11月27日 日曜日 「ふりかけとお昼ご飯」

 「ふあぁ……。やっぱり休みの日の二度寝は気持ち良いですねぇ。
  もうお昼になっちゃて、少し時間がもったいなかった気がしますけど」

 「あら。ようやく起きたのね千夏」

 「ああ、お母さん。おはようございます」

 「まったくもう。休みの日だからってぐうたら過ごして……」

 「あはは……」

 お母さんの小言はいつも通りですねぇ。
 なんだか休日のたびにそんな事言われている気がします。
 同じ事ばかり言って飽きないんでしょうか?


 「えーっと、お母さん。お腹空いちゃったんでお昼ご飯いいですか?」

 「……ちっ。このタダ飯ぐらいめ。なんで寝て起きただけでお腹空くのかしらね?
  ご飯食べるなら少しは働いてもらいたいわ」

 「無茶言わないでくださいよ……。人間って言うのはですね、基礎代謝が一番カロリーを使ってるんですから。
  生きてるだけでお腹が空く生き物なんですよ」

 まあ私はロボットなんでそれが当てはまるか良く分かりませんけども。
 とにかく、パソコンのスタンバイモードの様にはいかないのです。



 「本当に仕方の無い子ねぇ……。はい、これがお昼ご飯よ」

 「わーい♪ 白飯だぁ……ってお母さん。このお椀一杯のご飯だけが昼食なんですか!?」

 「何を馬鹿な事言ってるのよ。そんな訳無いじゃない」

 「あは、あははは……。そうですよね。いくらお母さんでも、そんな酷い事しないですよね。
  ごめんなさい。早とちりしちゃいました」

 「そのご飯には、このふりかけが付いてきます」

 「やっぱ最悪だ!! さっきと大してかわんねぇよ!!!」

 「大人のふりかけなのよ!?」

 「知らないよ!! ふりかけの種類がどうであろうが、知ったこっちゃないよ!!」

 びっくりする程ひもじい昼食ですね。
 この現実に泣きそうになるわ。




 「もしかして……のりたまじゃなきゃダメだとか?」

 「だからふりかけの種類に怒ってるんじゃないってば!! なんだよこのお昼ご飯!!
  日本人の食事の基本は、飯、汁、そしておかずじゃないの!?
  そういう構成じゃないの!?」

 「そんなスタイルになったのは明治時代ぐらいからでしょ。
  その前はお百姓さんは雑炊のようなご飯だけで我慢を……」

 「ウチは百姓じゃないでしょ!? 現代に生きる一般家庭でしょ!?
  ちょっと人外な家族が多いだけの!!」

 「そういえばそうだったわね。すっかり百姓だと思い込んでたわ」

 なんでだよ。なんでそんな暗示が掛かっちゃうんだよ。
 どんな日常生活を営んできたというんですか。



 「じゃあやっぱりお茶漬けにしよっか?」

 「人の話を聞けよ!! 飯、汁、おかずの三品を用意してくださいって言ってるんです!!」

 「お茶漬けはご飯にお茶に、そしておかずとなりえるお茶漬けの素が入ってると思うんだけど……」

 「そんな理論で騙されませんよ! いや!! 私は騙せても、私の胃袋は騙せないねっ!!」

 「おそるべし千夏の胃袋」

 いや、そんな風に乗ってこなくてもいいですから、はやく私に普通のお昼ご飯をください。





 「っていうかさ、少し前から気になってたんだけど、最近の私たちの家の食事って、かなりダメな感じになってるよね?
  冷蔵庫の奥で眠っていたレンガ状の食材を使ったり、コンビニ弁当を自分が作ったと言い張ったり。
  どうかしたんですか……? うちの台所事情は」

 「……実はね、皆には知らせてないけど大変な事が起きてるの」

 「大変な事……? それって一体……」

 「台所で、戦争が起きてるのよ。その名も、『料理戦争』」

 「へぇー」

 そうっすか。そりゃ大変っすね。

 「まず事の始まりはキッチンの冷蔵庫同盟から始まったの……。
  なんと同盟の中の野菜室帝国が、電子レンジ共和国と手を結んで冷凍庫国を攻めだしたのよ!!」

 「はぁ。そうですか」

 「そうしてすぐに、冷凍庫共和国はほとんど野菜室帝国に支配されてしまったわ……。
  幾多もの冷凍食品たちが自国を守るために戦ったのだけど、全て電子レンジの手によってアツアツの料理になってしまった。
  こうして、冷蔵庫の中は暗黒の時代になってしまったのよ」

 「ふーん」

 「でもね、希望はあったの。冷凍庫国の姫であるエビマヨ=グラタン姫が、
  野菜室帝国を倒してくれる英雄を探すために密かに国を離れたのよ!!
  そして彼女が見つけたのは、辺境の地であるまな板平地で隠居暮らしをしていた剣士、包丁さんだった!!
  こうして、彼の力を借りてエビマヨ姫は冷凍庫国の奪還を……」

 「……いらない部分を省略して、私にもきっちり分かるように教えてください。
  なんで、今日のお昼ご飯はこんなにしょぼいんですか?」

 「私が作るのが面倒だから」

 「オイッ!!!!」

 一言で全部済んじゃったじゃないか!!!!






 11月28日 月曜日 「玲ちゃんの友達」

 「あーあ。空が青いなぁ……」

 正午ごろ。私は学校の屋上で空を眺めていました。
 別に貴重な昼休みを屋上で昼寝する事で消化しようだとか、そういった気持ちでここに居るんじゃないです。
 ええ。以前同じような事があったように、またしてもいじめっ子たちによって屋上に締め出されたんですよ。
 なんなんだって言うんですよ。なぜ私が屋上に締め出されなくちゃいけないんですか。
 冬の、木枯らしが吹きまくるすっごく寒い屋上でブルブルと震えなくちゃいけないんですか。
 もしかしてこれって、暗にここから飛び降りやがれっていうサインなんですか?
 ちくしょうめ……酷いったらありゃしないよ。


 「……そういえば前回はここで玲ちゃんに会ったんでしたっけ」

 幽霊で、私の友達の玲ちゃん。
 どうやらここから飛び降りて死んだ幽霊らしいですが、詳しい事は良く分かりません。
 そういえば最近見ないなぁ。もしかして成仏しちゃったとか?
 ……ありえなくも無いから怖いですね。

 「んー? 今、私の事呼んだぁ?」

 「呼んだって訳じゃないですけど、確かに玲ちゃんの事は考えてまし……ったぁ!?」

 「うわっ! もう、急に叫ばれるとびっくりするじゃない」

 「急に話しかけられたこっちがびっくりしましたよ!!」

 寝転がっていた私の枕元……と言えるような位置に、いつの間にか件の玲ちゃんが立っていました。
 こういう霊現象的な登場の仕方は止めて欲しいんですけど。
 心臓に悪すぎます。いつか驚きのあまり死んでしまいますよ。



 「はろー♪ 元気してた千夏ちゃん?」

 「え、ええまあ……私は相変わらずでしたけど、玲ちゃんの方はどうですか?
  何か変わった事とかありませんでしたか? 例えば、天使に連れて行かれそうになったとか」

 「あははは。何それ? 新手の勧誘?」

 「ある意味で勧誘だと思います」

 行き先は販売会じゃなくて天国だと思いますけど。

 「大丈夫だよー。私、そういう詐欺には強いから」

 「はぁ……まあ玲ちゃん相手に詐欺しようなんて思う人はそもそも居ないと思いますけどねぇ」

 幽霊だし。

 「何を言ってるのよ千夏ちゃん。私だってね、そういう勧誘みたいなのに会った事あるんだよ?
  勧誘っていうか、スカウトっぽかったけど」

 「へぇー。物好きな、というか非常にシックスセンスが優れた人が居たものですね。
  玲ちゃん相手にそういう事するなんて」

 「シックスセンス?」

 「気にしないでください」

 「うん。分かった」

 「素直でよろしい。で、玲ちゃんを勧誘しようとしてくる人ってどんな人間なんですか?
  少しばかり興味があるんですけど」

 「えーっとねぇ、黒いローブを着ててぇ」

 「そのワンフレーズだけですっげぇ怪しいな」

 「すっごく痩せてて、まるで骨みたいな顔してて……」

 「へぇ……。またきっつい人ですね」

 「それでね、大きな鎌を持ってる人だった」

 「ふ〜ん……それってまるで、死神みたいな人ですね。
  …………っつうかそれは死神だろ」

 「え? そうだったの? それは怖いなぁ」

 玲ちゃんは天使に連れて行かれる前に死神の勧誘を受けていたんですか。
 なんかやばいですよ玲ちゃん。
 もし付いていっちゃってたら、どこに連れて行かれるか分かったもんじゃないですよ。



 「良かったね玲ちゃん……」

 「なにが?」

 「別に」

 「あー! そうだあ!! あのね、私、千夏ちゃんに話したい事あったの!!」

 「え……? 私に話したい事?」

 「うん! 実はね、私に千夏ちゃん以外の友達が出来たんの!!」

 「へぇ……私以外の友達が」

 という事はその人も幽霊が見える人だっていう事なんでしょうか。
 面倒臭い才能を持った人も居たもんですね。

 「うん! だからね、千夏ちゃんに紹介したいなぁって思って!!
  だって、友達の友達は友達だもんね!?」

 「そうでも無い事もありますけど……まあいいです。
  とりあえず、紹介してくださいよ。私だって、仲良くなれるのならそれで良いと思いますから」

 「それじゃー紹介しまーす♪ じゃーん!! 私の友達の、大妖怪ちゃんでーす!!」

 「え!?」

 「どうもー、大妖怪でーす」

 イジメっ子の手によって鍵が変えられていた屋上のドアを開き、恥ずかしそうに大妖怪が登場しました。
 どうやら、彼女も玲ちゃんが紹介しようとしていた友人が私だとは知らなかったみたいですね。
 私のほうを見て硬直してるし。




 「……」

 「……」

 「……」

 お互いに黙り込む私たち。
 これ、どうしましょうかね?
 とりあえず……やっておく事はやっておきましょう。

 「どんな魑魅魍魎コンビだよ!!」

 「へ?」

 …………心の平穏を手に入れるために突っ込んでみました。
 まあ、だからといって何も現状は変わらないんですけど。
 以上、現実逃避でした。





 11月29日 火曜日 「すっごいせんべい」

 「あれ……? この私んちのテーブルにどっさりと乗っているのはせんべいですか?」

 「そーですよー。せんべいです」

 「もしかしてこれ、雪女さんが買ってきたとか? えらくたくさんありますけど、せんべい祭りでもする気だったの?」

 「なんですかせんべい祭りって?」

 「トマト祭りがトマトを他人に投げまくる祭りなんだから、
  せんべい祭りはせんべいを他人に投げまくる祭りなんじゃないですか?」

 「へぇー。なんとなく痛そうで、そしてしょうゆの匂いが立ち込める祭りですねぇ」

 無いけどな。そんな祭り。



 「それで、この大量のせんべいはどうしたの? 今空前のせんべいブームってわけじゃないんでしょ?」

 「えへへー♪ なんとこれはですねぇ、私が作ったんです!!」

 「作ったの!? これを? 雪女さんが?」

 「そうでーす♪ すごいでしょう?」

 すごいっていうか無駄な技能があるというか。
 どこの一般家庭でせんべいを手作りする人間が居るっていうんですか。
 ある意味尊敬するわ。

 「ふ〜ん……よくやりますねぇ」

 「楽しいですよ。せんべい作り。せんべいを作っている間だけは、辛い現実を忘れられるんです」

 「つまりこのせんべいには雪女さんの現実に対する絶望感やら慟哭が詰まってるわけですね。
  なんとなく辛そうですね」

 「そんな事無いですよ。すっごく美味しいはずです」

 「ふ〜ん…………じゃあ食べてみちゃってもいいですよね?
  いただきま〜す」

 「あっ、千夏さんっ! それはダメ……」

 『ガギッ!!』

 せんべいをかじった途端、私の歯が恐ろしい軋みを鳴らしやがりました。


 「にゃああああああぁ!!!! 痛い!! 死ぬほど痛い!!」

 「ああっ!! だからダメだって言ったのに!!
  それはダイヤモンドくん3号なんですよ!!」

 「な、なんですかそのせんべいにあるまじき名前は!?」

 「このせんべいはですね、固さを極めるために作った物なんです。
  その硬度はすでに鉱物の域まで踏み込んでいて、常人の歯では噛み砕く事なんてできません。
  なんていったって、銃弾でさえ弾く事ができるのですから」

 「なんてせんべい作ってるんですか!! そんなもの、役に立たないじゃんっ!!」

 「そんな事ありません!! アメリカの方から、防弾チョッキの新素材に
  このせんべいを使いたいという話が私に持ちかけられていて……」

 せんべいを使った防弾チョッキってなんなんですか。
 っていうかそれはもはやせんべいじゃない。しょうゆ味の鉱石だ。


 「……もういいです。こっちのせんべいを食べますから。こっちだったら大丈夫ですよね?」

 「ダメです千夏さん!! それは危険よ!!」

 「え? え? このせんべいもダイヤモンドくん3号なの?」

 「いいえ。そのせんべいは、切り裂きジャックくんRです」

 「またしてもせんべいの名にはふさわしくない名称ですね」

 「そのせんべいはですね、切れ味を特化させたせんべいなんです」

 「……は? 何言ってるんですか?」

 全然あなたの言ってる事の意味が分からないんですけど。
 どっか頭打ったのか?

 「こんな事を経験した事ってありませんか?
  せんべいを食べてて、口の中で硬くて尖ったせんべいの破片が租借の力を借りて口の中に刺さっちゃう事」

 「ああ……確かにあった気がしますねぇ。
  でもそんなに痛いという程のものでは無かった気がしますけど?」

 「そうです。所詮せんべいなので、たいした痛さはありませんでした。
  しかしっ!! この切り裂きジャックくんRは、そのダメージを致命傷レベルまでUPさせたのですぅ!!
  このせんべいを食べれば、その破片によって口の中がズタズタにされますっ!!!!」

 「何やってるんだよあんた!!」

 なんて物騒なせんべい作ってるんですか。
 っていうか、それは本当にせんべいか?

 「なんでこんな物を作ってるんだよ……。何に使うつもりだったんですか……?」

 「えっとですね、これはリーファちゃんに頼まれて作ってたんです」

 そうか。私を暗殺するための物か。
 納得納得。





 「雪女さんのその無駄な才能は、他の所で活用した方がいいと思いますよ」

 「うーん。そう言われましてもねぇ。私、ただせんべいを作るのが好きでやってる事ですし。
  ほら、好きこそ物の上手なれって言うじゃないですか。
  だから、好きじゃないものでこういうの作ったらきっとダメになっちゃうと思うんですよ」

 「そういう物なんですかねぇ……。というか、雪女さんが作っているのはせんべいとは言えないですけどね」

 人殺せるし。

 「……ちなみに雪女さん。このせんべいの能力は一体なんなんですか?」

 「ああ。それですか? それはですね……」

 「それは?」

 「癌を治す事が出来るせんべいです」


 ……
 …………
 ………………おめでと〜。ノーベル賞の受賞、おめでと〜ございま〜す。







 11月30日 水曜日 「大妖怪、おびき出し作戦」

 「ウサギさん……大妖怪、見つかりました?」

 「ん? なんだよ千夏。出会っていきなりそんな事聞いてきて」

 「いや〜……なんていうか、ちょっと気になっちゃいまして」

 「全然、見つからないよ。いったいどこに隠れてるんだか。
  このまま時間ばかりが過ぎてくと、さすがに辛いな……」

 「そっかぁ……。あのですね、1つ聞きたい事あるんですけどいいですか?」

 「え? なに?」

 「ウサギさんって、なんで大妖怪を見つけようとしてるんですか?
  やっぱり過去の復讐のため……?」

 ウサギさん。正しくはウサギさんの身体は、ずっと昔に大妖怪の親玉にやられちゃってるんでしたよね。
 まあ悔しい気持ちは分からないでもないんですけど……それでも、やっぱりそういう復讐心に囚われるのはいけないと思うんですよね。
 心の健康に悪いと思います。

 「……まあ復讐っていうか、決着を付けるためというか。
  あいつ倒さないと、ずっと昔に縛られたままで前に進めなさそうだからな。
  それに、あいつを放っておいたら大変な事になるし」

 「……そうですよね。やっぱり、あの大妖怪は倒さなくちゃいけませんよね」

 「どうしたんだ千夏? そんな事聞いてきて?」

 「実はその……大妖怪に繋がりのある人間が私の知り合いでして……」

 「本当なのかそれ!?」

 私は、ウサギさんに玲ちゃんと大妖怪の事を話す事にしました。
 私の友達がウサギさんの敵と友好関係を結んでいると知られるのはあまり気が進みませんでしたけど、
 でも必要な事だったんだと思う事にします。




 「……なんか千夏は微妙な人間関係の渦に飲み込まれてるね」

 「そうですね。すっごく微妙な人間関係の渦ですよ」

 私的にはこんな変な感じの三角関係は要りませんけど。

 「それでその、玲ちゃんに頼んで大妖怪を呼び出してもらってですね……」

 「千夏はそれでいいのか?」

 「え?」

 「だって、友達を利用する事になるんだぞ?
  それでも、千夏は構わないのか?」

 「……今はそれも仕方ない状況だと思います。
  やっぱり、大妖怪の力はすっごく脅威ですから」

 「……本当にいいのか?」

 「私は今何が大事で、そして何を捨てるべきか分かっている人間だと思いますよ。
  大義のために何一つ決断できない程、甘ったれた人生を歩んでるわけじゃないです」

 「……強いな千夏は」

 強いんじゃなくて、弱く生きないように頑張ってるだけですよ。








 「というわけで玲ちゃん。あなたの力を貸して欲しいんです!!」

 「んーっと、よく分からないけど、大妖怪ちゃんを呼べばいいんだね?」

 「そうです! お願いします!!」

 「まあ別にいいよー。あの子呼んであげるー」

 うう……。やっぱり罪悪感に苛まれますね。どういい訳しても玲ちゃんを騙しているわけですから。
 私はあまりその事を気にしないようにして、玲ちゃんに頼み込み続けました。


 「それで……大妖怪とはどうやって連絡を取り合ってるんですか?
  携帯電話とか? もしかしてパソコンのメール?」

 「私、携帯電話とか持ってないよー。パソコンも。
  欲しいとは思ってるんだけど、いつもお店に無視されちゃって買えないんだよねー」

 そりゃそうだろうね。幽霊なんだから。
 プロバイダ契約とか出来るわけが無い。

 「じゃあどうやって連絡とか取り合ってるの? もしかして古典的に手紙を使うとか?」

 「ん……大抵はあの子の方から私に接触を求めてくるしなぁ。
  ご飯が無くなったらね、私の所に食べにくるの」

 「それってたかられてるんじゃないんですか!?
  玲ちゃん、利用されてるよ!!」

 「あははは。そんな事無いって。千夏ちゃんは疑い深いなぁ」

 玲ちゃんが疑う心を知らなさ過ぎるんだと思います。



 「じゃあいったいどうやって大妖怪を呼び出せば……」

 「う〜ん……あ、そうだ!! 1つだけ連絡方法があったんだ!!」

 「え!? 本当ですか!?」

 「うん!! あのね、ハトに手紙を付けて……」

 「伝書鳩!?」

 えらくあいまいで届くかどうか心配な連絡方法ですね。
 本当に大妖怪を呼び出せるんですか?



 12月1日 木曜日 「待ちぼうけ」

 「……」

 「……」

 「……」

 「……きませんねぇ。大妖怪」

 「……そうだね。やっぱり伝書鳩じゃ無理があったんじゃないかな」

 私とウサギさんは、学校の屋上で大妖怪が現れるのを待っていました。
 昨日、玲ちゃんから大妖怪との唯一の連絡線である伝書鳩を使ってあいつをここに呼び出してみたんですけど……
 一向に現れる気配がありませんね。
 もしかしなくても無駄骨でしたか?


 「ごめんなさいねウサギさん。なんだか意味が無い事させちゃったみたいで」

 「いや……。どんな手段であっても頼りたかった状態だったからね。
  それにまだ来ないと決まったわけじゃないよ。もう少しだけ待ってみよう」

 「そうですね……」

 なんていうか、この待ってる時間がすっごく辛いです。




 「……そうだっ! ただ待ってるだけなのも何なんで、大妖怪が現れた時のシミュレーションしませんか?」

 「シミュレーション?」

 「そうですよ。もし急にあの大妖怪が現れちゃったら、いろいろと対応に困っちゃうかもしれないじゃないですか。
  だからですね、シミュレーションをして心構えを万端にしておくんです!」

 「心構えって言われても」

 「ウサギさんは大妖怪が現れたらまずどうしますか?」

 「う〜ん……とりあえず先制攻撃でパンチ?」

 「ダメですよ!! 全然ダメダメです!! ゴングが鳴っていないのに先制攻撃だなんて、どこの悪役レスラーですか!!!」

 「俺はレスラーじゃないぞ?」

 「知ってますよ! そうじゃなくて、先制パンチは正義の味方として失格です。
  決してやらないように」

 「でも兵法では先制攻撃と不意打ちは基本中の基本だぞ?」

 「今の状況では孔子なぞ知らん。正義の味方の倫理に従うべきなのです」

 「正義の味方はずいぶんと合理的じゃない戦いをしてるんだな……」

 そんなもんですよ。ヒーローっていうのは。




 「じゃあどうすりゃいいのさ?」

 「えーっとですね、もし大妖怪がここにあらわれたとしたら、大妖怪に言ってやるんですよ。
  『よくぞここまで来たな!! 待っていたぞ!!!』って」

 「そっちの方がなんとなく悪役っぽく思えるんだけど?」

 「そうですか……? じゃあ『ふふ……。よくぞ臆す事なくここへ来た!!』にしておきましょうか?」

 「そっちもやっぱり悪役っぽい」

 う〜ん……待っているという状況自体がすでに悪役の十八番ですからねぇ。
 どうやってもヒールっぽくなってしまうのかもしれません。

 「じゃあ発想の転換で、逆にこっちから大妖怪の所へ出向くっていうのはどうですか!?」

 「その発想の転換の意味が分からない。大妖怪がどこにいるのか分からないから、
  アイツを呼び出したんじゃないのか?」

 「そういえばそうでした」

 「忘れちゃダメだろ。その事は」

 はぁ……ヒーローっていうのは難しいですねぇ。
 上手く相手へのねぎらいの気持ちを伝える事も出来ません。







 「……っつうか暇だな」

 「ええ本当に」

 「いつまで待ってるんだろうな」

 「本当ですね。待ちぼうけですね」

 「待ちぼうけかぁ。そういった童謡あったよな」

 「ああ。あの、きこりが切り株の前で兎がこけて死ぬのを待っているっていう童謡ですよね」

 「あれ、ひっどい歌だよなぁ。兎、こけただけで死んでんだもん」

 「多分打ち所が悪かったんですよ」

 「切り株に衝突して死んだら、死因はなんて医師に判断されるんだろうな?」

 「コケ死?」

 「その名称は嫌だなぁ……」

 「切り株死」

 「死んでも死に切れないな」


 残念ながら、今日は大妖怪は現れませんでした。
 でもまあ、久しぶりにウサギさんとどうでも良いような会話をのんびりとする事ができたので良かったです。






 12月2日 金曜日 「大妖怪からの電話」

 「……来ないですねぇ。大妖怪」

 「ああ……。本当にな」

 大妖怪を屋上で待ち続ける事3日目。
 まったくといっていいほど大妖怪が現れる様子がありません。
 もしかしてこれはあれでしょうか?
 宮本武蔵が巌流島の決闘でやったように、わざと遅れて来る事で私たちの集中力を奪おうという算段なのでしょうか?
 くそう……地味に嫌な手を使いやがって。


 「どうしよっか? もう待つのやめる?」

 「でもですねウサギさん……。ここまで待ったんだから、もう少し待っても良いんじゃないかって気になってくるんですよね。
  ここで帰ってしまったら今までの時間が全て無駄になってしまうみたいで」

 「ギャンブラーの心理っぽいけどな。それは。
  引き際も肝心だと思う」

 「やっぱりそうですかねぇ……」

 はぁ……。ここ数日間はいったいなんだったと言うんですか。
 無駄な時間を過ごしてしまいましたよ。
 やっぱり伝書鳩なんて信じるもんじゃないですね。




 「……じゃあ帰りましょうかウサギさん?」

 「そうだな。これでお開きにしよう」

 「ふう……。なんかすっごく納得できないですよ……。
  なんで現れなかったんでしょうね? 大妖怪」

 「さあね。もしかしたら俺たちの罠だって事に気付いていたのかもしれない。
  なんにしたって、確かめようも無いけどな」

 「そっかぁ……。本当に残念です……」

 これで大妖怪へ繋がる糸は全て断ち切れてしまった事になりますね。
 また地道な探索で見つけるしかないかぁ……。




 『プルルルルルル!!!! プルルルルルル!!!!』

 「え? 何!? 何の音!?」

 「これは……電話の音?」

 「ウサギさん、携帯電話持ってたんですか?」

 「いや、俺は持ってないぞ。千夏のじゃないのか?」

 「私も持ってませんよ。携帯電話なんて」

 「じゃあ一体……」

 『プルルルルルルル!!!! プルルルルルルル!!!!』

 「ってあれー!? なんですかあれ!?」

 何故か、この屋上に公衆電話ボックスがありました。
 いつからそこにあったんだ? そして、この学校はどういう意図でそんな物を設置してあるんだ?


 「怪しい事この上ないな」

 「ウサギさん……どうしましょうか?」

 「どうしましょうって言われても……」

 『プルルルルル!!!! プルルルルルル!!!!』

 「やっぱり取るしかないんじゃないのか」

 「ええ? 本気ですか?」

 「ああ。もしかしたら、大妖怪の奴かもしれない」

 「そうですよね……。そういうコンタクトの取り方をしてきたのかもしれませんからね。
  ……分かりました!! その電話、私が出ます!!」

 「え!? でも何かの罠かもしれな」

 「大丈夫!! 私の交渉術を見ててください!!」

 ネゴシエーターに憧れて、そういう事をやってみたかったわけじゃないですよ?
 ただ、ウサギさんの役に立ちたかっただけです。本当ですよ?




 『プルルルル……ガチャ』

 「……もしもし?」

 「久しぶりだね。この前会ったのもその屋上だっけ?」

 「あなたっ、大妖怪!?」

 なんて事でしょうか。本当に大妖怪の奴から電話がかかってくるだなんて。

 「そんなみっともない名前、止めて欲しいけど……まあいいや。
  それにしても、やっぱり屋上で待ってるのはあなたたちだったか。
  大方、私を呼び出してボッコボコにしようと思ってたんでしょう」

 「い、いいえ……そんな事ないですよ? 決して、屋上にいろいろトラップやら何やらを仕掛けて、
  海兵隊でも突入できないような地獄空間にして待ってたわけじゃないですよ?」

 「……」

 「あ」

 しまった!! ついつい大妖怪の口車に乗せられて、本当の事を喋ってしまった!!
 なんて誘導尋問!!

 「……まあいいや。とにかく、私が今日あなたたちに電話したのは理由があるのよ」

 「理由、ですか……?」

 「そう。私と、ゲームをしましょう」

 「ゲーム!?」

 「簡単に言えば鬼ごっこみたいなもんよ。私が今居る場所をヒントとして教えてあげるから、
  そのヒントを元に追ってくるの。もちろん、私が捕まったら負け」

 「……なんでそんな事をするんですか? あなたにしてみれば、このまま逃げ切ればいいだけなのに」

 「そういうわけにも行かないんだよねー。わけあって、この学校から出る事が出来なくなってるの。
  いずれ、あなた達に見つかっちゃうでしょう。だからその前に、正々堂々勝負してみたくて」

 「……分かりました。そのそのゲームに乗りましょう」

 「ありがとう。話が早くて助かるわ。
  それで鬼ごっこなんだけど、ルールは普通の鬼ごっこと大体同じ。
  ただ1つだけ違うのは、それが殺し合い可のデスルールという事だけ。
  分かったかしら? アンテナ少女ちゃん?」

 「余裕ぶっこきやがって……分かりましたよ。やってやろうじゃないですか!!
  それで、あなたは今どこに居るんですか!?」

 今すぐそこに行って、やっつけてやりますよ!!





 「……焼却炉の中」

 「…………え? なんですって? そんな危ない所に居たんですか?」

 一歩間違ったら焼かれちゃうじゃないですか。

 「たすけてー」

 「もしかしてこの電話、ただ私たちに助けを求めにきたんじゃ!?」

 このまま放っておけば、大妖怪を焼き殺す事ができちゃうかもしれません。
 さて、どうしようか?





 12月3日 土曜日 「デス鬼ごっこスタート」

 「どうもありがとうございました。あのままだと、焼き殺されてしまう所でした。
  本当に、マジでありがとう……」

 「いや……別にいいって事ですよ。あのまま死なれたら気分悪いだろうし」

 「ああ……なんて優しいガキんちょなんですか!!
  感動だ!! 君みたいな子がいるこの日本はすっごく素晴らしい!!」

 「さすがにその褒めっぷりは気持ち悪いですよ。いい加減にしてください」

 私の目の前にいる大妖怪が、へこへこと私に感謝してきます。
 彼女を焼却炉の中から助け出してあげたからなんですけど……いい加減うざいったらありゃしないです。
 やっぱり放っておいた方が良かったかしら?


 「さて、大妖怪さん……。とうとう年貢の納め時が……」

 「じゃあ今から鬼ごっこしましょうか?」

 「へ!? あれ、本気でやるつもりだったの!?」

 「もちろんですとも!!」

 助けに来て欲しいから言った強がりだとばかり思ってたんですけどね。

 「おいおい……。お前はもう俺たちの前に居るんだから、追いかける必要も無いだろう」

 ウサギさんがまったくもって正しい正論を口にします。
 そうですよね。目の前に大妖怪が居るんだから、あとは倒せば良いだけなんですもんね。
 ウサギさんはもう戦闘態勢に入っているみたいですし。



 「ちょ、ちょっと待った!!」

 「なんだ? 命乞いか?」

 「はんっ! だれがお前みたいな小動物に命乞いなんかするか!!
  私はただ、ゲームを楽しもうと言っているだけだ!!」

 「ゲームだと? それなら拳をぶつけ合わせれば良いだけだろうに。
  わざわざ鬼ごっこなんて面倒な事をする意味なんて無い」

 「ふふふ……分かってないなぁ。いいかい? これは提案じゃなくて、命令なんだ。
  君たちは、私の鬼ごっこを受けなくてはならない」

 「なに……?」

 どういう意味だって言うんでしょうか?
 そんな疑問が顔に出ていたのか、大妖怪の奴はにやりと不敵に微笑みます。

 「私は、人質を捕っているのさ」

 「人質ですって!?」

 「ああ。君たちの大切な人間をね……」

 「私たちの大切な人間っていったい……?」

 真っ先に思い浮かんだのは加奈ちゃんですけど、でも加奈ちゃんは家に居るはずじゃ……。
 もしかしてっ、大妖怪が学校から出られないというのは嘘で、家まで誘拐しに行ったとか!?

 「一体誰を人質にしたって言うんですか!?」

 「それは……」

 「それは!?」




 「女神さんです」

 「びみょー!!!!」


 いまいちこうやる気というのが出てきませんね。
 っていうか最近みないと思ってたら、誘拐されてたのかよ。
 何やってんだ女神の癖に。



 「まあ……なんていうかどうでもいいや」

 「確かに……どうでもいいな」

 「あれー!? 何で2人ともこんなにテンションがガタ落ちしてるの!?
  どうして!?」

 それはもちろん人質に問題があるからで……。

 「どうなったっていいのか!? 女神と、玲ちゃんがどうなったって良いっていうのか!?」

 「え!? 玲ちゃんですって!? 玲ちゃんも人質になっているんですか!?」

 「ああ。私が特別製の縄で縛り上げている」

 「それを先に言いなさいよ!!」

 鬼ごっこ、受けないといけなくなってきたじゃないですか。




 「…………分かった。その鬼ごっこ、受けよう」

 「ふふふ……分かれば良いんだ。じゃあ鬼ごっこの特別ルールを説明しよう!!」

 「特別ルール?」

 「この学校には、さっきの2人の人質がそれぞれ隠されている!
  私は、今からそいつらを殺しに行く!!」

 「なんですってー!?」

 「だからお前たちは、私が人質を殺す前に捕まえなければいけないのだ!!
  つまりタイムリミット代わりって事だな」

 「こんな非道なゲームを楽しむだなんて……この悪魔!!」

 「悪魔って言うか妖怪だけどね。じゃあ今からスタートだ!!」

 そういって大妖怪は校舎に向かって走りだします。
 どうやら人質は校舎にいるようですね。
 なんて分析している場合じゃなく、私とウサギさんも彼女の後を追いかけました。


 「待ちなさいこの妖怪めー!!」

 こうして、デス鬼ごっこが始まりました。












過去の日記