宇宙は静寂の詰まった場所だった。空気が無いのだから当たり前だが、音というのが基本的に存在しえない世界だった。
 その空虚な無音を人は非常に嫌う。沈黙ほど人間を不安にさせる要素は無いからだろうか。無音状態におけるストレスは、人が思う以上に心に負担を強いるのだ。
 それを経験として理解している宇宙に生きる者たちは、そのストレスから心を守るために、いつも携帯用のオーディオプレイヤーを持ち歩いていた。そのプレイヤーの中にはお気に入りの音楽や、決して他の人には聞かせる事が出来ない、親族たちからのボイスメールだったりを入れている。言ってしまえば、寂しさを紛らわせるための拠り所。
 そんなものが、宇宙での長期生活ではなにより大切な物になるのだ。


 ミーア・ディバイアはいつものように自室で音楽を聞いていた。最近のお気に入りはアンデスか何処かの民俗音楽で、それを聞いているだけで遠く離れた地球の事を思い浮かべる事が出来た。こういう伝統味溢れる音楽には、きっと地球の生のリズムが刻み込まれているのだと思う。だからこんなにも、故郷を感じる事ができるのだ。
 彼女が今居る場所は、G・Gの遊撃母艦の一室。パイロットに特別に支給された個室だった。こういった軍事施設では大抵誰かと同室となるものなのだが、余計なストレスを溜め込まないために、この宇宙船のクルーには全員個室が支給されていた。
 この事柄を見て分かるように、パイロットに対するメンタル面での気遣いは過剰な程されている。少し過保護に思えるものの、それが何より大事となりえる事をG・Gは十数年間続けてきた宇宙空間内での戦闘経験で知り尽くしていた。

 そんな、自分だけの世界と言える個室のベッドに横たわり、その世界を堪能していたミーアをやかましい警報音が襲う。ビリビリと耳を劈くそれは、不快以外の何物でも無かった。いくら静寂が寂しすぎるとはいえ、この音ばかりはその身に触れたくない。
『ミーアさん! 聞こえますか!?』
「んー……聞こえるよ。どうかしたの?」
 部屋の壁に埋め込まれているスピーカーから、見知った女性の声が聞こえてきた。彼女はミーアの同僚で、確か情報技術処理のエキスパートだと聞いた事がある。軍属の経験は浅いようだが、ミーアとチームを組まされているのだからある程度優秀なのだろう。
 そんな事を、未だフル回転し損じている頭で考えていた。
『本部から緊急出撃命令が出ました。すぐに目標へと進路を取りますので、ミーアさんも格納庫で待機しておいてください』
「出撃、か……。もしかしてどこかの防衛線が突破された?」
 そのミーアの言葉が事実となるのであれば、またいくつかの尊い人命が失われた事を意味する。どこまで死ねば気が済むのかと、不条理な怒りが湧いてくるのを感じていた。
『突破というよりはまたがれたという感じですけど……。目標はG−24と名称。土星軌道第14番防衛線を標準時間8:20に接触。防衛線との交戦の2分後に、姿を消しました』
「姿を消した? いつから竜の奴はそんな器用な芸当が出来るようになったの?」
『それだけならまだ良かったんですけど……。標準時間8:19分。第14番防衛線の20万キロメートル先で、先ほどの竜の同じ型の目標を認識しました。G・GはそれをG−24bと名称。そのG−24bは、防衛線を突破して地球に近付いています』
 1つの竜が消える一分前に、それと同じ姿かたちをした竜が遥か遠くの地に現れた。それも、防衛線を越えるように地球へとジャンプする形で。
 なんとも不気味なその事象に、ミーアは押し黙る。嫌な予感と呼べる物が、彼女の身体を走り回っているような気がした。
「それはつまり……空間跳躍?」
『おそらく。しかも、相手は『一分前の世界』の離れた場所に転移しています。空間だけでなく、時間すらも跳躍したという可能性があります』
「過去軸への逆行は物理学で否定されてるんじゃなかったのかよ」
 そう愚痴るように漏らすが、苛立ちは消えてくれない。『また』竜が人の手から離れた次元での行いをした事に、非常に腹が立つ。人を殺すための力を1つ生み出した竜が、酷く憎らしい。
 事態の深刻さを理解したミーアは、すぐにベッドから立ち上がりクローゼットにかけてあった軍服を羽織る。そのままつけっぱなしだったオーディオプレイヤーのスイッチを切る事もせずに、この船の格納庫へと走っていった。
「それで敵さんは今どうしてるの? まさかその場でじっとしてくれているわけじゃないんでしょ?」
 軍服の胸ポケットに入っていたインカムを耳につけ、おそらくコントロールルームに居る相棒へと話しかける。彼女はすぐにミーアの質問に答えてくれた。
『目標Gー24bは20分置きに空間跳躍を繰り返し、地球へと近付いています。おそらく連続しての跳躍は不可能なのでしょう。そして次の跳躍での到達予想ポイントが……』
「この船の近くなわけね」
『はいそうです』
 全てを理解して、ミーアはため息を漏らした。なぜ自分がこんな面倒な事に巻き込まれてしまったのかと嘆きたくなる。
 しかし、それはある意味で幸運だ。おそらく、この竜をここで逃せば簡単に地球へと到達してしまう。そんな事になれば地球から遠く離れているミーアには何も出来ない。地球の破滅を、ただ見ているだけしか出来ない。
 それよりは断然まし。自分で未来を切り開いていけるだけ、そこには確かな希望があった。


 遊撃母艦の廊下を走るミーアの足取りを、船の揺れが襲った。おそらくエンジンをフル稼働させて加速したのだろう。ここに居るクルー全員が、地球を守るために一生懸命になっている。
 そこに確かな力強さを感じ、ミーアは再び格納庫へと走り出した。

 大丈夫。きっと大丈夫。この船には、地球を守るために一生懸命になっている者たちがいっぱいいる。
 そんな船を、神様は見捨てたりしないさ。


 普段、神の存在なぞまったく信じていないミーアなのだが、この時ばかりはそう信じたくて仕方が無かった。



***


 第十九話 「楽しいサバイバル合宿と歴戦の戦士と」


***


 太陽はその光で地面を焼き、青々と茂った草木は風に吹かれて自然の音色を奏でていた。白い雲は申し訳なさ気に空に点在し、蒼き大空を際立たせる1つの要素として漂っていた。
 7月の中盤。日本の、夏真っ盛りであった。

 びりびりとうるさい鳴き声を放つセミたちに時折悩まされながらも、この夏の時間を天蘭学園の生徒たちは緩やかに過ごしていた。
 例えばそれはよく青春時代にありがちな部活動などへの打ち込みだったり、もしくは時間を無駄に使っていると思われてしまうようなゆったりとした過ごし方だったり。千差万別ではあるが、確かにこの活気溢れた世界を楽しんでいたのだった。
 それは、やはり芹葉ユリという1人の人間も同じ事。


『もっとちゃんと相手の事見なさい!! 戦闘中に余計な事考えないの!!』
 ユリの目の前に居る人物からそう叱責が飛ぶ。いや、正確に言うと、目の前のモニタに映っている巨人に搭乗している人物から。
 今ユリは、先日凍結を解除されたT・Gearでの模擬戦闘の真っ最中だった。
「ちょ、先生! タイム!! 少しだけ待って……」
『待てと言われて待つ馬鹿がどこにいるかー!!』
「いやっ、訓練なんだから待ってくださいよ!! って、わあー!!!!」
 ユリの静止をまったく聞かずにこちらに突っ込んで来た対戦相手……つまり麻衣教諭は、彼女の駆るT・Gearで、慌てふためくユリに思いっきり飛び蹴りを喰らわしてくれた。その攻撃のおかげで、ユリとユリの乗っていたT・Gearは吹き飛ぶ。地面に叩きつけられた際に発生した土ぼこりが、演習場を舞った。
「おおー。すごいね今の飛び蹴り。さすがT・Gearの実習訓練の先生」
 その演習場の待機室に居た千秋は、先ほどの麻衣教諭の攻撃を見て感心したように頷いた。彼女の隣に居たアスカは、呆れたように口を開く。
「っていうか、あれは大丈夫なの?」
「打撲で済めばいいんだけどねー」
 何とも他人事のように千秋は言ってくれた。まあ実際技術科の千秋にとっては他人事なのだろう。さすがにアスカは苦笑いするしかなかったけども。

 T・Gearの凍結解除後から、ユリと麻衣教諭は幾度かこうやって訓練を繰り返している。それはおそらく梅雨前に麻衣教諭がユリに約束してくれた、一人前のパイロットにするために死力を尽くすという誓いに基づいての物なのだろう。普段見せる事のない麻衣教諭の熱血指導ぶりには素直に感動するものの、それと同時にやってくる容赦の無い攻撃が、ユリには何とも辛かった。善意でやられているだけに、彼女の想いに水を差すわけにもいかないだろうし。
『ほら! さっさと立つの!!』
「せ、先生……マジで、ちょっとだけタイム……」
 T・Gearごと吹き飛ばされ、地面に叩きつけられたユリは、モニタに映る麻衣教諭の顔にそう懇願した。ミシミシと嫌な音を立てている体が、どうも言う事を聞いてくれなかった。
 なんとも情けない状態ではあるが、こうなっているにはいろいろと訳がある。
 ユリの妖精であるリリィ・ホワイトが使った能力、『ユリを女の子にする力』の副作用で、彼の身体全身を激しい痛みが襲った。その苦痛の継続は3日間にもおよび、息絶え絶えになりながらもユリはなんとか体調を元に戻す事が出来た。
 まあそれだけの不幸なら良いのだけど、ユリの体調が回復すると同時にT・Gearの凍結が解除されてしまう。OSから機関部周りまで丹精にチェックされたT・Gearたちは、G・Gの調査部が太鼓判を押すほど安全印がついた一品となっていた。
 そういうわけで、もう乗っても大丈夫という事になったT・Gearで練習をしないかと、麻衣教諭が誘ってきたのはつい先日。ついでに、歓迎大会以前は一緒に特別訓練していた神凪琴音も。もちろんこの2人の提案を断る理由が無く、そしてまた断る度胸も無いユリは、2人の厳しい先生の相手をしなければならないという、非常にヘビーローテーションな生活を送るはめになってしまったのだった。
 身体を休める時間なんて、彼には存在しなかった。




「ユリ……大丈夫?」
「だい、じょう、ぶ……」
「全然そうは見えない」
 格納庫から帰ってくるとすぐに更衣室のベンチに寝転がったユリに、アスカは安否を確かめてきた。ユリは口では大丈夫と語るものの、その行動が先ほどの発言を打ち消していた。どうみたって、疲れがピークに達している。
 いつぞやの歓迎大会の前も同じようにフル稼働をしていた事を思い出して、アスカは眉をひそめる。ユリはどうやら限度を越えて頑張ってしまうらしい。それはある意味で誇れる気質なのかもしれないが、傍から見れば限度を知らない愚か者にしか思えなかった。
「はいこれ。スポーツドリンク買ってきたよ」
「ありがとう千秋さん……」
 千秋のスポーツドリンクを受け取るためにユリは起き上がる。遠目から見ても疲れの色が見て取れるその顔には、大粒の汗が光っていた。どことなく達成感みたいな物が見て取れる。
 アスカはそんなユリに呆れながらも、手に持っていたタオルで彼の顔を拭いてあげる。
「ほら。こんなに汗ばっかり掻いちゃって」
「わわわ、いいですって! 自分でやりますから!」
「いいっていいって。遠慮しないで」
 母親が子供にしてやるように、アスカはタオルでごしごしとユリを擦ってあげる。彼からしてみれば不機嫌になってしまう物だったのかもしれないが、やってる方にとってはどこか気分が良かった。



 ユリにとって、最近の生活は充実しているといっても過言ではない。数ヶ月前まで自分がT・Gearのパイロットになれないかもしれないという不安感に苛まれていたのだが、それはリリィ・ホワイトの出現によって次へと繋がる希望が持てた。琴音とアスカの件だって、少しずつだが良くなっていく兆候は見られたと思う。ブラと言葉遣いの件だって、もう最近では慣れ始めてしまった。10回に2回程度はいまだに『ボク』と言ってしまうけども、大した問題では無いと思う。
 ユリが抱え込んでいた数々の不安が、この一ヶ月近くの間に少しずつ解けていっている。確かにその手ごたえを感じていたユリは、安心してT・Gearの訓練をこなす事が出来たのだった。

 しかしまあ、全ての問題が消え去ったわけではない。深刻という程ではないが、確かなしこりを残す物が、ちらほらとユリの目の前に現れている。
 まず1つはアリアの事。
 T・Gearの凍結が解除された事によって、平日の放課後は琴音との練習の時間に当てられる事になってしまった。それはすなわちアリアと遊ぶ時間が無くなってしまったという事。
 本来ならば自分のようなアリアと歳の離れた人間が彼女に構ってあげる事も無いのだが、見る限りアリアには同年代の友人が居なかった。ユリの存在の喪失イコール、孤独を意味している。
 その事をアリアはどう思っているのか、ユリは非常に気にしている。寂しさに心を痛めているのではないかと、そう思ってしまう。放課後の訓練が終わった後に、何度か公園に足を運んではいるのだが、タイミングが悪かったのかアリアとは会えずじまいだった。
 このままではいけないと思う。あの子を寂しがらせてはいけないと思う。ユリは、今の状態をどうにかしなければと深刻に考えていた。

 そしてユリの悩み事の2つ目。これは過去にも起こった事で、実は今の今までずっと忘却の彼方に追いやっていた物だった。その癖自己主張が激しく、かなり迷惑極まりない存在。まあ簡単に言ってしまえば、イジメである。歓迎大会の前に、ユリが理不尽な嗜虐をされたあの行いである。
 ユリが琴音と喧嘩してからはなりを潜めていたのだが、最近になってまた復活し始めてしまった。それはおそらくユリと琴音が再び仲良くなってしまったからなのだろう。そういえばきちんとした解決をやっていなかったなと、ユリはどこか他人事に考えていた。
 いい加減、そののんびりとした思考はどうにかした方が良いと思う。



「あー芹葉さん。ちょっと待って」
 更衣室で着替え終わり、へとへとの身体で教室へと戻ろうとしていたユリを、後ろから麻衣教諭が呼び止める。彼女は天蘭学園のジャージを着用しており、いかにも運動部の顧問といったような風貌をしていた。何故か、首からホイッスルらしき物をかけていたし。
 彼女の顔はやけに清々しい。まああれだけユリの乗ったT・Gearを吹っ飛ばしたのだから、すっきりもするだろうが。
 もしかして自分は麻衣教諭のストレス発散につき合わされているのではないかと、ユリは不安になった。
「はい……? 私に何か用ですか?」
 すらりと『私』という一人称が出てきたが、ユリは内心恥ずかしくて仕方なかった。これももうじき慣れるさと、自分に言い聞かせる。
「これ、今のうちに渡しておこうかと思って。はい、夏休みの合宿のしおり。ついでに片桐さんにも渡しといて」
「ありがとうございます……」
 とうとう恐れていたイベントまで一週間を切ってしまったらしい。まあタダで旅行が出来ると思えば楽しい合宿になるのかも知れないが、ユリにとってはそれはありえない。女性だらけの中、自分の正体に気付かれないように生活するなんて苦行にしかならない。今以上増えるであろう気苦労に、ユリは苦笑いを浮かべるしかなかった。




***





 天蘭学園から帰宅する道すがら、ユリとアスカは共に蘭華町の丘の上の公園へと寄っていった。その理由は、もちろんアリアに会うため。
 その道のりは夏特有の長い昼のお陰でか、さほど暗くは無かった。薄く紫がかった空が、夜だとは思えぬ世界を作っている。その狭間の時間が、言い表せぬ不思議な存在に思えた。
 昼はとうに過ぎ去ったというのにセミが鳴き続け、聴覚を麻痺させる。暑くも寒くも無い気温が、触覚を蝕んでいるように感じる。本来自分が居るべきでは無い場所に迷い込んでしまったようだ。それはまるで鏡の国のアリスか。
「今日は会えるかなぁ……アリアちゃん」
 公園まで数百メートルの位置で、ユリはそうポツリと漏らした。その言葉は、最近アリアとすれ違いばかりでただ会って話す事さえ出来なかったために口から出てしまった物だった。アリアが自分と会えない事を寂しがって居ないかとばかり考えていたけれど、もしかしたらユリ自身が彼女と会えなくて寂しかったのかもしれない。
「ユリ、あの子とあまり会って無かったんだ?」
「うん。最近忙しくて」
「そっかぁ……」
 アスカもアリアの事を気にかけてくれているらしい。もしかしたら、幼い時から妖精という存在を持ちえてしまった所に、自分を重ねてしまっているのかもしれない。
「えっとさ……これ、言おうかどうか迷ってたんだけど……」
 ユリの隣を歩いていたアスカが、少し声を潜めて話し出した。なぜ彼女が小声になったのは、おそらくこれから話す事の内容が大声で話すにははばかられる物だったためなのだろう。そんな話題がアリアという少女を基軸にして語られる事に、ユリは少しだけ警戒感を持つ。
「あの子……アリアちゃんと、私がお風呂入った時があったじゃない?」
「え? ああ……確かにありましたね」
 それは確か、梅雨の真っ只中の時だったと思う。大雨に濡れてしまったユリとアリアを、アスカが自分の家に招いてお風呂に入れてくれたのだった。その時にアスカとアリアは一緒にお風呂に入っていたと思う。まあもちろん男であるユリは放り出されてたけど。
「その時にさ……アリアちゃんの身体に、痣とか傷があるの見つけちゃったんだよねー……」
「痣と傷、ですか……?」
「うん。背中とお腹に打撲みたいな痣が。あと腕とかにも……。それと、2、3箇所手術の痕みたいなのがあった」
「……そう、ですか」
 何故か、ユリの心は心底震え上がる。アリアの身に起こった事を自分の脳が勝手に妄想して、それが最も最悪な光景を映し出してしまったから。
「まあ手術痕は病気とかだったのかもしれないけどさ……痣は、ちょっとおかしかった。だってさ、普通背中を打ったら、その打撲傷がお腹の辺りに現れる事なんて無いでしょ?」
 それはつまり、少なくとも二度、肉体を強打した可能性があるという事。いくら動き回る事が仕事の子供であったとしても、そこまで強く打つような怪我、普通はやらない。
「あの子、もしかしたら虐待されて……」
「ユリお姉ちゃん!!」
 アスカの言葉を掻き消すように、少女の声がユリたちまで響く。ユリたちの目の前にある、公園の入り口から走ってくる少女は、間違いなくアリアだった。
「ユリお姉ちゃんユリお姉ちゃんユリお姉ちゃん!!!!」
「わっ! ちょ、アリアちゃん!?」
 ほとんど飛びつく形で、アリアが抱きついてくる。その突貫をユリは直撃してしまったが、アリアの体重が軽かったおかげかそんなに痛みは無かった。今になって思えば、その体重の軽さが逆に怖い。命としてしっかりこの世界に存在していないようで、非常に心もとなかった。
「アリアちゃん……久しぶりだね」
「うぅ……何で来てくれなかったの?」
「ごめんね……」
 ぽろぽろと涙の粒を零れ落とすアリアがそう語ってくれた。自分の事が必要だと直接すぎる言葉で語ってくる彼女。そう言われて悪い気がするはずの無いユリは、嬉しくてたまらなかった。
 そして同時に、先ほどアスカが語りかけていた言葉が気にかかる。
「アリアちゃん……。本当にごめんね」
 ユリは抱きついたまま自分から離れないアリアの頭を撫でる。彼女を孤独にさらすべきではなかった。そう気付いたユリは、酷く心を痛めた。



「それでね、それで……」
 ユリとアリアの再開から数十分。アリアは、ずっとユリにここ最近に自分の周りで起こった出来事を話し続けていた。少し人見知りの気があるアリアとは思えぬ饒舌ぶりで、隣にいたアスカもびっくりしている。まあ彼女が話している内容は主にこの公園で見たり聞いたりした事だったのだが。それが彼女の生きている場所の狭さを物語っているようで、聞いていて少し寂しい。そして、自分の家での事を決して話そうとしない事実が、小さな不安を膨れ上がらせていく。
 アリアは口を挟まなければずっと喋っていられそうだった。まるでそれがユリとの別れの時をどうにか先延ばしにしようとしているようで、その必死さが健気に思えた。
「ん……? それなあに? ユリお姉ちゃん?」
 アリアがユリの鞄からはみ出している何かを見つけたらしく、興味津々な目で聞いてきた。アリアに指摘された物は白い紙の束で、鞄の物よりも遥かに大きかったので収まりきらずにいた。
「あ。それ、合宿のしおりじゃん。ユリってば持って帰ろうとしてたんだ?」
「え……? アスカさんは持って帰らないんですか?」
「だってそれ重いし」
「あはは……」
 確かに彼女の言うとおり、天蘭学園の合宿のしおりは分厚くて重い物だった。まるで小さな辞書のような厚さで、持って帰るにはあまり適していないように思える。アスカが学校に置いていったのもまあ頷ける。
「がっしゅく? がっしゅくってなあに?」
「えーっとね、アリアちゃん。合宿って言うのは……そう、特訓! 特訓するの!! 皆で集まって泊り込みでね」
「特訓……?」
「うん、そう」
 まあ間違ってはいないと思う。アリアのような年頃の子に説明するのに相応しいぐらい、簡略化できている。
 しかしアリアは納得したというような顔を見せず、ただ表情を曇らせた。ユリには彼女がそんな顔をする理由が分からない。
「特訓って……痛い事するの? 痛くて泣いちゃったりしない?」
「え? うん……どうだろう? そんなに辛くは無いと思うけど……」
 アリアにとっては特訓という物は酷く辛い物として認識されているらしい。まああながち間違ってはいないだろうけど、さすがに泣く程の物ではないだろう。ユリは、軽く笑っていなしてあげる。
「それにさ、痛かったり辛いだけじゃないんだよ。なんていうか自分が強くなるための大切な時間なの。だから、やり終えた後にはすっごく達成感があって気持ちいいの」
「強くなるための……?」
「そう。強くなるための」
 琴音との歓迎大会戦で捻じ伏せられ、アスカに暴走T・Gearから救われた。そう言えばアスカにはナンパからも助け出された記憶がある。思い出すのも嫌な事だが、ユリは誰かを守った事なんて一度もない。自分の力を、誰かのために役立てた事なんて無い。
 それが何よりも嫌だった。自分の弱さを何よりも照明しているその事実が、酷く辛い。もう以前のような事が無いために。今度こそ誰かを守る事ができるように、ユリは強くなる事を誓ったのだった。
 そのためだったら、麻衣教諭や琴音との特訓ぐらい、なんでもない。
「そっかぁ……強くなるための特訓かぁ。アリア、そんな事考えなかった。いっぱい痛いだけの物だって思ってた」
「アリアちゃん……?」
 アリアの口ぶりから言うと、彼女は日常生活で特訓という物に触れ合う立場にあるらしい。子供の頃にそんな言葉使うのかと疑問に思って仕方ない。それを素直に尋ねようと思うと、それより先にアリアが口を開いた。
「そのがっしゅくっていつからなのー?」
「一週間後の、夏休みの初日から始まるの。たしか6泊7日ぐらいの日程だったかな……」
「えー!? ユリお姉ちゃんがそんなに居ないなんて嫌だよぉ!!」
「あ、アリアちゃん!?」
 長すぎる合宿に行って欲しくないためか、アリアは再びユリに抱きついていやいやをする。大声をあげるアリアをどうにかしなければと思うものの、何か明確ななだめ方なんて見当たらなかったユリは、ただ彼女の頭を撫でてやる事しか出来なかった。


 このまま本当に合宿に行っていいのだろうかとユリは不安になってしまう。アリアの世界を占めるユリの割合が、あまりにも大きすぎる。
 それが重いと言ってしまえばその通りなのだが、そもそもその重さを背負う気が無いのなら初めから話しかけたりなんかしない。ユリは、どこまでも彼女の事を背負って、どこまでも一緒に居てあげるつもりだった。
 ただ、合宿の一週間はどうにもならない。もとより自分の夢を叶えるための時間なのだし、それを1人の少女と共に居るために犠牲にするという選択肢はどうしても選べない。
 だから、答えはとうに決まっているのだ。だから、アリアをどうにか納得させてあげる事しか自分には出来ないのだ。

 それを十分承知していたのだが、アリアに合宿の一週間はどうしても会えないという事を伝えるの事にはかなりのためらいがあった。その事をアリアが聞けば、哀しそうな顔をする事が簡単に予想出来てしまったから。



***


 天蘭学園の一学期の授業は7月20日にその課程を修了する。といってもそれはスケジュール上での事で、教師の思惑通りに授業が進んでくれるとは限らなかった。今年の場合で言うと、中期テストで起こったテロ事件によるT・Gear凍結のおかげで、操機主科の授業はかなり遅れた進行になっていた。おそらくそのしわ寄せは二学期以降に生徒たちを容赦なく襲う事になるのだろう。
 そんな事は露知らず、夏休みを目前にして浮かれている生徒たちを見ながら、教師たちは彼らの未来を憂いていた。

 本日は7月20日。先ほど語ったように、今日で天蘭学園の一学期は修了する。つまり、明日から夏休み。そのすぐ手前まで来た長期休暇の足音を感じていた生徒たちは、どこか落ち着かない様子だった。
 そんな彼らは、一学期の締めくくりとして講堂に集められて終業式をしていた。こういう所は軍事学校とは言え普通の学校と何一つ変わらず、生徒らしい夏の過ごし方などの注意を受けるだけに留まっている。
 学生生活において何度も同じような事を言われた経験を持つ生徒たちは、ちっとも教師たちの話を聞いちゃいない。しかしながら教師たちもそれを別に注意するわけでもなく、ただ単に彼らの事を見守っているだけだった。いい加減毎年の事で慣れているのだろう。
 他の生徒たちと一緒に講堂で並ばされているユリも、皆に見習って適当に話を聞き流していた。今彼の頭の中にあるのは明日から始まる合宿と、その間に会う事が出来なくなってしまったアリアの事。その事に比べれば、夏休みだからといって夜更かししないようにと述べる教師の話など、ユリにとってはどうでも良かった。

「それでは皆さん。よい夏休みを過ごせる事を祈っています」
 どうやら聞き流していた間にほとんどの話を終わってしまったらしく、いつの間にか終業式の締めの言葉になっていた。
 共に並んでいたアスカの方を見てみると、ちょうど大きなあくびを見る事が出来た。どうやら眠くて仕方ないらしい。その気持ちは、すごく良く分かる。
「ふああぁ……ようやく終わり?」
「アスカさん。もしかして寝てました?」
「寝てたというかボーっとしてたというか……まあ終わったならいいや。じゃあさ、放課後どうしよっか?」
「放課後?」
「まさかこのまま家に帰るわけじゃないでしょ?」
 せっかくの夏休み前日なんだから。と、分からないでもない事をアスカは言ってくる。確かに、この浮き足立った心は素直な帰宅を望んでいない。かといってどこかに行く提案があるわけでも無いのだが。
「帰り、どっか寄ってこうよ。千秋にもしばらく会えなくなっちゃうしさ」
「そうですね。それがいいかも」
 アスカとは明日からの合宿で一緒になるし、琴音も同じであろう。しかしながら、千秋との接点はさほど見つからないため、もしかしたら彼女とは夏休みの間はあまり会えないかもしれない。それはあまりにも寂しすぎるので、今のうちに一緒に思い出作りをするのも悪くないと思う。
(まあ千秋さんより会う機会が無いんだけど、それよりも会えないのは……)
 ユリはちらりと、クラスメイトたちの固まりへと目を向ける。そこの男子の列に、角田悟の姿がある。一年前の夏ならば幾度も彼と遊びほうける事が出来たのだが、今年ばっかりはそれは無理だろう。その事実は確かな寂しさを持った物だった。



***


 前にも語った事があるとおり、天蘭学園のある新設都市蘭華町はいくつかのブロックによってその建設物の趣を変えている。それがG・G関連のブロックであれば、天蘭学園やその他の軍事施設が立ち並び、それが居住ブロックであれば、人の住む一軒屋やマンション等が生え揃っている。
 もちろんそれにはある程度の例外はあるのだが、基本的にはそのルールと呼べる物が守られていた。

 そして、天蘭学園のあるブロックから居住地区への道には数多くの店が存在している。これはおそらく蘭華町のルールに基づいてというよりも、学生やG・G職員の通行が多いこの場所が魅力的だと判断した店舗主たちによって自然に形作られていった風景なのだろう。ちょっとした商店街の様になっているそこは、店側の思惑が成功する形で賑わいを見せていた。帰宅途中の生徒たちや近くに住む主婦たちが憩いの場所としている。

 その自然形成された商店街の店の1つに、その喫茶店はあった。赤いレンガの壁とそれに這うように生えている蔦草が、それなりの雰囲気を出している。中から外を見渡すためか、それとも逆に外から店内を見せるためなのか分からない大張りのガラスが壁にはめ込まれていた。店の入り口近くには日替わりメニューの詳細を記述してある小さな黒板があり、白いチョークによって食事の名が書かれている。
 その喫茶店の看板には、どういう書体なのか分からない文字で『POT』と書かれていた。
 ポット。鉢。草花をその土で優しく受け止める場所。花たちにとっての家。そういう意味で付けられた名前なのか分からないが、この店は来る者を選ばずに、その入り口を常に開放していた。


「へぇ……こういうお店、あったんですね」
 初めて入店した店内を見渡しながら、ユリは呟いた。彼をこの店へと案内してくれた千秋は、4人がけの席の椅子に座りながら尋ねてきた。
「ユリちゃんはここに入った事なかったの? 結構有名らしいけど」
「あはは……私は、あまりこういう所来ないから」
 男であった時に喫茶店など、お洒落すぎてて入店なんて出来ない。というか、誰とここで紅茶や何かを嗜むと言うのだろうか。真っ先に思い浮かんだ男友達が角田悟だったが、さすがにその光景を想像する前に魂が拒否していた。
「ほら、座って座って。いつまでも立ったままだと恥ずかしいでしょ」
「あ、はい、分かりました」
 アスカに注意され、ユリは席に着く。周りを見てみると、ユリたちの他にも天蘭学園の制服を着た少女を数人確認する事が出来た。おそらく彼女たちも夏休み突入のお祝い会というか、大変な学校生活を終えた事を労うためにここへ来たのだろう。今日ばっかりは羽目を外したくなる気持ちは良く分かる。
「ここのティーケーキセットはすっごく美味しいんだよねぇ。私のオススメ」
「じゃあそれを頼もっかな……」
 初めての場所で何がなんだかよく分からないので、とりあえず千秋のオススメを信じる事にした。まあ彼女たちがわざわざ連れてってくれた店なのだから、すっごく不味い物が出てくる事は無いだろう。そこは素直に安心していた。
「レイラさ〜ん! こっちこっち」
 メニューを見て、注文する物を決めたらしいアスカが初めて聞く名前を呼ぶ。その声に引っ張り出されるようにして、レジの方に居た30代半ばぐらいに見える女性がユリたちのテーブルへと歩いてくる。
「あらアスカちゃん、お久しぶり。最近見なかったけど、元気だった?」
「はい、もちろん。元気すぎて困るぐらいです」
「それは良かったわ。たまには顔見せてね? しばらく見ないとおばさん、勝手に心配しちゃうから」
 アスカと親しげに話すこの女性はこの喫茶店の店員らしい。その深い緑色をしたエプロンから見て取れた。
「この人ね、アスカのお母さんの知り合いだった人なの。たまに、おまけしてくれたりするんだよ」
 ユリの隣に座っていた千秋が、レイラというらしい女性の説明を小声でしてくれる。肝心なアスカとレイラは、久しぶりの語らいを楽しんでいるようでこちらには気を向けてくれずにいた。
「じゃあティーケーキセットを3つね。今日は特別に、少しだけオマケしてあげる」
「本当ですか!?」
「うん。明日から夏休みなんでしょう? それのお祝い。それに……」
 レイラは、ちらりとユリの方に視線を向ける。彼女に見られている事を敏感に感じ取ったユリは、少しばかり緊張してしまった。
「新しいお友達も居るみたいだしね」
 そう言って、にっこりとレイラは笑う。どうやら自分はアスカの友達として歓迎されたらしいと、ユリは胸を撫で下ろした。




「レイラさんは前ね、G・Gの偉い人だったんだって。なんでも最終防衛線の月軌道の基地で司令官やってたってさ」
「へぇ……そうなんだ」
「でもセカンド・コンタクトの侵攻を許してしまったから、左遷されたの。それで、それを機にG・Gを辞めて地球に降りたんだって」
 出てきたティーケーキセットをつつきながらアスカが教えてくれた、レイラについての簡潔な説明が終わった。アスカの母親と知り合いだというのも、G・Gの将校だったという経歴なら頷ける。しかしあれほど母親を嫌っていたアスカなのに、その知り合いのレイラに対してはまるで心を開いているかの様だった事には疑問が湧き出てきた。それがそのまま顔に出ていたのか、それとも初めから付け加えるつもりだったのか、アスカは続いて口を開く。
「お母さんは嫌いだけど、あの人は好き。なんて言ったって、レイラさんは生きてるからね」
 生きて帰って来さえすれば、例え母親でも好意を持つ事が出来た。母を憎んでいるのは、宇宙で自分を置いて死んでしまったからである。
 それを、暗に語ったアスカが哀しい。アスカの語らいに何か口を挟めるような意思を持っていなかったユリは、その言葉を黙って聞いていた。
「私の家には何度か遊びにきてくれていたんだけどさ、別にこっちに住んでいるわけじゃなかったの。でも今年の初めぐらいにこの店をオープンして……」
「それで、私とアスカにケーキをご馳走してくれるようになったってわけ」
 アスカと千秋の説明のおかげで、少しはレイラという人物を知る事が出来たと思う。まあそれは所詮想像の域を出ないのだけど、でもアスカがあれほど慕っているのだから、きっと彼女は素晴らしい人間なのだろう。レイラが入れてくれたであろう美味しい紅茶を飲みながら、そんな事を考えていた。
 多分、アスカにとってレイラという人間が母親の代わりだったのだと思う。アスカ自身はそれを否定するであろうけど、それは多分正解だ。


 父は想像上の親で、母親は肉の親と言われる。父親の存在を知覚せずに生きる事は出来るが、母親の場合はそれは許されない。この世界に存在しているというだけで、それは『母から産み落とされた証明』であるから。
 世界中に生きる全ての人間が、その肉の繋がりに縛られている。それが親子愛と呼べる物なのか。それを常に突きつけられている人生は幸福であるかのか。それは、誰にも分からない。



***


「優里くん、明日から四国なんだって?」
 ユリが自室で明日の合宿の準備をしていると、ノックもなしに美弥子が入ってきた。そんな事など日常茶飯事なので、もはやユリは気にした素振りさえ見せない。だけども、一応マナーとしてノックぐらいはやって欲しいと思う。
 そんな抗議を言おうかどうか迷ったが、どうせ美弥子がそれを聞き入れてくれるとは思わなかったので止めて置いた。
「うん。そうだけど……どうかしたの?」
「いや〜、お土産でも期待しちゃおっかなぁって」
「別に観光に行くわけじゃないんだけど?」
 美弥子の相変わらずな能天気さをユリは軽くいなす。美弥子はさも残念そうな顔をしていた。どうやら本気で土産を期待していたらしい。
「あ〜あ。でも寂しくなっちゃうなぁ。優里くんが一週間も居なくなっちゃうなんて」
 美弥子はユリのベッドに倒れこみ、そう漏らした。もしかしたら今こうしてこの部屋に来たのも、ユリとの分かれを惜しんでの物だったのかもしれない。
 そんな美弥子に苦笑いするものの、自分が居ない事を寂しがってくれるのは素直に嬉しかった。
「優里くんは寂しい? この家から出て行っちゃう事」
「そんな、子供じゃないんだから」
 そう苦笑いして美弥子に返したが、考えて見ればこうやってこの家から出て、他の場所で寝泊りするなんて久しぶりだった。最後にそういう宿泊をしたのは中学の修学旅行だったか。ユリはその修学旅行の事を思い出すと、自然と苦笑いが出てきてしまう。まあ理由はいろいろあるのだけど、その最たる物は修学旅行2日目の夜の思い出か。ここではあえて語らないが、いくらそれが勘違いの類だったとはいえ、夜這いをかけられるのは心臓に悪いとだけ記しておく。これだけで大体の事情は分かると思うけど。
「優里くんはずっとこの家に居るわけじゃないんだよね……。まあそれは私も同じだけど」
「え……?」
「ほら、もし優里くんがロボットのパイロットになっちゃったらさ、宇宙に行く事になるんでしょ? そうなっちゃうと、この家を出て行かなくちゃいけないじゃん」
「確かにそうだけど……」
「大吾さん、きっと寂しがるだろうね。あの人、優里くんの事、本当に好きだから」
 まあもちろん私もだけどと付け加えて、美弥子は他人のベッドから勢いをつけて起き上がる。ポケットの中から数枚の千円札を出して、これは土産代だと言ってユリに渡してきた。お金をユリが受け取ったのを見ると、美弥子は満足そうな顔をして部屋から出て行く。寂しさのあまりユリに会いに来たと思っていたのだけど、もしかしたら本当にお土産が欲しかっただけなのかもしれない。
「宇宙、か……」
 傍若無人な美弥子の退室を見届けたユリは、そうポツリと呟いた。今まで現実的な問題として捉えてこなかった宇宙での生活が、思考を占領していく。
 もし、自分が宇宙に上がった場合。そしてそこで生活していくとしたら。
 今まで経験してきた修学旅行やなんかとはまったく違う、長期間に及ぶ自宅外での生活は、自分に一体どのような苦痛を強いるのだろうか。それをユリは可能な限り想像してみたけども、やはり経験した事の無い物を上手く頭の中に描く事は出来なかった。

 ユリは自分の部屋の窓から見える、夜空へと視線を移した。あの闇夜の遥か向こうには、おそらく地球を守るG・Gの人々が生きている。ユリはそれを想像して、彼らはその生活の中で寂しさを感じていないだろうかと、見知らぬ人間の事を心配してしまった。


***


 死というのは、永遠の孤独だと思う。他者との関係性を全て断ち切られ、自己という足場すらも失う孤独。おそらくそれは、生きている人間には想像する事さえ叶わない不幸なのだろう。
 だから、それが嫌だから、私は何がなんでも生きてやろうと思うのだ。例え肉体が砕けても。例え心が挫けそうでも。私は決して、生きるという事から目を逸らしたりはしない。
 御蔵サユリという戦友を失った女は、彼女の死からそれを学んだ。



『ミーアさんっ!!』
 悲鳴に近い女性の声が、ミーアの耳を貫くかの様に響く。その大音量のおかげか、さきほどT・Gearを襲った衝撃で脳みそをシェイクされたミーアは意識を取り戻した。
「こんのっ……」
 目の前に迫る『敵』の存在に気付いたミーアは、右手の人差し指にかけられていたトリガーを思いっきり引いてやる。そのトリガーは火器制御用のコンピュータに信号を送り、そのコンピュータは鋼の巨人の右腕の筋肉を収縮させる。0.01秒にも満たないその伝達が、竜を撃ち殺す武器を起動させた。
「死、ねっ!!!!」
 ミーアの乗るT・Gear、『Freesia』の右手に着けられていたバルカンが火を噴く。宇宙空間であるがゆえに音は聞こえないが、バララララと機体を通して振動が伝わってくる気がした。
 Freesiaの放った銃弾は虚空を突き進み、竜の肉体に突き刺さる。致命傷とまではいかないが、牽制にはなったようだ。


 ミーアを乗せたG・Gの遊撃母艦は、空間跳躍を能力として持つ竜の交戦状態にあった。普段であれば3〜4体のT・Gearで一体の竜を叩く物なのだが、それは特別すぎる移動手段を持つ竜によって崩壊してしまう。具体的に言えば、短距離間での空間跳躍ならばタイムラグ無しに発現できるらしい竜のおかげで、部隊がバラバラにされ、連携しての攻撃が不可能となった。
 そのために、大した火力を持ち合わせていないらしい竜にさえ、ミーアは苦戦するはめになっている。
 自分の不甲斐なさと、竜のトリッキーな空間跳躍に翻弄されている事実に、ミーアは悔しくて仕方なかった。

 これからどう攻めるかと思考していたミーアの元に、女性オペレーターの声が届く。それは、あまり歓迎しない報告だった。
『ミーアさんっ!! ここから60万キロ先で、G−24bと同じタイプの竜が出現!!』
「それはつまり……」
『一分後に、そいつは空間跳躍します!!』
 普段の戦闘では存在しなかった時間制限に、ミーアは唇を噛む。今ここで目の前の敵を逃せば、おそらくどの部隊も捉える事は出来ない。それは人類の終焉を意味する。
「跳ばれる前に、殺すしか無いか……」
 ミーアはFreesiaの肩に装備してあったミサイルポッドを展開し、それを一斉に放つ。爆煙を噴出しながら突き進むミサイルと共に、Freesiaも突進させた。このT・Gearの装甲ならば、多少爆発に巻き込まれたぐらいではどうにもならないだろう。
(どうにかコイツを掴めば……ッ!!)
 どうせ遠くから砲撃しても跳躍によって避けられるのだ。そんな当たるかどうか分からない攻撃に頼るより、連続攻撃がある程度可能なゼロ距離攻撃に全てを託した方が能率が良い。
 そう判断したミーアは、この突進に勝利を賭ける。

 Freesiaから放たれたミサイルを視認した竜は、周囲の空間を歪ませた。それは肉眼で確認できる物で、竜の周りの景色が確かに収縮した。
 その変化の数瞬後、竜はそこから姿を消した。それを予期していたミーアは、次に竜が現れるであろうポイントに狙いを絞ってスライサーを全開で吹かせる。
(お願いっ! こっちに来い!!)
 急な加速によって生まれたGに苦痛を与えられたミーアは、心底そう願う。ほとんど一か八かの賭けであるこれは、地球の命運という重すぎる賭け金を払っている。失敗する事は、決して許されない。
「っ!?」
 ミーアの願いが聞き届けられたのか、Freesiaの進む先に竜が現れる。このまま突っ込めば、確実に掴む事が出来そうだった。
『ミーアさんっ!! 竜の周りに、強力な力場が……』
 オペレーターがそういうのが早いか、竜の周囲が再び歪み始める。だからと言って突入を止めるわけにはいかないミーアは、そのまま全速力で竜の元へと突っ込んだ。
「宇宙の、塵になれーっ!!」
 竜に近距離戦闘用の爆砕パイルを突き立て、それを起動させようとする。超強力な爆薬を体内に打ち込み、そして粉砕するこの兵器ならば、この竜に致命傷を与える事も可能なはずだった。

『ミーアさんっ!!!!』
 竜の空間転移とミーアの攻撃が同タイミングだったためか、二体の巨大な物体の周りに眩しすぎる閃光が飛散する。それは遠くに居た遊撃母艦にまで届き、その船に乗っていたクルーたちの視界を奪った。
『ミーアさん? 応答してください!!』
 先ほどの爆発のためか、一時的に機能を停止させたセンサー類。そのためにミーアの安否を知る事が出来なくなったオペレーターは、ミーアに直接呼びかけた。
 今の爆発によってFreesiaに与えられたダメージ。そして、中に乗っているミーアを襲った衝撃。それらを想像しただけで、彼女は背筋を凍らせる。
 一刻も早くミーアの返答を聞きたかったのだが、それは残念ながら叶わなかった。いつまで経っても、爆発による光が収まり、母艦のレーダーが回復しても、ミーアからの応答は何一つ無かった。
『ミーア、さん……? 嘘、でしょ……?』
 ミーアの乗るFreesiaと空間跳躍をする竜が居た場所には、いくつかの残骸が漂うだけになっている。それは竜の肉片と思われる物と、そしてFreesiaの赤色の装甲の破片だった。

 遊撃母艦のセンサーは、ミーア搭乗のFreesiaがロストしたという事だけを、ただ残酷に伝え続けていた。




***



 天蘭学園には、何故か滑走路がある。いや、天蘭学園が軍事施設だと言う事を考えれば当然の事なのかも知れないが、それでも学校という存在の敷地にどでんと大きな滑走路が鎮座している光景は、やはり珍妙な物だった。
 なんでもこの滑走路は練習用T・Gear『Acer』の修繕資材を運ぶ時や、G・Gのお偉方さんたちがこの地にやってくる時の発着場として使われているらしい。
 生徒たちにとっては普段まったくお世話にならない設備だけに、なんとも新鮮味がある場所であった。だから、この滑走路に連れてこられるなり、周囲をキョロキョロと見渡したユリたちを笑わないであげて欲しい。

 前述したとおり、ユリたち合宿所行きのメンバーは天蘭学園の滑走路に居た。どうやらここから四国へと飛び立つらしい。ユリたちの他にも、合宿へ行く事になっている女生徒たちがこの滑走路に集っていた。顔見知りなのは、片桐アスカと神凪琴音ぐらいしかいない。後は、話した事も見た事も無いような人たちだった。合宿行きのメンバーになっているという事は、おそらく彼女たちも妖精を使う事が出来るのだろう。仲間というよりはライバルと形容していい人々なのかもしれない。
 ちなみに、今の時刻は早朝6時である。こんな朝早くから学校に呼び出され、しかもびゅうびゅうと冷たい風が吹きまくる滑走路に連れてこられた彼らは、可哀想なことにブルブルと震えていた。さすがに夏だと思って薄着してきたのが拙かったのだろう。
「う、あ、あ、寒……」
 がちがちと震えながら、ユリは隣に居たアスカに自分の状況を伝える。まあそんな事言われなくたって、同じ場所に存在していて、その寒さと言うものを身体全体で共有しているのだ。アスカは、ただ黙って頷いて返答した。多分、寒すぎて口を開くのも嫌だったのだと思う。
「よおみなさん!! 元気してるかね!!」
 3〜40人近い女生徒たちがいるこの場所に、聞きなれた女性の声が響いた。その声の主の方を向いてみると、薄いジャンパーを着込んだ麻衣教諭が居る。どうやら、今回の合宿には彼女が付いてくるらしい。ユリはその事に、一抹の不安を抱いてしまった。
「それでは点呼をとりまーす。名前を呼ばれて返事した人から、あっちの輸送機に乗り込むように」
 麻衣教諭が指し示す先には、深い緑の色をした大きな飛行機がある。どうやら離陸準備はすでに整っているらしく、轟音に近いエンジン音を鳴らせていた。
 つまり、この飛行機でユリたちは四国へと運ばれていくらしい。見るからに乗り心地の悪そうな飛行機に、皆素直にがっかりする。
「もうちょっと待遇良くてもいいんじゃないかな……?」
「一応これ、軍の合宿なんだから体裁的にはこういう感じでいいんじゃない?」
 ユリの愚痴にアスカは何とも悟ったような顔で返してくれた。多分、どんな飛行機でも良かったからさっさと室内に入れて欲しかったのだと思う。強風が吹き荒れるたびに身を小さくした彼女の姿から、それが読み取れた。
「はぁ……」
 あまり、この合宿に楽しさや何かを求めるのは得策では無いらしい。出発前からそれを理解してしまったユリは、大きなため息を吐いたのだった。





 G・Gは世界中にいくつもの軍事施設を持つ。さすがにG・Gの基本原則として遠方に出撃可能な軍事基地を作る事は許されていないが、それでも補給基地や訓練学校、事務局などの施設は数多く地球上に存在していた。
 ユリたちが合宿として行く事になっている四国の演習場も、その1つである。美しい瀬戸内海と、青々と茂る森を見渡せるその場所は、演習場と言うよりはひとつのリゾート地のような物であったが。
 ただ、普通のリゾート地とはまったく違う所は、これら施設や土地内ではT・Gearの起動が許されるという特権がある事か。どうでも良いように思えてしまうような一文であれど、それはなにより大切な事柄だった。
 宇宙空間内では何にも囚われずに竜を撃退しているG・Gでも、地球内ではその行動が厳しく制限される。もし一般の市街等でT・Gearを起動させれば、パイロットのみならずその責任監督者、そしてそのもっと上の上司の首が飛ぶ事になるだろう。
 ただ逆に、天蘭学園などのG・G施設内ではそれが自由勝手に行う事が出来る。ほとんど治外法権とも言えるその場所は、ある意味で日本にありながらも別の国と同じような存在だった。
 G・Gの土地であれば何をやっても許される。それは、何とも恐ろしい事実なのである。


「みなさん!! 今すぐ持っている鞄類を投棄しなさい!! そいでもって、私たちから渡されるリュックサックを装備する事!! OK?」
 輸送機に揺られる事1時間近く。やっとの事で美しい瀬戸内海が見える滑走路へとたどり着いたユリたちに向かって、麻衣教諭はそんな事を叫んでくれた。あまり快適では無かった移動のせいで疲労しているのだから、少しは休ませてくれと文句を言いたくなる。
 だがそんなユリの想いに麻衣教諭が応えてくれる事も無く、彼女は一緒にこの一団に付いてきた教師たちと共に、合宿のメンバーにひとつひとつリュックサックを渡していく。紺色の、機能性だけを追及したかのような味気ないリュックを生徒たちは黙って受け取っていた。
「ようこそ四国へ!! そして、ようこそ地獄の合宿へ!!」
「地獄なの……?」
 なんだか妙に生き生きとしている麻衣教諭の不吉な言葉。それに、思わずユリは不安な言葉を漏らしてしまう。前に麻衣教諭からもらった合宿のしおりには、地獄という単語なんて一度も出てきた覚えが無いのだが。確か、一日目は四国の名所めぐりだったはずだし。
「突然ですが……これから、サバイバル演習をしてもらいます」
「「えええーっ!?」」
 サバイバル演習という、どう聞いたって楽しさが伺えない言葉に、生徒たちは驚きと不満の声をあげる。それをまったく気にしないかのように、麻衣教諭は話を続けていく。
「3人1組で向こうにある山へと入っていってもらって、目的地を目指してもらいます。目的地の地図はそのリュックに入ってるからね。ついでに1日分の食料と水も。タイムリミットは3日間。それまでに、目的地の旅館へとたどり着いてください」
 どうやら目的地は当初泊まる予定だった旅館らしい。ユリはすぐに地図を取り出してその位置を確かめてみる。どうやら目的地に着くには森を突っ切っていくルートしかなさそうだった。さすがに、冷や汗を禁じえない。
「でもなんでそんな事……」
「ひとつの困難に複数の人間が立ち向かっていく友情、チームワークとサバイバル能力を磨くためです。まあ一番の目的は急な環境変化に耐え、そして適応するためなんだけど」
 もっともらしい理論でもって麻衣は生徒たちを納得させようとしてきた。確かに、宇宙などに急に連れてこられた人間がパイロットとして役に立てるとは思えない。T・Gearのパイロットには適応能力というのが求められると言われても不自然ではない。しかし、やはりいきなりすぎやしないだろうか?
「あなたたちの足だったら、大体2日くらいで山を抜けられると思います。もしリタイアしたくなったら、そのリュックに入っている無線機でリタイアを私たちに伝えてください。それが無理だったとしても、リュックについてあるGPSとG・Gの静止衛星によるスキャニングですぐにあなたたちを見つけてあげるから心配しないで。思う存分遭難しちゃってください♪」
「その……もし毒蛇とかに噛まれちゃったらどうするんですか? 毒キノコとかも食べちゃったら……」
 二年生の生徒だろうか? 麻衣教諭の近くに居た女生徒が、すごくもっともな質問をしてくる。その誰もが聞きたかった質問に答えてくれたのは、麻衣教諭の隣にいた女教員だった。確か、彼女は保健室の先生だったと思う。
「怪我とか何かあったら、そのリュックの中に仮死状態にしてくれるナノマシン溶液の入った注射がありますので、それを肉体のどこでも良いんで打ち込んでください。すぐに軍用ヘリでサルベージして、治療および蘇生してあげるので」
 今の返答のどこに、安心できる要素があったというのだろうか? 自分の物か他の生徒たちの物か分からないが、唾を飲み込む音が確かにユリの耳に聞こえていた。
「じゃー、チーム分けの表がここにあるので見に来てくださーい! 10分後に第一陣が出発予定でーす」
 その麻衣教諭の声に従って、生徒たちは重い足取りながらもチーム分けの表を見に行く。ユリはあまりの突然の展開に追いついていけず、ただその場で突っ立っていた。
「アスカ、さん……」
「なに……?」
「無事に家に帰れると、いいですね……」
「本当にそうよね……」
 普段なら冗談で済まされるはずの会話だったのだが、今は割りと真剣な悩みだった。



***


「生きてやんの」
 ミーアはポツリとそう呟いた。その小さな声は、彼女が乗っているT・Gearの破損状況を知らせているアラームによって掻き消されてしまったのだが。
 ミーアは自分の身体を丁寧に触り、そのどこにも欠損が無い事を確認した。その次は手足を適当に動かしてみて、脊椎などの神経系統に異常が無い事を確認する。後は内臓だけなのだが、それの安否を知るには医学的な知識が無かった。だから、一応は無事なのだとミーアは結論付ける。
 次は自分が居る現在地を知らなければならない。それは別に手間取るわけでもなく、Freesiaに内臓されている座標計が詳しく教えてくれていた。まあ、その座標計のあまりにも突拍子も無い表記に、壊れてしまったのでは無いかと心配していたりするのだが。
「……緊急時のマニュアルでは、こういう場合は暗号化された信号を30分毎に1回発信するんだっけ? あまり、救助は期待出来ないかなぁ」
 本来ならばヘルプコールの無線を全開にして発信する物なのだが、今のミーアの状況はそれを許してくれそうに無かった。彼女はその事に絶望しながら、ゆっくりとコックピットの開閉レバーを引く。このままこの場所にじっとしていても、どうにもならないと悟ったからだ。
 金属の軋む音を鳴らしながら、Freesiaのコックピットが開いていく。そしてその開いていく隙間から、まぶしすぎる光が差し込んできた。それと同時に、生暖かい外の空気さえも。
 そう、空気さえも。Freesiaとミーアが今居る場所は、真空が支配している宇宙空間などでは無かった。
「しかしまあ、なんの因果かね……。こういう形で帰ってきちゃうなんて」
 全開にされたコックピットからは、眩しい太陽と青い空が見る事が出来た。
 そう、ミーア・ディバイアは、地球に居たのだった。


「空間跳躍の暴走で地球に辿り着けるなんて、いったいどれくらいの確率なんだろ……」
 宇宙の果てに飛ばされても不思議でなかったというのに、地球に転移してしまった。それは、明確な計算なしでも天文学的な数字を越える事は分かっている。まあ一番この奇跡について納得がいくのは、竜の空間転移が地球にのみ座標を合わせていたと仮定する事か。いくらなんでも、偶然なんかでここに辿り着ける訳がない。
 ひとりそう納得して、ミーアはFreesiaが落ちた周囲を見渡してみた。そこはどうやらどこかの森の中らしく、強い日差しを受けた木々が青々と茂っていた。
「竜は……居ないか」
 どうやらミーアがここまで飛ばされる原因となった竜は、彼女の攻撃によって消滅したらしい。竜の空間跳躍に巻き込まれたのなら、その原因となった竜も一緒に飛ばされているはずだったが、その姿は見当たらなかった。その事に少しだけホッとする。もし竜も一緒に地球に降りていれば、大惨事は免れなかったから。
「さて……どうやって生き残ろうかね」
 見る限り、人里に下りるのは骨が折れそうだった。といっても、今のミーアには一般人との接触を許されていないのだけど。
 先ほどミーアがヘルプコールを全開に出来なかったのは、その存在を知られてはいけないからである。別に、隠密機動隊の任を請け負っているわけでは無いのだから、本来ならばここまで必死になる事も無い。だが、地球という場所ではそれは違う。
 前にも語った事があるように、T・Gearの技術は全てトップシークレットとなっている。ほとんどG・G以外の組織にそれが伝わる事など無い。だからこそ、世界中のどの国もそのテクノロジーを手に入れたいと思っている。
 そういう情勢を考えてみると、ミーアと共に落ちてきたFreesiaなど、T・Gearの技術を手に入れたいと願っている者たちにとってはどんな物より価値のある宝物となる。どこかの浅はかな国は、もしかしたらこのFreesiaを手に入れるために軍隊を派遣するかもしれない。そんな事になれば悲惨としか言えないような状況になる事も簡単に予想できた。
 ゆえに、ミーアは大々的に助けを呼ぶ事も出来ない。そのヘルプコールをG・G以外の所に傍受されかねないからだった。
「サバイバル演習なんて訓練学校以来なんだけどなぁ……」
 こんな事なら地球なんかじゃなくて火星にでも落ちておくべきだったと後悔しながら、ミーアは緊急用の食料と水が入ったバックを抱えてFreesiaから降りた。
 あれほど帰還を願ってやまなかった地球が、今は酷く憎たらしかった。



***


「……」
「……」
「……」
 学校指定のジャージを着、教師たちから渡されたリュックサックを担いだ2人の少女と1人の少年が、森の中に突っ立っていた。彼らの間に会話は無い。
 さすがにこのままでは拙いと思ったのか、少女……のようにしか見えない女顔の少年が、2人の少女に話かける。
「琴音、さん。アスカさん。あの、どっちに行けばいいんでしょうね?」
「知らない」
「分からないわ」
「そうですか……」
 一応会話のきっかけになれば良いと思って話しかけたのだけど、それは残念な結果に終わってしまった。少年は、あははと苦笑いするしかない。


 麻衣教諭が手書きしたらしいサバイバル演習のチーム分けの表には、ライオンさんチームというふざけた名称のくくりで芹葉ユリと片桐アスカと神凪琴音の名が連なっていた。このメンバーを割り振ったのはおそらく教師たちの仕業なのだろうが、よりにもよってというのがユリの素直な気持ちだった。なんとなく、本当になんとなくなのだが、この3日間のサバイバル演習中に、血で血を洗うような戦いが起きかねないような予感がしていたから。
「え、ええっと……じゃあ、どこに向かいましょうか? ずっとここに居ても仕方ないですし……」
「私はこっちだと思う」
「こっちの方が近いと思うわ」
 アスカと琴音がそれぞれ指差した方は、ものの見事に逆方向だった。それはすなわち行き先の決定権がユリに委ねられたという事になり、2人は鋭い視線でこちらを向いてくる。
「うっ……」
 その彼女たちの視線が、自分を選ばないと承知しないと語っていて、思わずユリは唸ってしまった。これは本当に拙い事になったなぁと、どこか現実逃避するかのように考えていた。
「ちっ……なんでこの人なんかと一緒なんだか」
「それは私のセリフよ。あなたと一緒なぐらいなら、サルとでも組んだ方がまだマシだったわ」
 いい加減我慢の限界にきていたのか、2人とも互いに対する愚痴を誰に言うでもなく声に出し始めた。もちろんその言葉を口にするたびに確実にここら一体の気温が低くなっているのだが、2人は気にしない。ユリは、夏だというのに掻いた冷や汗をどうしようか迷っていた。
「じゃあユリ、私と一緒にこっちに行きましょうか?」
「ちょっと待った。何の根拠があってその方向を選ぶのよ。地図から言えば、こっちの方向に進むのが当然でしょ」
「あら、そちらに進みたければ一人で行けばいいじゃない。何も私たちに気兼ねする事なんて無いわよ?」
「なに言ってるの。この演習はチームでゴールしないと意味ないでしょうが」
「私は、あなたをチームと認めた覚えは無いけど」
「なんだとコラァ……」
 一触即発の事態に発展した人間関係の間に、ユリは恐る恐る入って行こうとする。起爆間近の時限爆弾に近付いていくかのようで、その行為は非常に緊張する物だった。
「あの〜……目的地の方向はあっちだと思うんですよね」
「「え?」」
 ユリの指し示した方向は2人が主張していた物とはまったく別物であり、それを聞いた彼女たちは驚きの声をあげた。その呆けた表情だけはぴったり一致していたのが面白い。
(女の人って地図が読めないって聞くけど……まさかここまでだったとは)
 アスカと琴音にこのサバイバル演習の主導権を握らせると、どうやら意図も容易く遭難してしまうらしい。確かな緊張感を持ったその事実に、ユリは気を引き締めざるおえなかった。




 サバイバル演習開始から2時間後。太陽が真上で輝き始めたこの時間帯、ユリたちライオンさんチームはいまだ森の奥を突き進んでいた。麻衣教諭の話によると目的地到達まで平均2日かかるのだから、当たり前と言っては当たり前なのだが。
 天然の腐葉土が敷き詰められている地面から生えている木々は、ユリたちの行く手を遮るかのように立ち、森の中での視界を狭くしていた。舗装されていない道がたいそう歩きにくく、土に内包されている湿気のためか何度か滑りかけた。
 1時間程度ならこの環境を自然溢れる素晴らしい物だと思う事が出来るかもしれないが、遭難と隣り合わせの訓練生にとっては憩いの場所とならない。木々から落ちる葉のように、少しずつストレスをその心に蓄積させていく。
 それを最初に爆発させたのはアスカだった。
「うがーっ!! もう、いつになったら目的地に着くのよっ!?」
「うるさいわ片桐さん。イライラするだけだから、黙ってて頂戴」
「なにをっ!? あんたね、いい加減にしなさいよ!!」
「だから、いい加減にして欲しいのはこっちの方なのだけど。うるさいんだってば」
 足を踏み出すたびに感じる湿った土の嫌な感触のせいか、琴音もイライラとしてたらしい。叫んだアスカに突っかかってくる。もうこうなったら大変。すぐにケンカが始まってしまう。
「あんたねっ! 前から言おうと思ってたけど、私に何か恨みでもあるわけ!? 千秋とは普通に話してる癖に、なんで私の時だけそんな物言いしてくるのよっ!!」
「千秋さんは良い人だもの。それは当たり前でしょう?」
「千秋さん!? いつから名前で呼ぶようになったのよ!!」
「あ、アスカさん……落ち着いて」
 どうにもエキサイトしてしまったアスカをユリはなだめようとする。しかし、それはどうやら逆効果になってしまったらしい。
「ユリは黙ってて! これはコイツと私の問題なのっ!!」
「は、はいっ!!」
「まあ……本当にあなたって乱暴なのね。ユリは何にも悪い事してないでしょうに。可哀想……」
 それがわざとなのか分からないが、琴音はアスカに見せ付けるようにユリの頭を撫でて慰める。その瞬間、アスカが琴音に対して向ける視線が確かにいっそう厳しくなったと思う。
「だからっ……そういうのも変じゃん! ユリとベタベタすんなっ!!」
「そんなの、あなたに関係ない事でしょう?」
「関係なくなんて無いっての! ユリが、友達が妙な先輩に付きまとわれて困ってるんだから、それを助けるのは当然の事でしょう!?」
「だ、誰が付きまとっているですって!?」
 珍しく、琴音がアスカの口撃に真正面から反論した。弱点を突いたと思ったのか、アスカは一気に畳み掛ける。
「ユリだって、四六時中あなたと一緒に居るかと思うと気が滅入って仕方ないと思いますよ? 普段だって意味も無くベタベタしてくるし」
「そんな事あるわけ無いじゃないの!!」
「どーだか。誰のせいで、ユリがイジメられていたか忘れちゃったんですか?」
「うっ……」
 琴音が押し黙り、アスカの方を鋭い目つきで睨む。明らかに、その視線には怒りの色が塗られていた。このままだと、本気で流血沙汰に発展しかねない。
 どうしてこうも仲悪く出来るのかと半ば呆れながら、ユリはどうにかこの状況を打開しようと試みる。
「え、え〜っと、ですね……あの、あっちの方に美味しそうな果実があるんですけど……」
「「ユリは黙ってて!!」」
「はい」
 気を逸らしてみようかと思ったのだが、それはどうやら失敗に終わった。仲違いしているはずの2人のハモリによって、一刀両断される。そもそも自分の事で言い争っていた癖に、なんで置いてけぼりされるんだと文句も言いたくなってしまった。
(はぁ……この調子で演習続けて大丈夫なのかなぁ?)
 危機的状況に追い込まれた場合、長持ちする友好関係が築かれる事もあると聞くが、今のアスカと琴音の状態を見てるとそんな事を期待する事なんてできなかった。演習終了後の未来予想図に浮かぶ光景は、2人が手を取り合っている姿では無くて今と同じにらみ合いの構図だけなのだから。
 ユリは、このチーム分けをした教師を恨んでいた。

 いまだ何かを言い争っているアスカと琴音を見ながら、ユリは大きなため息を吐く。その際に少し後ろによろけてしまい、生暖かい物体に背をぶつけてしまう。
「あっ、ごめんなさい……」
 ユリはほとんど反射的に後ろに居た人物に謝った。振り向いて、頭を下げる。
 しかし、その行為の途中で違和感に気付いた。こんな森の奥で、人と出会うなんて事、普通はありえない。ユリたちと同じように合宿に参加している生徒ならありえなくも無いけど、他のチームとは十分な間隔を開けて出発させられたはずである。こういう形で鉢合わせする事なんて滅多に無いだろう。森の中に散策しに来ている一般人かとも考えたけど、一応ここはG・Gの演習場なのだから、一般人が入り込む事を許されては居ないと思う。だとすると、ユリがぶつかった人物は一体誰なのか。
 ひしひしと感じる嫌な予感を背負いながら、ユリは下げた頭をゆっくりとあげた。その人物の足先からゆっくりと見る形で、その人の事を視認する事が出来てしまった。
 まずどこで売っているのか分からない、何か爬虫類の皮の様な物で作られたらしい靴が見えた。そして膝元まですっぽり覆い隠しているらしい黒いローブの様な物も。そのまま視線を上の方に移すと、その黒いローブに覆われた大男の全貌を見ることが出来た。彼の顔は頭まで被っているローブの所為でよく見えないけども、その眼球の鋭い煌きだけはひしひしと感じる事が出来た気がする。厚い布に隠されているが、その身体付きはかなりガタイの良い方だという事がすぐに分かった。
「え、あ、あの……」
 明らかに、この人物は異常である。そう判断出来ていたが、どうすればいいのか頭が答えを出してくれなかった。
 大男の方はユリに対して何も語るわけでもなく、ただその場に立っている。まるでその姿はマネキンだとかそういう類の作り物のように見えた。
「ユリ……? どうかした?」
「あ、アスカさん……」
 アスカに助けを求めるように、ユリは彼女の方を向こうとする。しかしそれは、さっきまで突っ立っていただけの大男によって妨害される。
「うっ、わあああぁ!?」
 急に強い力でユリは引っ張り込まれる。体勢を崩したユリは、大男に抱えられる形となる。
「ユリッ!?」
「ちょ、放せえっ!!」
 このユリの声を無視するように、大男はユリを抱えたまま走り出した。決して走るのに適していると言えない山道を、疾走していく。
 すぐに異常事態に気付いたアスカと琴音が追いかけようとしたようだが、この男の異常に早い走りには付いていけなかったらしい。すぐに、ユリの視界から彼女たちの姿が消えてしまう。
「こっのぉ! 放せてってば!!」
 いまだ走り続ける男の手から逃れようと、ユリは彼の腕の中でもがき続ける。しかしそれは大した抵抗にならなかったらしく、男は手を緩めてくれない。男の中でも非力な方だったが、それが走っている人間の体制を崩す事さえ出来ないとは思ってもみなかった。いや、ユリが非力というよりは彼の力が強すぎるだけか。
 普通に考えて、この男は異常である。狂人か変質者と考えたいが、ユリの頭には1つの記憶が思い起こされていた。それは、ユリの乗ったT・Gearが暴走し、天蘭学園の校舎に突っ込もうとしていた時の事。あのテロ事件。
 ユリをさらおうとしているこの男が、そのテロ事件の関係者だと考えてしまうのは早計ではないと思う。

「うっ、はぁっ!!」
 男は高場から飛び降りたらしく、その衝撃がユリにも伝わる。そしてその衝撃を身に喰らってすぐに、男が手を滑らせたのか知らないがユリは地面に落ちた。激痛が背中を襲い、肺の空気を押し出してくる。ユリは痛みのあまり逃げ出す事も忘れて、しばらく咳き込んだ。
「う、くぅ……」
 下腹部に男の重みを感じる。どうやら馬乗りになられたらしく、身体の自由を奪われた。むりやり押さえつけられた身体は動く事を許されず、ろくな反抗さえ出来なかった。この状態に、恐怖よりもまず憤りを感じてしまう。圧倒的な力に自分を踏みにじられ、己の無力さを突きつけられた。それが腹立たしく、そしてまた哀しかった。ユリの目の端に、涙が滲む。
(まっ、さか……!?)
 男の手が自分の胸元に伸びたのを感じ、最悪の展開がユリの頭をよぎった。冷や汗が身体を伝うのを感じる。
 例えば、もし『そう』だとして、自分が男である事を知られればどう思われるだろうか? 目的の物と違ってがっかりされるだけなら良いのだけど、その落胆の怒りが自分に向く事は大いにありえる。相手は人を誘拐しようとする異常者である。その逆上のせいで、殺されてしまう事も不思議なんかじゃない。
「やぁっ!! やめっ、てぇっ!!」
 どうにか彼の手から逃げようとするが、まるで大きな岩のような男の身体はユリの上からどいてくれなかった。
 いよいよ絶体絶命かと思い、ユリは思わず目を瞑る。こんな事になった自分の人生と、何より目の前の男を憎んだが、ユリに出来るのはそこまでだった。憎しみを自分の拳に託して殴る事も出来やしない。相変わらずの自分の無力さ加減に、酷く絶望した。
「ちょっと待てーいっ!!」
「え……?」
 この静寂な森に響く女性の大声。彼女は何故か、どこか演技臭い感じで声を張り上げているようだった。よく分からない急な登場人物に、ユリは恐る恐る目を開ける。
「か弱い女の子に向かって何をするか!! 私の目の黒いうちは、そんな酷い事絶対許さない!!」
 女性の声がした方には一本の大樹があった。その大樹の上の枝の方に、誰かが腰に手を当てて立っていた。何故そんな高い場所に居るのか分からないが、まるで正義のヒーローだなとユリは考えていた。
 太い枝の上に立っている女性はボディラインを強調するような、ライダースーツだかタイツの様な衣服に身を包んでいた。ユリはすぐにそれがT・Gear用のパイロットスーツだという事に気付く。真紅の色のスーツが緑の森に映えて見えた。
「神妙に、お縄を頂戴しなさいっ!!」
 金髪で、どう見たって日本人では無いにも関わらず、彼女は妙に上手すぎる日本語を操って樹から飛び降りた。ユリが驚きの声をあげようとする前に、ユリの上にいた大男に延髄蹴りを喰らわせて吹き飛ばした。
 そのとんでもびっくりな空中格闘戦に、ユリはただ驚く事しか許されない。
「むっ……!? 仲間かっ!?」
 なんでこの人はいちいち言う言葉が古い特撮物のヒーローみたいなんだろうと疑問に思いながら、ユリは彼女が睨みつけた方向を見た。そこには彼女が語ったとおり、大男の仲間らしき人物が3人程立っていた。彼らは皆同じように黒いローブを着込んでおり、なにかのカルト教団のような不気味さを漂わせていた。
「とうりゃーっ!!」
「ちょ、待って……」
 彼らの正体を問い詰めようとしたユリを無視する形で、その金髪の女性は男たちの所に走っていった。そして再び始まる格闘戦。大の男たちが、たった一人の女性にコテンパンにされるという、夢なのか現実なのか分からない光景が広がったのだった。


「「ユリッ!! 大丈夫!?」」
 現実逃避しそうになっていたユリの元にアスカと琴音が駆けつける。二人は本気で心配していたようだ。目に涙を浮かべていたのがユリにも確認できた。
 こういう時は仲良く団結できるんだなと、どうでもいい事を考えてしまう。
「大丈夫!? 何かされてない?」
「いえ……大丈夫ですけど」
 本気で心配してくれているらしい琴音に大丈夫だと言いながら、ユリはちらりと正義の味方の方を見る。どうやら彼女はもう正義の施行を終えてしまったらしい。ボロボロになった男たちが去っていく後姿がここから見えた。
「やー、大丈夫かね君? 私が助けてあげなかったら酷い事になってたね。本当に。それこそぐっちょんぐっちょんにされてたね」
 何がぐっちょんぐっちょんなのか良く分からないけども、彼女の言うとおり、あのままだと本当に酷い事になっていたのだろう。その事に関しては素直に感謝してもいいはずだが、どうもその軽さと恩着せがましさが気になった。
 というか、あの男たちは逃がしても良かったのだろうか? 捕まえなくては拙い事になりそうな予感をひしひしと感じてしまっているのだが。
「この人、誰?」
 アスカがユリと金髪の女性の間に立ちはだかる。おそらく、あの男たちの仲間だと思って警戒しているのだと思う。アスカに続くように、琴音もユリを庇うかの如く立ち上がった。
「うっ、わ、ちょっと!! そんなに警戒しないで!! 別に怪しい者じゃないんだから!!」
「どう見たって怪しいでしょうが……」
 アスカの言う通り、こんな森の中にパイロットスーツを着込んだ女性が居るのはおかしい。警戒して当然だと思う。
 そのアスカたちの厳しい視線を払拭するために、金髪の女性は慌てて弁明しだした。その仕草が、妙に子供っぽい。
「わ、私の名前は、ミーア・ディバイアって言うの。G・GでT・Gearのパイロットやってるの。あなたたち、G・Gの訓練生でしょ? 実は私、遭難しちゃって……助けて欲しいんだけど、いいかな?」
 ユリとアスカと琴音は互いに顔を見合わせる。この人の言っている事は本当なのだろうかと、そういった疑惑が思いっきり互いの顔に浮かんでいた。そもそも、宇宙にいるはずのパイロットがこんな所に居る理由が分からない。
 どうやら、ミーアの言葉を信じてもらうにはもう少し時間がかかりそうだった。





(まあこれで、ファーストコンタクトは成功かな……?)
 ミーアをほっぽりだして、この人物が信用がおける者かどうか話し合っている3人組を見ながら、彼女はそんな事を考えていた。その議論は拮抗しているようで、こんな奴を置いてとっとと先に進もうというような意見も聞こえてきた。とりあえず、本当に遭難しかけている人間を森の中に放っておくのは止めて欲しいと願っておく。
 偶然ながらも、G・Gの演習場に空間転移させられたのは幸運だった。いや、むしろ奇跡と呼べる物か。いくら思慮にかけた者たちだろうと、迂闊にG・Gの演習場に軍隊を派遣する真似はしないだろう。
 もうここまで自分にとって良い方向に物事が進んでいると、奇跡と言うよりは仕組まれた運命のように思えてしまう。
「まさか、ね……」
 どうやらミーアに対する処遇が決まったようで、彼女たちはこちらに向いてくる。彼女たちの口から出てくる言葉が、どうか自分にとって都合の良い物である事を祈っていた。


***


 第十九話 「楽しいサバイバル合宿と歴戦の戦士と」 完





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