4月2日 日曜日 「世界平和のために」

 「どうしよう千夏お姉さま? 私、ノーベル平和賞ものの大発明しちゃいました」

 「今日は4月2日ですよリーファちゃん? もうエイプリルフールは終ったんですけど?」

 「ウソじゃなくて事実だから仕方ないのですよ。やったぁ! これでお金が一杯貰えて有名人になれるぞー!!」

 「なんですかその小学生が抱きそうな野望は……。しかも大発明なのにノーベル平和賞ってなんなのよ?
  化学賞とかじゃないの?」

 「私の発明によってひとつの戦いが終焉に向かうのですよ。それは多くの人の命を救うことになるのです」

 「また大きく出たなぁ。だから平和賞なの?」

 「そういう事ですね。ああ、これでひとつ人間の業が解放された」

 「まあそういうのは勝手ですけども……で、その発明とは何なのですか?」

 「ふふふふ、その発明とはですね……聞いても驚かないでくださいよ?」

 「そのセリフを言うって事は驚いて欲しいって事なんでしょうけど、とりあえずさっさと話せよ。
  そういうもったいぶり方はすっごく嫌いなんですよ」

 「その発明とはですねぇ、『缶入りコーンポタージュの中に入っているコーンを全て綺麗に食べる事が出来る方法』です!!」

 「…………そうっすか」

 「この方法が世界に広まれば、各地で起きている紛争が無くなりますよ!! まさに、世界は平和に!!」

 「別に世界中で起きている紛争はコーンポタージュのコーンによって生み出されたものじゃないでしょうが!!
  なんだよ! その穀物が原因となった戦争って!! そんなのがあったら人類に絶望するわ!!」

 「え? そうなんですか?」

 「そういうものだと思ってたの!? その平和すぎる思考にびっくりだ!!」

 リーファちゃんみたいな頭の人が世の中に増えればきっと世界は平和に包まれるのでしょうね。
 暗殺者だけど。

 「でも世界にはいっぱい戦争があるのだから、ひとつぐらいはコーンポタージュによって引き起こされた戦争があるはずですよね?」

 「無いよ。あっちゃいけないよ」

 「むむむ……そうですかぁ。ちくしょう。これでノーベル平和賞獲得計画が水の泡に……」

 「残念でしたね」

 「でも大丈夫です! 私、そんなことじゃあめげませんから!!」

 「その前向きさは羨ましい。うざったいぐらいに……」

 本気でそう思いますよ。




 「あ、そういえば洗濯した時に洗濯物が絡まって出しにくくなるのを解決する方法があるのですけど、
  それを世界に広めれば飢餓が無くなったりしますかね?」

 「しませんよ」

 「そうですか……」

 夢を持つのは良い事だと思いますよ。
 まあなんていうかその……頑張ってください。世界を救うために。




 4月3日 月曜日 「もらい物」

 「わぁ〜♪ 信じられない!! こんな物が貰えるなんて夢みたいだわ!!」

 「なんですかもう雪女さん……? 玄関先で大声なんてあげちゃって」

 「すごいですよ千夏さん! なんとですね、こんなもの貰っちゃったんです!!」

 そう歓喜の雄叫びをあげている雪女さんが見せてくれたのは、生魚のお刺身のようなもの。
 ……誰に貰ったかしりませんが、あまりにも喜びすぎだと思います。
 なんだかウチが可哀想な家計みたいじゃないか。事実そうですが。

 「千夏さん! もっと驚いてくださいよ!!」

 「いや、でも、ねえ……?」

 「これ、フグの刺身なんですよ!?」

 「え!? フグの刺身ですって!?」

 なんと、あの刺身の中でも極上の味を誇ると噂のフグの刺身ですと?
 それは確かにすごい! 我が家の家計ではおそらく一生縁が無いであろう一品じゃあないか!!
 いや〜、思わず拝んでしまいそうになりました。




 「……って、こんなもの誰から貰ったの? 私たちにはこんな気前の良いお隣さんなんて居ないはずですし。
  というか、お隣さんが居ないですし」

 「近所をウロウロしていたヤクザっぽい人から貰いました」

 「うわー! 絶対毒抜きされてないじゃん!!
  この刺身、私たちを殺すための兵器じゃん!!」

 「兵器だなんて失礼な!! フグさんに謝りなさい!! 彼らに罪は無いのだから!!」

 「それもそうですね。ごめんなさい」

 …………じゃなくて。



 「雪女さん。そんな危険なもの、さっさとポイしちゃいなさい」

 「な、なんですって!? この刺身を捨てる気なんですか!?」

 「食べる気なの!? だって、毒が思いっきり盛られてそうなのに!?」

 「ヤクザみたいな人から貰ったってだけで恐がりすぎです!!
  もしかしたら、本当はただ優しいだけの一般市民かもしれない。
  ただほんのちょっとの出来心でドスを懐に忍ばせているような」

 「どんな一般市民だそれは!!」

 っていうかドスを持っていたのなら、思いっきりヤクザに間違いないじゃないですか。
 絶対にこの刺身食べれないよ。




 「こんなもの……えーい!!」

 「きゃああああ!! 何するんですか千夏さん!!
  フグが! フグの刺身がぁ!!」

 「目を覚ましなさい! あいつらは私たちからお金を取り返そうとしてるのですよ!?
  見え見えの罠になんかかかるな!!」

 「ううう……そうですよね。フグになんて騙されちゃダメなんですよね。
  ごめんなさい千夏さん……私、どうかしてました」

 「分かれば良いんですよ分かれば。
  これからは気をつけてくださいね? 見知らぬ人から刺身なんてもらわないの」

 「分かりました……じゃあ、今日の夕飯はフグの刺身ではなくて、またもやヤクザっぽい人からもらったキノコで……」

 「だから、そういうのを貰うのは止めなさいって!!!」

 本当にいつか殺されちゃいますよ。
 今の時代に服毒で。



 4月4日 火曜日 「コタツ一式からのお願い」

 「いやぁ……なんだか最近暖かくなってきましたねえ。ようやく冬も終わりですか。
  もうこのコタツもいらないかも」

 冬の間は人を癒すオアシスとなるコタツですけども、春を過ぎればただの使いにくいテーブルになりますからねぇ。
 早い時期に仕舞ってしまうのが良いかもしれません。時期を逃すと、一年中出っぱなしという状況になりかねないですし。



 「待て……待つんじゃ……」

 「え? 誰……? 誰なんですか!?」

 私は突如聞こえてきた怪しい声に向かってそう問いかけます。

 「何を言っておるのじゃ。わしはそなたの目の前におろうが」

 「もしかしてあなたは……コタ」

 「そう、コタツに付いている電源ケーブルじゃ」

 「そっちか!? そっちだったのか!? ちょっと早とちりしちゃった!!」

 まさかオプションの方が話しかけてくるとは。


 「で、何の用ですか電源ケーブルさん?」

 「実はの、コタツを仕舞うのをちょっと待って欲しいんじゃ」

 「それって別に電源ケーブルには関係ないんじゃ……」

 「何を言うか! 電源ケーブルとコタツは一心同体!
  お好み焼きソースとマヨネーズの関係なのじゃよ!?」

 「その喩えはどうなんですか」

 まあ言いたい事は分かるけども、あなた達はソースやマヨネーズみたいに単体でも十分個性があるとは言い切れないのですが?
 特に電源ケーブルが。

 「それにコタツさんもわしと同じ願いを抱いておる。まだ押し入れの中に入りたくないらしいのじゃ」

 「へぇ。そうなんですか。でもそんな願いがあるのなら、自分の口で言いなさいなコタツさん」

 「ほら、コタツさんは口下手な人だから」

 「それは初めて知りました」

 「赤面症だし」

 「赤外線ランプの光がね」

 「だから、わしが代わりに喋っているのじゃ」

 「はぁ、そうですか……」

 「そういう訳で、わしらを仕舞うのは少しだけ待ってもらえないじゃろうか?」

 「だから、なんでですかっての。
  理由もなくコタツを出しっぱなしにしてはいられませんよ」

 「実はわしら……夏の花火を見たことが無いんじゃ!!」

 「夏の花火、ですか?」

 「そう。日本人なら誰でも肌で感じた事のある光景。風流と言ったものをわしらは経験した事がない!!」

 そりゃあ冬に大活躍のコタツ一式ですからねえ。

 「一生のうちに一度でいい!! わしは、夏という時で見る花火を求めておるんじゃ!!」

 「そういうが見れただけで満足なんですか……?」

 「あなたのような恵まれた人には分かるまい。
  冬以外はずっと押し入れの中で生活している者の気持ちが」

 そりゃあまったく分かりはしませんけど。



 「……しょうがないですね。そういう事なら少しの間だけ出しっぱなしのままで良いですよ」

 「ほ、本当かい千夏さん!?」

 「ええ。ただし夏までだからですね?」

 「おおっ! なんと心優しいお方じゃ!! まさに仏さまのよう!!」

 まあだてに神様の仮免許を持ってないって事ですよ。
 そんなに拝まないでください。





 …………まあ問題なのは、我が家の立地条件では夏祭りなどの打ち上げ花火を見ることができないって事なんですよね。
 ミサイル爆撃による火花ならわりかし見ることができそうなのだけど。



 4月5日 水曜日 「吐いたモノ」

 「ごふんっ! げふんっ!!」

 「あらあら千夏さん……そんなに豪快な咳しちゃってえ。
  どうしたんですか? 無料だからといって、蕎麦屋の七味唐辛子の使って唐辛子ソバを作ったとか?」

 「そんなせこい事するわけないでしょうが!! 私の事を何だと思ってるんですか雪女さん!!」

 「あ。もしかしてうどんの方だったとか?」

 だから違うっての。


 「普通にここ最近の劇的な気温の変化に踊らされて、体調を崩しただけですよ。
  人の事を牛丼屋で紅しょうがを山盛りにする人みたいに言わないでください」

 「で、大丈夫なんですか? 身体の方は」

 「まあ幸いな事にまだ熱は出てないみたいです。ちょっと喉が痛いだけですよ」

 「大変そうですねえ」

 「またえらく他人事みたいに……げほっ! げほっげほっ!」

 雪女さんに文句を言ってあげようかと思ったのですが、咳の奴によって阻止されてしまいました。
 あーあ。嫌だなあ咳。身体の芯まで響く衝撃が気持ち悪いよ。




 「げほっ……うっ!? おえ!!」

 「うわぁ!? 千夏さんが何か吐いた!? きったなぁい!!」

 「それが体調を崩している人間に向かって吐くセリフかこのやろう」

 今は気分が悪くて無理ですけど、全快したら雪女さんのスネに冷蔵庫ぶつけてやる。投げつけてやる。



 「って千夏さん!? これ! これ見てくださいよ!!」

 「これってどれですか?」

 「千夏さんが咳の勢いによって吐いた物体!!」

 「そんなもん見たくねえよ」

 「そう言わずに!!」

 「だからなんでそんな必死に……って、なんじゃこりゃあ!!??」

 私の目の前にあるのは、ひとつの歯車。
 そう。あの、よくおもちゃの中や古い時計に入っていそうな、あの歯車です。
  それを、私が吐き出したのです!!


 …………いちおう言っておきますけど、私は歯車を口に含んで飲み込んでしまうほど、頭が若すぎる子ではありませんからね?
 そんな事、加奈ちゃんでもしないっての。



 「ゆ、雪女さん……。これ、どうしよう? 何か私の大切な部分の歯車だったんじゃないかな?」

 「……ほ、ほら! 普通に生活していたらいつの間にか歯車が歯に引っかかっていたなんてよくあることですし……」

 「ひどい慰めを見た!!」

 もう本当にガタが来始めてるのかなぁ。私の身体。
 ちょっと怖い。




 4月6日 木曜日 「夢の話」

 「はふぅ……。まったく、最近眠たくて仕方ないですねえ。どうしてくれようかしら」

 「いわゆる春眠暁を覚えずって奴ですね千夏お姉さま?」

 「まあそうですね。いわゆる春眠です」

 「この時期になると良い夢がいっぱい見られて幸せですよね」

 「なんとなくメルヘンな事言ってんじゃないよリーファちゃん」

 あと、見る夢に季節は関係ないだろ。

 「千夏お姉さまは今までで見た夢の中で、すっごく幸せだったものとか覚えてますか?」

 「そんなもん覚えているはずないですよ。というか幸せだった夢をずっと覚えている人なんて、なんとなくかわいそうに思える」

 「私の一番良かった夢はですねえ……」

 「リーファちゃんは覚えてるんだ!?」

 「夢の中で寝ている夢でした」

 「そして予想以上にかわいそう!?
  もっと良い夢見なさいよ!!」

 「だって夢の中で寝てるんですよ?
  二度寝より幸せに決まってるじゃないですか」

 「なんで幸せの基準が二度寝なんだよ」

 まあささやかな幸福度としては満点かもしれないけれど。
 でもそれじゃあ満足できないでしょ。



 「ちなみに、お姉さまはすっごく怖い夢とか見たことあります?」

 「まあたまにそういうのは見ますけど……」

 「どれぐらい怖い夢ですか? ピラニアぐらい?」

 「私は日本育ちなのでピラニアの恐ろしさを知りません」

 「アヌビス神による裁判ぐらい怖かったですか?」

 「エジプトに住んでいないので、自分の心臓と鳥の羽を秤にかけられる恐ろしさなんて分かりません。
  というか、エジプトに住んでる人だって分からないよ」

 「私が今まで見た夢の中で一番怖かった夢はですねぇ……」

 「リーファちゃんって割りと自分勝手ですよね」

 「コオロギによって地球が征服された夢ですかねぇ……」

 「それは確かに悪夢ですね!! というかコオロギに征服される人類って弱い!!」

 「千夏お姉さまはどんな悪夢を見てたりしました?」

 「えっとですね…………家族全員がひとつの桃缶をめぐってガチで殺し合いをしてた夢ですかね」

 「普通に現実で起こりえそうですね」

 だから余計に怖いのですよ。




 4月7日 金曜日 「ゴミの分別」

 「もーっ!! 誰だよこんな事した奴!!」

 「ママー? なに怒ってるのー?」

 「ああ、加奈ちゃん……。あのですね、燃えるゴミの箱の中に空き缶を入れた奴がいるんです。
  だから怒ってるんですよ。きちんと分別しないと持っていってくれないのに」

 「うぅ……ごめんなさいママ。それ、カナがやったの……」

 「え!? 加奈ちゃんが!?」

 「うん……」

 そういえば加奈ちゃんにゴミの分別の仕方なんて教えなかったなあ。成長の仕方が不規則すぎて、そんな事すでに知ってると思ってましたよ。



 「良いですか加奈ちゃん? もうこんな事をしてはいけませんよ?
  ゴミはちゃんと分別しないといけないものなのですから。
  そうしないといっぱいの人たちが困っちゃうの。わかった?」

 「は〜い……」

 「じゃあテストしていい?」

 「てすと?」

 「そう、テスト。じゃーん! 私が持ってるこのお菓子の箱は、燃えるゴミでしょうか? それとも燃えないゴミでしょうか?」

 「えーっと…………『燃え渋るゴミ?』」

 「なんですかその多大な力を秘めていそうなゴミの種類は。
  正解は燃えるゴミでーす」

 「あうー! 悔しい〜」

 っていうかよく燃え渋るなんて難しげな言葉が出てきましたね。
 ちょっと親としてびっくりなんですが?




 「それじゃあ第二問。この空き缶は一体どういうゴミでしょうか?」

 「いつか多くの人を乗せて走る電車になれるかもしれない空き缶ゴミ」

 「すごい可能性を秘めたゴミみたいですね!! でも残念!! そういうゴミじゃないですから!!」

 「うぅ……難しいなぁ」

 加奈ちゃんが先ほどから口にしている言い回しの方が難しいと思いますけど。


 「じゃあママー。アンテナがついているようなゴミはどういう風に捨てたらいいのー?」

 「アンテナがついてるゴミですか? そんなもの適当に…………」

 って、それってもしかして私の事!?




 4月8日 土曜日 「バカンスとか」

 「バカンス行きたいなあ。バカンス」

 「バカンス……? それってなんですか?」

 「雪女さんバカンス知らないの!?
  いくら一生縁が無さそうな事柄だからと言っても、言葉ぐらいは知っていてもいいのに……」

 「今の一文ですっごくバカにされている事は理解できました」

 「バカンスってのはあれですよ、休養のための小旅行? そんなニュアンスです」

 「えらく輪郭がぼやけた説明ですね……」

 「雰囲気で分かれば良いんですよ雰囲気で」

 「つまり……息抜きに健康ランドに行くのはバカンスって事ですか?」

 「違うよ。なんで近くの健康ランドに行くことが小旅行なんだ。普段どれだけ行動範囲狭いんだよ」

 「じゃあ沖縄の健康ランドに行くのは?」

 「それはバカンス」

 「難しいですね……」

 「自家用車や電車以外の乗り物で行くのがバカンスなんですよ。多分」

 「じゃあ中学生くらいの子がやるような夏休み自転車旅行も?」

 「いいえ。違います。あれは単なる若さ故の疾走なのです」

 「若さ故の疾走って、もしかして失踪とかけてます? 家出っぽいし」

 「かけてません」

 「なるほど。どうりでバカンスじゃないわけだ」

 どういう意味やねん。




 「でもどうして千夏さんは急にバカンスなんかに行きたくなったんですか?」

 「急にって言われましても、だいたいこういう事は急に思いつくものでしょうが。
  それとも3ヶ月ぐらい前から徐々にバカンスに行きたくなるものなの? 行けよ。3ヶ月前にバカンス」

 「つまりリフレッシュしたくなったんですね?」

 「まあそういう事です。
  最近いろいろなストレスを溜め込む状況になっちゃってるんで」

 「そうですかぁ……。
  じゃあ、私がバカンスをプレゼントしちゃいます♪」

 「え!? それ本当ですか雪女さん!?」

 「本当ですよ。千夏さんにはいつもお世話になってますから」

 「わーい! やったあ♪ リフレッシュするぞー!!」

 雪女さんがくれるバカンスとはいったい何なんでしょうか?
 もしかして温泉旅館の宿泊券とか!?
 もしくは海外旅行!?


 「はい。これをどうぞ」

 「え? これって……」

 「自転車です」

 「だから! そういう自転車旅行はバカンスじゃないってば!!」

 「どうぞ、思いっきり盗んだバイクで走り出してください」

 「しかも盗品なのかよ!!」

 とてもじゃないけどリフレッシュできません。








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