12月25日 日曜日 「クリスマスプレゼント」

 「はぁあ……疲れて死にそう……」

 25日の早朝、私はへとへとになりながら自室へと帰ってきました。
 もちろん、昨日のサンタクロースのバイトのせいです。
 時間内に配り終えなければいけないし、しかも姿が見つかったらあだ名が一生スクワットですからね。
 そんな筋トレみたいなニックネーム、死んでもいやだから本気で頑張りましたよ。

 「あぁ……なんてむなしいんだろう……。一年に一度の聖夜に働きづめ……。
  サンタは毎年こんな大変な思いをしているというんでしょうか……」

 ああ、サンタさん。今の今まで気楽な人間だと思っていてごめんなさい。
 実はサンタさんのしわには、そういった苦労が刻み込まれていたのかもしれません。
 思えばあの陽気な態度も寂しさを紛らわすための……ううっ。
 考えただけで泣けてきました。

 「苦労人のサンタさんに敬礼……そして、おやすみなさい。ばたんきゅー」

 ベッドに倒れこむ私。その瞬間に、何かに頭をぶつけてしまいました。
 多分部屋の電気を消したままにしていたから分からなかったんですけど、何かがベッドの枕元に置いてあったんだと思います。

 「なんだこれ……? 箱?」

 装飾された箱が私の枕元にいくつかおいてありました。
 これは……もしかしてクリスマスプレゼント!?

 「わーいっ!! クリスマスプレゼントだっ!! サンタさんありがとう!!」

 まあサンタは私だったわけですけど、とにかく嬉しいです。
 いえーい! やったねー!
 さっそくこの箱を開けて見たいと思いますよ!!

 「ふっふふーん♪ ふふんふーん♪ …………って、なんだこれ?」

 うきうきしながら数ある箱のうちの、一番大きな箱を開けてみると、そこから人の手のような物が飛び出してきました……。
 確かにこの箱はまるで棺おけみたいな大きさがありますけど……だからってまさか。




 「ぎにゃー!! やっぱ死体だったー!?」

 「どうしたんだ千夏ー? 死ぬほどうるさいぞ?」

 「く、黒服さん!! 見て!! これ見て!!」

 「おーっ。メリークリスマスじゃないか」

 「なに普通に対応してるの!?」

 あんたにとってのクリスマスは、死体が箱詰めされるのが当然なんですか。
 どんな死のクリスマスを経験してきたというんだよ。

 「あわわわわ……ど、どうしよう……? やっぱり庭に埋めるしか……。
  いや、私は別に悪い事してるんじゃないんだから、素直に警察に電話……」

 「それ、俺からのプレゼントだから」

 「なにくれてんだよてめぇ!!」

 やめろや本当に。



 「こいつを良く見たまえ。これは、君の新しい義体だ!!」

 「えー? これがですか?」

 箱の中から全身を引っ張り出してみますと、そこには長身の女性が居ました。
 今の私と違ってグラマーですが……これが私の新しい体になるんですか?

 「でも私、第二クールにありがちな機体の交換はしないんですってば。
  だって、この身体気に入ってるし」

 「リサイクル法やなんかで廃棄するのが面倒だから、いらないならクローゼットにでも放り込んでおいてくれ」

 「いらない服感覚で物を言うな。私のクローゼットに人間の死体っぽい奴をいれないでください」

 開けるたびにびっくりするじゃないか。





 「気を取り直して……今度はこの箱を開けて見ましょうかね……」

 「それはやめておいた方がいいと思うぞ?」

 「なんでですか黒服さん。っていうか邪魔するなよ。死体しかくれない人は自分の部屋に帰れよ」

 「酷い言い方だな……。えっとな、その箱に耳を当ててみろよ」

 「え? 耳? どうして?」

 「時計みたいな物が動いている音がするから……」

 「……」

 「ちなみに、それはリーファからのプレゼントです」

 「爆弾だっ!! 十中八九爆弾なんだ!?」

 うわー。クリスマスに爆発物を貰ってしまうだなんて、どんな一年を送っていたというんですか。
 一応良い子にしていたつもりなのに。



 「じゃあこれを……」

 「それもやめといた方がいいぞ?」

 「……聞くのも嫌ですけど、何でですか?」

 「なにか生き物がもぞもぞしている音がして、そして春歌さんからのプレゼントです」

 それは確かに開けられない。





 12月26日 月曜日 「コタツ談義」

 「うー、寒い寒い。こういう日は本当にコタツという存在があって良かったと思い知らされますね。
  コタツが無い世界だったら、多分死人が出てますよ。そう思いますよねウサギさん?」

 「そうだね〜……あれ? 千夏、学校は?」

 「今日で終業式でした。式が終わったらすぐに家に帰ってきて、そして今ここに居ます」

 「そんなにコタツが待ち遠しかったんだ?」

 「ええ。ちょうど終業式の校長先生のあいさつのあたりから、コタツの事ばかり考えてました」

 「校長先生の話はちゃんと聞いてあげなよ……。あの人たちも頑張ってるんだから」

 「そいでもって、校長先生が貧血で壇上で倒れた時もやっぱりコタツの事ばかり考えてました」

 「校長先生倒れちゃったの!? それ、一大事じゃん!!」

 「でもですね、貧血ですよ? 立たされている生徒たちならまだしも、校長先生が貧血で倒れるんですよ?
  鍛え方が足りないとしか思えません」

 「どこをどう鍛えれば貧血から開放されるっていうんだよ」

 「えーっと……血を作る骨髄とか?」

 「骨髄をどうやって鍛えるんだ」

 「腹筋とかしてれば自然に強くなるんじゃないですか? あとは腕立て伏せとか」

 「筋トレで全てが解決するような事柄には思えないけど」

 「そうですよねぇ。ロードワークとかも必要かもしれませんねぇ」

 「まるでボクシング始めるみたいだな。ほうれん草とか食べてるだけじゃダメなの?」

 「何か物を食べるだけで結果を得ようとするなんて、甘いのですよ」

 「その厳しさはよくわかんない」

 自分で言ってても良く分かりません。




 「……あ」

 「ん? どうした?」

 「年賀状書くの忘れた」

 「ああ……年賀状ね。千夏って毎年書く方なの?」

 「たまに何かを思いついたかのように書きます。そんなにマメじゃないですねぇ……。
  だって電子メールがあるし」

 「そうだね……わざわざ一枚ずつ書くの面倒だからね」

 「お年玉年賀状も大したもの期待できませんしねー。別に出さなくてもいいかなって思うんですよ。
  車とかがペアで当たるんだったら考えるんですけど」

 「まるで東京フレンドパークだな」

 「でもね、その車を手に入れさせないためにお笑い芸人のコンビがエアホッケーで邪魔しに来るんですよ」

 「ますますフレンドパークだな」

 「残念賞はタワシ」

 「フレンドパークそのものじゃないか」

 「でも司会は関口さんじゃなくてみのもんたさんなんですよ。視聴率を取るために」

 「そこだけ紅白なんだ? なんだか頑張ろうとしてるね」

 「あー。紅白かぁ……。楽しみだなぁ」

 「千夏って紅白歌合戦好きなの?」

 「別に好きなわけじゃないですけど……でも、見てると大晦日だなぁって気になるじゃないですか」

 「そうだねー。確かに、年末って気がする」

 「別に紅組と白組の血で血を洗う決戦を見たいとは思わないんですけどね」

 「そもそも血で血を洗ってはいないでしょ。ただ歌っているだけなのに、なんで出血するんだ」

 「みんな、歌いながら吐血してる」

 「それはすごい対決だな!! 本当に血で血を洗う戦いだ!!」

 「多分、年末だからってお酒を飲みすぎたんでしょうね。
  体をボロボロにしながらもまだ歌い続ける歌手たちに、視聴者は涙するんですよ」

 「そりゃ泣くだろうね。というか酒を控えろよと思うけど」

 「そうして勝ち抜いた者だけに、『紅白』の称号が与えられるんですよね」

 「違うけどね。紅白っていうのはそういう意味じゃないですけどね」

 「そうやって見たら紅白歌合戦も面白くなると思うんですよ。
  プライドだとかそういうのより、手に汗握っちゃうと思うんですよね」

 「そうだね。確かに手に汗握る」

 ただ、そんな番組やったらクレームがNHKに殺到するでしょうけどね。






 12月27日 火曜日 「通販カタログ」

 「15段式鏡餅かぁ……」

 「なんですかお母さん。その、明らかに鏡餅の精神を無視した漢字の単語は」

 「鏡餅の新製品なのよ。なんとね、餅が15段に重ねられているの」

 「だろうねぇ。お母さんの説明が無くても、その名称が表現しまくっていましたから。
  もしかしてウエディングケーキとか何かと勘違いしてるんじゃないですか?」

 「ひとつ3万円かぁ……一年に一度だし、奮発しても……」

 「ダメだよ! 絶対にそんな無駄遣いダメ!! というか、餅にしては一年に一度の頻度は結構多いよ!
  人生80年生きると考えたら、いったいいくらかかると思ってるんですか!!」

 「そうかぁ……じゃあ10段ぐらいに減らそうかな」

 「普通の2段で十分でしょうが」

 そんなに高い鏡餅、いったいどうしようとしてるんですか。



 「っていうかさ、さっきから何見て話してるの?」

 「主婦の必須アイテムその1、通販カタログよ」

 「確かに何故か知らないけどよく持ってるけど」

 「ダイレクトメールで届いてくるのよねー。ポストに入っているのを見ると、ついつい封を開けて見ちゃうのよ……。
  怖いわよねぇ。通販の魔力」

 「思いっきり通販会社の策略にはまっているわけですね……。
  もしかして、何か注文しちゃったんじゃないでしょうね?
  色つきのタオルを真っ白に変えてしまう、パワーが間違った感じの洗剤とか、
  無駄に力の強い掃除機とか、たまにしか使わない事が確定している高枝切りバサミとか」

 「なぜ私が通販しようとする物はそんなのばっかりなのよ」

 だってお母さんなら買っちゃいそうだし。

 「残念ながら、私はまだこの通販を利用してません。
  ただカタログを眺めて、いいなーって思っているだけなのよ」

 「ああ、なるほど。確かにカタログって眺めているだけでも楽しいですよね。
  なんていうか、出かけずに済むウインドウショッピングみたいな」

 「そうそれ。まるで、マイクロソフトショッピングみたいな感じがして楽しいの」

 「ウインドウズと言いたいのかそれは?」

 「はぁー。ウチにお金があったらなぁ……ここのページの商品、全部買い占める事も出来るのになぁ」

 「誰もが一度は夢見るような事言ってくれちゃって……」

 「ふむふむ……スリランカ式おせちかぁ……」

 「え……? なにそれ?」

 「スリランカ風のおせちに決まってるじゃない。この料理とか、美味しそうよねぇ」

 「スリランカにおせちとかあるんですか……?
  っていうかそれはどうでもいいけど、なんでさっきからお正月的な商品ばっかり見てるの?」

 「…………正月の準備、面倒だなぁって」

 「ダメ主婦め……」

 今の今までコタツでゆっくりしていた癖に、なにをほざきますかね。
 そんな事言ってる暇あったら、早くおせちでも作り始めなさいよ。


 「そう言えば……私たち、まだ大掃除してないんですけどいいの?」

 「31日までに綺麗にすればいいんでしょー?」

 「本当にダメダメだな」

 お正月を迎える気が0な様に見えるんですが。



 「千夏はおせちどれがいい? イタリア風? それともニュージーランド風?」

 「ジャパン風でお願いします。っていうか、おせちはもうすでに通販決定かよ」

 「だってさぁ……おせち作るのにどれだけの労力が居るか分かってないでしょ?
  仕込みとかすっごく大変なのよ?」

 「だからってそんなどんな料理が出るか分からない外国風のおせちを頼まなくても……。
  それに、雪女さんも居るんだし、一緒に頑張っていけばいいじゃないですか」

 「……その雪女ちゃんが問題なのよねぇ」

 「え? どういう事?」

 「あの子、なんだか良く分からないけどおせち作りにやる気を見せちゃってさぁ……」

 「それは別に良い事じゃないですか。お母さん、やる気無かったんでしょ?
  それなら雪女さんに全部任せちゃえば……」

 「雪女さんの作ろうとしていたおせちの中に……なぜか、見覚えの無い材料が……うごめく闇がまな板の上に……」

 「え……?」

 「なんでも、雪女流のおせちらしくて……」

 「そうですか……。じゃあ雪女さんにおせち作らせないためにも、お母さんが頑張って作るしか……」

 「それが面倒なのよねー。別に命ぐらい、どうでもいいかなって思うぐらい面倒」

 「本当にダメダメダメ主婦だな」

 年末なんだからもうちょっと気合を入れなさいよ。




 12月28日 水曜日 「口寂しいときのお友達」

 「あー。なんだか口寂しい。なにかかじっていたい」

 「まるでネズミみたいな事を言うんですね千夏さんは……」

 「ネズミみたい? ネズミだったら、口寂しいって言うんですか?
  雪女さんはそんな事言ってるネズミを見たことがあるんですか?
  というか、ネズミって喋るんですか!?」

 「う、うわー!? ちょっと皮肉言っただけなのにすっごく絡まれてる!?
  なんだかすっごくイライラしてますね千夏さん!?」

 だってー、何だかストレスが溜まってるんだもーん。



 「ねぇ雪女さん……何か軽くつまめるような物作ってくれませんか?
  空いた小腹が自己主張しまくりまして、どうしようもないんですよ」

 「えぇ? だってもうすぐ晩ご飯ですよ? 今食べちゃったら夕食を美味しく食べれない……」

 「きーっ!! 別に少し何か食べたぐらいじゃ、夕食の味なんて変わりませんよ!!
  なにか、なにかください!!」

 「うわぁ!? 千夏さんがご乱心ー!?」

 「早く私に何か食べさせないと、冬ならではの静電気でビリッてさせますよ。ビリッて」

 「地味に嫌な脅迫しないでくださいよ……。そんな事言われたら作るしかないじゃないですか。
  びりってやられるの嫌だし」

 まあ私にだってリスクあるんですけどね。静電気攻撃は。痛いし。






 「えっとじゃあ……なにを作りましょうか?」

 私のわがままに従う事を決めた雪女さんは、エプロンをつけて台所に立ちました。
 すっかり我が家のご飯担当になっているのが何とも不憫です。
 まあその雪女さんにすっかり甘えている私が言えた事ではないんですけど。

 「えーっとですねぇ……酢コンブとか?」

 「これはまた口寂しい時には絶大な存在感を発揮する一品ですねぇ……。
  でも申し訳ないんですけど、私は酢コンブの作り方知らなかったりします。
  というか、あれは工場とかで作るものじゃないんですか?」

 「じゃあ裂きイカ」

 「上に同じです」

 「それなら柿ピーでいいですけど……」

 「だから、そんな買って用意しなきゃ無いような物は止めてくださいよ!!
  私が台所に立った意味が無いじゃないですか!!
  そもそもなんでみんな酒のつまみみたいな物ばかり頼むんですか!?」

 「えー!? いいじゃんか柿ピー!! ぽりぽりとつまめる感が、間食には最適じゃないか!!
  お酒飲んでいる人だけの物だと思われたら困りますな!!」

 「とにかく、私が作れる物でお願いします!!」

 「じゃあ聞くけど、雪女さんが今ぱっぱと作れる物ってなあに?」

 「えーっとですねぇ……」

 「えーっと?」

 「……お茶漬けとか?」

 「うっわー! しょっぼー!!」

 「しょ、しょぼいとは何ですかしょぼいとは!! お米を一粒一粒丹精に作ったお百姓さんに謝りなさい!!」

 「違いますよ! お米がしょぼいんじゃなくて、間食にお茶漬けをチョイスする雪女さんのセンスがしょぼいんです!!」

 「間食にセンスも何も無いでしょう!?」

 「いんや。間食というのは言わば、本戦に備えた練習試合のような物ですよ?
  その後の試合への勢いを付けるために大切な場面に、あなたはお茶漬けを選んだんですよ?」

 「だからどうだって言うんですか……」

 「例えばです。例えば、雪女さんが有名私立高校のサッカー部員だったとしましょう」

 「私の経歴が勝手に増えちゃった」

 「もしもの話ですよ。別に、雪女さんの馬鹿田高校卒業の学歴を消すつもりはありません」

 「そんなバカボンのパパが通ってそうな高校に入学した覚えはないですよ!!
  人生の履歴書に修正液をぶちまけるような事止めてください!!」

 「はいはい。分かりましたってば。他人の話をちゃんと聞いてください」

 全然話が進まないから。


 「ええっとですね、とにかく雪女さんはサッカー部員なんです」

 「はぁ……納得行かないけど分かりました」

 「そして雪女さんは、夏には大切な全国大会を控えている身なんです。
  全国大会にはライバルである唐揚げ高校や、ステーキ帝校なんかが出場してくるんです」

 「これはまた夕食前には食欲をそそりそうな高校ですね」

 「そして彼らと戦う前に練習がてらとして、お茶漬け小学校と戦う事になったら!!
  雪女さん、どう思いますか!?」

 「えー!? お茶漬けって、小学校的位置づけなの!?」

 「まあお茶漬けですしね。さあ、雪女さんはどう思いますか!?」

 「なんだか……すっごく悪い気がします。だって、小学生と本気出して戦うなんて出来ないですし」

 「そう! その通り!! だから、お茶漬けはダメなんです」

 「全然意味が分かりませんよ!! というか何でお茶漬けが小学生なんですか!?
  そこは千夏さんの配分で高校生にすれば良いだけじゃない!!」

 「お茶漬けがステーキと並ぶなんて100年早い」

 「ますます意味が分かりません!!」

 「じゃあ逆に聞きますけど、雪女さんはお茶漬けと本気出して向き合えるって言うんですか!?」

 「そこは向き合えばいいじゃないですか!! 頑張って、お茶漬けと正々堂々闘えばいいじゃないですか!!」

 「だって、お茶漬けにスライディングしたら、熱いお茶とご飯がどばーってこっちにかかってきそうなんだよ?」

 「実際にお茶漬けにスライディングするわけじゃないんでしょ!?
  ただばくばくと食べるだけなんでしょ!? それならどうとでもなるじゃないですか!!」




 「私は、スライディングできない物を食すなんて出来ない」

 「料理にどんなこだわりを持っているって言うんですか!!!!」

 ごもっともで。




 12月29日 木曜日 「家庭用除夜の鐘」

 「千夏千夏。見て見て」

 「なんですか黒服さん……。私は、冬休みのまっとうな過ごし方としてコタツに篭城してるんですけど?
  それを邪魔する程の価値があなたとの会話にあると思うんですか?」

 「これ、新しい発明品作ったんだ」

 「あそこまで会話を拒否されておきながらまだ話を続けようとするんですか……」

 どれだけめげない性格だというんですか。
 ちょっとだけ尊敬できてしまうわ。

 「今度はどんなこの世にいらないものを生み出したっていうんです?」

 「話を聞く前からいらない物呼ばわりはやめろよ」

 「だって、黒服さんが今まで作ってきたものの中で、ひとつでも人類に有益な物がありましたか?」

 「えーっと……マジックテープを発明したのは俺」

 「堂々とそんな嘘をつくな」

 びっくりする程馴染みのある物体じゃないですか。マジックテープなんて。


 「それはそうと、これを見てくれ! お正月戦線に乗った、素晴らしい発明品なんだ!!」

 「はぁ……お正月戦線ねぇ」

 「その名も、家庭用除夜の鐘」

 「はい!? どういう事ですかそれ!?」

 「家庭でも気軽に、大晦日に108つの鐘を鳴らす事が出来ます」

 「知らんがな。別に自分の家で鳴らしたいと思ったことなんて無いですし。お寺に行きなさいよ」

 「ほら、最近はやっぱりはなんでも家で済ませたい人が居るわけじゃない?
  だから、そのニーズに応えた商品なんだ」

 「居ないよ。除夜の鐘を家で済ませたいって人」

 自宅でやっても意味ないんじゃないですかね?
 なんというか、威厳と言うかそういう雰囲気がまったく無いと思います。

 「っていうかさ……その鐘、普段どこにしまっとくの?
  すっごく大きいんでしょ?」

 「いいえ。そこは大丈夫。普通のお寺につけられている鐘の約二分の一ですから」

 「具体的にはどれくらい?」

 「中学生の平均身長ぐらいの大きさ」

 「でけぇよ!!」

 気軽に物置に放り込める大きさじゃないじゃないか。
 絶対にいらない。



 「売れると思わないか?」

 「思わない。売れる要素が見当たらない。
  そもそも除夜の鐘なんて大晦日ぐらいにか使わないじゃないか。
  普段はただのオブジェにさせとくんですか?」

 「普段は、時刻を知らせる鐘として使えばいい」

 「なんで一般家庭がお寺みたいになってるんだ」

 面倒な事この上ないでしょうに。誰もやらないよ。

 「あとは火事が起きた際に打ち鳴らすとかね」

 「半鐘ですか。そんな風に使う事なんて、一生に一度あれば良い方でしょ」

 なんて言ったって、自分ちでそれを使う時は、いろいろ大切な物を失いそうって事ですからねっ!!



 「まあいざとなった時は、溶かして戦車の材料にでもすればいいんだからな」

 「どこの戦時中の日本だよ。そして、それは使用方法としては当てはまらない」

 「そうか……。俺的には大ベストセラーだと思うんだけどなぁ」

 「どこをどういう風に脳みそ使って、その結論が出てきたって言うんですか……」

 「ほら、よく使いそうだし」

 「だから使わないってば。除夜の鐘なんて」

 「でもほら、今だって……」

 「へ? 今?」

 あたりを見回してみると、何だか霞んでいる様に見えなくも無いです。
 これってまさか……。


 「火事になった時とかに、この鐘をならして……」

 「っていうか119番!! 119番に電話!!!!」

 ウチのストーブが火を吹いてました。
 皆さん、火の取り扱いにはお気をつけくださいね。





 …………あと、傍らに鐘を置いておくと安心かもしれません。




 12月30日 金曜日 「大掃除に大忙し」

 「千夏!! どこいったのよ千夏!!」

 「はいはい、私はここに居ますよ……って、どうしたんですかお母さん。
  そんな怖い顔で私の事呼んじゃって」

 私は別に怒られるような悪い事した覚え無いんですけど。

 「はいこれ!!」

 「はあどうも……何これ?」

 「ちゃららら〜♪ 千夏は竹ボウキを手に入れた☆」

 「そんなRPG風に言われても」

 「これで千夏は、家の中の埃やゴミと戦う事ができるようになりました。やったね♪」

 「だから、やったねと言われても……」

 「やったね♪」

 「…………つまりこれは、私に掃除の手伝いをしなさいという意思表示なんですか?」

 「いえいえ、滅相もごさいませんよ。私はただ、千夏さまを遙かなる冒険の旅へと押し出してあげただけでやんす」

 なんでそんなにへりくだってるんだよ。気味悪いわ。



 「お母さん……正直に言ってくださいよ。大晦日前に大掃除が終わりそうに無いから、私に手伝って欲しいって。 br>  だからあれほど早めに掃除は終わらせて起きなさいと言ってたのに……」

 「そ、そんな事あるわけ無いじゃない!! 私が、この私が大掃除が間に合わないからテンパっているとでも言うの!?」

 「ものの見事にテンパってるじゃないか。今まさに」

 「キーッ!! そもそもねっ、千夏だってこの家の一員なんだから、大掃除の手伝いをするぐらい当たり前なのよ!!
  というか、やらなきゃ死刑ぐらいの勢いなのよ!!」

 「そんな理不尽な勢いを勝手に作らないでくださいよ。生きにくくて仕方ないよ」

 「そういうわけだから、さっさと掃除しなさい!! 今すぐ!! 何の文句も言わず!!」

 「うわぁ……もうちょっと優しく頼んでくれれば、こっちだってやる気がでるって言うのに。
  なんて酷い頼み方なんですか。これじゃあ私は埃となんか戦えないね!!
  せいぜい、服についた乾いた米粒ぐらいしかやっつけられないね!!」

 「く……なんてわがままな……」

 私は正当な要求をしているだけだと思いますけど。

 「お願い千夏……私のために、力を貸して……?」

 「どうしよっかなー? 手伝ってあげよっかなー? それともやめとこっかなー?」

 「てめぇやれっつってんだろ……」

 「ちょ、コラ!! 怖い事言わないでってば!! なんで素直に頼めないんですか!!」

 「だって! 千夏に頭を下げるなんて死んでも嫌だもの!!」

 「よーしよく本音言った!! ぶん殴る!! その性格に敬意を表してぶん殴る!!」

 「おおう! こいや! このハタキでクロスカウンターを食らわしてやるからな!!」

 「ならば私はホウキソードで切り裂いてやる!!」

 「上等だ!!」

 「こっちこそ!!」







 「…………お2人とも、そんな事やってないでさっさと大掃除してください!!」

 「「ごもっともです」」

 雪女さんにまっとうな事で怒られてしまったじゃないですか……。



 12月31日 「大晦日」


 「ふう……今年ももうすぐ終わっちゃいますねウサギさん」

 「そうだねぇ。いろいろあったけど、ようやく終わるな」

 私たち一家は全員居間に集合して、適当な大晦日番組を見てだらだらと過ごしています。
 こんなまったりとした空気、やっぱり年越し特有の物がありますよね。

 「そういえば悪の秘密結社を潰したのも今年だったんですねぇ。
  もっとずっと前かと思っていたけど」

 「そっかぁ。そんな事あったな。うん、あの時は大変だった」

 「そうですよねぇ。なんでか知らないけどトーナメントみたいな事やっちゃって」

 「多分あれは少年漫画的な見せ場を作ろうと……」

 「そういう舞台裏みたいな事はどうでもいいですから」

 あまり触れたくない部分だよ。それは。


 「あとはおばあちゃんに無理やり無人島に連れて行かれたりもしましたしね……。
  思えばあそこでラルラちゃんと会ったんでした」

 「多分あれはハンター×ハンターの……」

 「いや! だからそういう説明はいりませんってば!! なんだか言及しづらくなっちゃうでしょ!?」

 「あの頃はまだ、千夏のおばあちゃん元気だったんだけどなぁ……」

 「…………そうですねぇ。本当に元気そうでしたけど」

 「人っていつ死ぬか分かんないよな。まあそれは俺も含めてなんだろうけど」

 「ウサギさんはぽっくり逝ったりしないでくださいよ?」

 「うん。気をつけるよ」

 「そういえばこの家をメイド喫茶にした事もありましたっけ?」

 「あー。あったね。みんなで一生懸命働いた」

 「すっごく大変でしたけど、でも楽しかったですよね」

 「うん。本当に。でもちょっとブームに先乗りしすぎてたよね」

 「ええ……ちょうどの時期には私たちは旅館を経営してましたし」

 「もったいない事したよなぁ」

 「まあ仕方ありませんよ。ミサイルが降ってきたんだから」

 「そうだな……。アメリカとも戦争したんだった」

 「アメリカと戦争して、そして生き残った一般家庭なんて私たちぐらいですよね」

 「もはや一般家庭とは言えないけどね。それは」

 「いやー。あれは大変でした。本当に。
  私なんてね、過去のアウグムビッシュム族の村に飛ばされちゃったりしたんですよ?」

 「へー。そんなことあったんだ?」

 「はい。まあおかげで昔のおばあちゃんに会えたりもしたんですけど。
  でもその時も大変だったなー。大妖怪に脅されたりなんかして」

 「ああ。大妖怪ね……。思えばあの戦争で大妖怪の奴が目を覚ましたんだよな。
  面倒な事やってくれるよアメリカ軍も」

 「まあ彼らも誰かの指示を受けていただけみたいですしね……。
  そして、その大妖怪を追ってウサギさんが学校に先生としてもぐりこんだんですよね」

 「ああ。先生になってみるのも、結構楽しかった」

 「そうですか……。でも、その頃のウサギさん、ちょっと怖かったですよ。
  切羽詰ってる感があって」

 「まあ俺もいろいろあったからね……」

 「……別にいいですけどね。ちゃんと、大妖怪を捕まえる事が出来たんだから」

 「千夏の師匠のおかげだったな」

 「確かにそうですけど、牛乳パックに封印して善人にしたという理論が良く分からなかったりします」

 「いいじゃないか。これで、一応はハッピーだ」

 「そうですね。まだ問題が山積みな気がしますけど、一応ひと段落ついた気がします」





 「……本当にいろいろあったな」

 「はい。本当にいろいろありました。大変な事も多かったですけど、でも楽しい事だっていっぱいありましたよ」

 「来年もよろしく。千夏」

 「はい。来年もよろしくですウサギさん」

 来年は今年よりももっと幸せな時になることを祈って。
 私は、ウサギさんとそういう言葉を交わしました。










 「ぎゃー!! 消えてく! 私が消えてくっ!!」

 「あばばばばばばば……」

 「苦しいよぉ……助けてよぉ……」


 テレビから流れ出した除夜の鐘を聞いて苦しみだすお母さんやらリーファちゃんやらその他の面々。
 私とウサギさんと加奈ちゃんはその地獄絵図を見ながら、平和そのものに年越しソバをすすっていたのでした。




 …………なんて煩悩にまみれた人たちなんですか。









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