1月1日 日曜日 「お年玉争奪戦」

 「さあ今年も始まりました、お年玉争奪戦!!」

 「えー!? 去年もそういうのありましたっけお母さん!?」

 「あったと信じよう」

 「無かったんですね!? そんな行事、無かったんですね!?」

 「さて、それではまずお年玉争奪戦の概要を説明しましょう」

 「だいたい予想つきますけどね」

 「このお年玉争奪戦は、お年玉を巡って家族が骨肉の争いをするというひっどい戦いです」

 「新年早々そんな事させんな。この家族を崩壊にでも導きたいのか」

 「殴り合って生まれる友情もあると思うの」

 「なんですかその昭和の匂いがする友情の深め方は……。
  今の世ならただ損害賠償の被告と原告になるだけですよ」

 「とにかく! お年玉と仲良くなるために、みんなで一生懸命戦いましょう!!
  新年から汗と血を流して、清々しい気持ちで新年を迎えましょう!!」

 「汗はともかく、血はやばいでしょ」

 「千夏!! 正月からツッコミがうざい!!」

 「だって突っ込まなかったらカオスのまま正月を過ごすことなるでしょ!!
  わたしはこの家の唯一のストッパーだよ!!」

 思えばこんな感じで去年は過ごしてきたんですよね……。よく今まで私はもったもんだ。
 これが一年近く続くと思うと1日目からぐったりですよ。




 「それではお年玉争奪戦、第一回戦『カルタ取り』をします!!」

 「それはつまりカルタを……」

 「そう! カルタを取った枚数に応じて、お年玉が配られるシステム!!
  今日のレートでは、カルタ一枚につき1000円のお年玉が!!」

 「一枚で1000円!? この家では高額かも!?」

 「ただし、中にはトラップカードがあるので気をつけて」

 「トラップカード? なんですかそれ」

 「取ったらマイナス10000円です。お金、支払ってもらいます」

 「ひっどい!!」

 これはすんごい地雷ですねぇ……。とっちゃいけない物ですよこれは。

 「じゃあみんな位置について!!」

 「「「はい!!」」」

 一家全員がやる気を出してカルタの前に陣取ります。
 加奈ちゃんはよく意味が分かってないで参加しているみたいだけど。
 頼むからマイナス一万円は取らないでくださいよ?

 「それではまず一枚目……犬も歩けば」

 「い! い! い! い!」

 血眼になって探す私。いやね、ここでお金を手に入れなければ今年が緩やかに過ごせないんですよ。
 小学生も楽じゃないんです。同情するならお金をください。

 「あった! 見つけた!!」

 「ああ、リーファちゃん……」

 残念ながら、『い』のカルタはリーファちゃんに取られてしまいました……。
 お母さんの言う友情どころか、殺意に似た物がふつふつと湧いてくるですけど?

 「残念ねリーファちゃん。それは、トラップカードよ」

 「えー!? いきなり!?」

 あはははは。いい気味です。姉を置いてお金を手に入れようとするから悪いんですよ。

 「じゃあ次行くわよ? ロンリーウルフは挫けない。はい、どうぞ」

 「ちょ、それってどういうカルタ……まあいいです。ろ、ろ、ろは……」

 「見つけた!!」

 「ああ! ウサギさん……」

 今度はウサギさんですか……。うう、まあ、ウサギさんだったら許す!

 「残念ウサギさん。それはトラップカードよ」

 「なんだって!?」

 「うわぁ……ご愁傷様ですウサギさん」

 年始から一万円を取られてしまうだなんて……本当についてませんね。

 「気を取り直して行きましょう。次のカルタは、ハラに来るレバーブロー。はい、どうぞ」

 「だから、それはどういうカルタ……」

 「はい! 見つけました!!」

 「ああ、雪女さんったら! 私が突っ込んでいる間に……」

 私の習性を利用するなんて、なんて卑劣な……。

 「残念ね雪女ちゃん。それはトラップカード……」

 「ってええ!!?? またトラップカードなんですか!? いくらなんでもトラップカードが多すぎるよ!!
  いったいいくつトラップカードがあるんですか!?」

 「えーっと……35枚くらい?」

 「あほかー!! それっておかあさんの懐に35万円が放り込まれるって事じゃないですか!!
  残りのカードが20枚近くだとしても出費が2万円程度だら、大もうけじゃないか!!
  こんなお年玉あってたまるか!!」

 「こちとらねっ、慈善事業でお年玉配ってるわけじゃないのよ!!!!」

 「いや、慈善事業であるべきでしょうが!!」

 なんで収入の事を考えているんですか。
 お母さんはお年玉に何を求めているんだ。






 1月2日 月曜日 「初夢」

 「わー。なんで、私は北極海なんかにいるのー?」

 「夢でーす。これは夢なのでーす」

 「うわぁ!? 北極クマが喋った!?」

 「そうです。喋る北極クマです。私が喋っているということは、これが夢であるという証明なのです」

 「いや……どうですかね? だって、私の身の回りには喋るはずが無いのに流暢な日本語を話す者たちが結構……」

 「さて、これは夢なのですが……」

 「すっげぇ強引な司会進行ぶりですね」

 さすが北極クマ?


 「先ほども語ったように、これはあなたの夢なのです。しかも、初夢」

 「ああ……そうですか。初夢ね……。初夢がこんな寒々とした所だなんて、私のこの一年はどうなっちゃうんでしょうねぇ」

 「そう。古来より初夢は一番正夢になる夢だと言われております。
  つまり、この夢で起こった事が、今年の千夏さんに降りかかるという事なのです!!」

 「そうなんですか……? つまり私は今年、北極海に行って喋るクマと会うの?」

 「おおいにありえます」

 「まあ確かに今までの人生経験から言わせて貰えば不思議でもないですけど」

 しかし初夢が夢だと気付いてしまうのはどうなんですかね……。
 楽しみというか、わくわく感みたいな物があまりないですね……。

 「では、これより初夢をお楽しみください」

 「なんか映画上映会みたいな感じになってるね」

 こんな斬新な感じの初夢は初めてだ。







 「まず今年の初め、隕石が地球に降ってきます」

 「えー!? 隕石がー!?」

 私の目の前には地球に落ちてこようとしている巨大隕石の姿が映し出せます。
 うわー。すごい迫力。こんな映像、映画館でも見れないよー。
 …………言われている事はノストラダムス的なアレなんですけどね。

 「それで……その隕石はどうなるんですか?」

 「鹿児島にあるとある町内会のみなさんの活躍によって軌道をそらされ、全人類は救われます」

 「すごいですね鹿児島の町内会!! ハリウッド的な感じで国レベルの対策を練るかと思ったのに!!」

 「今は個が生きている時代ですからね」

 「生きすぎでしょう。隕石をどうにか出来てしまう町内会は」

 「そして今年の中盤……6月頃ですかね。今度は巨大なガチャピンが降ってきます」

 「ちょ、巨大なガチャピン!? なんですかそれ!?」

 「衛星の修復用に開発された究極のガチャピンです。全長40メートルほどあります」

 「今年のガチャピンはとうとうそこまで行くんですか……」

 「それで、その落ちてくる巨大ガチャピンはママさんバレーサークル『ひいらぎ会』によって撃墜させられます」

 「すげえなママさんバレー!!?? っていうかどうやってよ!?」

 「サーブで」

 「ガチャピンを撃墜できるサーブが打てるのなら、大会で優勝も簡単でしょうね」

 「そして今年の9月ごろ……宇宙から巨大なイクラが降ってきます」

 「地球は決してご飯なんかじゃないぞ? イクラ丼作ろうとしてるのか」

 「そのイクラは全長3キロの卵で……」

 「でかいよ! というかその卵を産んだ鮭は一体なんなんだ!!」

 「宇宙鮭です」

 「見てみたいよ。その鮭は」

 「しかしその巨大イクラは、都立聖サクラモチ小学校の3年2組によって撃退されます」

 「サクラモチがどう聖なんだよ」

 「葉っぱの部分が」

 「そっちなんですか。しかしすごいですね、3年2組」

 「鬼瓦先生が担任をしてますので、これぐらいは簡単なんでしょう」

 「誰だよその見ただけでは体育の先生で生徒指導に情熱を燃やしていそうな人は」

 「そして今年の最後の月。巨大なヘラクレスオオカブト虫が降ってきます。
  全長10キロです」

 「へぇ……それはまた。というか、今年はいろんな物が降ってきすぎでしょうが。
  それで、今度は一体誰が地球を救ってくれるんですか?」

 「いえ。誰も救えず、地球はヘラクレスオオカブトによって滅びます」

 「えー!? 虫に滅ぼされるの!?」

 「ツノでこう、ちょいちょいとされて滅びます」

 「イヤだよそんな滅び方!!!!」




***




 「…………はっ!! 夢か……」

 正夢にならない事を祈っていますよ。



 1月3日 火曜日 「戌年」

 「おかーさーん。おかーさーん」

 「どうしたのよ千夏。変な声あげて私の事呼んで」

 「あのねー。あのねー。朝起きたらねー。頭に何かがかぶりついているんですけどー?」

 「へぇ。それは大変ね」

 「本当に大変だよ!! っていうか取って!! この何か生暖かい奴、取ってよ!!」

 「どれどれ……? あら、犬じゃない」

 「犬なの!? 私自身では見えない何かは、犬が噛み付いているの!?」

 「縁起が良いわね。戌年だし」

 「よくねぇだろ! 人の頭にかじりつく犬なんて縁起が良いわけないでしょ!!」

 「ほれ、お手」

 「ワン」

 「いいこいいこ♪」

 「いい子じゃない!! いまだ私の頭に噛み付いている犬なんて、いい子なわけが無い!!」

 「でもなんでこの子、千夏の頭に噛み付いているの?」

 「私が知ったこっちゃ無いですよ」

 「千夏、シャンプーにビーフジャーキーでも混ぜてるの?」

 「どう転んだって髪の毛によくなる事がなさそうな物を、誰がシャンプーに入れるか」

 「じゃあリンス?」

 「そういう問題でもないでしょ。いいからこの犬外してよー」

 ずっとこのままで居るのは本当にごめんですからね。
 どうにかしてください。


 「でも……どうやって外せばいいのかしら?」

 「こうキュッと締めればいいんじゃない?」

 「千夏ってばなんて残酷な事を言うの!? こんなにも可愛らしいワンちゃんなのにっ!!」

 「残念ながら私にはその犬の姿が見えないものでしてねぇ。
  それに、頭に噛み付くような犬なんて可愛らしく見えねえよ」

 「とどめなく溢れている唾液がすごくキュートなのよ?」

 「うわー!! 頭が犬のよだれでべちょべちょだー!! うわーん!!! もう最悪!!」

 よし! 殺そう!! 殺してでも引き剥がそう!!!


 「もう千夏ったら落ち着きなさいよ」

 「これが落ち着いていられるかってんでーい!! あーもうっ!
  お母さんならどんな物体であろうと殺して引き剥がすぐらいの残忍さを見せると思ったのに!!
  期待はずれだよ!!」

 「なるほど。だからまず私の所に助けを求めてきたのね。
  うん。なんだか無性に殴りたいわ」

 「ううう……私はずっとこのままなんですか?
  この一年、犬女として暮らさなければならないんですか……?」

 「それいいわね。何かのマスコットになるかも」

 「頭を犬に噛まれている人間なんてどんなマスコットにもならねえよ。
  ある意味でグロだしね」

 「千夏……そう落ち込まないでよ。もしかしたら新しい人生が開けるかもしれないでしょ?」

 「こういう形での新しい人生の出発は嫌だよぉ。
  どうせなら一杯借金して作ったラーメン屋が3ヶ月で潰れた時に再出発を誓いたいよぉ」

 「なんか随分と余裕ありそうね」

 それは気のせいですよお母さん。
 本当に切羽詰ってるんですってば。




 「あれ……? この犬、首輪をしてるわね」

 「なんですって? 飼い犬でこの無礼千万なんですか? よしお母さん。訴えよう。飼い主を訴えまくろう。
  もう二度と犬なんて買えないようなトラウマを残すが如く、訴え続けましょう」

 「どれだけ根に持っているのよあなた」

 そりゃ根にも持ちますよ。頭をこれだけガブリとやられればね。

 「あ……住所が書いてある。なになに……!? この住所、私たちの家の奴じゃない!!」

 「何ですって!? 私たちの家!? じゃあこの犬は私たちの犬って事になるんですよね!?
  ちくしょう!! じゃあ自分で自分を訴えなければならないのか!!??
  こういう場合って勝訴とか敗訴とかどう決めるの!?」

 「千夏。落ち着きなさい。なんだかよく訳の分からない事を口走っているわよ」

 「はっ……すみません。つい気が動転してしまって」

 「でも一体これはどういう事なのかしら? なんでこの犬に私たちの住所が……」

 「ああっ!? ソリ!! なんでこんな所にっ!!」

 「へ……? ソリ?」

 聞きなれぬ名前が聞こえてきた方を見ますと、何故か雪女さんが驚いた表情でこちらに駆け寄ってきました。
 なにやらこの犬の事を知っている様子……。
 どういう事ですかこれ?


 「あの、雪女さん? この犬は……」

 「ギクギクッ!! べ、別に私は何も知りません!!
  この子の名前がソリであるという事と、カボチャコロッケが大好きな3歳で、お気に入りの人形はジョーズ2のフィギュアだとか、
  そういった事ぐらいしか知りません!!」

 「十分知り尽くしているじゃないですかそれは!! っていうか雪女さん、もしかしてこの犬……」

 「うわーん! ごめんなさいー!! 実は皆さんに隠れて飼ってましたぁ!!
  千夏さんのご飯をすこし少なめにして、そしてこの子にご飯を与えてましたぁ!!!」

 「なんてことしてたんですかあなたは!!」

 なんで私の分のご飯から取るんだよ。普通こういう場合は自分のをどうにかするんでしょ。

 「うっ、うっ……お願いです。許してください……。この子、寒さに震えてお腹を空かせていたんです。
  それを見たらいてもたってもいられなくて、ついつい家に連れてきてしまって……」

 「雪女さん。なんで私たちに隠してたんですか……。言ってくれればいいのに」

 「だって、今の状態だって家族が多すぎて困窮してるのに、さらに一匹増えてしまうと家計が困ってしまうから……だから……」

 「もう雪女さんったら水臭いですよ。私に話してくれれば力になる事が出来たのに」

 「ち、千夏さん……ありがとうございます。そうですよね、こういう事は真っ先に千夏さんに話すべきだった……」

 「私に話してくれれば、いい保健所を紹介してあげるのに」

 「保健所!? 保健所に良いも悪いも無いでしょう!? なに怖いこと言ってるんですか!!」

 「保健所にもいろいろあると思うんですよね。だから、この子にぴったりな保健所を私が一緒に選んであげようかと」

 「結構です!!」


 そうですか。まあそれはどうでも良いとして、早くこの犬を私の頭から外してください。
 痛みで死にそうです。




 1月4日 水曜日 「犬のこれから」

 「はいお手」

 「ワンワンッ!!」

 『ガブリ』

 みなさんどうもこんにちは。
 えーっとですね、今日の日記はいきなり犬に手を噛まれるという予想外のスタートを切ってしまいましたが、
 あまり気にしないでくださいな。

 このバカ犬はですね、雪女さんが私たちに黙ってこっそりと飼っていた犬の『ソリ』です。
 家族に黙ってこっそり飼うだなんて、どこぞのドラマぐらいでしか無さそうな展開ですよね。
 それを本気でやる雪女さんも雪女さんですが、今の今まで気付かなかった私たちもどうかと思います。
 ああ、ちなみにこの犬の名前が何故ソリかって言うとですね、
 なんでも大きくなったらソリでも引かせてみんなの役に立てようとしていたらしいです。雪女さんいわく。
 とりあえず一匹だけじゃあソリは引けねぇだろと突っ込んでおきました。



 「おかーさーん。このバカ犬どうするのー? やっぱり保健所行き?」

 「う〜ん……どうしようかしらねぇ。いくらなんでもそれは寝つきが悪いしねぇ」

 「ダメですよそんなの! ダメったらダメダメ!!!」

 私の提案に雪女さんが反対してきます。
 まあ当然と言えば当然か。

 「でも雪女ちゃん、私たちには犬を飼う余裕なんて無いのよ?
  それは台所事情を良く知っているあなただって分かっているでしょ?」

 「分かっています!! でも、保健所行きなんて可哀想じゃないですか!!」

 「じゃあ洗濯機行きにしましょうか?」

 「それはもっと可哀想ですよ!! っていうか千夏さん、先日からソリちゃんに対しての反応が冷たくないですか!?」

 「私、犬より猫派なんですよね」

 「そんなえこひいきな!! みんなこの地球で生きている兄弟じゃないですか!!
  平等な愛を要求します!!」

 そんな事言い出したらゴキブリとかにも優しくしなくちゃいけないじゃないですか。
 子供のわがままですかっての。

 「ペットはうちにはラルラちゃんと女神さんが居るしねぇ……」

 お母さん。女神さんはペット扱いですか。あの人が聞いたら泣きますよ。

 「じゃあ女神さんを放り出して、この子を飼えばいいじゃないですか!!」

 切羽詰っているせいか、すっごい事言ってますね雪女さん。猫よりも先に追い出しますかね。女神を。

 「非常食として備蓄するならまだ使いようがあるのだけど……」

 「うわーん!! 春歌さんと千夏さんのバカー!! この残虐親子ー!!!!」

 お母さんの衝撃発言を聞いて飛び出していく雪女さん。まったく、本当に仕方のない人ですねぇ。

 「お母さん……」

 「命って言うのは、どんな物であれそう易々と背負えるもんじゃないのにね。
  一度背負ってしまえば決して手放す事を許されないって言うのに……今の子は、それを知ってなさすぎる」

 「……」

 未来へと続く覚悟の無い優しさは、一瞬の気の迷いと同じ事ですもんね。




***


 「雪女さん、隣良いですか?」

 「千夏さん……私、いったいこれからどうすればいいんでしょうか?」

 「ありがちなドラマ的解決方法から言えば、飼えない事をしっかりと認めて、他にあの犬を飼ってくれる人を探すとか。
  まあ一番現実的なのは保健所に引き渡す事だけど」

 「千夏さんは本当に残酷ですね……そんな酷い事が簡単に言えてしまうだなんて」

 「私が残酷? なにを言ってるんですか? この中で一番残酷なのは、雪女さんですよ?」

 「え……?」

 「ノラ犬を勝手に拾ってきて、そして私たちにその子の生かすか殺すかの判断を煽っているんだから。
  人に慣れたノラ犬は容易に人間に近付くようになっているからもう一度捨てるわけにもいかないし、
  だからと言って私たちの生活を削ってまで飼う事なんて出来ない。
  本当に酷いよ雪女さん。あなたが拾ってこなければ、あの子はノラのまま生きていられたし、私たちも悩む事なんて無かった」

 「それは……」

 「優しさでも不幸は訪れるんですよ。酷いことに」

 「……」

 あーあ。雪女さん黙っちゃったよ。こんな事言ったってどうにもならないって分かっていたのにね。
 はぁ……嫌な事に巻き込まれちゃったなぁ。

 「……分かりました。私が、最後まで責任を持ちます! でも、絶対に諦めない!!
  何かいい共存方法が見つかるまで、決してあの子を見捨てません!!」

 「雪女さん……まあ、いいんじゃないですか? 頑張れるうちは頑張れば。
  陰ながらですが、応援しておきますよ」

 「ありがとうございます千夏さん!!」

 まだ解決したわけじゃないですけど、まあ事態は好転したと思います。
 この調子で全部解決して欲しいんですけど……まあそれは無理か。





 「あれ……? お母さん、あの噛み犬はどこに行ったんですか?
  姿が見当たらないんですけど」

 「ああ。あの子なら、元の飼い主と名乗る人が現れて、そして連れて行っちゃったわよ」

 「えー!? 本当ですか!? っていうか元の飼い主って!? それって本物なの!?」

 「多分本物よ。だってソリちゃん、すっごくなついていたもの」

 「そうなんですか……」

 雪女さん、すっごく寂しそうですねぇ……まあ無理も無いですけど。

 「それで、その飼い主さんって誰だったんですか?」

 「えーっと確か、西郷隆盛とかなんとか」

 「なんですってー!? 西郷隆盛!?」

 それってつまり西郷隆盛の幽霊が……っていうか、あの犬は西郷隆盛像の傍にある犬だったのかよ。
 そりゃあすごい正月の奇跡だ。

 「西郷さんですか……いい人だったら良いけど」

 「名前を聞いただけで気付いてよ雪女さん」

 しかしなんで新年早々から西郷隆盛とその犬の霊がウチなんかに……。





 1月5日 木曜日 「神様」

 「あ。そういや初詣行ってないや」

 「もう。何してるんですか千夏さん。いけませんよ! こんな事だから最近は神が死んだとか何とか言われるんですよ!!」

 「おおー。女神さん。今日は中々熱いですね。普段まったく目立ってないくせに」

 「そりゃあまあ私だって神様の1つですからね。千夏さんが初詣に行っていないと聞いたらこうなりますよ」

 「でも女神さんって西洋の神様だよね? 初詣は日本の物なんだからあまり関係ないんじゃ……」

 「神様はみんな1つです! 仲間なんです!!」

 「そうですか。良く分からない連帯感ですが、何となく分かったって言っておきます」

 「だから、早く千夏さんも初詣行きましょうよ」

 「ええ〜!? だって面倒だしなぁ……人とか一杯居るし」

 「もう! そういう所がダメなんですってば!! いいから行きましょうよ! 思い立ったが吉日ですってば!!」

 「……っていうかさ、なんでそんなに一生懸命なわけ? 私が初詣に行くと何か神様にとっていい事があるわけ?」

 「もちろんありますよ! 千夏さん、神様の力の元は一体なんだと思っているんですか!?」

 「へ? 神様の力の元? えーっと……糖とか?」

 「普通の人間じゃないかそれは!! いいですか?
  神様って言うのはですね、人に信じられる事によってその存在を確定できるんです」

 「はぁ……そうなんですか」

 「これはつまり観測者が居る事によって主である物質編成が決まるという
  非常に不安定な粒子によって神は作られているという事であり……」

 「良く分からん講義はどうでもいいですけど、とにかく神様は人に信じられないと生きていけないわけですね?」

 「簡単に言えばそういう事です」

 「でもさぁ、それなら神様だって人が信じちゃうようなすっごい奇跡を起こすべきだと思うんだよね。
  そういう地道な努力をしてこなかったから、現状が作られているんじゃないですか。
  たいした経営努力をしないで来たくせに、いきなり信じろは無いと思うんですよね」

 「あいたー。今すっごく痛いこと言われました。最近神様がそうだよなぁって思っている事を、全部言われちゃいました。
  そうですよね……神様という立場に甘んじて、人が神を信じるような事をしてこなかったからいけないんですよね……。
  神様が営業と言うものをしてこなかったから……」

 なるほど。神様は今の世では倒産しかけの会社みたいなもんなんですか。
 ますます威厳がなくなったわ。




 「でもですね、一応神様もやる事はやっているんですよ? 小さな奇跡なら、至る所で起こっているんです」

 「本当ですかそれ?」

 「ええもちろん。例えば、弁当とかに付いてくるソースがありますよね?
  あの、どこからでも切れますよとか書かれている袋に入っている」

 「ええ。確かにありますけど……それがどうかしたんですか?」

 「その袋が簡単に切れるのが、神様が起こした奇跡です」

 「しょぼ!! 神様の奇跡しょぼい!! しかもあの袋、神様の奇跡で今まで切れていたのかよ!!
  そういう袋として作っていたんじゃないのかよ!!」

 「だから、神様の奇跡はすごく身近に起こっているんです。ただ人間たちが気付いていないだけで」

 「そんな奇跡、気付く人間いるわけ無いでしょ。当たり前だと思っているし」

 「だから人間のおごりが過ぎるって言っているんですよー。
  もし神様が居なくなっちゃったら、この世界にある袋が全て切れにくくなるんですよ?
  こうなったら世界は大パニックです」

 「そうだね。大パニックになるかもね。全然その光景を想像できないけど」

 「あと、カップに入っているアイスクリームがありますよね? あれって、フタの裏にアイスクリームが付いちゃうでしょ?」

 「……はい。確かにそうですけど……まさか」

 「あれも、神様の奇跡です」

 「何やってんだよ神様!! っていうか、何の意味があるの!?」

 「何となく美味しいじゃないですか。フタの裏についたアイスクリーム。
  そういうささやかな幸福を、神様たちは人に恵んでいるのです」

 「ささやか過ぎるでしょそれは!!」

 「というわけで、皆さんの周りは神様の奇跡で一杯なのです。
  正月ぐらいは感謝してあげてください」

 「分かりましたよ……」



 皆さんも、弁当に付いてくる袋やアイスクリームのフタの裏を見たら、神様の事を思い出してあげてください。




 1月6日 金曜日 「新しいおみくじ」

 「千夏ー。おみくじの余りがあるんだけどやってみないー?」

 「お母さん……? 何おみくじの余りって。一般家庭にはそういった物が普通に備蓄されている物なの?」

 「いやね、実は正月前におみくじ作りの内職をやっていたのよ。それでちょっと作りすぎちゃった奴が溜まっててね」

 「へぇ……おみくじがこの家で作られてたかと思うと、急にご利益が無くなってきた気がしますね。不思議な事に」

 「どうする? やるかやらないか、さっさと決めて欲しいんだけど。
  このおみくじたち、さっさと処分したいし」

 「はぁ……じゃあ一応やっちゃいましょうかねぇ。何故だかあまり当たるとは思えませんけど」

 私はお母さんから差し出されたおみくじをひとつ、手に取りました。
 そしてゆっくりと破かないようにおみくじを開きます。

 「どう? なんだった? 結果はどうだった?」

 「もう、ちょっと待ってくださいよ……なんでそんなにはしゃいでいるんですか。
  えーっと……ティッシュ1袋? なんじゃこりゃ」

 「あー残念! それは一番悪い奴ね」

 「まあティッシュという表記を見た瞬間に良い物が出たとは思えませんでしたけど。
  でも、なんでよりによってティッシュなんだよ。おみくじって吉とか凶とか書かれているもんじゃないの?」

 「これは、新感覚おみくじなのです。まるで福引の賞品のような名称で今年一年の吉凶を占い……」

 「はぁ……福引ねぇ。ちなみに、一番良いのは何なんですか?」

 「温泉旅行です」

 「今年一年温泉旅行ってなんやねん。どんな一年なんですか」

 「身体の芯まで暖かく居られるみたいな?」

 どう見たって後付けですよそれは……。



 「じゃあ今度はこのおみくじをどうぞ〜」

 「なんです? まだあったんですか?」

 「そう。このおみくじも特別製なの」

 「どうせなら普通なおみくじさせてよ。というか、最近はそんなおみくじが流行っているの?」

 「適当に作って神社に売り込もうとしたら、何故か断られました」

 「そりゃそうだろうね」

 子供でも喜ぶかどうか微妙ですよ。

 「はいはい! 引くならさっさと引く!!」

 「えーっと、これは何おみくじなんですか?」

 「怪獣おみくじよ。今年の運勢を怪獣に例えて占ってくれるの」

 「へー。今年の運勢を怪獣に。縁起はあまりよく思えないよ」

 「いいからいいから。どんと引いちゃって。ちなみに一番運勢が良いのはゴジラだから」

 「はぁ……分かりました。やってみます」

 お母さんに言われる通り、私はおみくじをもう一度引きます。
 そういえば、おみくじって一年に何度も引いて良いんでしたっけ?
 まあいいか……あまり、神様とも関係の無さそうな事柄ですしね。なにせ、怪獣おみくじだし。

 「どう? 何を引いたの?」

 「……エビラだそうです」

 「あちゃー。よりにもよってそれかぁ。エビボクサーの方がまだインパクトのあるそっちかぁ」

 先ほどに続いて、なんか一番悪そうな奴ひいちゃいましたね……。
 こんな色物おみくじでも結構気にするんですけど。

 「それで、これを引いたらどんな一年になるんですか……?」

 「生け作りにされそうな一年になります」

 「思った以上に最悪だな!?」

 とてもじゃないが平穏な一年とは言えないじゃないか。
 どうしてくれるんだこのモヤモヤとした気持ち。



 「それじゃあ最後にこれを言ってみよう! その名も千夏クジ!!」

 「なにそれ? よく意味が分からないんだけど?」

 「私たち一家の名前に例えられた吉凶が入ってます」

 「私たちの名前を使ったんですか!? すっごい内輪ネタじゃん! 他の人たちが分かるわけないじゃん!!」

 「だから神社も買ってくれなかったのかなぁ……?」

 それだけが問題では無いと思うけどね。

 「さあ! 引いてみなさい!!」

 「はいはい……。あ。私を引いちゃった」

 「え!? 本当に!?」

 私が引いたおみくじには、はっきりと『千夏』と書かれていました。にしても、なんでそんなに驚くっていうんですか。

 「これ、どうなの?」

 「千夏、今年で死ぬわね……」

 「そんなに悪い奴!?」

 人の名前を大凶以上の鬼門にすんなよ。
 気ぃ悪いわ。





 1月7日 土曜日 「冷蔵庫の中の密室殺人事件」

 「犯人は、この中に居るわ!!!!」

 「な、なんですってー!?」

 ……本当になんなんですか。この突然の始まり方。

 「あ、あのー、お母さん? 犯人って一体……」

 「おっと千夏さん。勝手に動かないでください。あなただって、容疑者のうちの1人なんですからね」

 「なんの!? なんの容疑者なの!?」

 「『ママチャリ刑事3〜冷蔵庫の密室の謎〜』の容疑者です」

 「なんだその昼間にやってそうなミステリー劇場は。っていうかお母さんがママチャリ刑事なの?
  お母さん、ママチャリ持っていないじゃん」

 「じゃあ聞きますけどっ!? ジーパン刑事はジーパンを履いているんですか!?」

 「履いてるよ。ものすごく履いているよ」

 「もう1つ聞きますけどっ!? スチュワーデス刑事はスチュワーデスを担いでいるんですか!?」

 「別に担いではないでしょうよ! っていうか、別に持っている物の名前を刑事の前に付けているわけじゃないでしょ!?
  主人公がスチュワーデスなんでしょ!?」

 「そういうもんなの?」

 「そういうもんだと思います」

 「そっかぁ……じゃあ、パトリオットミサイル刑事に改名しなくちゃ」

 「あんたパトリオットミサイル持っているのかよ。そして、それをどうやって事件の中で生かすんだよ」

 「犯人を捕まえる時に投げつけるとか」

 死にますよその犯人。捕まえるどころの騒ぎではない。



 「というか1から聞きたいんですけど……一体どういう事が起こっているんですか?
  冷蔵庫の密室の謎って何さ?」

 「実はね千夏……この家で、凄惨たる事件が起きたのよ」

 「凄惨たる事件……?」

 「そう! なんと、バラバラ殺人事件がね!!」

 「な、なんですってー!?」

 そんな物騒な言葉を聞かされたら、そう言うしか無いじゃないですか。
 まるで、ドラマの脇役のリアクションですけど。



 「い、一体誰が殺されたんです!? もしかしてリーファちゃんとか!?
  あの人、恨まれそうな事いろいろやってそうだし!!」

 「いいえ。違うわ……」

 「それじゃあもしかして……加奈ちゃん!? そんな、嘘ですよね!?
  加奈ちゃんが殺されたなんて事、ありえないですよね!?」

 「慌てるのはやめなさい千夏。加奈ちゃんは死んでなんか居ないわ」

 「じゃあまさかウサギさん……? でも、ウサギさんが誰かに殺されるなんて事あるはずが……」

 「殺されたのは、真鯛のヒロシくんです」

 「そうっすか。真鯛のヒロシさんですか」

 まさか被害者が魚類だったとはね。心底びっくりしたわ。

 「恐ろしい事に……冷蔵庫に入れておいた真鯛のヒロシくんがね、いつの間にか刺身になっていたのよぉ!!」

 「そりゃ調理する手間が省けて良かったね」

 「何を言っているの! 私は今日は、煮付けにしようと思っていたのに!!」

 「しらねー。心底興味ねー」

 それに私、刺身の方が好きですし。

 「ヒロシくんをバラバラにした凶器は、この家の包丁だった。つまり、犯人はこの家の包丁の位置を知っていた事になる。台所がまったく荒らされていない事からそれが証明されるわ。その事実が現す一つ真実……千夏は気付いたかしら?」

 「つまりこの家の人間の犯行だって?」

 「そうよ! その通りなの!!」

 「へー。そりゃ大変だ」

 「一体誰がこんな事を……」

 「そんな事どうでもいいんで、早く夕飯にしませんか? 刺身あるんでしょ!?」

 「でも私は負けない! この謎は、ばっちゃんの名にかけて絶対に解き明かす!!」

 そんなのどうでもいいから、刺身食べましょうよ。













過去の日記