1月15日 日曜日 「お年玉年賀状」

 「ねえねえお母さん。見て見てー。でっかいおばあちゃんがね、うちの周りうろついてやんの。
  すげえ迫力だよ。っつうか怖いよ。もう誰も近寄って来なくなっちゃうよ」

 「あらそう。良かったわね」

 「……お母さん? なんですかその投げやりな返し方は」

 「私はね、忙しいのよ。そんなどうでも良い事なんて、放っておきなさい」

 「お母さんレベルになると巨大な身内の人形が外を踏み荒らしまくっている事がどうでも良い事になるんですか……」

 いったいなんだったら驚いてくれるというんですか。
 そういえば核ミサイルが落ちてきた時もそんなに慌てていなかったですね。
 神経がアケボノのウエスト並みに図太い。もうちょっと減量してください。



 「そんな変なもの見てる暇があるのなら、私の手伝いをしてちょうだいよ」

 「お母さんの手伝い……? 何やってるんですか?
  もちろん、おばあちゃんの巨大人形がどうでもいいぐらい大事なことなんでしょうね?
  かびた餅に白い絵の具を塗ってどうにか食べれないかとか、そんなせこい事してるんじゃないでしょうね?」

 「餅に白い絵の具塗ったって食べれるわけ無いじゃない」

 「ボケに真剣に返されても……ちょっとごめんなさいって謝りたくなっちゃいますよ」

 「私が今やっている事はね、私たちの家計にすっごく関わっていることなのよ」

 「へぇ。で、なんなんですか? その家計にすっごく関わっていることって」

 「お年玉年賀はがきの確認」

 「しょぼい! しょぼすぎる!! というか、そんな物で私たちの家計は左右されてしまうんですか!?
  なんて貧弱な財政状態なんだ!!」

 「今さら何を言うのよ」

 確かにそれはそうだけども。

 「とにかく、この年賀はがきの結果によっては来年度は迎えられないかもしれません」

 「年賀はがきのお年玉なんかに私たちが四月を迎えられるかそうでないかが決まるんですか。
  切なすぎます」

 さっきまでは目の前の脅威はおばあちゃんの巨大人形だと思っていたんですが……やっぱり人の敵はお金という事なのでしょうが。
 世知辛い。なんて世知辛い世の中なのか。



 「というか……年賀はがきのお年玉ってどんなのがあるんですか?
  そんなにうちの家計を助けてくれるラインナップが揃っているの?」

 「ええ。最近のお年玉年賀状の商品はすごいのよ!!」

 「へぇ。例えば?」

 「5等は、原油をもらえます」

 「原油!? 原油が貰えちゃうんですか!?」

 「そうよ! 原油さえ手に入れれば、灯油などの燃料やポリエステルみたいな石油素材も作れるのよ!!」

 「そっかぁ。そりゃあ家計が助かるね♪ …………って、アホかぁ!! どこの世界に原油を燃料や石油素材に精製できる家庭があるっ!?
  全然一般家庭向きじゃない商品でしょうが!!」

 「でもウチなら出来るかもよ? だって黒服さんいるし」

 「一家に1人、黒服が居ると思わないで下さい」

 というか勝手に原油って精製してもいいんでしたっけ? なんかの法律に抵触してそうな……。




 「そしてお年玉の4等は、生簀です」

 「……はい? いけす?」

 「そうです。生簀がまるごと貰えるのです」

 「貰ってどうするんですかそんな物。回らないお寿司屋さんでも開くつもりか」

 「その生簀に生きた魚などを飼えば、新鮮な魚類をいつだって食べる事ができるじゃない!!
  これで冷蔵庫を多用せずに済むわ!!」

 「でも魚の餌代が逆にかかるんじゃ……」

 「まったくもって、家計に優しいに商品よね!! 何がなんでも手に入れたいわ!!」

 聞いてよ人の話。
 ……いや、なんか幸せそうだからほっときますかね。

 「そして3等はクジラ一匹です」

 「でけぇ!! 3等なのにすごくでけぇ!!」

 「この3等と4等の生簀が手に入れば、すっごく楽になるわよね。あーあ。欲しいなぁ」

 「4等の生簀ってクジラが入るほどの大きさなのかよ。どこのちゅら海水族館を手に入れるつもりなんだ」

 「そして2等はなんとカニ! カニが貰えるのです!!」

 「へぇー。カニですか。それは確かに欲しいかも」

 「しかもなんとカニミソだけ3トン!! すごいと思わない?」

 「3トンはさすがにイヤでしょ。いくらカニミソでも。というか私は白い身の方が好きだし」

 「でも3トンもあればカニミソのプールで泳げるわよ?」

 「悪夢じゃん」





 「そして待ちに待った1等の紹介をいたしましょう!! なんと1等は……」

 「今度こそ、本当に良い物なんでしょうね?」

 「1等は……お金です! 1億円くらい!!」

 「夢がねー!! 死ぬほど夢がねー!! あまりにも率直過ぎる!!」

 「いいじゃないの。1億円。偉い人がこう言ってるわ。お金は邪魔にならない」

 「嫌な感じな偉い人ですね。そんな事言うの」

 「むふふふふ……さーて、一体何が当たってるかなー?」

 「良い物が当たってるといいですね」

 ……でも、生簀だけは勘弁してください。
 どうしろっつうんですか。そんな大きな物もらって。





 1月16日 月曜日 「女神さんの趣味」

 「あのさあ女神さん……ひとつ聞いていいですか?」

 「はい? なんです?」

 「女神さんの趣味って何?」

 「いきなりなんなんですか? そんな事聞いて」

 「いやね、女神さんと2人っきりなんて久しぶりだから、すっごく気まずいんですよ。
  だから場を沸かせるために、いやいやながら話しかけたんです」

 「すっごく聞きたくない説明ありがとうございます。そういうのは黙っててもいいじゃないですか……」

 だって女神さんが聞いたんだし。

 「えっとですね、私の趣味は……」

 「無いなら別にいいですよ。そんなに興味のある事じゃないですから」

 「興味持ってくださいよ! もっと私に!!」

 「そう言われてもなぁ」

 だって女神さんですし。



 「私の趣味はですねぇ、一見余り珍しいものでは無いけど、でも実はすっごくレアな物を集める事です」

 「まどろっこしい物を集めていますね。っつうか、なんですかそれは」

 「例えばですねぇ……ペンキ塗りたてのベンチとかです。ね? 珍しいでしょ?」

 「確かに珍しいですね。物語では良く見ますが、現実にお目にかかるのは本当にまれだと思います。
  ……っていうか、もしかしてそのペンキ塗りたてのベンチはしっかりと持っているんですか?」

 「もちろんですよ。一番大切なコレクションとして、倉庫にしまっております」

 「ペンキ塗りたてのベンチって放って置いたら乾いてペンキ塗りたてじゃなくなるんじゃ……」

 「他にもいろいろあるんですよ? たとえばですね、不幸な事が起こった事を知らせるために割れたお茶碗とか」

 「それ本物なんですか? 本当に何か不幸な事が起こったときに割れたの?」

 「ええそうです。この茶碗が割れたおかげで、私のふりかけごはんが大変な事になりました」

 「それって不幸なことが起こる前兆なんかじゃなくて、お茶碗が割れたから不幸になっただけなんじゃないんですか?」

 「そうですかね? ……まるで卵が先かニワトリが先か見たいな討論ですね」

 「いや、違うだろ。どう考えても私の言ってることが正しいだろ」

 「真実は闇の中ですね」

 「だから人の話を聞けよ」

 というか女神さんも無理やり信じ込もうとしてるでしょ?
 意味のあるコレクションだと必死に思い込んでるでしょ?



 「そしてこれがですね、銃弾を受け止めて持ち主の命を救ったコインです」

 「もはや一見で珍しい事が分かるでしょそれは。珍奇すぎてびっくりだわ」

 「すごいでしょう? この斬新なフォルム。惚れ惚れしますよね」

 「まあ確かに銃弾が突き刺さっているそのコインはびっくりなフォルムしてますね。
  というか誰の命を救ったんですかこれは?」

 「私の命です」

 「女神さんって銃で撃たれた事あるの!? そっちの方が十分レア体験だと思うんですけど!?」

 「サバンナの女神をやってた時にちょっと密猟者にね。すっごく怖かったですよ。本当に死ぬかと思いました」

 「密漁されかけたのかよ。女神のクセに」

 とうかなんで野生動物と間違えられているんだ。
 女神としてそれはどうなんだ。






 「あとこれは、一年間充電し続けた充電池なんですけど……」

 「珍しいような、まったくもって意味が無いような一品ですね」

 「そこがそそるんですよ」

 「そうですか……」

 さすがに、その無駄さ加減が女神さんみたいだから趣味になったんじゃないの?
 とは言えませんでした。
 でもぶっちゃけ、女神さん自身もそのコレクションに加われば良いと心の中で思ってたりします。





 1月17日 火曜日 「割と平凡な日」


 今日、朝起きたら私の布団にたくさんの埴輪が詰め込まれていました。
 人身御供の真似事かよと突っ込みたかったですけど、やっぱり止めときました。



 今日、学校の私の机にたくさんのタワシが詰め込まれていました。
 一体何回ダーツやれば貰えるんだよと突っ込みたかったですけど、気が乗らなかったので止めておきました。



 今日、学校の帰り道を歩いていると、急に天気が崩れだしてブタが降って来ました。
 どこの誰だよ。日記に変な事書いたのはと突っ込みたかったですけど、靴紐がほどけていたので止めておきました。


 今日、夕飯がどう見てもロウで作られたイミテーションでした。
 これを見て唾液を生み出して、それをおかずにご飯を食べろって言うのかと突っ込みたかったですけど、茶柱が立っていたので止めておきました。




 「な、なんでしょうか……? 私、今日すっごく損したような気が……」

 変ですよね。すっごく平和だったはずなのに。







 1月18日 水曜日 「3分の説教」

 「お母さんって、子供の時には、大人になったら何になりたいと思ってました?」

 「なによいきなり。そんな事聞いちゃって」

 「今日の夕食のカップヌードルが出来上がるまでの繋ぎの会話です」

 「私との会話はお湯を入れてからの三分間を埋める程度の価値しかないと言うの!?」

 「夕食にカップヌードルを出してくるような母親の過去話なんざ、その程度の価値しかなくて当たり前だと思います」

 「失敬な。私のお話は、ドラマの合間のCMの埋めぐらいの価値はあるわよ」

 「カップヌードルの三分間より時間減ってるじゃないか」

 たった15秒そこらの価値で良いんですか。お母さんのお話は。




 「私はねぇ、子供の頃は角砂糖になりたかったの」

 「死ぬほど可哀想な頭をしてた子供だったんですね。昔のお母さんは」

 「素敵だと思わない? 角砂糖」

 「どこが?」

 「綺麗な立方体な所とか」

 「じゃあサイコロでも目指せよ」

 「サイコロは競争率高いし」

 「そういう現状が立方体界にはあるんですか。そして夢に妥協したのか。
  なんとも誇れやしない夢をお持ちだったんですね」

 「もう、なんなのよ。さっきから私の事をバカにしたような事ばかり言って。
  そんなにシーフードヌードル嫌いだった?」

 「別に嫌いじゃなかったですけど、でも夕食にコイツが出てきても嬉しくなれませんっての」

 「でも懐かしいなぁ……。あの頃は確かに希望に溢れていたのよね。何にでもなれるもんだと、確かに信じていたんだから……」

 「まあ子供ですしね。それでも角砂糖はどうかと思いますけど、一応純真だったんでしょう」

 「千夏は将来何になりたいの? ショ糖?」

 「違うよ。なんで親子揃って糖分に変質しなきゃいけないんだ」

 「じゃあゲームキューブ?」

 「立方体にもならないっての」

 「じゃあなんだって言うのよ。千夏の将来の夢ってなあに?」

 「そんな事いきなり言われてもなぁ……。
  なりたいモノはたくさんありますけども、その夢を叶えられるとは到底思えませんしね。
  とりあえず、適当にOLとか言っておきます」

 「適当に生きたって真剣に生きたって、時間は同じだけ過ぎていくのよ? なんてもったいない生き方してるのかしら」

 「でも、将来の安定を考えると堅実に生きるべきじゃないですか。人は不幸にはなりたくないんですもの」

 「そんなにハッピーになりたければ、いっその事人生の幸福を全て素敵な薬の類で補えば良いのに。
  幸福感さえ感じられるのであれば、そっちの方がお手軽じゃない」

 「なんて極端なこと言ってるんですかお母さん……」

 でもまあお母さんの言いたい事は何となく分かりますよ。
 不幸を恐れるあまり、どこにも進めなくなるような生き方をしている人間はどうしようもないって言いたいんでしょ?
 そういえばどこかの大社長が自分を活かす借金をしろと言ってた記憶があります。つまり、リスクを背負えない人間は大成しないという事ですか。
 でもそんな博打、打てる人間なんて少ないんですよ。何一つ捨てられず、結局何も手に入れられない人間なんてこの世に溢れているんですよ。

 「私は幸せになりたいです。とにかく、どんな生き方であっても」

 「幸せは生きるために必要だけど、でもそれは生きる意味にはならないのよ。
  不幸はどう逃げたって人生に紛れ込んでくるけど、でもそれはその生き方を否定している事にはならないの。
  千夏はそれをよーく知っておいた方がいいわ」

 「どういう意味ですか?」

 「幸せか不幸かでしか人生を計れない人間は、それだけで十分不幸だって事。
  もうちょっと何かを成しえるために生きた方が良いわよ。そうすれば、少しは自分の人生に誇りを持てるから」

 「……分かりましたよ。少しは、真剣に考えてみます」


  あーあ。カップヌードルが出来上がる時間つぶしの会話だったのに、なんだか説教されてしまったじゃないですか……。
  もうなんだか食欲もなくなりますよ。





 1月19日 木曜日 「夢の自動販売機」

 「あーあ……どうしようかなぁ」

 「あれ? どうしたんですか千夏さん? そんな深刻な顔して」

 落ち込んでいた私の元に、雪女さんがやってきました。
 彼女なりに心配してくれたらしく、私に話しかけてきてくれました。

 「もしかして冷蔵庫に大切に保管していたプリンを食べられちゃったとか?」

 「違うよ。いくら私だって、そんな事ぐらいじゃこんなに真剣な顔はできないよ」

 「じゃあヤクルトですか?」

 だから違うっての。
 なんでジュースとしては物足りなすぎる容量の飲み物で、私はこんなにダウナーにならなくちゃいけないんだ。

 「実はですねえ……私、夢を探しているんですよ」

 「夢ですって!? 千夏さんの夢ってポンポン落としちゃうもんなの!? 怖い! 千夏さんって怖い!!」

 「そんなわけないでしょうが!! ただ単に、将来の夢が無くて困ってるだけだってば!!」

 「へえ。それは大変そうですね」

 「あまりの他人ごとさ加減にびっくりですよ」

 「でも夢なんてなんで急に言い出したんですか?」

 「それはですねえ……まあ昨日お母さんにいろいろ言われてしまいまして。だから、自分の生き方を見直そうとしているだけです」

 「なんだかよく分からないですけど、千夏さんが切羽詰まっている事は分かりました」

 「まあそれだけ分かって貰えれば十分ですよ。雪女さんにしては」 

 「でもそんなに悩む事ですか? 夢なんて、簡単に見つかるものでしょう?」

 「雪女さんには分からないかも知れないですが、世の中にはまともに夢を持つことさえできないような不器用な人間もいるんですよ」

 多分、だからダメなんでしょうけど。

 「そんな時は夢を自動販売機で買えばいいんですよ!!」

 「……はい? なに言いましたか今?」

 「だから、夢を自動販売機で買うんです。お手軽だし安いし、オススメですよ?」

 今の世では夢さえも自動販売機に陳列されている時代なんですか。どこかの評論家じゃなくても今の時代は病んでるとコメントしたくなるわ。



 「……その自動販売機ってどこにあるんですか?」

 「おっ? 千夏さん、興味しんしんですね?」

 「なっ!? ち、違いますよ!! ただ、会話の流れで聞いただけですよ!!」

 「まあ別にいいんですよ。そんなに恥ずかしがらなくても。夢を自動販売機で買おうとしていることぐらい、」

 「だから、そういうんじゃなくてですね。
  ……まあいいですそんな事は。で、その自動販売機ってどこにあるんですか?」

 「最寄り駅の構内です」

 「すっごくポピュラーなところに存在していたんですね!? 私、全然その自動販売機に気付きませんでしたよ!!」

 「それが必要な人にしか見えないらしいですよ」

 「ファンタジックな不可解能力のついた自動販売機ですね」

 「それでもその効力はすごいですよ。隣町のゲンさんなんて、齢80でありながらも海賊王を目指して奮闘中らしいですから」

 「80歳になってから得た夢が犯罪者の仲間入りですか。本当に素敵な夢ですね」

 「かく言う私だって、千夏さんのお嫁さんになりたいという夢を手に入れました」

 「なんて迷惑な!! っていうか、雪女さんが私んちに来たのはその自動販売機が原因なのかよ!! そいつが元凶なのかよ!!」

 「どうですか千夏さん? なんだか、すっごく見たくなってきたでしょう? その自動販売機」

 「好奇心と共に怒りも同じように湧いてきましたよ……」

 なんだか真のラスボスを見つけた気がしてきました……。





 1月20日 金曜日 「絶望の自動販売機」


 「ここが噂の自動販売機のある駅構内ですか……」

 私は今、雪女さんから昨日教えてもらった『夢を売っている自動販売機』が置いてあるという駅までやってきました。
 ここに私が来た理由は他でもありません。もちろん、その自動販売機で夢を買い……お母さんを見返してやるのです!!
 そもそもむかつくんですよね。ダメ人間の代名詞みたいなお母さんが、たまに言う正論は。
 しかもそれが人を厳しく断罪するような奴だったりすると、普段のおちゃらけた雰囲気もあいまって非常に腹立たしくなるのです。



 「ふふふ……これで私も夢見る若者の仲間入りです!! もうだれにも冷たい現代っ子とは言わせない!!」

 あまり言われた事は無いですけど。
 まあとにかく、これで私は生まれ変われるのです!!


 「え〜っと、雪女さんの話ではここら辺に件の自動販売機が……」

 「お嬢さんお嬢さん。いったい何をお探しかな?」

 「え……? どちらさまですか?」

 「私はこの駅に住んで11年になる仙人じゃ。この駅の事について何か知りたければ、遠慮せずに私に聞くが良い!」

 「ここに住んでいる仙人って、タダの浮浪者なんじゃ……」

 「夜露だけで3日間生き延びたんじゃぞ!? そんな偉業をした私が仙人じゃなくて誰が仙人と呼べるかね!?
  それともアレか!? かめはめ波撃てないと仙人じゃないってか!?」

 「別に誰も亀仙人は求めてませんよ。
  っていうか、普通の人間は夜露で3日間を過ごさなきゃいけない状況に追い込まれたりしないからね。
  そんな事になるのは、おじさんが浮浪者だったからなだけだもんね」

 「それで、何を探しておるんじゃ?」

 「おお。すごい悪口言ったのに全然めげませんね。
  さすが人生の不幸と真っ正面から戦う男」

 変なおじさんには違いありませんが、それでも私の役に立ちそうなのは間違いないです。
 夢が売っている自動販売機の場所を教えてもらうにはちょうど良いかもしれません。



 「えっと、それじゃあひとつお聞きしていいですか?」

 「どうぞどうぞ。この駅構内の事ならば何でも答えてしんぜようぞ」

 「じゃあお言葉に甘えて質問させてもらいます。
  あのですね、『夢を売っている自動販売機』がどこにあるか知ってますか?」

 「ああ、アレの事か。なんだ君、そんなに若いのに自分で夢を見つけられず、自動販売機に頼ろうとしているのか。
  さすが冷たい現代っ子だな」

 「おおう。まさか本当にそのフレーズを言われてしまうとは。
  ……まあそれはいいです。とにかく、自動販売機の事を知っているんですねっ!?」

 「ああもちろんだ。でも、その販売機はもう撤去されてしまったよ」

 「なんですって!? それは本当なんですか!?」

 「ああ。少し前にね……今は新しい販売機になっているよ」

 「そんなぁ……。ついに夢が手に入ると思っていたのに」

 ああ。ここまできて無駄足だと言うんですか。
 酷いよ。酷いや。



 「…………はっ!? 新しい販売機ですって!?
  それももしかして夢を売ってくれる類の奴じゃないんですか!?」

 もしそうだとしたら、あながち無駄足だという事でも無いかもしれません!!
 一筋の希望の光をその自動の存在に託します!!


 「いや、あの自動販売機とは180°方向性を変えた、『絶望を売っている自動販売機』だ」

 「なんですかその不吉な自動販売機は!?」

 いったいどういうニーズがあってそんな販売機が作られたんだよ。
 製造元に問い合わせたくて仕方ないわ。

 「なんでも全ての希望が出尽くした後には、絶望しか残って無かったとか……」

 「逆バージョンのパンドラの箱かよ」

 これは、希望や夢は有限であり、いずれ絶望に取って代わられるという摂理を示しているのでしょうか?
 なんて酷い世の中なんでしょう……。絶望のあまり、駅の線路内を走っている電車と体当たりで勝負したくなってきます。



 「お嬢さん。せっかくだからひとつ絶望を買っていかないかい?」

 「……絶望を? 一体どんなモノなんですかそれは?」

 「カレーを作ったのだけども、ご飯が炊けてなかったり」

 「それは酷くみみっちぃ絶望だぁ……」

 なんだかすっごくやる気が無くなりましたよ。
 これが絶望なんですか。




 1月21日 土曜日 「雪と受験生」

 「うわぁ……見て見てお母さん。雪、いっぱい降ってますよ」

 「本当ねぇ。これでもかってぐらい降ってるわねぇ。まるでマウントポジションから繰り出されるパンチの嵐の如く」

 「その例えは良く分かりません」

 「でも綺麗ねぇ。一面真っ白な世界になっちゃいそう。まるで別世界ね」

 「本当にそうですねぇ。たまに降るだけなら雪も良いものですよねぇ」

 「でもみんな知らないのよね。その綺麗な雪の下には、禍々しい犬の糞が身を潜めていることをっ!!」

 「思いっきり幻想的な雰囲気をぶっ潰すような事言わないでくださいよ。ロマンチックな雰囲気をどうしてくれるんだ」

 「でも実際そうだから」

 「まあそうですけども」

 夢が無い親子ですねぇ。




 「でもこれだけ雪が降っちゃうと、受験生の人たちは大変だろうね。ご愁傷様」

 「あー。今日って確かセンター試験でしたっけ? 確かに大変そうですね」

 「そうよね。なんて言ったって雪で滑りながらセンター試験の会場へと向かっていくのだからね。縁起悪い事この上ないわよね」

 「あはは。確かにそれは縁起が悪いですよね」

 「でも受験生かぁ。いいなぁ。私も受験を経験したかったなぁ。受験戦争に殺されかけたかったなぁ」

 「あれ? お母さんって受験は経験無いんですか? その歪んだ性格は学生時代のいざこざで培ったと思っていたのに」

 「失礼な。この性格は生まれつきのモノです」

 「それもどうかと思いますよ」

 そういえばお母さんって石器時代から生きてたんだっけか? それだけ生きてれば一度ぐらい受験する経験でもあってもおかしくないと思うんですけどね。

 「それでさぁ、受験を見事乗り切って、見事大学生になってやるのよ。怠惰の象徴、大学生にね!!」

 「お母さんはどんなイメージを大学生に持っているんですか……」

 「えーっと、モラトリアムの絶頂期?」

 「まあ間違いでは無いかもしれなけども……他の言い方ぐらいあると思うんですよね」

 「高校生ぐらいなら青春って感じがするけどさ、大学生になると青春という程の歳でも無いと思うんだよね」

 「う〜ん……そうかなぁ?」

 「高校生の部活動はなんだか必死って感じがするけど、大学生のサークル活動って言われると何だか遊びみたいに聞こえるよね」

 「まあ確かにそれは否めない」

 「いいなぁ。大学生」

 「結局遊びたいだけなんじゃないですか……」

 今だって十分怠け者の主婦としてぐうたらやっているクセに。




 「大学生になったらねぇ、私、『カップヌードルサークル』を作るんだぁ」

 「なんですかその日本らしすぎるサークルは」

 「毎日カップラーメンの食べ比べをするの」

 「太とるぞ」

 「そしてカップラーメンソムリエとなるの」

 「人生においてまったく役立ちそうにない称号ですね」

 「あーあ。いいなぁ大学生。大学生になったらラーメンソムリエになれるんだもんなぁ」

 「別に大学生になれたからと言ってラーメンソムリエにはなれませんよ」

 お母さんは大学をどんな所だと思っているんですか。



 「はんっ! せいぜい荒れ狂う社会の荒波に揉まれるまでの少しの時間を、楽しむが良いわ大学生予備軍め!!」

 「どうしたお母さん? 羨ましすぎて、受験生に嫉妬の感情が芽生えたんですか?」

 「今受験だから辛いと思っているかもしれないけどなー、大人になったらもっと辛い事に溢れているんだぞ!?
  ただ勉強しているだけよりも、ずっと辛い事だらけなんだからな!!」

 「うわー……醜い大人の愚痴が始まっちゃったよ」

 「はぁ……いいなぁ受験生。私も受験生や大学生になってみたいよ」

 「じゃあ今から大検受けて、来年にでも挑戦すればいいんじゃないんですか?」

 「え〜? でもぉ……」

 「でも?」

 「私、勉強嫌いだし」

 「今までの話は何だったんだ? 受験したかったんじゃなかったのか?」

 「勉強をしたいんじゃなくて、受験生という立場に甘えたいのです」

 心底ダメ大人ですねお母さん。
 みなさんはこんな大人にならないように、しっかりと学生時代を生きてください。
 怠けるだけの学生時代になっちゃったのなら、私がひっぱたきに行きますからね?













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