2月12日 日曜日 「人食い旅館」

 あらすじ:私たちが泊まっていた旅館『ゆきおんな』は、なんでもアウグムビッシュム族が作った秘密基地だったらしいです。
      ついでに妖怪は生体兵器だったらしいです。……それと、みんなが消えた事に何の関係が?


 「でさ、なんで人が消えるの? それが一番聞きたかったんですけど?」

 「実は……この旅館、人を食べるのです」

 「そりゃあまたかなりの偏食旅館ですね。……って、食べるの!?」

 「はい。そりゃあもうガブガブと♪」

 「なんでそんな嬉しそうに言うんだ」

 怖いっつーの。



 「でもさ、なんで旅館が人食べるの? そういう建築方法でも使ってるの?」

 「なんですかその建築方法って」

 しらねえよ。だから聞いてるんじゃないですか。

 「なんとですね、この旅館自体が妖怪の一種なのです」

 「妖怪!? この旅館が!?」

 「ええ。その名も『旅館っぽいお化け』です」

 「分かりやすい。動物とかの学名に見習えと言いたくなるような分かりやすさだ」

 「この旅館っぽいお化けは、なんと姿が旅館そっくりなのです!!」

 「二度手間になってる感じですよ。名前だけでいいから。説明とか後回しでいいですから」

 「そしてその旅館はですね、自分の肉体を維持するために人を食べるのです」

 「なるほどね……。って、もしかしてみんなが消えたのは……」

 「ええ!! この旅館が食べたのです!!」

 「そんな!!」

 いくらなんでも酷いですよ。加奈ちゃんもリーファちゃんも雪女さんも黒服も全員食べられちゃったなんて……。

 「でも安心してください!! この旅館が人を食べてもですね、対象を完全に死に追いやるものではないです」

 「完全には死なない……?」

 「そう微妙な感じで死ぬだけです」

 「それって全然大丈夫じゃないんじゃ……」

 むしろなんか嫌な感じになってる。微妙な感じに死ぬって。

 「旅館が食べるのは人の肉体だけです。だから、魂はまだ現世に残り続けるのです」

 「それって死ぬって言うんじゃ……」

 「いえ。私たちのように、肉体は無くとも存在だけを残すことが出来るのです」

 「あなたみたいに!? ……という事は、あなたも肉体をこの旅館に食べられたのですか!?」

 「ええ。そりゃあもうパックリと♪」

 「だからなんで楽しそうに言うんだ」

 本当に深刻に考えてくれているのか。



 「という事は、加奈ちゃんやリーファちゃんたちは幽霊となってこの旅館に居るって事なんですね!?」

 「そういう事なのです」

 「そっかぁ……まあ、ひとまずは良かったと言っておくべきでしょうか」

 きっと彼女たちの身体を元に戻す方法があるはずです。そう信じなくちゃいけません。
 まだ、希望が潰えたわけじゃないのだから。





 「あれ……? でも、なんで私とウサギさんが生き残ってるんですか? なにかこの旅館に食べられないような事ってしてたんですかね?」

 「いや。ただ単に口に合わなかっただけだと思います」

 「不味かったから吐き出したのか!?」

 なんかショック。なんでだかすっごくショック。




 2月13日 月曜日 「魂発見」


 「よしウサギさん!! 二手に別れて、この旅館に喰われて肉体を失い、姿が見えぬ魂としてさまよっている者たちを探しましょう!!
  きっと、なにかこの現状を打破する方法のヒントになるはずですよ!!」

 「そうだな。まずはそいつらに話を聞いて、そしてこの旅館の謎を解き明かさないと」

 淡い光ですが希望のような物が見えてくると、俄然やる気が出てきました。
 よーし。みんなを助けるためにいっちょやってやるぞー!!

 「あ……そういうばお母さんは何故殺されてしまったんですかね?
  あの殺され方はこの旅館の姿をした妖怪の仕業には思えないんですけど?」

 「……どうやら、この旅館にはまだ秘密がありそうだな」

 「……」

 「ん? どうした千夏?」

 「いやね、そんなミステリー物では良くありそうなセリフを、まさか現実で聞くとは思ってもみなかったものですから。
  ちょっと、びっくりしてるんです」

 「俺も、まさか一生の内にこんなセリフを言う時が来るなんて思わなかった」

 ある意味発言記念日にしたいぐらいレアなセリフですもんね。

 「よし!! 遊んでないでさっさとリーファちゃんやら何やらを探しましょう!!」

 「おう! でも、話が逸れたのは千夏のせいだけどな!!」

 自分でもよく分かってるんで放って置いてくださいな。







 「リーファちゃーん!! 加奈ちゃーん!! もしくはその他の誰かー!!
  誰か居ませんかー!?」

 私はとりあえずこの旅館の裏を探してみることにしました。
 旅館の裏はうっそうとした林になっており、恐ろしい気配が漂う君の悪い場所となっていました。
 こんな所にいる人なんてろくでもない人間でしょうけど……でも探さない事には始まらないしね。

 「誰かー! 居ませんかー!! 返事してくれないともう行っちゃいますよー?
  ダッシュでここから逃げ出しちゃいますよー? 別に、怖いからとかそういうんじゃなくて」

 「千夏さ〜ん……」

 「うわっ!? 本当に誰か居た!?」

 何てことでしょうか。こんな場所に居る奴が私の家族に居たなんて。ついさっきここに居るのはろくでもない奴だと言ったばかりなのに。
 まあ我が家に住んでいる人間にまともな人間はあまり居ないとは思いますけども。

 「だ、誰ですか!? 名を名乗りなさい!!」

 「私ですよぉ……死んでも死に切れないがモットーの雪女ですよぉ……」

 「そのモットーはどうかと思うけど、でもどことなく妖怪っぽいね。本当に死に切れてないし」

 さっきまであんなに会いたかった家族なのに、いざ声を聞いてみるとうざったく思えてしまうのはどうしてでしょうね?
 不思議すぎて仕方ないです。



 「雪女さん。どこに居るの? 私の方からは全然姿が見えないんだけど?」

 「えーっとですね、千夏さんの足元に居るような……」

 「怖っ!! なんですかそのホラー映画のおばけ的定位置は!! そんな所に居座るなや!!」

 「そう言われてもですねぇ……肉体が無いとどうも動きづらいんですよぉ」

 肉体が無いのに動きづらいとはこれいかに? まあそこんとこはどうでも良いのですが。

 「雪女さん。あのですね、少し聞きたい事あるんですけどいいですか?」

 「なんですかぁ……? あ。もしかしてスリーサイズとか? 残念ながらですねぇ、今の私のスリーサイズは無・無・無なんですよねぇ……」

 「魂のスリーサイズなんか興味あるか。たとえ通常時でも興味ないよ。
  それより、雪女さんがこの旅館に喰われた時の事を教えて欲しいんです。いったいどういう風な事になって食べられちゃったのですか?」

 「えーっとですねぇ……そうです! あれです!! お義母さんとあれをしていた時のことです!!」

 「アレ!? アレってなに!?」

 「そうあれは……」

 「アレは!?」







 「オセロを……」

 「多分。それ関係ねぇな」

 私とウサギさんもやってたしね。
 っていうかいい大人が夜に何してんだよ。






 2月14日 火曜日 「見えない方々」


 「雪女さん! お願いだから、肉体をこの旅館のお化けに食べられた時の事を思い出してください!!
  それが、現状の打破に繋がるかもしれないんです!!」

 「え〜っと、え〜っとですねえ……そうだ!! 私、妖怪に食べられる前に開脚前転してました!!」

 「へえ〜……それはまたアクティブですね。
  多分ね。本当に多分だけど、それは違うと思うんだよね」

 だいぶ確信を持った多分ですけど。


 「う〜ん……その他に変わった事なんてやったおぼえ無いですけどねえ……」

 「そうですか……」

 あ〜あ。苦労して探し出したのに、結果がこれですかぁ。
 やってらんないよねホント。




 「おーい千夏! 誰か見つけたか!?」

 「あ、ウサギさん! あのですね、役立たずの雪女さんを見つけました!!」

 「酷い! 酷いよ千夏さん!!」

 「そうか……。俺も何人か見つけたんだけど、誰も手がかりらしい事柄を覚えていなかったよ」

 「見つけたって、誰を見つけたんですか?」

 「リーファと女神と黒服」

 「加奈ちゃんは!?」

 「残念だが見つかってない」

 「そうですか……」

 加奈ちゃん大丈夫かなあ……?
 いや、多分肉体を食べられちゃって魂だけになってさまよってるから、大丈夫とは言い難い状態だろうけど。




 「あとウチの家族の他にもこの旅館に食べられてしまった人を見つけた。
  彼らも魂だけになって生きている可哀想な人々なんだ」
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 「へえ……私たちの他にもそんな人が」

 「こちらは斉藤さん。趣味はパントマイムだそうです」

 「見えないけどこんにちは斉藤さん。あなたのパントマイムを堪能する事が出来なくて本当に残念です」

 「そしてこちらは近くに生息していたビッグフットさん」

 「どうもこんにちは。あなたの姿を見ることが出来ないせいで世紀の大発見をやり損ねているかと思うと悔しくてたまらないですよ」



 「そしてこちらが映画監督のジョージ・ルーカスさん。
  なんでも新しい映画のアイデアを求めてこの樹海に入ったそうで……」

 「ジョージ・ルーカス!? 見たい! 生で見たいよ!!なんだかすっごくもったいない!!」

 おのれ旅館の妖怪め。私にこんな酷い仕打ちをするなんて。絶対に許さないですからね!!



 …………ジョージ・ルーカスは見たいなあ。




 2月15日 水曜日 「高タンパクな鎧」

 あらすじ:旅館みたいな妖怪に肉体を食べられてしまい、魂となって辺りをさまよっている者たちを探しました。加奈ちゃん以外はだいたい見つかりました。
      ついでにジョージ・ルーカスも見つかりました。何でやねん。



 「加奈ちゃーん! どこに居るんですかー!? 手とか振って、自分がここに居るよってアピールしてくださいよ〜!!」

 「いや、見えなくなっているんだから手とか振ってもらっても意味無いんじゃないか?」

 「確かにウサギさんの言うとおりですね……。
  透明人間に手を振ってもらっても何の意味もないです。
  せいぜい少しの風を手がある辺りに巻き起こして、最近温暖化に苦しんでいる地球をちょっとだけ涼しくするだけですもんね」

 「なんかその言い方だとすっごく役に立ってるみたいになってる」

 言葉って不思議ですね♪




 「加奈ちゃーん!! もしこの声が聞こえたならば、チャゲアスの『YAHYAHYAH』を大声で歌ってくださーい!!」

 「今どきその歌を歌える子どもは少ないだろ!?」

 「加奈ちゃんぐらいの子にかかれば、これくらいどうって事ないですよ」

 「なんだか良く分からない方向に進んだ親バカだなぁ……」

 「親バカとは失礼な……。私はですね、ちゃんと客観的視点を持って加奈ちゃんの事を評価して……」

 「……………殴りに行こうか〜♪」

 「っ!? 千夏! 今、何か聞こえなかったか!?
  なんとなく、YAHYAHYAHの一節のような奴が!!」

 「そうでしたか? 私にはあまり聞こえませんでしたけど」

 「本当だって!! 確かに、『殴りに行こうか』って歌ってた!!」

 「よりにもよってそのフレーズが聞こえてきたのが不吉極まりないですけど、加奈ちゃんが居るかもしれないとなると放っておくわけにはいきませんね。
  よし! 歌声が聞こえてきた方に向かいましょう!!」

 こうして私たちは、その歌声の元を目指して走り出しました。
 加奈ちゃんが居てくれれば良いのですが。




 「ここは……蔵? なんだか不気味な所に来ちゃいましたね」

 「多分ここはこの旅館の物置みたいなものだと思うんだが……確かに、並々ならぬ気配が漂ってくるな。
  まるで異界への入り口みたいだ」

 「……その比喩れは間違いではごさいません」

 「あなたはっ!!」

 いかにも怪しい蔵を目の前にしてどうしようか迷っていた私たちに、聞き覚えのある声が語りかけてきました。
 この旅館の従業員で、そして私とウサギさんの部屋の担当だった姿の見えぬ女性です。


 「あなた、何か知ってるんですか!?」

 「ええ……その蔵は、この旅館型妖怪の口なのです」

 「口ですって!? という事は、この中に入っちゃったら食べられちゃうの!?」

 「ええ。十中八九。先ほどあなたたちが聞いた声も、もしかしたら妖怪があなた方を完全に喰らうための罠かもしれません」

 「そんな……。じゃああそこには加奈ちゃんは居ないんですか?」

 「いえ。そうとも言い切れません。
  加奈ちゃんという子が魂としてこの旅館内をさまよって居ないのならば、もしかしたらまだ妖怪の胃の中で消化中なのかもしれません!
  そして、今ならばその子を助け出す事も出来るかもしれないのです!!」

 「本当ですか!? ……でも、加奈ちゃんを助けに行くって事は、私たちも食べられちゃわないといけないって事じゃ……?」

 「その通りです。でも心配しないでください。
  肉体を完全喰われる前に抜け出れば何の問題も無いですし、それに妖怪の腹の中で消化される時間を遅くする方法だってあったりするのです」

 「その方法って一体!?」

 「体中に生肉を貼り付けてですね……」

 確かに消化は遅くなりそうですけども、ベトベトするのは嫌ですよ。
 他の方法を求めます。






 2月15日 木曜日 「蔵の中を歩いて」

 私たちは生肉の鎧を纏いって、旅館の姿で幾人もの人間の肉体を喰ってきた妖怪の体内に入る事になりました。
 その自殺行為にさえ思える荒行をやるのは、もちろん加奈ちゃんのため。
 あの子を助けるためだからこそ、こんな事が出来るのです。



 「さあウサギさん! 妖怪のお腹の中に入って、ギッタンバッタンやっちゃいましょう!!
  まるでどこぞの昔話の如く!!」

 「一寸法師ね。
  まあそんな事はどうでも良くて、本当に良いのか?
  一歩間違えたら死ぬより大変な事になってしまうかもしれないんだぞ?
  肉体を失い、永遠に現世をさまよい続けるという、最悪の現実に」

 「……確かにそれは怖いですけど、元々私はもう少しで死んじゃうんです。
  底辺だった未来がもうちょっと下がっちゃうぐらいじゃ、不幸だとさえ感じられないですよ。
  どうせ消える命なら、めいいっぱい輝きたいものなのです。特に、私みたいにしみったれた人生を送ってきた人間はね」

 「そう……でもな」

 「? なんですか?」

 「千夏の人生は、別にしみったれたものじゃないと思うぞ?
  千夏は千夏なりに輝いて居たと思う」

 「……ありがとうございますウサギさん。その言葉は、素直に受け取っておきますよ」

 こうして私たちは、旅館型妖怪の体内に入る決意を固めたのでした。




 「よし!! 行きましょうウサギさん!!」

 「おう!!」

 張り切って妖怪の体内に繋がる口……つまり、この旅館の蔵の扉を開け放ったのでした。



 ……
 ……………
 ………………………死ぬほど臭い。


 「ごはぁっ! なんですかこの匂いは!? 鼻が、鼻が曲がる!!」

 「うっ……これは辛いな……。なんていうのか、蔵特有の湿ったカビ臭い匂いだったり、何かの食べ物が腐ってるような匂いだったり……」

 「ちくしょうめ……これも妖怪の罠なんですか?」

 「多分、違うと思う。ただ単に口が臭いだけじゃないか? 妖怪の奴が」

 「迷惑な口臭しやがって……」

 もし口臭が刑事事件に発展するような殺伐とした世の中であれば、間違いなく死刑クラスですよ。この匂いは。



 「千夏……どうする? やっぱり引き返すか?」

 「だ、ダメですよ……ここで逃げたら、加奈ちゃんを助けられない。それじゃあダメなんです」

 「そうか……よし、進もう」

 呼吸困難に陥りそうになる中、私とウサギさんは互いを支えながら蔵の中を進みました。
 蔵の中は酷く暗く、まるで何色も存在する事を許さないような世界が広がっています。
 懐中電灯の小さい灯りではほとんど役に立たず、奥へと続いていく壁だけが頼りでした。


 「はあ、はあ、はあ……まだ着かないんですかねえ? いつまで歩かせるつもりなんでしょう?」

 「そんな事言ったって仕方ないじゃないか。そもそもここは妖怪の食道で、歩く人の事なんて考えてない……」

 ウサギさんが急に立ち止まります。その目には緊張の色がしっかりと塗られています。

 「ウ、ウサギさん? どうかしたんですか?」

 「誰か……前方にいる」

 「え!?」

 ウサギさんの言うとおり、確かに前の方を目を凝らして見てみれば、人影のようなものがうっすらと見えました。
 気味が悪いです。

 「だ、誰ですかあなたは!?」

 「……ワ、タシ、ノ、ナマエ……ハ」

 不気味な感じにカタゴトな人影は、ゆっくりと口を開きます。
 そいつから漏れた息は全てを凍り付かせるかのように冷たい感触を持ち、この世界を蝕んでいるかのようでした。
 息というものに色があるのなら、あれはきっと『黒色』です。

 「ワタシ、ノ、ナマエハ……」

 「ごくり」

 「…………オマエダー!!」

 「わーっ!? なんだか良く分からないけど突拍子もなく怪談の最後のオチみたくなってるー!?」

 結局誰やねん。



 2月17日 金曜日 「死階の境界」


 「ふふふ……ようこそ。死階の境界へ」

 旅館型妖怪の口である蔵へと入った私とウサギさん。
 闇よりも暗い世界を進んだ私たちは、その空間でひとつの人影に出会います。
 こいつはいったい何者なんでしょうか? そして、こいつの言う『死階の境界』とはいったいなんでしょうか?
 私にはもう何がなんだか分かりませんよ。



 「お前は誰だ!? いったい何者なんだ!?」

 「だから、私はお前たちだと言ってるじゃないか……」

 「そう言われるたびに、どこの怪談だよ! って私たちは突っ込んでいるんですが?」

 かれこれ11回ほど。


 「これは冗談では無い。私は、お前たちなのだ」

 「もう一度突っ込むけど、それは定番すぎる怪談のオチで……」

 「私の顔を見ても、まだそんな事を言ってられるかな?」

 「え?」

 謎の人影は私たちの方に向かって歩き出しました。
 一歩一歩踏み出すたびに、私とウサギさんが持っている懐中電灯に照らされ、その姿を露わにします。

 「なっ!? あなたの、その顔はっ……以前どこかで見た気が!!」

 「ふふふ……久しぶりね千夏ちゃん。
  私はあなたのドッペルゲンガーです」

 「あー!! 確かに居たねえそんな奴!! 全然私に似てないドッペルゲンガーが!!
  それにしても久しぶりすぎだよ! 私の日記の最初らへんに出てくる奴じゃん!! そら気づかないわ!!」

 「あれが千夏のドッペルゲンガー……? 全然似てないな」

 そういうものらしいですよ。現実は。


 「でも、なんであなたがこんな所に……?」

 「それは、ここが死階の境界だからです」

 「なんじゃそりゃ? 私たち一般人にも分かるように10文字で説明しなさい」

 「なんだかすごい線」

 「ごめん! 10文字じゃあ短すぎたね!!」

 というか無理やり10文字に押し込められてもこっちが困りますよ。





 「私はドッペルゲンガー……でも、ただのドッペルゲンガーじゃない。
  魂のドッペルゲンガーなのよ。つまりあなたの魂の姿を映し出しているの」

 「ふ〜ん。そうなんですか。でもなんのために?」

 「魂が壊れた時に、その代わりとして肉体を行使できるように」

 「魂が壊れる……? それって死ぬという事ですか?」

 「その解釈は半分正解。でも半分間違い」

 「???」

 「魂が壊れるとはつまり、あらかじめ決まっている運命に逆らって死んでしまったという事」

 「運命に逆らって……?」

 「人の死は、あらかじめ全て決められているのです」

 「なんですって!?」

 それはあまり良い冗談だとは思えません。死があらかじめ決められているなんて、人の自由意志を完全に否定しているのと同じじゃないですか。


 「驚くのも無理は無いですが、これは全て事実。人の死は、いいえ、世界のありとあらゆる未来は、すでに最期の時まできっちりと決められているのです!!
  あなたが今までやってきた事も。そして、これから行うであろう事も」

 「そ、そんなわけ……」

 「あなたたちには認める事しか出来ないのです。何故なら、これは揺るぎない真実ですから。
  ……しかしですね、究極の統制を誇る運命の束縛にも、時折ですがバグがあるのです」

 「バグ……?」

 「ええ。本来ならば起こりえない現象……奇跡と呼ばれる現実の湾曲が起こったりするのです。
  そして、そのバグによって死ぬべきでない人間が死んだりする」

 「その予定に無い死によって失われた人の代わりに生きる事になるのが……ドッペルゲンガー」

 「そういう事なのです」

 「……それで、死階の境界ってなに?」

 「なんだかすごい線」

 「本当にそういう意味だったの!?」

 あなた、ちょっと説明がめんどくさくなってきてるんでしょ?






 2月18日 土曜日 「殴り合い」

 「ドッペルゲンガーパーンチ!!!」

 「ぎにゃー!?」

 「ち、千夏!? おい! 何しやがるんだこのやろう!!」

 昨日から長ったらしく喋っていたドッペルゲンガーさんが、急に私の事を殴りつけてきました。
 なんですか急に。お前は一昔前に流行ったキレる若者か。


 「な、なんですかこの似てないドッペルゲンガー!! 私が何か気に入らない事した!?」

 「あなたの存在そのものが気に入らない!!」

 「そんな! ドッペルゲンガーのくせに私自身の存在を否定するなや!!」

 あなたの方にも返ってきてるんじゃないか? その悪口は。

 「さあ! 私と闘うのです!!」

 「なんなんだよ。その少年マンガ的なノリは」

 「いいですか……? あなたは、もうじき死にます」

 「そうらしいね。電池切れで」

 絶望的にかっこ悪い死に方ですけどね。

 「しかし!! 死なない方法がひとつだけある!! それは、神様になる事!!」

 「神様……そう! そうだよ!! 私、神様になるためにこんな所に来たんだよ!!
  別に旅館っぽい妖怪に家族を食べられたり、自分と似てないドッペルゲンガーと戦うためにここに居るんじゃないのに!!」

 「いえ。あなたの旅は、ある意味で順調なのです」

 「へ? そうなの?」

 「この旅館は……この妖怪は、人が神様になるための修練場だったのです!!
  神様になるトレーニングをするために、アウグムビッシュム族が作った聖地なのです!!」

 「なんですって!?」

 霞を食べて仙人になるとか言ってましたけど、もしかして黒服の奴はその事を知っていてこんな所まで案内したのでしょうか?
 初めからこんな旅館があると分かっていたのなら、今までの行いにも説明はつくのですが。

 「そしてその神様になるための第一段階が、この死階の境界へとやってくる事。
  何故ならばこの地は、運命の呪縛から解き放たれる唯一の場所だから」

 「運命から解放される?」

 「この場所に居れば、人は神様が定めた運命から脱却できる……。つまり、運命に殺されない!!
  そして!! この場所で自分のドッペルゲンガーを倒した者は、例えここから出たとしても、運命の鎖から脱却できるのです!!」

 「なんだか良く分からないけど、とにかくあなたを倒せば万事オッケーという事ですね!?」

 「簡単に言えばそうです」

 最初から簡単に言って欲しかったな。





 「さあ!! 私を倒して神様になりなさい!!」

 「よーし! なんだかびっくりな展開だけど、私は頑張っちゃうぞー!!」

 向き合う私とドッペルゲンガーさん。ウサギさんは離れた所で苦笑いしながらその光景を見ていました。まあ、その気持ちは分からんでもない。

 「あ。ひとつ聞き忘れてたんですけど、もしドッペルゲンガーさんの方が勝っちゃったらどうなるの?」

 「私があなたの代わりに現世で生きる事になります」

 「へぇ……それはご愁傷様。私の人生を歩む事になるなんて」

 「え!? なんで!? そのリアクションは少し違うんじゃないの!?」

 「私は誇りにかけて誓う!! 私の人生より最悪なものは、結構見当たらない!!」

 「そんな事を堂々と言われても!!」

 だって本当の事ですし。

 「あ〜……なんだか急に勝つ意欲がなくなっちゃった。さっきまであなたに代わって現世で生きてやろうと思ってたのに」

 「まあ、なんていうか、私のドッペルゲンガーだった事が運のつきですね」

 よっしゃ。戦闘開始前から精神的に挫いてやった。
 心理戦はモノにしましたね。










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