されないままになるんですけど。
 私、基本的に出不精だし。


 「まあいいや。とにかく今は二度寝を……」

 布団の中にもぐりこんでウトウトしようとする私。
 しかし、そこで自分の身体にまとわり付いている違和感に気付きました。
 なんていうかその……身体が動かないんですよ。
 全然。指一本も。

 「も、もしかして金縛り!?」

 リーファちゃんに痺れ薬を盛られたという可能性もありますが、
 食事から大分時間が経っているはずなのでそれはありえないでしょう。
 という事はやっぱり霊現象……。

 「ど、どうしよう!! だ、だれかー!! 誰か助けてー!!」

 「もーっ! ママうるさいよぉ」

 「え? あれ? 加奈ちゃん!?」

 何故か私のベッドの隣に居る加奈ちゃん。
 もしかして寂しくなって私の部屋にでもやってきたのでしょうか?
 とりあえず人が居て助かったです。
 加奈ちゃんに助けを呼んでもらえば……。

 「……って、その手に持ってる物はなんなの加奈ちゃん?」

 「んー? えーっとね、ロープだよ?」

 「ロープ? なんでそんな物持って……」

 「これでね、ママの身体を縛るのー♪」

 「そっかぁ♪ 私の身体を縛るのかぁ♪ …………って待てやオイ!!!」

 何さらりと恐ろしいこと言ってるんですか。
 何度も言っているかもしれませんが、私はマゾじゃねえっての!!


 「ってああっ!! よく見たらもうすでに私、ベッドに括り付けられているし!!
  道理で身体が動かないはずだよ!!」

 「ママ動かないでよー。上手くしばれないー」

 「やっぱりこれは加奈ちゃんがやったんですか!?」

 どうして私にこんな事を……?
 はっ! もしかしてこれが反抗期という物じゃ……。
 最近の子って怖いわ……。



 「加奈ちゃん。あのね、そういう時期だからお母さんを疎ましく思うのは分かるけど、
  いくらなんでもこういう風に縛るのは良くないと思うんだよね。
  私は心優しい加奈ちゃんが好きで……」

 「ママ何言ってるのー? カナよくわかんないー」

 「えーっとですね。だから簡単に言うとですね、この縄解いてー!!」

 「えー。ダメだよー。せっかくここまでやったのにぃ」

 「妙に上手く作れてしまった砂のお城を崩すのが惜しくなってしまった的な事を言わないでくださいよ。
  っていうか私を素材としてオブジェを作らないでよ!!」

 加奈ちゃんの将来の性癖が恐ろしいですよ。
 良い子に育てられるんだろうか……。



 「ぶー。分かったよう……」

 「よしよし。良い子ですよ加奈ちゃん。
  ……それんしても、なんでこんなSMプレイしようと思ったんですか?」

 「えすえむ? カナはガリバーさんごっこしてただけだよー」

 「ガリバーさんごっこ? ……ガリバーってあの、ガリバー旅行記の?」

 なるほど。確かにあの物語には小人の手によってガリバーが縛られる場面がありましたね。
 それをモチーフにしたわけですか。
 なるほどなるほど。納得納得。

 ……加奈ちゃぁん。そういう遊びは相手の了解を取りましょうよぉ。
 急に縛られたら誰だってびっくりしますってばぁ。




 「もうこんな事しちゃダメだよ加奈ちゃん?
  人の身体を勝手に縛るのはいけない事なんだからね?」

 「うん……。ごめんなさぁい……」

 「分かってくれればいいんです。
  しかしまあ子どもの手にしてはよくここまで綺麗に縛る事ができましたね……。
  やっぱり加奈ちゃんにはそっちの才能があるって言うんですか……」

 「この縛り方ねー。おばあちゃんに習ったのー」

 「おばあちゃんって事は……私のお母さん!?
  なんでお母さんが!?」

 「ママは縛ると喜ぶわよって言って教えてくれたー」

 「あのバカ母親がっ!!!」

 加奈ちゃんに変なこと教えてるんじゃねえよ。



 っていうか加奈ちゃんも加奈ちゃんでそれを真に受けないでよ。











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