『氷の女王』
 それが私の友人の二つ名だった。
 その他にもいろいろ二つ名があるのだけど、どれもこれも少女らしい可愛げとか愛らしさとか、そういうものを感じさせない名前ばかりだった。
 目の前の彼女は、こんなにも表情豊かで、そしてとても可愛らしいというのに。
 まあ仕方ないことだ。彼女が、神凪琴音がこんな豊かな表情を見せるようになったのは、つい最近からのことなのだから。


***

 幕間 「神凪琴音という友人」

***


 ここは天蘭学園の生徒会室。ここで私たちは昼食を食べて、他愛も無い会話に花を咲かせている。
 生徒会役員ではない彼女をここに入れるのもどうかと言われるけれど、私の親友なのだから文句は言わせなかった。
 一応私は生徒会長なのだ。権力はちゃんとある。
 あ、もちろんこんなことばっかりに力を使っているわけじゃないよ?

「雪那さん。なにニヤニヤ笑っているのかしら? あまり、気持ちのいいものではないわよ」
 目の前の彼女がそんなことを言ってくる。
 酷い言葉である。ニヤニヤしてるのは、あなたのせいだというのに。
「琴音さん、最近楽しそうね」
「そうかしら? 自分ではよく分からないのだけど」
 他人から見れば、すぐ分かるというのに。
 時折思い出したように笑みを浮かべ遠くを見つめる最近の彼女は、本当に可愛らしくて、歳相応の恋する乙女である。
 まあ彼女が想っている人のことを私は知っているので、恋煩いと言ってしまっていいのか困るのだけど。

「琴音さん、芹葉さんのこと好き?」
「ええ、好きよ」
 思わず笑ってしまいたくなる。
 だってまるで脊髄反射のように、当たり前のごとく好きだと返答するだなんて。
 琴音さんは自分のしたことに気付いたのか、頬を染めて訂正してくる。
「好きと言ってもあれよ、後輩として好きってこと」
「うんうん、分かってるよ」
 ちょっと私の考えていたこととずれていたけど、まあいいでしょう。
「芹葉さんは、琴音さんのお気に入りだからね」
「……まあね。なんと言うか、あの子は手のかかる妹って感じがするのよ」
「ああ、なんか分かるかも」
 この場にいない人間の話で盛り上がり、そして笑いあう。
 こんなこと、今までの琴音さんだと信じられないな。
「あんな妹が欲しい?」
「そうね。いいかもしれないわね」
 そう言って微笑む琴音さんの表情はとても穏やかで、氷の女王なんて全然感じさせないで、言ってしまえば聖母のよう。
 なんとなくその顔を見てるとからかいたくなってきて、私はちょっと調子に乗って言った。
「それじゃあさ、琴音さんのことを芹葉さんに『お姉さま』だなんて呼ばせてみたら?」
 私のこの言葉を聞いて琴音さんが顔を真っ赤にして怒り、そして私は笑い転げる。
 そういう、シナリオだったのだけど。

「……いいかもしれないわね」
「え!? こ、琴音さん?」
 少し考えて、真剣な顔をして琴音さんはそう答えた。
 多分、本気なのだ。
「どうかしたの?」
「え、いや、でも……」
 少しパニックになる私。
 そうだ、琴音さんはこういう人なんだ。
 天蘭学園といういわゆる俗世間に一年間いてだいぶ馴染んできたとはいえ、琴音さんは元々は世間離れしたお嬢様。
 たまに、こういう世間知らずな所があって、思わず目を点にしてしまう。
 というか、あんなこと言った私がすごく恥ずかしい。ここで琴音さんにさっきの言葉の意味を教えるわけにはいかない。
「あ、あははは……」
「雪那さん。また笑って……」
 何はともあれ芹葉さんに感謝。こんなに琴音さんと笑い合えるのは、きっと彼女のおかげなのだから。

 

 

 後日、琴音さんに頼まれて、首を傾げながらも「お姉さま」だなんてためらい無く呼んだ芹葉さんを見た。
 ……芹葉さん。琴音さんに負けないぐらい、あなたもおかしい。


 



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