4月16日 日曜日 「作戦開始」
「さあ! リーファちゃん、アクションスタートですよ!!」
「……お姉さま、本気であの作戦やるつもりだったんですか?」
「もう! みんな毎回本気かどうかなんて聞くのね!! あったりまえの本気だっていつも言ってるじゃないか!!」
「……なるほど。どうしようもなく本気だったのですね」
「そうです。だから諦めなさい」
「はい。諦めます」
あら。なんて物分りの良い。
さすが私の妹を数年やってきただけの事はありますね。
っていうか数年の関係でしかない妹ってのも珍しいですよね。
「じゃあ、さっそく行ってみようか。もう1回復習しますけど、リーファちゃんはヤクザさんの屋敷の前で……」
「仮死状態でしょ」
「うん。そう、それ。出来るようになった?」
「無理ですよ。一日そこらで見につく技能では無いですってば」
「そっか。でも大丈夫。念のためにトリカブト持ってきたから」
「うん。普通に死ねますね」
「そして仮死状態になった後ですけど……」
「多分私、その時点で死んでいると思うんですけど?」
「ヤクザさんたちに屋敷に入れられて、そしててんやわんやの大活躍」
「てんやわんやは大活躍の状態を表すには不適切であると思います」
「そんな感じで頑張っていきましょうか」
「そうっすね」
「おお。やる気だねぇ。もっと嫌がるかと思ったのに」
「嫌がったら止めてくれます?」
「ううん」
「だからですよ」
すごいですよリーファちゃん。何かを悟ってしまった感じです。これで一歩神の元へと近付きましたね。
そうでなくても今から死んでしまいそうですけど。
「じゃあ私は草葉の影に隠れてますので、思う存分アクションをスタートさせてください!!」
「はぁ……う、うわぁー。急に持病の心臓病がー。これは死んでしまうー」
「すごい! 凄い大根役者ぶりだよリーファちゃん! その調子!!」
「うるさいですよお姉さま!! ……こほん。ああー。もうダメだー。死ぬー」
「いいですよリーファちゃん。そのまま仮死状態になっちゃってください!!」
「くそ……勝手な事を……。ふらふら〜、パタ」
美味しそうな大根の如き芝居を見せてくれたリーファちゃんはヤクザのお屋敷の前の道で倒れました。
さすがですね。私だったら絶対に助けたいと思わない。
「でもとりあえず作戦の第一段階は成功です。これできっとヤクザさんたちがリーファちゃんを回収しにくるはず!!」
ふふふ……今日がヤクザどもの命日となるはずです!!
――1時間後。
「……お姉さま、まだですかね?」
「もうちょっと。もうちょっと粘ってみて」
「でもですね、さっきから私の上をアリンコがはいかいしているのですが?」
「多分リーファちゃんを巣穴に運ぼうとしているんだろうね。まあ我慢して」
「私は砂糖菓子なんかじゃないよ!!」
「こら。大声だすのやめなさいってば。一応死んでいるって事になっているんだから」
あ。ちなみにこの会話はですね、ただの姉妹間で行われているアイコンタクトなので気にしないで下さい。
すごいでしょ? 我が家のアイコンタクト。
――2時間後。
「お姉さま! アリが! アリの大群が攻めてきました!! 攻撃してきました!!」
「そりゃあ大変だなぁ」
「なんて他人事!?」
「ちょっと飽きてきました」
「私は2時間15分前から飽きてましたよ」
「作戦開始前じゃないですか」
「作戦を聞かされた時からテンション下がりっぱなしなんですってば。
それはともかく、このアリたちをどうにかしてください。
このままだとヤクザさんたちの屋敷に入るより、アリの巣穴に運ばれてしまいそうですよ」
「それはそれで」
「何が!?」
――3時間後。
「おねーさまー。タスケテー。気のせいか、2センチ程運ばれている気がするー」
「……」
「……お姉さま?」
「……ぐぅ」
「寝てるな!? 寝てやがるんだな!?」
「うーんむにゃむにゃ、もう食べられないよぉ」
「そんなベタな寝言まで!? なんてのんきな!!」
結局、一日粘ってみてもヤクザさんたちは出てきてくれませんでした。
この引き篭もりヤクザめ。
「活動的なヤクザはそれはそれで困りますけどね」
確かに。
4月17日 月曜日 「役作りの仕方」
「さて、昨日の反省会を開きましょうか」
「そんなのどうでもいいです。さっさと忘れさせてください。
というか思い出したくもない」
「リーファちゃんは昨日の作戦、どうして失敗したと思う?」
「根本的な構造欠陥があったから成功に至らなかったのだと思います」
「ほほう。その根本的な構造欠陥とは?」
「日本人は、事なかれ主義」
「そうか! だから放っておかれたのか!! なんて事だ!!」
「というかですね、誰だってヤクザの屋敷の前で倒れてる人には警戒しますよ。
怪しげな、ううんむしろヤバげな雰囲気が漂ってますもん。触らぬ神になんとやらです」
「う〜ん……でもさあ、リーファちゃんがもっとリアルな演技したらちゃんと騙されてくれたと思うんだよね」
「リアルな演技と言われてもですね、仮死状態になった経験が皆無な私にリアルな演技を求められても困ります」
「暗殺者の癖に仮死状態にもなったこと無いなんて、スッゴく甘ったるい戦場で生きてきたんですね」
「ターゲットが全員千夏お姉さまみたいな人たちだったんで命の危険にさらされた事が無いんですよ」
なるほどね。…………ってどういう意味だそれ。
「よし! じゃあリアルな仮死体を演じるためにも、トラックに轢かれてみてよ!!」
「なにさらりとおぞましい事を言ってくれてるんですか」
「百聞は一見にしかず。百見は一触にしかず」
「誰がトラックと高速で触れ合いたいと思いますかね」
「じゃあダンプカーにしとく?」
「むしろ重量がアップしてる感じじゃないですか!!」
「こんな事じゃ一流の役者にはなれないよ! 世界のトップクラスの俳優さんはねえ、これくらいの役作りは簡単に済ませて……」
「いつからトップクラスの俳優は超人の集まりに変貌したんだ!
そんな奴らの演技で泣かされたり感動したりしたくないよ!!」
確かに。どんな感動的な映画だとしても、役者がトラックに轢かれながら役作りしていると思うと笑ってしまいますね。
「じゃあまずはレベルを落として三輪車に轢かれてみようか?」
「千夏お姉さま、いい加減にして……」
そんな心底疲れた風に言わなくても。
4月18日 火曜日 「雪女さんの番」
「よし! 今日は雪女さんが主役ですよ!! 良かったね! 本当に!!」
「主役って言ったって、どうせヤクザさんたちの屋敷に殴り込みに行く人とかそういう意味なんでしょう?」
「すごい! ズバリ正解ですよ! ご褒美に飴あげます」
「いりません。
というか、昨日まで一緒につるんでいたリーファさんはどうしたんですか?
遊ぶならあの子とやってくださいよ」
「私は遊んでるつもりなんて微塵もありませんっての。
ちなみにリーファちゃんは三輪車との接触事故により入院中です」
「弱っ!? 三輪車にぶつかって入院したんですか!?」
まあ精神的な原因が強かったらしいですけどね。
「というわけで私には雪女さんしか居ないのですよ」
「くっ……何気に嬉しい言葉を吐いてくれるじゃないですか。
いったい千夏さんは私に何をさせるつもりなんですか?」
「ちょっと小脇に核弾頭を抱えてタックルを」
「カミカゼ特攻にも程があるでしょう!?」
「あはははは、冗談に決まってるじゃないですか」
「そりゃそうですけど……」
「核弾頭なんて、効果範囲が大きすぎます。もっと手加減しないと」
「冗談ってそっちなの!?
爆弾を小脇に抱えては冗談じゃないの!?」
「現実にやってくれたら嬉しいな、と思ってる」
「ろくでもない小学生ですね」
私もそう思います。
「じゃあ雪女さん、何かヤクザたちを退治する良い方法ありませんか?
もしそれが役に立ちそうだったら、メガンテ要員から外してあげます」
「私はいつの間にかそんなカテゴリーに入れられていたんですか……。
ええっとですね、例えば、話し合いで解決してみるとか」
「ダメに決まってるじゃないですか。だって、もう私を狙って鉄砲玉が送り込まれてるんですよ?
その段階はとうに過ぎ去っているんです」
「やっぱりそうですか……。じゃあ、金で解決とか」
「その金が原因でこうなってるのに何言ってるんですか」
「それなら……屋敷の前に毒入りのまんじゅうを置いてですね……」
「それ、先日私たちがやった作戦と同じレベルですよ」
「一応、あれが失敗だったというのは自覚してたんですね」
うるさいやい。
4月19日 水曜日 「女神さんの番」
「さあ女神さん! 今こそ愚かな民たちに、主にヤクザどもにその力を見せてやるのです!!
ここ一番の目立ち時ですよ!」
「あれー!? 昨日は雪女さんとそんな事やってませんでしたか!? 彼女はどうしたの!?」
「春なので溶けて消えました」
「一年以上一緒に居て、夏だって無事越えた記憶があるのにその言い訳!?」
「まあ居なくなった人の事なんてどうでもいいじゃないですか。大切なのは今生きている私の事です」
「え? 死んだの? 本当に死んでしまったの?
何故!?」
「二階級特進です」
「戦死したんですか!?」
惜しい人を亡くしたよ。ホント。
「どうして戦死なんか……」
「いやぁ。まさか春先のゴキブリがあそこまで手ごわいものだったとはね。
武力を出し惜しみせずにバルサン使っていればよかった」
「ゴキブリなんかに殺されたんですか。それは死んでも死にきれない」
「だから、居なくなった人の事はどうでもいいんですってば。
それよりも大切なのは、今日はいよいよ女神さんがヤクザさんちに突撃する日だって事です!! 応援してますよ女神さん!!」
「何勝手に今日の予定をマイカレンダーに書き込んでくれてるんですか!!」
「あれ? やりたくないの?」
「当たり前ですよ!!」
「はあ……女神さんにはがっかりだよ。同じ神様の身として、あなたには期待していたのに」
「仮免神様の癖に何を言うのですか」
「昔の女神さんはそんなんじゃなかった!! 出番のためならば、死さえ恐れはしなかったのに!!」
「自分の事ながら割と刹那的な生き方してたんですね」
「しかし今の女神さんはどうですか!? こんなにふぬけになって……これじゃあまるで牙を抜かれた狼だよ!!
肩にスパイクの無いザクUだよ!!」
「そこまで言わなくてもいいじゃないですか。しかも最後の喩えはどうなのか」
「まるで……地球破壊爆弾を奪われたドラえもんじゃないですか!!」
「そんなに地球破壊爆弾はドラえもんにとってのアイデンティティを占めてませんから!!」
「まるでポリバケツの……」
「喩えはもういいんですってば。
というか、ポリバケツでどう喩えようとした?」
「お願いですよ女神さん。私にはあなたしか頼る神様は居ないんです。まさに神頼みなのです」
「はあ……仕方ないですね。分かりました。協力いたしましょう」
「やったあ!! これでヤクザたちをぶっ倒せるぞ!!」
「それで、私はいったい何をすればいいのですか?」
「じゃあまずはですね、雪女さんが失敗した爆弾を小脇に抱える戦法を……」
「雪女さんが死んだ本当の理由ってそれでしょ!?」
いや、だから、ゴキブリがね……?
4月20日 木曜日 「神様にお願い」
「う〜ん……どうしようかなぁ」
「ん? どうかしたのか千夏?」
「ああ、ウサギさん……。あのですね、これを見てくださいよ」
「これって……手紙の束?」
「そう! 手紙の束です! なんとですねっ、私宛てのラブレターがいっぱい届いてきているんですよ!!」
「さっきちらりと見た感じでは赤黒く変色した液体で宛名が書かれていた手紙があったけど、あれもラブレターなんだ?」
よく見てますねウサギさん。
「実はですね、これらは仮神様である私への要望書なのです。巷に溢れている愚民どもがせっせと送ってきやがるのですよ」
「えらく高い視点から見下している神様だな」
「神様だからこそです」
「なるほど。なんとなく納得してしまった」
「でしょう? ……まあそれはいいとして、毎日こんな手紙が送られてくるもんですから、参ってるのです」
「神様への要望書ってどんな事が書かれてるんだ?」
「よくありがちな願いですよ。
この人たち、もしかして神様だったら無償でなんの垣根も無く願いを叶えてくれると思っているんじゃないでしょうね?
こういう立場に立って初めて理解しましたが、結構うざい感じです」
「まあ神様ってのは大抵善人なイメージがあるからな」
「変な先入観で神様を見るのはやめて欲しいです」
「なんと言い表せぬ違和感を感じるセリフなのだろうか。
まあそれは置いといて、その手紙ちょっと見ていいか?」
「どうぞどうぞ。中にはねー、結構笑える物もあるんですよ」
「別にラジオのネタ投稿じゃないんだから」
「例えばこれ!
『私の村に雨を降らせてください』ですって! あはは、21世紀にもなって!!」
「割と深刻そうだろそれ!? 願い叶えてやれよ!!」
「そう言われても、私は雨を降らせる事なんて出来ません。神様じゃあるまいし」
「いちおう仮免許持ちだろうに」
「私なんかに出来るのは、滅びかけている村の事を思って涙という心の雨を降らせるぐらいしかできないのです」
「なんか綺麗にまとめちゃったな」
「ああ! あとこれ! これも笑えるんです!!
『愛しい彼女とずっと一緒にいられますように』だって。あはは!
思わず3回程黙読するほどの逸品ですよ!!」
「確かに付き合い始めの浮かれ痛さがあるけど、まだ普通じゃないか」
「何を言ってるのですかウサギさん!
こんな事を神様に頼んでいるって事はですね、自分の力だけではずっと一緒には居られないと大声でのたまってるのと同じなのですよ!!
神様に頼まなきゃ維持できない愛なら、さっさと捨てちまえ!!」
「まあ別にそういう弱気さでお願いしたんじゃないと思うけどな」
「それもそうですね。ちょっと熱くなりすぎました。
その礼と言ってはなんですが、この手紙の彼には『浅はかできちゃった結婚の奇跡』を差し上げる事にします」
「雨は降らせられないのにそういう事は出来るのか」
「仮免許神様ですから」
「仮免許すげえな」
「いやぁ、人を幸せにするのは気持ちいいですね。
多分、フリーターの彼氏が中途半端に父親になれずに困惑したり、あまりの収入の少なさに愛が削られ愚痴ばかりが増えた専業主婦に彼女が変化したりするんでしょうけど、知ったこっちゃないです」
「割とシビアな神様だな」
女の子ですから、現実はきっちり見てるのです。
有名人のできちゃった結婚カップルが幸せそうなのは、彼らは収入というものがきちんとしているからなんだろうねとか思ったりするものなのです。
一般人じゃなかなかこうはいかない。
「あ。このお願いも面白いんですよ。
えっとですね、『もう二度と爆弾を抱えてヤクザに突っ込まされませんように』だって」
「それって……」
何はともあれ、生きてて良かったですよ。
というかこの手紙の消印が佐賀のものなんですが、あなたは何故そこにいるんですか?
4月21日 金曜日 「誰かの罠」
それは、私が学校の帰り道にたまたま見つけた自動販売機でジュースを買おうとした時に起こった悲劇でした。
「……」
「……どうしたんだ千夏? 道路の真ん中で自動販売機の受け取り口に片手突っ込んだまま静止して?」
「ああ……良いところに来てくれましたねウサギさん。お散歩か何かですか?」
「この先のコンビニに歯ブラシを買いに行こうと……ってそれはどうでもよくて」
「ウサギさんが言いたい事はわかります。私が何故、このような状態になっているのか知りたいのでしょう?」
「まさしくその通りだけど」
「その気持ちは痛いほどわかりますがね、それでも説明したくない事というのが世界には確実に存在しているのですよ」
「例えば?」
「死ぬほど恥ずかしい失敗とかね」
「ああ、なるほど……。
という事は、その死ぬほど恥ずかしい失敗によってそんな状態になってるんだ?」
「でも、そんなでも、ウサギさんには本当の事を教えてあげましょう!!」
「なんでだよ」
「こういう信頼関係がきっと愛と呼ばれるのだからぁ!!」
「なんだか無理やり自分に言い聞かせてるっぽいな。
そこまでしないと言えない失敗なのか」
「まあ端的に説明しますとですね……これは罠なのですよ」
「誰の?」
「ショカツさんかコウメイさんのどっちかの」
「それは一人の人間しか表してないぞ」
「私は普通にジュースを買っただけなのです。
お金を入れてボタンを押して、受け取り口からジュースを取ろうとしただけなのです」
「ふむふむ」
「そうしたらですね! なんと……ジュースを掴んだ手しゃあ、この受け取り口に引っかかって出られなくなってしまったのですよ!!」
「どこの猿だそれは!!」
猿だなんえ失礼な。
「しかしだな……ジュースから手を離せば良いだけじゃないのか?」
「そんな! 私が買ったジュースは普通のよりちょっと高い500ミリリットルですよ!?
それを手放せと!?」
「せこい! いくらなんでもせこすぎるだろそれは!!」
「これもコウメイの策略のうちか……」
「コウメイって言うより、千夏は自分の卑しい心に負かされてると思うよ」
そんな上手い事言われたら何も言い返せません。
くそう。もしこれがドクターペッパーの類であれば、やすやすと手放してやったのに。
4月22日 土曜日 「不満とかそういうの」
「千夏さんってラップとか好きですよね」
「なんですか雪女さん。いきなりそんな事聞いちゃって」
「いや、ただ何となく聞いてみただけですけど。世間話の類ですよ」
「う〜ん……まあね。結構好きな範疇です。電子レンジで温める時とかに便利だからね」
「サランラップの事を言ってるんじゃないですよ! ヒップホップの方のラップですよ!!」
「ああ。そっちね」
「というかサランラップが好きな人間ってのもどうなんですか。あの透明なペラペラの何処に好意を持てるんだ」
「すぐにしわくちゃになってしまう繊細さとか」
「物も言いようですね」
「実はとても硬い芯を持っている子だからとか」
「もうサランラップの事は良いんですってば」
「ああ。ヒップホップね。うん、大好き」
「でもあれですよね、日本のヒップホップは違いますよね。
やっぱりああいうのは世間への不満や叫びなどをこめたものでないと」
「まあ良くそういう事言う人居ますけども、そういう人に限って何にも考えずにその世間で生きている人だったりするんですよね。
彼らの言う本場が好きだと言うのなら、どこに共感してるんだお前はと言ってやりたくなります」
「わ、私だってですね、この世に対する不満ぐらいありますよ!! 抑圧された自由が、そこにあるのですよ!!」
「例えば?」
「消費税が高い」
「まあ所詮この程度だよね。日本人にはこの程度の悩みしか持つことが出来ないんだよね」
「あ、あれー!? 突っ込まれると思ったら何だか納得されちゃった!?」
「まあ良い事じゃないですか。大抵の人間はそんなものだよ。
電車が少し遅れたぐらいで怒るようなものなんだよ。みんなね、怒りを無駄遣いして生きてるんだよ」
「怒りを無駄遣いですか……?」
「だらだらと生きてるとさ、たまにはもうちょっと意味のあることで怒りたいと思っちゃうんですよね。
だから、無駄遣いな怒り」
「でも別に怒りに絶対量なんて無いわけですから、いくら怒ったって損するわけじゃないですよね」
「ものの例えに決まってるじゃないかボケ。伝えたい事を無視して文面だけの揚げ足取りしてんじゃないよ。
少しはコミュニケーション能力身に付けろや」
「ち、千夏さん!? なんかすっごく怒ってます!? 言葉の端々が尖ってますよ!?」
いけないいけない……。最近まったく休めてないものだから、ストレスが溜まっていたのかもしれません。
これじゃあ本当に怒りの無駄遣いだ。
「でも千夏さん。そういう怒りを歌にぶつけてみるのがきっとラップなのでしょうね」
「別に怒りにこだわる必要は無いと思うのですが……まあ、確かにそういう歌もあっていいと思いますね。
愛だの恋だのは聞き飽きました」
「多分、ミュージシャンの人たちって普通の人の100倍は『愛』という単語を人生で使っているでしょうね」
「そうですね。そしてその次に『温めてください』って言葉を使っているんでしょうね」
「別にミュージシャンはコンビニに通い詰めているわけじゃないと思いますよ?」
でもほら、売れない時期とかもあるわけだから。