12月11日 日曜日 「遊園地の破綻」

 「千夏ー! やったわー!! ついにやったのよ!!」

 「どうしたんですかお母さん……? 今までに見た事が無いほどはしゃいじゃって。
  すっごく不気味」

 「うふふふ……そりゃあもうはしゃいじゃうってもんですよ!
  思わず手に持っていた洗濯物を空に放り投げて、卒業式の時に飛ばす帽子ごっこしちゃうってもんですよ!!」

 「すんなよ。いい大人がそんな事。っていうか一体何があったっていうんですか?」

 「いい? よく聞くのよ千夏。実はね……」

 「実は?」

 「私たちの家の周りをぐるりと囲んでいた遊園地が、経営破たんしました。
  イエーイ♪」

 「思いっきり不謹慎な喜びですね。それをどうどうと言うとはさすがお母さん」

 全然尊敬できないけどな。




 「はーっはっはっは。こんな時代にテーマパークなんかじゃなくて遊園地を作ること自体が無謀だったのよ。
  笑っちゃって仕方ないわ。ざまあ見やがれ」

 「さすがにそれは言い過ぎだと思うんですよね……。
  他人の不幸で笑うなんて人としてどうなんですか?」

 「でも元はと言えばあっちが悪いのよ。
  だってほら、私たちだけを立ち退きさせないで工事始めたりしたし」

 「それはお母さんが立退き料を一番高く頂こうとしたせいでしょうが」

 「工事してる時なんて本当にうるさかったし」

 「ああ……確かにそれはそうでしたね」

 「ついつい火炎瓶を工事現場に投げ込んでしまうほどうるさかったわ」

 「なにしてんのお母さん!?」

 どこのデモ隊だお前は。

 「ほら、私って主婦じゃない? 四六時中家に居るストレスやなんかと組み合わさって、そうなっちゃったのよ」

 「そうならないでよ!! 本当におそろしい!!」

 「でもその火炎瓶の投擲のおかげで、工事が一時中断されたのよ?
  すごいわよね私って。たった一人の力で大企業と戦ったんだから」

 「全然すごくない!! 誇れるような事なんかじゃない!!」

 ある意味テロリストじゃないですかそれは。





 「完成してからもいろいろやったなぁ……」

 「まだ何かやってたんですか……。どこの歴戦の傭兵だよあんたは」

 「例えばねぇ、ジェットコースターに細工をして止まらなくしたり、
  コーヒーカップ並みの速度をメリーゴーランドで再現してみたり……」

 「えー!? 今まであの遊園地で起こってきた事故や何かは全部お母さんのせいなの!?
  なんて事してるんだよあんた!!」

 「全部なんて失礼な!! 大体1、2割程度ですー!!」

 「それでもやっぱりやっちゃダメでしょ!!」

 そりゃ倒産もしますよ。



 「なんでお母さんはそんなにあの遊園地を目の仇にしてるんですか……。
  工事騒音がうるさかったからって、いくらなんでも酷いと思います」

 「実はね、あの遊園地は世を忍ぶ借りの姿で、本当は侵略宇宙人の基地だったのよ!!
  だから私は、地球のために孤独になりながらも闘っていたの!!」

 「へぇー。そうっすか。そりゃすごいっすね」

 妄想癖まであるんですか。うちのお母さんは。
 あまりの絶望感にめまいがしますね。




 「それで……遊園地の跡地はどうなるんですか?
  もしかしてそのままとか?」

 寂れた遊園地跡ほど不気味な風景は無いんですけどね……。
 私の家の周りの景観が、かなり悪い感じになっちゃうなぁと思います。

 「なんでも今度はドーム球場が建つとか……」

 「え? でも遊園地の土地はこの家を囲むようにあるんですよ?
  ドームを作るとしたら私たちは……」

 「この家は一応世界遺産だから、建て壊すわけにはいかないだろうね。
  つまり球場の中に、ぽつんと一軒の家が……」

 「嫌だ!! そんな家嫌だよ!!」

 ゴールデンタイムには、家の外でどこぞのプロ野球選手が一生懸命働いているんですか。
 いつ窓からボールが飛び込んでくるか分かったもんじゃない。




 12月12日 月曜日 「夢遊病?」

 「ふああぁ……今日も寒いなぁ……」

 いつもの通りベッドの中で目を覚ました私。
 今日は月曜日なので、さっさとここから出て学校へ行く準備をしなければなりません。
 あーあ。なんだか嫌だなぁ……。ブルーマンデー真っ盛りだなぁ……。


 「いつまでもこうしてちゃいけませんね……。よーしっ! ここからいっせいので飛び出して……」

 このままグダグダしてたらずっとベッドの中に居るはめになりそうなので、
 どうにか踏ん切りとつけてここから飛び出そうとします。
 いやぁ……冬って嫌ですね。

 「とっりゃ……って、痛っ!!??」

 勢いをつけてベッドから立ち上がってみると、何故か私の身体に痛みが走りました。
 その痛みを具体的に言いますと、太ももからふくらはぎにかけての、まるで筋肉痛のような痛みが。
 ああ、ちなみにですね、私は痛みが常人の倍に感じてしまうので、
 その筋肉痛の痛みだけで悶絶物なのでした。
 死ぬかと思ったわ。


 「ッ〜〜!!!!」

 (なんだか大変そうだなぁ千夏は)

 「そ、その頭に響いてくる声は……私のパソコンこと、足長おじさんじゃないですか……」

 (そうです。もっぱらの使用方法が音楽CDの再生の足長おじさんです)

 「もしかしてちょっと怒ってます? ろくな使い方しない事に?」

 だって仕方ないじゃないですか。
 心を持っているパソコンなんて、使いづらいったらありゃしないですもん。
 インターネットブラウザのブックマークとか、人の趣味が生々しく反映されている場所ですし。
 そんな所見られたくないよ。



 「あ、足長おじさん……助けて……」

 (助けてと言われても、俺には手足とか無いからなぁ)

 「ちくしょう……しょせんパソコンか」

 (パソコンを馬鹿にするな!! 手足は無くても、マウスとキーボードはあるんだぞ!!)

 だからどうした。




 「ううぅ……っていうかこの痛みは何? 何で私筋肉痛になってるの……?
  昨日、そんなに動いていた覚えは無いんだけど……」

 (ああ、それだったらな、お前マラソンしてたからじゃないか?)

 「マラソン!? そんな事した覚えないですよ!?」

 (いや、なんだか知らないが、お前昨日の夜に外に出て行って、急に走り出したんだよ)

 「え!? どういう事!? もしかして私、夢遊病者だったの!?」

 (かもしれないな。可哀想に。まだ若いのに精神を病んで……)

 「あわわわ……いくらストレスが溜まる生活をしていたからと言って、夢遊病にまでなっていただなんて……。
  っていうか、なんでマラソン?」

 (健康のためなんじゃね?)

 なんで起きている時より健康に気を使ってるんですか。
 寝ている時の私は。

 「はぁ……どうしようこれ。
  寝ている時に何かしでかしたら大変じゃないですか……」

 (大丈夫大丈夫。夢遊病対策なんていくらでもある)

 「本当ですか!?」

 (もちろん。だてにパソコンやってるわけじゃないからね)

 「よくわかんないけど、パソコンには夢遊病が付き物なんですか?」

 (まず、寝る前になんだけど……)

 無視ですか。私の素朴な疑問は無視なんですか。

 「寝る前に何かするんですか?」

 (自分の足に、枷をはめます)

 「へっ!? なんですかそのセルフ束縛は?」

 (だから、これをする事によって勝手に出歩かないようにするのさ)

 「へぇー。かなり原始的な手段ですね。それって効くんですか?」

 (例え睡眠中に火事が起きても、もう逃げられません)

 「ダメだろ!! それはちょっと怖いでしょ!!」

 ウチ、睡眠中の火事とか結構ありそうだし。

 (そしてもう1つ。寝ぼけたままこの部屋から出ないように、ドアにトラップを仕掛ける)

 「トラップ?」

 (ほら、よく学校に仕掛けられている、ドアに黒板消しを挟む奴)

 学校でもそんなに見た事ねぇよ。

 (起きている時なら絶対に引っかからないようなトラップでも、寝ている時ならきっとかかる。
  そこで目を覚ませば何の問題も無いと思うんだ)

 「なるほどね……。まあいい方法だと思います。さっそく今晩からやってみようかと思いますよ」

 (でももしかしたら黒板消しだけの衝撃じゃあ目を覚まさないかもしれないから、
  俺的にはもっと他の物を挟む事をお勧めしたい)

 「黒板消しじゃなくて他の物……?」

 (黒板とか)

 「消しの方じゃなくて黒板そのもの!? っていうかそれは死ぬよ!!」

 (教室とか)

 「スケールがもっとでかくなっちゃった!!??」


 っていうか教室をどうやってドアに挟むんですか。




 12月13日 火曜日 「勝手にいろいろ決めてみる」

 「さあ! 本日も始まりました、『勝手にいろいろ決めてしまおう評議会』!!
  今日も今日とて、いろんな物を勝手に決めていってしまいましょう!!」

 「なんだー!? なんだこの環境!? 私、どうしてこんな所に居るの!?」

 「本日のゲストは家族全員でアメリカと戦争をした事が有名なチーム千夏より、
  リーダーの千夏さんをお呼びしております」

 「なんで!? どういう代表で呼んだの!? っていうかこれ、もしかしてテレビ!?」

 「さて千夏さん。この番組は見ていただけておりますか?」

 「いいえ。初めて聞きましたよ。なんとか評議会って言うの」

 「はーっはっはっは!! そりゃ当たり前ですよ。なんて言ったって今日が初放送なんですからね」

 「じゃあなんで見た事あるかとか聞いてるんですか。
  どんな引っ掛け問題だ」

 「自信はおありですか?」

 「何の?」

 「いろいろと勝手に決める事に対してに決まってるじゃないですか」

 「まったくもってあなたが何を言おうとしているのか分かんない。
  全然分かんない」

 あなたのノリが他人を置いてけぼりだという事は十分理解できるんですけどね。






 「それではテレビをごらんの視聴者に、この番組の趣旨をご説明いたしましょう。
  この番組は、そのタイトル通りいろんな物を勝手に決めてしまおうという番組です」

 「いろんな物って例えば?」

 「例えば、人間の喜怒哀楽に次いでの五番目の感情などです」

 「もしかして大喜利?」

 もしかして私はバラエティ番組に出演してたりするんですか?
 っつうかこういうのは若手お笑い芸人に任せなさいよ。
 予想以上にお笑いブームが続いているんだから。



 「それでは本日、まず始めにいろいろと勝手に決める物は……信号機の新しい色と、その意味です!!」

 「やっぱり大喜利じゃん。とんちを利かせるんじゃん」

 「じゃあ千夏さん。何かございますでしょうか?」

 「えー!? いきなり私? えーっとですね……」

 「ぶーっ! 時間切れでーす!!」

 「早いよ!! もうちょっと時間に余裕持たせてよ!!
  素人な私がこんな短時間に面白い事を言えるわけがない!!」

 「この問題の答えですが……」

 「答え!? 大喜利に答えとかあるの!?」

 「信号機の新しい色とその意味の答えは、黒色。そしてその意味は『お先真っ暗』です」

 「微妙に上手い事言ってる気分になってるんじゃねえ。
  誰だって思いつくぞそれくらい」

 「さて、それでは第二問に行きましょうか」

 相変わらず勝手に物事が進んでいくなー。
 私の周りだけは。





 「第二問!! ドレミファソラシ……さあ次は!?」

 「ドでしょ?」

 「だからですね千夏さん。新しい音階を作ってくださいと言っているんです。
  いい加減ルールを理解してくださいよ」

 「いや。別に新しい音階なんて作らなくても音楽家の人たちは困ってないと思うんですよね。
  今のままで十分やっていけるというか……」

 「斬新なボケ、ありがとうございまーす!!」

 「ボケじゃねえよ! なんか心外だなその言われ方は!!」

 「ちなみにこの問題の答えですが……」

 だから答えがあるのはおかしいっての。

 「こん平でした」

 「えー!? こん平!? ドレミファソラシこん平なの!?
  どういう音なのそれ!?」

 というかやっぱり大喜利なんじゃねえか。






 「それではみなさん、また来週ー。
  ちなみに、明日から信号機に黒が追加されます。それと、音階にこん平が追加されます。
  みなさま、新しい信号と音階をよろしくお願いいたします」

 「え……? 本当に明日からドレミファソラシこん平になるの?
  どれだけ権力があるっていうんだこの番組は」

 とりあえず、こん平が組み込まれたジングルベルを聞きたいと思う今日この頃です。








 12月14日 水曜日 「人質のひじきさん」


 「きゃー!! 大変よぉ!! 立てこもり事件よぉ!!!」

 学校からの帰宅路を歩いていた私の耳に、そんな叫び声が聞こえてきました。
 いやー。最近は物騒ですね。こんな真昼間から立てこもり事件が起こっちゃうなんて。
 まあ夜にそういう事件が起きれば納得できるとかそういう訳じゃないんだけど。

 「まあ暇ですし……見に行ってみましょうかね」

 誰もが持っている野次馬根性を発揮いたしまして、私は立てこもり事件が起きているらしい場所へと歩いていきました。
 まあ不謹慎だとは思いますけど、人は常に日常に刺激を求めているのですよ。
 だから決して責められない事だと思うのです。
 以上、誰に向けたわけでもない言い訳でした。





 「それ以上近寄ったら、人質殺すぞテメェ!!」

 「おおう……本物の立てこもり犯だ」

 その立てこもり犯が立てこもっている場所は、普通のどこにでもある一軒屋でした。
 二階の窓から銃っぽい物を持って、警察と野次馬を威嚇しています。
 先ほどの犯人の発言から、中には人質が居る事が分かりました。
 人質さん、大丈夫ですかねぇ……? 私も何度か人質の経験があるので、その大変さは分かる気がします。

 「犯人に告ぐ!! 人質を解放しなさい!! こんな事しても、誰も喜ばないぞ!!」

 「うっせえ!!」

 あー……どうやら警察の説得にも応じるつもりはないらしいですね。このままだと長期戦になってしまうかもしれません。
 まあ人質事件などでは長期に渡った方が生存率が高いんですけどね。
 犯人が人質に感情移入しちゃって、仲良くなっちゃったりするらしいですし。
 いわゆるストックホルム症候群ですかね。

 「いいから早く人質の、人質の『ひじき』を解放しなさい!!」

 「え……!?」

 人質さんの名前、ひじきさんって言うんですか?
 なんかこう言っては悪いかもしれないけど……ひっどい名前ですね。
 その名前聞いても、海藻類のひじきしか思い浮かばないですもん。
 というか漢字ではどう書くんですか? 火児鬼? なんだか新しい仮面ライダーみたいになっちゃいましたね。





 「さあ! はやくひじきさんを解放して出て……」

 「うるさいうるさいうるさい!! 静かにしねえと、ひじきを撃ち殺すぞ!!」

 それは酷い。鉄分やらなんやらがたっぷり詰まっている、人に優しい存在だと言うのに!!
 まあそれは海草の方のひじきですけど。

 「いい加減にしなさい! 君のお母さんも、きっと悲しんでいるぞ!!」

 そうですよ!! 小さい頃に教わりませんでしたか!?
 食べ物は粗末にしちゃいけないって!!

 「てめぇ黙ってろ!! こっからひじきを落としてやるぞ!?」

 世の中には3秒ルールというのがありますので、例え落としたとしても3秒までなら大丈夫ですよね。
 良かった良かった。

 「お、落ち着くんだ! 早まっちゃいかん!!」

 そうです!! ひじきを茹でる時はじっくりやらなくちゃ!!
 焦っては事を仕損じますよ!!



 ……なんだか、警察と立てこもり犯が海草のひじきを巡って攻防しているように思えてしまいますね。
 すっごく平和な日本だなぁって思ってしまいますよ。

 「はぁ……さすがに飽きてきたので帰りましょう」

 なんとなく緊張感の欠ける現場でしたので、私は家に帰らせていただきます。
 この事件の顛末はテレビやなんかで知らせていただきましょう。







 ***


 「……区で起こった立てこもり事件ですが」

 「あー! その事件、私、生で見たんですよ!」

 「へぇー、そうなの。随分と珍しい場面に立ち会ったのね」

 家族で仲良く夕食を食べている最中に、テレビからあの立てこもり事件のニュースが流れだしました。
 どうやら何か動きがあったようですね。

 「……犯人は無事逮捕され、人質にも怪我は無く……」

 「あー。ちゃんと解決したみたいですね。良かった良かった」

 人質のひじきさんも怪我1つ無くて良かったです。
 でも、本当にどうでも良いことかもしれませんけど、そのひじきさんって名前はどうにかしたほうがいいと思うんですよね。
 いろいろと。

 「人質の大分産ひじきですが、色、つや、味などには何の問題も無く……」

 「って、えぇ!? もしかして本物のひじきを人質にとってたんですか!?」

 じゃあなんであんなに警察は必死だったんですか。
 この税金ドロボーがっ!!





 12月15日 木曜日 「ポップコーンと銃弾」

 『バキューン!!』

 「うわぁっ!?」

 居間でゴロゴロとテレビを見ていた私の鼻先を、何だかよく分からない物体が高速で掠めて行きました。
 その謎の物体が通り過ぎる前に聞こえた音から言うと……おそらくそれは銃弾。

 「り、リーファちゃん!? リーファちゃんなんですねっ!?
  どこからか分かりませんけど、スパイパーライフルや何かで私を狙っているんですねっ!?
  だ、誰が殺されてやるものかっ!!」

 「……急に何を騒ぎだしてるのよ千夏。すっごく馬鹿みたいよ?」

 「お、お母さん……? そうかっ!! 今度はお母さんが私の命を狙っているのかっ!!」

 「静かにしなさいってば」

 「いてっ」

 狙撃犯容疑者、もといお母さんに小突かれてしまいました。
 という事は、お母さんが犯人じゃないって事なんでしょうか?
 じゃあやっぱりリーファちゃん?
  でも彼女ならこんなまどろっこしいやりかたせずに、アサルトライフル抱えて突入してくるのになぁ。





 「いやね、実は先ほど私の鼻先を銃弾が掠めて……」

 「何を馬鹿な事言ってるのよ。この日本において、銃弾が飛び交うなんて事あるわけないじゃない」

 「いや、私の人生においては何度もありますけど?」

 私の身の回りだけいつも戦場ですよ。不思議な事にね。

 「とにかく、馬鹿な事言って困らせないでよね」

 「はいは〜い……」

 親に信じてもらえない辛さというのは、地味に心に響くもんですね……。
 それにしても、あの銃弾は一体誰が……。

 『バキューン!!』

 「うわぁっ!? またですか!?」

 今度は私の足元に銃弾が打ち込まれました。
 フローリングの床には、くっきりと銃痕が穿たれています。
 やっぱり……やっぱり誰か私を狙っているんだ!!

 「だ、誰だ!? 一体誰がこんな事を……」

 『バキューン!!』

 「ひゃぁ!!」

 今度は座っていたソファーを銃弾が打ち抜きます。

 『バキューン!!』

 「にゃあっ!!」

 次は私のわき腹を掠ります。

 『バキューン!!』

 「うひぃっ!?」

 この銃弾は頭の上のアンテナを揺らしやがりました。
 うわぁ……今のは本当にやばかった。




 「こ、これはもしかして……本物の暗殺者!?
  リーファちゃんみたいなアサシンもどきじゃない、プロフェッショナルな殺し屋だと言うんですかっ!?」

 なんでそんな奴に狙われなくちゃいけないんでしょうか?
 私、誰かに恨みを買われるような事、していないのに……多分。

 「これは本当にやばいかもしれませんね……ゴクリ」

 「もーっ! さっきから何ドタバタやってるのよ。
  うるさくて仕方ないったらありゃしない」

 「お母さん! ここに来ちゃだめです! 暗殺者に狙撃されてしまいます!!」

 「え? なに? そういう遊び? 私、そういうのに付き合う気無いんだけど……」

 「違うっての! 本当に殺し屋がいるの!!」

 なんで私と一緒に生活してるのに、こんなにも危機意識が低いんですか。
 普通もうちょっとこういう非常事態に対して敏感になるものでしょうに。

 「どうでもいいからさ、もうちょっと静かにしてくれない?
  せっかくのポップコーンが上手く焼けないでしょ?」

 「ポップコーン? そんな物作ってたんですか?」

 「ええ。今日のおやつにでもと思って」

 「へぇー、それはまた安上がりに済ませようとしやがって……。
  たまには私はチョコレートとかケーキとか食べたい……」

 『バキューン!!』

 「うわぁっ! また来たあぁっ!!」

 「あらあら」

 「あらあらじゃないよ!! もっと慌ててってば!! 銃弾が飛んできたんだよ!?
  なんでそんなに落ち着いて……」

 「こんな所までポップコーンが飛んで来て……やっぱりあの跳ねる力は大したもんよね。
  びっくりするわ」

 「へっ!? ポップコーン!?」

 お母さんが炒っているポップコーンが、ここまで飛んできたって言うんですか!?
 どう見たってこれ、ライフル弾じゃん!!

 「お母さんは一体なんの豆を炒ってるんですか!!
  これ、普通のとうもろこしじゃないでしょ!?」

 「えっとね、黒服さんから貰った奴なの」

 「それは酷いよ!! 一番貰ってはダメな人から豆を貰っちゃってる!!」

 どうせバイオテクノロジーとかなんとかで作った新しい種類のトウモロコシなんでしょ。
 そんな危ないものでポップコーンなんて作らないでください!!


 『バキューン!!』

 「ひぃやっ!! また飛んできましたよ!!」

 「火、着けっぱなしにしてたからなぁ」

 「台所を離れる時はコンロの火は消してくださいよ!!」

 『バキューン!! バキューン!!』

 「うわあぁ!! なんかもう大惨事にっ!!」

 なんだか良く分からないけど、私の家があっという間に銃弾並のポップコーンが飛び交う戦場へと変貌してしまいました。
 私とお母さんはテーブルの下に緊急避難するしかありません。

 「こういう風にテーブルの下に隠れるなんて、避難訓練以来だわ」

 「そりゃそうだろうね。なかなかテーブルの下に隠れるなんて事、無いだろうからね」

 「なんだかとっても楽しいわね」

 「私たちが今置かれている状況を分かってるんですか!?」

 あーあ。これからどうすればいいんでしょうか。




 12月16日 金曜日 「お小遣いポイント」

 「千夏……お話があります」

 「はい? なんですかお母さん。今日はえらく真剣な顔して……」

 どう考えたって、お母さんが真剣な顔をした時はろくでもない事ばっかり言われそうでならないのですけども。
 あーあ。話聞くの嫌だなぁ。

 「実はね……あなたのお小遣いをカットしようと思ってるの」

 「へぇー」

 「あっれー!? そんなに驚いて無い!?」

 「いや、確かにお小遣いカットは酷い話だとは思いますけど、でも今までだって言うほど貰って無いですもん」

 「そうだったっけ?」

 「そうでしたよ」

 おかげさまで欲しい物なんて買えた試しが無いです。
 本当に、ありがとうございましたね。



 「えーっと、とにかく、千夏の小遣いをカットしようと思います」

 「そうですか。分かりました。いつか誰かに夜道を襲われても知らないですからね」

 「え? なに? 犯行予告?」

 ここまで私に節制を強いているのだがら、いつ反乱が起こっても仕方ないと思うんですよね。
 せいぜい夜道に気をつけてください。





 「でもね、私だって鬼じゃないわ。一応お小遣いを手に入れる事が出来る機会は残そうと思っているの」

 「どう見たって鬼だろ。あんたは」

 「てりゃっ!!」

 『バキャッ!!』

 おばあちゃんから貰ったらしい腕で、テーブルを真っ二つにへし折るお母さん。
 今の行動は、口を挟むなという無言の圧力ですね。
 分かりました。口にチャックしますよ。

 …………この暴君めが。



 「私の家事を手伝うにつき、お手伝いポイントを差し上げます」

 「ポイント?」

 「それを集める事によって、特定のレートで換金する事が出来るの!!」

 「つまり、お母さんの家事を手伝えばお金が貰えるって事ですね?」

 「その通り。千夏が小遣いを手に入れるには私の家事を手伝うか、または賭け麻雀にのめり込むかの二択しか無いのよ」

 「なんで賭け麻雀が選択肢に入っているんだ」

 私、そんなに麻雀上手くないですし。



 「それで……一体いくらぐらい貰えるんですか?」

 「洗濯物を干す手伝いをすると、60ポイント貰えます」

 「60ポイント? それっていくらに換金できるんですか?」

 「60銭です」

 「えー!? 小数点以下のお値段ですか!? というか今時銭は無いでしょ!!」

 「2回手伝ってくれたら、1.2円プレゼント」

 「安い!! それはあまりにも安すぎる!!」

 うまい棒を買うために、20回もお母さんを手伝わなきゃいけないの?
 なんだそりゃ。

 「ちなみに一番ポイントが貰える家事はなんですか?」

 「地雷撤去です」

 「それは家事じゃねえ!! NGOの活動だ!!」






 12月17日 土曜日 「雪女さんの風邪」

 「寒っ!! すっごく寒いっ!!」

 朝起きたら、今までに経験した事の無い寒さが私を襲いました。
 おかげさまですぐに目が覚めましたよ。布団からは絶対に出られないけどね。

 「うぅ……なんですかこれは。寒すぎて動けないよぉ……」

 恐る恐る布団から首を出してあたりを見渡してみますと、なんと私の部屋は一面真っ白でした。
 別に、消火器を噴射してしまったわけではありません。
 これは、雪です! 雪が私の部屋に積もっているのです!!

 ……まあすっごく奇妙な現象ですけど、前に雪女さんの奴にこれと同じような事をされた覚えがあるので、
 さほど驚く事でもないかと思います。
 かなり、私って図太くなっていってますね。全然嬉しくないですけど。




 「あ、千夏お姉さま。起きたんですか?」

 「り、リーファちゃん……?」

 「カナも居るよー?」

 「加奈ちゃんまで? どうして2人とも私の部屋に……」

 「あのねー、リーファお姉ちゃんと雪遊びしてたんだよー」

 「ああ……なるほどね。てっきり寝首をかかれるのかと」

 「寝首ってなーにー?」

 「加奈ちゃんはそれを知らなくていいんですよ」

 日常会話で使う機会に溢れている言葉ってわけじゃないですしね。

 「お姉さま、お布団から出ないんですか?」

 「いやね、リーファちゃん。それにはいろいろ訳があって……」

 「要するに寒くて布団から出たくないんですね?」

 簡単に言えばそうです。




 「でも加奈ちゃん。雪遊びなんて別にここでしなくても……」

 「えー。でもね、でもね、ママの部屋が一番雪積もってるんだよー?」

 「そうなんですか……。ちくしょう。雪女の奴、一体私に何の恨みがあって……」

 「ママもやるー? すっごく面白いよー。雪だるま作り」

 「へぇ……雪だるまですか。また雪遊びの基本的なラインナップですね。
  で? その加奈ちゃんが作った雪だるまはどこにあるんですか?
  見てみたいんですけど」

 「ママの上ー」

 「私の上?」

 ……なるほど。妙に布団が重いと思っていたら、私の上に雪だるまが積み重なっていたわけですね。
 これは酷い。

 「ちょ……なにやってるんですか」

 「ほら、古代の王様が死ぬ時には、その墓の中に埴輪をたくさん入れたって言うじゃないですか。
  だからそれです」

 「雪だるまを埴輪代わりにするなよ!! っていうかそもそも私は死なない!!」

 「でもあのまま寝ていたら凍死しそうでしたよ?」

 そこまで危機に瀕している状態だったのなら何故私を起こさなかったんだ?
 もう少しで安らかに永眠しそうだったというのですか。




 「ああ、もうっ、辛抱たまらーん!!」

 「きゃー! ママ、急に立ち上がったら雪だるまさんがぁ!!」

 「雪女さんを呼んできてください!! 直接私がこの状況に文句言ってやります!!」

 「雪女さんなら寝室で寝込んでますよ?」

 「へ? 寝込んでる? どうして?」

 「何か風邪引いたみたいで。多分この騒動もその風邪の所為だと思います」

 「風邪なんですか? でも前にも風邪を引いた事あったけど、こんな事は起こりませんでしたよね?」

 「どうも今回は鼻風邪らしくて」

 そういう違いがあるのかよ。面倒な体質してるなぁ。

 「まあとにかく、雪女さんが原因なのは間違いないんでしょ?
  じゃあ簡単ですよ。雪女さんの風邪を治してやればいいんです。
  そうすれば、私が雪だるまによって押しつぶされる事もなくなります」

 「えー? あれ、楽しかったのに」

 妙な楽しみを覚えるのは止めてくださいよ加奈ちゃん。
 やっぱりリーファちゃんと一緒に居るからダメなんでしょうね……。

 「とにかく、雪女さんの風邪を治すぞ作戦開始ー!!!!」

 「おーっ」

 「おーっ」

 こうして、私たち即席医師団が、雪女さんの風邪を治すために立ち上がったのでした。






 「でも風邪ってどうやって治すのー?」

 「とりあえず火炎放射器で身体を暖めればいいんじゃないですかね?」

 「おー。さすがリーファちゃん。やる事が致命傷レベルだ」

 危うし雪女さん。









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