3月19日 日曜日 「裁きの会合」

 「千夏さん? 今日は一体何の用で私たちを呼び出したんですか?
  もう少しでこの家の貯蓄が無くなりそうな事についてのお話とか?」

 「いいえ。今日はそんな事ではありません……っていうか、それもちょっと考えなきゃいけない事だけども。
  でも、それも今日話す内容にしてみれば軽いことなのです」

 「来週からずっとカップラーメンですよ?」

 「うっ……それは、確かに大変な事だけども」

 ちょっと感じた絶望感を気にしないようにしながら、私は居間に集まった家族に向かって話し始めました。
 ……カップラーメンばっかりかぁ。普通に凹むわぁ。



 「さて、みなさんに今日集まってもらったのは他でもありません……。
  先日自供した黒服さんの事について、皆さんにいろいろ言いたいことがあるのです」

 「でもあれって黒服さんの冗談じゃないんですか? いつもの黒服ジョークなのでは?」

 「黒服さんは細菌兵器を作っていると口走ったら、普通の人間が考える細菌兵器の3倍も恐ろしい兵器を作りやがる奴なんですよ!?
  彼が放った言葉よりももっと最悪な状態が現実としてあると考えた方がいいのです!!」

 「それは恐ろしいですねえ……」

 「だからきっと黒服さんはただのスパイじゃなくて、2重スパイなのかもしれません。いや、3重スパイかも」

 「浮気者ですねぇ。黒服さんって」

 そういう問題でも無いけどな。




 「とにかく! 今日みんなに集まってもらったのは、スパイと自供した黒服さんをこれからどうしてやろうかという事なのですよ!!」

 「どうしてやろうかって……例えば?」

 「私がオススメするのは死刑とか」

 「異議あり!!」

 裁かれる側である黒服さんが私に異議を申し立ててきました。そういう立場に無いという事が分かっていないのでしょうかね? このスパイさんは。

 「異議なんて認めません!! このスパイ黒服が!! あまりにもうるさいとコンクリで詰めて日本海に沈めるぞこら!!」

 「どうせ沈められるのならエーゲ海がいい!!」

 そういう問題なのか?

 「黒服さんは本当にスパイだったのですか……?」

 「だから雪女さん。この人は本当にスパイなんですってば。怪しいじゃん。そもそも風貌が」

 「今まで一緒に暮らしていたくせに、今さら風貌の事言うんですか」

 出会った頃からそう思っていたのだけども、たまたま口にする機会が無かっただけですよ。

 「しかもよりにもよってこの黒服は……あの黒い星の民と繋がっていたんですよ!?
  私のおばあちゃんが辛く厳しい業を背負うはめになったのも、お母さんが両手両足を失う事になったのも、全部あいつの所為なんですよ!?
  それになんだかアメリカ軍がこっちに攻めてきたのにも関係があるみたいだし!!
  マジで疫病神だよ!! 私たちの敵なんだよ!!」

 「確かにそうですけど……」

 「だから、あの黒い星の民の手下である黒服さんが許せないのです!! 今までずっと家族だと思ってたのに!!」

 「千夏……俺のこと、家族だと認めてくれていたのか……。
  てっきり、便利な技術屋としか思われていないのかと……」

 「ええ。一ヶ月前まではただの便利な人としか思っていませんでした」

 「随分最近だな。俺の評価が変わったの。随分一緒にいるのに」

 「とにかく、絶対黒服さんは許せない!! 殴る! とりあえず殴る!!」

 「ちょっと待て!! お前はひとつ誤解をしている!!」

 「誤解!? 何が誤解なんですか!? 実は黒い服じゃなくて、濃い紺色だったとか!?」

 「そういう誤解じゃない。
  ……俺は確かにスパイだが、黒い星の民とは繋がっていない。あいつの手下ではないんだ」

 「へ!? なにそれ!? 良く分からないんですけど!?」

 「俺はあの黒い星の民の好きにせんがために作られた組織の一員なのだ……。
  そこに君たちの情報を流して、極秘に護衛し続けていた」

 「そ、そんな組織があったんですか……?」

 「ああ。その、地球防衛軍ともいえるその秘密組織の名前は……」

 「名前は!?」




 「高崎クリーニング」

 「なんだかクリーニング店みたいな名前ですね!?」

 そんなんに私たちはひっそりと守られていたのか。





 3月20日 月曜日 「スパイ大集合」

 あらすじ:なんでも、黒服さんが言うには、黒服さんは世界を守る秘密組織、高崎クリーニングに勤めているそうです。
      なんかすごく嘘っぽい。



 「えーっと、黒服さんは地球を守る組織の……」

 「高崎クリーニング」

 「その、高崎クリーニングに在籍していて、影から私たちを監視していたと」

 「まあそういう所だ」

 「何故私たちを監視していたんですか?」

 「千夏が黒い星の民に狙われていたのは初めから知っていたし、他の国だって同じようにお前を欲しがっていたからな。
  だからこそ、傍で見守る必要があったのだ」

 「……具体的には何してたの?」

 「千夏の毎日のメニューとかを本部に送信したりしてた」

 「しょぼ!! 監視活動しょぼい!!」

 「あと、千夏が逆切れしてた回数とかを事細かにチェックして送信してた」

 「なんかそれ嫌!! どこかにちくられている感じがしてすごく嫌だ!!」

 「ちなみに俺と出会ってから千夏は1425回逆切れしてます」

 「それはいくらなんでも多すぎでしょうが!! どんな逆切れ帝王だよ!!」

 こう見えてもカルシウムは足りている方なんです。
 そんなには怒りっぽくないよ。



 「っていうかもうこんな事やめてくれます? 監視されてるのって全然気分が良いものじゃないから」

 「そうは言ってもなぁ。これ、俺の仕事だし」

 「もっとマシな仕事見つけろや。
  ……あ、そうだ。それじゃあ黒服さんが私をロボットにしたのもさ、何か意味あるの?」

 「あるよ。めっちゃある。果汁が一桁未満のフルーツジュースぐらいある」

 「少ねぇな。果汁としての意味が」

 「千夏を機械の体にする事で、なんかいろいろ大変な事から身を守ろうとしたのだ」

 「全体的にアバウトっすね」

 「例えば、もし千夏が人間の体のままであったら……もうすでに千夏は敵の手に落ちていた事だろう」

 「そうなの?」

 「敵は一応神様だからな。この世界で形作られた肉体を持っていれば、すぐに支配されてしまう。
  だから私たちはお前を機械の身体にしたのだ」

 「じゃあさ、なんで性的愛玩用のロボットにしたわけ? 死ぬほど感度が良くて、かすり傷でもんどり打つような肉体にしたわけ?」

 「大人の事情」

 「あんまり意味ないんだろ!? そうなんだろ!?」

 この肉体のおかげでどれだけ私が大変な目にあったと思っているんですか。
 マジで辛かったんだぞ?





 「はぁ……まあ一応黒服さんの言い分は分かりました」

 「おお。信じてくれるのか?」

 「信じるとはまた別の話ですけど、一応理解は出来ましたって事ですよ。
  それより大変なのは……黒服さんが黒い星の民のスパイじゃないとすると、他にスパイが存在しているという事になるっていう事実ですよ!!」

 「そういえばそうだな……」

 「誰だ!? 誰がいったいスパイなんだ!?」

 私は目の前に居る家族全員の顔を見ます。
 しかしみんな目を逸らしたりせずにまっすぐ私の顔を見るだけで、自分がスパイであると自供してくれません。
 まあ多分、目を逸らしたりなんかしたら真っ先に疑われると分かっているんでしょうね。
 ちくしょうめ。



 「えーっと……じゃあリーファちゃん!! あなた、黒い星の民のスパイでしょう!?」

 「そんなあてずっぽうな感じな!!」

 「だってそうとしか考えられないもんねー!! いいから自供してくださいよ!!」

 「くっ…………そうです。私は、確かにスパイです……」

 「え!? マジで!? リーファちゃんがスパイだったの!?」

 うわぁい。なんか良く分からないけど見つけちゃったぁ。

 「でも! 黒い星の民のスパイなんかじゃありません!!」

 「え……? スパイだけど手下じゃない?」

 「実は私は……ロシア政府から派遣された諜報員だったのです!!」

 「なんだってー!?」

 って、あなたも黒服と似たような立場だったんですか!?
 そんなバカな!!



 「ち、千夏さん!!」

 「なんですか雪女さん……? 私、ちょっと今混乱してて……」

 「こういう機会だから言っちゃいますけど、実は私もスパイです!!」

 「ええー!? スパイって、どこの!?」

 「妖怪連合……つまり、星の民の生体兵器たちが作り出した地下組織の諜報部員だったのです!!
  千夏さんの所に嫁に来た振りをして、ずっと見守っていたのです!!」

 「な!? え? なあぁ!!??」

 「はいはいはい!! 私もスパイです!! めっちゃスパイです!!」

 「女神さんも!? いや、女神さんはただ目立ちたいからそんな事言ってるだけなんでしょ!?
  場の空気に合わせてそんな事言ってるんでしょう!?」

 「いえ。私は全国女神連合のスパイです。スパイ45号です」

 「嘘だー!! そんなの信じたくないよ!!」

 なんてしっちゃかめっちゃかな状況なのでしょうか。
 みんな次々と自分がスパイだって言い始めちゃうし。本当の事なのかそうでないのか全然分からない。





 「ママー。カナもねー、スパイだよー」

 「え!? 加奈ちゃんも!? 本当に!? いったい何処の所属のスパイなの!?」

 「集英社の」

 「それは嘘でしょう?」

 どんだけ強大な力を持っているんだよ。週間ジャンプ。







 3月21日 火曜日 「忘れてた人」

 「ええっと……とりあえず、話を纏めさせてもらってもよろしいですか?」

 「どうぞ千夏さん」

 「その……雪女さんは、妖怪連合だとか言うののスパイなんですよね?」

 「あれは嘘です」

 「嘘なの!? そうなの!?」

 「確かに妖怪連合っぽいのはあるんですけど……実は私、そこから追い出されてしまったんですよね。
  そいでもって、当てもなくさ迷っていた時に千夏さんの家を見つけて、そして押しかけたんです」

 「死ぬほど迷惑な話だ。
  ……でも、なんでスパイって言ったの?」

 「場の雰囲気読んで」

 読めてねえよ。全然読めてない。紛らわしい事すんな。



 「……じゃあ女神さんは? 本当にスパイ45号なの?」

 「そういう事にしておいてください」

 「分かりました。無理やりもうひとつキャラ付けしようとしてたんですね?
  そういう事しても無駄だから。まったくもって無駄なあがきだから」

 「ひ、酷い……」

 「じゃあリーファちゃんは!? リーファちゃんは本当にロシアの人なの!?」

 「いいえ。高田馬場で生まれました」

 「お前も嘘なんかー!!」

 みんな揃って嘘をつきすぎだと思います。
 というか、その嘘に何の意味があるのだ? 何がしたいのですかあなたたちは!!



 「みんな、とりあえず反省しなさい」

 「千夏さん……この歳になって地べたに正座はきついのですが……?」

 「うるさいうるさいうるさーい!! こうなったもみんなあなたたちが悪いんでしょう!?
  こんなバカバカしい嘘ついてー!!」

 「ううぅ……全然反論できませぇん……」

 「ごめんなさいでした」

 「あーあ。これでまた出番減っちゃったよ」

 殴るぞ女神。







 「はぁ……一体誰が黒い星の民のスパイなんだろ……」

 「……」

 「ウサギさん……? そういえばずっと黙ってますけど、どうかしたんですか?」

 「いや、別に……」

 「別にって言われたって、ウサギさんの顔があまりにも深刻そうだから信じられませんよ……。
  一体どうしたんです? 何か気になることでも?」

 「実はな……俺、そのスパイとやらに心当たりがあるかもしれないんだ」

 「なんですって!? 本当ですか!?」

 「まあ本当にそうであるのかなんて分からないんだが……怪しい奴が、ひとり居る」

 「誰!? 誰ですか!?」

 「それは……」

 「それは!?」

 「……………………パソコンの人」

 「ああ……そう言えば居ましたね。そういう人」

 本気ですっかり忘れてた。






 「おい! 足長おじさん!! 元気にしてますか!?」

 「なんて乱暴な元気の確かめ方なんだ。言葉に労わりの気持ちがまったく感じられない」

 「うるさいうるさいうるさーい!!! 足長おじさんっ! あなた、実は黒い星の民のスパイでしょう!?」

 「な、なんだって!?」

 「手足は無いけど良い人だったと思ったのに! それなのに……この情報漏えいパソコンが!!
  ウィニーとかやってんじゃねえぞコラ!!」

 「やってねぇよ!! 公僕のパソコンと一緒にするな!!」

 公僕って言い方、久しぶりに聞いた。

 「とにかく一番怪しいのはあなたなんです! どうなんですか!? 黒い星の民とLANケーブルで繋がっているんですか!?」

 「さっきからやけに上手い喩えで攻めてくるな。
  残念ながら、千夏の推理は的外れだ。俺はあんな奴とは繋がっては無い」

 「あんな奴……? なんだか妙に黒い星の民の事を知っている素振りですね?」

 「そりゃそうさ。俺とアイツは義兄弟の杯を交わした中で……」

 「え? 本当ですか!?」

 「ああ。本当本当」

 「そっかぁ。それなら安心♪」

 「だねー♪」











 ………………いや、むしろスパイである疑いが深まった気が?





 3月22日 水曜日 「パソコンの人の昔話」

 「とりあえずこのスパイ問題は、足長おじさんを我が家の庭に埋めてやるって事で決着つけましょうか」

 「異議なーし」

 「異議ありませーん」

 「よし。じゃあ賛成多数で決定! 雪女さん、スコップ持ってきて」

 「ちょ、ちょっと待ったー!! 何で俺の死刑判決が本人を差し置いてちゃくちゃくと進んでるんだよ!!」

 「これが法治国家日本の威力ですよ。思い知ったか」

 「訳が分からん。まるで何かの必殺技のように言うな」

 「何か最後に言い残した事はありませんか? 特別に書物に記録として遺してあげますよ」

 「もうまるっきり死刑コース確定なのか。いい加減にしてくれ」

 「そうは言ってもですねえ……実際、あなたは黒い星の民と知り合いだったのでしょう?
  それでもって、私たちの情報をあいつらに流していたのでしょう?」

 「違う! それは誤解だ!!」

 「誤解で済むなら4階も3階も必要ないんですよ!!」

 「なにそれ。その言い回し」

 「いい加減白状しなさい!! というかあなたで無いとしたら、いったい誰がスパイだっていうんですか!!」

 「スパイはみんなの心の中に居るんだ!!」

 「そこまで荒んだ心なんて持ってないわ!!」

 あなたも変な言い回ししてるじゃないですか。




 「とにかく、足長おじさんと黒い星の民とはいったいどんな関係なんですか?
  きっちりみっちりお聞きしたいんですけど?」

 「話しても良いが……長くなるぞ?」

 「どれくらい長いんですか?」

 「100メートルぐらい」

 ガキか。その表現力は。


 「あれは俺が中学生だった頃……」

 足長おじさんにも中学生時代があったんですか。まったくその姿を想像する事ができない。

 「俺は通っていた中学校で『金剛の牙を持つ狼』という二つ名を持った不良だった……」

 ダサい。その二つ名は壊滅的にダサい。
 というか二つ名持ってる時点でダサい。


 「向かうところ敵無しだった俺の前に立ちはだかったのがあいつだったのさ」

 「へー」

 「殴り合いの死闘を続ける事数時間。疲れはてた俺たちは河原に寝そべり……」

 「ふーん」

 「笑いあって互いの健闘を称え、そして鋼より硬い絆が出来上がったのさ」

 「そうっすか」

 なんて嘘っぽい話なんでしょうか。
 何時代のドラマだよ。




 「というのが、俺と織田信長との出会いで……」

 「織田信長!? 織田信長と殴り合ってたの!?」

 なんだか確かにすごい話かもしれませんけど、そんな事聞いてないし。
 というかその話もおそらく作り話だし。





 3月23日 木曜日 「ポンコツパソコン」

 「そうして俺の家来になったのがかの有名なランスロットで……」

 「はいはい。嘘ばっか嘘ばっか」

 足長おじさんの昔話を聞いてるのですが、どうにも嘘ばっかりな事しか言ってくれないので肝心な黒い星の民についての情報がまったく得られませんでした。
 なんて無駄な時間を私たちは過ごしているのか。


 「ねえ足長おじさん? さっさと本当の事言わないと電源ケーブル抜いちゃうぞ?」

 「怖い!! その脅し文句は、俺にとっては気管を潰してやるぞと言っているのと同じなのだぞ!?」

 「私の本気度が伝わってもらって良かったです」

 「鬼! 悪魔!! このロボット!!」

 確かにロボットだけども。




 「千夏……」

 「ん? なんですかウサギさん? 今電源ケーブルを切るのにぴったりなハサミを探している所なんですけど?」

 「いや、それは結構な事なんだが……」

 「結構じゃない! 全然結構なんかじゃない!!」

 「もしかして、そいつが本当の事を言わないのは何か理由があるんじゃないか……?」

 「理由? 理由って何?」

 「例えば、本当の事を言ってしまったら爆発するとか」

 「そんな、ドラクエのばくだん岩じゃあるまいし。体内に火薬なんて積んでる顔には見えないでしょう?
  だってパソコンだよ?」

 「確かにそう言われればそうとしか返せないんだけど……」

 「ドキドキッ! そ、そんな事あるわけないじゃないか!! 私の体内に、メガンテびっくりな火薬が仕込まれているだなんて、あるわけないじゃないか!!」

 「…………」

 なんですか。そのリアクションは。



 「もしかして足長おじさん……」

 「違う! 断じて違う!! 花粉症の季節になるとうっかり爆発しそうになるとか、そういう事は決してない!!」

 今が一番危ない時期じゃないですか。っていうかそんな危機に私たち一家は人知れず瀕していたのですか。
 知らない所で死に掛けてたと考えるとぞっとしますよ。

 「よし。捨てよう。この爆発物をとっとと捨てに行こう」

 「待てい!! このまま俺を爆破物として処理したら、黒い星の民の情報は手に入らないぞ!?」

 「やっぱりあなたがスパイだったんですね!? 酷いよ本当に!!」

 「だから違うんだってば!! ただの義兄弟なんだってば!!」

 「誰が信じるんですかっての! そんな戯言を!!」

 「くっ……ならば、信じざる負えない話をしてやる」

 「え……?」

 「昔々、ある所にひとりの男が居た……」

 「今度は誰ですか? ヘラクレス? オーディーン?」

 「そんな神話に出てくるような知り合いは居ない!!」

 じゃあ織田信長だったりは普通に知り合いだったと言うんですか。
 どの口がそんな嘘を堂々と吐けるんだ。

 「とにかく、彼はアウグムビッシュム族の人間で、神様から貰った力を解明する事に人生を捧げていた。
  例えば、病気に苦しんでいた自分の妻を放っておいてもな」

 「え? その人って……」

 「その人が、後の織田信長です」

 「話混ざってるじゃねえか!! バグるなよこのポンコツパソコン!!」

 本気で山奥に不法投棄したくなってきたんですけど?






 3月24日 金曜日 「なんだかいろいろとパニック」

 「いろいろ面倒だから全部飛ばすけど、実は俺が千夏のおじいちゃんみたいな人だったのだー!!」

 「えー!? なんですってー!? というか、全ての驚きやら感動やらが適当な省略によって半減している!!
  どう反応していいかまったく分かりませんよ!!」

 そういう大事な所は省略しちゃいけないでしょうが。
 物語的に全然盛り上がらない。

 「と、というか、どういう事なんですか? 足長おじさんが私のおじいちゃん……? という事はおばあちゃんの夫で、お母さんのお父さん?
  そんな、私ってパソコンの親族が居たのですか?」

 「だから、別に俺はこのままの姿で生まれてきたわけじゃないんだってば。
  元はただの人間だったんだ。いや、ただの人間ってのは言い過ぎだな。ただの天才だったんだ」

 「事態が上手く飲み込めてませんので、私はあまり突っ込まないですからね?」

 全部に反応してると面倒だから。

 「最初から全部説明してください。お願いします。いろんな意味で不親切な省略とかいらないから」

 「分かった。それなら話してやろう。
  先ほども言ったとおり、俺は昔普通の人間だった。いや、普通の天才だった」

 「そうっすか」

 「俺は星の民の持っていた力……『神様の積み木』の力を研究していたんだが、どうも上手くいかなくてな。
  それでいろいろあって、やさぐれてしまったんだ」

 「やさぐれたんですか。パソコンの癖に」

 「それでいろいろやっちまってアウグムビッシュム族の集落から追い出されてしまったんだが……そこで俺は、あの黒い星の民と出会ったんだ。
  アイツは不毛の地で倒れ、死に掛けていた俺を助けてくれた。アイツが居なかったら、俺は今ここに居ないだろう」

 「ふ〜ん。命の恩人だったわけですか。だからスパイの真似事したの?」

 「だーかーら。違うんですってば。確かに俺はアイツに命を救われたし、他にもいろいろな事をお世話になった。
  それは確かに感謝しているが……アイツは、それらでも埋められやしない物を俺から奪っていきやがった。
  お前たちと同じなんだよ。俺も、アイツを憎んでいる」

 「大切なものって何……? おばあちゃんとか? それともお母さん?」

 「大切に取っておいたプリンとか」

 「そりゃ確かに憎むね。えらく憎んじゃうね。例えば、今私がやろうとしているように、パソコンの電源コードを引っこ抜きたくなってしまうぐらい」

 「ごめん! 今のは嘘でした!!」

 嘘じゃなきゃ許さんよ。




 「とにかく、俺はお前のおじいちゃんで、そして黒い星の民をいろいろあって恨んでいるという事が分かってもらえれば凄く嬉しい」

 「うう〜ん……なんだかはっきりしない所が多すぎですよ。簡単に信じることなんて出来ません。
  そもそも、なんで黒い星の民は仲間であるはずの他の星の民を殺したりなんかしたの?」

 「そういう年頃だったんじゃない?」

 「そんな過激な年頃は困っちゃうわ。
  あとそれと、お母さんは本当に石器時代よりも前から生きてたというのですか?
  なんで? なんでそういう事になってるの?」

 「それはまあいろいろあって……一言で言うならば、『器』のせいで歳を取らなかったんだ」

 「でも普通に大人になってましたよ? それっておかしくない?」

 「お前を生んだから、普通の人間に戻ったんだよ。その代わり、千夏に器が受けつがれてしまったのだけどな」

 「でもでもでもっ! 私の身体はもうロボットですよ!? 器とか言う物なんてどこにも……」

 「器は、きっと君の心の中にあるさ……」

 「なんですかそのえらく抽象的な物言いは。中途半端な感動っぽさを演出しそうなセリフは?」

 うううう……なんだか一杯整理しなくちゃいけない事が多すぎて、ついていけないよぉ。


 「とりあえず分かっていて欲しいのは、パソコン初心者が一番初めに躓くところは、電源スイッチを探すところだという事だ。
  テレビみたいにきちんと電源って書いてくれればいいのにな」

 「そんなパソコン視点な改善点なんて聞いてる余裕ないです」

 確かにあの電源マークはパソコンに触った事無い人には分かりにくいかもしれないけども。
 だからどうした?







 3月25日 土曜日 「頼りになる人。ならない人」

 「うーんうーん、どうしよう……」

 「千夏さん。どうしたんですか? なにか酷く悩んでいるようですけど……」

 「そりゃ悩みますよ雪女さん! スパイを探してたら、なんだか良く分からないけど自分のおじいちゃん見つけちゃうし!!
  どうなってるんですかこの世界は!? 人生ってそういうものなの!?
  他の人も大体そういう事経験してたりするの!?」

 「普通の人はまずスパイを探す事が無いと思いますけど……」

 そりゃそーだ。


 「ああーんもうっ!! これからどうすりゃいいのか全然分かんないよ!! こんなに悩んじゃ知恵熱が出るよ!!
  オーバーヒートするよ!!」

 「どうどうどう……。ほら、落ち着いてくださいよ千夏さん。バナナあげるから。東京ばなな」

 「がるるる……いただきます」

 雪女さんから貰った東京ばななを食べながらこれからの事を考えるのですが、やっぱり何をして良いかなんて思いつきません。
 スパイなんて探している場合じゃない気がするし、だからといって他に何かする事なんて無いし……。



 「はぁ……もう頭の中がめちゃくちゃだよぉ……」

 「千夏さん! こういう時は座禅でも組みましょう!! そうして心を落ち着かせるのです!!」

 「座禅……? 悟りでも開くというのですか?」

 「ええそうです。悟りです。悟りを開けば全部解決なのです!!」

 なんかどこかの新興宗教みたいな押しの強さになってますよ。ちょっと怖い。

 「でもまあいちおうやってみない事もないですね……」

 「やりましょうよ! 今ってね、結構座禅ブームらしいのです!!」

 「へぇ。そうなんですか。現代の社会人はよほど疲れているのですね。可哀想」

 「さっきまでの千夏さんも結構かわいそうな部類に入ってましたよ」

 それは放っておいてください。





 「座禅って具体的に何すればいいんですか?」

 「あぐらかいて座るのです。それが基本的なスタイルとなりますね」

 「ふーん。それで?」

 「目を瞑って、大宇宙の事を考えるのです」

 「最初から飛んだ思考を展開させなきゃいけないのですか? なんだよ大宇宙って。規模がでかすぎるわ」

 「じゃあ近所のスーパーの事を考えればいいと思いますよ」

 「急に思考が所帯じみてみた」

 というか別になんでも良いんでしょ?


 「じゃあとりあえず始めてみますね。うむむむむ……」

 「そう! その意気ですよ千夏さん!! もっともっと意識を集中させて!!」

 「うっせえ! そんなに隣でぎゃーぎゃー叫ぶなよ!! 気になって瞑想なんて出来るわけないでしょ!!」

 「えー? せっかく応援してたのにー。私の好意がぐっちゃぐちゃに踏み潰されたー」

 雪女さんの好意うぜぇ。





 「……だめだー。全然思考がまとまらないー」

 「やっぱり座禅でもダメでしたか……」





 「千夏さん……いいですか? 悩みと立ち向かうのは確かに素晴らしいことかもしれませんけど、でもそれに負けてしまったらどうにもならないのです。
  だから適度に気を抜かないと……」

 「雪女さん……」

 「たまには私たちに頼ってくれてもいいんですからね? ひとりで悩んでいるよりもずっと健康的ですよ。
  こう見えても私たち一家は、全員千夏さんの事を気にかけているのですから」

 「ありがとうございます……。そうですよね。私はひとりじゃないんですよね。たまには雪女さんとかに頼っても良いんですよね」

 「おうよ! そうですとも!!」

 「じゃあさ、私はこれからどうしたら良いと思いますか? 雪女さんなりの意見を聞きたいのですが?」

 「寺に入れば全て解決だと思います」

 「違う。座禅のことに関して聞いているわけじゃないんですけど?」

 やっぱりあてになんねー。この雪女は。








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