1月8日 日曜日 「連続冷蔵庫殺人事件」

 「千夏! 大変よ!! 昨日の事件は、まだ前触れだったのよ!!」

 「お母さん……まだやってんの? そんなに楽しいんですかその遊び?」

 「事件はまだ終わってなかったの……。なんとね、二人目の被害者が出たのよ!!」

 「冷蔵庫で?」

 「そうです。冷蔵庫です」

 また食材かよ……。

 「今度の被害者は誰ですか……?」

 「エビの神楽さんです」

 「エビがどう神楽なのか知りませんけど、もしかしてエビグラタンが冷蔵庫の中に出来上がったりしてたんですか?」

 「な、なんでその事を知っているの……? まさか、千夏がこんな事を……」

 「ちげえよ。私が料理作れない事、お母さんは良く知っているじゃないですか。
  ……っていうか、別にそんな事事件だなんだって言わなくても。労力が減って良かったじゃないですか」

 「何を言っているのよ千夏!! 今日のエビは、てんぷらにしようとしていたのにっ!!」

 だからどーでもいいんですってば。しかも私、グラタンの方が好きだし。




 「いったいどうしてこんな事に……」

 「それを説明いたしましょう!!」

 「黒服さん!? なにか、知っているの!?」

 急に私たちの目の前に現れる黒服。彼の口ぶりでは、
 この事件……と呼んで良い物かどうかについて、何か知っている事があるようです。
 というか多分お前の所為なんだろうね。

 「黒服さん……一体今度は何をやらかしたんですか」

 「実はこの冷蔵庫は、自動料理機能付きの冷蔵庫なのです!!」

 「……はぁ。なんですかそれ」

 「食材を入れておくと、勝手に料理を作ってくれる冷蔵庫なのです!!
  どうです!! すごいだろ!?」

 「はぁ……まあ確かに凄いかもしれませんね」

 今の人はあまり料理しませんし、こういった商品が出てまわるとミリオンヒット間違いないです。
 もしかしたらこれで一儲けが……おおっといけない。まだご飯前だというのに涎が……。

 「よくやりましたよ黒服さん!! あなたは本当に天才だ!!」

 「あっれー!? なんだか今日は珍しく褒められてる!? 今までに無いほど輝いている!?」

 まあ今日が初めてですからね。黒服さんが世の中の役に立ち、そして金になりそうな物を作ったのは。

 「それじゃあさっそくそれを製造ラインに乗せましょう! そして、思いっきり売りさばいてしましましょう!!」

 「ダメよ! そんなのダメダメ!!」

 「え!? お母さん、何言っているんですか!? せっかくの金儲けのチャンスを……」

 「だって、そんなのが出来たら料理が出来なくなっちゃうじゃん!!
  エビが勝手にグラタンになるなんて、耐えられない!! てんぷらが良かったのに!!」

 「別にいいじゃないですかそれは……。そもそもお母さん、あまり料理しないくせに。
  雪女さんにばっかり任せているくせに」

 「爪を切るような間隔で料理がしたくなるものなのよ!!」

 明らかに料理を作る周期としては長すぎるでしょ。その間隔は。



 「お願い黒服さん! この冷蔵庫を、普通の冷蔵庫に戻して!!
  私の、エビを返して!!」

 「エビは無理だが……冷蔵庫を直す事ぐらいは簡単に出来る」

 「そんなぁ……いい発明品だと思ったんですけどねぇ」

 「千夏……いい? 料理って言うのはね、ただ食べれば良い物じゃないの。
  どんなに手間がかかったって、その労力を遥かに越える物が料理にはあるのよ。
  私は、その事を千夏に忘れて欲しくないの……」

 「お母さん……。普通に頑張っている主婦ならば聴くことが出来るんですけど、でもお母さんだと……」

 「だから、私たちにはこの冷蔵庫は要らないのです!!」

 どどーんという擬音が聞こえてきそうな勢いでお母さんが言い切りました。
 まあある意味その頑固な精神は尊敬に値しますけど。





 「でもどうしようかしら今日の夕食……。私、チーズ嫌いなのよね……」

 「だからグラタンになったらあんなに怒っていたんですか!?
  というか、たったそれだけのために!?」

 「いいえ違うわよ!! 生魚も、嫌いなのよ!!」

 なるほどね。だから昨日もすっごくうろたえていたと。
 うん。なんて人だ。






 1月9日 月曜日 「究極の自己発電」

 「あれ……お母さん、なんで家の電気点けないの? 外、もう真っ暗だよ?」

 「あら、そうなのかしら? 私にはまだ明るく見えるわ」

 「それに……コタツとかヒーターとかの電気も点けないの? すっごく寒い感じになってるんですけど?」

 「あら、そうなのかしら? 私は汗を掻いて仕方がないくらいだわ」

 「……」

 「……」

 「……いや、だから電気を」

 「ダメ! 千夏ダメ!!」

 「え? ええ!?」

 部屋の灯りを点けようとした私の手をがっしりと捕まえてくるお母さん。
 なんですかその手にこもった力は。なんですかその理不尽なパワーは。

 「ど、どうしたの!? なにか電気を点けたらダメな事でも……」

 「今電気を点けたら、えーっと、爆発します!!」

 「何が? この家が?」

 「私が!!!!」

 「お母さんが爆発するの!?」

 怒るという意味ではすでに爆発してる気がしますけどね。お母さんは。



 「一体何があったというんですか!! ちゃんと話してくれないと分かりませんよ!!」

 「話たいのは山々だけど、一度話し始めちゃうと文庫本20冊分ぐらいの大長編になっちゃうから……」

 「逆に聞いてみたいわ。そんな大長編」

 「今の私に言えるのは……発電所の陰謀だとしか」

 「電気料金か!? 電気料金を払い忘れたのか!?」

 この地獄の冬場に何やってくれてるんですか。
 結構死に直結する事ですよこれは。どうやってこれから暖を取れば良いんだ。

 「年末年始って怖いわよねぇ……どんどんお金が飛んでいくんだもん。
  ついつい年末だし正月だしで出費が増えるのよ……。
  もしかしたらこれもどこかの大企業の陰謀かしら?」

 「いや、お母さんの金遣いに計画性が無かっただけでしょうが。
  バレンタインで語るようになんでも大企業の所為にすんなよ」

 「ああ! 一体これからどうやって生きていけば良いと言うの!?
  少しずつ、家の壁を燃やしていくしか……」

 「酷い所まで追い込まれているんですね私たちは。家の壁を燃やしたら、余計に風が入ってきて大変だと思うんですけど……。
  まあそんな事はどうでもいいです。素直に、お金を払う事は出来ないんですか?」

 「お金を払う事が出来るのならば、今ここで震える必要があるであろうか? いや、無い」

 「それもそうっすね。当たり前の事聞いて、お母さんに変な文法使わせる事もないっすね」

 というか我が家ってそんなに困窮してたんですか……。
 まあそうですよね。収入と呼べる物がまったく無いんだから。
 だから昨日の冷蔵庫を売れば大もうけ出来るって言ったのに……はぁ。もう後の祭りですけど。




 「………………あ。私、今すっごいアイディア思いついちゃった。
  明日からあだ名がレオナルド・ダ・ヴィンチになっちゃうぐらい素晴らしいアイディアを思いついちゃった」

 「おおう、お母さん。臆面も無く天才の名を冠するのは止めてくださいよ。
  すっごく故人に失礼だわ」

 「電気が無いなら作れば良いのよ!! なんでこんな当たり前の事を思いつかなかったのかしら!?」

 「電気を作る? 自転車でも漕いで発電するって言うんですか?
  生活するために必要な電気を作るのに、一体どれほどの労力が居ると思ってるんだよ……。
  そんな事するなら、素直にバイトでもしてお金ためた方が良いと思います」

 「ふっふっふっふ……。千夏、甘いわね。思考が停止してるわよ。脳が固まっちゃってるわよ。
  もっと大きな発想が出来なければ、この世を渡る事なんて出来ないんだからね?」

 「まだ何も言ってないのになんでそんな得意気なんですか……」

 「つまりね……この家に発電所を作ればいいのよ!!
  そして自分の家で使う以外の電気は、他の家に売ればいいの!!
  電気も賄えるしお金も入ってくるし一石二鳥よ!!」

 「はぁ……よく最近やってるらしい、太陽電池を家に付けて……って奴ですか?
  まあそれなら確かに電気代は安くやるかもしれませんけど、でもそれほど儲かるわけでもないと思い……」

 「ノンノンノンノン。違うってば。太陽電池みたいなしみったれた発電方法じゃないわ。
  もっとたくさんのエネルギーが得れる奴じゃなくちゃ」

 「へ? それってどういう……」

 「ちょうど、アメリカ軍がここを爆撃した時の核弾頭は残っているしね」

 「原子力発電する気なの!? 一般家庭でそれやっちゃダメでしょ!!??」

 「やってやれない事は無い」

 「技術とかそういう問題以前に、倫理的にダメだよ!! 何か事故が起こったら、周辺住民に被害が及ぶじゃん!!」

 「周辺住民って言っても、この家の周りは経営破たんした遊園地だしねー。
  まあ大丈夫じゃないの?」

 なんて能天気な発言なんですか……。おっそろしい事この上無いわ。

 「さあ! 今から着工開始よ!! 目指せ、原子力発電所!!」

 「え……? もしかして今から作り始めるの……?」

 電力の供給が始まるのは一体いつからだと言うのですか……。




 1月10日 火曜日 「枕元に立つ者」

 「うわあああ!? 誰か、助けてー!!」

 「千夏!? どうしたんだ!?」

 自分の部屋の前の廊下で腰を抜かしている私の元に、ウサギさんが飛んできてくれました。
 叫び声をあげてすぐに駆けつけてくれるなんて、本当にウサギさんは頼もしいですね。
 すごいよウサギさん! よ! 大統領!!

 「あわわわ……ウサギさん、大変なんです。びっくりドッキリなんです」

 「なんだかよく分からないが、落ち着いてくれ。
  一体何が起こったて言うんだ」

 「霊が……霊現象が私に襲いかかって……」

 「……」

 「ちょ、なんですかウサギさん。その『今まで霊なんかよりもびっくりドッキリな事を散々経験してきた癖に、
  なんで今更そんな事で驚いてるんだよ』って言いたそうな顔は」

 「すごく正確な読心術だな。まさにその通りの事思ってました」

 「確かに私も最近は血塗れの幽霊を見ても奇抜なファッションをしている若者を見るような目しかしませんけどねっ!
  驚く時は驚きますよ! そして、先ほどの霊現象がまさしくその驚くような霊現象なんですよ!!」

 「分かったから落ち着いてくれってば。それで一体何があったと言うんだよ」

 「実はですね……私の枕元に、おばあちゃんの霊が立っていたんです」

 「千夏のおばあちゃんの……? よかったじゃないか。久しぶりに会えて。
  俺には血塗れの幽霊の方がよっぽど怖いように見えるんだけど?」

 「何を言ってるんですかウサギさん!! あの地上最強のおばあちゃんが枕元に立っているんですよ!?
  しかも、瓦割りのポーズで!! あれは間違いなく私の頭をかち割る気でしたよ!!
 その姿、まるで頭蓋割り人形のようでしたよ!!」

 「クルミ割り人形みたいに言うな」

 「それにもっと恐ろしいのは……」

 「まだなにかあるのか?」

 「普通ならば電気を点ければすぐに消えてしまうはずの霊が、まだ私の部屋にいるという事なんですよ……」

 「なに!? 千夏の部屋には、そのばあちゃんの幽霊が居座ってるのか!?」

 「居座ってると言うよりは、動こうとしないと言った方が適切かも知れません……」

 「よく分からないが……とりあえず千夏の部屋に入ってみよう」

 ウサギさんは私の部屋のドアを開け、中に入っていきます。
 ああ、その部屋には恐ろしい亡霊が居るというのに……なんて怖いもの知らずなんですか。



 「う、うわー!! 確かに千夏のおばあちゃんが居る!!
  頭蓋割りの姿勢で止まってる!!!」

 「でしょ!? そうでしょ!? すっごく怖いでしょ!? 悪夢である事この上ないでしょ!?」

 「こ、これは一体……」

 「早く逃げてくださいウサギさん!! そのおばあちゃんは怖い! 身体の芯から恐怖が湧き出てくる!!」

 「……って、これ、もしかして人形じゃないのか? 千夏のばあちゃんの」

 「え!? おばあちゃんの人形!? なんでそんな物が私の部屋に……しかも、枕元に立たされているんですか」

 「さあ? 誰かの悪戯なんじゃ……あれ? このマネキンに名前が書いてある?」

 「名前ですか……? どれどれ……」









 「おかーさーん!!!! 出て来いやー!!!!!! その5歳児並みの悪戯心、粛正してやるっ!!!!」



 まあ案の定、お母さんの仕業だったわけですよ。
 一体何のためにこんな事してくれたんですか。




 1月11日 水曜日 「人形の処分方法」

 「お母さん……いい加減にこの人形、どうにかしてくれませんかね?」

 私は昨日のおばあちゃんの人形を指差して文句を言います。
 コイツはどうやらお母さんが作ったらしいんですけど……決して動こうとしな身内の人形というのは、気味悪いことこの上ないです。
 我が家がいつの間にか蝋人形館になったような気がして堪りませんよ。

 「えー? いいじゃない。いいインテリアとしてこの家に馴染んでると思うけど」

 「お母さんはウチをどんな家にしたいんですか。怖い事この上ないですよ」

 「そんな事言ったら死んだおばあちゃんが怒るわよ」

 「確かにそうかもしれませんね。じゃあ、わー、なんて素敵なお人形さんなんだろう♪
  って言っておきます」

 「随分と心変わりが早いのね」

 お母さんが言えって言ったんじゃんかよ。



 「それにしても……なんでこんなものを作ったんですか?
  もしかして、カラス避けとかそういう意味合いで?」

 「確かにお母さんの人形を作ったらカラスどころかインフルエンザウイルスさえ寄り付かなくなったけど、
  そんな事のために作ったんじゃないわよ」

 「すごいですねおばあちゃんは。ウイルス界にまでその名を轟かせているんですか。
  どんな最強存在だよ」

 ある意味でマスクなんかよりもずっと病気対策になりますね。
 すっげえ便利。

 「……ってお母さん? 私と話している間中、一体何を作っているんですか?」

 「お母さん人形4号です」

 「4体目!? その人形で4体目なの!?」

 そんなに作っていたんですか。本当にこの家を蝋人形館にする気なのか。


 「ねぇ……だからさ、そんなの作ってどうするの?」

 「えーっと、そうねぇ……サンドバッグ代わりにしてみたり?」

 「一応自分の母親の人形なんだからさ、そんな事に使うなよ」

 「なんかこう殴ってると、すっごくスカッとする」

 「陰湿だ! 酷く陰湿な思考にがっかりだ!!」

 こんなのが自分の親だと思うと哀しくなるわ。

 「とにかく、こんな人形作るの止めてください!! 趣味が悪すぎ!!」

 「えー。でもなぁ、結構作ってるのも楽しいんだけどなぁ」

 「いいから、やめなさいっての! もっと他の主婦なりの趣味を見つけなさいよ!!」

 「例えば?」

 「えーっと……英会話とか」

 「なんで英語話す事が趣味なのよ。言語が趣味って、どこかおかしいでしょ。
  言葉は話すためにあるもので、それを趣味って捉えるのは間違っているでしょ」

 「それは巷に溢れる、海外旅行に行かない駅前留学の人に言ってください」

 何に怒っているのか良く分かりませんよお母さん。





 「それじゃあ、この人形は全部私の手によって捨てさせていただきますからね。
  いいですねお母さん?」

 「お母さんの人形を捨てるだなんて、すっごく罰当たりな事を……」

 「罰当たりはどっちだよ!! 死んだ人の人形を作ってサンドバッグにしようとしている人間よりは、ずっと健全な思考だよ!!」

 「はいはい。分かりましたって。すてりゃいーわよ捨てれば。
  自分のおばあちゃんに似た人形を、カラスの集うゴミ捨て場にでも捨てればいいわよ。
  すっごく無残な光景が広がるんでしょうけどね」

 「くっ……なんとも嫌な言い方をしやがって」

 手が緩むじゃないですか……その光景を想像したら。
 嫌な心理攻撃は止めてください。


 「はぁ……仕方ないし、水の中にでも沈めちゃいましょうかね」

 私がおばあちゃんの人形を捨てる場所に選んだのは、私の家の地下にある温水プール……という事になっている、貯水場。
 この深い水の狭間に、おばあちゃんの人形を投棄したいと思います。
 ……なんていうか、やっぱり嫌な感じですね。身内の人形を捨てるっていうのは。

 「ええい! 迷ってちゃダメだ!!」

 私は一気に4体のおばあちゃん人形を貯水湖に投げ込みます。
 人形たちは、すぐさま水の底へと沈んでいきました。


 「ふう……これでようやく怖い人形は処分でき……」

 「あなたが落としたのは、この金色の人形ですか……?」

 「ええ!? その声は、女神さん!?」

 「ふふふ……久しぶりの仕事ですよ。やる気マックスでいかせてもらいます」

 「というかまだこの貯水場の女神としてやっていたんですね。
  てっきりどこかの女神に転職したかと思ってたのに」

 「最近就職難で……」

 「そんな現状が女神にあったのか。思ってもみませんでした」

 「さて、それでは続きをやりましょう。
  あなたが落としたのはこの金の人形ですか? それとも、この銀の……」

 「いえ。違います」

 「おお! あなたはなんて正直なのでしょう!! そんな正直者なあなたには……」

 「いえ。そうじゃなくて、落としたんじゃなくて、捨てたんです。
  そこんとこ間違えないように」

 「……そうですか。まあ正直者には違わないので、千夏さんにはこれらを全部あげる事にします。
  どうぞ受け取ってください」

 「ちょ、ちょっと待って! ってうわぁ!!」

 女神さんからプレゼントされたのはおばあちゃんの人形が12体……。
 なんて事でしょうか。処分するつもりだったのに、3倍になってしまうだなんて。


 「うう……これからどうすれば……」

 「焼けばいいんじゃない?」

 そんな、どこぞでやってそうな人形供養やりたくないですよ。






 1月12日 木曜日 「人形たちの集い」

 「……どうしようコレ?」

 とある事情によってうなだれている私。その私の前には、全29体のおばあちゃん人形がありました。ええ。
 彼女たちが私のうなだれの原因です。しかもわらっちゃう事に、昨日よりも増えてたりするんですよね。
 数が増える人形ってのは、髪が伸びる奴よりも不気味でしょう?
 ははは。あまりの恐怖体験に私の足はガクガクですよ。
 誰か助けてください。この恐怖の日常から。



 「と、とにかく、私がどうにかしてこの人形を処分しなきゃ……早くどうにかしないと、本当に呪い殺されてしまうかも」

 生きてる時は気に食わなかったら殴るという単純明快な思考回路をしていたクセに、
 死んだ後は呪いなんて複雑な精神攻撃を行うとは中々やりますねおばあちゃん。
 まったくもって尊敬できませんけど。

 「ええい。考えても無駄な事だ! とっとと燃やしてしまおう!! そうすればこの恐怖体験から逃げられ……」

 『ピンポーン』

 まるで私の意志を削ぐように、玄関のチャイムが鳴りました。ちくしょうめ。誰かの陰謀ですか……?
 このまま無視するわけにもいかないので、私はしぶしぶと玄関を開けました。

 「どちら様ですか……?」

 「おめでとーございます!! あなたに、素晴らしいプレゼントが贈られる事になりました!!」

 「へ!? プレゼント!? なんでですか!?」

 「抽選が当たったんです」

 「抽選ですって……? 私、何かの抽選に応募した記憶は無いんですけど?」

 「気のせいです」

 「んなわけあるかい」

 怪しい事この上ないですな。よし。さっさと追い返そうか。


 「それではご当選の品、置いていきますね。それではまたいつかー♪」

 「ちょっと! だからいらないですってば!! これ、もって帰ってよ!!」

 私の悲痛な叫びを無視して去っていく謎の人物。
 その人が置いていったのは、すっごく大きな箱でした。
 まるで軽自動車ぐらいの大きさの。
 いったいこれに何が入っているというのでしょうか……。



 「はぁ……なんか開けるの怖いなぁ」

 そう言ってても開けてしまうのが人の好奇心の強さなのです。
 ぱぱっと開けちゃいましょう。どうせ開けるしかないんだしさ。

 「なにかなー? カニとかだったら嬉しいなぁ……。まあ、こんな物に期待しちゃダメなんでしょうけど。
  ………………って、うわー!!?? おばあちゃん!!??」

 なんと先ほどの人が置いていった箱には……おばあちゃんの等身大人形が入っていました。
 おかげさまでこれで30体目です。
 怖い。本当に怖い。
 何が一番怖いって、抽選のプレゼントとしておばあちゃんの人形が社会の流通に乗っているのが怖い。
 大丈夫かこの日本。


 「ま、さか……これもおばあちゃんの呪い……?
  あはは、まさかね。そんな事あるわけ……」

 「こんにちわー! ピザ屋の『倉田屋』でーす!! ご注文のピザを届けに参りましたー!」

 まったくもってピザ屋な名前じゃない倉田屋さん。
 一応我が家のお気に入りのお店です。ピザを配達しにきたってことは、きっと誰かが注文したんでしょう。
 お金を払うために、私は玄関を開けました。

 「毎度ありがとうございまーす。こちら、ご注文のピザでございます」

 「いつもありがとうございます。で、おいくらですか?」

 「3200円となります。ただいまキャンペーン中でして、このピザを注文された方に粗品をプレゼントさせてもらっております。
  どうざ、お受け取りください」

 「え? 粗品をプレゼント……?」

 「はい。こちらの商品です」

 ピザ屋さんがくれたのは自動車ぐらいの大きさの箱で……そして、その中には……。

 「またおばあちゃんだー!!!!!」

 なんだこれは? いったい何が起こっているんですか?
 これでもう31体目ですよ!? 普通じゃないよこの状況は!!

 「こ、このパターンでいうと、次もきっと……」

 『ピンポーン』

 「ひぃっ!!??」


 再三、我が家のチャイムが鳴りました。



 あはは……は、はぁ……どうしよ。マジデ。







 1月13日 金曜日 「増えた人形」


 「……」

 みなさまこんにちは。寒さがますます厳しくなってきている今日この頃、どうお過ごしですか?
 私はですねえ、暇さえあればコタツに潜り込むという緩やかな生活を送っております。
 …………ついでに、おばあちゃんの等身大の人形と一緒に過ごしています。
 そのおぞましい人形の数、およそ81体。
 野球チームが9つ作れます。プロリーグをいくつか作れる数です。
 メジャーへと旅立って行った松井選手もびっくりでしょうよ。

 「もうこれだけあると逆にもっと集めたくなってきますね……これがコレクター魂か」

 まったくもって余計な感情ですけども、そういった類の物を確かに心に抱いてしまいました。
 まあだからといってこのまま放っておくわけにはいかないんですけど。




 「よう千夏。今日も相変わらず自堕落に生きてるみたいだな。そんなんじゃいい人生は歩けないぞ?」

 「ああ、黒服ですか……。なんでマッドサイエンティストなあなたに生き方について説教されなきゃならないんだ。
  というか、なんで今日はそんなに爽やかなんですか。気持ち悪い」

 「そりゃあ多分、今日一日しっかり働いて流した汗のせいだな」

 「働いてた? どこで?」

 「この家の地下に原子力発電所を作るために、大きな穴を掘ったり土と石を外に運び出したりしてたんだよ」

 「へえ……本気で一般家庭の敷地に原発を造ろうとしてたんだ?
  道理でネズミや虫たちがこぞってこの家から逃げようとしてる姿を見たわけだ」

 多分、危機を察知して逃げ出したんでしょうね。
 動物の勘とかそういうので。




 「……それで、その原子力発電所はどうしたんですか?」

 「頑張った甲斐があって無事完成したよ。今は試運転中だ」

 「お母さんが原発作るって言い出したのは最近ですよね!?
  こんな短期間で原子力発電所を作ったって言うんですか!?」

 「最近の流行りに合わせて、鉄筋を大分減らしたからね」

 「それは流行りじゃねえ」

 「最近の流行りに合わせて、柱の代わりにジェンガブロック積み重ねたからね」

 「それは本当に流行してない!
  というか、ジェンガブロックじゃ柱にはならないでしょ!?」

 「上からの力には強いぞ?」

 「横からの力では、風程度で崩れるでしょ」

 全米で大ヒット並みに信用ならない建築資材だな。



 「はあ……今度地震が来たらここら一体はセカンド・チェルノブイリかあ……。
  歴史の教科書とかに載っちゃうんだろうなぁ」

 「なに急に黄昏だしてるんだよ千夏」

 そら黄昏るがな。わが家の地下に原子爆弾があると知ったらね!

 「そうだ……地下から運び出した土などは、一体どこに運んだんですか?
  ちょっとお聞きしたいんですけど」

 「なんでだ? それを知ってどうするんだ?」

 「いやね、その廃棄場所におばあちゃんの人形を捨てようかと思いまして」

 「結構えげつない事するなぁ。
  もし誰かが土の廃棄場所を掘り起こして、土の中からそんなもんが出てきたら確実に通報されるぞ?」

 「そう言われましてもねぇ、他に捨てる場所が見つからないんですよ。
  この103体のおばあちゃん人形を……って、また増えてやがる」

 「じゃあ原子炉の炉心に放り込むってのはどうだ? それならすぐに解けて消えてなくなると思うけど」

 「黒服の考えの方がよっぽどおっかないよ」

 「じゃあ止めるか?」

 「それでお願いします」

 まあ背に腹は変えられませんからね。
 このまま増えてもらっても困りますし。

 「ただひとつだけ問題があるんだが……」

 「え? なんですか?」

 やっぱり炉心に人形なんかを放り込むのはいろいろと拙いんですかね?
 心配になってきた私は黒服さんに恐る恐る尋ねました。

 「もしかしたら……放射能を浴びた人形が、怪獣化してしまうかもしれない!!」

 「どんなゴジラだっていうんですかそれは!!
  普通に、ありえないから!!」

 でも、おばあちゃんの人形なら……いや、まさかね。
 まさかそんな事……ありそうなのが怖いです。









 1月14日 土曜日 「人形の末路」


 昨日、おばあちゃんの人形を炉心に放り込み、私はへとへとになりました。
 全部放り込んだ後にはすでに日付を越えていて、私は作業を終えるとベッドに倒れたのでした。
 疲れていたためか、すぐに夢の世界へと足を踏み入れる事ができました。



 そんな、静寂と少しの幸福感に包まれた私の睡眠を、邪魔するモノが現れたのです。
 それは酷く日常に相応しくない音で、不気味な事極まりない振動でした。

 「うにゃ……? なんか、音が聞こえる……」

 その音はズーン、ズーンという重い音で、私の家の床下から聞こえてくるかのようでした。
 まるでそれが地球の心臓の鼓動のような気がしました。
 まあもちろんそんなわけありませんけどね。ただの地鳴りだと思います。
 ……でも不気味だなぁ。



 「千夏! 大変だぞ千夏!!」

 「え……? 黒服さん?」

 私の部屋のドアを黒服さんらしき人がドンドンと叩きます。
 こんな夜遅くに一体なんだと言うのでしょうか。
 ただなんとなく切羽詰っているのは分かるんですけど……。

 「どうしたんですか黒服さん?」

 「大変なんだ! 昨日原子炉の炉心に放り込んだ人形が、怪獣化したんだ!!」

 「なんですって!? ……というか、本当に?」

 「ああ! 分裂して融合して、1つの巨大怪獣へと変貌したんだ!!
  なんて恐ろしいのだろうか!! 俺は、あんな生物見た事無い!!」

 「いや。あれは人形でしょうが。細胞みたいに分裂するわけないし、それが合体して巨大化するわけないでしょうが」

 「じゃああっちを見てみなさい」

 「あっちって窓の外ですか? そこに何が……って、うわぁ!!??
  巨大なおばあちゃんが、暴れている!!??」

 なんて地獄絵図なのでしょうか。私の部屋から見える風景が、巨大なおばあちゃんによって占領されてるなんて。

 「そうか! これは夢なんだ!! よし、寝なおそう!!」

 おやすみなさい! 私はもう一度ぐっすり眠らせていただきます!!

 「おいこら! 寝てどうするんだ!! 早くあの人を止めないと、地球が滅ぶぞ!!」

 「あんなものに滅ぼされる地球なら、滅んだ方がいいのですよ」

 「なんて投げやりなんだ」

 「じゃー、おやすみなさーい。私はもう一度寝て、今度こそ本当の現実に戻りますか……」

 『ドガーン!!』

 おばあちゃんが何かビームでも出したのか、それとも岩でも投げたのか……まあどうでもいいですけど。
 とにかく、私の部屋全体が衝撃に襲われます。
 窓と壁が砕け散り、そして吹き飛ばされる私たち。



 「よし! 戦おう!! どうにかしてあの悪魔を灰燼に帰しましょう!!」

 「急にやる気を出したな千夏」

 「そりゃあね! 大切な絵本コレクションが吹き飛ばされたりしたら、例えおばあちゃんの姿を模していても怒り心頭ですよ!!
  それに、あれはただの怪物だ!! おばあちゃんの姿をしていて、おばあちゃんみたいに強靭だけど、でも怪物だ!!
  おばあちゃんはちゃんと優しい心を持っていたもの!!」

 「なんだか良く分からないけどやる気になってもらえてよかったよ。
  じゃあさっそく戦う準備をしよう!!」

 「なにか武器とか無いんですか?」

 「愛と勇気だけが武器です」

 「アンパンマンかよそれ」

 「それだけじゃあ心もとないのなら、この『カイジュウデモイッパツデヤッツケチャウガン』どうぞ」

 「ありがとうございます。ちょっと聞いただけでその銃の能力が分かってしまう素晴らしい兵器ですね」

 これで戦いの準備は出来ました!
 さあ! 大戦争の始まりです!!!!








 「おはようございます千夏さん。もう朝ですよー」

 「はっ……夢!?」

 せっかくやる気になったというのに夢だったとは……。
 ちくしょう。なんで私はあんなへんてこりんな夢を信じてしまったのでしょうか。
 絶対にありえないはずなのに。
 ……いや、私の日常ではたまにありえる話ですが。



 『ズーン、ズーン……』

 「……」

 この、目覚めても聞こえてくる地鳴りのような音は一体なんなんでしょうか。
 もしかしてこれは……。

 「ゆ、雪女さん。この音は一体……?」

 「なんだか巨大な人形がここら辺をうろうろしてるみたいですよ。
  そんな事はどうでもいいので、早く起きてくださいよー。
  食器片付けられないじゃないですかー」

 うっひゃー。そうですか。巨大な人形がうろうろと。
 世界遺産と呼ばれるこの家に、もうひとつ妙な観光資源が出来てしまいましたね。
 あはははは…………はぁ。









過去の日記