12月18日 日曜日 「風邪の治療」

 「こんにちはー雪女さん。元気にしてますかー?」

 「元気ならこんな所で寝てるわけないじゃないですか……はっくしゅん!!」

 「おー。見事な風邪の引きっぷりですね。鼻ちょうちん出てますよ?」

 「ふがふが……もう、何しに来たんですか千夏さん。
  こんな所に来ると、私の風邪がうつっちゃいますよ?」

 「ふふふ……実はですね雪女さん。私たちはあなたの風邪を治しにきたのです!!」

 「へ? 私の風邪を?」

 そうです。あなたの風邪のおかげで私の部屋の積雪量が1メートルを越えちゃったんで、さっさと治して欲しいのですよ。

 「でも……具体的にはどんな事するんですか? ただ看病してくれるだけなら、別に千夏さんがやらなくても……」

 「普通看病してくれる事って、嬉しく思わない物なの? なんでそんなに私をこの場所から遠ざけたがってるんだよ」

 「だって千夏さんたちの看病なんて、どうせろくな物にならない……」

 人の好意になんと言うかね。



 「まあとにかく、私たち千夏医師団の治療を受けて早く元気になってくださいよ」

 「ええ……? うわっ、リーファちゃんに加奈ちゃんも居るじゃないですか。
  何かとんでもない事をしでかして、それを止めてくれる人が誰一人として存在してない……。
  もしかして、私の命はここで終わりなんですか? そんなのいやぁ……」

 「遺言はそれだけですか?」

 それだけ喋れれば、ちょっとやそっとじゃ死なないでしょ。
 安心して治療が出来ますよ。




 「それでは千夏医師団の治療その1−♪」

 「誰かー。誰か本物のお医者様をー!」

 助けを呼ぶのはまだ早いですよ。

 「じゃーん! リーファちゃんと加奈ちゃんが作ってくれた玉子酒ー!!
  身体がすっごく暖まるらしいですよ」

 「すごいでしょー? カナがお手伝いしたんだよー?」

 「安心して飲んでください。ほら、ぐぐいと」

 まあ普通の玉子酒ならば、ぐつぐつと煮立ってる事なんて無いんですけどね。
 これは演出と思って諦めてくださいな。

 「怖い! 怖いですよその玉子酒!! なんで、玉子酒なのに緑色に発光してるんですかっ!?
  ありえないでしょそれ!?」

 「どじっ子が作るアニメ仕様な玉子酒です」

 「作り方を教えてください。その緑色の、作り方を教えてください」

 「企業秘密です」

 多分、飲みたくなくなっちゃうと思うんで。

 「さあ! 飲みなさい!! 風邪が吹き飛びますよ!!」

 「風邪以外の何かも一緒に吹き飛びそうなんですけど……?」

 それはそれで。





 「ぎにゃー!!!!」

 「まあ予想通りの展開ですね……」

 「むしろ死ななかった方が不思議ですよね」

 「そうですよねリーファちゃん。もうけもんだと思っといた方が良いらしいですよ雪女さん?」

 「言いたい事はそれだけですか……お2人とも……」

 もう少し何か言ってもいいんですけど、多分雪女さんが本気で怒り出すのでやめておきます。







 「でもどうしましょうか……? 雪女さん、本気で死に掛けてるんですけど。
  リーファちゃん、何か雪女さんを治すいい方法知ってませんか?
  このままだと私の部屋の積雪量が観測記録最高を更新してしまいますよ」

 「ちなみに今までの最高記録って何メートルなんですか?」

 「30センチ」

 「もうすでに越えてるじゃないですか」

 「部屋に雪が降ったことなんて2度しかないもん」

 そんなとんでも経験、2回で十分ですが。

 「そう言えば私……どんな万病にでも効く薬草の事を聞いた事があります。
  それを使えば雪女さんも……」

 「へぇー! そんな物があるんですか!? ……で、いったいどこに?」

 「なんでもその薬草は富士山の樹海に生えているんだとか……」

 「富士の樹海ですって!?」










 「取りに行くの面倒だなー」

 「そうですねー。あの雪女さんには、市販の風邪薬で十分ですよねー」

 ごめんなさいね雪女さん。



 12月19日 月曜日 「風邪の正体」

 「千夏お姉さま! 大変です!!」

 「んー? どうしたんですかリーファちゃん?
  もしかして、どこかの慈善家さんが我が家に美味しいお肉でも恵んでくれたとか!?」

 「いえそういうわけじゃないですけど」

 「じゃあカニ?」

 「それも違います。っていうか、別に恵んでもらってませんよ。
  どんだけお肉とカニを渇望してるっていうんですか。お姉さまは」

 だって食べたいじゃないですか。お肉とかカニとかの高級食材。
 ああ……もうすぐ正月なのになぁ。なんでこんなにぱっとしないご飯しか食卓に並ばないんだろうなぁ。

 「千夏お姉さま!! 肉とかを勝手に妄想してよだれを垂らすの止めてください!!
  今はそんな馬鹿らしい事をしている場合じゃないんです!!」

 「人の小さな幸せを馬鹿呼ばわりして……まあいいです。それで、何がいったいあったと言うんですか?」

 「雪女さんが……雪女さんが、死にそうなんです!!」

 「昨日からじゃん」

 「というか、昨日の所為だと思います」

 ああ……あの必殺玉子酒を飲んでましたからね。
 そりゃあとんでもない事になって当然だとは思いますが……まさか、死に掛けてたとは。
 玉子酒に殺されかける雪女さんが不憫です。

 「とにかく来て下さい!! 今ちょうど、大学受験の時だからそろそろやばいんです!!」

 「何が大学受験?」

 「雪女さんの走馬灯が」

 あの人、大学受験してたのかよ。妖怪の癖に。




***



 「雪女さん! 大丈夫ですか!?」

 「う、うぅ……千夏、さん……? よかった……最後、に、千夏さんに会えて……」

 「無事合格しましたか!?」

 「へ? ご、合格? なんの事、ですか……?」

 「大学受験」

 「は、はぁ……おかげさまで」

 受験どころか大学にすら入ってたのかよ。この雪女は。

 「まあそんな事は置いといて、容態の方はどうなんですか?」

 私は、一緒にここに来たリーファちゃんに雪女さんの状態を聞きました。
 リーファちゃんは、答えにくそうに口を開きます。

 「死神とチキンレース中です」

 ぎりぎりって事ですか。答えにくそうな割には随分と余裕のある言い回ししてくれるじゃないですか。

 「お医者さんは?」

 「相手が雪女なもんで、早々にさじを投げてしまったんです」

 「ちくしょう……ほとんど人間と変わらないくせに、こういう時だけ妖怪ぶりやがって……」

 「なんで……病人である私、に非難の矛先が向いてるん、ですか……」

 「これから一体どうすれば……。いくらなんでももう一度玉子酒はきついだろうし……」

 「間違いなくトドメを刺す事になるでしょうね。
  まあでも大丈夫です。私が、最後の手段を呼んでありますので」

 「最後の手段?」

 「祈祷師です。昔の人は神に祈る事で病気を治療してきたらしいんです。
  こういうオカルト的な治療法も、同じオカルトちっくな雪女になら効くと思って」

 「へぇー。最後は神頼みかぁ」

 雪女さん、間違いなく死んだな。






 「どうも。私がリーファさんにお呼ばれしました、祈祷師です。時給3000円です」

 「うわぁ、高い時給だなぁ……」

 「ちなみに今日はもんのすごく粘って祈祷をやるつもりなので、お財布の方はしっかりと準備しておいてください」

 「もはやこの一文で信用ならねえ」

 大丈夫なんですかこの人。


 リーファちゃんが連れてきた祈祷師は、いかにも祈祷師っぽい不思議な衣装を纏った人でした。
 祈祷師っぽい不思議な衣装というのはもちろんぼかした表現をしているだけで、
 生の言葉で言わせて貰うならば、変な人っぽい服でした。というか、実際変な人ですし。

 「オンキリキリバサラヤ〜」

 「うわぁ、やばい感じで祈祷に入っちゃいましたね。
  こんなので治ってしまったら命が不憫ですよ」

 「お姉さま! 静かにしてください!! 今彼は、大自然と一体化して神とのチャンネルを開いている最中なんです!!」

 リーファちゃんはいつから祈祷師の助手っぽくなっちゃったんですか。
 とうかこんな感じにならないと一体化できない大自然もどうかと思いますよ。

 「オンパヤパヤ〜…………ハッ!!」

 「うひゃあ! びっくりした!! 急に大声出さないでください!!」

 「そうか……そういう事か。こやつは、悪霊に憑かれておる!!
  だから、一向に現代医学では治ろうとしないのじゃ!!」

 「悪霊に憑かれる妖怪って……」

 「その悪霊って、どんな奴なんですか!? ちゃんと祓う事できるんですか!?」

 「むむむ……正直言って、この悪霊を祓うのは酷く大変だろう。
  なにせ、異世界から呼び出された古い魔物の様だからな。
  果たして、こやつと戦って生き残る事ができるかどうか……」

 へー。すごい悪霊なんですか。
 なんだか莫大なお金を要求するお祓いの前触れに聞こえるんですけど?
 やっぱりこの人は信用ならないなぁ……。

 「それで、その古い魔物の名前は?」

 「魔物の名は……デフレスパイラル!!」

 「また出たー!? デフレスパイラル!!!」

 前に大妖怪さんが学校で呼び出そうとしていた魔物がそれでしたよね?
 っつうかちゃんと呼び出されてたんですか。
 しかも、雪女さんなんかに憑いちゃって。



 ……なんか、割とどうでもいい感じになってきました。



 「わ、私の……株の値が、大暴落です……フフッ」

 「雪女さん。まだそんな冗談言う気力はあったんですね」

 でも付け加えておきますと、デフレスパイラルは直接的には株価と関係ないような……。






 12月20日 火曜日 「救助方法」

 「千夏さん……」

 「雪女さん……どうしたんですか? お水が欲しいとか?」

 「ふふっ、ふふふふ……千夏さんが普通に看病してくれてる……。
  これは、マジでやばいって事なんですね? いつものように冗談交じりな素敵な看病をする余裕なんて無いって事ですね?」

 「まあぶっちゃけそうです。あと3日持つかどうからしいですよ?」

 「ううぅ……そんな正直な報告要りませんのに……」

 ごめんね。正直者でごめんね。

 「雪女さん……なんかお願いがあったら聞いてあげますけど? 何か無いですか?」

 「うわぁ……最後のお願いって奴ですか?
  それを言っちゃったら、なんだか本当に死ななくちゃいけないみたいな気がするんですけど?」

 「気のせいですよ。いいから、遠慮せずに言っちゃってください」

 「それなら……えっとその……千夏さん」

 「はい。なんですか?」

 「最後の思い出に、千夏さんとデートを……」

 「面倒だから嫌です」

 「うわーん。最後のお願いが拒否される事があるだなんてー!!」

 人生って世知辛いよね。






 さて……このままだと雪女さんが本当に死んでしまいます。
 そうなってしまうと家事とか家事とか家事とかが大変な事になってしまいます。
 絶対に、彼女に死んでもらっては困るのです。

 「でもなー。デフレスパイラルとか言う魔物をどうやって倒せばいいのか分かんないしなー」

 一応私、霊感があるらしいんですけど、そのデフレさんはまったく見えないんですよねー。
 やっぱり異界の魔物だとこっちとは訳が違うんですかね?
 はぁ……どうしよう。

 「……そうだっ!! あのデフレさんを呼び出した大妖怪ならば、何か対処法とか知ってるかも!!」

 なんて素晴らしい事を思いついちゃったんでしょうか私は。
 やっぱり大天才ですよ!!


 そういうわけで、私は牛乳パックに封印されたおかげですっかり改心したらしい大妖怪のもとへと急ぎました。
 彼女は、なんでも私の師匠の弟子となったそうです。 つまり私との間柄は兄弟弟子って事になるんですかね?
 またみょうちくりんな人間関係が増えてしまいました……。




 「師匠ー!! 師匠は居ますかー!!」

 「おおっ! 千夏じゃないか!! 珍しいな。お前が俺を訪ねて来てくれるだなんて」

 「はぁ、本当ですね……。っていうか師匠ってこんな所に住んでいたんですね」

 今私と師匠が居る所は、元遊園地のお化け屋敷っぽい施設でした。
 ここをねぐらにしているんでしょうか。
 すっごい生活してますね。


 「あの〜……大妖怪の奴はどうしてますか? ちょっと聞きたい事があるんですけど」

 「ああ、あいつか? 今そこでストレッチしてるぞ。今からな、心身を磨くために特訓をしてやろうと思って」

 「へぇー。つうか普通になじませてるんじゃねえよ。一応敵だったんでしょ?」

 「それはもう過去の話だ」

 あいつにどれだけ苦労したか知らないで……。





 「大妖怪さーん。ちょっといいですかー?」

 「ああ……あんたですか。なに? なんか用なの?」

 うわぁ……善人になっても嫌な言い方しますねぇ。
 その嫌味っぷりに思わず首を絞めたくなったわ。

 「実は……デフレスパイラルの倒し方を教えて欲しいんですけど……」

 「デフレスパイラル? なんでまた……」

 「実は、うちの家事要因が取り憑かれちゃいまして……」

 「なんだか良く分からない事になってますね」

 うっさい。誰の所為だ。

 「まあ対処法が無いわけでもないですよ」

 「へぇー! 本当ですか!? お願いです!! そのどうにかする方法を教えてください!!」

 「教えて欲しいなら……そうですね、土下座してください」

 「死んでも嫌です」

 「簡単に拒否した!? だって、誰か死んじゃうんでしょ!? ここは恥を忍んで土下座する熱い展開なんじゃないの!?」

 「私が一番嫌なのは、尊敬できるわけでもない人間に頭を下げる事です。
  だから、お前に土下座なんて絶対出来ない!!」

 「なんて頑なな……」

 「むしろあなたが土下座なさい!! 今までいろんな事やってごめんなさいって!!」

 「え? 嫌だよそんなの!!」

 「じゃあデフレスパイラルの倒し方を教えなさいよ!!」

 「え? え? なんで?」

 「だって、土下座できないんでしょ!? それくらいしないと割りに合わない!!」

 「え、えーっと、はい。ごめんなさい。教えます」

 「それでよろしい」






 「…………って、なんでそもそも私がデフレを祓う方法を教えなければいけないんですか!!
  変な理論で問題をすり替えて、しかも自分の都合のいい方向に持っていかないでよ!!」

 「ちっ……ばれたか」

 もう少しで教えてもらえそうだったのに……。
 なかなか上手くいかないもんですね。





 12月21日 水曜日 「ミクロな冒険」

 あらすじ:雪女さんが死に掛けてる。


 昨日あれから何とか大妖怪を丸め込みまして、デフレスパイラルというふざけた名前の魔物の倒し方を聞き出す事ができました。
 その倒す方法というのは、魔物の耳元で『とんこつラーメン』と3回叫ぶ事らしいです。
 口裂け女のポマード並みに意味不明な弱点ですね。
 そんなんじゃあ博多のラーメン屋とか行けないでしょうに。可哀想。

 「あとの問題は、その魔物が見えない事なんですよね……。
  見えもしない存在の耳元で叫ぶって、どうすれば良いんですか……」

 「千夏お姉さま!! 魔物を捕捉しました!!」

 「え!? 本当ですかリーファちゃん!?」

 「はい! 黒服さんがCTスキャンだか何だかをして、発見したんです!!」

 「え……? それって……」

 「デフレスパイラルって魔物は、すっごく小さかったんですよ!!
  だから千夏お姉さまの目にも見えなかったんです!!
  言ってしまえば、ウイルスの幽霊版だったんでしょうね」

 「なるほど……雪女さんの体の中に居たから、私は魔物の姿を見ることが出来なかったわけですね。
  でもでも、それだと余計に耳元でとんこつラーメンと叫ぶのは難しくなっちゃいましたね……。
  人の体の中に居るだなんて、どうやって取り出せば……」

 「ふふふ……大丈夫です! その事に対して、取って置きの方法があるんですよ!!」

 「へ? そうなんですか?」

 「とにかくこっちに来てください! きっと驚きますよ!!」

 なんだか良く分かりませんが、リーファちゃんはすっごくノリノリみたいです。
 そんなに血沸き肉踊るような何かがあると言うのでしょうか?
 私は半信半疑ながら、リーファちゃんに黙ってついていきました。
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 「じゃーん! 見てください!! これ、なんだと思います!?」

 「えーっと……三半規管?」

 「おしいっ!! 正解は潜水艦でしたー!!」

 別に惜しくも何とも無いボケに銃弾で突っ込むわけでもなく、リーファちゃんはさらりとかわしてくれました。
 本当に一体どうしたと言うのでしょうか? すっごく怖いんですけど。

 「っていうかなんでウチの物置にこんな潜水艦があるんですか?」

 「春歌さんが、地球に再びノアの大洪水が起こった時に必要になるって」

 「相変わらず終末思想全開なお人だな」

 「それでですね、この潜水艦で雪女さんを救うんです!!」

 「どういう事? こんな潜水艦じゃあ治療なんて出来ないと思うんだけど?」

 「実はですねぇ……この潜水艦に乗って、黒服さんのテクノロジーでミクロサイズまで小さくしてもらって、
  雪女さんの体内に入るんです!! そうやって魔物と対峙すれば、思いっきりとんこつラーメンと叫べますよ!!」

 「あー。そういう映画が確かにあったね。なんて名前だっけ?」

 「というわけで、一緒に行きましょう!! 今こそ千夏医師団の出番ですよ!!」

 「えー!? 本気なんですか!?」

 なんでそんなSFちっくな治療法を本気で試すつもりだというのですか……。
 もっとスマートな方法があるんじゃ……。

 「さあ! 行きましょうよ!! 加奈ちゃんも一緒に!!」

 「ねえなんで? なんでそんなにリーファちゃんはやる気に溢れてるの?
  そんなに潜水艦に乗りたかったとか? もしくは雪女さんの事がそんなに心配だったの?」





 「雪女さんが、助けてくれたらお姉さまさえ知らないお姉さまの弱点を教えてくれるって……」

 「私も知らない私の弱点!? なにそれ!? どういう事なの!?」

 「分からないから頑張ってるんです」

 それはそうですね。
 その爽やかな顔、すっごく殴りてぇ。





 12月22日 木曜日 「小さくなった医師団」

 あらすじ:雪女さんを助けるために、小さくなって彼女の体に入るんだそうです。
      クリスマス前になにやってるんでしょうね? 私たちは。


 「さあお姉さま!! ついにミクロの大冒険への準備が出来ましたよ!!
  早くこの潜水艦に乗ってください!!」

 「はぁ……じゃあちゃっちゃと行きますか?」

 「もしかしてお姉さま、飽きてきました?」

 「まーね……。だって、この大冒険で救われるのは雪女さんの命だけですし。
  やる気があまり湧いてこない……」

 「けっこー酷い事言っちゃってますね。お姉さまって、そんなに雪女さんの事嫌いなんですか?」

 「いえ、リーファちゃんよりは好きですよ?
  でもねー。今まで散々世界とか救ってきた私から言わせると、
  なんだか規模がちっちゃ過ぎて今いちピンとこないんですよ……」

 「なるほど……歴戦の勇者である千夏お姉さまにとっては、人ひとりの命を救う事など造作でも無いことだと?」

 「私は勇者を名乗った事なんて一度もありませんけどね」

 「さすがですねー。一般人とは器が違うよ! まるで金ダライだ!!」

 「何が?」

 「お姉さまの器の種類が」

 まったく褒められてる気がしないなオイ。


 こうして、私は渋々ながら雪女さんの体に入るための潜水艦へと乗り込んだのでした


 「それじゃあみんな乗り込んだなー?
  今からおまえらの乗っている潜水艦ごと小さくするから、間違っても窓から顔出すなよー?」

 「あの〜黒服さん。ひとつ聞いて良いですか?」

 「何だ? 俺の本名以外ならなんでも答えてやるぞ」

 おまえの本名なんぞ、なんの興味もねえよ。

 「えっとですね……この小さくする機械、安全性は大丈夫なんですよね?
  何か副作用とか……そんな物は無いんですよね?」

 「副作用なんて無い……と良いなと思っている」

 「なにその不吉な返答!! すっごく不安になってくるよ!!」

 「気にしたら負けだぞ千夏」

 「気にするって!! めっさ気にするよ!! こんな事なら聞かなければよかった!!」

 「後悔先に立たずって奴だな」

 殴るぞ黒服。

 「それじゃあみんな、小さくな〜れ〜」

 「魔法でもかけるかのように機械のスイッチを押すのはやめなさい。口調が腹立つから」

 こうして私たちは潜水艦と一般にミクロサイズまで小さくされてしまいました。
 今の私たちにとっては、でこぴんが核兵器並の威力を持ってしまいます。
 心許ないったらありゃしない。




 「よーし! それじゃあ今から雪女の身体に入れてやるからなー?」

 「はい分かりましたー!
  ……ってそういえば聞き忘れてたんですけど、私たちが探している魔物って雪女さんのどこにいるんですか?
  胃とかだったら溶かされないかすっごく心配なんですけど」

 「デフレスパイラルは雪女の扁桃腺に居る」

 「本当に風邪みたいな魔物だな」

 「しかし気をつけるんだぞ? いくら相手はミクロサイズだからって、魔物である事には変わらないんだ。
  どんな攻撃をしてくるか……」

 「はい分かりました。それじゃあ行ってきます!!」

 こうして私たちは、雪女さんの体内に入っていったのでした。





 「やっべぇ……もんのすごく飽きてきた……」

 「千夏お姉さま! あともう少しですから!! だから投げやりになるのはちょっと待って下さい!!」

 「早く終わらしてコタツでのんびりしたいよー。
  みかん食べたいよー」

 「ああっ!? お姉さまのモチベーションが大暴落中!?」

 さっさと魔物の所にいかないと、この潜水艦を途中下車しかねないんですけど?






 12月23日 金曜日 「魔物が消えた日」

 「うえぇ……吐きそう」

 「大丈夫ですか千夏さま……?」

 「いや……死にます。船酔いで死んでしまいます」

 「潜水艦でも船酔いってあるんですね」

 心臓からくる血液の奔流って、すっごい勢いがあるんですよ?
 皆さん知ってました? 私は、身をもって知りました。

 「ちくしょう……まるでずっと激流川下りをしているみたいじゃないですか……。
  まったく気の休まる暇が無い」

 「人の体ってすごいパワーを身の内に秘めているんですね。
  すっごく、いい教訓になりましたっ!!」

 「別にいいよ。そんなに無理に意味を作らなくても。お前はどこのテレビのコメンテーターだ」

 「それはそうと、酔い止めあるんですけど飲みます?」

 あるなら最初から出してくださいよ。
 もう少しで内臓ごと吐き出しそうだったじゃないですか。




 「ママー。もう少しでへんたいせんに着くよー」

 「変態戦……? それはまた係わり合いなんかになりたくない戦いですね……」

 「違いますよ! 扁桃腺です!! もう少しで魔物が居る場所に着くって事なんです!!」

 「ああ。なるほど」

 私の頭の中ではとんでもない変態たちが、血で血を洗う拳闘の試合をやっている光景が展開されちゃってましたよ。
 頑張れハードゲイって応援しちゃってました。

 「よし! それじゃあ皆、戦闘準備!!」

 「らじゃー」

 「ラジャー……ってお姉さま。戦闘準備って何するんですか? 自前のアサルトライフル使っていいの?」

 「そんな物使うと雪女さんに悪いでしょ……」

 まあこれだけ小さかったら雪女さんの肉体にあまり影響は無いでしょうけど。

 「魔物を倒すにはこれで十分!! じゃーん! 拡声器ー!!」

 「へー。それで魔物を倒すんですか?」

 「まあね。とんこつラーメンって叫べばいいだけだし、力技に頼る必要は無いでしょ」

 思えば楽な勝負ですね。あんなに雪女さんを苦しめていたって言うのに。

 「さあ魔物デフレスパイラルよ!! 観念してさっさと私たちに倒されなさい!!」

 なんだか日本の経済を救っているような気にもなってきますけど、多分あのデフレとはまったく関係ないんで。
 だから妙な事は期待しないでくださいね。
 景気は自分たちの手で良くしていってください。






 「……ってあれ? どこにその魔物さんが居るんですか?
  誰も居ないっぽいんですけど?」

 「本当ですねぇ……。もしかして年賀状とか出しに行ったんじゃないですか?」

 「結構まめな魔物だな。……じゃなくて、そんなわけ無いじゃないですか!
  ここは雪女さんの身体の中ですよ!? ポストとかあっても、誰が取りに来るって言うんだよ!!」

 「郵便局員でしょ?」

 「だからそれが無理なんだってば。たとえ民営化されたとしてもね」

 そんなアホな事を話している間にも魔物の姿を必死になって探していましたが、一向に見つかりません。
 どうしたというのでしょうか……? もしかして、本当に年賀状を……まさかね。



 「黒服さん! こちら千夏医師団です! 応答してください!!」

 『んー? どうしたー? 何かあったのかー?』

 「いえ、何も無いのが問題なんですけど……その、デフレスパイラルの姿が見当たらないんですが?
  もしかして扁桃腺から逃げてしまったのではないでしょうか?
  もう一度魔物の座標の特定をお願いしたいんですけど、良いですか?」

 『分かった。じゃあちょっと待ってろ。今スキャニングするから』

 「お願いします」

 もし魔物の奴が脳にでも侵入した雪女さんは……。
 最悪な予想に、私は身を震え上がらせます。

 『分かったぞ千夏。魔物がどうなったのか』

 「本当ですか黒服さん!? それで、デフレスパイラルはどこにっ!?」

 『どうやらね、白血球に食べられてしまったらしいよ』

 「………………はい?」

 『つまり、雪女の免疫に負けたみたいだな。
  はーっはっはっは。魔物の癖に情けない。まるで本当のウイルスだな』

 「え……? という事はですよ、もう雪女さんは……」

 『全然大丈夫。めっちゃ健康になってる』

 「ふざけるなー!!!!」

 何のために私たちはここまで着たって言うんですか。
 雪女さんの体内観光? そりゃ無いですよ。

 「人間の身体って、本当に強いんですね……。
  私もこの強さを見習って、生きていきたいです……」

 「だから、その無理やり前向きに持っていくようなコメントはいらないってばリーファちゃん」

 なんだか腹立つから。




 「ねー。どうやってここから帰ればいいのー?
  このままだと、私たちも免疫にやられてしまいそうなんですけどー?」

 『そういえば出る時の事を考えて無かったや』

 「おいっ!!!!」

 どうすればいいんですか。これから。




 12月24日 土曜日 「クリスマス・イブのお仕事」

 「おっ、千夏じゃん。久しぶり」

 「あ、ああ……ウサギさん。本当に久しぶりですね……」

 「最近見なかったけどどこ言ってたんだ?」

 「ちょっと雪女さんの体内に……」

 「…………それはまたすごい所に行ってたね。お疲れ様」

 「ええ、本当に疲れちゃいましたよ……。白血球やらリンパ球やら丸い奴らが襲って来てですねぇ……」

 今さっきようやく帰ってこれたわけですが、本当に何度か死に掛けました。
 人の体内に入ったウイルスの気持ちが良く分かりましたよ。
 あまりいらない人生経験ですけど。




 「あれ……? ウサギさん、なんですかその袋?」

 「え? ああ、これね。これはその……届け物?」

 「届け物? 宅配便のバイトでも始めたんですか?」

 「そういうわけじゃなくて……」

 「???」

 いったい何なんでしょうか?
 ウサギさんの言いたい事がまったく分かりません。

 「よー! 千夏!! 雪女さんの身体の中で元気してたー!?
  ご飯とかちゃんと食べてたんでしょうね? このクリスマスデーは、体力が無いと持ちこたえられないよー?」

 「……なんなんですか。そのお母さんの嫌な感じのハイテンションは。
  不安と言う不安をひしひしと感じるんですけど?」

 「さあ千夏!! 一緒に働こうか!!」

 「え!? いきなりバイトの命令ですか!? クリスマスイブに働かないといけないぐらいウチは貧乏なの?」

 「貧乏だなんてとんでもない!!」

 「じゃあなんで働こうなんて言ってるんですか……」

 「ただちょっとお金と縁が無いだけです。クリスマスケーキが変えない程度に」

 「それが貧乏だ!! 酷い感じに貧乏だよ!!」

 寒い。気温がじゃなくて、なんだか心が寒い。



 「まあ安心しなさいな。別に千夏だけに働かせたりしないわ。
  家族総出でバイトなのよ」

 「それもどうかと思うけど、まあ少しは気が楽になりました。
  ウサギさんが手に持っていた荷物はやっぱりバイトの物だったんですね?」

 「そういう事です」

 「それで……どんなバイト? 暴力団の基地にトカレフを運ぶとか? もしくはドラッグ?」

 「なんで聖夜にそんな物騒な事しないといけないのよ。
  どこの武器商人だ私たちは」

 同じような事してきたでしょうが。
 いまさら聖夜がどうとか奇麗事言わないでくださいよ。

 「じゃあ何やるの? 街を歩く人に声をかけて、高い絵を売りつける仕事?」

 「だからなんでそんな法に抵触している物ばかり浮かんでくるのってば。
  えっとね、今度の仕事はなんと、サンタさんのお手伝いなんです!!」

 「へぇー。サンタの」

 それはまた夢が溢れるお仕事ですねぇ。
 ……街角に立って、ティッシュでも配る量産型のサンタにでもなるの?

 「そういうわけだから千夏! はやくサンタの服に着替えなさい!! もうすぐ出発よ!!」

 「サンタの服ってどこに……」

 「こんな事もあろうかと、千夏のサイズの奴をクローゼットに忍び込ませてあったから、それを使いなさい」

 「こんな事があると思ってたんですか。いらないよ、その親心」

 「はーやーく! はーやーく!! 急がないとトナカイが溶けちゃうでしょ!?」

 「溶けない。トナカイは溶けない」

 っていうかトナカイも居るんですか?
 えらく本格的な偽サンタですねぇ……。



***


 「さーみんなー!! 準備はできたかーい?」

 「「「おーっ……」」」

 家の庭に集まった私たち一家。皆サンタクロースの格好をしていて、どっかの仮装集団に見えます。
 本当にコレ、クリスマスだから許せる所業ですよね。
 普通の日だったら、通報されかねない怪しさを持った集団だよ。

 「あのー? 雪女さんの姿が見当たらないんですけど?」

 「ああ、雪女さんは病み上がりなので、今日は家の中でゆっくりしててもらいます」

 「へー。お母さんも人並みに優しい所があったんですね。ちょっとびっくり」

 「その代わりに彼女は市販の鏡餅の上に乗っているプラスティックみかんを作る内職をしてもらっていますので、
  心配しないで」

 地味にきつそうな仕事だな……。どうせなら少しでも働かせようとしないで休ませてあげてくださいよ。
 一応死に掛けだったんだから。

 「それではっ!! 今から、バイトについての説明をいたします!! みなさん、よく聞くように!!」

 「はぁ……何が哀しくてクリスマスにバイトしてるんだか……」

 「そのセリフは、おそらく日本人口の30パーセントが吐いているに違いないわね」

 結構多いですねそれ。まあぶっちゃけ、クリスマスに何か素敵な予定がある人のほうが少ないんですよね。
 ある意味で、多数決で勝利していると思います。
 全然嬉しくないけど。



 「今日みんなにやってもらうバイトは、ずばりプレゼント配りです!!」

 「……なんの?」

 「良い子のみんなにあげるプレゼントの」

 「え!? マジでサンタクロースのプレゼント配りなんですか!? どこかの会社のキャンペーンとかじゃなくて!?」

 「もちろんよ。だからさっきから言ってるじゃない。サンタクロースのバイトだって」

 バイトを募集してやるもんなのかよ。サンタのプレゼント配りは。

 「っていうか何でウチがそんな事……」

 「回覧板でまわってきたから仕方ないでしょうが」

 「地域でやるもんなんだ!? そういうシステムだったんだ!?」

 11年生きてきて初めて知った事実です。ショックのあまり泡吹きそうです。ぶくぶく。



 「千夏とウサギさんはこのC地区をお願いします。間違ってもプレゼントを渡す子供たちに見つからないようにね」

 「見つかったらどうなるの?」

 「袋叩きの上、永久に蔑まれながら生きて行く事になります。あだ名がスクワットに永久変更です。
  これはサンタクロースの掟として厳しく決められているので特に注意」

 「すごく危険な職業ですね。サンタさんって」

 これは絶対に見つかりたくないですね……。
 スクワットって呼ばれ続けるのはちょっと。



 「それではみなさん、出撃!! 朝までには絶対に配り終えなさいね!!」

 「「「おうっ!!」」」

 こうして、私たちはサンタクロースとしてイブの夜を駆け回りだしたのでした。






 「…………はっ!? そう言えば、私のクリスマスプレゼントは誰がくれるの!?」

 「千夏……それは、あまり期待しない方が良いと思うぞ」

 「そんなぁ……」

 みなさん、たまにはサンタクロースから物を貰うだけじゃなくて、何か下さい。
 別に高い物を要求してるんじゃないんです。
 枕元にみかんでも置いておけばいいじゃない!!









過去の日記